銀河帝国正統政府軍務尚書ウィリバルト・フォン・メルカッツが自由惑星同盟首都星ハイネセンに召還されたのはその年の八月十五日である。
老将のカウンターパートが自殺したからだ。
アイランズ国防委員長の死因は拳銃による即死だった。遺書は発見されなかった。その内容がトリューニヒトと地球教の癒着を告発し、糾弾するものであったからである。
同盟一般には過労による自殺と告知された。間違ってはいない。確かに間違ってはいないが、その過労の原因はトリューニヒトとヤン艦隊の板挟みによるものである。
* *
総督執務室に現れたトリューニヒトはつらつらと能書きを垂れたのちに、後任の国防委員長の人事リストをヤンに提出した。
ヤンはぱらぱらと目を通してため息をついた。すべてトリューニヒト派だ。査問会の面々まで紛れ込んでいる始末だ。
「実は国防委員長はもう決めていましてね」
「ほう? 誰です?」
「メルカッツ
トリューニヒトは口を歪めたが、丁々発止の政治権力闘争で培われた忍耐力で感情を封殺し、肩をすくめる。
「仕方ありませんね総督閣下。その代わり銀河帝国の初代首相の栄誉は私に」
「地球教の組織票を使って、ですか?」
「これは穏やかではありませんな」
慇懃に閣下、閣下と呼びあうふたりの目は笑ってはいなかった。
「グリーンヒル大将によるクーデター鎮圧後の式典で、文官と武官代表でのあなたとの握手がセッティングされた時のことを覚えていますか?」
「ええ覚えていますとも。総督閣下はえらく不機嫌でしたがね」
「あの時、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの気持ちがわかった気がしたんです。熱狂する大衆に、自分が政治家になった方がマシだとね」
「ふむ、私も否定はしませんが」
「だからこそ決めました。私は平凡人ですが、少なくともどっかの誰かさんよりは銀河帝国の初代首相とやらに向いている──公的な地位につくことで誰の手出しも許さず、救国軍事会議議長を父に持ち自分を査問会から救ってくれたフレデリカを生涯の伴侶に迎え、生涯かけて守り抜くとね!」
トリューニヒトはヤンにぐいと手を伸ばし、力のこもらない握手を大げさにふった。
次の瞬間、お互いに消毒用アルコールに手を伸ばし、乾いた笑いをもらす。
ヤンウェンリーとトリューニヒトの唯一一致できる点だった。
ハンカチで手揉みしながらトリューニヒトは問う。
「……で、その初代首相はどういう段取りで選ばれるのです」
「帝国に、衆議院と貴族院からなる二院制の議会の開設を要求します。貴族院は帝国封建体制を代表し、衆議院は自由惑星同盟議会を母体とします」
「ほほう。当然首相は衆議院ですよね?」
「無論です。閣僚の過半数は同盟出身者から選ばせます」
「結構。選挙の詳細は地域社会開発委員会で詰めておきますよ」
トリューニヒトはゴミ箱に自らのシンパが並べ立てられた国防委員長推薦リストをぶちこみ、背中で返事し、そそくさと退席した。
……タイミングを見計らってフレデリカとユリアンが執務室をノックする。
「空いてるよ」
「総督、そろそろお昼にしません?」
フレデリカの手にはバスケットが握られていた。
* *
総督閣下はホテルの美食に贅を尽くすよりも心の許せる家族と庭園で食べる食事が大好きだった。
……青空に雲がながれゆき、草花が萌え、爽やかな風が顔をくすぐる。フレデリカが作ってくれたサンドイッチをかじり、紅茶を口に含む。
ヤンも、フレデリカも、ユリアンも、この満ち足りた時間がいつまでも続けばいいと思う。
ユリアンは結婚するにはまだ早かったが、ヤンとフレデリカの仲を邪魔するほど野暮でもなかった。
ふたりの結婚式は間もなくである。
「そういえば総督、結婚式にカイザーとトリューニヒト議長が出席したいと言っていましたけど!」
「ぶっ! げほげほごほ」
フレデリカが二杯目の紅茶を差し出しながら訊ねる。
「初耳だったんですか?」
公的な地位についたおかげで地球教や憂国騎士団やついでにトリューニヒト派のテロからは免れて得ていたものの、今度は別の悩みの種だ。すなわち今後はVIPとさての立ち振舞いが要求されるのである。
ヤンは自由惑星同盟首都星ハイネセン越しに銀河帝国帝都オーディンの玉座のラインハルトをねめつけた……
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