主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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コロニーが落ちる日(後)

 アレキサンドリアの待機室にはパイロット達がひしめいていた。コロニーへの核パルスエンジンの設置は済んでいる。あとはもう、コロニーがグラナダへ落ちるのを待つばかりだ。

 ヤザンを中心にしたパイロット達の輪から少し外れたところで、ゲーツは一人、壁に背を預けて目を閉じていた。

「ゲーツ・キャパ。強化人間だってな」

 ゲーツの横に、ジェリドが並んでいた。一瞬驚いたような顔をしたが、ゲーツはすぐにうなずく。

「……ああ。あんたも、ロザミアと会ったんだって? カクリコン中尉から聞いたよ」

 カクリコンから話を聞いていたのはジェリドも同じだ。ゲーツがロザミアの友人だったことは知っていた。

「……ロザミア少尉がいなければ、アウドムラは沈められなかった」

「俺はロザミアがオーガスタ研に来た時から知ってるんだ」

 そう言って笑うと、ゲーツは壁に手をつき、体の正面をジェリドに向けた。

「あんた、ニュータイプだろう? 俺にはわかる」

 まっすぐに見つめてくる目。自信に満ちたその目が、ジェリドは少し不安だった。

「はっきり言うが、俺は強化人間そのものに否定的だ」

 ジェリドの一言に、ゲーツの視線が揺らいだ。

「……そうかい」

「ムラサメ研の強化人間は、記憶と引き換えに戦わされていた。負荷のきついサイコガンダムという代物に乗せられてな」

 ジェリドは少し早口気味に話す。ゲーツは眉根を寄せ、言い返した。

「強化人間の研究は崇高なものなんだよ、ジェリド大尉。人工的にオールドタイプをニュータイプにできれば、二つの垣根はなくなる。眼鏡を掛けている人間を、裸眼の人間が差別しないのと同じだ」

「しかし、フォウ少尉は無理やり!」

 ジェリドの言葉を遮るように、ゲーツは拳をロッカーに叩きつけた。快音が鳴り響く。金属製のロッカーの戸がひしゃげ、彼の拳がそのクレーターの中心にめり込んでいた。ロッカールームが静まり返り、ゲーツに視線が集中する。だが彼は、まるで気づいていないかのように話し続けた。

「彼女を救うために、ロザミアが死んだんだろ。あいつは優しい女だ、そうするのも無理はない」

 ゲーツの感情は収まらない。顔を歪め、拳をロッカーの扉に押しつけ続ける。

「確かに、ムラサメ研究所は最低だろう。記憶は人格の一部だ。そんなものを弄り回すなど虫酸が走る!」

 ロッカーが、ばきん、と音を立てた。蝶番は壊れ、歪んだ扉はロッカーの内側へ押し込まれている。

「だけど、オーガスタ研は違う。俺達だって同意の上で研究に協力しているんだ」

 ロザミアの話をする前の、さわやかな笑顔がそこにあった。

 その時、電子音が鳴った。モニターに全員の注目が集まる。

「前方に敵艦をキャッチした。モビルスーツ隊は対モビルスーツ戦用意。この作戦に成功すれば、一週間の有給休暇が出る。各員の奮起を期待する」

 モニターのジャマイカンを睨みながら、ジェリドはつぶやく。

「やはり来たか」

 シロッコはサラをアーガマに送り込み、コロニー落としの情報をリークしようとしていた。サラは少なくとも、その任務の前半には成功したことになる。

 しかしもう半分のアーガマからの脱出について、シロッコからの指示はなかった。半ば使い捨てのような任務だ。ジェリドは、シロッコへの不信感を強めていた。

 サラを救出することも、ジェリドの目的の一つだ。だが、一番重視すべき目標は決まっていた。

「モビルスーツは敵モビルスーツ部隊の足止めにあたれ。いいな?」

 スピーカーから聞こえるジャマイカンの声を聞き流し、ジェリドは拳を握る。コロニー落としは、なんとしても阻止してみせる。最悪の場合、自分が反逆者と見做されても構わない。

 

 

 

 アーガマのブリッジには、真剣な面持ちのパイロットたちが並んでいる。張り詰めたその視線の集まる先で、ヘンケンが口を開いた。

「通常の軌道を外れたコロニーをキャッチした。元はサイド4の廃棄コロニーだ。このままの軌道では月に落ちるが、ティターンズのアレキサンドリアが随伴している。コロニー落としは奴らにとっても隠密行動だ、増援の類はないと見た」

 サラの情報は確かだった。コロニー落としの目標は、フォン・ブラウン市がティターンズに制圧されている今、グラナダしか考えられない。

「だが、増援は出せないとグラナダから通達があった。フォン・ブラウンを抑えられている以上、グラナダも迂闊に動けん」

 パイロットたちがざわめいた。代表するように、ロベルトが一歩進み出る。

「つまり、アーガマ一隻で敵のコロニー落としを防げということですか」

 ティターンズのアポロ作戦において、アーガマはかなりの損害を受けた。そのほとんどが、アレキサンドリアから出撃したモビルスーツ隊によるものだった。

「やらねばならん」

 ヘンケンは目を伏せた。アレキサンドリアに損傷はなく、それどころかモビルスーツ隊は精鋭揃いだ。傷だらけのアーガマ一隻でコロニー落としを防げるとは思えない。

 厳しい戦いになる。誰もがそう理解していた。重い沈黙が広がり、クルーたちの表情が曇る。

「グラナダにコロニーが落ちれば、人が何千万人と死ぬことになる」

 アムロの声が、ブリッジに響く。落ち着いた声だ。

「もしもグラナダが潰されれば、エゥーゴは組織としての力を維持できなくなる。……ティターンズの天下だ」

 グラナダはアナハイム・エレクトロニクスの一大拠点だ。その上、今はウォンとブレックスもグラナダに戻っている。言うなれば、負けられない戦いだ。

 ヘンケンが頷いた。

「グラナダに文句を言っても始まらん。今は、やれることをやるだけだ」

 ヘンケンの目配せに応えて、モニターにコロニーの図が表示された。円柱形のコロニーをアーガマから見た丸い正面図と、横から見た長方形の側面図。

「今回の作戦では、アーガマから向かってコロニーの左側部分を狙う。グラナダだが、ここで進路を変えれば、グラナダに当たることはない」

 モニターに映った正面図の左端で、光が点滅する。

「コロニーのベイ部分の左側を砲撃。アーガマの砲撃に加え、百式のメガ・バズーカ・ランチャーも使う。いいな?」

「はい!」

 カツが声を上げて答えた。

「よし。並行して、モビルスーツ隊はコロニーの核パルスエンジンを狙う。砲撃ポイントの対角のエンジンを作動させ、グラナダへの軌道から外すんだ。指揮はアムロ大尉に任せる」

「了解!」

 パイロット達は威勢よく答えた。ヘンケンはそれを見て、視線を窓の外へ移す。

「……アーガマ一隻にこの作戦を任せると言っているんだ、グラナダがどれほどこちらを信頼しているかわかるだろう」

 困ったものだ。内心で、ヘンケンはそうつぶやく。

「コロニーの軌道変更が確認でき次第、各機はアーガマに帰艦。しかるのち、本艦はこの宙域から離脱する。時間との戦いになるぞ」

 アレキサンドリアを相手に撃ち合える余裕は、今のアーガマにはほとんどない。だが、やるしかない。

「やるしかないんだ……」

 最後に、ヘンケンがそうこぼした。

 

 

 

 慌ただしい雰囲気がアーガマに満ちていた。それは保護観察中のサラにも伝わっている。戦いが始まる。それも、グラナダ市民の命が懸かった戦いだ。

 開いたドアの向こう側にいたのは、カツだった。彼はサラを見るなり、とびきりの笑顔を浮かべる。

「や、サラ」

「カツ」

 パイロットスーツを着込んだカツは、いつもより少し大きく見える。彼は着ている物とは別に、もう一つパイロットスーツを脇に抱えていた。

 すでに居住ブロックは回転をやめ、疑似重力の発生を止めている。無重力の空中を、パイロットスーツが滑った。

「ほら、これ。戦闘だからさ」

「ああ、そう……。こんなことをしていていいの? パイロットでしょう?」

「ははは、君の顔が見たかったからさ」

 そう言いつつ、カツはサラと視線を合わせていない。受け取ったパイロットスーツを持ち上げて、サラは首を傾げた。

「あら、これ、パイロット用でしょ? あなたのと同じ……」

「……うん」

 カツの視線は、部屋の床を泳いでいる。不審に思って、サラはカツの顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

 ついに、目が合ってしまった。カツは観念したようにうつむいた。

「……サラには、もしアーガマがやられそうになった時、ハイザックを動かしてアーガマを守って欲しいんだ。みんなは信用してないみたいだけど、僕は信じるよ」

 それはサラにとって、願ってもない提案のはずだった。

「どっ、どうするの?」

「ここのスイッチを押すと、スモークフィルムが下りるんだ。そうしたら顔がわからないから、うまくハイザックに……」

 カツは目を逸らして、ノーマルスーツのヘルメットの側面に手をやる。サラは声を荒げた。

「あなたはどうするの、カツ!」

 彼女のその言葉の後、重い沈黙が流れる。自身も無事では済まない。カツの言葉の裏のその真意を、サラは感じ取っていた。

 二人の視線が交じり合った。サラのつぶらな瞳は、真剣そのものだ。カツは答えた。

「僕は……コロニー落としを止める。それで生き残ったら、今度はアレキサンドリアを追い返すために頑張るさ」

「カツ……」

 サラの細い眉が、悲しそうに歪む。カツは、死を覚悟していた。傷ついたアーガマ一隻では、アレキサンドリアの攻撃をかいくぐりコロニー落としを止めるのは並大抵のことではない。その中で、カツは自身を賭けのチップに差し出すつもりだ。

 まっすぐ見つめてくる彼女の目に、カツは耐えられなかった。

 サラの両腕ごと、カツは抱き締めていた。互いの顔を肩に乗せ、カツはサラの背を抱く。力強い抱擁だった。

「こういう時、守ってやるって言えれば格好いいんだけどね。僕……怖いんだ」

 カツはサラを力強く抱きしめて、目を瞑っていた。抱き締める腕に、力がこもる。

「死ぬのも怖い。それに、似てるんだよ。敵は凄腕ばっかりで、こっちの艦はボロボロで。僕が、父さんを、レコアさんを守れなかった時みたいで」

 サラの背中で、カツの拳が握られた。その手は、彼の声と同様に震えていた。

「だから……嘘なんだ、さっきの。本当は、せめて君だけでも、生き延びて欲しくて……」

「カツ、苦しい」

「あっ、ごめん!」

 カツは急いで両腕を解いた。サラは、そっけなくカツを押し退ける。顔を合わせたくないとでも言いたげにサラは背を向けた。

「……早く行って」

「サラ……」

「行って!」

「……ごめん。ここの鍵、開けておくから」

 何度謝っただろうか。カツは暗い顔で、部屋を出た。

 ドアが閉まる音を聞いて、サラはようやく、カツが出て行ったドアに振り向く。真っ赤に染まった頬が熱い。彼女は自分の胸に手を当てた。早鐘のように打ち続ける心臓が、その鼓動を掌に伝えていた。

 

 

 

 百式は、アーガマのカタパルトデッキに鎮座する大きな砲の後ろに立った。

「遅いよ、カツ!」

「すみません!」

「全く……。モビルスーツ隊、発進よろし!」

 トーレスが叱責するが、それを気にする様子もなく、カツはモニターを見つめる。

「わかってるな、カツ! 本当ならメガ・バズーカ・ランチャーは一発か二発でエネルギーが尽きちまう!」

「それをこのケーブルでアーガマと繋いでるんでしょ?」

「何発も撃てることは撃てるが、連射は効かない。無駄弾を撃つなよ!」

「わかってます!」

 百式はメガ・バズーカ・ランチャーのグリップを握った。メガ・バズーカ・ランチャーはモビルスーツ一機分近くの大きさがある巨大なメガ粒子砲だ。射程と威力はすさまじいものの、エネルギータンク役の随伴機がなければたった一発の発射でエネルギーが尽きてしまう。大きさゆえの取り回しの悪さもあって、メガ・バズーカ・ランチャーはこれまでアーガマでは活躍することなく、格納庫で眠っていた。

 本来ならカタパルトで射出して百式が受け取る形になるのだが、今回は作戦の都合上、外付けの主砲という形を取った。

 デッキにはサラが乗ってきたハイザックが立っている。結局、どかせなかったな。カツは内心でそう呟いた。

 アーガマの左右のカタパルトデッキから、次々にモビルスーツが出撃していく。

 リック・ディアス、マラサイ、ネモ。それらの最後に、アムロが駆るZガンダムがカタパルトデッキに姿を現した。

「カツ、百式は使えそうか?」

「はい、ばっちりです!」

「ならいい。アムロ・レイ、Zガンダム! 出る!」

 ビームライフルを両手で保持し、力強く身をかがめたZガンダムは、カタパルトの加速に合わせてスラスターを噴射した。瞬く間に、Zガンダムの姿は見えなくなる。尾を引くようなZガンダムのスラスターの光が、宇宙に一本の筋を作っていた。

「カツ! 有効射程に入るまで、あと一分を切った! 気を抜くなよ!」

「わかってますよ!」

 

 

 

 コロニーのベイ部分に、ミサイルとメガ粒子砲が撃ち込まれた。光と爆発がコロニーの先端部を染める。しかし、ジャマイカンは冷静だった。

「核パルスをやられん限り、軌道の変更はない。そうだったな」

 ジャマイカンが確認する。キャッチしたのはやはりアーガマ。彼は口髭を撫でた。

「ええ。質量が大きいのですから」

 ブリッジクルーが振り向かずに答える。戦争の趨勢を決めかねない重要な作戦とあって、彼らも緊張していた。

「ふん、ならばいい。本艦は前進。アーガマに攻撃を集中させる」

「敵モビルスーツは母艦の防衛とコロニーへの攻撃にかかりきりで、アレキサンドリアには手が回らんということですな」

 キャプテンシートのガディが立ち上がり、身を乗り出す。彼は窓の外を睨んだまま続ける。

「アーガマも砲火をコロニーに向ける。となれば、アレキサンドリアへの反撃は大したことではない」

「その通りだ、ガディ艦長。それに、アーガマの損傷は激しい」

「戦闘宙域から一刻も早く逃げ出すために、アーガマはコロニー落としの阻止を重視するしかない、か」

 ガディはキャプテンシートに腰を下ろした。戦闘を有利に運びながら、彼の表情は浮かなかった。

「目標、敵艦。全砲門、開け!」

 

 

 

 コロニーに向けて、ミサイルとメガ粒子が放たれた。コロニーの先端部で上がった爆発を見て、ヤザンが叫ぶ。

「光が見えた! 来るぞ!」

 彼のその声には、確かな喜びの色があった。接近してくるアーガマのモビルスーツ隊。その隊列を追い抜き、一機のウェイブライダーがティターンズの眼前に姿を見せた。

 会敵とほとんど同時に、Zガンダムが現れる。ティターンズのモビルスーツ隊のほとんどが、彼に目を奪われた。Zガンダムはウェイブライダー形態のまま、ティターンズのモビルスーツ隊の横をすり抜け、コロニーの核パルスエンジンを目指して突き進む。

「逃すものか!」

 ゲーツのギャプランが反転し、加速する。Zガンダムのスピードに追いつき、背後からメガ粒子砲を連射した。

「いいのか、ヤザン!」

 ジェリドの通信が、ヤザンのバーザムのコクピットに届く。

「構うな。どうせ奴ではアムロは落とせんのだ」

「核パルスエンジンの話だ!」

「こんな戦争のやり方は気に入らん」

 ヤザンはまるで気にしていない。彼のバーザムは滑らかに宇宙を飛び回り、マラサイの胴体にビームを命中させる。

 ジェリドもまた、この作戦は気に入らなかった。しかし、表立って邪魔をするわけにはいかない。彼が動くとすれば、本当に最後の最後、どうしようもなくなってからだった。

「ち……頼むぞ、アムロ!」

 呟いて、ジェリドのMk-Ⅱはビームライフルを構えた。

 

 

 

「右カタパルトデッキ被弾! 使用不能!」

「居住ブロックの火災、止まりません! 隔壁が降りない模様!」

「居住ブロックはB7隔壁を閉鎖! 消火中のクルーは銃座につけ! 対空砲火はアレキサンドリア! それ以外は全てコロニーを狙うんだぞ!」

 ヘンケンは苦い顔で指示を下す。辛い戦闘になることはわかっていたが、このままではアーガマが沈むことになる。アレキサンドリアの砲撃は的確だった。

 ただでさえ攻撃力にやや欠けるアーガマに対し、アレキサンドリアはやや上方の位置をとっている。射角の都合上、主砲も副砲も、メガ粒子砲も使えない。

 砲撃は、やはりコロニーの向きを変えるには力不足だ。ヘンケンは艦の振動によろめきながら叫んだ。

「ええい、百式を出撃させる! 回避運動、急げ!」

「了解! わかったな、カツ! モビルスーツ隊に合流して!」

「はい!」

 アーガマの装甲はボロボロだ。これ以上の戦闘には耐えられない。百式は、メガ・バズーカ・ランチャーから手を離す。バーニアを時折吹かしながら、素早くカタパルトに両足をセットした。

「カツ、百式、出ます!」

「撃ち方やめ! 百式が出る!」

 不規則に動く回避運動中のアーガマのカタパルトから、百式が打ち出された。直後、砲撃が再開される。百式は素早く体勢を立て直すと、ビームライフルを片手に構え、モビルスーツ隊に合流するため、スラスターを全開にした。

「おおお!!」

 百式のビームライフルの連射が、一機のハイザックの足を撃ち抜く。片足を失い、ハイザックは後退した。

「アーガマに手を出させるものか!」

 カツは、コクピットでそう吠えた。

 

 

 

 ギャプランの強みは、その大推力のスラスターだ。強化人間でなければ耐えられない加速によって、Zガンダムのウェイブライダーと距離を詰めていく。

 二つのモビルアーマーが接触するかに見えた瞬間、宇宙空間にビームの粒子が舞った。ビームサーベル同士のぶつかり合いだ。その反動で、二機のモビルスーツは遠ざかる。

 両者は進行方向に頭を向ける形で向かい合った。モビルアーマーからモビルスーツ形態へ姿を変えても、彼らの戦いは止まらない。コロニーの外壁を背にしたZガンダムは、変形によって宙を舞うビームライフルに手を伸ばす。

「ロザミアの仇を討たせてもらう!」

 ギャプランのメガ粒子砲がZガンダムに向いた。それは、変形の質と、武装の違いが生んだ好機だった。斬りかかるギャプランに対し瞬時に変形しつつビームサーベルを抜いたアムロは見事だったが、変形したZガンダムがライフルを構えるには一度体から離れたビームライフルを掴む必要がある。しかしギャプランは、両腕に取り付けられたメガ粒子砲を構えるだけでいい。

 間合いは近い。当てる自信がゲーツにはあった。

 しかし、彼のその勝利の笑みが凍りつく。

「消えた!?」

 ギャプランのメガ粒子砲は、コロニーの外壁に小さな穴を開けただけだった。並走するように浮かぶのは、Zガンダムのビームライフルだけ。ゲーツは全天周囲モニターを見回すが、そのどこにもZガンダムの姿は見られない。

 彼は叫び、ギャプランの姿勢制御バーニアを吹かせる。

「このモビルスーツの弱点を知っていたのか!」

「真下が死角ならば!」

 一瞬の隙を突いてギャプランの真下に回り込んだアムロのZガンダムは、腕部のグレネードランチャーを発射した。

 ギャプランは元々は地上用に設計されたマシンだ。宇宙戦用への換装に際して追加したバーニアの一つは、ギャプランのモニター用カメラに死角を生じさせていた。

 その位置は、真下。即座に逆方向へスラスターを向けることで急減速したZガンダムは、ギャプランの真下を取ることができた。

「うおお!?」

 移動も間に合わず、ギャプランの下半身が吹き飛ぶ。力なく宇宙を漂うギャプランを尻目に、Zガンダムはビームライフルを手に取って、再びウェイブライダー形態へと変形した。

「フォン・ブラウンでの戦いで、そのマシンの死角はわかっていたんだ」

「く……くそおおおっ!!」

 ゲーツはモニターを殴りつけた。

 

 

 

 パイロットスーツを着た小柄な人物が、何事かつぶやいた。その呟きの内容は、ヘルメットの内側でこだまするだけで、他の誰にも届かない。

「そこのお前! 通信を聞いてないのか!?」

 パイロットスーツの人物は、アーガマのモビルスーツデッキを移動していた。ノーマルスーツを着た整備士が通信越しに怒鳴りつけても、その人物は答えない。

「手の空いてるクルーは銃座に回れって……、おっ、おい! 戦闘中だぞ!」

 パイロットスーツは床を蹴って、カタパルトデッキへ出た。アーガマへの攻撃は激しい。そのパイロットスーツの人物も、たった一発の砲撃で宇宙のチリと化す可能性は理解していた。

 もう一度、床を蹴った。その目的地は、カタパルトデッキに係留されたままのハイザックだ。

 スイッチを押して、コクピットを開いた。パイロットスーツの人物は、そのシートに腰を下ろす。

 シートの感触は、馴染むようで馴染まない、不思議な感覚だ。着ているノーマルスーツが、このアーガマに来た時と違うものだからだろうか。

 モニターに灯りがつき、次に宇宙の闇が映される。アーガマの前方では、いくつもの光が激しく動いて、また別の光を放っている。

 ハイザックはカタパルトデッキを歩き出した。

「誰だ、ハイザックに乗ってるの!」

 ブリッジからの通信が、ハイザックに届いた。憔悴したオペレーターの顔がモニターに映る。

「私です! 保護観察中のサラ・ザビアロフです!」

「ええっ!」

 オペレーターが驚き、ヘンケンの方に振り返る。四角いモニターの向こうで、ヘンケンの髭面がオペレーターの肩越しに顔を出した。

「サラ曹長、誰がモビルスーツに乗っていいと言った!」

「メガ・バズーカ・ランチャーを、私のハイザックと一緒に射出してください!」

「バカを言うな! なぜ君を信じる必要がある!」

「カツの百式にメガ・バズーカ・ランチャーを届けられれば、戦況は変わります!」

 サラの口調は真に迫っていた。ハイザックは武装解除済みだし、メガ・バズーカ・ランチャーもハイザックには使えない。

「……いいだろう」

「艦長!」

「ティターンズの士官とはいえ、信じてみる価値は十分ある!」

 ヘンケンはオペレーターの反対を押し切って、命令を下す。

「右舷カタパルト! メガ・バズーカ・ランチャーを射出しろ!」

 戦闘宙域にメガ・バズーカ・ランチャーを射出するのは、とても危険な行為だ。操作の効かないメガ・バズーカ・ランチャーは、敵のいい的になってしまう。

 しかし、随伴機がいるのならば話は別だ。ランチャーの軌道を変えられるからだ。問題は、その随伴機が信用に値するかどうかだった。

 これはヘンケンにとって賭けだった。彼は、以前にティターンズから寝返ってきた女パイロットをサラに重ねてもいた。

 サラのハイザックが、メガ・バズーカ・ランチャーの上にまたがる。レーシングバイクのライダーのように身をかがめ、被弾面積を減らす。もし攻撃があっても、ハイザックのスラスターを使って敵の攻撃をかわせるはずだ。

「サラ曹長! 頼んだぞ!」

「はい!」

 カタパルトの加速に合わせ、ハイザックとメガ・バズーカ・ランチャーのスラスターが火を吹く。想定以上のGにサラは顔を歪める。

「カツ……」

 アーガマから離れたサラはつぶやいた。

 

 

 

 Zガンダムが、モビルスーツ形態へと変形する。両足を前方に突き出し、急減速。ノズル光をたなびかせ、Zガンダムはその視界の中心にコロニーの底面を捉えた。

「核パルスエンジン……これか!」

 大きなすり鉢状のノズルと、それに繋がる大きな直方体の炉心。コロニーをグラナダへと導く核パルスエンジンだ。

 Zガンダムが接近し、その操作盤に手を伸ばす。作業用のモビルスーツが一般化した現代では、モビルスーツの指で操作できるものも多い。

 Zガンダムのスピードに追いつける機体は、アレキサンドリアにはギャプラン以外にはない。したがって、コロニー付近のモビルスーツ隊のアムロへの追撃も、しばらくの間は来ないはずだ。

 いくつかのボタンを押すと、核パルスエンジンのノズルに小さな光が灯った。その小さな光はあっという間に、モビルスーツなど楽々と包み込んでしまえるほどの大きな光の球へと成長する。もし空気があれば、その振動は音という生やさしいものに留まらず、周辺を破壊し尽くしていただろう。アムロがそう推測するほど、核パルスエンジンの噴射は激しかった。

 アムロは全天周囲モニターの隅に、別の光を見た。彼は舌打ちし、操縦桿を倒す。

「まだ来る!」

 振り返ったZガンダム。下半身を失ってなお追い縋るのは、ゲーツのギャプランだった。

 音を立てるほど力強く操縦桿を握り締め、ゲーツは叫ぶ。

「見ていろロザミア!」

「エンジンにも当てさせずにやるしかない!」

 Zガンダムは核パルスエンジンから距離を取る。流れ弾が当たればエンジンが破壊され、コロニーの軌道を逸らすこともできなくなるかもしれない。

 アムロの正確な射撃に対し、ギャプランは激しくシールド・バインダーを動かしながらスラスターの噴射を繰り返す。ゲーツは目まぐるしく変わる慣性に歯を食いしばった。

「うおおおおおお!!」

 彼自身、自分がどこを向いているのかほとんどわからない。全身にかかったGに耐えながら、メガ粒子砲を乱射する。

 その一部は宇宙へと消え、また他の一部はコロニーの外壁を傷つける。エンジンが傷つくのも時間の問題だ。アムロは冷や汗を垂らす一方で、心を落ち着かせるように目を閉じた。

 上、右、下、右、奥、左、右。AMBACと可動式スラスターの高速機動を、彼は感じ取った。

「そこっ!」

 アムロの脳裏に閃光が走り、彼は操縦桿のスイッチを押す。

 放たれたビームは、ギャプランの右肩を捉えていた。

 ギャプランの傷口から爆煙が噴き出す。装甲の下でいくつもの小爆発が起きる中、ゲーツは脱出装置のスイッチに手を伸ばした。

「アムロ・レイ! 貴様は!」

 脱出ポッドが放たれるのとギャプランが爆発するのは、ほとんど同時だった。青い装甲板は内側の爆発の圧力に耐えきれず歪み、黒焦げになった内部を宇宙の冷たい闇に晒している。

 アムロは小さく息をつく。脱出したゲーツ本人を探す気はない。

「ふふふ……もう用済みだよ、アムロ・レイ」

 そう毒づきながら、ヤザンは操縦桿を倒す。狙いはアムロのZガンダム。にい、と口の端を吊り上げた。すでにコロニーの軌道は変わっている。コロニーの外壁へバーザムのビームライフルを構え、引き金を引いた。

「落ちろ!」

 放たれたビームは、外壁を貫通し、ウェイブライダー形態のZガンダムを掠める。

「やはり!」

 廃棄されたコロニーの外壁はボロボロで、モビルスーツの出入りできるサイズの穴もある。ヤザンはアーガマへ帰艦しようとするZに奇襲をかけるため、コロニーの内部にバーザムを潜ませていたのだ。

「よくコロニー落としを止めてくれた!」

「こいつ、あの時のバーザム!」

 ウェイブライダー形態では不利と見て、アムロはZガンダムをモビルスーツ形態に変形させる。遠間から放ったヤザンのビームは当たっていない。Zガンダムもビームライフルを握った。

 外壁に空いた穴から、コロニーの外へ飛び出るバーザム。バーニアやスラスターの光の軌道を追うように、ビームの光が飛び交った。骨身を削る撃ち合いではなく、牽制射の繰り返しだ。決定打の無さに苛立つ一方で、ヤザンはその笑みを深くする。

「それでこそやり甲斐がある!」

 バーザムの動きが変わった。Zガンダムの射撃をかわしつつ、再びコロニーの中へ隠れた。

「逃がすものか!」

 アムロはZガンダムにその後を追わせる。迂闊に背を向けていい相手ではないことは、アムロも理解していた。

 コロニーの内部は、暗い。本来は居住用のスペースコロニーだったここは今、擬似重力のための回転もなく、内側にあった土埃や瓦礫が宙に巻き上げられている。

 アムロは思考を巡らせた。視界の悪さは同じ。しかし、相手はこちらがどの穴からコロニー内部に入るか解っていたはず。この土埃さえ、敵のバーザムが誘い込む前提で巻き上げていたのかもしれない。

 彼はZガンダムを加速させる。その直後、ビームが発射された。宙を舞う土埃と瓦礫を蒸発させ、その光は宇宙へと伸びていった。

 Zガンダムはビームライフルを構える。先ほどの射撃で、位置はほとんど掴んだ。

 記憶と直感に任せた銃口の微調整を済ませ、アムロが引き金を引こうとした、その瞬間だった。

「死ねっ!」

 バーザムが、Zガンダムへと迫っていた。緩やかな渦を描くように接近していたバーザムは、ビームライフルを構えたZガンダムの右側面から襲いかかる。

 もらった。ヤザンは確信した。今からサーベルを抜いても間に合わない。Zガンダムのシールドは左腕にしかない。

 バーザムの右腕が、ビームサーベルを振りかぶる。そしてその右腕は、振りかぶった格好のまま、切り飛ばされた。バーザム頭部の鶏冠状のアンテナも、その中程で切断されている。

「なんだとっ!?」

 Zガンダムが振り抜いているのは、ビームライフル。しかしその銃口からは、ビームサーベルと同じ光刃が伸びていた。

「おおおっ!!」

 返す刀、いや、返す銃が、バーザムの左肩を切り裂いた。両足のスラスターを使い、大きく後退するバーザム。

「ええい、覚えていろ!」

 そう捨て台詞を残し、ヤザンのバーザムは土埃の中へ消えていく。追撃する時間的余裕は、今のアムロにはない。ましてや、第二第三の罠が仕掛けてある可能性もある。

「今はアーガマか……!」

 ヤザンを追っている暇はない。Zガンダムはウェイブライダー形態に変形し、コロニーの出口へと加速した。

 

 

 

「バカな、もう一度だ、もう一度計算しろ!」

「駄目です、少佐! このままでは、コロニーはグラナダへは落ちません!」

「……なんということだ……。このままでは、バスク大佐に申し訳が立たん」

 核パルスエンジンが起動した。モビルスーツ隊の攻撃を掻い潜り、敵のモビルスーツが核パルスエンジンを動かしたのだ。

 先ほどまでヒステリックに騒いでいたジャマイカンも、額に手を当ててシートに座り込む。グラナダへのコロニー落としは失敗した。バスクの怒鳴り声が思い出される。

「……やられましたな」

 苦々しげにガディがつぶやいた。

 ジャマイカンの手は、自身の顔を拭うようにゆっくりと下へ降りていった。眉間に皺を寄せ、彼はまなじりを決した。

「アーガマに攻撃を集中させろ。我々は手ぶらではゼダンの門に帰れんぞ!」

 

 

 

 コロニーの後ろで、何かが光った。事前の通達通りの位置だ。アムロのZガンダムが、核パルスエンジンを起動させたのだ。

 コロニー落とし阻止に全力を傾けたアーガマは、アレキサンドリアの攻撃に晒されている。モビルスーツ隊が援護に向かうのが筋だろうが、あいにくティターンズもそれを許すつもりはない。

 モビルスーツ隊がモビルスーツ隊の足止めをすることでこの戦場は成り立っていたのだ。

「コロニーの軌道修正を確認した! コロニーはグラナダには落ちない!」

 アーガマからの通信が百式に届く。しかしそれを喜ぶ余裕は、カツにはない。当のアーガマですら、艦の至るところに損傷が見受けられた。

 アーガマのやや上方に陣取ったアレキサンドリアは、一方的に攻撃を続けている。

 まだZガンダムは帰ってこない。このままでは、アーガマが墜とされる。それをわかっていながら、カツは敵のバーザムに手こずっていた。

「ええい、こいつ、こいつ!」

 すでに一機のハイザックを撃墜した百式のビームライフルはエネルギー残量も心許ない有様だ。

「え!?」

 カツはただ一人、そうつぶやく。敵との対決の最中、聞こえるはずのない声が聞こえたのだ。

「カツ! カツっ!!」

 百式に通信が届く。それは後方からの、サラの声だった。

「サラ?」

「カツ、受け取って!」

 近づいてきた「それ」に、バーザムは目を奪われる。明らかにアーガマの方向からやってきたのは、ティターンズカラーのハイザックだった。敵か、味方か。その隙を、カツは見逃さなかった。

 胴体の中央を撃ち抜かれ、バーザムは沈黙する。全身に火花が走ったかと思うと、その群青色の機体は爆発を残して消えていった。

 カツの百式は、戦場の中心から離れていく。飛んでいくメガ・バズーカ・ランチャーを追いかけるためだ。百式の手がランチャーのステップアームを掴んだ。

「サラ……なんでここに!」

「カツ! これ、メガ・バズーカ・ランチャー!」

「どうして!」

「早く撃って! アーガマの人たちからの命令よ!」

 有無を言わせぬサラの口調に、カツは急き立てられた。

「わ、わかった!」

 いずれにせよ、このままではアーガマは持たない。アレキサンドリアに大打撃を与える方法は、今はこれしかない。

 慣性を打ち消さず、一機のランチャーと二機のモビルスーツが宇宙を滑る。百式がグリップを握りしめ、ステップアームに足をかけた。照準システムが起動し、いくつもの円と、その中心のアレキサンドリアがメインモニターに映った。

 バイザーのガラス面に、モニターの光が反射する。カツの視界の隅で、モビルスーツ戦が繰り広げられている。カツは唾を飲み込んだ。

 狙いはアレキサンドリア。命中すれば、沈められはしなくとも大打撃を与えられるはずだ。

 エネルギーの収束は終わっている。あとは、引き金を引くだけだ。

 呼吸が荒くなる。たった一発。カツの人生で、最も重い引き金だった。

「当たれーっ!」

 カツは指に力を込め、叫んだ。メガ・バズーカ・ランチャーの砲口から、メガ粒子が溢れ出す。

 

 

 

「うおおおお!?」

 アレキサンドリアが揺れる。ジャマイカンが叫んだ。

「なっ、何事だ!」

「強化ランチャーによる攻撃です! 右下方から!」

 観測士の返答に、ジャマイカンはますます眉間の皺を深くする。

「ええい、なぜ撃たれるまで気づけんのだ! 損傷を報告しろ!」

「Kブロックが破壊されました。それから、機関部に損傷あり! エンジン出力、五十パーセントを下回る計算です!」

「ぬう……!」

 苦々しげに唸ったジャマイカンに、ガディが進言した。

「撤退するべきです、少佐」

「馬鹿を言うな!」

「このまま戦ってはゼダンの門へ帰れません!」

「コロニー落としに失敗し、アーガマも落とせんでは、それこそゼダンの門には帰れん!」

「しかし損傷は甚大です」

 ガディはジャマイカンを前にして一歩も引かなかった。しばし睨み合った末、ジャマイカンは自身のシートへ着席する。

「アーガマへの攻撃を続ける! ミサイルをありったけぶち込んでやれ!」

「少佐!」

 身を乗り出したガディに、ジャマイカンは一瞥もくれず答える。

「あの手の強化ランチャーは一発きりだ。何発も撃てるものなら、もっと有効に活用している」

 だからこそ、彼は強化ランチャーの発射点へモビルスーツを差し向けなかったのだ。ジャマイカンの読みは、半分だけ当たっていた。

 ほどなくして、もう一度アレキサンドリアが揺れた。

 ジャマイカンは苦虫を噛み潰したような顔で、肘掛けに拳を叩きつける。

「……先ほどの強化ランチャーと同じものかと」

「……わかった。撤退だ」

 ガディの一言を受け、ジャマイカンは撤退の指示を下した。

 

 

 

「やったわ、カツ! 二発目も命中よ!」

「よかった……」

 ほっと息を吐き、カツは操縦桿から手を離した。一発ごとに、彼の疲労は色濃くなっている。背中をシートに預けながら、彼は訊いた。

「サラ、ハイザックのエネルギーは?」

「いけるわ、もう一発くらいなら」

 カツの手が、操縦桿に伸びる。

「よし……。ここでアレキサンドリアを……!」

 その瞬間、カツとサラの脳裏に閃光が走った。予感というにはあまりに現実味を帯びたそれに、カツは歯を食い縛る。

 牽制のビームライフルに押されて、カツの百式はサラを連れてメガ・バズーカ・ランチャーから離れた。ビームの発射点に目をやれば、やはり、そこに予感の正体がいた。

 黒いガンダム。ニュータイプの勘が、パイロットの正体を告げている。カツは彼の名を呼んだ。

「ジェリド!」

「サラ! その金色から離れろ!」

 Mk-Ⅱの高い機動性を活かし、ジェリドはカツを翻弄する。メガ・バズーカ・ランチャーのためにビームライフルを捨ててしまった百式に取っては辛い相手だ。

 しかし、ジェリドのその指示にもサラは答えない。焦れたジェリドは、放置されたメガ・バズーカ・ランチャーに目をやった。

 百式を追い立てた一瞬、ジェリドのMk-Ⅱがメガ・バズーカ・ランチャーを百式めがけて蹴飛ばした。即座にビームライフルを構え、メガ・バズーカ・ランチャーに二連射。

 カツはメガ・バズーカ・ランチャーとの激突を避け、咄嗟に百式の身を翻す。しかし、そのジェネレーターをビームによって傷つけられたメガ・バズーカ・ランチャーは、大爆発を引き起こした。

「うわっ!」

 爆発の衝撃を受け、カツの百式は体勢を崩している。宇宙空間で虚しく回転する百式に、ジェリドは狙いを定めた。

「なんだと!?」

 ジェリドは驚愕する。射線上に割り込んだのは、緑のハイザック。機体の識別信号もニュータイプの勘も、彼女がサラ・ザビアロフであることを裏付けている。

「どけ! サラ曹長!」

 両手を広げて百式の前に立ったハイザックは、ジェリドを睨みつけたまま動かない。一方のジェリドも、この状況を前にして呆然としていた。

「うおおお!」

 体勢を立て直した百式が、Mk-Ⅱに食いついた。雄叫びを上げ、カツはビームサーベルを振り上げる。ジェリドがライフルを構えたままビームサーベルに手を伸ばしたところで、Mk-Ⅱのビームライフルが斬り裂かれた。

「やる気か、坊主!」

「サラをやらせるものか!」

 二本のビームサーベルが衝突した。勢いに乗った百式の攻撃を前に、Mk-Ⅱは押されていた。ビームライフルの残骸を手放しつつ、スラスターを使って後退する。しかし百式はそれを知っているかのように距離を詰める。互いに両手でビームサーベルを構え、激しく刃をぶつけ合う。

 カツの感覚は冴え渡っていた。最大の威力が出る間合いとフォームを確実に選択し、Mk-Ⅱの牙城を崩す。攻撃に耐えかねて、Mk-Ⅱは百式と距離を取る。

 後退と同時に、ジェリドは二本目のビームサーベルのジョイントを外した。慣性に従って機体の前方に流れるサーベルの発振器を、Mk-Ⅱのマニピュレータが掴む。

 まさに抜く手も見せない高速抜刀。袈裟懸けに振り下ろされた百式のサーベルを防ぎつつ、掴んだ二本目のビームサーベルで、百式の首を狙う。

 サーベルのビーム刃が形成される瞬間、手首関節のパーツが焼き切られた。二本目のサーベルを抜いていたのは、Mk-Ⅱだけではない。百式は、逆手に握ったサーベルを振り上げてジェリドの奇襲を破った。

 Mk-Ⅱの左腕を切り裂かれ、ジェリドの表情が驚愕に歪む。

「おおおおお!」

 カツが雄叫びを上げる。ビームサーベルの二刀流が次々にMk-Ⅱを攻め立てる。接触したサーベルがメガ粒子を散らし、シールドの耐ビームコート面を削る。

「バカな、こいつ……!」

「わああっ!!」

 百式の突き出したビームサーベルが、Mk-Ⅱの左肩を貫いた。溶け落ちた装甲の隙間から火花が散り、左の二の腕が宙に舞った。

 歯を剥きだし、顔を顰めるジェリド。追撃を狙うカツだったが、彼のモニターに光が映る。

「撤退信号!」

 アーガマは、沈んでいないことが不思議なほどの損傷を受けていた。撤退するチャンスは、アレキサンドリアがメガ・バズーカ・ランチャーにより沈黙している今しかない。少しでもまごつけば、応急修理を済ませたアレキサンドリアの砲撃でアーガマは沈められてしまう。

 しかし、あと少しでジェリドを墜とすことができる。カツは小さく唸って、操縦桿を引いた。

「サラ! アーガマに戻る! この宙域から引き上げるんだ!」

「わ、わかった!」

 帰艦を決めたカツの動きは鮮やかだった。ほとんどエネルギーが残っていないサラのハイザックを庇いつつ、隙を見せず速やかに帰艦する。

「サラが寝返ったか……!? くそっ!」

 ジェリドは、拳をモニターに叩きつけた。しばらく黙ったままうなだれた彼は、体重を背もたれに預け、天を仰いだ。

「……エマ……」

 それは偶然の一致に過ぎない。しかし、エマを殺した瞬間のその記憶は、強く、深く、ジェリドの心に焼き付いていた。

 

 

 


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