主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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アムロ特攻

 

「信号弾……?」

 リック・ディアスのコクピットのロベルトが振り返った。デブリ帯の中で、赤い光が輝いている。その信号弾が示すものは、アーガマへの集結命令だ。

 デブリ帯に逃げ込んだアレキサンドリアを見つけ出すために、アーガマはモビルスーツ隊を放った。そのモビルスーツ隊を呼び戻すということは、当初の狙いとは逆にアーガマが敵のモビルスーツ隊に捕捉されてしまったことを意味する。

 ネモのパイロットが心配そうに接触通信を繋いだ。

「ロベルト中尉、あの信号弾は」

「わかってる。……敵に先手を取られたな」

 アーガマに敵機が攻撃をかけようとしているか、またはその真っ最中かのどちらかだ。ロベルトは舌打ちした。

「隠れんぼは、アレキサンドリアに負けたわけだ。行くぞ!」

 そうつぶやいたロベルトは、リック・ディアスにハンドサインを出させる。彼の隊は、アーガマへ向けて加速した。

「貴様はお呼びじゃないんだよ!」

 やってきたロベルトの隊を迎えたのは、ヤザンのバーザムだ。アーガマを取り囲み攻撃するモビルスーツ達の背中を撃つことも叶わず、ロベルト達はヤザンの隊に追い回された。ヤザンのバーザムが装備するフェダーインライフルは、当たれば致命傷になる威力だ。

「なめるなよ!」

 ロベルトの隊が散開し、フェダーインライフルのビームが空を切る。その隙に一気に加速したロベルトのリック・ディアスは、クレイ・バズーカを撃ち返した。

 その散弾はヤザンの部下のハイザックに命中する。怯んだハイザックを頭部のバルカン・ファランクスで牽制しつつ、リック・ディアスはビームサーベルを抜く。ハイザックにとどめを刺すつもりだ。

 だが、間合いに入る寸前、リック・ディアスは宙返りするようにスラスターを使って距離を取った。直後に、ヤザンのフェダーインライフルからビームが発射される。もしそのまま切り掛かっていれば、ロベルトは撃墜されていただろう。

「よく見たな、リック・ディアスとやらのパイロット!」

 ヤザンが楽しそうに笑った。後退したロベルトに、マラサイのパイロットが通信を繋げる。

「ロベルト中尉! アムロさんを待つべきだ!」

「バカを言うな、アーガマが沈んだらどうする!」

 敵に隙をみせまいと、ロベルトはクレイ・バズーカを撃ち続ける。散弾の広い攻撃範囲は、ヤザン達を近づけさせなかった。

 直後、アーガマからの砲火がヤザンの部下を襲う。すでに散弾を食らっていたハイザックが火を吹き、爆発した。散弾でリック・ディアスが敵との距離を取ったことで同士討ちの心配がなくなり、アーガマがより効果的な砲撃ができたのだ。

「よくも!」

 ヤザンはロベルトのリック・ディアスにライフルを向けた。しかし、マラサイ乗りが彼に切り掛かる。

「貴様ーっ!」

「ぬおおっ!?」

 すぐさまフェダーインライフルのストックからビームの刃が形成される。かろうじてマラサイのサーベルをかわしたヤザンのバーザムは、わずかに後退しつつ両手でライフルを掴み、後部の光刃を武器に振り回した。長い銃身のフェダーインライフルをそのまま長いリーチを持った槍に見立て、次々にマラサイを攻め立てる。

 マラサイはバーザムの二段突きをサーベルでいなし、とどめとばかりに繰り出された切り払いを身をかがめてかわした。すぐさまマラサイは距離を詰める。至近距離ならば、ライフルの後端のサーベルは使い物にならない。

「墜ちろ!」

「甘いんだよ!」

 ライフルを短く持ち替えることもなく、ヤザンのバーザムは左手をライフルから離した。ライフルを持つ右手の前腕部から、ビームサーベルを抜く。

 その高温の刃は、マラサイの両腕を切り裂いた。マラサイのパイロットは目を見開き、バーニアを使って距離を取る。

「逃さん!」

「ぐああああっ!」

 突き出されたフェダーインライフルのビームサーベルが、マラサイの頭部を貫く。赤い装甲が溶け、頭部だった部位が火花を散らす。

 バーザムはフェダーインライフルをくるりと回し、銃として構え直した。

「とどめっ!」

 ターゲットサイトにマラサイを捉えたバーザムの目と鼻の先を、遠方からのビームが通り過ぎる。その光を視界に映して、ヤザンは笑った。

「来たなガンダム! アムロ・レイ!」

「アムロさん!」

 ウェイブライダーから変形した白いガンダム。Zガンダムはハイパーメガランチャーを構えた。長い銃身を両手で支え、その銃口をバーザムへ向ける。

「下がれ! カラバから来たお前まで死ぬことはない!」

 マラサイのパイロットにそう告げると、アムロは引き金を引いた。長大な有効射程が、ロベルトと渡り合っていた一機のバーザムを捉えた。胴体を撃ち抜かれたそのバーザムは、パイロットが断末魔を残す間もなく爆散した。

 ヤザンのバーザムと睨み合いながら、アムロは感じるはずの気配がないことに気づいた。

「カツはどこだ? いないのか!?」

 アムロは周囲を見回す。金色のモビルスーツの姿はない。代わりに彼の目に入ったのは、エンブレムをエゥーゴのものに書き換えられたハイザックだった。そのハイザックはティターンズのモビルスーツの陣形に加わっている。

「サラは無事というのか? なら、カツは……!」

 アムロは視線をハイザックに向けた。帰ってこないカツの百式。彼と共にいたはずのサラはティターンズのモビルスーツとともにいる。アムロは喉の奥が熱くなった。

「カツを殺したのか、貴様ら!」

 ハイパー・バズーカの弾倉が外され、宙に浮かぶ。

「よし! スラスターを潰した!」

 ジェリドの歓喜の声が上がる。彼のハイパー・バズーカの砲撃は、アーガマのメインスラスターのうちの一つを破壊していた。これでアーガマはアレキサンドリアに追いつくことはできなくなるはずだ。

 Mk-Ⅱはシールドの前部から信号弾を発射した。その光の色は、撤退命令を意味している。すでに目的は達成した。モビルスーツ隊の数で負けているジェリド達に長居するメリットはない。

「おい、ジェリド!」

「わかっている! このプレッシャー、アムロだろう!」

 カクリコンに急かされ、ジェリドのMk-Ⅱはアーガマに背を向け加速した。ジェリドは自分の感じるプレッシャーに背筋を凍らせながら、ペダルを強く踏み込んだ。

 エリート部隊のティターンズの中でも、アレキサンドリアのパイロットは精鋭揃いだ。撤退命令を確認した彼らは、素早く、しかし互いに援護し合いながら撤退する。

「くっ……逃したか!」

 ロベルトは歯噛みする。敵は六機ほどだが、リック・ディアスやマラサイの足ではバーザムには追いつけない。追いつけるとすればZガンダムだけだが、一機だけで追撃に出ることなど考えられない。

 加速したMk-Ⅱが、サラのハイザックの手を取る。この戦場においてハイザックは足が遅いモビルスーツに分類される。ハイザックの機動力では、撤退の足並みが揃わないのだ。

 ジェリドが叱責した。

「サラ曹長! スラスターの向きを整えろ!」

「ジェリド大尉、後ろ!」

「何を……!」

 眉をひそめたジェリドを、背後からの強いプレッシャーが襲った。見もせずにそのプレッシャーへとバズーカを撃って牽制し、サラのハイザックを進行方向へ引き寄せ、蹴り飛ばす。表情を引き締め、ジェリドはプレッシャーの方へ振り返った。

「一機で勝てると思うか、アムロ!」

 ジェリドの視線の先にいたのはウェイブライダー形態のZガンダム。アムロはたった一人で、ジェリド達の追撃に出たのだ。

 ハイパーメガランチャーがビームを撃ち出した。有効射程の限界からの射撃はシールドに掠めただけだったが、シールドは深く抉れ、その威力を物語る。直撃ならば、間違いなくシールドごと撃ち抜かれていただろう。ジェリドは舌打ちして、バズーカを構えた。

「よくもカツを!」

 加速したウェイブライダーはMk-Ⅱを追い越してモビルスーツ形態へと変形する。ハイパーメガランチャーの銃口は、ジェリドのMk-Ⅱに向いていた。

「サラが寝返った……いや、元々スパイだったというんだろう!」

「サラ曹長はティターンズだ!」

 身を捩ってその射線から逃れるジェリド。しかし、続けざまにZガンダムの前腕部からグレネードが発射された。

 突き出したシールドで直撃は避けたものの、爆発の衝撃で体勢を崩してしまう。追撃を加えようとするZガンダムへ、新手のビームが迫った。

「何をしている、ジェリド!」

 その声の主はヤザンだった。Zガンダムを狙ったフェダーインライフルのビームだったが、アムロにはかわされていた。

「二対一だ、アムロ・レイ!」

「邪魔をするな!」

 ハイパーメガランチャーのビームがバーザムの左肩に掠めた。ヤザンは構わずフェダーインライフルの狙いを定める。

「速い!」

 ヤザンは驚愕した。彼がそう感じたのはZガンダムの推力だけでなく、ハイパーメガランチャーの重量すらも活かした緩急の効いた回避運動故だった。

 Zガンダムはバーザムへと接近した。追いかけるジェリドのMk-Ⅱと待ち受けるバーザム、挟み撃ちの形だ。ジェリドたちが有利なはずだった。

 慣性に置いていかれるようにだらりと下がったメガランチャーの銃口は、ジェリドへ向いていた。ビームが放たれる。バズーカを構えたMk-Ⅱへの牽制射だ。ジェリドは射撃を諦め回避に専念する。

「後ろにも目がついているというのか、あいつは!」

 Zはヤザンのバーザムに追いつくと、背中へ回していたメガランチャーを、力一杯に横薙ぎに振り抜いた。銃口からはビーム刃。ロング・ビームサーベルと呼ばれる、銃剣形態だ。

「見切ってるんだよ、その手は!」

 ヤザンが吠えた。以前の戦闘で、Zガンダムの射撃武器が銃口からビームサーベルを形成できることはわかっていた。両手で構えたフェダーインライフルのストックからビームサーベルの刃を生やし、バーザムはロング・ビームサーベルを跳ね返す。

 だが次の瞬間、ヤザンが目を剥いた。

「なに! 左腕のパワーが!」

 バーザムの左肩から火花が噴き出す。先ほどメガランチャーのビームが掠めた左肩だ。左腕は麻痺したように宇宙に浮かび、肩の動きに引かれるばかりだ。大質量のメガランチャーによる一撃は、すでにダメージがあったバーザムの左腕を無力化したのだ。

 次にアムロが狙ったのは、武器を握るバーザムの右手だった。フェダーインライフルの長い銃身を両足で挟むように蹴り飛ばし、右の後ろ回し蹴りをバーザムの胴体に打ち込んだ。コクピットのヤザンは揺れにうめいた。

「おおおっ!?」

 蹴りの反動で向きを変えたZガンダムは、背中越しにメガランチャーを左手に持ち替えつつ、自機を挟むMk-Ⅱとバーザムの両方に対して半身に構えた。右をバーザム、左をMk-Ⅱに押さえられているというのに、躊躇も恐れもない。

 ジェリドの目が捉えたのは、メガランチャーのロング・ビームサーベル。バズーカを構えるMk-Ⅱの右肩への突きだ。ジェリドは左へ体を滑らせて躱し、顔を青ざめさせた。

「バカな!」

 アムロのZガンダムは、突きの動作の最中にメガランチャーから手を離していたのだ。左手一本でメガランチャーを放り投げ、その手でビームサーベルを腰から抜き、発振したビームの刃を振り上げる。ロング・ビームサーベルの攻撃でジェリドの動きを制限したアムロは、見事にMk-Ⅱの左腕を切り落とした。

「腕は二本あるんだっ!」

「なめるなっ!」

 ヤザンは使い物にならなくなったバーザムの左腕からサーベルを引き抜いた。ジェリドもスピードを緩めない。バズーカを手放し、右手でバックパックからサーベルを抜く。

 左右から斬りかかる二機のモビルスーツと、それを操る二人のエースパイロット。二本のビームサーベルは、同じく二本のビームサーベルに受け止められた。

「二体同時に!?」

「エゥーゴのガンダムがここまでできるか!」

「うおおおおっ!」

 足刀を使った横蹴りがバーザムの胴体に突き刺さる。その隙を突こうと、ジェリドはさらにサーベルを振り下ろした。

 そのビームサーベルは、Zガンダムのシールドにいなされる。同時に手足とバーニアを用いて半回転したZガンダムは勢いもそのままに、攻撃を躱され体勢が流れたMk-Ⅱの頭部と後退するバーザムの膝を切り裂いた。

 半壊したMk-Ⅱの頭部からスパークが散る。片足までも失ったバーザムも、揺れる体を立て直した。

「しっかりしろ! ジェリド!」

 カクリコンのMk-Ⅱが戦線に加わった。遠距離からZガンダムにビームライフルを連射する。

「三対一か……!」

 カクリコンのMk-Ⅱには損傷はない。一方のZガンダムは、損傷こそないが銃の類をほとんど失ってしまった。ヤザンもジェリドも、まだ闘志は残っている。

 アムロは舌打ちした。

「すまん、カツ……ハヤト……!」

 変形して去っていくZガンダム。ジェリド達には、その背中へ射撃を浴びせるだけの元気は残っていなかった。ぼんやりとそのスラスターの光を見つめ、力なく呼吸を繰り返す。ぽつりとヤザンがこぼした。

「なんだというのだ、あれは……」

 機体の性能差もある。だが、自分と自分に匹敵する腕前のパイロットの二人がかりでも押されるほどの相手がいたことに、彼は呆然としていた。

「早く戻るぞ。もたついていたら、アーガマがまた動き出すんだ」

「わかっている!」

 カクリコンに急かされて、ジェリドとヤザンはモビルスーツの操縦桿を引いた。

 Zガンダムは追いかけてこない。本当に撤退したようだ。

「くそっ!」

 ヤザンが悪態をついた。ようやく我に返った彼は、この無様な戦闘を思い出したのだ。だが悪態の一方で、彼は戦闘を冷静に分析してもいた。

 Zガンダムの強さはもう十分に認識した。バーザムのままでは勝てない。たとえ互角のモビルスーツに乗っても、Zガンダムに勝つことは難しいだろう。ヤザンにとってそれほどの実力差を感じさせる相手は初めてだったが、彼を満たすものは高揚感だった。

「次はこうは行かんぞ。新型のモビルスーツを手に入れて、グリプスから部下も連れてくる! ふふふ、面白くなってきた!」

「新型か……」

 ヤザンの言葉を聞きながら、ジェリドはぼんやりとつぶやいた。

 今のままではアムロには勝てないだろう。もちろん一対一だけが戦争ではないが、アムロの足止めすらできないとなると自軍の被害は大きくなる。アレキサンドリアの光が、彼を迎えていた。

 

 

 

 中破した百式が、格納庫に繋がれる。そのコクピットから飛び出した小柄なパイロットは、無重力を泳ぐ中でも、ふらついているように見えた。

「カツ!」

 その名を呼び、アムロが少年の肩を掴んだ。

「アムロさん。僕は……」

 苦虫を噛み潰したような顔で、カツはそう口にした。憔悴しきった彼の顔は怯えているようにも見えた。カツの言葉を遮って、アムロが言った。

「いいんだ、カツ。生きているなら」

 肩を掴むアムロの手にも力がこもる。アムロの後ろから、ロベルトが心配そうに見守っている。二人に連れられて、カツはアーガマのブリッジへ向かった。

 待っていたヘンケンの顔は、決して穏やかではなかった。

「サラ曹長が寝返ったというのだな?」

「はい。サラを逃してしまいました。油断しなければ、きっと彼女がティターンズに行くこともなかった」

 カツはこの数ヶ月で内罰的な傾向が強くなった。アムロはそれが、自分のせいでもあると感じていた。ロベルトが口を出す。

「忘れろ、カツ。お前のせいじゃない。もともと彼女は敵だったんだ。一度はアーガマを救ってくれたから信頼したのだがな」

「……そうですね。ロベルト中尉の言う通りです。もし戦場で会ったら、その時は敵同士だ」

 口ではそう言っていても、カツの内心は揺れていた。あのサラが、本当に自分たちを捨てたのか。共にいた期間はほんのわずかではあるが、サラとは心を通わせたつもりだった。

「カツ……」

 暗い雰囲気を、ヘンケンの声が破った。

「まあ、そう気に病んでばかりもいられん。今回の戦闘で、我々はアレキサンドリアを見失った。よってこれ以上の追撃任務は不可能だ」

「では艦長。我々は……」

「ああ。ようやく月に戻ることになる。心配はいらんぞ、コロニー落としを防いだ時点で、アーガマはエゥーゴの英雄だ。出資者も文句は言えんだろう」

 任務は失敗したにも関わらず、ヘンケンは嬉しそうだ。ティターンズのアポロ作戦からコロニー落としまで、グラナダに戻ることはできていなかったのだ。

 ラビアンローズでの補給と整備もしょせん応急的なもので、その疲労を完全に取り除くことはできていない。出資者による無茶な命令が続いたからだ。激戦に激戦を重ねたアーガマのクルーは疲弊し、艦にも本格的な整備と補給が必要だ。

 もちろん、アレキサンドリアを拿捕してコロニー落とし計画の証拠を白日の元に晒せば戦況は有利に傾いただろう。しかし、部下を休ませることも艦長の仕事だ。

 思いつめた様子のカツの視線が、ふと止まった。傷ついた百式を睨んで、彼は歯を食いしばる。

「……ジェリド。サラにこの任務を命じたのはジェリドなんだ」

 サラの直属の上官はジェリド・メサ。ジェリドのモビルスーツを見て、サラはティターンズへ戻った。アーガマへの潜入命令を出した張本人はジェリドに違いない。

 アムロはカツの様子を、黙って見守っていた。彼の感じたジェリドという男は、果たして部下にこのような危険な命令を下すだろうか。

 だが、カツの苦しみも本物だった。心惹かれた女は、敵のパイロットだった。多少の違いはあれど、アムロが一年戦争の頃のことを思い出すには十分だった。

「今はよく休め。おそらくアーガマは月に戻れるだろうが、休めるうちに休むのもパイロットの仕事だ」

 アムロはそう言ってカツを居住ブロックへ送り出した。

「はい……失礼します」

 ややふらつく足取りで、カツはブリッジを後にする。ショックだっただろう。だからこそ、カツの甘えを許せない今のエゥーゴの状況がアムロは情けなかった。

 カツがいなくなって、ロベルトが腕組みした。

「サラは何を考えているのでしょうな。もし本当にティターンズに寝返っているなら、カツにとどめを刺せたはずだ」

「俺の時のようなことを、カツにまで味わってほしくない」

「……ララァ・スンのことですか?」

「ロベルト……。そうか、シャアの」

 聞き返したアムロに、ロベルトは深く頷いた。

「はい、その場には私はいませんでしたが。……大尉からも伺いました」

 ロベルトもアムロがララァと心を通わせ、彼自身の手でララァの命を奪ったことは知っていた。

「ララァを殺した時の苦しみは……」

「いいんだ、アムロ大尉」

 アムロの言葉をヘンケンが遮った。それ以上言葉にする必要はない。ただアムロが傷つくだけだ。心を通わせた相手と戦い、殺す。その悲劇を、アムロは避けたかった。

「だから俺が、サラ・ザビアロフを殺す」

 アムロの静かな声に躊躇いはなかった。ヘンケンもロベルトも、口を挟めなかった。

 

 

 

 平手打ちの音が、尋問室に響いた。受け身も取れず、少女の体が床に転がる。肌着姿の彼女は、後ろ手に手錠をかけられていた。大柄な軍人の手が、彼女の髪を掴んだ。その男は少女の細くしなやかな頭髪を指に絡ませ、力任せに引きずり起こす。

「いいかげんに白状しろ、サラ曹長」

 力なく立ち上がった少女は、その声の主へ顔を上げる。彼女の視線の先の椅子に座っているのは、ジャマイカンだった。

「……わたしには……心当たりはありません」

 息も絶え絶えな様子で、サラは答える。口の中を切ったのか唇の端からは赤い血が垂れ、トレードマークの髪留めも取れている。乱れた髪を軍人に掴まれ、吊り下げられているような状態だ。ジャマイカンが顎をしゃくった。

 軍人の拳が、サラのみぞおちに打ち込まれた。痛みに目を見開き、そして彼女は崩れ落ちる。サラは呼吸もできず悶えるばかりだ。

 彼女の体に影が落ちる。ジャマイカンが椅子を立ち、サラのすぐそばまで近づいたのだ。

「貴様がアーガマにいた理由は見当がつく。シロッコの差金で、エゥーゴに私のコロニー落としの情報を流して邪魔をしたのだろう」

 サラは、下着の上にインナーの白いTシャツを着ているだけだ。体を庇おうとしたのか、その両腕には痣ができていた。

「答えろ! 裏切り者めが!」

 ジャマイカンはサラの体を踏みつけた。白いTシャツに靴底の跡が付く。つま先で脇腹を蹴ると、サラはくぐもったうめき声を漏らした。

 何度か蹴りつけると、ジャマイカンの息はすっかり上がってしまった。彼は少し呼吸を整えて、今度はサラの髪に手を伸ばす。髪を掴まれる痛みに耐えかね、力なくサラが立ち上がった。両足は震え、ジャマイカンを見返す目もうつろだ。

「ここは宇宙だ。貴様一人を宇宙に投げ出してチリにするなど、簡単にできることだ」

 これは脅しではない。事実として、ゼダンの門へ戻る途中のアレキサンドリアに随伴艦はない。ジャマイカンの指示があれば、サラなどはじめから拾わなかったことにしてしまえる。

「それでもシロッコに忠誠を誓うというのか?」

「……私は……フォン・ブラウン周辺の哨戒任務中に、アーガマの……モビルスーツ隊と交戦し……」

 サラの頬を平手打ちが襲う。床に倒れこんだ彼女の胴体を荒い呼吸が揺らす。ジャマイカンは咳払いをして、大柄な軍人に命じた。

「この娘を艦外整備班に渡せ。宇宙に捨てれば死体も残るまい」

「はっ!」

 命令された軍人は、サラを肩に担ぎ上げた。ぐったりしたサラはなんの反応も示さない。

 男が一人、尋問室のドアを開けて入ってきた。

「お待ちください、少佐」

「ジェリド大尉か。何の用だ。コロニー落としの失敗は貴様の責任でもあるのだぞ」

 お言葉ですが、と前置きしてからジェリドが反論した。

「そいつがシロッコの手駒というのは不自然です。もしサラがシロッコの手駒だとして、アーガマから無事に脱出できる保証もないのに、ジャマイカン少佐の邪魔をするためだけに大事な手駒を使うでしょうか」

「この小娘を信用しろというのだな? 貴様がシロッコの下で奴の三人娘の隊長をやっていたというのは有名だぞ」

「どんな考え方をしたってこいつの状況は不自然です。だいたいシロッコの命令でコロニー落としの情報を流したとすれば、シロッコはいったい誰からコロニー落としの情報を聞いたんです?」

 その質問に、ジャマイカンは答えられなかった。シロッコを蹴落とすためには、サラを殺すだけでは焼け石に水だという意見には一理ある。ジャマイカンの声に苛立ちが混じる。

「だからシロッコの手駒は一人ずつ減らしていくと言っている。サラが犯人でないにしろ、その内通者を暴くには……」

「サラ曹長がアーガマの位置を教えてくれなければ、アレキサンドリアは沈んでいた」

 ジェリドは、ジャマイカンの言葉を遮って言った。

「……ふん。どうだかな」

「はっきり言いますがね、サラ曹長は自分の部下です。利敵行為なんてくだらんことをするような奴じゃないんですよ」

 サラがうめき声を上げた。彼女を担いでいる大柄な軍人は微動だにせずジャマイカンを見ている。

「貴様とシロッコに恩を着せるのは悪くないが……もしこのガキが何か起こせば、責任を取ってもらうぞ」

「ええ。それでは、こいつを医務室へ」

 大柄な軍人は、乱暴にサラをジェリドへ寄越した。ジェリドがサラを横抱きにすると、力なく彼女の腕がぶら下がる。

「勝手にするがいいさ」

 ジャマイカンはそう捨て台詞を吐き、ジェリドを追い出すように手を振る。言われるまでも無い、とでも言うように、ジェリドはジャマイカンに背を向けて部屋のドアへ向かった。

 サラは朦朧とした意識でジェリドを見上げる。彼の表情は、逆光に隠れてしまっていた。

 

 

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