すでに観衆の何人かが帰り始めていたが、代わりにヤン目当ての有権者がぞろぞろとやってくる。
サクラではない。
トリューニヒトの観衆が参加企業のサクラや地球教徒や憂国騎士団を一般市民に偽装させたものであるから、それら水増しなど一切ないヤンの集客力はとてつもないものだ。
改新党のポスターやヤンのポスターが立体映像で中空に浮かぶ。
ヤンは普通のマイクではなく、頭に装着できるヘッドセットを使う。ノーネクタイに濃紺ののジャケットにスラックスだ。
ミラクルヤン! ミラクルヤン! ミラクルヤン! 有権者の声がこだまする。
ヤンは選挙カーの屋根に上ると、手もみしながら皆が静まるのを待った。
『ありがとうみんな、ヤン・ウェンリーです。どうぞよろしく』
エルファシルで俺も救われたぞー! 私も! と市民らがアジテーションを贈る。フレデリカがにっこりとほほ笑んだ。
『英雄の演説とやらを始める前に、少しだけわがままを聞いてもらってもいいかな?』
有権者が顔を見合わせる。
『救国軍事会議事件で亡くなったジェシカ・エドワーズ代議員は私の友人だった。犠牲になったのは彼女だけじゃない 皆の家族、友人、知人、恋人も同様だろう。同盟の歴史の犠牲になった人々に一分間の黙禱を捧げたい』
ユリアンが空気を読んで呼び掛ける。
『黙禱』
皆が目を伏せ、これまでの自由惑星同盟の歴史に思いを馳せる。
『皆、黙禱に応じてくれてありがとう。自由惑星同盟の歴史は銀河帝国との戦いの歴史であった。全ては市民の権利を守るために。裏切りヤンとはよく言ったものだね。軍人の僕が衆議院議員になるというのだから。しかも銀河帝国から首相候補に内示を受けている』
聴衆が心配の眼差しを向ける。
『だが僕にはビジョンがある。少なくとも、愛国心をいたずらに振り回し後ろから演説するだけのタレント政治家にはならない。できることはできる、できないことはできない。だが全ての責任は内閣総理大臣である僕が背負う』
これはユリアンが書いた原稿だ。皆が演説に真摯に向き合う。
『民主共和制を実現するために多大な流血があった。同盟政府から給料をもらい祖国を防衛していた僕が、銀河帝国から総督に任命され、帝国の国益と同盟市民の権利の板挟みの立場になるなんて思いもよらなかったし、それを裏切りと取る人は多いだろう』
『だが僕にはビジョンがある。帝国の国益と同盟市民の権利が対立した時は、同盟市民のためにカイザーラインハルトに対しても逆らうことを厭わない!』
だが僕にはビジョンがある、と繰り返すヤン。
皆が拍手を贈り、指笛を吹く者もいる。
『カイザーラインハルトは民主主義の人間として僕を高く買ってくれた。ならば僕はそれに応える。たとえ矛盾を孕んでも、銀河帝国と同盟の衝突を防ぐクッションでありたい。そのための職が新設される銀河帝国内閣総理大臣というものなんだ』
ヤン総理大臣が誕生し、カイザーラインハルトを象徴的儀礼的君主にすれば、全宇宙の統治者はヤン・ウェンリーになる。
だがヤンはそれも快く思っていなかった。
『銀河帝国が負けても、自由惑星同盟が負けても、どちらもだめなんだ。共に生き、共に暮らす。共存の道を探ろう。今まさに、衆議院と貴族院の二院制により両国の民意が提案されるしくみをカイザーラインハルトと考えている!』
歓声が上がる。
『もうファーストネームで呼び合う仲になったラインハルトだけど、僕に対等の友人として扱うと言ってくれた。ならばその立場を最大限に使って、皇帝の勅令を民主共和の立場から首相として修正して実行する。みんなの手で憲法を作ろう! 専制君主の権力を立憲主義の力で抑えて、市民の自由をつくるんだ!』
3秒スピーチのヤンはどこへやら。つかえが取れたように、等身大の思いを市民に話し、夢を市民と共有していく。
ヤンは政治家らしくなった。
『さて皆、もうすぐ戦いが始まる。かかっているものはたかが国家の存亡だ。だからこそ負けるわけにはいかない。僕は決して同盟市民を見捨てない。エルファシルで200万人を救ったあの時のように!』
あたたかい拍手の中、ヤン・ウェンリー衆議院議員候補は演壇から降り、夜空を見上げた。
夕陽は沈み、辺りは仄暗くなる。
星は天空に満ちて優しく繊細に輝く。
「星を見ておいでですか? ヤン提督」
フレデリカが言う。
「ああ、星はいい、いつまでも宇宙で輝き、僕たちを見守ってくれている」
「確かにあの星々に比べたら、私たちの戦いなど取るに足らないものなのなのかもしれませんね」
無限の星々が銀河帝国初代内閣総理大臣の前日譚を祝福した。
ヤンがキャラ崩壊してるかな?
らいとすたっふルールに準拠しているか
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ルール違反
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ルール範囲内