激しい雨が機体の表面を伝う。暴風はサブフライトシステムを震わせ、彼らの進行を妨げた。
雨の中に見える光は、アウドムラ。南シナ海は今、台風の土砂降りの中にあった。
「ええい、この雨では視界が……!」
ジェリドが悪態を付く。ミノフスキー粒子散布下での有視界戦闘において、この雨は致命的だった。
「そこか!」
雨を突っ切った一筋のビームを、ジェリドはかわした。ぞっとするほど正確な狙いは自己紹介も同然だった。
「アムロか、この距離でよく撃つ!」
驚いたのはアムロも同様だった。ほとんど視界の利かない中での射撃を実行したアムロも凄腕だが、それを察知してかわしたジェリドもまた常識の外にある。
「ジェリド……強くなっているのか!」
反撃のビームは雨粒を蒸発させながら突き進む。アムロは舌打ちした。
ド・ダイ改に乗ったカラバのモビルスーツ部隊は、艦の外で待ち構える。同型の艦であるゆえに、一度距離ができればそれは縮まらない。
「よし……作戦通り行くぞ! 遅れるな!」
ジェリドのベースジャバーが、勢いよくアウドムラへ突っ込んでいく。アウドムラに随伴するモビルスーツたちが一斉に弾幕を張った。
「これでは、居場所を教えているようなものだ!」
アムロはジェリドのMk-Ⅱへド・ダイ改を走らせる。カラバのモビルスーツの武器は、ほとんどビームが主体だ。雨の中でも目立つビームは、その発射地点を割り出すことも容易だった。
すぐにスードリの方向からのビームがモビルスーツ部隊を襲う。もとより数ではカラバが不利だ。ネモが一機落とされる。
「アムロさん!」
カツの呼びかけにも応じず、アムロはジェリドとの一騎討ちに臨む。ビームをくぐり抜けながら、ジェリドもアムロのマラサイを見やった。
「来い、アムロ!」
アムロのマラサイにもスードリのモビルスーツ隊からの援護射撃は襲いかかる。余裕はない。一撃でMk-Ⅱを仕留めるつもりで、アムロはマラサイのビームライフルを構えた。
ビームが交差した。アムロはド・ダイに掠めさせ、ジェリドはシールドで防ぐ。耐ビーム・コーティングがなされているとはいえ、受け方を誤れば貫通することすらありうる。
「ちっ!」
同時に舌打ちした二人は、ビームサーベルへ手を伸ばす。シールドの裏にマウントされたマラサイのサーベルを、アムロは油断なく抜き放つ。形成された高温の刃が触れた雨粒を蒸気へ変えた。
右手にライフルを構えたまま、ジェリドもビームサーベルを抜いた。左肩越しに抜いたビームサーベルは、独特の赤い光を放っている。
加速とともに、機体の前面に雨が叩きつけられる。すれ違いざまの鍔迫り合い。ビームサーベルが激突し、弾けた粒子が互いの装甲を削る。
「なにいっ!?」
アムロは驚いた。ジェリドのMk-Ⅱは、ビームライフルを手放していた。空いた右手は、バックパックのビームサーベルを抜刀する。二刀流だ。
ここで相手を落とすつもりならばそれが最善かもしれない。しかし、この後にアウドムラを攻撃することを考えれば悪手だ。アムロは経験故に、ジェリドに虚をつかれた。
ド・ダイ改の進行方向を変えつつ、アムロは機体を傾けた。ジェリドの二本目のビームサーベルが振り下ろされる。
「落ちろ!」
ビームサーベルを握ったまま、マラサイの左腕が宙に舞う。だが、アムロの目は、未だ勝利を睨んでいた。
一瞬の攻防を乗り越えて、彼らはすれ違う。アムロのマラサイは振り返ると同時に、左脇越しにMk-Ⅱを狙う。
「おおおっ!」
Mk-Ⅱのシールドが、再びそれを防いだ。右手で切りつけたために、体がマラサイの方を向いていた。シールドの装備された左腕は、すれ違って背後へ回ったマラサイへ向くことになる。
ジェリドは二本目のビームサーベルでアムロを落とすつもりだった。このシールドによる防御は単なる幸運だ。
「ちいっ!」
アムロのマラサイは二発目を撃とうとする。そこへ飛び込んだのはマウアーのハイザックだ。
「アムロ・レイ! 死んでもらう!」
乱射されたザクマシンガン改は決定打にはならない。左腕の増設シールドを構えたままザクマシンガンを捨て、腰のビームサーベルに手を伸ばす。同時に、腰のミサイルポッドからミサイルが発射された。
ド・ダイ改の上で素早くステップを踏み、アムロはミサイルをかわす。たとえ片腕でも、マラサイは優秀なモビルスーツだ。アムロは落ち着いていた。
ミサイルポッドが付いているのはハイザックの左腰だけだった。右腰のミサイルポッドは、ビームサーベルを素早く抜刀するために外されている。つまり、もうミサイルはない。ビーム兵器を同時に一つしか使えないハイザックがミサイルとマシンガンを捨てたということは、残った武器はビームサーベルだけということになる。
アムロはマウアーがビームサーベルを抜くまでにそう判断し、マラサイの上体を軽く前傾させつつ、スタンスを広く取る。
マウアーは居合のようにビームサーベルを抜く。上体を反らし、マラサイはかわす。同時に、マラサイのビームライフルが、ハイザックの胴体に突き付けられた。
「マウアー!!」
ジェリドが叫んだ。Mk-Ⅱは反転し、アムロとマウアー目掛けて加速する。
「なめるな!」
マウアーは鋭く言い放つ。マラサイの手首が斬り落とされた。ハイザックの左手から煌めくのは、逆手に握ったヒートホークの刃だった。
彼女は逆手に握ったヒートホークを、シールドの裏に隠していたのだ。
「おおおおっ!」
雄叫びを上げ、マウアーのハイザックはビームサーベルを突き出す。狙いはマラサイの胴体だ。
マラサイの手首の切断面が、ハイザックの頭部を揺らす。手首を落とされながらも素早く振り抜いた右腕が、サーベルの刺突より一瞬早く着弾したのだ。
バランスを崩したハイザックに突き放すような横蹴りを加え、アムロのマラサイが距離を取る。ベースジャバーとド・ダイ改の間はすでに遠い。
追いかけようとするマウアーだが、すでに射撃武器はない。追えばアウドムラのモビルスーツ部隊の攻撃にさらされることになる。
アムロのマラサイが退いた。それを見て、ウッダーが号令を下す。
「モビルスーツ隊! 突撃だ!」
ベースジャバーが一斉に加速する。好機だ。カラバのモビルスーツ隊はエースの撤退に浮き足立っているだろう。
ジェリドはマウアーへ通信を飛ばす。
「マウアー! 下がれ!」
「まだ戦える!」
「よくやってくれた!」
モニターに映ったジェリドは優しく笑っていた。マウアーはその顔を見て、たまらなくなった。
「補給を済ませたら、すぐに!」
「ああ!」
後退するマウアーを満足げに見送ったジェリドに、また別の通信が鳴った。
「ジェリド!」
「おう!」
カクリコンのMk-Ⅱが追い抜く間際にビームライフルを差し出す。ジェリドは事前に二刀流の戦法をカクリコンに伝えていた。カクリコンのMk-Ⅱは予備を加えて、二挺のライフルを持って出撃したのだ。
サーベルを戻し、ジェリドはビームライフルを両手で構える。
「よし……行くぞ、カクリコン!」
一気に乱戦に持ち込もうとするスードリのモビルスーツ部隊に、アウドムラのモビルスーツ隊は懸命に前線を維持していた。
「く、来る!?」
ネモに乗ったカツはまだ新兵だ。慌てる彼のネモに、リック・ディアスが触れる。接触回線だ。
「ロ、ロベルト中尉……」
「落ち着け、突っ込んできただけだ」
そう言って、彼はリック・ディアスのクレイバズーカを構えた。ド・ダイ改の軌道を小刻みに変えつつ、突撃してくる連邦カラーのハイザックを銃撃する。
シールドごと穴だらけになったハイザックは、ベースジャバー上で爆発した。
その爆発の背後から、もう一機ハイザックが飛び出す。ロベルトはわずかに焦った。
だが、ハイザックの頭部が撃ち抜かれる。後方へ揺れて倒れたその機体は、首から煙を吹きながらベースジャバーから落ちていく。
「カツ!」
「はい!」
二機目のハイザックを仕留めたのはカツだ。彼は落ち着いて、次の敵へ照準を定める。次の敵は、ガンダム。黒いガンダムだ。
「カクリコン! コンビネーションで行くぞ!」
「わかっている!」
並走していたジェリド機とカクリコン機が一瞬で散開する。リック・ディアスとネモを前に、二機のMk-Ⅱがビームライフルを発射した。
アウドムラの窓には大量の雨粒が付いていた。ワイパーを高速で稼働させているが、まるで滝のように窓を伝っている。
「アムロ大尉のマラサイ、撤退するようです!」
「くそっ、アムロがやられるとは……!」
ハヤトが呟いた。敵モビルスーツはアウドムラには接近していないが、それも時間の問題だろう、モビルスーツ部隊は頑張ってくれている。
もしも支援できるならば主砲でもなんでも撃ち込みたいところだったが、あいにくアウドムラの兵装は護身用の機銃とミサイル発射管がせいぜいだ。
ハヤトが奥歯を噛む。アウドムラが大きく揺れた。
「何だ!?」
「こっ、攻撃です! ええと……五番エンジン、六番エンジンがやられました!」
戦慄がブリッジに走る。馬鹿な。モビルスーツ部隊を突っ切って来たというのか。サブフライトシステムをはるかに凌駕する機動力など。ハヤトは舌打ちした。
「これは……あの可変モビルアーマーです!」
「ふふふ、もらったよ、カラバ!!」
ロザミアのギャプランは、次々とメガ粒子砲を撃ち込んでいく。そのスピードは対空機銃など問題にしない。どしゃ降りに視界を封じられたアウドムラはまな板の鯉も同然だった。
「モビルスーツ部隊が踏ん張ってくれているんだ! 落とせ!」
ハヤトが指示を飛ばす。だが、装甲は無情にも削られていく。クルーが全員ベストを尽くしていることはわかっている。鼓舞することしかできない自分が恨めしかった。
量において、アウドムラのモビルスーツ隊は大きく劣っていた。ハイザックのザクマシンガン改が火を吹く。それを受けたネモのシールドは、もう穴だらけだ。
「もっと下がれ! 落とされちゃならんぞ!」
ロベルトが檄を飛ばす。疲弊したネモの隊列が後退し、スードリの部隊と一度距離を取った。アムロ機の中破で浮き足立っていたパイロットたちが、ようやく落ち着いたところだ。
ヘルメットのバイザーを開け、カツが額の汗を拭った。
「まずいぞ、これは……」
落ち着いたとはいえ、これ以上下がればアウドムラを攻撃に晒すことになる。そのうえ戦力差は以前にも増して大きくなっていた。カツは唇を舐め、まなじりを決した。
「ロベルト中尉! 僕が囮になります!」
「カツ!? あの馬鹿!」
カツのド・ダイ改が急加速する。散発的な射撃をしつつ、ネモはハイザック部隊の中央へ飛び込んだ。浴びせかけられる集中砲火は、シールドで受け止める。ネモのシールドは、常時の取り回しの良さと使用時の防御力を両立できるスライド展開式だ。
「ビームライフルは、あいつとあいつ!」
シールド表面に次々に浴びせられるザクマシンガン。カツはビームライフルを持ったハイザックに目星をつけていた。
「そこっ!」
盾さえあれば、ザクマシンガン改は怖くない。もとよりガンダリウム合金製の機体だ。盾に耐ビームコーティングがされているとはいえ、最も恐ろしいのはやはりビームライフルだった。
カツのネモが放ったビームが、ハイザックのベースジャバーに掠めた。スードリのモビルスーツ部隊の攻撃はますますカツに集中する。
「ええい、カツを援護しろ!」
追い立てられるようにロベルトが叫ぶと、ネモ隊も負けじとビームを撃つ。カツに気を取られていたハイザックが、ビームを浴びて倒れた。
「やった!」
カツは快哉の声を上げた。捨て身とも言えるその戦術が功を奏して、カツは得意になっていた。
「あの時の小僧が!」
ジェリドのMk-Ⅱが引き金を引く。発射されたビームが、カツのド・ダイ改に直撃した。
「うわあっ! ド・ダイが!」
素早い回避運動で直撃を避けていたカツだったが、その動きはジェリドから見れば拙い。だがカツは、歯を食いしばった。
「負けるもんか!!」
狙いを定めたカツがスイッチを押し込むと、ネモが引き金を引いた。煙を吹いたド・ダイ改は大きく減速し、傾いている。雨水が反射剤になって、ビームの光を映した。
そのビームの向かう先はハイザック。だがそのハイザックは、シールドを構えて防いだ。
「まだっ!!」
続けざまに、二発。計三発のビームはシールドを貫通し、ハイザックの胴体を撃ち貫いた。
カクリコンのMk-Ⅱがビームライフルをカツに向けた。揺れるド・ダイ改の動きを見定め、狙い撃つ。
「落ちろっ!!」
「どけっ! カツ!!」
ロベルトのリック・ディアスが射線に割って入った。ド・ダイ改から飛びつくように、そのリック・ディアスはネモを庇った。
ビームの直撃を胴体に受け、リック・ディアスは硬直する。機体各部から火花が散った。
「おおおおおっ!!」
頭部の脱出ポッドが外れる。その直後、リック・ディアスは爆発した。
「ろ……ロベルト中尉!!」
カツは手を伸ばしたが、脱出ポッドには手が届かない。嵐の中では、その小さなポッドを目で追えるはずもなかった。カツは素早くリック・ディアスのド・ダイ改に乗り移る。
「嘘だ……!」
ロベルトが撃破された。隊長機の撃破を確認して、ジェリドは号令をかける。
「今だ! 一気に押し込めーっ!!」
スードリのモビルスーツ隊はさらなる熱気を帯びて突撃を開始する。アウドムラは目の前だ。指揮をとっていたロベルトが落とされ、ネモ隊は平静を失っている。
ネモは後でも落とせる。先に落とすべきはアウドムラだ。モビルスーツ隊は一挙にアウドムラへと押し寄せた。
「か……艦長! モビルスーツ部隊が突破されました!!」
「何だと!」
ブリッジが激しく揺れた。スードリのハイザック隊のビームが次々とアウドムラに突き刺さる。
「エンジンの出力が上がりません!」
「Hブロックで火災発生! 消火の手が足りないそうです!」
被害報告が続々と飛び込んでくる。
敗因はやはりモビルスーツ隊の数だった。モビルスーツは連戦によって消耗し、両手の指で数えられるほどになっていた。対するスードリはムラサメ研究所のモビルスーツ隊の支援も受け、万全以上の態勢だ。台風に乗じた出発も読まれていたアウドムラにとって、かなり不利な戦いになることは、出撃前からわかっていたことだ。
「く……ダメだ、持たない!」
ハヤトが苦渋の決断を下す。すでにアウドムラは、いつ落ちてもおかしくない。
「お前たちは脱出しろ!」
艦長の突然の指示に、ブリッジクルーがざわめく。
「アウドムラをスードリにぶつけてやる。その隙にモビルスーツ隊にもクルーにも逃げさせる!」
「無茶です!」
「アウドムラを連邦に返すわけにも、モビルスーツ隊を無駄死にさせるわけにもいかんだろ!」
有無を言わせぬ口調で怒鳴りつけられて、クルーは口を閉じた。ハヤトは本気だ。そしてその手を取れば、ハヤトが無事では済まないこともわかっている。
ハヤトはモビルスーツ部隊に通信を繋げる。
「これよりカラバはアウドムラを放棄する! 乗員は直ちに離脱せよ! モビルスーツ隊はかねての手はず通り、合流地点で待て!」
彼はそのまま舵輪へ走った。両足で床を踏みしめて、舵輪を固く握る。
「そんな、艦長!」
「行け! あとはぶつけるだけだ、俺一人でできる!」
「お供いたします!」
ブリッジのクルーが、ハヤトに負けじと声を張り上げた。その数人はブリッジに仁王立ちし、ハヤトを見つめている。
「艦長一人にそんな真似はさせられません!」
「お前達が生き延びることが、カラバのためになるというんだ!」
「あなたがカラバのリーダーでしょう!」
押し問答が続く。そうこうしているうちにも、ギャプランがアウドムラを攻め立てる。翼が黒煙を吐いていた。
「艦長!」
「……すまん!」
根負けしたのはハヤトだった。ひたむきに呼びかけ続けたクルー達は顔を明るくして、それぞれのシートへ着く。
「敵モビルスーツを近づけるな! スードリにぶつけるんだぞ!」
クルーはてきぱきと準備を進める。今更通信士などいらない。彼らは火器管制や機体制御に集中した。
仲間達の血路を開くため、彼らはアウドムラと自身の命を捨てるのだ。
アウドムラは進路を変えた。その行く先は、スードリ。誰が見ても、その狙いは明らかだった。ジェリドが呟く。
「まさか特攻か!」
隊列を突破されたネモたちは、せめて脱出する仲間達を援護しようとアウドムラへ加速する。ジェリドとカクリコンはネモ隊の足止めを買って出た。
「そこっ!」
安易に加速したネモが一機、撃ち落とされた。カツはその後ろで、眉間の皺を深くした。ハヤトの特攻は、このままでは失敗する。彼は考えを巡らせた。
「父さんは自分を囮にして……!」
合点が行き、彼は歯噛みした。ガルダ級は貴重な艦だ。奪われたアウドムラだけならともかく、スードリまで破壊されれば大きな痛手となる。現にスードリのモビルスーツたちは、アウドムラ攻撃に向かっている。カラバのモビルスーツや脱出者たちへの攻撃の手を緩めさせることがハヤトの狙いだった。
理屈ではわかる。だが、自分の父親が自殺同然の行動を取るなど、彼は信じたくなかった。血が繋がっていないとはいえ、ハヤトにはカツを含めて三人の子供がいる。その上、妻であるフラウは妊娠中だ。カツは長男だからこそ、ハヤトの偉大さと、家族にとっての重要さを理解しているつもりだ。
カツは歯軋りした。自分は、何もできていない。
「かねての手はず通り……!」
格納庫でアムロがつぶやいた。彼の目の前のマラサイは未だ修理中だった。
合流地点というのは、敵に傍受された時のためのフェイクだ。こういう時のために、どう逃げるかについては打ち合わせてあった。カラバ、つまりエゥーゴの協力者は、地球にも少なくない。ルオ商会のような力を持っているものはわずかだが、構成員を匿う程度のことはできる。
そういった協力者達の情報は、カラバの一員ならば持っている。アウドムラが沈むという情報を聞けば、近くの海域で密かに回収作業も行うはずだ。
「くそっ!」
アムロは悪態をついた。油断がなかったとはいえない。ジェリドと強化人間にさえ気をつければいい、という甘さが彼の中にあった。
格納庫はすでに慌ただしく脱出に向けて動いている。
「おい、まだ終わらないのか!」
アムロは焦ったくなって、マラサイを修理する整備士に声をかける。
「手首の軸受けがダメになってるんです! 時間がかかるって言ったでしょ!」
怒鳴り声が帰ってきた。アムロが必死ならば整備士も必死だ。
アムロは悔しがりながら、横目で格納庫の様子を見る。
「早く乗れ! 死ぬぞ!!」
「おい、パイロットがいないぞ!」
ド・ダイ改のコクピットは小さいが、暴風の中では一般機では墜落の恐れもある。機体が大きく推力の大きいド・ダイ改に乗り込みたがるのも道理だ。
「コンテナを載せる! これに入っておけ!」
メイン格納庫にはド・ダイ改やモビルスーツ用以外の物資も多く格納されていた。
貨物用コンテナをド・ダイ改の上に載せ、その中に次々にクルーが飛び込んでいく。コンテナはウインチで固定されているが、荒い操縦をすればコンテナの中は洗濯機のようにかき混ぜられることだろう。
格納庫に続々とクルーが駆け込んでくる。その中には、レコアの姿もあった。
「レコア少尉か!」
アムロが呼びかける。レコアの息は上がっていた。
「アムロ……大尉……」
「脱出だ。マラサイの修理が終われば、俺が護衛になって離脱する」
アムロはレコアが心配だった。覗き込むその目を嫌がるように、レコアが首を振る。
「わかっています。ですが……」
再びアウドムラが揺れた。よろめいたレコアを支えようとアムロが手を伸ばす。
レコアはその手を掴まなかった。踏みとどまりきれず壁に手をついたが、彼女は気丈にもすぐに立ち上がってみせた。
「わあっ! まだ出るな!!」
ハッチが開き始めた。一機のド・ダイ改が加速し、半開きのハッチをくぐって離陸する。
「誰だ、ハッチを開けたのは!」
アムロが叫んだ。だがその叫びに答えるものはいない。初めの一機に追従するように、ド・ダイ改がジェットエンジンに点火する。
初めの一機が、上からのビームに撃ち抜かれる。出て行ったド・ダイ改が、モグラ叩きのように撃ち落とされていく。
ノズル光をたなびかせ、そのモビルアーマーはハッチの内側へ飛び込んだ。
「落としてやるよ、アウドムラ! 腹の中からね!」
半変形して足を出したギャプランは、強引に格納庫内でへ着地する。床との摩擦で火花が散った。続けてギャプランはモビルスーツ形態へ変形し、サーベルを抜く。足元のド・ダイ改が切り裂かれた。爆発が兵士たちを吹き飛ばし、格納庫を火の海へ変える。
「う……うわああああ!!」
「あ……ああ……!」
アウドムラの乗員たちはその多くがこの格納庫へ脱出のために集まっている。脱出のチャンスを失った彼らは、目の前で暴れ続ける巨人を止めることができなかった。
「アハハハハハハ! 落ちろ!!」
ギャプランは格納庫の中でメガ粒子砲を乱射する。降り込んでくる豪雨も、その火の勢いを止めることはできない。ロザミアはさらに攻撃を続ける。モビルスーツハンガーを斬り倒し、せり出した通路を撃ち砕く。ブリッジの方向目掛けて何発もビームを撃ち、荷物を積み込むド・ダイ改を蹴飛ばした。
彼女は止まらない。このままではアウドムラは、スードリにぶつけることすら叶わず沈んでしまう。それどころか、この格納庫にいる全員が殺される。
レコアの方にアムロは向き直る。
「ド・ダイを動かせるのか?」
「え? ええ……」
「なら早くド・ダイに乗れ! 僕がマラサイに乗る!」
アムロはマラサイを見上げた。レコアは一瞬目を伏せ、ド・ダイ改へと走っていく。整備士は頑張っているが、アムロは舌打ちしてハンガーの梯子を登った。
「左腕は動くんだろう!」
「片腕ですよ!」
「いいから脱出しろ!」
アムロは整備士を押し退けて、マラサイのコクピットのハッチを開けた。
「くそ……何をやってるんだ、ハヤトは!」
苛立ちながらアムロはコクピットシートに体を押し込んだ。ハヤトはアムロの数少ない友人の一人だ。格納庫にやってくるクルーの中に、彼の姿はない。
マラサイの全天周囲モニターが点灯する。その正面には、ロザミアのギャプランが見えた。
「モビルスーツ! 残っていたのか!」
わずかな殺気を感じたのか、それとも偶然か。ロザミアはマラサイに気づいた。それまで無秩序な破壊行動を行なっていたギャプランが、油断なく体をマラサイへと向けた。
マラサイが起動する。サーベルの補給も済んでいない。武器は右のシールドの裏にサーベルが一本。そして右腕は、手首から先がない。
アムロはマラサイの足元を見た。まだ脱出ができていないクルーがたくさんいる。もしもギャプランを爆発させれば、ハヤトが命をかけて脱出させようとする彼らを殺すことになる。
ギャプランがマラサイに注意を向けたことで、ド・ダイ改はノーマークだ。出撃後のことはわからないが、少なくとも格納庫から出ることはできる。次々にド・ダイ改が発進する。
ロザミアはマラサイのパイロットがニュータイプであることを直感で感じ取った。表情を歪めて、ギャプランのメガ粒子砲を構える。
「落ちろ!」
格納庫の隅のマラサイは、一見したところ逃げ場がない。だがアムロはマラサイのスラスターを吹かし、壁を蹴った。
三角跳びのような動きでギャプランの頭上を超えたアムロは、そのままギャプランの背後へ着地する。着地点のすぐそばにいたクルーが驚いて悲鳴をあげる。
「おおおっ!」
アムロは雄叫びを上げ、背後からギャプランめがけてビームサーベルを振り下ろす。
音を立てて、格納庫の床にギャプランの左腕が落ちた。
「コクピットだけをやる!」
アムロはそのままギャプランに組み付く。右腕で相手の右腕を封じつつ、左手のビームサーベルを構えた。
コクピットはどこだ。胸のあたりか。アムロは焦りながら、ギャプランのコクピットを探る。
「鬱陶しいんだよ!」
ギャプランはそのままブースターに点火する。強力なジェット噴射が、マラサイを振り払った。しりもちをつけば、カラバのパイロットを潰してしまう。バランスを取ろうとするアムロのマラサイを嘲笑うように、ギャプランはビームサーベルを振るう。
二本のビームサーベルがぶつかり合った。アムロは鍔迫り合いのまま、相手を引き込みサーベルを下へ押し込んで体勢を崩す。だがロザミアは笑っていた。
ギャプランのムーバブル・シールド・バインダーが動いた。ぐるりと回転し、それは発進前のド・ダイ改を撃つ。
「こいつ!」
アムロは焦った。さらにギャプランは背面のスラスターを噴射し、体当たりでマラサイを吹き飛ばす。壁に叩きつけられたマラサイは、大きな隙を晒している。
ギャプランのメガ粒子砲の砲口が、再びマラサイを捉えた。
「死ねっ!」
ロザミアが引き金を引こうとしたその瞬間、ギャプランの体にド・ダイ改が激突した。高速で横から割り込んだド・ダイ改が、ギャプランを弾き飛ばす。
「おおおおおっ!!」
ド・ダイ改のコクピットでレコアが叫ぶ。さらに加速したド・ダイ改は、ギャプランを自身ごと格納庫の壁へ叩きつけた。激しい衝撃が二機を襲う。壁についた大きな傷跡が、その威力を物語る。
「馬鹿な! 動かないというのか!?」
ロザミアが叫ぶ。操縦桿を何度も動かすが、壁にぶつかったまま滑り落ちたギャプランは動かない。可変モビルアーマーゆえの脆いフレームが裏目に出た。モビルアーマー形態ならばともかく、不安定なモビルスーツ形態の時に可変部分である腰を狙われれば、機体全体に大きな歪みが出てしまうのも無理はない。
アムロのマラサイが、ビームサーベルを携えて距離を詰める。
「お母さん……お母さん……は……!」
祈るようにロザミアは操縦桿を動かし続ける。その姿はまるで、幼児のようにも見える。マラサイが近づいた。マラサイは、サーベルを握ったままのギャプランの右腕を踏みつける。ロザミアの目に涙が浮かんだ。
「ああーっ!!」
マラサイのビームサーベルが、ギャプランのコクピットを灼いた。
「レコア少尉!」
アムロはマラサイの手でド・ダイ改を探った。壁に激突したド・ダイ改は、とても動くようには見えない。マラサイの指で強引に、ド・ダイ改のコクピットをこじ開ける。
「く……!」
死体を目にして、アムロはマラサイを立ち上がらせた。マラサイの指には血がついていた。ビームライフルを拾い、ウィンチで固定されたコンテナに触れないように、マラサイは出発しようとするド・ダイ改の上に乗る。
「乗せてもらう!」
「ありがたいです、大尉!」
一刻の猶予もない。ド・ダイ改が加速し、空へ舞う。アムロの的確な射撃が、スードリのモビルスーツを後退させる。
後退したハイザックが、ビームに貫かれた。カツのネモだ。アムロはつぶやき通信をつなげる。
アムロの的確な射撃で相手は隙を晒しているが、離脱のチャンスは今しかない。
「カツ! 離脱するぞ!」
「嫌ですよ! 父さんが! ロベルト中尉だって!」
「死ぬぞ!」
「殺してくださいよ!」
「カツ!!」
マラサイがネモにビームライフルを撃った。それは頭部のカメラアイからわずか数メートルの間も開けずに通過する。それだけのことをされてようやく落ち着いたのか、カツはアムロの乗るド・ダイ改に追従する。
「スードリにぶつけさせるな! アウドムラに攻撃を集中させろ!!」
ジェリドの命令に従い、ハイザックとアクトザク達はアウドムラに攻撃を集中する。ネモ達を見逃すことにはなるが、その当のネモ達も離脱を目的に加速している。アムロ達も、その混乱に乗じて離脱した。
「おおお!! 止めろーっ!!」
モビルスーツ隊の一斉射が、アウドムラの主翼へと飛んでいく。機体の各部から火花と黒煙を噴きながら、アウドムラは止まらない。
「ブリッジだ!」
ジェリドはビームライフルのエネルギーパックを付け替えて叫んだ。ガルダ級は貴重な機体だ。ましてやスードリのクルーを死なせるつもりなどジェリドにはない。ビームライフルのサイトを覗き込む。
狙い澄ました一撃が、アウドムラのブリッジを撃ち抜いた。おそらく制御もそこでしていたのだろう、方向転換が甘くなった。
スードリは揚力を機体いっぱいに受け、上昇する。それとは対照的に、アウドムラの高度はどんどんと落ちていく。次々に翼に撃ち込まれるビーム。一時はぶつかるかに思えた二隻の超大型輸送機は、滝のような豪雨の中、一方がもう一方を見下ろしている。
風に煽られたのだろうか。アウドムラは、最後の一瞬だけ機首を上げた。自身を落とした兄弟を見上げた後、力を使い果たしたかのように、海へと墜落していった。
「待ちなさい、フォウ! フォウ!!」
コーネルの声が通路に響く。彼女の踵の高い靴ではフォウに追いつけない。フォウは後ろを振り向く様子もなく走り続けた。
格納庫には、使われていないジムⅡが一機ある。スードリの広い格納庫に出たフォウは、一際大きく床を踏みしめて止まり、ジムⅡへとまた駆け出した。
彼女の足が止まる。細腕を力強く握るのはスードリの兵士だった。
「放せ!! 放せえっ!!」
「艦長の命令です。あなたの出撃は……」
「いやだっ!!」
フォウは顔を背けて叫び声をあげる。コーネルが追いついた。
「フォウ! なぜ急に駆け出したのです!?」
ふと、フォウの抵抗が弱くなった。彼女はコーネルの声に応えることなく、表情を歪める。
「ロザミア……ロザミア……!」
掴まれていない方の手で額を抑え、睨みつけるような目つきで彼女は何かを見た。視線の先はただの壁だ。彼女は今、ロザミアと通じ合っているのだ。
「あ……」
兵士に腕を掴まれたまま、フォウは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。力なく倒れ込もうとする彼女は、腕を掴む兵士の手にぶら下げられて、なんとか座り込んでいるような状態だ。
「ロザミア……」
フォウ焦点の合わない目で床を見つめ、そう呟く。記憶を奪われた彼女の唯一の友人は、檻のような狭苦しいコクピットの中で焼き殺され、その死体は、鉄の鳥の腹の中で嵐の海へ沈んでいく。フォウの頬を雫が伝い、床へ落ちる。彼女は今、ロザミアと同じ悲しみの海にいた。
戦闘が後方へと流れていく。攻撃もない。カツのネモは片腕のマラサイをフォローするように右側に並走する形だ。アムロが訊いた。
「ロベルト中尉も落とされたのか?」
「……はい。僕を庇って」
打ち付けるような雨がモビルスーツの全身を濡らす。雨の冷たさがコクピットまで伝わるようで、カツは不愉快だった。
「レコア少尉も死んだよ、カツ」
「え?」
「……死んだんだ」
アムロはそこまで言うと、一旦口を閉ざした。激しい雨の音が彼らを包む。アムロはまた口を開き、ド・ダイ改のパイロットに尋ねた。
「レコア少尉、だったのだろ?」
「あのド・ダイ改は……そうですよ」
「そうか……」
カツは、遠慮がちに口を開く。
「父さんは、脱出できたんですか」
「ハヤト艦長はアウドムラと……」
「……わかりました」
カツはド・ダイ改のパイロットの言葉を遮った。それ以上聞きたくない。カツは声を震わせて、うめく。
「う……ううぅうっ……!! 僕が……僕がっ!!」
カツは深い自己嫌悪に陥った。ハヤトも、レコアも、ロベルトも死んだ。耐えきれなくなって、カツはヘルメットごとモニターに頭を叩きつける。
カツの嗚咽が、通信を通して一同に聞こえる。ド・ダイ改のパイロットは、カツとの通信を切った。
雨がモビルスーツの表面を洗い流す。マラサイの左手の指についた血も、いつのまにか消えていた。
アムロはマラサイの指を見たまま、目を閉じて声を張り上げる。
「自惚れるな、カツ!」
「え……」
「お前一人が活躍したとか死んだとかで勝てるほど、戦争は甘いもんじゃない!」
怒鳴るようなその声は、自分自身を責めているようにも聞こえた。沈黙が流れる。アムロは背中をシートに預けた。
「その時に、ベストを尽くすしかない」
吐き出す息にのせて、アムロはつぶやくように言う。
「人間なんて、そのくらいのことしかできないんだ」
嵐は止む気配を見せない。敵の追跡はかわせるが、仲間達との合流は望めないだろう。ド・ダイ改の上の水溜りは、空気抵抗と慣性で後方へ流れ飛んでいく。
「くっ……ううう……っ! ううううっ!」
カツは目を閉じた。何度拭っても、涙が溢れ出してくる。ド・ダイ改の上に乗った二機のモビルスーツの背中を、雨が覆い隠していた。