第1話『ラインハルトとヤン』
自由惑星同盟軍元帥ヤン・ウェンリーは銀河の覇者に対峙して仰天した。彼の要求が意外すぎて思考が追い付かなかったからである。
こうべを深く垂れて銀河帝国軍最高司令官が紡いだのは、
「予の対等な友人になってほしい」
とのことである。
「どうぞ」
エミールがヤンの前に差し出したのは、コーヒーではなく紅茶だった。
言うまでもなくヤンの好物である。それが彼の態度を軟化させたのだと後世の歴史学者は言う。
あるいは銀河を股にかけた一大叙事詩はこの瞬間に分岐し、
ラインハルトは他人に頭を下げる、それは確かに銀河帝国軍の規律として上官に頭を下げたことはあっただろうが、主体的に頭を下げようと心から思ったのはこの時がほとんど初めてであっただろう。
まして幼年学校で拝跪を命じられた時とは違う……いや、何が違うのだろう。拝跪させられるのが嫌だから拝跪を命じることのできる銀河の覇者にいつしか自分はその立場を置いていたのだ。
覇者にこそなれたが、姉を遠ざけ、友人を死なせた。
──民主主義とは対等の友人を作る思想であり、主従を作る思想ではないからだ。
それがヤンの理解者の信念であった。
征服し、打ち負かし、敗者の屍の上に玉座をしつらえふんぞり返る生き方にラインハルトの気高き魂は近年違和感を唱えていたのである。
傍らにいる
漆黒の軍服が前傾姿勢で軋む。ダブルボタンだから余計にだ。
自分に差し出された紅茶の水面が儚く揺れる。堪えきれなくなり目を開けると、ヤンはばつが悪そうに笑っていた。
「はあ、余生は帝国マルクで相当額の年金を頂け、図書館に籠ることをお許しいただけるのであれば」
「ほう、で、返事は」
ヤンはフレデリカが困惑した理由にやっと気づいた。
行動力に富むラインハルトと思考力に富むヤンウェンリーの生き方の違いを端的に象徴していた。
「え!? イエスです。イエスです閣下」
……そのやり取りを帝国宰相首席秘書官たるヒルデガルト・フォン・マリーンドルフは扉越しにメモを取る。そこへやって来たのは彼女のカウンターパートにあたるフレデリカ・グリーンヒル少佐である。女性の武器ではなく、共に知略で常勝の天才と不敗の魔術師を支えた才媛であった。銀河の歴史は彼女らの代理戦争と呼んでも差し支えないだろう。
「マリーンドルフ中将、初めてお目にかかります──」
木目調の廊下のソファーでノートパソコンでメモを取るヒルダに遠慮がちにフレデリカが声をかける。
しゃっちょこばって敬礼するフレデリカにヒルダは笑ってみせる。
「あら、あなたのことは存じていますわ。上官どうしが友人になるのですもの。私たちもそれに倣いましょう」
「ありがとうございます、えと、ヒルダさん」
「ええ、フレデリカさん」
銀河帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥と、自由惑星同盟軍ヤン・ウェンリー元帥との間に友情が結ばれたのは、停戦が発効してから二十四時間が過ぎた時である。
それまでに至る道は、帝国軍人と同盟軍人の血で赤く塗装されて……
* *
戦艦ブリュンヒルトが首都星ハイネセンへ降下していく──
ラインハルトの提案と時を前後し、この時パウル・フォン・オーベルシュタイン総参謀長はラインハルトに謀略を持ちかけた。それは奇しくもかの悪名高い政治屋ヨブ・トリューニヒトの構想していた、銀河帝国への議院内閣制の導入と本旨を同じくするものであった。
そのためにラインハルトはトリューニヒトとの面談を余儀なくされたのである。
今やラインハルトの大本営とヤン艦隊の司令部が同居する、地球がまだ緑だった頃富豪らが乗っていた旅客機のファーストクラスというべきところの革張りのシートでラインハルトは叫んだ。
「会わぬ!」
ラインハルトはユリアン・ミンツの淹れてくれた紅茶を一気飲みする。
「と言われましても。同盟における最後の文民指導者ですわ」
すっかり友達となったヒルダとフレデリカは到着後の段取りを詰めていた。
「あ、フレデリカさん、凱旋のプランの立案をお願いします」
「はい、既にできております」
「ふふ、ありがとう」
ラインハルトの前にも関わらずヤンは靴を脱いで本を読んでいる。
「いやはや、トリューニヒトが首班指名とはね」
「ヤン元帥、何か勘違いをしているようだがあの下衆に首相の名誉は与えぬ」
「はっ!?」
「え!?」
「え」
彼ら一行がめざすもの、それは──ヤン・ウェンリーを文民の首相とする、銀河帝国への議院内閣制の導入であった!
らいとすたっふルールに準拠しているか
-
ルール違反
-
ルール範囲内