主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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カツの出撃

 けたたましく警報が鳴る。敵襲だ。アウドムラ中に緊張が走る。

「スードリですよ、大尉!」

「ああ、わかっている!」

 ノーマルスーツに着替えたクワトロの背後からロベルトが呼びかける。百式は隻腕のままだ。スクランブル同然の出撃だが、クワトロは百式の下へ走る。

 リック・ディアスが動いた。元はアポリーの機体だったが、今はロベルトが使うはずの機体だ。

「早いな……む!?」

 別れたばかりのロベルトは、まだ格納庫を走っている。

「ロベルトではない……誰だ?」

 クワトロが焦ったような声で呟く。リック・ディアスはド・ダイ改に乗り、開いたハッチの前へ立った。

「僕だって戦えるんだ!! 今のアムロなんか……!」

 ド・ダイ改のスラスターが大量のガスを後方に噴き、そのリック・ディアスはアウドムラから夜の空へと飛び出した。パイロットは、カツ・コバヤシ。

「カツ、行きます!!」

「あの馬鹿!! アポリーの機体を!」

 ロベルトにとってそのリック・ディアスは戦友の忘れ形見ですらある。乗機を失い、ロベルトはその場で地団駄を踏むばかりだ。

 百式のコクピットから、クワトロが叫んだ。

「ロベルト! お前は片腕のリック・ディアスに乗れ! カツ君は私が連れ戻す!」

「……了解!」

 カツへの怒りは消えないが、それを言っても始まらない。クワトロの決断が最善であることは、ロベルトにもわかっている。

「聞いたな? マラサイ隊は私に続け。ネモ隊はアウドムラから離れるな」

 続いてコクピットシートに戻り、クワトロはモビルスーツ隊に命令を出す。マラサイは滞空しての戦闘もネモ以上だ。ド・ダイ改があるとはいえ、単体での空戦能力も重要だ。

 反対に、ネモ隊には開いた格納庫ハッチから対空射撃を命ずることでアウドムラの乏しい武装をカバーする。

 マラサイ隊が敵を引きつけてネモの援護射撃で撃破する予定だったが、カツのせいで計画が大きく狂った。いずれにせよ、リック・ディアスを無駄にするわけにはいかない。

 ロベルトのリック・ディアスの出撃にもわずかだが調整が要る。

「大尉! 後から追いつきます!」

「わかっている。クワトロ・バジーナ、百式。出る!」

 金の機体に続いて、マラサイを乗せたド・ダイ改が一斉に夜空へ舞った。

 

 

 

 ロベルトは雄叫びをあげる。

「うおおお!!」

 戦闘空域まではクレイバズーカを背部のラックに掛けてド・ダイ改のグリップを掴めたが、交戦している今、クレイバズーカを有効活用しなければ活路は見えない。

「ええい、ティターンズめ!」

 アクト・ザクの体に二つの風穴を開け、撃ち落とす。まだ戦力は不利。ロベルトはド・ダイ改を加速させた。

 一方、万全のリック・ディアスに乗るカツは、パニックに陥っている。

「うわあっ! くそっ! くそおっ! なんだよっ! なんで……!」

 リック・ディアスは彼がこれまで乗ってきたジオン系モビルスーツに近いが、未熟なパイロットが初めて乗って実戦で使える代物ではない。

「戻れ! カツ君! 聞こえるか!」

 クワトロの通信も耳には入らない。集中砲火を浴びせられていながらまだ直撃を受けていないのは、未熟さゆえの予測不能な動きが原因だった。

 カツの呼吸は浅く早くなる。顔は怯え、体が強張る。彼の脳裏に浮かぶのは、やはりアムロだった。アムロは初めての実戦でザクを倒した。それが、彼にとっての普通であり目標だ。

 今、カツは何もできていない。戦いに怯えたアムロを嫌悪していながら、死の恐怖を前に、彼もまた怯えていた。

「うわあああああ!!」

 視界には多数の敵。カツはクレイバズーカを乱射した。

「散弾ではなあ!」

 アッシマーが一気に近づいた。クレイバズーカの射撃を物ともせず、至近距離でビームライフルを突きつける。

 ド・ダイ改の上で百式が跳んだ。アッシマーの胴体に飛び蹴りが突き刺さる。そのまま体を捻り、頭部を横薙に蹴り抜いた。

「あっ……!」

 カツはつぶやく。後ろにも、前にも、味方はいる。彼はそんな簡単なことさえ、パニックのあまり忘れていた。

「逃がさん!!」

 アッシマーはビームライフルを構え直し、すぐさま引き金を引く。ブランの狙いは百式が乗っていたド・ダイ改だった。百式が離れた今、ド・ダイ改は回避運動を取れない。

 ド・ダイ改が激しく火を吹き、爆発する。

「た……大尉!!」

 カツのリック・ディアスが百式へ手を伸ばす。ド・ダイ改にはモビルスーツが二機乗れる。サブフライトシステムもなく空中に放り出されれば、敵の餌食だ。

「甘いな!」

 ギャプランのムーバブル・シールド・バインダーからビームが発射された。一撃目がちょうどカツのリック・ディアスと百式の間の空間を撃ち抜く。そして二発目で、百式を狙う。

 クワトロはアッシマーの後方、つまりティターンズの編隊の中へ、その身を躍らせる。ギャプランのビームは空を切った。

「もらうぞ、シャア!」

「喰らえ!」

 ガンダムMk-Ⅱが二機、一斉にビームライフルを撃つ。

 クワトロも落ちるつもりはない。この一瞬の攻防をくぐり抜ければ、すぐにカラバのド・ダイ改に拾ってもらう算段だ。

 スラスターを噴かし、高度を上げることでビームを回避し、反撃のライフルを撃ちつつ後退する。

「捕まえた!」

 百式の背後を取ったのはギャプラン。ビームサーベルを二本構え、百式の背中めがけて振り下ろす。

「うおおお!」

 見もせずに、百式はビームライフルを肩越しに後ろに向けた。強化人間の勘なのか、ロザミアはその銃口が自身に向くより早くブースターを噴かし急降下する。

「嫌な敵だ、こいつ!」

 ロザミアが吐き捨てた。だが、ギャプランの陰にアッシマーが潜んでいる。両足で背中を蹴り飛ばし、百式をスードリ隊の包囲の中へ押し込んだ。

 腕利きの敵に囲まれ、百式は片腕。サブフライトシステムもない。クワトロは冷や汗を垂らした。

 

 

 

 鉄の巨人の足元で、レコアは走った。ネモがビームライフルを構えるアウドムラの格納庫で、彼女はある人物を探していた。

「大尉! アムロ大尉!」

 ノーマルスーツの男が振り返った。レコアは詰め寄り、アムロの両肩を揺さぶる。

「ガンダムのパイロットだったんでしょう!? なぜ戦わないの!」

「君たちの事情がわかっていたって、できないものはできないんだ!」

 アムロも、戦うつもりでこの格納庫へやってきた。カツが出撃した理由も、アムロの態度に対する不満が原因だ。責任を感じたアムロは、モビルスーツに乗るつもりだった。

 しかし、マラサイ隊が出撃するのを見て、彼は怯えてしまった。戦うと事前に決めていても、その気持ちはエンジンの轟音にかき消された。

 レコアは叫ぶ。

「クワトロ大尉が死んでしまうのよ!」

 レコアはケネディ空港での戦いを目撃していた。アッシマーやガンダムMk-Ⅱとの戦いでもクワトロは押されていた。その上アウドムラで整備を受けられなかった百式は、未だ片腕のままだ。頼みのロベルトも、カツのせいで手負いのリック・ディアスに乗る羽目になった。

 果たしてこの空中での追撃を撃退できるだろうか。レコアは恐れていた。

 アムロの肩を揺さぶるレコアの手は、震えていた。彼女の頬を涙が伝っている。

「シャアが死ぬだって?」

 表情の抜け落ちた顔で、アムロはそう口にした。一年戦争で幾度となく彼を追い詰めた赤い彗星のシャアが死ぬ。

「そうよ! なのに震えていられるようなのは、男ではないわ!」

 アムロは歯を食いしばる。戦わなければならない。そんなことはわかっている。

 だが、体は動かない。返事を返さないアムロを、レコアは見限った。身を翻し、震えた声で整備兵に呼びかける。

「そこのネモ、出せるのね」

「乗れるのか!」

「動かす程度には」

 整備兵に促され、レコアはリフト車の上に乗ろうとする。しかし彼女の腕を取って引き戻し、一人の男がリフトの上に立った。驚いて、レコアはその男の名を呼んだ。

「アムロ・レイ!」

 アムロは答えない。レコアが見上げた彼の目はたしかに怯えているが、真っ直ぐにネモを見つめている。

 ハッチが開き、コクピットシートに体を預けた。レバーの上に両手を置くと、手が震えていたことに気づく。強く握ってみた。もう一度力を抜いた時、震えは治まっていた。

 ド・ダイ改へとネモは歩く。

 戦える。アムロは大きく息を吸った。

「アムロ、ネモ、行きます!」

 

 

 

 ビームライフルを連射する百式にも、ジェリドは臆することなく接近する。片腕なら武器の持ち替えも効かないはずだ。ティターンズのモビルスーツに囲まれた今こそ、クワトロを落とす最大のチャンスだった。

 ベースジャバーの機動力が相手なら、百式も逃げられない。百式はカラバのモビルスーツ隊に向け加速している。ジェリドは操縦桿を倒して、百式を追いかけた。

 ギャプランもジェリド機に並走する。ロザミアだ。

「思い切りも腕もいい……だが!」

 百式を追って二人は速度を上げた。しかし、その視界の先には百式のバックパックしか残っていなかった。

「相手が悪かったな」

 クワトロは、バックパックを切り離して囮にしたのだ。加速する百式に合わせて動いたジェリドとロザミアは、勢いに乗ったままパージされたバックパックを、反射的に目で追ってしまった。

 加速するMk-Ⅱから見れば、百式は高速で前方から迫る形になる。想定外の出来事だが、ジェリドはMk-Ⅱをベースジャバー上で伏せさせた。

 ビームがMk-Ⅱのバックパックを掠めて通過する。顔を上げたMk-Ⅱのメインカメラに、百式の足の裏が映った。

 横に向かって踏みつけるような体重を乗せた百式のキックで、Mk-Ⅱの上体が跳ね上がる。クワトロはライフルを手放し、その右手でベースジャバーのグリップを掴んだ。

 さらに百式はMk-Ⅱの下に体を回し入れ、ベースジャバーの上で倒立するようにしてもう一撃を蹴り上げる。

「ぐおおおっ!」

 Mk-Ⅱの手がグリップから離れる。百式がベースジャバーを加速させると、Mk-Ⅱは後方へ流されていくようにも見えた。

「くっ! 小細工を!」

 ロザミアは後ろを振り向いた。

 変形による空気抵抗の増加が、それまでの慣性を打ち消す。ギャプランの中でロザミアは小さく笑う。

 百式はベースジャバーを奪う際にビームライフルを捨てた。いわば丸腰。遠距離戦はこちらの土俵だ。

「落ちろ!! ガンダムもどき!」

 ギャプランが両腕のブースターからビームを撃った。二発のビームがクワトロに迫る。

 ベースジャバーの上で、百式は跳んだ。バックパックを失い空中での機動性が低下しているが、その行動で敵の視界から再び消える。

 腰のビームサーベルを抜き、自由落下のまま百式はギャプランの頭上を取った。一息に振り下ろしたビームサーベルが、ギャプランの左腕を落とす。

「エゥーゴ! 貴様らは……!」

 ロザミアが悲痛な声を上げる。クワトロはそのままギャプランを踏み台にし、大きく跳ぶ。

 大きな音を立てて、百式は再度ベースジャバーに着地した。ギャプランに斬りかかる際に乗り捨てたベースジャバーだ。クワトロはロザミアを攻撃しながら、ベースジャバーの位置を把握していたのだ。

 もし失敗すれば、バックパックのない百式は落下してしまっただろう。この高高度の戦いでそれを成功させるのは、クワトロの高い実力と大胆さがなければ不可能だった。

「ハーバー曹長! ロザミアを拾ってやれ!」

 そう指示を飛ばしてブランが振り向く。彼と彼の指示を受けたモビルスーツ隊の攻撃で、マラサイ隊は半分近く落とされていた。

 旋回し、アッシマーが百式の元へ向かった。クワトロは操縦桿を握り直す。アッシマーを越えればカラバのモビルスーツ部隊の隊列に戻れる。四方からの攻撃をかわし続ける必要もなくなるのだ。

「大尉ーーーっ!!」

 カラバの隊列に戻ろうとする百式を阻むアッシマーは、背中をカラバの部隊に向けている。肩を掠めたビームピストルの二連射は、間違いなくリック・ディアスのロベルトだ。

 だがブランは怯まない。オークランドだけでなくオーガスタ研究所の戦力も加えた今のブラン隊は、カラバの戦力を圧倒している。

 ハイザック部隊の弾幕がロベルトを追う。これでは、百式を救助できない。

 カラバのモビルスーツ部隊の後方から、ビームが続けざまに撃たれた。それらは一分の狂いもなく、ブラン隊のハイザックを次々と撃ち落としていく。

「馬鹿な!」

 マウアーが叫んだ。遠距離からここまで正確な射撃ができるなど、まともではない。

 ド・ダイ改に乗って現れたのはネモ。だが、そのプレッシャーをマウアーは感じていた。

「ブラン少佐! 危険です!」

「騒ぐな! 終わらせる!」

 アッシマーと百式が正面から向かい合う。大型ビームライフルが、ここぞとばかりに連射された。ベースジャバーのメガ粒子砲は機体下部。アッシマーが上をとっている今、百式に射撃武器は頭部バルカン砲しかない。

「赤い彗星か……! 落ちろっ!!」

 ブランがつぶやいた。

 背後から、つまりカラバのモビルスーツ隊からのビームに、アッシマーの右腕が撃ち抜かれた。右腕が爆発し、ビームライフルが落下していく。ブランの目が驚愕に見開かれた。

「アムロか!」

 百式のコクピットでシャアが叫んだ。通信は来ていないが、直感でわかる。彼らはニュータイプだ。アッシマーの向こうに、ビームライフルを構えたネモが見えた。

 アッシマーが黒煙と火花を吹く。片腕を失えば変形することもできない。余命いくばくもないアッシマーは、ブランへその窮地を教える。

「死に土産をいただく!!」

 丸腰だが、構わない。どのみちベースジャバーから落とされれば百式は終わりだ。

 スラスターを噴射し、真正面から百式に向かい合う。百式も、ビームサーベルを構えた。

「うおおおおお!」

 すれ違いざま、百式のビームサーベルが、アッシマーの胴体を両断した。一瞬遅れて、百式の後方で、アッシマーが爆発する。

「逃がさん! シャア!!」

 カクリコンが叫んだ。

 ベースジャバーの上に立って戦うより、伏せている方がスピードは出る。後方からのベースジャバーとその黒い機体が、クワトロを追いかけていた。

 おそらくは最後になる。ここさえ切り抜ければ、クワトロはアムロと肩を並べて戦える。

 無断出撃したカツを救うために引き起こされたクワトロの大立ち回りも、これで終わるはずだ。

 カクリコンのベースジャバーが機首を上げた。ベースジャバーで体を隠し、次の行動を悟られにくくするつもりか。クワトロは警戒して、半身になって振り返る。

 宙返りするように、ベースジャバーからMk-Ⅱが姿を見せる。手に持ったビームライフルを百式に向け、引き金を引いた。

「おおお!!」

 クワトロは雄叫びを上げ、ベースジャバーから跳んだ。カクリコンの射撃は正確に、そのベースジャバーを狙っていた。破壊され、墜落していくベースジャバー。

 だが、問題はない。このままの高度なら、カラバのモビルスーツ隊に拾われるはずだ。

 夜の月が、百式を照らしていた。白い光を反射して、その金色は美しく輝く。

 その百式に、影が落ちた。月を背にして、その漆黒のモビルスーツは落ちてくる。

「ライラ! 今、仇を取る!!」

 カクリコンは、百式に蹴落とされたジェリドのMk-Ⅱを拾っていた。機首を上げ上昇したベースジャバーから飛び降り、ジェリドはクワトロを狙う。夜の闇と黒い機体、それに高速戦闘が、彼らの「二機を一機に見せる作戦」を成功させた。

 上空に向かって、スラスターを噴かす。重力加速度以上のペースで加速していくガンダムMk-Ⅱは、ビームサーベルを両手で力強く握った。

 百式はもう飛べない。姿勢制御用のバーニアでは、逃げ切れない。

「うおおおおおおお!!」

「まだだ、まだ終わらんよ……!」

 百式もビームサーベルを構える。落下しながらの一撃なら、Mk-Ⅱを撃墜しても止まらない。振り下ろされたその光刃へ、ビームサーベルを叩きつける。

 それは一瞬だった。防御のためにビームサーベルを握る百式の右腕は、満身の力と全重量を込めたMk-Ⅱの両手での一撃に耐えられなかった。

 人間で言う鎖骨のあたりから真下へと、Mk-Ⅱのビームサーベルは切り裂いた。

「うおおっ!?」

 コクピットの内部で火花が散った。小さな爆発が各部で起き、切り落とされた右半身が離れていく。制御を失った百式は、真っ逆さまに落下していった。

 クワトロの脳裏に走馬灯が駆け巡る。幸せだった少年時代。妹や母親、友人。アムロ。記憶に刻みつき、永遠に忘れられない女。

「ララァ……!」

 その言葉を最後に、通信は途絶した。百式は、北米大陸の上空で、大きな花火のように内側から弾け飛んだ。

「シャア……馬鹿な!」

「た……大尉ーっ!!」

 パイロットたちは叫んだ。だが、クワトロからの返事はない。ばらばらになった百式のパーツは、破片となって地上へ落ちていく。

 この北米大陸サンフランシスコ市の上空で、カラバは永久に、クワトロ・バジーナを失ったのだった。

 

 

 

 戦闘空域のはるか下方へ、ジェリドのMk-Ⅱは落下していく。スラスターを下に向けるが、落下は止まらない。百式への攻撃の際には推進剤を全て使い尽くすつもりで加速したからだ。

 そのMk-Ⅱに、一つの機影が追いついた。その機影はMk-Ⅱの腕を掴む。

 荒い呼吸で、ジェリドは礼を言った。

「すまん、マウアー」

「無事?」

「ああ、怪我はない」

 マウアーは小さく笑って、ジェリドをベースジャバーに引き上げた。

 ブラン少佐を失ったが、赤い彗星を落とせた。マラサイ隊にも大打撃だ。今のところ、勝利と言っていい成果だ。

 上方で、カラバのモビルスーツ隊がアウドムラへと引き上げていくのが見えた。

 スードリからの通信が入る。ウッダーだ。

「深追いはするな。……各機、帰艦しろ」

 ウッダーの声は暗い。隊長であるブランを失ったからだ。怒りに任せて追撃を命じることはなく、むしろブランの死亡による指揮系統の混乱を考慮に入れ、彼は帰艦命令を出した。

 ネモ隊が姿を表していない以上、その動向には注意する必要がある。事実、マラサイ隊は本来、適当なところで引き上げて、ネモ隊の火力支援を利用した水際殲滅を狙っていた。

 しかし、百式が敵軍に囲まれて取り残されるアクシデントにより、その目論見は失敗した。マラサイ隊も多く失い、アウドムラの戦力は大きく落ち込むことになる。

 撤退していくアウドムラのモビルスーツたちを見て、ジェリドは自問するように言う。

「俺は赤い彗星を落とした。そうだろ?」

 マウアーはわずかに困惑する。沈んだ様子のその言葉は、とても因縁の相手を倒した喜びとはほど遠い。心配そうな声音で、マウアーは相手の名を呼ぶ。

「ジェリド?」

「思ったほど嬉しくはない。こんなものか、ってな。ブラン少佐の言った通りだ」

 落ち着いた様子でジェリドは続ける。落ち込んでいるわけではないことを確認して、マウアーはまた微笑を浮かべた。

 ジェリドはベースジャバーの操縦をマウアーに任せ、レバーから両手を離す。両肘を膝につき、両手を組んだ。全天周モニターを強く見上げる。

「……やらなきゃならんことは、決まった」

 ジェリドの目には決意が宿っていた。ベースジャバーは風を切り、空高く上っていった。

 

 

 

 アウドムラの格納庫は、暗く沈んでいた。次々に着艦するマラサイ隊はその数を半分以下に減らし、そのどれもが深く傷ついている。

 鈍い音と、短い悲鳴が響いた。倒れこんだ少年の胸ぐらを掴み、ロベルトは立ち上がらせた。

「立て! このガキ!」

 再び、拳がカツの頬に打ち付けられる。格納庫の床を、カツの小さな体が転がった。

 ロベルトは、カツの胸ぐらを掴んで、また強引に立ち上がらせた。

 カツはぼそりとつぶやく。その目は不安げに所在なく震え、口元は引き攣った笑みを浮かべている。事態と責任の大きさのあまり、彼はそれを拒絶した。

「赤い彗星なんでしょ……? ほ、ほら、こんなことじゃ、死にませんよ、きっと……」

 カツの体が飛んだ。壁に強く体を打ちつけ、痛みに喘ぐ。口からは血が溢れ出す。思わず押さえた両手の中に、折れた奥歯が転がった。

「立て」

 ロベルトの怒りは収まらない。カツの勝手な行動は、アウドムラのクルーたちも被害を被っている。止めるものはいない。アムロもその様子を遠巻きに見ていた。

 ロベルトが右手をもう一度振りかぶった。その腕を、一人の男の手が掴む。

「もういいでしょう、そのくらいで」

「ハヤト艦長」

 ロベルトを止めたのは、ハヤトだった。

「……邪魔せんでください。あんたの事情もわかってるつもりです」

 だが、ロベルトは収まらない。ハヤトはカツの父親だ。そうでなければロベルトも大人しく引き下がっただろうが、身内贔屓でカツの独断行動を認められてはたまったものではない。

 ロベルトの右手を掴むハヤトの左手は、力強い。彼らの視線が火花を散らした。

「ここはどうか」

 ハヤトは空いた右手をカツの肩に置いた。

 ロベルトは奥歯を噛んだ。自分のやっていることは、八つ当たりも混じっていた。アポリーとクワトロを続けざまに失ったショックを、子供に押し付けているだけではないのか。

 カツの胸ぐらを掴んでいたロベルトの手が、離れた。ハヤトが手の力を緩めると、ロベルトは黙って引き下がった。

「と……父さん」

 申し訳なさと安堵の入り混じった目で、カツはハヤトを見上げた。その顔を、ハヤトの拳が殴りつける。

「貴様が殺したんだぞ! カラバは!」

 後頭部が壁にぶつかる。ハヤトはカツの肩から胸ぐらへ右手を掴み変え、壁に押しつけた。カツは、床に倒れ込むことさえできない。

「お前の勝手な出撃で、カラバの貴重なマラサイとパイロットを何人殺させた!!」

 ハヤトは何度も、カツの顔面を殴りつける。あざだらけの顔を守ろうと、カツの両手が上がった。次の瞬間、カツの視界が回転する。ハヤトに投げられたのだ。硬い床に背中から叩きつけられ、カツは呼吸すら満足にできない。鼻も血で詰まっている。

 続けて、ハヤトはカツの体を蹴りつける。床に倒れるカツの体を、固いブーツで踏んだ。

「くそっ……! くそぉっ!!」

 十四歳の少年は、痛みに声を上げることすらできない。うつぶせになって体を丸めるが、ハヤトは強引に体を蹴り上げ仰向けにし、何度も踏みつける。

 カツの意識はどんどんと遠のいていく。朦朧とする中で、彼はハヤトの目に涙が浮かんでいるのを見た。

 

 

 

 アムロはアウドムラの通路を歩いていた。それは自身に闘志を思い出させた女へ、この戦いの結果を伝えにいくためだ。

 レコアは、怯えていた。誰よりも戦いの結果を知りたがっていた彼女は、格納庫から遠く離れた通路で膝を抱えていた。

「レコア少尉」

 声をかけられて、彼女はびくりと体を震わせた。恐る恐る、振り返る。憔悴しきった顔だ。震える唇を動かして、言葉を紡ぐ。

「……クワトロ大尉は……?」

 クワトロは、その場にいない。レコアは昼間のエレベーターでの出来事を思い出した。クワトロが生還していても会いにこない可能性は、低くない。彼女は、クワトロの生還を望んでいた。

 アムロは目を閉じ、俯いた。小さく首を横に振った彼に、レコアが掴みかかる。

「嘘よ! 大尉が……大尉が!」

 彼女はアムロを揺さぶる。悲痛な声だ。アムロは、目を開けた。

「すまない」

 レコアの動きが、ぴたりと止まった。スローモーションのように力なく床へへたり込む。呆然とした表情の彼女の目は、どこも見つめていない。真っ先に嗚咽が漏れた。二、三度しゃくりあげて、涙が溢れ出した。

 手で顔を抑え、彼女は子供のように泣き声をあげた。

 アムロは、見ていることしかできなかった。クワトロ・バジーナの死が、アウドムラ全体に重くのしかかっていた。

 

 

 

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