主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

23 / 40
コロニーが落ちる日(前)

 

「よく来てくれたな、ジェリド。やはりシロッコの下は性に合わんか」

 ジャマイカンは似合わない笑みを浮かべている。その違和感に片眉を吊り上げながら、ジェリドも答えた。

「ええ、お久しぶりです。やはりアレキサンドリアはいい」

 キャプテンシートの上で、ガディも笑い声を漏らした。ジャマイカンはジェリドの肩を引き寄せ、背中を叩いた。

「ふっふっふ。貴様を呼んだのは私だ。またアレキサンドリアで戦えるのだから、感謝するんだな」

「感謝してますよ」

「作戦内容を知れば、もっと感謝することになる。もし成功すれば二週間の有給休暇も出るし、ティターンズでも英雄だ」

 ジャマイカンは上機嫌だ。

「へえ。そりゃ、どんな作戦なんです?」

「コロニー落としだよ、グラナダを叩き潰すのだ」

「……なるほど」

 確信を得て、ジェリドは頷いた。コロニー落としの情報は当たりらしい。問題はどう阻止をするかだ。

 考えを巡らせるジェリドだったが、ブリッジによく通る低い声が響いた。

「そいつがジェリドか、ジャマイカン!」

「ヤザンか」

 仏頂面のジャマイカンを無視して、ヤザンはずんずんとジェリドに近づいていく。

 彼の三白眼にじろりと睨まれると、ジェリドも同じく視線をぶつける。ヤザンは口の端を吊り上げた。

「いい顔をしてる……気に入ったぜ」

「アポロ作戦でも大活躍だったらしいな、あんたは」

「アムロ・レイの金色とも戦った。……新型のガンダムはどう見る?」

 ヤザンの表情から笑みが消え、冷酷な戦士としての一面が顔を出す。彼が話しているのは、アーガマの窮地に現れた新型ガンダム、Zガンダムのことだ。

「大方、アナハイムの新型だろうが……この次、アムロはガンダムで来る」

 ジェリドはそう断定した。もう短い付き合いでもない。アムロなら多少操作感の違う機体であろうと乗りこなせるはずだ。一番の凄腕を一番性能のいい機体に回すとすれば、間違いなく新型に乗るのはアムロだ。

「なら、そいつは俺がもらう。いいな、ジェリド」

「やってみせろよ」

「言われんでもそうするさ」

 ヤザンは好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 開いたドアから、カミーユが駆け込んだ。肩で息をした彼は、その執務室の主であるシロッコを睨みつけた。

「ノックをしたらどうかね」

「……なぜジェリド大尉をアレキサンドリアにやったんです。サラだって、アレキサンドリアに行ったんでしょう!?」

 カミーユは今にも噛み付かんばかりの表情だ。シロッコの表情は変わらない。

「ジェリド隊の君には事後連絡になってしまい申し訳ない。しかし、重大な任務を帯びたアレキサンドリアの出港を遅らせるわけにもいかん。君達に挨拶もせずに出て行ったジェリドを恨まないでもらいたいな」

 シロッコの机に両手を叩きつけ、カミーユが叫んだ。

「お前だろ、お前が、ジェリド大尉を追い出そうとして!」

「立場をわきまえたまえ、カミーユ」

 シロッコはカミーユの言葉を遮って言った。ゆったりとした口調と余裕のある笑みに、カミーユはますます苛立った。

「貴様!」

「ジェリドも『彼女』も私の胸三寸だ」

 拳を振り上げたカミーユは、暴力衝動を抑え込んだ。怒りに震える瞳で、シロッコを睨む。

「勘違いしないでもらいたいな。私は、君の才能をより良く活かすために動いている」

「自分の都合を!」

「君は優れたニュータイプだ。だから、同じくニュータイプのジェリドに惹かれた……。君にしか伝えていないアポロ作戦の内容を、彼は知っていたようだからな」

「貴様……!」

 カミーユの歯軋りが、シロッコの耳に届いた。シロッコはこの場で初めて、真剣な表情を見せる。

「口止めはしておいたはずだ。これでは……ファ君のこともわからんな」

「待て! ファのことは、言っていない!」

 カミーユの声に、悲壮さが宿った。眉も八の字に歪み、彼は机に身を乗り出す。

「ふふふ、ならいい」

 おもむろに、シロッコは右手を伸ばす。彼のその掌が、カミーユの頬にそっと触れた。

「私は君のことを信じている。忘れるなよ、カミーユ」

 手袋の柔らかな生地が頬を撫でる。カミーユが目を伏せると、シロッコの右手に力がこもった。強引ではなかったが、その手はカミーユの顔をシロッコの顔の真正面へと導く。

 恥じらいも怯えもなく、シロッコの両目はカミーユの顔を覗き込んだ。波紋のない水面のようなその瞳に、カミーユは呑まれてしまった。シロッコを睨みつけていたはずの視線は、力なく机の上に漂っている。

「カミーユ」

 シロッコはカミーユの目を見つめながら、優しくそう呼びかけた。

「ジェリドは悪人ではないが、私との約束を破ってはいけない。わかるな?」

「……わかりました」

 シロッコが切れるカードは、ファだけではない。軍と権力を持った男の前で、少年は無力だった。

 肩を落として、カミーユは部屋を出た。

「カミーユ」

「マウアー少尉」

 通路で、マウアーが待っていた。カミーユは力なく答える。彼には爆発寸前の危うさもなく、むしろマウアーを見る目は、寄りかかる先を探しているようだった。

「そのボールペン、私のよ」

「あっ……。いつの間に」

 マウアーが示した先は、カミーユの胸ポケットだ。慌ててボールペンを取り出し、マウアーに差し出す。

「いいのよ、気にしないで」

 微笑んで受け取ったマウアーだったが、カミーユの返事はない。ボールペンを差し出した時の手のまま、固まっている。

「カミーユ?」

 呼びかけられて、彼はようやく我に返る。自嘲的な笑いが漏れた。

「はは……俺、どうしちゃったんですかね」

 痛々しいその姿に、マウアーの唇がこわばる。

「疲れてるのね。カミーユ。よく休みなさい」

 マウアーはカミーユの手を取った。移動用のリフトグリップを無理矢理に握らせると、カミーユは小さな声で言った。

「……すみません。でも、俺にはあんまり関わらない方が……」

 リフトグリップは動き出した。カミーユの後を追うように、マウアーもリフトグリップをつかんでいる。

「……ジェリドのこと?」

 カミーユは、振り向くことも、答えることもしなかった。マウアーとジェリドが親しい間柄であることは、カミーユもわかっていた。

 ジェリドが別れも告げずにアレキサンドリアに転属になったのは、自分のせいだ。もし親しくすれば、マウアーも同じように、危険な任務に出されるかもしれない。

 二人は無言だった。カミーユの耳に、リフトグリップの駆動音がうるさく響いた。

「ジェリドは帰ってくるわ。必ずね」

 カミーユの表情が歪む。噛んでいた唇を放して、答えた。

「そうでしょうか」

「そうでなければ惚れはしない」

 カミーユは振り返った。マウアーが湛える微笑には、若干の照れも見えた。

 二人は居住ブロックに到着していた。各々の個室へ別れる時だ。

「……すごいな、マウアー少尉は」

「ふふ、ありがとう。……あなたはまだ、アポロ作戦の疲れが抜けてないのよ」

 よく休め、とマウアーは釘を刺した。カミーユは自室のドアを開け、肩越しに振り返って答える。

「わかってます」

 シロッコの執務室から出てきた時よりは、幾分か明るい声だった。

 自室へ入ったマウアーは、カミーユから返してもらったボールペンを耳に当てる。

『ノックをしたらどうかね』『なぜジェリド大尉をアレキサンドリアにやったんです』『ジェリド隊の君には……』

 ボールペンの小さなスピーカーは、録音した内容を再生している。マウアーは、シロッコを問い詰めようとするカミーユの胸ポケットに、密かにこのボールペンを忍ばせておいたのだ。

 録音の内容を、彼女は早送りして聞いた。

「……人質をとっているのか、シロッコは」

 マウアーは、壁を睨みつけた。

 

 

 

「フォン・ブラウン市の人たちを見捨てるんですか!?」

 ヒステリックなカツの声が、アーガマのブリッジに響いた。彼の視線の先には、エゥーゴの指導者であるブレックス・フォーラがいた。

「そうは言っていない。ただ、今しばらくの間はフォン・ブラウンの奪還は見合わせるしかない」

「なんで……!」

 カツは食い下がった。彼はフォン・ブラウン奪還の延期を聞きつけ、ブリッジに直談判にやってきたのだ。ブレックスの横に控えていたアムロが口を挟んだ。

「落ち着け、カツ。カラバが壊滅状態の今、無理をして地球とのパイプであるフォン・ブラウン市を奪い返す必要はない。エゥーゴの本拠地はあくまでグラナダだ」

 アムロは宥めるようにそう言ったが、カツの怒りは収まらない。フォン・ブラウン市に侵入した時、彼は市民たちと約束したのだ。

「そんなの、理屈でしょ! 今だってフォン・ブラウンの人たちはティターンズに怯えてるんです!」

「黙れ!」

 ブレックスは怒鳴った。相手が子供にも関わらず、彼の表情は怒りに満ちていた。

 アムロが心配そうに振り向く。

「……准将……」

「私だって、ティターンズは憎い。一刻も早く、フォン・ブラウン市を救いたい。だが、そうはいかん。エゥーゴは私の感情一つで流される組織ではいけないのだ」

「その通りだな、准将」

 ブリッジの入り口に立っていたのはスーツの男。アナハイム・エレクトロニクスの幹部で、今はエゥーゴとの折衝を担当しているウォン・リーという男だ。

「ウォンさんか」

 彼の名を呼ぶブレックスの声は暗い。フォン・ブラウン奪還を後回しにしたのは、アナハイム・エレクトロニクスの注文だ。

「そこの小僧。今すぐにフォン・ブラウンを奪回しないのは、君たちエゥーゴのパイロットが不甲斐ないからだ」

「不甲斐ないですって!?」

 カツは素っ頓狂な声を上げた。

「月からティターンズの勢力を追い出したはいいが、続くジャブロー攻略戦は敵の自爆により失敗。カラバはティターンズの攻撃を受け壊滅し、今ではこうして重要拠点であるフォン・ブラウンまで奪われた。負け続けの軍隊をそうそう信用できるほど、アナハイムは甘くない」

 べらべらと喋り続けるウォンに、カツは詰め寄った。

「……取り消してください。僕たちは命懸けで戦ってるんです」

「いっぱしの口を叩きたいのなら戦果を上げろと言っているんだ、ガキ」

 カツはぎゅっと拳を握りしめた。殴りつけたい衝動を、彼は押さえ込む。

「……失礼します!」

 そう絞り出して、カツは駆け出していく。これ以上ここにいても、堪え切れる自信がなかったのだ。

「目上の人間への態度がなっていないようだな」

 ウォンはそう言いながら、じろりとブレックスを見た。

「全く、あんなガキが戦力になるのか」

「なりますよ、ウォンさん。優秀な戦力です」

 鼻を鳴らして、ウォンが口を尖らせる。

「あんな子供がかね」

 ブレックスがにやりと笑った。

「パイロットとしても工作員としても、彼は十分すぎる活躍をしているよ。おい、あの映像を映せるか?」

「あ、はい」

 険悪な空気に黙っていたブリッジクルーが、安心したように返事をした。程なくして、メインモニターに映像が映る。画質はやや荒いが、それはティターンズの艦船だった。

「ほお、この映像を取ったというのか、あの坊主が」

 ウォンの問いかけに、ブレックスは頷く。

「先日、彼をフォン・ブラウンに偵察に行かせた。市民達のティターンズへの感情と、ティターンズの戦力を調べて来させるつもりだったが」

 映像は、一際大きな濃紫の戦艦を捉えていた。ドゴス・ギアだ。

「……彼はその分、フォン・ブラウン寄りの考え方をしてしまうようになった。わかっていただきたいな、ウォンさん」

「……規律というものがなっておらんのは事実だろう。それで、グラナダに戻るのか?」

 ウォンは話題を変えた。彼も、罪悪感を覚えることはある。

「ああ、エゥーゴはそうするつもりだ。フォン・ブラウンの監視も兼ねてこの周辺に居座っていたが、ダメージも大きいしな。……しかし、ジャミトフめ」

 ブレックスは眉間に皺を寄せる。彼らの敗北は、フォン・ブラウンを奪われたことだけではなかった。

「うむ……。准将、悪く思わんでくれよ。今の我々の情報網と戦力では、ダカールに行った准将を守り切ることはできん」

 ダカールで開かれた連邦議会で、つい先ほどある法案が可決された。連邦軍の指揮権をティターンズに移譲する法案だ。

 その議会に、議員の一人でもあるブレックスは欠席した。彼が出席したところで、決定は覆らなかっただろう。ましてや、ティターンズが相手ともなれば暗殺の危険性もある。

 ブレックスは、ブリッジの窓から外を見ていた。彼はここのところ、宇宙を眺める時間が増えた。

「もしクワトロ大尉が生きていれば、彼を連れて私も行きたかったものだが……」

「連邦軍の指揮権をティターンズに委ねる法案などと。それが可決されるようでは、世も末だな」

「エゥーゴが力を示せば、議員どももこちらに鞍替えするさ。今日の都合で明日を売る連中だからな」

 横に並んだウォンに、ブレックスは笑いかけた。それは誰よりも、自分に言い聞かせているように見えた。

 

 

 

「やっぱりこっちにいたか、カツ」

 カツは嫌なことがあると、モビルスーツ格納庫に行く習慣ができていた。働いていれば、負の感情は消えてしまう。常に仕事で溢れるモビルスーツ格納庫は、カツのお気に入りだった。

「……どうしたんです、二人とも」

 彼はメタスのコクピットから顔を出す。乗るマシンの細かい調整は、やはりパイロットに委ねられている。

 アムロとロベルトが、格納庫の床からメタスのコクピットまで跳び上がった。スペースノイドの彼らは無重力での移動にも慣れたもので、コクピットハッチを掴んで移動を止めた。

「カツ、お前、百式に乗るつもりはないか?」

 単刀直入なアムロの言葉に、カツは眉を寄せる。

「僕が百式ですか?」

「そうだ」

「百式なら、ロベルト中尉が乗ればいいじゃないですか」

「ジムの頭は肌に合わん。百式はネモとも操作感は似ているらしいから、お前に……」

「……そりゃ、ありがたいですけど」

 カツは不服そうに口ごもった。その視線は、明らかにウォンに対する不満を表していた。ロベルトの目が鋭くなる。

「……カツ。ウォンさんは俺たちの出資者だ。エゥーゴにとっては俺なんかよりもよっぽど重要な人なんだぞ」

 低い声で諭されて、カツの勢いは鈍った。

「わかっているつもりです。……だけど」

「どうした?」

「……侮辱された気がしたんです。父さんとか、クワトロ大尉とか……死んでしまった人たちを」

「カツ……」

 アムロは、その少年の名を呼んだ。すみません、と一言謝って、カツは続ける。

「僕が勝手な行動をしたせいで、クワトロ大尉や、他のパイロットが死にました。もしその人たちが生きていたら、アウドムラだって墜ちなかったかもしれない。だから、カラバのみんなを責めるのは……」

 噴出した感情が、肩を震わせていた。ロベルトが、その肩に手を置く。

「よせ、カツ。ウォンさんだって悪気はないんだ。あの人は誰よりもエゥーゴを信じてる」

 カツはロベルトへ視線を上げた。ロベルトの発言を疑っているのだ。

「ふっ、本当だよ。アナハイムからたっぷり支援を引き出してくれるんだ。でなきゃ、艦隊なんて用意できんよ」

 カツはようやく、視線を落とした。握っていた拳は解かれている。

「……僕、ウォンさんに謝ってきます」

「やめとけよ。そんな暇があるなら百式に早く慣れておけって、ウォンさんに怒鳴られる」

 カツはウォンの顔とロベルトのセリフを並べて思い浮かべた。そのセリフを言うウォンの姿が、関わりの浅いカツにもすんなりと想像できて、彼自身可笑しな気分だった。

「悪い人じゃないんだが、ま、関わらずに済むなら関わりたくないな」

 ロベルトは少し意地悪く笑顔を作る。カツもそれに釣られた。

「聞いたら怒りますよ、あの人」

「こんな愚痴も言いたくなるさ。出資者だかなんだか知らんが、戦いはこっちに任せてくれればいい物を」

 二人は、声を合わせて笑った。

 

 

 

 ハイザックの全天周囲モニターに映る景色は、先ほどから変わらないように見える。黒い宇宙の闇にばら撒かれたはるか遠くの星の光を眺めて、サラは吐息を漏らす。

 メーターの表示だけが姿を変えるコクピットの中、彼女はこの命令を受けた時のことを思い出した。

「本気か、シロッコ!」

 ジェリドは、シロッコに詰め寄っていた。椅子に座ったシロッコは、その表情に少しの翳りも見せることなく、ジェリドの顔を見上げている。そしてサラは、それをどこか他人事のように見つめていた。

「潜入をこんな子供にやらせるのか!」

「アーガマに情報を流さなければ、コロニー落としは防げんよ。だからサラには投降を装ってアーガマに潜入してもらう」

「投降を偽装するなど、軍法会議ものだ」

「手は他にない」

 ジェリドは唸った。コロニー落としを止めるには彼ら自身が反旗を翻すか、この方法しかないように思えた。

「アーガマから脱出する方法はあるんだろうな」

「サラは優秀だ。脱出は彼女に任せればいい。コロニーさえ止まれば君がアーガマを拿捕してくれても私は構わんよ」

 シロッコがサラに視線を向ける。

「やれるな、サラ」

 サラは、少しの間だけ沈黙した。振り返ったジェリドが、彼女を心配そうに見る。

「……やります。アーガマにコロニー落としの情報を流して、脱出すればいいのですね?」

「そうだ。……お前はいい子だ、サラ」

 柔らかくシロッコは微笑みを浮かべる。ジェリドはばつが悪そうに、床に目を落としていた。

 電子音が、サラを記憶の中から引きずり戻した。彼女は慌てて、ハイザックの操縦桿を握り直す。

 アーガマにキャッチされたようだ。気を引き締めるように、彼女は軽く両頬を叩く。

 ハイザックの手には、白旗が掲げられている。彼女は通信回線を開き、言った。

「私はティターンズのサラ・ザビアロフ曹長! エゥーゴに有益な情報を持って来た、着艦許可願う!」

 白旗を持ったハイザックからの無線通信は、アーガマに届いている。

「こちらアーガマ、了解。しかし、着艦許可は出せない。こちらの指定したポイントで、コクピットから出るんだ」

「了解」

 彼女は深呼吸して、ヘルメットを被った。

 

 

 

 サラはコクピットを開けた。すでにアーガマも目と鼻の先だ。長いカタパルトが特徴的なその艦は、白い艦体を宇宙に晒している。しかし、その装甲には損傷が目立った。船外での修理作業の形跡もある。サラのハイザックの接近を知って、慌てて船内に引っ込んだのだろう。

 コクピットから出たサラのそばに、金色の機体が接近していた。害意はないようだが、もしハイザックで奇襲をかけても、パイロットがアムロ・レイならば勝ち目はないだろう。

「……いつもの金色と違う……?」

 サラは違和感を覚えた。機体に違いは見られない。動きが違うのだろうか。サラは疑問を抱きつつ、かぶりを振った。

「いけない、ナーバスになっている。パプティマス様の命令ならば、ちゃんとこなしてみせなければ……」

 サラは両の手のひらを見せた。カタパルトデッキの上には、ノーマルスーツを着たアーガマの乗組員が手に銃を持って待ち構えている。

 彼女はハイザックを踏み台にして、カタパルトデッキへ跳んだ。

 違和感を覚えていたのは、カツも同じだった。だが、確証もない。彼はその違和感を胸の内にしまい、自分の仕事をすることにした。

「よっと」

 カツの百式が、ハイザックの胴体を抱えた。開いたままのコクピットを壊さないように、彼はゆっくりとハイザックを持ち上げる。無重力の宇宙空間だからこそ、些細なミスでハイザックをどこかへぶつけてしまいかねない。

「カツ、そいつをカタパルトに設置したら戻ってこい」

「格納庫には入れないんですか?」

「チェックがまだ済んでないだろ!」

 オペレーターのぶっきらぼうな物言いに少し腹を立てながら、カツは、ハイザックから降りた小柄なティターンズの背中を目で追っていた。

 

 

 

 ヘンケン、ウォン、ブレックスの三人の視線の先は、一人の少女だった。彼ら三人の長椅子の後ろには、アムロやロベルトといったアーガマのパイロットたちが立っている。

 ここはアーガマの休憩室の一角だ。暖色系の光と壁に、観葉植物まで用意されている。ティターンズの制服を着ていても、相手は少女だ。エゥーゴなりに気を利かせて、なるべくリラックスできる場所を選んだつもりだった。

 その少女は改めて口を開いた。

「私はサラ・ザビアロフ。ティターンズのアレキサンドリアから来ました。」

 すでに一通りのことは聞いている。だが、幹部級のメンバーの前で話させることが重要でもある。小さく咳払いをして、ヘンケンが訊いた。

「それで、アレキサンドリアが、コロニー落としをやろうとしているというのだな」

「はい。アレキサンドリアのジャマイカン少佐が、グラナダへのコロニー落としを計画していました。サイド4の廃棄コロニーを使うという話です」

 やはり。テーブルに着いている者達が目配せを交わす。声にはならないざわめきが広がった。

「どう思われますか、お二人は」

 ヘンケンはそう言って、ウォンとブレックスの二人に水を向ける。

 ウォンが怪訝な顔で答える。

「我々を嵌めようとしているんじゃないのか?」

「どうでしょう……。以前にも、ティターンズからこちらへ協力してくれた女性もおりました」

「む……しかしな」

 不服そうなウォンだったが、壁に備え付けてある艦内通信用のモニターが鳴った。

「私だ」

 ヘンケンが立ち上がって、その通信に答える。

「は、グラナダからの連絡です。ティターンズの艦がサイド4にかかるのを確認できたそうです」

「ふむ、やはりか……。了解した」

 通信を切って、ヘンケンはウォンに向かって振り返った。

「どうやら、アレキサンドリアがサイド4で何かをするつもりなのは間違いありませんな」

 ウォンは不満げに答える。

「情報は確かかもしれん。しかし、このコロニー落としもなんらかの陽動かも知れんのだぞ」

「わかっているさ。しかし、もし敵の狙いがグラナダなら……」

 ブレックスが真剣な面持ちでウォンを見た。コロニーが直撃すれば、グラナダの被害は計り知れない。少なくとも、都市機能が完全に無力化されるであろうことは確かだ。

「ウォンさん。グラナダの市民の避難を」

 大きなため息を一つついて、ウォンは立ち上がる。

「わかった。通信室を借りるぞ。君たちはすぐにコロニー落とし阻止にかかるんだ。月面車も出してくれるな?」

「私もグラナダに戻る。月面車の方は安心してくれ」

 ブレックスに見送られ、ウォンは休憩室のドアへ向かう。

「ああっ!」

「うっ!?」

 彼がドアを開けると、ちょうどドアの前で敬礼していたカツと鉢合わせた。カツが気まずそうに愛想笑いを浮かべる。

「百式の調子はどうだ」

「はっ、えっ、はい! その、良好です」

「ならいい。君たちの仕事は戦うことだ」

 それだけ言うと、ウォンは通路のリフトグリップを掴んで行ってしまった。カツは呆気に取られて、少し崩れた敬礼の姿勢のまま見送っている。

「カツか」

 アムロが振り向いて、笑う。カツは敬礼を正して、声を張り上げた。

「カツ・コバヤシ、入ります!」

 開いたままのドアをくぐって、カツは休憩室に入った。休憩室という名にそぐわない緊張感を感じて、彼は唾を飲み込む。

 ヘンケンがカツを問いただした。

「何をしに来た?」

「ハイザックの固定が終わった報告を……。あっ!」

 カツとサラの目が合う。サラはカツの顔を見て、その大きな瞳を見開いた。

「あなた……確か。フォン・ブラウンにいた……!」

「やっぱり、君だったか」

 呟いたカツに、ブレックスが怪訝な顔で尋ねる。

「知り合いかね」

「フォン・ブラウンに潜入した時、偶然会ったんです」

 カツが答えると、ブレックスは表情を緩めた。

「そうか……なら、彼を同席させても構わないかね、サラ曹長」

「ええ、構いません」

 カツはブレックスの後ろ、アムロの隣に立った。サラに笑いかけられて、カツは目を逸らす。

 ヘンケンが尋問をする陰で、カツは声をひそめてアムロに言った。

「アムロさん、あの子、たぶんバーザムのパイロットですよ。ジェリドの部下の」

 アムロは思わず声をあげそうになるのを堪え、小さな声で聞き返す。

「ニュータイプの勘か?」

「はい。フォン・ブラウンで会った三人組からは、Mk-Ⅱと一緒にいたバーザムと同じプレッシャーがしたんです」

「彼女がその一人ということか……」

 アムロは表情をかげらせる。だとすれば、辻褄が合わないことがあった。

「アムロさん?」

 カツの呼びかけを無視して、アムロはサラをじっと見つめている。ヘンケンの尋問がひと段落したところで、アムロが訊いた。

「君は、ドゴス・ギアにいたのか?」

 これまでほとんど黙っていたアムロの突然の質問に、サラは面食らった。質問の内容は、完全に図星だった。モビルスーツ越しの気配を言い当てたというのだろうか。

「……どういう意図の質問か、わかりかねます」

「答えるんだ」

 ヘンケンとブレックスが顔を見合わせた。アムロの剣幕は、何か確証があってのことだと感じたのだ。

「ドゴス・ギアの所属でした。それが何か?」

「その時は、バーザムに乗っていた。ジェリドの部下だったんだろう?」

 平静を取り戻させる隙を与えず、アムロの詰問は続いた。サラは沈黙する。迂闊なことを口走らないためだ。

 口を閉じた彼女を見かねて、カツが口を出した。

「君がドゴス・ギアからアレキサンドリアに異動になって、バーザムでなくハイザックに乗っているってこと、不思議なんだよ。理由を教えてくれるかい?」

「……ジェリド隊長も、アレキサンドリアに転属になりました。私と同じです」

 パイロットたちの間に緊張が走った。カツは表情を固くする。

 アムロはつとめてゆっくりと息を吐いた。

「……わかった。とにかく、今は君を信じよう」

 アムロの目配せに応じて、何人かの兵士が立ち上がった。

「君はしばらく保護観察の身だ。わかるな?」

「はい」

「よし、彼らについて行け」

 たった一人の少女に何人もの男がついていくのはおかしな構図だが、これも当然のことだ。カツもその男たちと同じように休憩室を出て行く。

 アムロは目を閉じて腕を組んだ。

 ドアが閉じて、静寂が訪れる。ブレックスが長いため息をつき、背もたれに体重を預けた。

「コロニー落としの情報は、それなりに信用がおけるだろうな」

「しかし、彼女本人は信用ならない。そういうことですか」

 ヘンケンが訊くと、ブレックスは苦笑する。

「まあな。ハイザック一機ごときで、アレキサンドリアから逃げられるとは思えん。裏があると見た方がいいだろう」

「あんな少女がパイロットというのも、信じがたい話です」

 頷き合った二人の視線は、自然とアムロに向いた。

「どう見る、大尉。君が頼りだ」

「ニュータイプはエスパーじゃありませんよ」

 腕を組んだまま、アムロは目を開けた。

「もし彼女がジェリドの命令で潜入したとすれば、その目的はコロニー落としを阻止させるためかもしれない」

「……また、ジェリド・メサか」

 ヘンケンが呆れたように頭をかいた。ジェリドとは、Mk-Ⅱの奪取を失敗された時からの縁だ。

「ホンコンで会った限り、奴は信用できます」

「もしそうなら、あんな子供に危険な仕事をさせるのか?」

「そこがわからないから、俺も頭を抱えてるんです」

 三人は腕組みして、低く唸った。

 

 

 

 サラに与えられた個室は、ベッドがあるだけの殺風景な部屋だった。

「ねえ、カツ君。私やっぱり、疑われてるのかな」

「カツでいいよ。すぐ信じてくれるさ、みんなも」

 緊張をほぐすように、カツは笑う。同年代の相手と話す機会は久々だ。

「あなた、パイロットなの?」

「まあね。宇宙に上がってからはメタスに乗ってたけど、今度からはアムロ大尉の百式を使わせてもらえるって」

 カツは少し得意げだ。人差し指を立てて、解説を付け加える。

「メタスっていうのは、ほら、変形する黄色いモビルアーマーがあったろ? で、百式っていうのは、あの金色の」

「え……じゃああの、ビームサーベルにビームを当てる……」

「そう。……戦った相手とこんなこと話すの、なんだか変な気持ちだね」

 二人は苦笑した。サラのバーザムとの対決は二度経験している。

「フォン・ブラウンで会った時は、エゥーゴの人だなんて思わなかったわ」

「あっ、騙すつもりは……」

 慌てて言い訳するカツの姿に、サラは吹き出してしまった。

「ふふ、怒ってるわけじゃないの。あの時は助かったわ」

 カツがほっと息を吐いた。そんなカツの反応が面白くて、サラはすっかり気を抜いていた。

「あ、そういえば、君の首……」

「大丈夫よ。ほら」

 サラはホックを外して、首元を見せる。絆創膏が一つ貼ってあるだけの、華奢で綺麗な首筋だ。白い肌とインナーシャツ。首元のわずかな隙間から、鎖骨の端がちらりと見えた。カツは赤面した。

「そっ……それならいいんだ」

 視線を逸らし、カツは取り繕う。しばらくきょとんとしていたサラだが、カツの反応を見て、ようやく自分の行動に気づく。

「あ……」

 思わず襟を手で押さえ、彼女は床に目を落とす。彼女もハニートラップをするつもりはない。頬が熱くなる感覚が恥ずかしくて、彼女は顔を手で覆う。

「ごっ、ごめん」

「謝らないで!」

 カツを叱責して、サラは目を閉じる。カツへの警戒心が薄れてきているのだ。彼女は自身を責めた。

「あっ! そういえばさ、君と一緒にいた二人は、アレキサンドリアに来てるのかい?」

 気まずい空気を変えようと、強引にカツは話題を変えた。

「え……いえ、来てないわ。どうして?」

「手強いからさ。ニュータイプだろ、あいつらも」

「ああ、そう。ニュータイプ候補生よ」

「君たち、どうしてティターンズなんかに入ったんだよ。ニュータイプなら、エゥーゴの方が……」

「私たち、孤児だったのよ」

 カツの言葉を遮ったサラの声は高かった。

「孤児……」

「そう。スペースノイドだったけど、一年戦争で両親を亡くして……だから、仕方なかったのよ。責めないで」

「せ、責めてなんかいないよ! ただ気になっただけで……ごめん!」

 傷ついた演技をして見せると、カツは面白いように顔色を変える。サラは心の中でほくそ笑みながら、これ見よがしに表情を歪めた。

「ティターンズが酷いことをしていたってこと、知らなかった訳じゃないの。でも、私は孤児で、使える物は何もなかった。生活を保証してくれるティターンズに入るしかなかったのよ」

「サラ……」

 一度サラは顔を俯かせる。唇を噛み、上目遣いでカツを見る。

「謝っても、許されることじゃないでしょう?」

 君は悪くない、そう言って慌てて機嫌を取るカツを、サラは期待していた。

「カラバが壊滅したの、僕のせいなんだ」

「え……」

「僕が勝手に出撃したせいで、アウドムラの戦力はボロボロになった。艦長だった父さんは、僕たちが逃げる時間を作るために、スードリに特攻を掛けて、死んだ」

 淡々と話していたカツの声も、最後には震えていた。彼も、この過去を乗り越えたわけではない。しかし、目の前の少女の悲しみを払ってやることの方が、彼にとっては大切だった。

 目を閉じて息を吐くと、カツはまた笑顔を作った。

「だからさ、あんまり、自分を責めないで欲しいんだ。そんなことに押し潰されたって、つまらないからね」

「……敵わないのかもね、私」

 つぶやくように、サラは言った。カツが聞き返す。

「えっ?」

「あなたのモビルアーマーに、いいようにやられてしまったもの」

「そ、そんなこと気にするなよ! それにさ、僕、自慢じゃないけど実戦は結構やってるんだぜ。君だってニュータイプなら、すぐに追いつけるさ」

 カツは少し顔を赤くして、サラを元気付ける。サラの胸が、刺すように痛んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。