主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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サイド2の危機

 

 宇宙空間に浮かぶ、小惑星。円盤に円錐を取り付けたような奇妙な形のそれは、ゼダンの門と呼ばれる宇宙要塞だ。

 ゼダンの門はかつて、ア・バオア・クーと呼ばれたジオン公国軍の軍事拠点だった。元々は資源採掘用にラグランジュ・ポイントへ移動させられた小惑星だったが、一年戦争の際にジオン公国の手で宇宙要塞へと作り替えられた。今では一年戦争に勝利した連邦に接収され、コンペイトウ、グリプスとともにティターンズの宇宙支配の要を担っている。

「何をやっておるかっ!!」

 部屋に入ったジャマイカンは、その怒鳴り声に身をすくめた。

「一年や二年の減俸処分で済むと思うな、ジャマイカン! どれだけ私の顔に泥を塗るつもりだ!」

 鼻息荒くバスクは席を立っている。司令室の机に打ちつけられた拳は固く握られていた。

「は……はっ! 申し訳ありません!」

 頭を下げるジャマイカンだが、バスクの怒りは収まらない。

「貴様の無能が原因でシロッコがのさばっているのだぞ! あの木星帰りの若造めがティターンズを手に入れるなど、あってはならん!」

 青筋を立ててバスクはジャマイカンに詰め寄る。ジャマイカンもそのあまりの剣幕に口をつぐみ、後ずさることしかできない。

「それを貴様はフォン・ブラウンまでヤツに明け渡しコロニー落としも失敗するとは、何のためにオーガスタから強化人間を寄越したと思っている!」

 ジャマイカンの背中が壁に当たった。彼の目には、拳を振り上げるバスクの姿が映っていた。

「この愚か者が!」

 左の頬を殴られたジャマイカンは、後頭部を壁に打ちつけて膝から崩れ落ちた。尻餅をつき壁に背を預けた彼は、怯えた目でバスクを見上げる。

 不意にバスクは机の上からファイルを取り、ジャマイカンへと放った。読むように彼が顎をしゃくると、ジャマイカンはそれに従ってファイルを開いた。

「貴様と貴様のアレキサンドリアには、来たるレコンキスタ作戦のための仕事をやってもらう」

「これは……」

 ファイルの内容に目を通して、ジャマイカンは視線を上げた。

「ムラサメ研への援軍要請が通っていれば、こんな作戦をやらんで済んだのだがな」

 バスクはにんまりと笑みを浮かべていた。これは言い訳に過ぎない。元より彼は、この作戦を実行したくてたまらなかったのだ。

「失態続きの貴様でも、囮程度はできるはずだ。なに、非武装の市民相手にはいくら貴様でも負けはせん」

「はっ!」

 ジャマイカンは立ち上がり、敬礼した。バスクのその計画の強引さに、ジャマイカンは恐怖を覚えていた。

 自身の残虐な作戦に、バスクの脳髄を暗い快感が満たす。彼はいつしか声を上げて笑っていた。

「見ていろシロッコ! 貴様の時代など来させはせん。エゥーゴも貴様も、わしが叩き潰してくれるわ!」

 

 

 

「うう……」

 うめきながらサラが目を開けると、自室の天井が視界に入った。身体中にはまだ、ジャマイカンの暴力的な尋問の痛みが残っている。彼女の乗るアレキサンドリアは今、ゼダンの門に停泊中だった。彼女は顔を歪めて、また枕に頭を預けた。

 まどろんでいたサラを現実に引き戻したのは、ドアのコール音だった。

「調子はどうだ、サラ曹長」

 開いたドアの向こうのジェリドは、険しい顔でサラを見下ろしていた。サラは彼に敬礼を返す。

「ジェリド隊長。かばっていただいてありがとうございます」

「来い」

 ジェリドの口調は有無を言わせないものだった。それに違和感を覚えながらも、サラはジェリドの後ろについてアレキサンドリアの通路を進んだ。

「バスクはアクシズが来るまでにケリをつけるつもりだな」

「アクシズ?」

「知らんのか。火星のアステロイドベルトの小惑星基地だよ。ジオンの残党が今でもそこを拠点にしている」

「そのアクシズが、地球圏に?」

「あと一ヶ月もしないうちに到着するらしい。それまでに月を完全に制圧しないと、エゥーゴとアクシズを両方相手にしなくちゃならなくなる。バスクの気持ちもわからないではないがな」

「月を完全に制圧する……。確か、レコンキスタ作戦とか」

 ジェリドは振り向き、頷く。彼らは今ちょうど、アレキサンドリアからゼダンの門への通路を渡り切ったところだ。損傷の激しいアレキサンドリアは今、ゼダンの門のドックで修理を受けている。

「そうだ。グラナダを制圧して地球圏を再征服するんだとさ。バスクも大げさな名前をつける」

「なるほど……」

 サラは目を伏せて、少し考え込んだ。彼女にとって、バスクは尊敬するシロッコの敵だ。そのバスクが地球圏を平定してしまえば、シロッコがバスクを追い落とすことはできなくなる。

「それでどうだ、報告書は?」

「ああ、アーガマの報告書ですね? 順調ですよ、ジェリド隊長から頂いたテンプレートのおかげです」

「お前たちはちゃんとした士官教育を受けてないからな。その手の仕事は人を頼れよ」

「はい」

 気づけば、彼らはゼダンの門の通路を深くまで進んでいた。サラはようやく、疑問を口にする。

「ジェリド大尉、どちらへ向かわれるのですか?」

「ちょうどここだよ」

 そう言って、ジェリドは横のドアを開けた。医務室だ。

「あっ、ジェリド大尉!」

「ああ。傷は痛むか?」

 ベッドの上の男が、ジェリドを敬礼で迎える。サラも彼に続いて医務室に入る。

「まだ時々は。その子は確か、アーガマから脱出したっていう?」

「そうだ。自己紹介をしてやれ」

「サラ・ザビアロフ曹長です」

「そっ、曹長でしたか!」

 恐縮しきって、その男は敬礼をする。

「自分はギー・リード一等兵であります。アレキサンドリアでは機関部についておりました」

 サラも慌てて、それを止めるように手を振った。

「いえ、自分はこの通りの年齢ですから!」

「ギー、曹長に足を見せてみろ」

 ジェリドの言葉が、それに割り込んだ。どことなく殺気立ったその雰囲気に、サラは言葉を失った。

「……はい。失礼します」

 ベッドの上の男も少し声を潜めた。彼がかけ布団をめくると、そこには両足があるはずだった。患者衣のズボンは、その左足を通している部分の途中から、べったりとベッドに敷かれたようになっている。

 彼の左足は、ちょうど膝の辺りから無くなっているのだ。

「やられたな、アーガマの金ピカには」

「あの強化ランチャーの、二発目でしたね。自分は運のいい方でした」

 サラは衝撃を受けた。百式の強化ランチャーがアレキサンドリアの機関部を撃った時、サラはハイザックに乗っていた。彼女が百式の下へ、メガ・バズーカ・ランチャーを運んだのだ。

「本当に、自分は運のいい方でしたよ。班長やビクターは助かりませんでしたから」

「すまなかった。アレキサンドリアを守りきれなかったのは俺達パイロットの責任だ」

「いえ、いいんです。パイロットの方がよほど恐ろしいでしょう? 私たちはエンジンと戦うのが仕事なんです」

「やはり、アレキサンドリアを降りるのか?」

「はい。自分の代わりの補充人員が乗るそうで」

「そうか……」

「来週には義足も手に入るんです、今だけの辛抱ですよ」

 その会話を、サラはぼうっとした頭で聞いていた。自分は人殺しだ。それも、味方であるはずのティターンズの兵隊を殺したのだ。そんな言葉が頭の中を回っている。

 サラの異常に気づいた一等兵が、彼女に声をかけた。

「サラ曹長、何か……?」

「ああっ! ああああああ!」

 怖くなって、サラは駆け出した。自分がこの男の前に立っていていいはずがない。上官として振る舞っていいはずがない。込み上げる吐き気を堪えて、サラは通路へ走った。

 どこを曲がったのか、サラは人気のない通路へ入っていた。息が上がった彼女の腕を、ジェリドが掴んだ。

「……ジェリド……大尉……」

「やはり貴様か、あの時のハイザックのパイロットは」

 冷たい目でジェリドはサラを見下ろす。

「強化ランチャーを運んだ貴様のためにティターンズの兵士が死んだ」

 サラの体が引き寄せられる。ジェリドの手が、彼女の胸ぐらを掴んでいた。そのまま彼は力強く、サラを壁に押し付けた。

「なぜだ! ティターンズを裏切ったというのか!」

「違います!」

「シロッコの命令か」

「違います」

「アーガマに未練でもできたか」

「……違います」

「じゃあなぜアレキサンドリアを撃ち、アーガマと金ピカを庇った!」

「……わかりません。……体が、勝手に動いたのです」

 ジェリドはサラを睨みつけたが、睨んだところで何かが変わることもない。呆れたように息を漏らすと、ジェリドは目を閉じて言った。

「……お前のことは信用できないが、上に突き出すつもりもない。お前しか頼れる相手はいないんでな」

「……え?」

 壁に押し付ける力を緩めることなく、ジェリドは空いている方の手でサラの手を取った。その掌に、小さな板状のものを強引に握らせる。宇宙世紀では一般的な、リムーバブルディスクだ。

「これは?」

 ジェリドは口をサラの耳元に近づけた。

「コロニー落としの映像や命令書のデータ、それと命令の音声記録だ。これでジャマイカンとバスクを追い詰められる」

 小さな声が耳を打つ。サラも同じく声を潜め、横目にジェリドを見た。

「それを私に?」

「シロッコに渡せ。上手く使えばバスクを排除できる。いいな?」

「はい!」

 力強く答えたサラに、ジェリドは大きく頷き、元の距離へ戻る。

「よし。明日E8ドックから出航するマグヌスという連絡船に乗れ。フォン・ブラウン行きだ。話はつけてある」

「マグヌス、ですね?」

「ああ。フォン・ブラウンに着けばあとはシロッコがどうにでもしてくれるだろう」

 ジェリドはそう言って、軽く手を振った。二人でいるところはあまり見られたくない。ただでさえサラはジャマイカンから疑われているのだ。ジェリドまで疑われては、この先の動きに支障が出る。

「ありがとうございます、大尉」

「早く行け」

 ディスクをポケットに納め、サラは敬礼して去っていく。通路を進む彼女の背中が、ジェリドにはかつて自分が殺した女の背中に見えた。

 ジェリドは、サラを反逆者にしたくなかった。そのための牽制だった。少なくとも、自分の行為がどれほど味方を傷つけたかを理解させることはできた。

 裏切りを知っていると示すだけでなく、彼女の罪悪感を煽ることで、ティターンズから離れられないようにする。有効な一手だったが、ジェリドは不満だった。

 それは自己欺瞞に気づいたからでもある。サラが裏切りの理由を明かさなかったにもかかわらず、彼女を味方だと判断した自分の甘さ。負傷した兵を使った揺さぶりをかけたやり口の汚さ。ジェリドは、自分の矛盾に舌打ちした。

 

 

 

 足音もなく、女は歩いた。後ろの廊下へ振り向いても、人影はない。彼女はさらに一歩踏み出し、扉の覗き窓を開けた。

 いない。落胆の色が彼女の表情に宿る。ドゴス・ギアの中の独房は、もうすでに一通り探してしまった。そのどれにも、最近使われた形跡はない。ドゴス・ギアにいないとなれば、ジュピトリスか。シロッコが人質を手に入れたと推測される時期を考えれば、もとよりジュピトリスの方が可能性は高かった。

「おや、マウアー少尉か」

 背後からの声に、マウアーは振り向いた。シロッコが微笑んで、そこに立っている。

「なぜこんな場所にいる、マウアー」

「少佐こそ、なぜこんなところへ?」

「質問しているのは私だ」

「ファという少女に心当たりは?」

 単刀直入なマウアーの言葉に、シロッコの顔から笑みが消えた。彼はマウアーをじっと見つめ、観念したように、また笑った。

「カミーユを戦わせるための人質だ。彼ならば戦後を任せられる。私以上の才能を感じたのは初めてだ」

「そのあとあなたは、恒星間旅行にでも出かけるとか」

「ああ。私は世界の支配などに興味はない。歴史をこの手で動かしてみたいだけだ」

 シロッコの言葉には淀みがない。人質の存在というカードを切ったマウアーにとって、シロッコのこの余裕は想定外だった。

「そのようなことを言ってのけるのは、私も始末できるというつもりでいるからですか?」

「ふふふ、どうかな? だが言わせてもらうとすれば、君もまた、戦後の地球圏を任せるに足る女性だ」

「そう言って、私をジェリドから引き離す。なぜです? 彼は忠実です」

「ジェリドはよくやってくれているがね。私は君が欲しいのだよ、マウアー」

「私にはジェリドさえいればいい。もし彼が帰ってくれば、ファという少女のことは忘れます」

 臆面もなく、彼女はそう言い切った。肘鉄砲を食わされたシロッコだが、その冷静さは健在だった。

「……いいだろう」

「本当ですか?」

「ああ。もともと、事が済めば彼はドゴス・ギアへ呼び戻すつもりだった。だが、こうして君に謀反の意思がないことがわかれば安心だ」

 シロッコは笑ってみせた。マウアーとジェリドの離反の可能性は、かねてからの不安要素だった。それが消えた今、彼が苛立つ道理があるはずもない。

「ジェリドを、こちらへ呼び戻してくれるのですね」

「私も最大限の努力をしよう。アレキサンドリアが落ち着けばすぐに、君と同じ部隊へ配属されるだろう」

「ありがとうございます」

 マウアーはそう言って、曲がり角へと進む。しかし彼女の腕を、シロッコが掴んだ。

「何のおつもりですか」

「君を私が求めていた事、忘れないでいてもらいたい」

「失礼します」

 マウアーはその手を払い、独房のある区間を後にする。

 残されたシロッコは浮かない顔だった。彼もマウアーにそこまでの魅力を感じたわけではない。だが優秀な彼にとって、物事が思い通りに進まないことは不愉快だった。

 

 

 

「あの、サラ・ザビアロフです!」

「ああ? ああ、あんたが。さっさと乗ってください、時間ないんです」

 E8ドックの、マグヌスという連絡船。ジェリドから聞いた話を思い出しながら、サラは手のひらのディスクを握りしめた。

 コロニー落としの証拠。これをシロッコに渡せば、バスクを失脚させられるはずだ。

「乗るんでしょ、あんた。早く乗ってください」

「あ、はい!」

 乗組員に急かされたサラがタラップに足を乗せた、その瞬間だった。

 サラの制服の後ろ襟が掴まれ、力強く引き戻された。目を丸くした彼女が振り向くと、そこにあったのは金髪を荒々しく逆立てた凶暴そうな顔だった。

「待ちなよ、ジェリドのとこのガキ」

「や……ヤザン大尉」

 ディスクを握るサラの手が強張る。アレキサンドリアの危険人物、ヤザン・ゲーブルだ。サラを急かしていた不機嫌そうな兵士も、彼の一睨みで口をつぐんで艦の中へ引っ込んだ。

「……何のご用があって、私を引き留めるのです?」

「なあに、すぐに済む。……何を隠している?」

 ヤザンの声が低くなった。普通の少女ならば悲鳴をあげてもおかしくないほどのドスの効いた声。だが、サラは顔色ひとつ変えずに答えた。

「何のことでしょうか。心当たりはありませんが」

「なら聞き方を変えよう。今回の命令を出したのはシロッコだろう」

 その言葉にサラの目つきが鋭くなった。睨みつけるその目を嘲るようにヤザンは笑う。

「やはりか。……ジェリドも奴の息がかかっているとなれば、面白くなる」

「勝手な想像です」

「コロニー落としのデータか?」

 その言葉に、サラの表情が歪む。ヤザンはにんまりと笑い、サラの顔を眺めて言った。

「図星だろう」

 沈黙するサラ。どう答えればこの場を切り抜けられるかわからない。彼女の視線が床の上に落ちる。コロニー落としのデータを持ち出したことが知れれば、シロッコにまで疑いの目が及ぶ。バスクは間違いなく、これをシロッコを攻撃する材料にするだろう。

「俺のことをシロッコに伝えておけ」

「……え?」

「俺はシロッコに興味を持った。俺を呼べと、そうシロッコに伝えろ」

 ヤザンはそう言って踵を返した。シロッコにつけば退屈はしない、そう彼の直感が告げている。彼が浮かべた笑みは牙を見せつける野獣のようだった。

 あっけに取られたサラはしばらくその背中を見ていたが、我に返るとすぐに、マグヌスへのタラップを駆け上がった。

 手続きを済ませ、待つこと数十分。マグヌスはフォン・ブラウンへ出発した。

 自室のベッドで、サラはディスクをライトにかざす。シルエットしか見えないそのディスク。その中に入っているのは、コロニー落とし作戦の時の映像データだ。そう思うと、当時の記憶が思い出されていく。

 砲火の飛び交う中、メガ・バズーカ・ランチャーを百式の下へ届けた。

「……カツ」

 彼女はその少年の名を呼んだ。

「……ああするしかなかったのよ。放っておけば、あなたは殺されていた……」

 目の前に迫っていたのは、ジェリドとヤザン率いるモビルスーツ隊だった。百式に乗っていても、カツ一機では勝ち目はない。サラが手を貸しても、それは変わらない。カツを死なせないためには、彼の百式を行動不能にするほかなかった。

 宇宙の星が、部屋の隅のモニターに瞬いていた。その瞬きの中に、彼女はカツの無事を祈った。

 

 

 

「ジェリド・メサ大尉である。次の作戦でモビルスーツ隊の指揮を取ることになった。各員、よろしく頼む」

 ブリーフィングルームのざわめきが、途端に静まり返る。軍人ならば、この任務へ感じる抵抗も、任務のためならば捨て去るものだ。カクリコンは無表情のまま、部屋の前方に立つ親友へ視線を向けていた。

 ジェリドはゆっくりとパイロットたちの顔を見回す。見慣れない顔は、ゼダンの門からアレキサンドリアに乗り込んだ補充人員だ。彼らは一様に、その表情に戸惑いを宿している。ヤザンに至っては、ブリーフィングルームにすらいない。

「グラナダ制圧のためのレコンキスタ作戦が発動された。我々は作戦行動に則り、月軌道上での艦隊決戦に先立ってサイド2に毒ガスによって圧力をかける」

 毒ガス。その言葉に、パイロットたちがどよめいた。すでに流れていた噂は本当だったのだ。

 30バンチ事件はティターンズ内でも知られている。エゥーゴの流したデマだと決めつけている者がほとんどだが、個人差こそあれ、ティターンズへの一抹の疑いは誰もが持っていた。

 そこに、コロニーへの毒ガス使用命令が出された。30バンチ事件もまた事実だったと考えるのも当然のことだ。彼らの不安げな視線がジェリドに集まる。

「武力と正義を掲げているティターンズには、そういう面もあった。それだけのことだ。だがな、これはティターンズが今のままあり続けるために、必要なことなのさ」

 兵士たちは答えなかった。軍人として正しい行為は何なのか、理解はできていた。

「一つのコロニーの犠牲で戦いが終わるなら、神様だって許してくれる。そう思うだろう」

 罪悪感を打ち消すようなその言葉を最後に、ジェリドの話は作戦の説明へと移った。その様子を見て、ジャマイカンが満足そうに頷く。部屋の後ろにはこの作戦を指揮する彼と、アレキサンドリアの艦長であるガディが立っていた。

「不思議そうだな、ガディ艦長」

「何がです?」

「ジェリドがこの毒ガス作戦の指揮を引き受けた理由だよ。喜んで引き受けはしない人間だ」

「そうでしょうな」

 得意げにジャマイカンは笑った。

「あいつは私に借りがある。例のサラ・ザビアロフのおかげでな」

「ジェリドの弱みにつけこんだわけですか」

「このくらいのことができねば、ティターンズで出世はできんぞ。では、私は部屋に戻るぞ」

 ジャマイカンの台詞に閉口して、ガディは帽子を深く被った。

「ガディ少佐!」

「ん……」

 ブリーフィングルームを出ようとするガディを、ジェリドが呼び止める。

「どうした、ジェリド」

「あんたに話がある……いいか?」

 ジェリドの表情は、何かを心に決めた顔だった。

 

 

 

 グリプスから、コンペイトウから、ティターンズの主力艦隊が集結した。艦隊の行く先は、月。エゥーゴの本拠地であるグラナダを、大艦隊によって制圧する。それが、レコンキスタ作戦の内容だった。

「毒ガス、ですか?」

 アーガマの食堂で、カツは聞き返した。月面へのコロニー落としの次は、毒ガス。かつてのジオン以上の悪辣ぶりだ。視線の先のアムロが答える。

「ああ。毒ガスの補給をアレキサンドリアが受け取ったという報告がある。アレキサンドリアの行く先は、おそらくサイド2だ」

「でも、敵はグラナダを叩くために月へ向かってるんでしょ?」

「だからこそだ。毒ガスを防ぐために戦力を割けば良し。戦力を割かなければ、アレキサンドリアが本隊に合流するのを待って艦隊決戦に入る。そうなれば、たとえグラナダを落としきれなかったとしてもエゥーゴの支持は大きく落ち込むことになる」

「なるほど。それじゃあ、やっぱりアーガマが出るんですか?」

「いや、アーガマは艦隊戦の旗艦だ。サイド2に向かうことはできない」

 アムロの口ぶりが、少し鈍った。カツは矢継ぎ早に尋ねる。

「じゃあどの艦が行くんですか? ラーディッシュとかってやつですか?」

「……いや、違うよカツ」

「違う? 違うって?」

「エゥーゴは、サイド2に一隻も支援は出さない」

 その言葉に、カツは顔を赤くした。怒りを隠すことなく、声を張り上げる。

「それって、見殺しにするっていうことですか!?」

「ああ」

「そんな……ひどいですよ! コロニーに何人の人が住んでるか、知ってるでしょ、アムロさん!」

「わかっている! だが、グラナダが制圧されてエゥーゴが潰れれば、それ以上のスペースノイドが犠牲になる」

「それは、そうですけど……それにしたって、フォン・ブラウンをこちらから攻めるとか……」

「シロッコがフォン・ブラウンを人質にとっていたのを忘れたのか。またあれと同じことが起こる。攻めるとすれば、それなりの準備がいる」

 カツは小さく唸って、俯いた。不服そうな目がアムロへ向けられる。

「わかれカツ。お前になぜこんなことを話したか、考えてみろ」

 アムロは声を落とし、カツの目を見据えた。アムロには、この情報を伏せておく選択肢もあった。そうしなかった理由が、カツにもわかった。彼は俯いた。

「……わかりました。アムロさんは、僕を大人にしたいんでしょう?」

「ティターンズは敵だ。……妙な気は起こすな」

「僕だってエゥーゴのパイロットです。もう、勝手なことはしません。だけど」

 カツが顔を上げる。

「……コロニーが一つ、潰されるんですよね」

 重々しく、少年は口にした。住んでいたコロニーに襲撃を受けて家族を失った彼にとって、他人事とは思えなかった。

 

 

 

 コロニーがモニターに映った。今回の作戦目標である、サイド2のコロニーだ。

「エゥーゴの艦は?」

「我が艦の他、艦船は確認できておりません。ミノフスキー粒子の濃度も薄いようですが」

 アレキサンドリアのクルーが振り返って答えた。ジャマイカンは、顎に手を当てて考え込む。

「なら、本当にエゥーゴはこのコロニーを見捨てたか……あるいは、情報がエゥーゴに渡っていないか」

 バスクからの任務は、このコロニーへの毒ガスの散布。その目的は、エゥーゴ艦隊の陽動と、スペースノイドへの見せしめだった。

 もしこのまま毒ガスを撒けば、グラナダのエゥーゴの戦力を分散させる目的は果たせなかったことになる。ジャマイカンはバスクの怒鳴り声を思い出し、顔を歪めた。

「ジャマイカン少佐、何か?」

「む……ガディ艦長はどうした」

 ブリッジクルーに気遣われて、ジャマイカンは首を振る。

「ガディ艦長は先ほどから席を外しております。作戦の開始までには戻ると」

「勝手な……。ええい、私が作戦の指揮を取ってやる。モビルスーツ隊は待機中だろうな?」

「はっ。ジェリド大尉以下、いつでも出撃できます」

「よし……では出撃させろ。モビルスーツが編隊を組み次第、G3ガスのボンベを出せ!」

 ジャマイカンの顔は、笑っていた。エゥーゴの艦を相手に戦果をあげることができなくなった今、毒ガスの散布は彼の憂さ晴らしでもあった。

 エゥーゴは来ない。毒ガス散布は、絶対に成功する。その確信を持って、ジャマイカンはほくそ笑んだ。

 出撃したモビルスーツの光がブリッジの前方へ進んでいく。そのうちの一機が突如、身を翻した。

「なんだあれは!?」

 その一機はぐんぐんと速度を増し、アレキサンドリアのブリッジの目と鼻の先で停止した。

 ブリッジに突きつけられたビームライフル。デュアルアイとV字アンテナ。左肩には三番機を示すペイント。

「ブリッジクルーに告ぐ! そのまま両手をあげて動かないでもらう!」

「な……!」

 ジャマイカンは言葉を失った。味方がブリッジに銃を突きつけるなど、前代未聞だ。その一瞬の硬直は、ブリッジのドアが開いた瞬間に破られる。

「ジェリド大尉に従え。これは艦長命令だ」

 数人の兵士を連れて、ガディ・キンゼーがブリッジに入ってきた。彼らはみなノーマルスーツを着込み、ライフルで武装している。

「ガディ、貴様……!」

 ジャマイカンが呻いた。彼が命令を下すよりも早く、ガディの部下達がジャマイカンにライフルを突きつけた。

「ジャマイカン少佐。しばらくの間、あんたを拘束させてもらう」

 すばやく両手に手錠をかけられて、ジャマイカンはようやく事態が飲み込めたようだった。

「貴様ら、私の命令が聞けんというのか! 軍法会議にかけられるぞ!」

「軍法会議にかけられるのはあんたの方だ、ジャマイカン」

 ジェリドの声が、ブリッジのスピーカーを揺らす。

「なんだと……!?」

「カクリコン、ボンベは?」

「確保している!」

 Mk-Ⅱの二番機のコクピットで、カクリコンが笑う。発艦せずに格納庫に残っていた彼のMk-Ⅱは、G3ガスのボンベの傍らでビームライフルを構えている。

 拘束されたジャマイカンは、モニターに映るジェリドの顔を睨みつけた。

「まさかジェリド、貴様はこの作戦を……」

「公表するさ。ガスボンベも命令の記録もこっちが持ってる。コロニーを一つ潰そうなんて、いくらティターンズでも軍法会議で極刑は免れんだろうな」

 ガディは周囲を見回した。ブリッジクルーたちは沈黙を守っている。そのほとんどが表情に怯えを宿してはいたが、どこかに安堵したような緩みがあった。

 ジャマイカンが肩で息をしながら叫んだ。

「貴様ら、私を裏切ったのか!」

「誰が好き好んで毒ガス作戦などをやるものか。ティターンズがエゥーゴを圧倒している今、こんな卑劣な手段に出る必要はない」

 ジェリドの落ち着いた声が、通信越しにブリッジに響いた。他のモビルスーツ隊は、ジェリドとカクリコンの突然の行動に右往左往するばかりだ。

「さて、ジャマイカン。この作戦があんたの発案なら、あんたはどうなるかな」

「貴様……!」

「しかしこれが上官から押しつけられた作戦ならば、少佐の刑はいくらかは軽くなるだろう」

 ガディが静かにジャマイカンを見据える。パイロットたちも、コクピットのモニター越しに固唾を飲んで見守っている。

「この作戦は誰の発案か。……答えてもらうぞ、ジャマイカン・ダニンガン!」

 

 

 

「バスクの艦に行くのですね」

 サラが心配そうな声を上げた。シドレがそれに続く。

「お供させてください。バスクが何をしてくるか……」

「落ち着け。私はもともと、二人とも連れて行くつもりだった」

「本当ですか?」

「ああ。このディスクを手に入れたのはサラの手柄だ。シドレにも今回は、手柄を立てるチャンスをやらなくてはな」

 シドレは目を輝かせる。カミーユは彼女たちの後方で、シロッコを睨んでいた。

「カミーユ。残念だが君は今回は留守番だ」

「別に残念じゃありませんよ。僕はあなたを守るつもりなんてありませんから」

「君の代わりに、もう一人連れて行くつもりだ」

「もう一人?」

「来てくれ!」

 シロッコは肩越しに振り返って、ブリッジの隅の兵士を呼んだ。ティターンズの制服を着たその人物は、男性にしては小さく華奢な体格だ。

 女、いや、少女だ。肩まで黒髪を伸ばしたその少女は、シロッコの隣へ並ぶ。

 カミーユは、見慣れたその少女の顔に言葉を失った。聞き慣れた声が、聞き慣れた名前を告げる。

「ファ・ユイリィと言います。……久しぶりね、カミーユ」

 呆然と、カミーユは彼女の顔を見つめていた。

 

 

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