主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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第三部
再会


 光は空からわずかに降るばかり。快晴の夜の空は、まるで海底のように静かだった。

「待たせたな」

 スードリの窓からマウアーは振り返った。わずかに迫り出した窓の下の縁に肘をかけて、彼女は空を見上げていた。

「グラスは準備できてるわ」

「ああ、ありがとう」

 ここはスードリのジェリドの自室だ。ジェリドはドアを閉め、手に提げた袋をテーブルに置いた。

 次々と彼はその中身を取り出していく。天然水のボトル。クラッカーの袋。カップ入りのアイスクリーム。スモークチーズ。ジンジャーエール。テーブルにそれらを並べて、ジェリドは笑った。

「ツイてたぜ、こんなにある」

 テーブルの上にどっかりと腰を下ろすバーボンは、ただそれらを見下ろしている。

「よし、始めるか」

「そうね」

 ジェリドがバーボンの瓶を開け、二つのグラスに注いだ。黄金色のその液体はグラスの凹凸と部屋の照明を黄金色の影にしてテーブルに落とす。

 水で割ったトワイスアップ。向かい合って座ったジェリドとマウアーは、それぞれのグラスを持ち上げた。視線を合わせて笑うと、二人はそのグラスを傾ける。

 立ち上るのは、強烈な香りだった。焦がしたカラメルのような香ばしさとトウモロコシの風味が鼻へ抜ける。アルコールの熱い喉越しの後に、しっとりした甘みが残る。

「ん……」

 ガツンとくる香りと味。ジェリドは懐かしさに頬を緩ませた。

「いいお酒ね」

 好みの分かれる酒ではあったが、マウアーは笑みをこぼす。ジェリドはジンジャーエールのボトルを持ち上げた。

「癖が強いからな。こいつがチェイサーだ」

 マウアーはクラッカーを手に取って齧った。サクサクとした軽い歯触りと乾いた塩味がバーボンの残り香と混じり合った。楽しそうにジェリドは語る。

「クラッカーにはチーズを乗せて食っても美味い。それから……」

「アイスクリームにバーボンを注ぐ?」

「そういうわけだ」

 ジェリドはまたグラスをあおった。一口を飲み込んで、喉から吐息を絞り出す。酒の後味を口や鼻で味わうのだ。

「この酒は、もう飲めなくなるかもしれないんだ」

「え?」

「コロニー落としがあったろ? 酒蔵は無事だったんだが、畑がやられたそうだ。……地球の水と土と空気で育てたから、こいつはこんなに豊かな香りがある」

 食通の間では、やはり地球産の食物の方がランクが高いという風潮は根強い。狭苦しいコロニーの合成土に押し込められて作られた野菜などが、地球の本物の環境で育った野菜より美味いはずがないという考え方だ。

「少なくとも、これまで通りの八年ものが飲めるのは来年までってことだ」

「そう……。なら、カクリコン中尉には感謝しないとね、ジェリド」

「ん……そうだな」

 ジェリドの答えは歯切れが悪い。彼は光を揺らす酒の表面を眺めて、黙り込んだ。

「ジェリド?」

 マウアーが問いかける。ジェリドはグラスを揺らして、話し出した。

「この酒はな……本当は別の女と飲むための酒だったんだ」

 マウアーは表情を変えない。グラスに口をつけ、視線で次を促す。ジェリドはスモークチーズを口に放り込んだ。

「その女はライラといって、俺のモビルスーツの師匠だった。そいつと酒を飲む約束をして、俺は月で、カクリコンに酒を仕入れてくれって頼んだんだ」

 月、という言葉にマウアーが反応した。ジェリドが月にいた頃から考えると、今更酒を届けさせるというのは不可解だ。

「月で……。それで、ライラという人は?」

 ジェリドは沈黙した。口に油をさすように、彼はまたバーボンを喉に流し込む。チーズの香りがバーボンに溶けた。

「死んだよ、月で。俺を庇って、シャアに殺された」

 マウアーは何も言わない。この話をしたことを後悔して、ジェリドはおどけてみせた。

「……だから、今になってこんな酒を寄越しやがったカクリコンを問い詰めたかったのさ」

「シャアを狙っていたのも、そのため?」

 ジェリドの顔から気の抜けた笑みが消えた。マウアーは、ライラへの彼の好意を感じ取っていた。そしてその感情が今は彼女に向けられているからこそ、カクリコンはその酒を、ニューギニア基地に届けさせた。そう確信した切長の目は、曇りなくジェリドを見つめる。

「……違うな、それは」

 ジェリドはグラスを飲み干して視線を伏せた。ホンコン・シティでフォウを止めた後、ジェリドはマウアーの質問に答えられなかった。空のグラスが、テーブルに触れてごとりと音を立てた。

「……俺は、サイド1の30バンチに行った」

 夜の闇を映して、窓の外の海原は真っ黒だった。

「……30バンチ事件……」

 マウアーの口をついた言葉に、ジェリドは頷く。ティターンズが毒ガスを撒いたという噂は、マウアーも知っている。

 少し間を置いてから、ジェリドは言った。

「順を追って話そう。Mk-Ⅱのテストパイロットは、俺と、カクリコンと、もう一人。同期のエマって女がいた」

 マウアーはグラスを置き、耳を傾けている。

「バスクはエゥーゴの捕虜を人質にして、カプセルに入れて宇宙(そら)に打ち出した。……それも戦闘中にな」

 ジェリドはわずかに表情を歪めた。

「それを知って、エマは俺に相談してくれたんだ。エゥーゴに入るつもりだって」

 ボトルを手に取って、ジェリドは自分のグラスになみなみと注いだ。音を立てて、その黄金色の液体はグラスを満たす。割られていない、ストレートのままのバーボンだ。

「バスクの人質作戦を知ってたのは、パイロットじゃあ俺とエマだけだった。俺はエマを拒絶して……その次の戦闘で、エマは裏切った」

 ジェリドはそのまま一息に、酒を喉に流し込む。半分ほどまで飲むと、またグラスをテーブルに置いた。

「30バンチに行ったのはその後だ。ライラと一緒に俺は、30バンチの惨状を見た」

 声を震わせ、視線をテーブルの上に落とした。ジェリドはこの話を始めてから、ほとんどマウアーの顔を見られなかった。

 毒ガスで、一つのコロニーに住むすべての人命が奪われた。何の罪もない住民たちは、ティターンズの圧政に殺された。

「俺だって、バスクのやり方は間違っていると思った! だが、そう簡単に宗旨替えするのは男じゃないと、俺はそう思っていた」

 くだらんプライドだよ、とジェリドは自嘲した。エゥーゴがジオンの残党とアナハイム・エレクトロニクスの私兵で構成されていることは周知の事実だ。ジオンに対する憎しみが、ジェリドをティターンズに縛りつけた。

「30バンチから出て……そのすぐ後、俺は、エマのモビルスーツを落とした」

 そう言って、ジェリドはまた口を閉ざす。マウアーのグラスは、先程から一滴も減っていなかった。

 長い沈黙の後、ジェリドはまた語り出した。

「何を憎めばいいのかわからなかった。虐殺をしたバスクは許せん。シャアがグリプスに攻め込んでこなければ、エマが寝返ることも……俺が、エマを殺すこともなかった」

 ジェリドの声色は、段々と落ち着いてきていた。ストレートのバーボンを一口だけなめ、話を続ける。

「……敵のパイロットだったシャアが、まず真っ先に標的になった。がむしゃらに突っ込んだ俺を庇って、ライラが死んだ。俺はなおさら、シャアが許せなくなった」

「それで地上で、あなたはシャアを殺した」

 マウアーがようやく口を開いた。

「そうだ。……だが、本当に倒すべき敵は、シャアじゃなかった」

 ジェリドは視線をバーボンの水面に泳がせている。

「ようやくわかった。倒すべきはバスクだ。やはり俺は、バスクがティターンズの権力を握っている現状を正さねばならん。でなければ、俺は……!」

 再びジェリドの声に熱がこもった。彼は憔悴したように喋り続ける。今はまだ動くわけにはいかない。だからこそ、ジェリドは歯痒い。

 背中と肩に重みを感じて、ジェリドの言葉は収まった。制服越しに伝わってくるのは、体温と鼓動。マウアーのさらさらの髪が、しっとりと頬を撫でる。背中に柔らかいものが当たっていた。

「……それが、エマとライラへの弔いになる」

 胸の前で交差するマウアーの両手を握って、ジェリドは言った。

 バスクを排除し、できることならば戦争を終わらせる。それがジェリドの目的だ。

「すまん、マウアー。……格好の悪いところばかり、見せちまってるな」

 感情的になりすぎたことを恥じて、ジェリドは苦笑いした。マウアーは抱きついたまま、囁く。

「そうね。あなたはいつも感情的になってばかり」

 彼女は片手でジェリドのグラスを持ち上げ、一口飲んだ。唇についたバーボンを舐めとって、続ける。

「ジャブローでみんなを助けた時のあなたを見て、私は惚れ込んだのよ。……あなたには、世界をいい方向に持っていく力があるって」

「今はどうだ?」

「バカね」

 二人の頬が触れ合う。横目に、二人の目が合った。

「あなたのことがわかって、うれしい」

 マウアーの手は軍人とはいえ、女の手だった。細く、しなやかで、柔らかい。ジェリドは優しくその手を取りつつ、ゆっくりと立ち上がった。

 身長差のために、自然にマウアーの腕が解かれる。振り返りながら、今度はジェリドがマウアーを抱きしめた。

「……ありがとう、マウアー」

「他の女のことばかり話すのも、今だけは許してあげる」

 冗談めかしてマウアーが微笑むと、ジェリドも釣られて笑う。見つめ合う二人の顔が、どんどんと近づいていく。

 混じり合うように、溶け合うように、二人は甘く香ばしいキスを交わす。

「今度は、俺が教えてもらう番だ」

 どちらからともなく、二人はベッドに腰掛ける。吐息が互いにかかった。マウアーは制服のホックを開けた。

「……教えてあげるわ、私のこと」

 彼女はジェリドの手をその中へ導く。二人はまた、キスを交わした。

 

 

 

 窓に顔を近づけて下を覗き込むと、散らばった白い雲が見えた。

 スードリの脇に取り付けられたシャトルは、母鳥の翼に抱かれる小鳥のようにも見える。

 このシャトルは、改修されたMk-Ⅱと、その予備パーツにペイロードを割いている。モビルスーツを宇宙に打ち上げるだけのパワーがあるのだ。

「貴様とは、最後まで馬が合わなかったな」

 シャトルのコクピット内のモニターに映っているのは、仏頂面のウッダーだ。

「だが、ブラン隊長の仇を取れたのもアウドムラを沈められたのも貴様のおかげだ」

 ウッダーは不機嫌そうに言った。ジェリドが遮る。

「なら、一つ頼めるか?」

 その言葉を聞いて、ウッダーは眉を上げた。わずかに口角を上げて、答える。

「言ってみろ」

「ジャブローの司令が今どうしてるのか、だ」

「そんなことか?」

 想像よりも地味な話だ。ウッダーは怪訝な顔でジェリドを見つめ返す。

「いいか?」

「任せておけ。……達者でな」

「ああ。ちゃんとロックを外してくれよ?」

 モニター越しに二人は敬礼を交わす。ジェリドはコクピットのレバーを引いた。

「出るぞ」

「ああ。行け」

 臨界に達していたエンジンの圧力が、ノズルから吹き出す。シャトルを支えるスードリのジョイントが外れた。

 光と煙の尾を引いて、シャトルはほとんど真横へ飛び出す。成層圏プラットフォームとして開発されたガルダ級としての本領を、スードリが発揮したのだ。

 体がきつくシートに押しつけられる。ジェリドの隣のシートでは、マウアーが歯を食いしばってGに耐えている。

 数分の加速の後、シャトル内のGは収まった。すでに窓の外は青空ではなく、宇宙の黒に染まっている。マウアーが確かめるように呟く。

「これから、ドゴス・ギアに行くのね」

「ああ。……シロッコには気をつけろよ」

 ジェリドが釘を刺すと、マウアーは微笑んだ。

「ふふ……ジャミトフ・ハイマンの密命だものね」

「ああ。……手伝ってくれるなら、ありがたい」

 二人は手を伸ばし、互いに握り合った。

 

 

 

「よく来てくれたな、ジェリド大尉にマウアー少尉」

 ブリーフィングルームで待っていたその男は、不思議な余裕を感じさせる男だった。軍人とも政治家とも違う、特異な雰囲気。感じるプレッシャーに、ジェリドは身を固くする。

「私がドゴス・ギアの指揮を任されているパプテマス・シロッコ少佐だ」

「はっ!」

 敬礼するジェリドとマウアーに、シロッコは微笑む。

「そう固くなるな。私たちはこれからともに戦っていくのだからな……あのMk-Ⅱは改修されたと聞いたが?」

「見た目は変えたくないんでしょう。……自分はプロパガンダに使われているようで」

「ははは、いいことだろう。アムロ・レイがエゥーゴについたというのだから、ティターンズもガンダムのパイロットを英雄にしたいわけか」

 英雄、アムロ・レイ。彼がエゥーゴについたという情報は、すでに連邦軍内でも広まっている。ジェリドを英雄に祭り上げる目的は、連邦軍のエゥーゴ化を防ぐことでもあった。

 一年戦争を勝利に導いた、連邦地球の象徴。それがガンダムだ。

 そしてガンダムMk-Ⅱは当然ながらRX-78-2、ガンダムに酷似した外見を持つモビルスーツである。ガンダム神話をティターンズの物にするために、外見を変えるわけにはいかなかった。

「しかし、つまらんな。ガンダムMk-Ⅱの開発者が改修するというからどうなるかと思えば、見た目すらも変わらんとは」

「ずいぶんお詳しいご様子だ」

「趣味でモビルスーツの開発も行なっている。大尉の戦闘データもMk-Ⅱのムーバブル・フレームの論文も実に興味深かった。……君のための機体も用意しているよ、マウアー少尉」

「さようですか」

 マウアーは無愛想に返した。その外見から男に言い寄られることは多かったが、ジェリドの前で口説かれてはたまったものではない。

「気を悪くさせたならすまない。モビルスーツデッキに出しているガブスレイという機体だ。使ってくれると嬉しい」

 やや芝居がかった謝り方が、なおのことマウアーをいら立たせる。ジェリドが口を挟んだ。

「さっさと本題に入ってもらいたいもんです」

「……挨拶だけではない、ということがわかっているようだな」

 シロッコの声が鋭くなった。強い威圧感をより強く感じたのはジェリドだった。眉間に皺を寄せて、シロッコを睨み続ける。

「ふふ、やはりジェリド大尉はニュータイプか」

 威圧感が消える。シロッコは壁に備え付けのモニターのボタンを押し、どこかへ連絡を入れる。

「入ってこい」

 雰囲気の緊張は解けていない。ジェリドの表情は険しいままだ。シロッコはモニターから視線を戻して、また超然とした笑みを浮かべた。

「ジェリド大尉には、私の子飼いの部下を任せたい。やや変則的だが、四機で一小隊だ。任せられるな?」

 ジェリドが答えようとしたとき、ブリーフィングルームのドアが開いた。ティターンズの制服を着た小柄な三人組が入って来る。

 ジェリドは目を疑った。子供だ。マウアーも表情に疑念を宿す。

 三人はシロッコとジェリド達の間に並び、ジェリドへ敬礼した。

「ガキじゃありませんか」

「私が選んだニュータイプ候補生だ」

「ガキには変わりあるまい!」

 ジェリドは怒りを隠さない。どう見ても、そこらにいるような少女達だ。戦場にいていいものではない。

 少女達はじっとジェリドを見ている。シロッコが紹介した。

「彼女達が君の部下になる。こちらから順に、サラ曹長、シドレ曹長、カミーユ曹長だ」

「ん?」

 カミーユ。カミーユ曹長。カミーユ・ビダン。

「……あっ!!」

 グリーンオアシスで殴りかかってきた子供。フランクリン・ビダンの息子。

「どうかしたかね」

 シロッコが尋ねる。ジェリドは取り繕った。

「いえ。子供の頃の友人に似ていたものですから」

 よく見るまでもなく、カミーユだ。しかしそうだとすれば、辻褄が合わない。彼はティターンズを嫌っていたはずだ。

 ジェリドはまじまじと見つめたくなるのを抑えた。

「どうだね、ジェリド」

「……ご命令とあれば」

 不本意そうにジェリドは答えた。これは演技だ。あれだけティターンズを嫌っていた少年を引き込んだことには、裏がある。それも、両親が軍の関係者とはいえ民間人だ。シロッコの監視という密命は、シロッコの失脚という形で終わるかもしれない。

 いずれにせよ、シロッコを監視するにあたってカミーユは鍵になる。ジェリドはそう踏んだ。

「嬉しいよ、ジェリド」

 シロッコはそう笑うと、三人組に話しかける。

「いいか、彼がジェリド・メサ大尉だ。言うことをよく聞くように」

「はっ!」

 敬礼した三人は、幼い。ジェリドは罪悪感を覚えながら、敬礼で応えた。

「それでは少佐、実機での訓練の許可を願います」

「うむ、許可する。実戦経験という意味では、君は私よりはるかに上だ。期待しているぞ」

 ジェリドの手招きに応じて、ジェリド隊とマウアーはブリーフィングルームを出て行く。ドアが閉まった部屋で、シロッコは顎に手をやった。

「ジェリド……何か勘づいているのか? 目を離す訳にはいかんな」

 彼はそうつぶやき、また笑みを浮かべた。

 

 

 

 ノーマルスーツに着替えるため、ジェリド達はロッカールームへ向かう。ドゴス・ギアは大型戦艦だが、四人で移動するとなると、通路はやや手狭に感じる。

「ジェリド大尉って、あのジャブロー脱出の英雄の、ジェリド・メサさんですよね」

 ジェリドは肩越しに振り返った。目を輝かせて話しかけているのはシドレだった。

「ああ? ……ああ、そうだが」

 そう答えると、彼女は両手を口元に当てる。

「わーっ、やっぱりだ! ね、本物ですよ、サラ曹長!」

 シドレは隣のサラの肩を掴んで揺さぶる。ミーハーなところがあるのだろうか。

「じゃあじゃあ、地上で赤い彗星を落としたとか! アムロ・レイと戦ったとか!」

「ああ、俺だ」

「本物だぁ……! すごいですよね、サラ曹長!」

 声は弾んでいるが、同意を求められているサラの方は困惑気味だ。背後のカミーユに至っては恨みがましくこちらを見ている。だが、そんなことにも気づかないほど、シドレは浮かれていた。子供なのだ。

 ジェリドは顔を前に戻し、表情を曇らせる。利用される側だった彼は、子供が利用される現状を見過ごせない。

「……ジェリド隊長?」

「ついてないぜ、せっかく宇宙(そら)に上がったってのに、お前たちのようなガキのお守りをさせられるなんてな」

 シドレの表情が凍りついた。サラが口を尖らせて言い返す。

「子供といって侮られるのは心外です」

「ここは戦場だ。人殺しができるのかよ」

「自分は人殺しは致しません」

「戦場だと言っている! 死ぬのは貴様らだぞ」

 ジェリドが声を荒げると、サラは萎縮したように黙る。後ろからシドレが声を上げた。

「無駄に命を奪いたくないのです」

「ふん……志だけは立派なようだな。シロッコに吹き込まれたのかい」

 二人の少女はジェリドを睨んだ。嘲笑うように、ジェリドは大仰に手を振った。

「おおっと、怒るなよ。お前さん達はみんなシロッコが大好きなんだな。抱かれたか」

「いい加減にしてください!」

 サラとシドレが口を揃えて怒鳴った。ジェリドはまだ、にやついたままだ。

「すまん。しかし、女の子を三人も集めていちゃあ、邪推もされるさ」

 呆気に取られたように沈黙する二人。サラとシドレが顔を見合わせる。ジェリドはにやりと笑った。

「ん? なんだ、男か」

 ジェリドのこの言葉は、符牒だった。ジェリドはプロパガンダに使われるほどの英雄である。カミーユがグリプスの時のことを覚えていれば、間違いなくジェリド本人だと気づいているはずだ。それを確かめるために、あえてこの言葉を使った。

 カミーユは表情を歪めはしたが、殴りかかってはこない。

 よく躾けたな、シロッコめ。ジェリドは内心軽蔑と感心を覚えつつ、彼があのグリーン・ノア1のカミーユであることを確信した。

 ちょうど、ロッカールームの前に差し掛かった。

「よし、なめられたくなければ訓練で力を示せよ。いいな!」

 それまでの浮ついた様子とはうって変わって、ジェリドの表情が厳しくなる。張り上げられた声に、ジェリド隊の三人は応えた。

「はっ!」

 

 

 

 ドゴス・ギアのカタパルトから打ち出されて、ジェリドは振り返った。

 バーミンガム級を元に設計されたドゴス・ギアは、その大きな二つのモビルスーツ発進用カタパルトが特徴的な巨大戦艦だ。アレキサンドリア級の二倍近い巨体を誇り、それを守れるだけのモビルスーツを運用できる。

 ジェリドのMk-Ⅱに遅れて、バーザムが発進する。

「ほう……あれがバーザムか」

 ジェリドは呟く。自分が乗っているMk-Ⅱの流れを汲む量産機となれば、彼の興味が惹かれるのも当然だ。

 ジム系ではなく、ジオンのモビルスーツを彷彿とさせるモノアイ。大きな肩と、全体的に脇を広く開けるシルエット。腰もない。ただでさえMk-Ⅱよりひとまわり大きい体も、頭頂部の伸びたトサカのせいで実際以上に大きく見える。おまけにビームライフルも、順手ではなく腕の外側で、逆手に持つようになっていた。

「……全然違うじゃないか」

 つい、ジェリドはそう漏らした。発進したバーザム達が、Mk-Ⅱに近づいていく。

「よし、慣熟訓練だと思って俺についてこい。宇宙(そら)での戦闘は機動が全てだ!」

「はっ!」

 ジェリドがフットペダルを踏み込んだ。遅れて、ジェリド隊も加速した。

 メインスラスターを最大限に活かしたMk-Ⅱの機動は、やはり素早い。無駄のないターンをして、ジェリドはその違和感のなさに気づいた。Mk-Ⅱのバランスがほとんど変わっていないというのは本当のことらしい。

「ほう……なかなかうまいじゃないか」

 ドゴス・ギアをぐるりと回ると、ジェリドはそう言った。もちろんジェリドのMk-Ⅱには遅れているが、サラ、シドレ、カミーユ共に、パイロットとしての能力も鍛えられているようだ。

 ジェリドは満足そうに笑い、Mk-Ⅱを減速させる。

「よし、今から俺が貴様らに攻撃をする。ニュータイプなら感じてみせろ」

「感じる?」

 シドレが首を傾げる。

「気を宇宙に発散させるんだ。そうして敵の殺気を感じ取る!」

「気を……?」

 サラもシドレも理解し切れていない様子だ。カミーユに至っては返事すらしない。

「やれるか?」

「やってみます!」

 元気のいい返事が返ってきた。

「素直なもんだ……。俺が初めて聞いた時は半信半疑だったぜ」

 当時のことを思い出して、ジェリドはつぶやいた。ライラから教わったことを自分が部下に教えると思うと、どこか不思議な気分だ。

 ジェリドは推進剤のことを考えず、三機の周囲を飛び回る。反応できずにいる三機へ、突然サーベルを抜いて飛びかかった。

 振り抜いたサーベルは、何も切っていない。ビームを発振させていないのだから当然だ。

 だがその一太刀は、もしビームが出ていれば、シドレのバーザムを真っ二つにしていた。その勢いのまま、ジェリドは二機目のバーザムを狙う。

「はあっ!」

 ジェリドのMk-Ⅱが組み止められた。目を丸くしたジェリドは操作を止め、そのバーザムのコクピットと通信を繋げる。本気ではないとはいえ、組み止めたのは見事だ。

「やるじゃないか、カミーユ・ビダン」

 カミーユは返事をすることなく、Mk-Ⅱを蹴飛ばすようにして振り払った。振動にジェリドがうめく。

「跳ねっ返りが……」

 コクピットの中で毒づくと、Mk-Ⅱのすぐ側を旋回する機影が見えた。ジェリドの表情が明るくなる。

「マウアーか!」

 三機のバーザムの間を縫うようにして飛び回ると、そのモビルアーマーは、Mk-Ⅱの目の前でモビルスーツ形態に変形した。

 褐色のその機体は、両肩には一門ずつのメガ粒子砲が配され、手にフェダーインライフルと呼ばれる大型ビームライフルを携えていた。両足はスマートだが、両腕部や腰のスカート部の広がった装甲は、どことなくフリルを思わせる。

「ガブスレイ。良い機体だ」

 マウアーはそう言って、フェダーインライフルをデブリへ向けて撃った。一撃でデブリが破壊される。

「シロッコの作った機体は悪くないようだな!」

「はい、大尉」

 任務中だからか、マウアーは少尉として話す。それがこそばゆく、一方で愛おしい。

 ジェリドはバーザムとの通信回線を開く。

「シドレ曹長、実戦ならば死んでいたぞ。視野を広く持て。サラ曹長は動きが大きすぎる! 死なんことは死なんだろうが、攻撃ができなきゃ戦争にならん」

「はっ!」

「カミーユ曹長は腕がいいな。経験者か?」

 カミーユは答えなかった。ジェリドが無機質に告げる。

「訓練の後で俺の部屋に来い」

 修正だ。サラとシドレは、ひっそりとバーザムの顔を見合わせた。ニュータイプ候補生として特別扱いを受けていた彼女達は、軍の修正という文化を噂でしか聞いたことがなかった。

「今から俺はマウアー少尉と軽く模擬戦闘をやる! 貴様らはデブリ帯まで離れて、フォーメーションの練習だ。実機感覚を掴めよ!」

 事前にフォーメーションについては伝えてある。隊列を乱されれば、敵に付け入る隙を与えることになる。

 シドレが声を上げた。

「見学したいです、隊長!」

「なに? ……デブリ帯まで離れておけ。流れ弾に当たるぞ」

 ぶっきらぼうにそう言って、ジェリドはガブスレイに向き直る。

 これから先マウアーがガブスレイに乗るとすれば、お互いの機体の感覚を掴んでおくことは重要だ。

「いいな、マウアー」

「……行くわよ」

 ガブスレイはすぐさま変形し、機動力でMk-Ⅱを翻弄する。フェダーインライフルは真正面にしか撃てないが、両肩部のメガ粒子砲はかなりの射角を持っている。

 Mk-Ⅱのそばをメガ粒子が通過した。スラスターを噴射し、バーニアと手足を使って高速の方向転換。小回りという面ではMk-Ⅱが一歩先を行っているものの、直線を含めた総合的な機動力ではガブスレイに大きく水を空けられていた。

「すごい……」

 シドレが感嘆のため息を漏らした。ジェリドはすでに、アムロ・レイと渡り合えるほどのパイロットだ。マウアーもエースと言っていい実力を持っている。

 幾度かのビームの交差の末、ガブスレイがMk-Ⅱへ機首を向けた。フェダーインライフルが火を吹く。

 Mk-Ⅱがそのビームをかいくぐって加速した。近づいて変形させてしまえば、相手の機動力に翻弄されることはない。

 脳裏に予感が走った。ジェリドはシールドを前に突き出す。

 ガブスレイのクローが、そのシールドを力強く掴む。その力に、シールドが歪む。同時にガブスレイは変形し、モビルスーツ形態を取った。モビルアーマーの時のクローはモビルスーツ形態では膝頭へ繋がっている。相手の片腕を封じたガブスレイは、手に持ち替えたフェダーインライフルをMk-Ⅱへ向けた。

「いない!?」

 ジェリドは、盾を敢えてむしりとらせた。自らシールドとのジョイントを外し、ガブスレイの後ろに回れば、肩のメガ粒子砲は届かない。ビームライフルの銃口を、ガブスレイの背中に突きつけた。

「敵わないわね」

 ガブスレイはフェダーインライフルを手放した。決着だ。

「盾を掴まれた時はひやっとしたぜ」

「ええ。モビルスーツの接近戦でも、上手く使えそうよ」

「離れればそのライフルだろう? いいマシンだ」

 ジェリドは素直に感心して頷く。そこへ、聞き慣れない声が飛び込んだ。

「どうだね、ガブスレイの調子は」

 通信の主は、異形のモビルアーマーに乗っている。

「パプティマス様のメッサーラ!」

 サラとシドレが声を合わせた。二門の大きなメガ粒子砲を両肩に持つ大型可変モビルアーマー、メッサーラ。

「ええ……良好です、少佐」

「ならいい。……しかし、ジェリドには一本取られたようだな」

 シロッコは値踏みするようにMk-Ⅱとガブスレイを見る。

「パプティマス様が模擬戦を……?」

 サラとシドレが固唾を呑んで見守る。二人はすでに、ジェリドの腕前に尊敬を覚えていた。カミーユも、わずかにシートから身を乗り出した。

「Mk-Ⅱに興味がお有りですか」

 ジェリドが挑発的に笑う。指揮能力だけでなく、開発者やパイロットとしても非凡な才能を見せるシロッコ。彼という男を知るには、悪くないだろう。

「いいのかね?」

「こっちも新しい部下にはたっぷりいいところを見せたいもので」

 そううそぶくと、シロッコは笑い出した。

「いいだろう。カミーユ、サラ、シドレ。よく見ておくんだ」

 そう言うと、彼は模擬戦用にコクピット内の設定をいじる。ビーム系の兵器は発射されず、代わりに発射スイッチを押した時に相手が射線上にいれば撃墜として扱う設定だ。

 Mk-Ⅱは優しくガブスレイを押し退け、同じように設定を変えた。ジェリドは呼吸を整えた。可変モビルアーマーとの戦い方はすでに掴んでいる。

 二人の模擬戦は、合図もなく始まった。

 

 

 




今回も全体的にセリフばっかりで申し訳ありません。あと恋愛描写難しかったです。
ジェリドの目的がなんかふわふわしているような気がしたのでしっかり書いてみました。エマを殺してしまったこととかそれが遠因になってライラが死んだとかがあったので無駄な虐殺をする奴は許せないと考えている、ということです。

プロット的には一応は折り返し地点だと思います。前期opともお別れですね。シャアがいないので後半の展開はかなりカットしつつ、独自展開にもつれ込む予定です。

・ガンダムMk-Ⅱについて
感想欄でご質問がありましたが、Mk-Ⅱに見た目上の変化はありません。装甲材質をガンダリウムγにしただけです。Mk-Ⅱのバリエーションがアナハイム製ばっかりで困る。乗り換えはもうちょっと先になります。

・カミーユについて
今回の原稿を書くまで女装してジェリド隊に加入させるか迷ってました。
女装カミングアウトをした時のサラやシドレやファの反応を考えるとカミーユがあまりにも可哀想だったので没。
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