太平洋上に出たアウドムラをついにスードリが捉えた。距離こそあるが、並走する形だ。
モビルスーツ隊の練度や規模ではスードリの方が上である。アウドムラのネモ隊も、ド・ダイ改に乗って出撃する機体は数えるほどだ。
マラサイ二機とリック・ディアス一機、ネモが三機の合計六機がアウドムラの外へ出た。それ以外の数機のネモは、アウドムラ格納庫から援護射撃を担当する。そもそも、ド・ダイ改が不足しているのだ。
スードリのモビルスーツ隊は十機を超え、先行するギャプランをはじめ、ガンダムMk-Ⅱなどの新鋭機も備えている。
戦況は、アウドムラにとって不利だった。
マラサイのコクピットのアムロに、通信が届く。アウドムラのハヤトからだ。
「アムロ、敵を一刻も早く退かせるんだ」
「スードリを叩くんだろ?」
アムロの表情には余裕がある。ハヤトはそれが少し意外だったが、破顔した。
「わかっているならいい。それより、カツをそそのかしたな?」
「そそのかされたのは俺さ」
カツがいなければ、アムロは出撃しなかったかもしれない。アムロはその意味でも、カツに感謝していた。
「そうか? ……スードリは任せたぞ」
そう言ってハヤトは通信を切った。モビルスーツ隊のビームライフルが、そろそろ当たる距離だ。
アムロが通信を開いた。
「わかっているな? ネモ隊とザック中尉はアウドムラの護衛! 俺とロベルト中尉でスードリを叩く!」
「了解!」
力強い返答の中に、少し裏返った声が混じっていた。カツだ。アムロはそれに気づいたが、何も言わない。彼がモビルスーツに乗ったばかりの頃は、そうして強くなっていった。
加速する二機のド・ダイ改の上には、マラサイとリック・ディアス。アムロとロベルトだ。
並走しながら、ロベルトがアムロに尋ねる。
「いいんですか?」
「何のことだ?」
「……カツのことです」
低い調子でロベルトは絞り出した。カツのことは信用ならない。ハヤトの手前もあって今更カツを糾弾するつもりはないが、またモビルスーツに乗せることには反対だった。
「ド・ダイの上で戦えるパイロットはアウドムラには少ないからな」
ロベルトは渋い顔だ。
「しかし……」
「信じてみるしかない」
「ニュータイプの勘ですか」
「まあな」
アムロの目はモニターに映る敵モビルスーツを睨んでいる。今は戦うしかない。ロベルトは小さくため息をついた。
「墜ちろ! エゥーゴ!」
先頭を切るギャプランは、距離を取ってすれ違う。その間際、放たれた数発のビームをかわし、反撃のビームライフルを当てた。惜しくもシールド・バインダーに着弾してしまったが、アムロは振り返らない。ギャプランの相手は後続に任せるつもりだ。
「なるほど……そういうつもりか、アムロ・レイ」
ギャプランの後方、黒いガンダムMk-Ⅱの中で、ジェリドはつぶやく。
「先頭のザクもどきがアムロ・レイだ! 俺とマウアーで相手をする! カクリコンはリック・ディアス! 他のものはロザミア少尉に続いてアウドムラを叩け!」
「了解!」
スードリを狙っていることは、ジェリドに見抜かれていた。しかし、高速ですれ違う相手を追って反転するのは容易なことではない。なにしろ、アウドムラの砲火には背中を向ける形になる。ジェリド達三人はスピードを緩めた。
瞬間、ジェリドの脳裏に予感が走った。
「そこのハイザック! 下がれ!!」
わずか一瞬。アムロのマラサイの腕が上がったと思えば、そのハイザックの胴体はビームに穿たれていた。当たった位置はコクピット。制御を失い、ぐらりと揺れてベースジャバーから落ちていく。
ジェリドは表情を歪め、アムロのマラサイへビームライフルを向ける。
「来い! アムロ・レイ!」
「こいつ……! シャアをやった奴か!」
ビームライフルの応酬を繰り返しながら彼らは接近した。互いのビームは、そうそう当たらない。両者とも、狙いをつける時間を相手に与えていないのだ。
「マウアー!」
「ええ!」
ばら撒かれるザクマシンガンの弾がマラサイの機体表面に着弾する。一発や二発では致命傷には程遠いが、牽制にはなる。
「アムロ大尉の邪魔はさせん!」
ロベルトのクレイバズーカの弾丸が、ジェリドのベースジャバーを掠めた。
しかし、リック・ディアスのド・ダイ改の行く手を、ビームが通過する。牽制としては十分以上。ロベルトはそのビームの射撃手を探る。
「グリーンオアシスじゃ遅れをとったが!」
カクリコンが吼える。加速したベースジャバーの上で、もう一機のガンダムMk-Ⅱがビームライフルを構えていた。
「ええい!」
ビームと弾丸の応酬が続く。グリーン・ノア1での戦いでは翻弄されたカクリコンだったが、今ではほとんど対等に渡り合えている。アーガマ追撃だけでなく、月面都市アンマンの攻撃、ジャブロー防衛、さらにアウドムラの追撃戦と、カクリコンは確実に戦闘経験を積んでいた。
「く……アムロ大尉!」
視界の端に二機のモビルスーツに追われるアムロを見て、ロベルトは冷や汗を垂らす。
ジェリドのベース・ジャバーが急旋回し、アムロのド・ダイ改の後ろについた。ド・ダイ改の上で、マラサイが完全に振り返る。体勢は低いが、その銃口の向かう先はMk-Ⅱだ。
激しい撃ち合いが繰り広げられる。相対速度が減った分、彼らの狙いはより正確になっていく。Mk-Ⅱのシールドに、ビームの深い傷跡がついた。
「逃がさん!!」
「ええい!」
アムロの射撃は、すでに先読みの域に達している。それは彼が一年戦争で磨いたニュータイプ能力ゆえのものだ。しかし、ジェリドもそれに対応しきれている。
ニュータイプだ。アムロは思った。青い変形モビルアーマーのような固いプレッシャーではなく、天然物のプレッシャー。ジェリドもまた、目の前のマラサイからニュータイプを感じている。
「ぐおっ!」
ビームが肩を掠め、ジェリドが悲鳴をあげる。最高速の彼らの距離は、一向に縮まらない。
マウアーは歯噛みした。自分のマシンガンは、アムロはまるで問題にしていない。
「最適の場所を狙えていれば、ジェリドがあのマラサイを落とせているはずだ……!」
スードリの対空砲火が迫る。ジェリドとマウアーの攻撃をかわし、スードリに背を向けたまま、アムロのマラサイはスードリへ突っ込んだ。
「馬鹿な!!」
ジェリドがまた目を剥いた。
弾の方から避けているかのように、アムロには当たらない。むしろ対空砲火はアムロを追うジェリド達の足を止めてしまっていた。
ジェリドの隙を見て、背後に向けて一発。マラサイの放ったビームが、スードリの機銃を一つ潰した。対空砲火の中でも、アムロの射撃は正確だった。続けて撃ったビームがマウアーのベースジャバーに着弾する。ベースジャバーは黒煙を噴き上げた。
「くっ、どこをやられた!?」
「無茶はよせ! 俺がやる!」
ジェリドもアムロの後を追って、スードリの対空砲火の中へ飛び込んだ。
猛スピードで突っ込んでくる、青いモビルアーマー。それがモビルスーツに変形できることは、これまでの戦いでカツも知っていた。
先行したアムロとロベルトの脇をすり抜け、そのモビルアーマーは単機でアウドムラへ突っ込んできた。
カツの脳裏に、違和感が過ぎる。アムロやクワトロから感じたものとは違う。この敵は、ニュータイプのようで、ニュータイプではない。
メガ粒子砲が火を噴いた。次の瞬間、格納庫のネモが力なく倒れ込む。カツはモニターを睨み、操縦桿を引いた。
ネモ隊による一斉射撃。瞬間、ロザミアはギャプランをモビルスーツ形態へと変形させる。空気抵抗の増加、さらにブースターの方向転換により、ギャプランを狙ったビームは全て回避された。
真上へ飛んだギャプランは、両腕のメガ粒子砲をそれぞれ別方向に向けた。
二発。一発が一機のネモの腕を砕き、もう一発はアウドムラに直撃する。
下方から機影が迫る。それは、カツの乗ったネモだった。
「うおおおおお!!」
連射されたネモのビームをかわすギャプラン。性能で言えば、圧倒的な開きがある。カツは接近戦に持ち込んだ。
「エゥーゴ! 宇宙は落とさせない!」
ギャプランは近接戦闘に向いた機体ではない。だが、ロザミアは退かなかった。
両者のビームサーベルが火花を散らす。加速の勢いに乗った斬り上げだが、ギャプランのビームサーベルに阻まれる。
「子供が!」
ギャプランはネモの胴体を蹴る。サブフライトシステムに不慣れなカツは、大きくバランスを崩してしまった。
ネモのビームサーベルを弾きギャプランは再びモビルアーマー形態へと戻ると、大推力による体当たりでカツのネモを跳ね飛ばした。すさまじいGにより、カツの意識は朦朧となる。
カツのネモを振り切ったギャプランは、アウドムラへの攻撃に戻る。後続のハイザック部隊も追いついた。
高速で敵の攻撃をかわしながら、ギャプランはわずかばかりのモビルスーツ隊へ切り込んでいった。メガ粒子砲を撃ちつつ、敵を撹乱する。
マラサイがギャプランにライフルを向けた。しかし次の瞬間、ハイザック達のマシンガンに蜂の巣にされ落ちていく。
質、量ともに、アウドムラは劣っている。アムロがスードリを落とすまで耐え切ることも、彼らには難しかった。
アムロのベースジャバーが機首を跳ね上げる。スードリの格納庫からも、モビルスーツが銃を向けていたのだ。スードリの主翼を盾にして、そのモビルスーツの対空砲火を防ぐ。
アムロは気づいた。自身を追いかけていたはずのジェリドがいない。スードリの上方に機体をねじ込んだ時を最後に、ジェリドのMk-Ⅱは、彼の視界から消えていた。
彼は、即座にビームライフルを数発スードリの主翼へ撃ち込んだ。当たりどころが良かったのか射角がよかったのか、そのうち一発のビームは主翼を貫通する。
「まずい!」
アムロが呟いた。上下逆さまになったガンダムMk-Ⅱとベースジャバーが、ド・ダイ改の進行方向から現れる。
機銃を回避する必要があるアムロと違い、Mk-Ⅱのベースジャバーは目標へ向けて全速力を出すことができる。高速でスードリの胴体部の下から回り込んだジェリドは、ベースジャバーを宙返りさせてアムロに迫った。
ビームライフルの距離ではない。すれ違いざまビームサーベルを打ち合わせる。加速した慣性を打ち消された上半身と、ベースジャバーの慣性が残った下半身。斬撃を受け止められた勢いもそのままに、Mk-Ⅱを再び後方宙返りさせ、マラサイの背後、ド・ダイ改の上に着地する。
「時代は変わったんだよ、アムロ・レイ!」
「でやあっ!」
振り返りつつビームサーベルを横に薙ぐマラサイ。しかし、ジェリドのMk-Ⅱはそれを屈んで躱し、立ち上がる勢いを利してビームサーベルを振り上げた。
ビームサーベルは空振り。胸元に掠らせつつも、マラサイの動きには支障はない。
回避と同時に半身になったマラサイは、そのショルダースパイクを勢いよくMk-Ⅱへぶつけた。さらに続けて、右手に持ったままのビームサーベルの切先をMk-Ⅱのコクピットへ突き出す。
そのサーベルは、体を捻ったMk-Ⅱの脇の下を抜けていく。マラサイの右腕を取ったMk-Ⅱはすぐさまビームサーベルを構えた。振り下ろす右腕を、マラサイの左手が捕らえた。
力比べの態勢だ。マラサイの機体出力もMk-Ⅱに負けていない。互いの排気口が唸る。二体のモビルスーツは金属の軋みを上げて、組み合ったまま動かない。
絞り出すように、ジェリドは言った。
「アムロ・レイ! ニュータイプというだけはあるな!」
「こいつ、俺の名を……!」
接触回線で、両者の通信は繋がっている。スピーカーから流れるその声は、挑発的にも焦っているようにも聞こえた。アムロが叫んだ。
「貴様もニュータイプだろ! なぜティターンズに着く!」
「誰がエゥーゴなどに頼るか!」
ジェリドはMk-Ⅱのスラスターを吹かせた。ド・ダイ改から振り落とすつもりだ。一瞬で加速した黒いガンダムは、彼の意に反してマラサイの上方をすり抜けていった。
「なにいっ!?」
ジェリドは下を見る。Mk-Ⅱの加速と同時に、マラサイは体を後方に倒し両手を振り上げ、Mk-Ⅱを蹴り上げた。
巴投げを喰らい、ド・ダイ改から振り落とされたジェリド。だが、その目は未だにマラサイを睨んでいる。
「ガンダムならばこういうことも!」
腰にマウントしていたビームライフルを抜き、その照準をアムロのマラサイに合わせる。わずか一瞬だった。ビームライフルの固いグリップとそれを保持するマニピュレーターは狙いを狂わせることはない。
「ニュータイプか!?」
「おおおお!!」
照準を合わせたジェリドは、その弾道にビームライフルの銃口を見た。マラサイは巴投げの直後から、追撃のためのビームライフルを準備していたのだ。
両者のビームが発射される。ビームサーベルのように収束されない二つのビームは二機の中央で衝突し、弾けた。
拡散した僅かな粒子がMk-Ⅱを揺らす。ジェリドは内心、アムロの操縦技術に舌を巻いていた。
「アムロ・レイ……」
バランスを崩したMk-Ⅱを立て直す。サブフライトシステムには及ばないが、もともと飛行もできる機体だ。
アムロのマラサイは向きを変え、すでにアウドムラへ向かっている。ジェリドはぎょっとしてスードリを見た。
主翼を撃ち抜いた時、アムロは正確にスードリのエンジンを狙っていたのだ。スードリは左翼から黒煙をあげている。
「ジェリド中尉! 何をやっている!」
ウッダーの通信が飛び込んだ。ジェリドは苦々しげにモニターを睨む。
「わかっている!」
スードリはアウドムラと同型だ。アウドムラの構造を知っていれば弱点はわかる。
アムロをスードリに近づけてはいけなかったのだ。落ちはしないだろうが、スードリによる追跡は大きく遅れを取ることになる。
ジェリドは通信を一方的に切った。クワトロを撃墜し、強くなったつもりだった。しかし、アムロはそのさらに上を行っていた。
「アムロ・レイ、か……!」
見定めた男の名を、彼は呼んだ。
モビルスーツ隊を追い詰めたギャプランは旋回し、加速する。その機首は、アウドムラのブリッジを目指していた。
「落ちてもらう!」
恐慌状態のブリッジで、ハヤトは腕を組む。
「艦長! 危険です!」
「今更慌ててもどうにもならん! 対空防御、しっかりやれよ!」
窓の外に見えたギャプランは、進路が激しくぶれている。スピードも落ちているようだ。
「なんだ、あれは」
ハヤトは窓へ近寄る。ギャプランの上部に、一機のネモがしがみついていた。
「させないぞ! お前に好きなようには!」
ギャプランに跳ね飛ばされたカツだったが、彼はどうにかネモをド・ダイ改にしがみつかせていた。ギャプランが見せた隙を見逃さず、彼はギャプランに飛びついた。
加速性能、旋回性能、そして最高速度、どの面においてもギャプランはド・ダイ改を上回っている。ド・ダイ改でギャプランの進路を押さえることなど、先読みに近い。
跳ね飛ばされた際にビームライフルを取り落としてしまったが、カツにとっては些細なことだ。発振器を手に取り、ビーム刃を形成する。
「くっ! 貴様、さっきの!」
「女の人……!?」
だが、一瞬カツに躊躇が生まれた。それは、接触回線によって相手の声を聞いたからだ。
「子供だね」
その隙をロザミアはついた。ネモを振り払うために、ギャプランをモビルスーツ形態に変形させる。
「あの腕を掴めば……!」
ギャプランの両腕は、モビルアーマー形態の間、後方へ伸ばされている。変形を間近で見たカツは、どこを掴めば振り払われないか理解していた。カツはギャプランに組み付き続ける。
「ええい、こいつ!!」
「放すものか!!」
カツはモビルスーツ形態のギャプランの各部に、ネモの手足を挟み込んだ。変形を封じているのだ。
「ならばギャプランのGで死ね!」
ギャプランのムーバブル・シールドのスラスターが下に向いた。勢いよく噴射し、上昇していく。本来、ギャプランの加速は強化人間でなければ耐えられないものだ。
「うああああ!!」
カツが苦痛に叫ぶ。だがそれと同時に、彼はネモの全身のバーニアやスラスターをでたらめに噴射した。かかったGに奥歯が軋む。不規則な回転を続ける視界。吐き気が込み上げた。
ロザミアは戦慄した。吹き出した冷や汗が額に浮かぶ。ネモが姿勢を変えれば、当然組み付かれたギャプランの体勢も変わる。大出力のムーバブル・シールド・バインダーも、下に向かなければ体勢を崩す一因にしかならない。
ギャプランの加速時のGは常人なら失神してしまうほど強力だが、ネモという重りを抱えていてはそのGも減少してしまう。
完全に平衡を失った二機のモビルスーツは、複雑な軌道を描いて落ちていった。
「貴様! 死ぬ気か!」
「道連れええっ!」
震えそうな声を必死で張り上げて、恐れをねじ伏せる。カツは覚悟を決めていた。落ちていく二機。深い海の青は、その細やかな肌のきめを少しずつ大きくし、より小さな皺を鮮明に見せてくる。
「カツ!! 離れろ!」
聞き慣れない、しかし脳裏にこびりついた声がカツの鼓膜を揺らした。カツはその言葉に従ってしまう。
高速落下の空気抵抗がギャプランとネモを別つ。そうして離れたギャプランの機体が、横殴りの散弾に吹き飛ばされた。
「乗れ!」
「ロベルト中尉!?」
リック・ディアスが手を伸ばし、ネモの腕を掴んでいた。肩で息をしながら、カツはリック・ディアスを見た。
「な……なんで、僕を」
ロベルトは答えず、ギャプランへ向けてクレイバズーカを撃つ。
「アムロ大尉がスードリのエンジンをやった! このまま引き上げる!」
ド・ダイ改の上に戻ったカツは、ロベルトの変わり身に驚いていた。
「なんで僕を助けたんです!?」
「リック・ディアスのビームピストルを使え。あのモビルアーマーを迎撃するぞ」
ギャプランは再びモビルアーマー形態を取ってド・ダイ改を追いかけている。一刻を争う状況だからこそ、カツはロベルトの心情が気になった。
「ロベルト中尉!」
「撃てと言ってる!!」
せき立てられて、カツはリック・ディアスの背中のビームピストルを取った。ビームピストルとクレイバズーカが一斉にギャプランに向け火を吹く。正確な射撃は、確実にギャプランの逃げ場を奪っていった。
アクト・ザク二機を載せたベースジャバーが、撤退のために身を翻す。格納庫のネモがライフルを一斉射した。火と煙を吹いて、ベースジャバーが爆散する。
「うわあ、うわああああ!!」
自由落下に陥った二機のアクト・ザクに、追撃のビームが殺到する。数秒も経たず、彼らは残骸へと変わり落ちていく。
ジェリドのモニターに女の顔が現れる。マウアーからの通信だ。
「ジェリド!」
Mk-Ⅱの側に、マウアーのハイザックがやってきている。ジェリドはすぐにそのベースジャバーにMk-Ⅱを乗せた。
「アウドムラへ急げ! 撤退を支援する!」
「わかった!」
マウアーは軍人として威厳ある返事をした後、表情を曇らせた。
「あの敵、アムロって?」
「やられたよ。まだまだだ」
忌々しそうにジェリドは言いつつ、Mk-Ⅱのビームライフルを撃つ。アウドムラのモビルスーツへの牽制だ。
「そう……」
マウアーは自分が情けなかった。ジャブローで、彼女はジェリドに憧れた。力になりたい。そう思ってスードリに乗り込んだものの、彼女はジェリドの助けにはなれていなかった。
ジェリドは優秀だ。エリートであるティターンズの中でも、彼ほどの軍人はいないだろう。
「マウアー! 右だ!」
「ええ!」
彼女は言われるまま、ベースジャバーを右へ旋回させる。前方からのビームを躱した。ハイザックとMk-Ⅱは、そのビームの主へ照準を合わせる。
ネモの右腕が吹き飛ぶ。さらに胴体にマシンガンの連射を受け、ネモは爆発した。
「ロザミア少尉! 撤退だ!」
ウッダーの声がようやく、ロザミアの耳に入った。彼女は言い返す。
「奴らは空を落とす!」
「命令違反だぞ! 少尉!!」
ウッダーの声ではない。リック・ディアスとネモの乗るド・ダイ改に、ビームが掠った。ジェリドのMk-Ⅱと、マウアーのハイザックが、次々にビームライフルを撃つ。
声の主はジェリドだった。
「戻れ、ロザミア少尉!」
ロザミアは歯を食いしばり、表情を歪める。一方のジェリドの表情は崩れない。眉間に皺を寄せるが、困惑の色はない。毅然とした態度でロザミアに命令を出し、リック・ディアスとネモを追い返す。モニターのMk-Ⅱを睨みつける目が、閉じられた。
「……わかった」
ロザミアは従った。彼女の素直さは、ジェリドにはかえって不思議だった。
Mk-Ⅱをハンガーに置き、ジェリドは昇降機に乗った。隣のハイザックからも、同じようにマウアーが降りてきている。彼はヘルメットを脱いでマウアーに笑いかけた。
格納庫の床に立つと、モビルスーツの巨大さが、なんの遠慮もなく語りかけてくる。ジェリドはそれが嫌いではなかった。
「今日も助かった、マウアー」
「ええ……」
ヘルメットに押し込められていた髪を直しながら、マウアーは答えた。
スードリの格納庫の端にはウォーターサーバーが設置されている。戦闘を乗り越えた彼らの足が向かう先は、やはりそこだった。
紙のカップを水が満たす。ジェリドはもう一杯水を汲み、マウアーに差し出した。
「ありがとう」
「おう」
差し出されたばかりのカップの水面は揺れていた。マウアーは口を開いた。
「ジェリド」
「ん?」
カップの水をあおりながら、ジェリドはマウアーに視線を返す。彼女はその目を見て、一瞬だけためらった。
「中尉はニュータイプですね」
不意に、二人の間に声が割り込んだ。振り返ると、ロザミアが笑っている。
「なんだ、急に」
「感じるからです」
ジェリドは怪訝な顔で彼女を見返す。
「中尉からは強いプレッシャーを感じます」
「プレッシャーか」
その言葉がジェリドの心に引っかかった。戦闘中に感じた例の感覚につける名前としては、かなりしっくりくるものだ。
顎に手をやり、彼は尋ねる。
「敵からは、それは感じるか」
「はい。強いのが一つ、弱いのが一つ。あの金ピカもそうでした」
ロザミアは淡々と答える。ジェリドは真剣な顔で彼女の言葉を聞いていた。
「やはりか」
「何か?」
心配そうにロザミアがジェリドの顔を覗きこむ。ジェリドは笑った。
「ニュータイプの感じ方がわかってきたのさ。ありがとうな、少尉」
「はっ!」
ロザミアは力強く敬礼し、歩き去っていく。
息を吐いて、ジェリドはマウアーに向き直った。
「すまんな。で、さっきは何を……」
「なんでもないわ、ジェリド」
彼女の切長の瞳はジェリドの目をしっかりと見つめ返している。わずかな声音の変化を不審に思って、ジェリドはもう一度訊いた。
「本当か?」
「ええ。本当になんでもないことよ」
その目を弓なりにして、マウアーは微笑んだ。彼女は、弱音を吐きたくなかった。ジェリドは大きなことをしようとしている。ニュータイプとして不適格な自分は、果たしてジェリドの隣にいてもいいのだろうか。
「おい、坊主! おいってば!!」
肩を揺られて、カツは目を覚ます。顔を覗き込んでいるのは、アウドムラの整備士だ。
カツは慌てて立ち上がろうとしたが、体を起こすこともできない。振り返って、シートベルトに気づいた。
「あ、あの、僕」
「早く降りろ。寝るなら部屋で寝るんだな」
慌ててシートベルトを外して、彼は思い出した。ここはネモのコクピットだ。帰艦しモビルスーツハンガーにネモを戻して、彼は寝入ってしまったのだった。
初めてに近いモビルスーツ戦で、彼は死に物狂いで戦った。アウドムラを守るために、ギャプランの殺人的なGにも耐えた。
その上、彼はクワトロが撃墜されて以来、ほとんど寝ていなかった。緊張の糸が切れて寝入ってしまったのも無理はない。
「すみませんでした」
小さく頭を下げて、彼はコクピットを出る。整備士はにこりともしなかった。
格納庫の床に降りて、カツはネモを見上げた。機体の関節部には、他のネモより沢山の整備士が群がっている。前面装甲も凹みやキズが目立つ。
一刻も早く、カツは部屋で休みたかった。しかし、その前にやることがある。
彼はリック・ディアスへ駆け寄った。ハンガーの足場の上で、男が整備に取り掛かっている。
「あの! ロベルト中尉!」
ロベルトは手に持った図面から目を上げ、ハンガーの下のカツをじろりと見る。黙ったまま、ロベルトは手招きした。彼はもう連邦の制服に着替えている。
カツも昇降機を使い、ロベルトのいる足場に向かった。ロベルトが向かい合っているのはリック・ディアスの指のパーツだった。
「中尉。中尉はなんで、僕のことを助けたんです?」
ロベルトは顔を上げない。カツはじれったくて、声を大きくした。
「中尉が邪魔をしなけりゃあ、僕があのモビルアーマーを倒せていたんです!」
平手打ちがカツの頬に飛んだ。尻餅をついたカツは、手すりを掴んですぐに立ち上がる。
「バカを言え。あのスピードで海に落ちてもモビルスーツが壊れるかはわからん」
「なにも叩かなくたって!」
ロベルトの平手打ちがもう一発、カツの頬を叩いた。
「調子に乗るなよ。お前一人が死んでも何も解決せんのだからな」
反論しようと口を開いたものの、カツはそのまま固まった。言い返せる隙はない。
「じゃあ、なんで僕を助けたんですか!」
「ネモの一機もパイロットも惜しいだけだ」
ロベルトはリック・ディアスの整備に戻った。拳を握りしめて、カツは足元を見つめる。
「……でも、僕は……」
カツの捨て身の行動は、半ば自殺と言ってもよかった。彼をその行為へ駆り立てたのは、やはり無断出撃の一件での罪悪感だ。いっそ死んでしまえば、誰も自分のことを責められない。
「ネモは整備士に任せてさっさと休め。ホンコンまでは追いつかれんだろうからな」
ロベルトの口ぶりに、カツは苛立ちまじりに声を張り上げた。
「わかりましたよ!」
昇降機が降り切るよりも早く格納庫の床へ飛び降り、カツは悪態を口の中でつく。
「僕がどんな気持ちで戦ったかなんて、あの人はわかってないんだ」
足音を鳴らして去っていくカツの背を、ロベルトは横目で眺めていた。
ウッダーは苦虫を噛み潰した顔でキャプテンシートに腰掛けていた。
今日こそアウドムラを落とすと息巻いていたが、またしても取り逃してしまった。憤りと焦りが高まっていく。
肘掛けに体重を預けて、深く息を吐く。ぼんやりと見た空は青い。
「アウドムラの進路は割り出せたか」
ウッダーは厳しい調子でクルーに問う。
「はっ。やはりおそらくは太平洋を渡ってユーラシア大陸へ行くつもりかと」
「ユーラシアか……やはり狙いはニューギニア基地への攻撃か?」
今回の戦闘で二機がかりで挑んだにもかかわらず、ジェリドはアムロに出し抜かれた。
一方でロザミアは目覚ましい活躍を見せた。敵のモビルスーツ隊の連携を完全に断ち、アウドムラをあと一歩というところまで追い詰めた。
頬杖をつくのを止め、ウッダーは体を起こす。
「よし、日本のムラサメ研究所に連絡を取れ」
「ムラサメ研究所、ですか?」
ウッダーは唇を歪めた。
「ああ……強化人間を使うぞ」
広い海原を、スードリの広い影が染めていた。