主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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脱走

 アレキサンドリアのブリーフィングルームには、アーガマの追撃に参加している連邦軍士官の姿があった。というより、連邦軍所属のボスニアのクルー達が目立つ。

 ドアを開けて入って来たのは、ジェリドとカクリコン、そしてエマだ。

 カクリコンを除いた二人は、どこかよそよそしい。それどころか、ジェリドは不機嫌さすら露わにしている。

 乱暴に席についたジェリドに対し、連邦軍の荒くれパイロット達が目を止めた。

「名乗りも上げずにご登場かい?」

 連邦軍のパイロット、ライラ・ミラ・ライラだ。さばけた雰囲気の女大尉だが、その口ぶりはどこか柔らかい。席を立って、ジェリドの方へ近づく。

 むっとしたカクリコンとジェリドとは対照的なエマの憂いをライラは感じ取った。

 ライラはエマを見やってから、いたずらっぽく笑う。

「ティターンズというからどんなエリート様かと思えば、乳繰り合って痴話喧嘩とはね」

「何を!!」

 ジェリドも立ち上がった。連邦兵達は笑って囃し立てる。エマは座ったまま、無表情を装っていた。

「……何をやっとる、貴様は」

 ドアを開けて入室して来たのは作戦参謀であるジャマイカンだ。ライラは余裕に満ちた笑みを浮かべながら、ジェリドは不服そうに、それぞれ席についた。

「あー、ボスニアの諸君、とりわけライラ隊のパイロット達は、アーガマの足止めに貢献してくれている。よくやってくれた」

 投げやりな様子が口調に滲み出ている。

 ジャマイカンはジェリドを見た。連邦軍を持ち上げることで、密命を果たせなかったジェリドを言外に叱責しているのだ。

「それでは、今回の作戦を説明する」

 モニターに航路図が映る。

「エゥーゴの連中はこのように進路をとっている。どうやら地球に何かを降ろすつもりらしい。つまり我々は、連中を地球衛星軌道上……」

 航路図の一点が点滅する。

「この位置で叩く」

 おお、とパイロット達から声が上がった。ボスニアとの合同作戦なら、アーガマも沈められるはずだ。

「今から五時間もすれば会敵する、準備を怠るな」

 荒くれパイロット達は互いに顔を見合わせ、笑う。アーガマを墜とせばこの任務も終わり、気兼ねなく眠れるというものだ。

「今回の作戦、戦闘隊長はエマ中尉に任せる。以上、解散だ」

 ジェリドが席を立った。ドアを開けた彼は、エマをじろりと睨んでから、肩をいからせてブリーフィングルームを出た。

「なんだ、あいつ……」

 なあ、とカクリコンが同意を求めて呼びかけるが、エマは答えなかった。

 

 

 

「私、エゥーゴに行こうと思っているの」

 カプセルをあえて外して射撃した出撃の後、エマから想定外の告白をジェリドは受けた。

「ジェリド……あなたも来ない?」

「何を馬鹿な! カプセルの捕虜だって軍人だろうが!」

「ならなぜ見逃したの!?」

 声を荒げたジェリドは、冷静さも余裕もない。エマのその問いに対する答えも、持っていない。

「私はエゥーゴに……」

「言うな!!」

 胸ぐらを掴まれ、エマは思わず口を閉じる。噛み付かんばかりの形相で、ジェリドは怒鳴った。

「脱走は重罪だぞ! 俺は貴様に情なんぞ持っちゃいない……次にそんなことを言ったら、貴様はもう裏切り者なんだ!」

 胸ぐらの手に力がこもる。額がぶつかりそうな距離で、二人の視線が交錯する。

「聞きなさいジェリド! バスク大佐は……」

「もういい!」

 ジェリドはエマを突き放すと、ドアを開けて出て行ってしまった。部屋に残されたエマは、その開け放たれたドアを見て、膝を抱えた。

 

 

 

 

「待ちなよ、エリートさん」

 アレキサンドリアの廊下で、ジェリドはライラに呼び止められた。

「あのエマって娘がそんなに気に入らないのかい?」

 ライラは挑発的に笑う。

 先日ライラ隊を撃退したあの赤い新型は、おそらく赤い彗星。グリーンノアで赤い彗星を退けたジェリドに、ライラは少なからず興味を持っていた。

 しかし、そのジェリドはやけに同僚の女パイロットに敵意を燃やす余裕のない男だった。しかも聞くところによると密命にも失敗したらしい。

 ライラは、ジェリドの真価を測りかねていた。

「ティターンズがどんなご立派な組織か知らないが、あんたはただのお子様だね」

「貴様!」

 喧嘩の売り方も、ライラは板についている。ジェリドは怒りに任せて殴りかかった。不安や鬱憤を、その挑発にぶつける。

 彼の拳は振り抜かれた。無重力の廊下で跳び上がったライラは、ジェリドのパンチが眼下を通り過ぎると同時に天井を腕で押し加速して蹴りつける。

 小さくうめいて、ジェリドは顔を押さえた。

「宇宙には宇宙のやり方があるってことさ」

 続けてジェリドの腹を蹴りつけて、ライラはジェリドの視線に気づいた。

 威圧。そのプレッシャーに、ライラは一瞬凍りつく。勝っていたのは私だというのに。ライラはそう自分に言い聞かせる。

「……なら、その宇宙でのやり方というのを、俺に教えてくれ」

 ジェリドは重く口を開いた。ライラは怯えを押し殺して、その強気な態度を崩さない。

「……はっ。何を言うかと思えば。赤い彗星を撃退したティターンズのエリート様が私に?」

「頼む! ライラ!」

 ジェリドはライラの肩を掴んだ。剥き出しの白い二の腕に指が食い込む。

「俺は力が欲しいんだ! 出世したいんだよ!」

 ジェリドは顔を近づける。ライラは首を振って、ジェリドの腕を払おうと手をかけた。

「あたしにとっちゃあ理由なんて関係ないね。さっさとこの手を……」

「この通りだ、ライラ」

 ジェリドはそのまま、頭を下げた。エリート意識の塊であるはずのティターンズが、いち連邦軍相手に頭を下げる。それを見下ろすライラの目に宿るのは、失望か。

「およしったら。掴むのも、そうやって頭を下げるのも」

 ライラはうんざりした風を装ってそう言った。

 ジェリドの真価は結局、わからずじまいだった。こうして頭を下げることができるという事実は、赤い彗星を退けたエースパイロットとも、同僚の女との険悪さを隠さないお子様とも、合致しない。

 しかしそれが、ライラの興味を誘った。

「来な。戦闘が始まるまでレクチャーしてやる」

 ついてくるよう顎で指し示し、ライラは格納庫へ向けて床を蹴る。

「ライラ……! ありがとう!」

 まっすぐなジェリドの言葉に、ライラは鼻を鳴らした。

 

 

 

「提案があります」

 同じ頃、ブリーフィングルームでエマが手を挙げた。部屋を出たのは、まだライラとジェリドだけだった。

「何だ、エマ中尉」

 エマは立ち上がり、自らの見解を語る。

「地球へ何かを降下させるなら、アーガマはレーザー衛星の破壊もする必要があるはずです」

「それがどうした」

「私をレーザー衛星防衛のために先に出撃させてください」

 パイロット達の目つきが変わった。ジャマイカンも息を漏らす。

「ほう……」

「レーザー衛星破壊のために、アーガマはモビルスーツを使うと考えられます。ですから私がレーザー衛星付近で待機しアーガマのモビルスーツを観測次第照明弾を……」

「なるほど、そうすればモビルスーツのいないアーガマを狙えるというわけだ。だが、危険なのはお前だぞ」

 ジャマイカンは頷いてからエマに釘を刺す。ティターンズがわざわざそんなことをするより、連邦の兵士にでもやらせたほうがいいはずだ。

「構いません。Mk-Ⅱでなければ先回りできるスピードは出ませんし、それに……」

 エマは、ジェリドが座っていた席に目をやった。

「ティターンズという組織にあぐらをかいているだけでは、連邦軍や市民の支持は得られませんから」

 連邦のパイロット達は、その口角を上げた。エリート組織というティターンズだが、彼らの目の前にいるのは、そのエリートの名に見合う誇り高い士官だ。それも美女。彼らのライラ隊長とはタイプが違うが、鼻の下を伸ばしている者すらいる。

「ふむ……いいだろう。照明弾を撃てば敵のモビルスーツも、攻撃を察してアーガマへ戻るはずだ。お前が深追いされることもあるまい」

「ご理解、感謝いたします」

 エマは席についた。しきりに頷くカクリコンを横目に、彼女は両手を膝の上で握った。

 

 

 

「なんだと!?」

 ジェリドはカクリコンの胸ぐらを掴んだ。

「お、おい、離せよ」

「もう一度言え!」

 ジェリドの手は、より強く握られる。カクリコンは怒鳴り返すように答えた。

「だから、エマが単独で先に出撃したって……」

 ジェリドはカクリコンを突き飛ばすようにして、自分のMk-Ⅱのコクピットへと跳んだ。

 エマが先行することになった都合上、カクリコンが戦闘隊長に任命された。そのことを自慢しにジェリドがいる格納庫にやってきたカクリコンにとって、これは青天の霹靂だ。

「ジェリド!」

 ライラが叫ぶ。しかしジェリドは答えず、Mk-Ⅱのエンジンに火を入れた。

 エマの狙いは間違いない。ジェリドはコクピットのモニターを殴りつけたい衝動を抑え込む。

「裏切りなどさせんぞ、エマ!」

 Mk-Ⅱがハンガーから体を起こすと、ライラもカクリコンも、巻き添えにならないように引き下がる。

「ジェリド・メサ中尉だ! カタパルトハッチを開けろ! でなければハッチを撃ち抜く!」

 ジェリドの剣幕に押されて、ハッチが開かれる。カタパルトを使うことなく駆け出したジェリドのMk-Ⅱは、宇宙でそのスラスターをいっぱいに噴かした。

「なに!? ジェリドが無断出撃だと!?」

 ブリッジではジャマイカンが顔を青くする。

「ええい、作戦は変更だ! エマ中尉の照明弾は待たんでいい!」

 

 

 

「エマ! エマ中尉! 聞こえるか!!」

 エマのMk-Ⅱに届いた途切れ途切れの通信はジェリドの物だ。

「……来たのね、ジェリド」

 エマの機体がさらに加速する。

 アレキサンドリアを出た時はレーザー衛星への進路をとっていたエマの機体は、アーガマへ進路を変えるために推進剤と時間を使っていた。

 ジェリドはそれを理解していたからこそ、アーガマへまっすぐ飛び、エマの機体に追いつけたのだ。

「エマ! 今からでもレーザー衛星に進路を取れ!」

「私がアーガマに行くって、わかってるのね」

 自分は悪い女だとエマは思った。

「ジェリド、あなたもエゥーゴにおいでなさい。バスク大佐のやり口には、あなたも嫌気がさしているんでしょう?」

「俺はっ……!」

 ジェリドは言い淀んだ。事実、バスクのやり口の悪どさを、ジェリドとエマは目撃した。しかし、それはティターンズ全てが悪であるという証にはならない。男にとって力は憧れだ。ジェリドにとってそれはティターンズだった。

「ジェリド!」

 アースノイドにとって、ジオンは許せないものだ。一年戦争から七年も経っていない。ジェリドの父親は軍人だったが、ジオンに殺された。

 一度ティターンズを選んだ以上、そうそう宗旨替えはできない。

「俺はっ……ティターンズだ!」

 出世さえすればティターンズを変えられる。ジェリドは、エマの叛意を知ってもティターンズに報告していなかった。

 俺がティターンズを変える。その一言をあの時言えれば、この結末は避けられたかもしれなかった。

 

 

 

「艦長! 敵モビルスーツの反応があります!」」

 アーガマの艦橋で、オペレーターのトーレスがそう叫ぶ。

「なに! ええい……! 第一種戦闘配置だ! モビルスーツ隊を出せ!」

 思わずキャプテンシートから立ち上がったヘンケンは、通信機に向かって怒鳴りつけた。

 すでにレーザー衛星の破壊のためにクワトロ大尉は出発していた。レーザー衛星の破壊が遅れれば、それだけ大気圏突入用シャトル「ホウセンカ」の降下も遅れる。

 それはつまり、ホウセンカとその搭乗者が、本来の目的地へたどり着けなくなる危険性も高まるということだ。

「……えっ!? 艦長! 敵モビルスーツから通信が入っています!」

「いちいちそんなものを知らせんでいい!」

「降伏すると言ってるんですよ!」

 ヘンケンは目を丸くした。モニターに通信映像が出る。

「アーガマ。聞こえるか、アーガマ。こちらはティターンズのエマ・シーン中尉。これよりティターンズを離反してエゥーゴに付く!」

 そう簡単に信じられるものか。突っぱねようとしたヘンケンだが、モニターに映ったティターンズの女性士官の顔を見て、その気勢を削がれる。

「ど……どうしましょう、准将」

「どうもこうも……!」

 ブレックスは床を蹴って、トーレスの席に割り込む。

「エマ中尉といったな、君の随伴機はエゥーゴに来る意思はあるのか」

「……いえ、ありません」

「そうか。なら、その随伴機を墜とせ」

 ブレックスは淡々と告げる。モニターに映るエマの表情は、ヘルメットに隠れてしまった。

 わずかな間を、ブレックスは見逃さない

「やはりエゥーゴに来るというのは嘘で、騙し討ちか」

「いいえ!」

 ブレックスは決して非情な人間ではない。しかし、残酷なティターンズと戦う以上、非情な決断は往々にして必要となる。

 ヘンケンの表情が、ほんのわずかに曇った。彼は軍人であって政治家ではない。

「捕まえたぞ、エマ!」

 ジェリドのMk-Ⅱが、エマ機を羽交い締めに捉えた。エマのスラスターの噴射にも負けず、力強く抱く。

「放しなさい、ジェリド!」

 エマは一度アーガマへの通信を切った。

「黙れ! 貴様、さっきアーガマへ通信していたな!」

「ええ……もうあなたと私は敵同士なのよ!」

 機体を回転させ、エマはジェリド機の腕を振り払う。その勢いのまま蹴り飛ばし、ビームライフルを向けた。

「エマ……!」

「ためらいなど!」

 ビームライフルの銃口が光った。間一髪それを避けたジェリドは、同じくビームライフルを構える。

「貴様、撃ったな! この俺を! ティターンズを撃った!」

「敵同士よ!」

 続けてエマのビームライフルが火を吹く。Mk-Ⅱの盾を傷つけて、ビームは宇宙へ消えていった。

「貴様ああ!」

 ジェリドも負けじと撃ち返す。Mk-Ⅱの高い運動性を生かしたドッグファイトの最中に互いの銃撃が飛び交う。ブースターとビームの光が、激しくステップを刻んだ。

「ティターンズにしがみつくから!」

「よくも撃ったな!」

 ジェリド機の盾が外される。役に立たない伸縮ギミックを疎まれたのか、シールドは哀れ宇宙へ舞った。

 シールドの投擲を察知したエマは、同じく自機のシールドでそれを払う。

 シールドの付いている腕で払うことは、ジェリドに読まれていた。死角になる左腕の陰に沿って、ジェリドはエマ機の左側面に回り込んだ。

「墜ちろ!」

 咄嗟に出た左腕と引き換えに、エマはジェリドのビームを防いだ。シールドには耐ビームコーティングがなされているとはいえ、受けた角度と距離がまずかった。

 ジェリドはその銃撃の際にも、スラスターを全開にして突っ込む。片腕になったエマ機に再び取り付いたジェリドは、片腕で腰を、もう片方の手でビームライフルを持った右手を抑え込む。

 このまま無理やり牽引していくわけにもいかない。撃てば落とせる。しかしエマだ。

 一瞬のジェリドの迷いを、ジムⅡの銃撃が破る。

 アーガマと随伴のモンブランからモビルスーツ隊が発進したのだ。ジムⅡとはいえ、数の力の前にはジェリドも無力だ。

「十分だ、元ティターンズさん!」

「あとは俺たちに任せるんだな!」

 片腕のエマ機を守るような陣形を取ったジムⅡ隊は、ジェリドに向けて発砲する。戦力差は圧倒的だ。

 二機がかりでジェリド機を追いかけ、残りのジムⅡ隊がジェリドを撃つ。ビームがMk-Ⅱの足を掠めた。

 ジェリドが墜とされるのは時間の問題かに見えた。

「殺気を感じろ」

 その声に弾かれるように、Mk-Ⅱを追うジムⅡのビームをジェリドはかわした。

 その直後、そのジムⅡはビームに貫かれ爆散する。

「ふん……教えてやったことは、身についてるみたいだね」

 ジェリドの表情が明るくなった。

「ライラ! カクリコン!」

 その喜色満面の声にライラは肩を震わせる。カクリコンのMk-Ⅱが、返事代わりにカメラアイを点灯させた。

 アレキサンドリアとボスニアのモビルスーツ隊が増援に来たのだ。

「戦えるかい?」

「当たり前だ!」

 ジェリドは増援部隊の隊列に合流し、ライラのガルバルディβと肩を並べる。

 形勢は互角以上。ジェリドとライラの機体はエゥーゴの艦めがけて、スラスターを噴かした。

 ジムⅡ部隊の射撃を、ジェリドは見もせずにかわす。背後からの攻撃だというのに、避けなければならない攻撃だけは、本能が警鐘を鳴らす。

 あっという間に混戦状態に陥った中で、ジェリドとライラはエゥーゴのサラミス級巡洋艦モンブランへ肉薄する。

「二手に別れる!」

「おう!」

 機銃の掃射は二人の後を追うように宇宙の闇に溶ける。ビームライフルが次々にモンブランの装甲に穴を開けていった。

 機関部を狙うライラのガルバルディβに気づいたジムⅡが、ようやくライラを追いかける。ビームライフルの射撃で牽制し、どうにかライラの動きを止めた。

「ふふ、こりゃ一本とられたね」

 まるで自分を見ていないかのようなガルバルディβの戦いぶりに、ジムⅡのパイロットは疑念を抱く。そしてその疑念は、通信一つで氷解した。

 モンブランのブリッジは恐慌状態だ。弾幕を掻い潜り、そのモビルスーツはブリッジにビームライフルを向けている。

 何者にも染まらない、黒。黒いガンダムは、その引き金を引いた。

「大したもんだ……師匠のあたしも立つ瀬がないよ」

 シールドの裏のミサイルでジムⅡを撃墜したライラは、言葉とは裏腹な笑みを浮かべていた。

 ブリッジを失いコントロール不能になったモンブランへ、ジェリドは追撃する。ビームライフルのエネルギーも残りわずかだ。

 モンブランは一度強く光って、船体がほとんど真っ二つに折れた。ジェリドがもう一発ビームライフルを撃ち込むと、そのまま爆発して、デブリを周囲に撒き散らした。

 人の死の直前の光は、遠くからは美しく見えた。

「やったなあジェリド!」

 飛び込んだ通信はカクリコンだ。振り返れば、ガンダムMk-Ⅱがもう一機、ジェリドに向けて進路を取っている。

「カクリコン!」

「お前、エネルギーは持つのか?」

 カクリコンのMk-Ⅱは、シールドの裏にセットされた予備のエネルギーパックを取り外し、ジェリドに押し付ける。ジェリドのビームライフルのエネルギー残量はカラだ。

「ありがたい」

「なに、お互い様だ」

 カクリコンは落ち着いていた。ジェリドがエネルギーパックを付け替える間、周囲を警戒している。

「それに、一隻俺が墜とすまでは付き合ってもらわんとな」

 モニターから目を離さず、しかしリラックスした様子でカクリコンは笑った。

 ジェリドも釣られて笑う。

「お前さんにできるかね」

「バカ言えよ……」

 軽口を叩き合うのはいつものことだ。カクリコンの顔が、さっと真剣味を帯びる。

「エマはどうした」

「……裏切ったよ」

 カクリコンにも、エマの機体が敵の隊列に巻き込まれるようにしてアーガマに着艦したのは見えた。

 エマが裏切ったことはショックが大きいが、すでに疑いようのない事実だった。

「お前はそれをわかって無断出撃か!」

「さあな」

 ジェリドははぐらかした。事実を話せば、ジェリドがエマの叛意を知っていながら報告しなかったことも明るみに出る。

 それにエマが裏切った以上、事実を知ればカクリコンまで裏切ることも最悪の事態ではあるが想定していた。

 実弾が、二人の間を別つ。装甲に散弾が撒かれ、わずかな傷が表面を覆う。すばやく互いの距離をとった二人は、敵の姿を認めて口を揃えた。

「赤い彗星!」

 そのリックディアスは赤。身のこなしにも、隙はない。レーザー衛星を破壊してアーガマに戻ってきた彼らはようやく、戦線に参加する。

「相手してやるぜ、赤い彗星!」

 カクリコンのビームライフルが火を吹いた。最小限の動きでそれを躱したクワトロは、すぐさま撃ち返す。

「うおお!」

 カクリコン機はシールドを前に突き出した。散弾を受け止めたシールドが軋む。クレイバズーカの威力に、コクピットも揺れる。

 その脇から、ジェリドのMk-Ⅱもクワトロを狙う。カクリコンの攻撃と連携して、その避ける先を予測して銃火を浴びせる。

 クワトロの機体はジェリドとカクリコンの二機がかりの攻撃を掠らせもしなかった。

「甘いな!」

 クレイバズーカが眼前に迫る。身を捻って躱したジェリドだが、そのモニターには、突きつけられるビームサーベルが映っている。

 破壊されたバルカンポッドが、Mk-Ⅱの頭部から外れた。一部がひしゃげたそのバルカンポッドは所々火を吹き、沈黙する。ガンダムMk-Ⅱの右頬に傷が刻まれていた。

 乗機の頭部の破壊を免れたジェリドは、自身もビームサーベルを抜く。クレイバズーカよりは、ビームライフルの方が至近距離での取り回しは上だ。

 鍔迫り合いの直後、発砲が交わされる。狙いをつける暇など与えるつもりはないとばかりに、ジェリドは攻め立てる。

 一瞬の隙をついたリック・ディアスの蹴りが、ジェリド機のバランスを崩した。続け様のビームサーベルは防いだものの、クレイバズーカを躱せる体勢にはない。

 振り向きもせず、クワトロはクレイバズーカを背中に向けた。その弾丸はカクリコンを襲う。

「ぐおおおお!」

 クワトロ機へ狙いを定めていたカクリコンはすんでのところでシールドを割り込ませたものの、受け方が悪く宇宙でぐるりと体を回す。どうにかバーニアとAMBACで回転を止めたが、隙だらけだ。

 ジェリドの方も、未だ窮地を脱してはいない。カクリコンへの背面撃ちの隙をついて体勢を立て直そうとするものの、流れはクワトロにあった。

「なめるな!!」

 ジェリドはリック・ディアスのサーベルを払いつつ荒々しくビームライフルの銃口を密着させる。

 しかし、リックディアスはさらに体を押し付けそのビームライフルを逸らせると、頭部をクレイバズーカの銃身で殴りつけ、その腹部を蹴り飛ばした。慣性に従い伸ばされたMk-Ⅱの左腕を、そのビームサーベルが切り落とす。せっかくパックを交換したビームライフルが、握られたまま宇宙に浮かぶ。

 二人がかりだというのに、まるで勝ち目がない。これが本気の赤い彗星。これが、シャア・アズナブル。

 しかし、クワトロはそれ以上の攻撃をジェリドに加えなかった。それからすぐにビームピストルを両手に二挺持ち、ティターンズの部隊へ突っ込んでいく。

 これ以上はジェリドなどに付き合っていられない。一刻も早く敵を止め、アーガマ離脱の隙を作る必要があった。

 聖人が海を割るように、その赤い軌跡は爆発を周囲に伴っていた。ジムⅡやガルバルディβが、次々と墜とされていく。

「野郎!!」

「ジェリド! 撤退信号だ!」

 すでに十分な打撃は与えた。敵のエースパイロットに陣を崩されたことを機に、ジャマイカンは撤退信号を出した。

 ジェリドは舌打ちした。

「くそっ! シャアめ!」

「落ち着けよ、ジェリド」

 カクリコンのMk-Ⅱは、近くに浮いていたクレイバズーカを手に持った。クワトロのリック・ディアスがジェリドを殴りつけて放り捨てたものだ。

「見ろよ、ヘコんでるだろ」

 銃身の真ん中よりやや先に行ったところに、大きな凹みがあった。よく見れば、そこを境に銃身そのものが歪んで曲がってしまっていることもわかる。

「シャアだってなりふり構ってない」

「次は勝てるか」

 ジェリドの問いに、カクリコンは力強く笑って頷く。

「ああ。……さっさと離脱するぜ」

「おう」

 二人は並んでスラスターを噴かした。帰投する仲間たちのノズル光が、視界の星に交じる。

「エマ……」

 母艦へ向けて加速する機体の中、ジェリドは小さくそう呟いていた。

 

 

 

「ううむ……手ひどくやられたな……」

 ヘンケンは顎をさすった。

 クワトロの部隊が帰ってくると、ティターンズの部隊は波が引くように撤退していった。

 艦もモビルスーツも傷つき、モンブランに至っては撃沈された。

 どうにか当初の目的であったホウセンカの投下にこそ成功したものの、これはエゥーゴの大きな痛手だ。

「私が死なん限りエゥーゴも死なんよ」

 ブリッジの乗組員に向けてブレックスはそう嘯いてみせた。方便だとはわかっていても、士気は上がる。

 ブリッジの気密ドアが開く。赤のノーマルスーツの男が、敬礼をとって入ってきた。クワトロだ。

 ブレックスが振り向く。

「大尉か。今回は大尉のお陰で助かったよ」

「それはどうも。……彼女が、例の」

 クワトロの視線の先に居たのは、ティターンズ仕様のノーマルスーツを着たショートヘアの女士官。エマ・シーン中尉だ。

「ああ。大尉も含めて話し合っておこうと思ってな」

 エマはその視線に気づいて、とりあえず敬礼をした。

「……エマ・シーン中尉であります。迎え入れてくださり、感謝いたします」

「あ……うむ……」

「迎え入れると決まったわけではない。まだ観察期間も始まっておらんのだ」

 落ち着かない様子のヘンケンを制するように、ブレックスは厳しい言葉を告げた。

 エマもブレックスの言葉は予想していたようで、ショックを受けた様子もない。

 クワトロが口を開いた。

「私はクワトロ・バジーナ大尉だ。赤いリック・ディアスのパイロットをしている。中尉は、なぜエゥーゴに来ようと?」

「ティターンズの非道を目にしました」

「非道?」

 クワトロは低く聞き返す。何を目にしたか、彼は聞くつもりだ。

「先日、私はエゥーゴの捕虜をバスク大佐が拷問しているのを見ました。その直後の戦闘では、人質に使っているのも」

「……ほう。では君はあの時のMk-Ⅱのパイロットか」

「はい。一号機は私が……三号機にはジェリドが乗っていました」

 エマは自分の発言に驚いた。なぜ、ジェリドのことを話してしまったのだろう。

「そうか……三号機のパイロットはジェリドというのか」

 クワトロが呟く。

 あの時捕虜の乗ったカプセルを狙わずリック・ディアスを銃撃し、今日の戦闘ではモンブランを沈めクワトロに肉薄した三号機のパイロットには、少なからぬ興味がある。

 今はまだ青いものの、かつての自身のライバルを感じさせるパイロットだ。

 とはいえ、かつてのライバルとジェリドは違う。戦い方も感じ方も、おそらく考え方も違うだろう。似ているのはガンダムに乗っていることと、自身を一度とは言えやり込めたことだ。

「彼にエゥーゴに来るつもりは?」

「いえ……わかりません。でもジェリドはあの時、カプセルの中身を知って、撃ちませんでした。あえて外したんです」

「わかっている」

 クワトロはサングラスの奥で目配せをした。ヘンケンはすぐにブレックスを見、ブレックスは頷いた。

「いいだろう、このアーガマは君を迎え入れる。ただし、しばらくの間、中尉は保護観察期間だ。構わんね」

「はい」

「しばらくは不便をかけるが、すぐにエゥーゴの一員になれるさ」

 ヘンケンはたった今迎え入れられたエマ以上の笑みを見せた。大きく笑う彼に構わず、エマは案内されるままブリッジを出ようとした。

 彼女は足を止めて振り返る。

「クワトロ大尉とおっしゃいましたね」

「なんだ」

「あのカプセルの二人は……」

「今は治療中だ。もうじき、モビルスーツにも乗れる」

 エマは敬礼をして、ブリッジを出た。

 

 

 

「ジェリド! 貴様……なぜ無断出撃した! 営倉入りが望みか!?」

 神経質にジャマイカンが叫ぶ。ジェリドは仏頂面で、その顔を見返す。

 青筋が浮かんだジャマイカンの顔は赤く、ジェリドに掴みかからんばかりの勢いだ。先日のカプセル狙撃に続いて、また失敗。ジャマイカンが熱くなるのも無理はない。

 それに加えて、エマの離反。ジャマイカンはその憤りをジェリドにぶつけていた。

「連絡ミスですよ、少佐」

「連絡ミスだとお!?」

「こっちはあの作戦変更を聞いてない。自分からすれば、命令も出てないのにエマ中尉が勝手に出撃したのを止めようとしただけです」

「だとしても無断出撃だろう! 役立たずでは飽き足らず、足を引っ張りに出おったか!」

 ジャマイカンは言い返すはずのない相手に言い返され、ますます顔を赤くした。もはや赤黒いと言っていい。

「そうか、わかったぞジェリド! 貴様はエマを庇っているんだろう! 貴様もエマと同じ裏切り者か!」

「そこまでにしろ」

 低く重苦しい声が、ジャマイカンの後ろから飛ぶ。ブリッジの窓から星を見ていた大男が、振り返った。

 バスク・オム大佐だ。

「今回中尉は敵の艦を落とす働きをしてくれた。連絡ミスならば、それで帳消しにしてやらんか」

「しかし大佐、それでは示しがつきません! 我々はエリートなのですぞ!」

「くどいぞ! 中尉の今後の働きに期待できるのがわからんのか!」

「は、はっ! その通りで……」

 バスクは軍規よりも自分の好みを重視していた。彼の暴君ぶりにジェリドがこれほど感謝したことはない。

「私とブルネイはもうグリプスへ戻る。あとは任せるぞ」

「はっ!」

 ジャマイカン達は敬礼をしてバスクを見送る。

 バスクはジェリドの横で、一度立ち止まった。

「次にわしの命令を無視すればどうなるか、わかっているだろうな」

「はっ……心得ております」

 表情を隠すゴーグルの下の底知れぬ狂気がジェリドには感じられた。

 ジャマイカンからの説教を聞き終えたジェリドはブリッジを出た。

 幸運にも、お咎めはなし。一つ大きく伸びをしたジェリドは、ある人物に気づく。

 ブリッジのドアの側で、ライラが壁に背を預けていた。その表情は、決して明るくない。

「ライラか。どうした?」

「営倉入りになりそうなら、ちょいとケチをつけてやろうかと思ってね。ま、無駄足だったみたいだけど」

 壁を蹴ったライラは、ジェリドに背を向ける。

「あのエマって娘を茶化したこと、謝るよ。……悪かったね」

 裏切りを知っていたとしか思えないジェリドの行動。ライラは、その疑いを胸にしまい込んだ。

 

 

 


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