主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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戦闘なし回です


レコア、恋のあと

 金色の朝日の中の複葉機が、暗い格納庫へ入っていく。隅にモビルスーツが並ぶアウドムラの広い格納庫に着陸し、その複葉機は止まった。

 小さく声を出して、パイロットがタラップを降りた。飛行帽を脱ぐと、豊かな金髪がまろびでる。女だ。

 彼女の元へ、アウドムラの出迎えが近づいてきた。がっしりした体格の男と、少年の二人組。女は愛想良く笑った。

「朝早く起こしちゃってごめんなさい。ベルトーチカ・イルマです。ヒッコリーは……君、どうしたのその顔。いじめられてるの?」

 ベルトーチカは出迎えのカツの顔を覗き込んだ。顔中に絆創膏が貼られ、あざや腫れだらけだ。

「……関係ないでしょ」

 カツは不機嫌そうに言った。すぐにハヤトが割り込む。

「博物館の、ハヤト・コバヤシです。よく来てくれました」

「この子の顔、どうしたんです?」

 差し出されたハヤトの手を無視して、ベルトーチカは間の抜けた様子で聞いた。ハヤトはその言葉を遮るように手招きする。

「さ、こちらへ」

「だから、この子……もう」

 むくれながらついて行くベルトーチカをカツは見送った。昨夜の戦いで出撃したパイロットたちは、ほとんどが部屋で休んでいる。スードリの追撃のペースを考えれば、彼らが目を覚ますまでは攻撃はない。

 カツだけが起きている理由は簡単で、傷が痛くて寝られないからだった。折檻の後すぐに医務室に連れ込まれたが、十二時頃には目を覚まして、やることもなくモビルスーツデッキの手伝いをやっていた。

 カツはモビルスーツを見上げた。無断出撃に使ったリック・ディアスは傷だらけで、ロベルトのリック・ディアスのパーツと合わせて一機として動かすことに決まっていた。

 空いたモビルスーツハンガーを見て、カツは唇を噛んだ。

 

 

 

 ベッドの上で、アムロは天井を見上げていた。明かりはついていない。もともと、寝るつもりだった。

 ライバルだったシャアの死。アムロの眠りは浅く、今自分が眠っているのかそれともベッドの上でじっとしているだけなのか、その境目も曖昧だった。

 ドアが叩かれる。アムロは体を起こした。

「ハヤト艦長がお呼びです」

 女の声だ。

「……わかった。今行く」

 口数少なく彼は言った。ズボンに足を通し、フライトジャケットを羽織る。

 ドアを開けると、そこには瞼を腫らしたレコアが立っていた。

「……行きましょう」

 何かを言いかけて、彼女は口を閉じて職務に戻った。アムロは彼女の背中を追い通路を歩いていく。

「アムロ大尉をお連れしました」

「通してくれ」

 ハヤトが返事をすると、ドアが開けられた。レコアは部屋に入らない。部屋に入るよう、アムロを視線で促す。

 アムロはこの部屋の正式な名前を知らなかった。柔らかいソファに高級そうな机、壁には絵までかかっている。

 ソファについているのは、ハヤトにロベルト、それから、今まで彼が見たことのない金髪の女性だった。

「彼女がヒッコリーまでの案内人だ」

「なんで俺を呼んだ?」

 アムロはハヤトを睨みつけるように言った。期待されていることは分かっている。だが、その期待に素直に応えられる余裕はない。

「とりあえず、ベルトーチカさんに」

 アムロはぶっきらぼうに手を差し出した。ベルトーチカが立ち上がり、その手を握る。

「ベルトーチカ・イルマです」

「アムロ・レイです」

 笑顔のひとつも作ってみせないアムロを見て、ベルトーチカは細い眉を寄せた。

「この艦の方って、みんな無愛想なの?」

 答えを持っていないアムロは、助けを求めてハヤトを見る。ハヤトは座るように手で示した。

「まあ座れ。呼んだのはお前の意見を聞きたいからだ」

 二人が座るのを見届けてから、ハヤトは机に肘をついて手を組んだ。

「どうだ、アムロ。今のアウドムラでヒッコリーに着いて、スードリの攻撃からシャトルを守れるか?」

 ハヤトの目つきは、少し弱気だった。それが不快で、アムロはソファから立ち上がる。

「そんなことは、俺じゃない誰かに聞けばいいだろう! ロベルト中尉でも、誰だって!」

「アムロ……」

 すがるようなハヤトの目を見れば、何を求められているかはわかる。それがなおのこと、アムロを苛立たせた。

「それって、ヒッコリーに来ないということですか?」

 二人の緊張に水を差すように、ベルトーチカが聞く。アムロは気勢を削がれて、もう一度ソファに座った。ハヤトが間に入るように、ベルトーチカの問いに答える。

「ええ。今のアウドムラには補給が必要です。モビルスーツとパイロットを宇宙へ返すどころか、アウドムラそのものが沈められかねません」

「アーガマの戦力も不足しているので、早めに決めた方がよいかと」

 ロベルトがハヤトに続く。打ち上げられたシャトルとのランデブーポイントへ行くのもリスクがある。

 元はといえば彼と彼のリック・ディアスを宇宙に帰すためのヒッコリーへの寄り道だが、そのためにアウドムラを撃沈の危険に晒すわけにはいかないというのが彼の考えだ。

「でも、ヒッコリーの霧は打ち上げには有利でしょう?」

 ベルトーチカが反論した。このままでは彼女は無駄足だ。

「スポンサーとの話ではリック・ディアスを宇宙に帰す重要度は低いと言っています。最悪の場合、打ち上げないというのも」

 ロベルトはやや残念そうだ。彼の言通り、リック・ディアスの重要度は低い。

 その一方で、百式は最新技術を盛り込んだZ計画の鍵となるモビルスーツだった。アナハイム・エレクトロニクスも百式を宇宙に上げることを再三要求していたが、結局それは叶わず地上で破壊されてしまった。

 ハヤトがアムロを横目で見やった。

「戦力さえあれば、ヒッコリーでの打ち上げもやれるんだが……」

 アムロが机に拳を叩きつけた。鈍い音とその行動に、彼以外の全員が驚愕する。拳を固く握ったまま、アムロは立ち上がった。

「ヒッコリーには寄らない」

「おい、アムロ!」

 ハヤトが席を立った。ロベルトも、少し遅れて立ち上がる。ベルトーチカは怯えと失望の入り混じった目をアムロに向けている。

「ヒッコリーには寄らない!」

 ハヤトの制止も聞かず、アムロは通路へ出た。

「逃げるの?」

 ドアの脇から冷たい声がした。振り返ると、レコアの視線が突き刺さる。

「逃げてなんかいない!」

「逃げてるのよ、あなたもクワトロ大尉と変わらないわ!」

 レコアは甲高い声で叫んだ。アウドムラの固い通路は、人の声を響かせる。

「俺にシャアの代わりなど押しつけるな!」

 その悲痛な声は、部屋の中にいるハヤトたちにも聞こえた。アムロは感情的になりすぎた自分を責めるように、もう一度壁を殴りつけ、通路を歩き去っていった。

 

 

 

 日は高く上り、ブリッジにも日光は差しこまない。窓の外の青空の端は、白く霞んでいた。

「ああ、わかった。ギャプランは直るのだな? よし」

 受話器をゆっくりと置いたウッダーは、ため息をついてキャプテンシートに座り直した。

 戦闘から一夜明けた。ブランが死に、敵のエースも落ちた。ウッダーは今、スードリの最高責任者である。

 スライドドアが開いた。振り向くと、ティターンズの制服が見えた。

「……また貴様か、ジェリド中尉」

「今日は揉めに来たわけじゃない」

 柔和に笑ったジェリドに思うところがあるのか、ウッダーは窓の外を見ながら言った。

「ブラン少佐は、どのように死んだ」

 ジェリドは目を丸くした。ウッダーは、想像よりも情に篤いようだ。

「少佐は立派だったよ。アッシマーが飛べないとわかると、敵を道連れにしようとして向かっていった」

「……そうか。少佐を落としたヤツは」

「とどめを刺したのは赤い彗星だ。」

 ウッダーは振り返った。眉をひそめ、ジェリドを見る。

「妙な言い方だな」

「ジムもどきがアッシマーの右腕をやった。モビルスーツを三機まとめて撃ち落としたのもそいつだ」

 近づいてくるジェリドの口調には淀みがない。ウッダーは顎に手をやった。

「赤い彗星の次はその謎のパイロットというわけか?」

「まぐれとは思えん」

 有利ではあるが、楽にはならない。ジェリドもウッダーも、真剣な顔だ。ジェリドはクルーの肩越しに進路を見た。

「アウドムラは宇宙へモビルスーツを返すつもりだろ。西海岸のどこかの打ち上げ基地を取るんじゃないか?」

「いや、奴らには打撃を与えた。連邦軍の巣の北米を嫌って、アウドムラは太平洋上へ逃げ出してくるさ」

 顎に手を当て、ウッダーはブリッジの前方の空を睨んでいる。

「そこを叩くか」

 ブリッジシートの横で立ち止まり、ジェリドは小さく手招きする。怪訝な顔をしつつ、ウッダーは耳を傾けた。

「ギャプランの修理は遅らせろ。ロザミアは何をするかわからん」

「人形は信用ならんか?」

「強化人間全体がそうかはわからん。が、彼女は不安定だ」

 ふむ、と唸ってウッダーはまた背中をシートに預ける。たしかに、ロザミアは不安定だ。この状況で勝手に動かれては、たまったものではない。

 ウッダーは受話器を取った。

「モビルスーツデッキか。……ギャプランの修理は後回しだ。わかったな?」

 受話器が置かれる。ジェリドは笑った。

「ありがとう、ベン」

「うるさいぞ」

 

 

 

「ねえ、ねえってば!」

 ヒッコリーを諦めたアウドムラにとって、ベルトーチカの存在価値はなかった。手持ち無沙汰の彼女は、自身を出迎えた傷だらけの少年に興味を惹かれていた。

 工具を抱えて格納庫を急ぐカツが振り返る。

「あなたには関係ないって言ってるでしょ!」

「気にならないはずないでしょ? 君、ボロボロだし」

 とぼけた様子の彼女は、空気を読むと言うことをしない。カツに向けられる整備士たちの殺気立った視線にも気づいていながら、彼女はカツを追いかける。

 この針の筵のモビルスーツデッキで働くことは、カツなりの罪滅ぼしのつもりだった。クワトロを含め優秀なパイロットとマラサイを失わせた責任を取ろうというのだ。

「遅くなりました」

 整備士は、やってきたカツを睨んで舌打ちする。カツの独断出撃は許し難い。独房入りに関しては、カツがいきなり医務室送りになったために明確な決定は下されていない。

 カツに怒鳴ることすら、整備士たちはしなかった。

「ねえ、どうしてみんな怒ってるの?」

 子供っぽくベルトーチカがカツに尋ねる。怒りゆえか、整備士の口数はごくわずかだ。無言でまた歩き出したカツに業を煮やしたのか、ベルトーチカは足音を鳴らして整備士に近づいていった。

「どうしてあの子をいじめてるんですか?」

 カツが振り返った。触れられたくない話だ。整備士たちにとっても、思い出したくもないだろう。

 口を開くことなく、整備士はカツを一瞥して顎をしゃくる。カツの口で話させるつもりだ。

 おずおずと、カツがベルトーチカに声をかけた。

「ベルトーチカさん、こっちです」

「え?」

 整備士たちの前では、やはり話したくなかった。カツはベルトーチカを人気のない方へ連れて行き、無断出撃の件を話した。

「ふーん、そんなことなの」

「そんなことって!」

 あっけらかんとした様子のベルトーチカに、カツは声をあげてしまった。

「お、おかしいですよ、そんなことだなんて!」

「だってあそこで君が手伝ってても、みんなの空気を悪くするだけでしょ? 何か事情があるのかと思ったけど、それじゃあ意味ないわ」

 二の句が告げないカツは、口をぱくぱくさせている。ベルトーチカはそんなカツを見て、呆れたように眉をひそめる。

「私は戦争も、戦争をする人も嫌いよ。だから君のことも嫌い。勝手に出撃するくらいなら、その時落とされてればよかったのよ」

 無断出撃の時から、カツは白い目で見られていた。しかしベルトーチカは、自身の価値観ではあるが、カツを真正面から見て、受け止めている。

「わかってますよ。死ねって言うんでしょ」

 カツ自身、何度も自責したことだ。いっそあの時、死んでいればよかった。

「君、子供でしょ? そうやって短絡的に考えるの、やめたほうがいいわよ」

「じゃあどうしろって…!」

「勝手にすればいいじゃない。君がアウドムラに乗った理由なんて知らないもの」

 ベルトーチカは口を尖らせたままカツに背を向けた。軍艦に乗っている生傷だらけの子供には興味を惹かれたが、パイロットでもないのに独断で出撃して正規パイロットを死なせたと分かればベルトーチカが冷たくなるのも無理はない。

 彼女に事情を説明した時、カツはどこかで助けを期待していた。その事実に気づき、カツはまた自己嫌悪に陥る。あれほどの失敗をしておきながら、甘えていたのだ。

 ベルトーチカの最後の言葉が、カツの中で不思議にこだましていた。

 

 

 

 自室の窓から見下ろす地面は遠く、傷だらけの茶色い塊に見えた。

「カクリコン」

「おう、ジェリドか」

 ドアを開いて、ジェリドが部屋に入ってきた。手土産にコーラを二本持っている。カクリコンも腕を上げて手招きする。

 机の前の椅子に座ったジェリドに向かい合うように、カクリコンはベッドの端に腰掛けた。

「何の用だよ」

「お前さん、地球に女がいるんだろ?」

 ジェリドは屈託なく笑った。カクリコンも、苦笑いで応える。

「まあな。ジャブローの戦いが終わりゃあまた会えると思ったんだが、アウドムラ追撃なんて面倒な任務を押しつけられちまった」

「そんなお前を慰めてやりにきたのさ」

「ふっ、ありがとよ」

 受け取ったコーラの蓋を開けると、空気が抜ける小気味いい音がする。泡が瓶の容器の口にまで膨らみ、カクリコンは慌てて口をつけた。ジェリドもそれを見ながら、コーラの封を開けた。

「……なあ、ジェリド」

「どうした?」

 半分ほど飲み干して、カクリコンは小さく言葉を漏らした。

「俺はな、ティターンズ以外はクズだと思ってたんだよ」

「……そうか」

 ジェリドの顔もカクリコンにあてられて、真剣味を帯びている。

「でもよ、ライラとか、ジャブローの連中とかブラン少佐とかと会って、俺達ティターンズってのはそんな立派なもんじゃないってわかった」

 照れ臭そうにカクリコンは笑い、コーラをあおる。ジェリドは黙って、カクリコンの次の言葉を待った。瓶の中で揺れる黒褐色の液体を眺めて、カクリコンはまた口を開く。

「アメリアに会ったときに恥ずかしくない男ってのは、たぶんそういうことだろう。ティターンズを鼻にかけた横暴なんてのは間違ってる。スペースノイドだって、全員じゃないがいい奴もいる」

「そうだ、カクリコン」

 目を閉じて、ジェリドはその言葉を肯定した。

「今のティターンズは間違ってる。だから、俺が変えてみせるさ」

 カクリコンはぽかんとしたままジェリドの顔を見て、笑い出した。込み上げる笑いを抑えきれず、肩を震わせる。

「くっくっくっく、お前が?」

「そうだ、カクリコン」

 ジェリドの本気がこもった言葉を聞いて、カクリコンの笑いがおさまっていく。嘲りの曇りもなく、彼はジェリドの顔を見つめ返した。

 どちらからともなく、手が差し出される。

「もし、時が来たら……俺はお前に着くぜ、ジェリド」

「ありがとうな」

 二人は固く、その手を握り合った。

 

 

 

 ジュピトリスの独房で、ファは膝を抱えていた。元々ジュピトリスは木星と地球の往復用の船だ。ヘリウム3を積むためのスペースだけでなく、違反者を取り締まるための独房もある。

 彼女の心配は自分だけではない。怪しい男に連れられていったカミーユのことだ。ハリオで別れて以来会っていない。

 独房のドアがノックされた。

「やあ、ファ君。手荒な真似をさせてすまなかった」

 ファは入ってきた男をきつく睨んだ。パプテマス・シロッコ。民間人のファを監禁している連邦の軍人だ。カミーユを連れ去った張本人でもある。

「そう睨まんでくれ。私は私なりに君たちのことを思って行動している」

「じゃあ早く家に帰してください!」

 シロッコはそれを聞くと、眉を八の字にして笑う。

「すまないが、それはできない。連邦軍にとっては、今の君たちは犯罪者だ。だがカミーユは素晴らしい才能を持っているように感じる」

「カミーユを戦争の道具にするんですか?」

 ファの声に固いものが宿った。シロッコは一笑に付す。

「カミーユはこれから来る新しい世を作っていくだけの力を持っている。ニュータイプだよ」

「カミーユにそんなつもり、ありませんよ!」

 甲高い叫び声が独房に響く。ファにとっては非常事態の連続だ。彼女は疲れていた。

「君はカミーユの何を知っているのかね」

「そんなこと……!」

「調査したところ、彼の両親は軍の技術者でめったに家に帰っていない。フランクリン博士は不倫もしているそうだ」

「そんなの、無礼です! 何も知らないくせに!」

 ファは声を荒げた。彼女もカミーユの家の事情は知っているが、それを赤の他人のシロッコに口にされる筋合いはない。

「彼はご両親から愛を受けて育っていない。ならば私が、彼を支えてあげるべきだろう」

 ファは口をあんぐりと開けた。もし本気ならば突拍子もない申し出だし、もし冗談や嘘なら最低の部類だ。

「……何を言ってるんです?」

「私は本気だ。カミーユを立派な大人に育てたい。そのために、ファ君の手を借りたいのだ」

 シロッコの真剣な眼差しが、ファを捉えて離さない。ファは、目を逸らしてしまった。

 シロッコは自身の腕時計を見た。

「む……すまんが、用事があるので失礼させてもらう。何か欲しいものがあったら、監視の者に言うがいい」

 わずかな時間の合間を縫って会いにきた、と言外に示す。ファは独房の床を見つめている。

「ファ君、カミーユのことを思うなら、私に協力して欲しい」

 独房から出る直前、シロッコは自身の肩越しに振り向いてそう言った。ドアが閉まり、ファは再び静寂の中に閉じ込められた。

「パプテマスさん……」

 両腕で自分の体を抱き、ファはそう呟いた。

 

 

 

「まずいな……」

 ハヤトが唸った。操舵手が振り向き、心配そうに尋ねる。

「やはり、捕捉されてしまいましたか」

「ヒッコリーに寄らなかったのが裏目に出た。太平洋上で待ち伏せとは……!」

 アムロの反対もあって、アウドムラはヒッコリーへの寄り道を諦め、太平洋へ向かった。しかし、その判断の隙をついたスードリに先回りされてしまったのだ。

 拳を握りしめたハヤトは、マイクを取る。戦うしかない。

「総員、第一戦闘配置! スードリを抜いて太平洋に出るぞ!」

 自室でその放送を聞き、アムロは爪を噛んだ。クワトロの代わりをやれる自信はなかったが、それ以上に、自分にその役割を押し付けてくるハヤトたちが気に入らなかった。クワトロの死について、まだ心の整理がついていないのだ。

 もう少し、自分が早く出ていれば。そんな後悔が、アムロを苛む。

 部屋の外から喧騒が聞こえる。戦闘準備の殺気だった雰囲気が、ドア越しにもひしひしと伝わってきた。

 ドアが開いた。ノックもなく、外からその人物が、ほとんど音を立てずに部屋の中に踏み込んできた。

「戦わないのですね、あなたは」

 声が静かに、震えて響いた。思わずベッドから体を起こしたアムロに、その人物は掴みかかった。

「君は……!」

「アムロ大尉!」

 レコアだ。彼女はそのままアムロを押さえつけ、馬乗りになる。不意を打たれたアムロはそれを許してしまった。

「何をする!」

「あなたはクワトロ大尉を見殺しにした!」

 その言葉一つが重りになって、アムロの手足を縛った。馬乗りのレコアは胸元のボタンを外し、アムロの喉に手をかける。

「責任を取るのよ、あなたが! 大尉の代わりをしなくちゃいけないのよ!」

 呆然とした顔で見上げるアムロの目には、正気を失ったレコアが映っている。唇は震え、大きく開いた双眸は、小刻みに震えてアムロを睨む。

「ううううう〜〜〜っ!!」

 言葉にならない叫びを上げて、レコアはアムロの首を絞めた。形のいい爪が首筋に食い込む。彼は両手でレコアの手首を掴んで抵抗するものの、引き剥がすことはできない。もみ合いの中レコアの胸元がはだけ、谷間と下着が外気に触れた。

 ふと、力が弱められる。レコアの両手がアムロの下着へ伸びる。押しのけようとするアムロの腕にも力はない。激しく咳き込むばかりだ。

「何やってるんです、レコアさん!」

 足音が近づいてくる。黒い影がレコアにぶつかって、羽交い締めに取り押さえた。

「か……カツ!」

 喉を押さえてアムロが叫んだ。傷だらけの顔で現れた彼は、パイロットスーツを着ていた。女とはいえ軍人であるレコアを、カツは強引に引き剥がす。

「放しなさい! 子供が出る幕ではなくてよ!」

「駄目なんですよ! 子供なのはあなただ!」

 レコアの金切り声にもカツは引き下がらない。暴れてカツの腕を引っ掻くレコアだが、ノーマルスーツには傷一つつかなかった。

 アムロの上から引きずり下ろされて、レコアは喚き続ける。

「クワトロ大尉を死なせたのはあの男よ!! なぜいけないの!! 私が幸せになってはなぜいけないの!!」

「殺したのは僕です!!」

 レコアは喚いた時の顔のまま、声を出さずに固まった。アムロの暗い視線に、目を逸らす。

「僕の勝手な行動が、クワトロ大尉や、マラサイ隊の人たちを死なせたんです!! わかってんですよ、僕だって!」

 カツの声は、重い。レコアは押し黙ってしまった。

「だから、アムロさんを憎むのなんて筋違いでしょ!? レコアさんだってそんなこと……」

「いい、カツ」

 アムロがカツの言葉を止めた。二人の憐憫の目が、哀れな女に注がれる。

 力なくカツの腕からへたりこむレコアの目から、涙がとめどなく溢れている。顔にも体にも、ほとんど力が入っていない。ただ頬を、雫が伝う。

「……シャアの代わりは、俺にはできない」

 アムロはそう言ってから、視線をカツに向けた。甘えも怯えも、その目にはない。

「そのノーマルスーツは?」

「余ってたのを勝手に持ち出しました。ネモが余ってるはずなので」

 アウドムラはもともとモビルスーツが余っている。カツの行動でマラサイ隊の半数が落とされたが、数機ぶんの余裕はある。

「やるのか」

「はい。クワトロ大尉を死なせたのは僕ですから」

 カツはあっさりと言ってのけた。それは子供ゆえの思い切りの良さでもあり、軍人としての覚悟の萌芽でもあった。

「ハヤトが許すか?」

「だからアムロさんを呼びに来たんです」

「したたかだな」

 アムロが部屋の外へ出た。格納庫へ二人は駆け出した。

 

 

 

「そのマラサイは出せないのか!」

「無理です! 死にますよ!!」

 格納庫は大騒ぎだ。出撃できるマラサイはごくわずか。マラサイのパイロットの一部はネモに乗るようだ。

 二人組が格納庫に駆け込んできた。くせっ毛の男と少年の二人組だ。

「空いている機体は?」

「アムロ大尉!」

 整備士の顔が明るくなる。アムロ・レイが戦うとなれば百人力だ。

「空いている機体はネモが……」

「俺のマラサイを使ってくれ」

 整備士の言葉を遮って、カラバのパイロットが言った。ヘルメットを小脇に抱え、もう一方の手で照れくさそうに頭を掻いている。

「いいのか?」

「あんたより腕のいいパイロットはいやしないさ」

 パイロットは苦笑いを浮かべた。事実とはいえ、相手が自分以上の腕前であることを認めるには、若干の悔しさもある。

「ありがとう!」

 アムロはマラサイのハンガーへ走っていった。パイロットも、自身のネモへ歩き出した。残されたカツに、整備士が敵意を剥き出して舌打ちする。

「何の用だよ」

「僕もモビルスーツに乗ります」

 先ほどまでの遠慮がちな態度とはうって変わって、カツは毅然とした顔つきで答えた。整備士はそれが許せない。

「ふざけるな! またお前のわがままで……!」

「パイロットが足りないんでしょ!!」

 前回の戦いで生還したマラサイ隊のパイロットたちからは負傷者が二名出ている。ただでさえモビルスーツが余っていたカラバには、余分なネモもあった。

「カツを乗せてやってくれ」

 モビルスーツの外部スピーカーからの声だ。その声に、整備士が振り返る。

「あ……アムロ大尉!?」

「早く乗れ、カツ! ハヤトには、それから話すんだ」

「はい!!」

 真昼の太平洋は、遠く水平線が続いている。アウドムラのブリッジはその静かな海と対照的だった。せわしくクルーが出入りし、繋いだ通信に向かって大声で怒鳴る。

 窓の外に小さく見えるスードリを睨んで、ハヤトは顎を撫でた。補給のために、彼らはホンコンへ向かうつもりだ。モビルスーツ隊のダメージも深い。なんとしても、補給が必要だった。

 ブリッジのモニターに通信が飛び込んでくる。発信者は艦内のネモからだった。

「カツ!?」

 ハヤトは素っ頓狂な声を上げた。唾を飲み込んで、カツは話し始めた。

「父さん、僕に発進許可をください」

「駄目だ! お前はもう出撃させない!」

 遮るようにハヤトはがなった。ブリッジのクルーたちも振り向くほどの迫力だ。

「そんなことでアウドムラがお前を許すと思っているなら大間違いだぞ!」

「アウドムラが沈められるかもしれないんだよ、父さん!」

 どちらも譲らない。彼ら二人の口論は、徐々に激しさを増していく。

「子供には関係ない。もし出撃するというなら、もうお前を息子とは思わん!」

「それでもいい!!」

 そう言い切ったカツに、ハヤトは言葉を失った。カツの表情には投げやりさや甘えはない。ましてや、名誉欲にはやっている様子など皆無だった。

 沈黙するハヤトを見て、カツは若干の罪悪感を覚えていた。ハヤトは孤児になったカツを養子にして育ててくれた恩人だ。

「……別に父さんが嫌いなわけじゃないよ。だけど……」

「父さんと呼ぶな!!」

 ハヤトは厳しい顔つきでモニターを睨む。

「艦長だ。お前はマート少尉の指揮下に入れ」

 ハヤトはつとめて無感情に指示を下す。内心で、彼はカツの成長を喜んでいた。

「じゃあ……」

「ネモ七番機のパイロットのカツ・コバヤシ! 出撃の準備をしろ!」

 緩んだ頬を叩いて、カツは顔を引き締める。

「了解!」

「よかったな、カツ」

 優しい声が聞こえた。アムロだ。カツはネモの手を振らせて応えた。

「生きている者は、生きている間にやるべきことがある、か」

 できることなら、死なせたくない。だが、戦場の中でしかカツの失敗は取り戻せないことも事実だ。アムロは操縦桿を握った。マラサイを載せたド・ダイ改のエンジンが唸りを上げる。

「マラサイ、アムロ・レイ! 出撃する!」

 

 

 

 エンジンが始動した。ギャプランの排気口が盛んに音を立てる。ジェット噴射の風圧を恐れて、整備士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

「ロザミア・バダム、ギャプラン、出る!!」

「ロザミア!! 待て!!」

 ジェリドがモビルスーツデッキに駆け込んだ時には、ギャプランは出発した後だった。

 大きく舌打ちするジェリド。急いでロザミアを追いかけるべく、彼はMk-Ⅱのコクピットへ乗り込み、ブリッジへ通信を繋ぐ。

「ロザミアを逃した!」

「そんなことはいい。奴には好きに暴れさせる」

 モニターに映ったウッダーは、ジェリドの報告にも興味はない様子だ。それがジェリドには不可解に見えた。彼は低く聞く。

「何かあったか?」

「俺の情報筋から聞いたが、シャイアンのアムロ・レイが輸送機を奪って脱走したそうだ」

 ジェリドの表情が険しくなる。

「アムロ・レイだと?」

 一年戦争の英雄で、ガンダムのパイロットだったあのアムロ・レイ。ジェリドもその名は知っている。今はシャイアンにいると風の噂で聞いたこともある。

「ホワイトベースのクルーは反ティターンズだ。奪った輸送機の進路から考えると……」

「アムロはアウドムラにいる。あのネモのパイロットだ」

 ジェリドはうめくように言った。それはほとんど直感だが、あの時のネモは並大抵のパイロットではない。赤い彗星か、それ以上のパイロットが突然アウドムラに参加したとすれば、間違いなくアムロだ。

「わかるのか?」

「面白いじゃないか、今、ガンダムに乗ってるのは俺なんだぜ」

 ジェリドは歯を見せて笑ってみせた。ガンダムMk-Ⅱとジェリドが、いわば先代のガンダムパイロットであるアムロ・レイを叩き潰す。

 ウッダーは口の端を歪めた。今日こそアウドムラを沈め、ブランの仇を討つ。彼ら二人の思惑は一致していた。

「ジェリド・メサ! ガンダムMk-Ⅱ! 出るぞ!!」

 

 

 

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