主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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グラナダ攻略戦

 

 アクシズが地球圏に帰還する。バスクの更迭を上回るニュースが、地球圏を揺るがした。エゥーゴとティターンズが争う今、アクシズの動向は重要だった。

 すでにジャミトフは、フォン・ブラウンへ拠点を移していた。アクシズの地球圏の帰還までにエゥーゴを倒すことは叶わなかったが、戦争の継続による地球経済の疲弊を目指すジャミトフにとってはかえって好都合だった。

「それでは、アクシズは敵に回すと」

 シロッコが落ち着いた様子で聞いた。フォン・ブラウンの庁舎から徴発したジャミトフの執務室には、地球の彼のものほどの重厚さはなかった。

「ああ。今のままエゥーゴが滅べば私の目的は達成できん」

「ジャミトフ閣下のお考え、わかっているつもりです」

 彼の望みは、アクシズとエゥーゴの連携。それによって地球居住者の中の危機感を煽り、さらに戦費を搾り取るつもりだ。

「お前の他に共感してくれたものなどおらんよ」

「後の世にどう伝えられるかはわかりませんが、閣下は人類の進歩に大きく貢献なさるのです」

 シロッコのその言葉に、ジャミトフは小さく鼻を鳴らした。

「わしは地球にとって必要なことをするだけだ。アクシズの件、頼んだぞ」

「ええ。敵に回すための交渉など、そうそうあるものではありませんから」

 シロッコは余裕に満ちた笑みを浮かべた。

 

 

 

 ベッドの上で見つめていた天井は、いつまで経っても変わらない。身をよじった先の枕は、固かった。

「ダメですよ、きっと。カミーユ、ずっと部屋にいるんですから」

「いい、シドレ。カミーユ、開けるぞ」

 返事を待たず、ドアが開いた。ドアの外に立っていたのは、ジェリドとマウアーだった。その後ろにはシドレもいる。

「……ジェリド大尉」

 ベッドから身を起こしたカミーユが小さく言った。

 ジェリド・メサが帰ってくる。ドゴス・ギアの中はそのニュースでいっぱいだった。バスク更迭の立役者である、シロッコの懐刀。ただでさえ英雄だったジェリドを、歓迎しないクルーはいなかった。

「また英雄になったんですよね。おめでとうございます」

「カミーユ、少し付き合え」

「……はい」

 ジェリドの前では、彼は幾分か素直だった。

「ごめんなさいシドレ、外してもらえる?」

「はい! 失礼します!」

 マウアーがそう言うと、シドレは元気よく敬礼して廊下へ去っていった。

「……何の用なんです、大尉」

「お前にちょっとしたプレゼントがある。まあ格納庫までついてこい」

 ジェリドとマウアーの後について、カミーユは通路を進む。

「どうだ、調子は」

「別に、なんともありませんよ」

 そっけなく答えるカミーユ。あたりにひと気はない。ジェリドはマウアーに目配せした。彼女は頷く。

「ファ・ユイリィが人質だったんだな」

「え……!」

 ジェリドの言葉に、カミーユは目を丸くした。

「……誰から聞いたんです」

「ごめんなさい。私が勝手に調べたの。ジュピトリスのクルーから聞き出した」

 躊躇なくマウアーは嘘をついた。

「マウアー少尉が……」

「ティターンズを嫌っていたお前がここにいる理由が知りたくてな、マウアーに頼んだんだ」

「それで、なんですか。俺に同情しようってんですか」

「カミーユ……」

 マウアーが心配そうにその名を呼ぶ。カミーユはつい、足を早めた。ジェリドたちの前に出て、怒りのままに声を張り上げる。

「バカですよ、俺は。ファのことを勝手に心配して軍隊に入れられて、そのファが今度は、望んで軍人をやってるってんですよ!」

「シロッコがティターンズの司令官になる前ならば、俺たちにもやりようはあったはずだ。すまない」

「今更何ですか? 無駄なんですよ、何を言ったって!」

 八つ当たりの自覚はあるが、カミーユは自分を押さえきれなかった。ジェリドはカミーユの目をじっと見据えた。

「お前はどうするつもりだ」

「どうって……」

「お前は曲がりなりにも兵隊になった。脱走は重罪だぜ」

 顔を正面から見ることもできず、カミーユの視線はジェリドの胸元あたりを漂っている。現れた感情は、失望だった。

「……あなたも僕に、兵隊になれって言うんですか」

 彼の声は、はじめこそ震えていたが、その言葉の最後には無感情を装った平坦なものに変わっていた。

「ファって子のことをどう思っていようが、退役するまでは軍人だ。戦争で死んじまったら意味はない。今の俺にはその手伝いしかできんのさ」

「……わかってますよ」

 カミーユは行く手へと振り返り、また進み始めた。

 格納庫まで、重い沈黙は続いた。

「さて」

 ジェリドが雰囲気を変えるよう、やや明るい調子で切り出した。

「見ろ、カミーユ。あれが俺の新型だ」

「大きいですね。またガンダムですか?」

 カミーユは苦笑した。彼らの視線の先には、二十メートルを越す大型機があった。紺と黒を基調にポイントごとに黄と赤を織り交ぜた塗装は、ガンダムMk-Ⅱにも似ている。左のフロントスカートには、やや歪んだ赤い星のペイントがあった。ジェリドのパーソナルマークだ。

「ああ。このガンダムMk-Ⅴなら、アムロのZにだって負けやしないぜ」

 ジェリドの説明を聞きながらも、カミーユは目を輝かせていた。機械いじりが好きな少年が、新型に興味をそそられないはずもない。

「なるほど……ムーバブル・フレームなんですか?」

「形状は違うらしいがな。あのビームサーベルもちょいと仕掛けがあるんだ」

「仕掛け……あのサーベルのマウント部分、動きますよね」

「よく気づく。あれで前に向けたサーベルが、ビームカノンになるんだよ」

 カミーユは楽しげだ。

「それでジェリド、プレゼントって?」

 微笑ましく二人を見ていたマウアーが、少しからかうように訊いた。ジェリドは照れ隠しに笑いながら、もう一機のモビルスーツを顎で示す。

 同じく黒いガンダム。カミーユにとっては、因縁のあるモビルスーツだ。

「カミーユ、俺のMk-Ⅱをお前にやる。シロッコに頼めば、そのくらいは許すだろ」

「Mk-Ⅱ、ですか」

 カミーユの笑顔が翳った。そのモビルスーツの開発者は、フランクリン・ビダンだ。

「親父さんだろ、フランクリン・ビダン博士は」

「あいつと会ったんですか」

「ああ」

「あんな男、父親失格ですよ。モビルスーツと不倫相手の女にしか興味なんてないんです」

「博士もそう言ってたよ」

 怒りを隠さないカミーユに対し、ジェリドは淡々と答える。

「じゃあなんでそんなことを伝えるんです。俺とあの人は無関係でしょ」

「お前に死んでほしくないんだとさ。だからMk-Ⅴにも力を入れた」

 ジェリドがそう答えると、カミーユは呆れたように独りごちる。

「家族と向き合ってこなかった男が、今になって大尉を伝言板にして。俺に直接言えばいいだろうに」

「生き残る理由が増えたか?」

「親父のためじゃありませんよ、面と向かって文句を言ってやりたいんです」

「わかってるさ」

 ジェリドは苦笑する。ハンガーのガンダムMk-Ⅱには、何の表情もない。カミーユに無関心な点だけはフランクリンに似ていた。良いも悪いも、機械にはない。

「ええ。それでこいつ、バーザムと似てるんですよね?」

「俺もバーザムに乗ったが、出力と推力はこっちの方がずっと上だな。フィーリングが合えばいいが……」

 カミーユは話しながら、Mk-Ⅱを見上げる。不思議とその頬は緩んでいた。

 

 

 

 少女は大きな玉座の隅にちょこんと座り、肘掛けに身を預けていた。

 そわそわと落ち着かない様子の彼女も、そのそばに控える女にわずかに視線を向けられると、小さく頷いて表情を固くした。

 スライドドアが開き、ティターンズの制服で身を固めた兵士たちを従えた、一人の男が入ってきた。細いヘアバンドをつけた、白い制服の男だ。

「ようこそ、パプテマス・シロッコ。私はジオン公国王女、ミネバ・ラオ・ザビである。お前たちが来てくれたことを嬉しく思う」

 ミネバは玉席を立ち、手を差し出した。シロッコもそれに応え、その手を握る。

「このような場を設けていただいたことを感謝する。こちらが、ジャミトフ・ハイマンからの書簡です」

「受け取ろう」

 ミネバのそばに控えていた黒ずくめの服装の女が、その手紙を受け取った。女は素早くその書簡に目を通し、シロッコへ視線を戻した。表情はわずかに厳しく、しかしそれ以上に余裕があった。

「この書簡の内容については、後日返事を差し上げよう。しかし、この書簡を届けるために、わざわざ総司令官が来ることもあるまい?」

 シロッコは薄く笑うと、片手を上げた。彼の後ろの兵士たちが敬礼し、踵を返して帰っていく。敵船の中でわざわざ孤立するなど、不可解極まりない。

「何を」

「ティターンズがいかにアクシズを重要視しているか、ということです」

 ドアが閉まった。部屋の中に残っているティターンズは、シロッコと彼に付き従う少女の二人だけ。あとは全てが、アクシズの人間だ。

「アクシズを味方にするためならば総司令官を差し出しても構わない。それを示そうと思ったのです」

 女が笑い出した。緊張した面持ちの侍女たちは、驚いたように彼女を見る。

「そうか……これがパプテマス・シロッコ。ティターンズを手に入れた木星帰りの男か」

 彼女の名はハマーン・カーン。ミネバの摂政を務める、アクシズの事実上の指導者だ。シロッコも笑みを浮かべ、書簡をぐしゃりと握りつぶした。

「降伏勧告も同然の要求をしておいて、味方にしたいとはな」

「ハマーン・カーン、貴様はエゥーゴの味方をするつもりはないだろう」

 ハマーンの口元が、わずかにひくついた。

「なぜそう思う」

「ジオン残党も多いエゥーゴと本気で組むつもりなら、我々との交渉になど応じるはずもない。とすればエゥーゴも、お前にとっては敵だ」

「だからティターンズと手を結べと?」

「さあ。しかし、私にもやりたいことがある」

 シロッコはそこで、ミネバに目をやった。重い沈黙の中に、ミネバが唾を飲み込む音が響く。落ち着かせるように小さく首を振り、シロッコはハマーンへ向き直った。

「ハマーン。人は地球というものを崇めすぎていると思わんか」

「何が言いたい」

「私は地球などどうでもいい。いざとなれば貴様にサイド3その他を割譲することもできる」

「愚かな男だ。アクシズがティターンズに与すると思うか?」

「……シャア・アズナブルが忘れられないのだな」

「シロッコ、貴様!」

 思わずハマーンは声を荒げる。だが、彼女は感情的になりきれなかった。ミネバの存在を思い出し、言葉を思わず止めてしまった。

「シャアはアクシズからエゥーゴに渡り、クワトロ・バジーナへと名を変えた。そして、ティターンズのジェリド・メサに殺された」

「……警備兵! 奴を捕らえろ」

 アクシズの兵がシロッコに銃を向ける。剣呑な雰囲気に怯えたミネバを守るように、女官たちが立ち塞がった。しかしシロッコは冷静だった。

「しかし君からシャアを奪ったのはエゥーゴだ」

「……貴様の目的は何だ、シロッコ」

「私は歴史の立会人に過ぎない。歴史が動くその場にいたいだけだ」

「どういう意味だ」

「好きに受け取るがいい」

 彼は仮にもアクシズの君主であるミネバを前に、不遜だった。敬礼もなく振り返る。

「この兵たちを下がらせてくれ、ハマーン」

「貴様がどう思っていようと、ティターンズはジャミトフのものだ」

 ハマーンが鋭い声を彼の背中に投げかける。シロッコは肩越しに振り向いた。

「すぐに答えを出す必要はない。だがハマーン、お前が私と手を結びたくなれば、その時に聞かせてもらおう」

 沈黙が続く。ハマーンはついに、片手を上げた。兵たちは銃を下ろして、シロッコに道を開けた。

「……今日のところはお引き取り願おうか、シロッコ」

「また会おう、ハマーン・カーン」

 

 

 

 遠ざかっていくグワダンが、窓の外に見えた。スペースランチの座席の隅に座るシロッコ。彼はその隣に、サラを呼びつけた。

「サラ。謹慎中のお前をここに連れてきたのは、私のボディガードとしてではない。ハマーンをどう思ったか、聞きたかった」

 はい、と返事をしたものの、サラはどうにも腑に落ちない顔だ。

「どうした」

「失礼ながら……パプティマス様の本当の目的とは、何なのですか?」

「嫉妬してくれているのか?」

「違います。……いえ、嫉妬しているのかもしれません」

 正直なサラの様子に、シロッコは微笑む。

「ハマーンの前では嘘をついた。私は人類をより良く導きたい。その大きな目標のために、お前たちの助けがいる。ハマーンも利用しなければならん」

「ハマーンは危険です」

 ようやく、サラは自分の意見を口にした。シロッコはうなずく。

「不安定な女ほど御しやすいと踏んだが、そうすぐにはうまくはいかんさ」

 そう言って、シロッコは窓の外へ目をやった。 不安定な女ほど御しやすいという言葉は、自分にも向けられているのだろうか。サラは、先ほどのハマーンとの会話を自分にも聞かせたことにも、何か裏がある気がしてならなかった。

 

 

 

 アレキサンドリアの外部に、牽引される大きな影。それは四十メートル級の可変モビルアーマー、サイコガンダムMk-Ⅱだ。

「以上が、グラナダ攻略作戦の概要だ。パイロットのお前たちには、これらを頭に入れた上で戦闘に備えてもらいたい」

 ブリーフィングルームのモニターの前には、ドゴス・ギアの艦長であるガディ・キンゼー。彼の隣には、ショートヘアの少女が立っていた。

「最後に、本日アレキサンドリアに着任した、フォウ・ムラサメ少尉だ。彼女にはサイコガンダムMk-Ⅱに搭乗してもらう」

 彼女は居心地が悪そうにじろりと座席のパイロットたちを睨む。その中にカクリコンの姿を認め、思わず目を見開いた。

「話は終わりか?」

 ヤザンが痺れを切らして立ち上がった。ほとんどのパイロットたちがそれに従う。

「なら戻らせてもらう。俺たちだけで十分だろうに」

 強化人間は、この艦では嫌われていた。インストラクターを必要とする彼らのデリケートな性質も理由の一つだったが、原因はギャプランを活かしきれなかったゲーツ・キャパにもあった。

「では、俺もブリッジへ戻る」

「はい、それでは」

 ガディがブリーフィングルームを去ると、わずか数名しか残っていなかった。フォウとゲーツ、二人のインストラクター、そしてカクリコンの五人だ。

「また会えると思わなかったよ、カクリコン中尉」

「ああ。……お前、記憶は」

「まだだよ。まだ、返してもらってない」

 フォウの立場を考えると、カクリコンは久々の再会を喜ぶ気持ちにはなれなかった。フォウの隣のナミカー・コーネルに、ゲーツが詰め寄る。

「カクリコン中尉から聞いたぞ。貴様ら、そこのフォウ少尉の記憶を戻すと約束したんだろう」

「今年いっぱいはムラサメ研究所でも予算が下りません」

「ふざけるな!」

 ゲーツが胸ぐらを掴むが、コーネルは一歩も引かなかった。

「これが最良のやり方です。彼女の記憶を戻すための治療期間と費用の確保を所長は約束してくれました」

 鼻で笑い、ゲーツも言い返す。

「記憶をいじれば約束などいくらでも誤魔化せる」

「違います! 私は」

「いい加減にして。私はナミカーを信頼してる」

 フォウがゲーツを諌め、コーネルを庇った。

「少尉の気持ちもわかるが……!」

「わかってないんだよ」

「俺は強化人間だ、君と同じだろう」

 フォウの手が、ゲーツの頬を張った。突然のことに、ゲーツは目を白黒させる。絞り出した言葉は、情けないものだった。

「な……! 俺はロザミアの友達だぞ!」

「ナミカーをいじめてずけずけと近づいてくる! 好きになれるものか!」

「それは……」

 コーネルの手を取り、フォウは振り返りもせずにブリーフィングルームをあとにする。ゲーツはすがるような声を上げた。

「ま……待て! 待ってくれ、少尉!」

 追いかけようとするゲーツの肩を、カクリコンが掴んだ。

「何をする、中尉!」

「ああなっちゃ、相手の頭が冷めるまで待つしかない」

「そういうものか?」

「女ならね」

 ゲーツにとっては、不思議と説得力のある言葉だった。余裕に満ちたカクリコンの口ぶりだけでなく、彼自身、今フォウに会うことにはばつの悪さがあった。

「わかった、中尉。すまなかったな」

「謝るんなら、頭の冷めたフォウ少尉にだろ?」

 そう肩をすくめたカクリコンのことが、ゲーツは気に入った。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八七、十月十三日。ティターンズの艦隊が動いた。目標はグラナダ。フォン・ブラウンを奪われたエゥーゴにとっては、アナハイム・エレクトロニクスの本部があるアナハイムと並ぶ重要拠点である。

 グラナダには一年戦争の際にジオン軍が設置した軍事設備は今も残っており、月の裏側において最強の軍事都市である。それは裏を返せば、グラナダさえ落とせばアナハイムを落とすことは容易い、ということでもあった。

「アーガマは旗艦として動いてもらう、いいな?」

「それは構いませんが……しかし、いいのですか」

「アーガマをホワイトベースになぞらえるなら、あなたが艦長をするべきだ。そうだろ、艦長」

 モニターの向こうには、ラーディッシュのブリッジとヘンケンの笑顔が映っている。

「わかりました」

 しぶしぶ、というほどではないが、ブライトは納得いかない様子でそう答えた。彼は今、エゥーゴの旗艦たるアーガマの艦長だ。

「ブライトが艦長をやってくれれば、アムロさんもやりやすいでしょ」

 キャプテンシートの横から、カツが無邪気に声をかける。ブライトが言い返した。

「パイロットなら口の聞き方を身につけろ」

「はいっ、艦長!」

「さっさと戦闘配置に……」

 カツを怒鳴りつけようとして、ブライトは言葉をとどめた。

「どうしたんですか?」

「いや、早く戦闘配置につけ」

「はっ!」

 元気よく敬礼し、カツはブリッジから駆け出していく。

「艦長、なにか?」

「あいつが俺に気を使うなんてな」

 ブライトは呟くように答えた。一年戦争の頃は小さな子供だったカツが、アーガマでの指揮に困惑するブライトに気を遣っていたことが、彼にとっては驚きだった。

「どこ行ってたんだカツ! 百式の準備は出来てるぞ!」

「すみません! 遅くなりました!」

 コクピットに飛び乗るカツ。全天周囲モニターを立ち上げると、周囲の光景が映し出される。

「どうだった、ブライトは」

 アムロからの通信だ。

「たぶん大丈夫です。それにしても、大きな戦闘になりそうですね」

「ああ、ティターンズは本気でグラナダを取りに来ているらしい」

「じゃあ、総力戦ですか」

「……ああ」

 この戦場のどこかにサラがいる。二人ともそう思い浮かべて、黙ってしまった。

 オペレーターの声が届く。

「アムロ大尉! 出撃どうぞ!」

「了解! じゃあ、カツ。また」

「ええ、また!」

 

 

 

「どう? シドレ。パラス・アテネの調子は」

「いいですよ、慣らし運転をした甲斐があるというものです」

「そう」

 月面の上空からは、月の丸みが見えた。大気がほとんどないこの衛星では、はるか遠くの地表すらも、くっきりと目に見える。

 月の表側から裏側へ。エゥーゴのグラナダ防衛線へ、ティターンズ艦隊はちょうど太陽の光を背に受けて攻め込んだ。

 戦端は開いている。旗艦であるドゴス・ギアからもモビルスーツが発進していた。サブフライトシステムのゲターを用い、最前線へと赴く。

 サラのボリノーク・サマーンの頭部のレドームが輝いた。

「シドレ、こちらのデータは?」

「来てます。敵の居場所もわかる……さすが、パプティマス様のマシン!」

「ええ、そうね」

 シドレが搭乗する機体は、対艦攻撃に主眼をおいた攻撃用重モビルスーツ、パラス・アテネだ。サラが乗っている索敵用のボリノーク・サマーンとは対照的な機体といえる。いずれもシロッコが開発した機体だ。彼女たちは、それが誇らしかった。

 彼女らを、一機のモビルアーマーが追い抜いた。ドゴス・ギアから発進したもう一機のマシン、それは、メッサーラだった。

「パプティマス様のマシンを……」

「気にしないでいいんですよ、曹長。私たちとは違うんですから、あの人は」

「……そうね」

 嫉妬混じりの冷たい言葉が、そのモビルアーマーへ投げられた。パイロットは、ファ・ユイリィだ。

「見ていてください、パプテマスさん。私、カミーユなんかよりも、ずっと!」

 メッサーラのメガ粒子砲が、エゥーゴのモビルスーツ隊を襲う。高速での奇襲ということもあり、逃げ損ねた一機のネモが片腕を吹き飛ばされた。

「やった!」

 無邪気に喜ぶファだったが、エゥーゴのモビルスーツ隊はすぐさま立て直し、メッサーラを包囲する。

「来るつもりなの、こいつ!」

 ビームサーベルを抜いて切りかかってくるネモを見て、ファは接近戦に臨んだ。メッサーラをモビルスーツへと変形させ、ビームサーベルを構える。

 光の粒子が飛び散る。ネモの一太刀目を、ファは受け止めた。

「接近戦だって!」

 大柄な機体であるメッサーラは、その大きさに見合うパワーも持っている。力でネモを押し切ろうと、もう一度サーベルを打ち合う。ネモのビームサーベルが弾き飛ばされた。

「きゃあっ!?」

 背後からのビームが、メッサーラに命中した。当然だ。ネモは一機だけではない。装甲板が吹き飛んだ。バランスを崩したメッサーラに、切り合っていたネモが組み付いた。

「そんな、離れてっ!」

 メッサーラが暴れるが、そこにもう一機のネモが取り付く。二機がかりでは、いかに大型といえどもメッサーラに勝ち目はない。ましてや実戦には不慣れなファでは、翻弄されるばかりだ。

 コクピットは激しく揺れ、機体のあちこちから異音が伝わってくる。ネモの表情のないメインカメラが、メッサーラのモノアイを覗き込んでいた。

「ああっ! あああっ!」

 モビルスーツの手足の自由は奪われ、スラスターも満足に動かない。彼女の脳裏には恐怖が過ぎる。捕獲されるのか、いや、それとも、このまま。

 身がすくむ。操縦桿を握る両手は強張り、モニターを見つめる視線は、何かを注視することもなく漂っている。

 その時、メッサーラの前面に取り付いていたネモにビームが命中した。肩を吹き飛ばされ振り向いたそのネモの脇腹に、加速をつけた回し蹴りがめり込んだ。

 衝撃でネモの手がメッサーラから外れ、その胴体へビームライフルの銃口が密着する。一発のビームが、ネモを貫いた。

 ネモの爆発を受けてさらに揺れるメッサーラのコクピットに、映像通信が飛び込んできた。

「バカ野郎! 一機で突出して、死にたいのかよ!」

「カミーユ!?」

 黒いガンダム。ガンダムMk-Ⅱに乗ったカミーユだった。

 新手を警戒して、組み付いていたもう一機のネモはメッサーラから離れた。Mk-Ⅱへとビームライフルを構えようとするネモだが、その眼前でライフルが切断された。

「おおおっ!」

 瞬く間にビームサーベルを抜いたMk-Ⅱは、返す刀でネモの胴体を真一文字に切り裂いた。一瞬遅れ、爆発が起きる。

「ファ、早く後退しろ!」

「勝手にしろって、勝手にしろってあなたが言ったじゃない!」

 反論が、ファの口を突いて出た。

「お前は! 戻るか死ぬか、どっちかなんだぞ!」

「そうやって見下して!」

「俺がファを見下して……?」

 思わず、カミーユはおうむ返しにつぶやいた。周囲には幸いにも敵モビルスーツの影はないが、依然戦闘の光は激しく輝いている。

「そうよ! ずっと私を利用して、パプテマスさんのところに行こうとしたら邪魔をして! 私だって、私だってね!」

「そんなこと言ってる場合かよ、戦闘中だぞ!」

 カミーユは、幸か不幸か戦闘に慣れていた。慣れてしまっていた。

「私だって怖いのよ! でも、戦わないと、戦わないと、パプテマスさんが……!」

「こんな時にシロッコのことなんか!」

「ああ……うあああああ……!」

 突然泣き出したファに、カミーユは目を丸くする。

 初めての実戦は、恐ろしいものだ。人の命を奪うことに関してはカミーユは未だ敏感でいられたが、自らの死の恐怖に関しては、麻痺していた部分もあった。

「……ごめんよ」

 ファはもっと強い子だと、カミーユは思っていた。しかし、それは買い被りだったようだ。彼女の感じた恐怖を、想像しきれていなかったのだ。カミーユはそう結論づけた。Mk-Ⅱはメッサーラを抱えて、ティターンズ艦隊へと後退していった。

 

 

 

 サラミス改級の船体を、一本のビームが貫いた。大穴を宇宙に晒す間もなく、機関部が誘爆し、激しい爆発と共にその艦は宇宙に消えた。

「なるほど……こいつがメガ・ランチャーか」

 ジェリドはMk-Ⅴのコクピットで小さく呟く。遠距離から一撃で巡洋艦を沈める脅威的な威力に、パイロットである彼すらも舌を巻いていた。

「来たか!」

 エゥーゴのマラサイが、三機編隊でMk-Ⅴへ迫る。回避運動を取りつつ、ジェリドは引き金を引く。マウントしたままのビームサーベルの基部からビームを発射するビームキャノンが、マラサイの胴体を撃ち抜いた。

 ジェリドは残った二機のうちの一機へ猛追する。距離を取ろうとするマラサイだが、Mk-Ⅱ以上のMk-Ⅴの加速性能がそれを許さない。苦し紛れに銃口を向けたマラサイの右腕が、そのまま力無く漂った。コクピットは、Mk-Ⅴのビームサーベルに貫かれていた。

 最後の一機は、Mk-Ⅴに近づくことなくビームライフルを乱射する。Mk-Ⅴを正面に捉えたそのマラサイは、あらぬ方向からのビームの連射を受け、爆散した。

 Mk-Ⅴのバックパックから伸びたワイヤーは、いくつかの重りを経由して、宇宙に浮かぶ小型のビーム砲へ辿り着く。オールレンジ攻撃を可能とする準サイコミュ兵装、インコムだ。

 インコムはもう一度リレーインコムと呼ばれる重りをワイヤー上に打ち出し軌道を変え、さらにビームを発射する。

 インコムのビームを受けたアイリッシュ級戦艦は混乱の中にあった。

「バカな! どこから……!」

「艦長、新型のガンダムが!」

「所詮一機のモビルスーツだ! やつと連携する他の機体を見つけて……!」

 ジェリドは対空砲火に追い立てられながらも、メガ・ランチャーを機体に接続した。

「エネルギー充填……八十……九十……!」

 アイリッシュ級に背を向けていたMk-Ⅴはくるりと反転し、メガ・ランチャーを構えた。

「メガ粒子縮退!」

 メガ・ランチャーの発射準備を整えると同時、ジェリドはターゲットサイトの中心に、アイリッシュ級の下腹を捉えていた。

 何門もの機銃の掃射がMk-Ⅴを追って宇宙に消える。その銃撃から逃れようと加速するMk-Ⅴの強烈なGを堪え、ジェリドはターゲットを見据える。

「落ちろ!」

 光が通り過ぎた。

 Mk-Ⅴからは、望遠鏡を覗くように、アイリッシュ級越しの宇宙が見えた。

 メガ・ランチャーから放たれた強力なビームは、アイリッシュ級を腹からブリッジまでを一息に捉えた。アイリッシュ級は赤熱化する装甲や内部設備を晒し、そして、もう二度と動くことはなかった。

 

 

 

「対空砲の配置は掴めた! 一度後退するわ!」

「はい!」

 ネモの群れにメガ粒子砲を放ち、シドレは頷いた。パラス・アテネとボリノーク・サマーンは、それぞれ射撃戦と格闘戦を得意とする機体だ。互いが互いの弱点を補い合いながら、ボリノーク・サマーンの索敵機能を活かしてグラナダ周辺の対空砲の位置を掴み、味方へ伝える。

 グラナダ攻略戦は、大方の予想に反して主力同士のぶつけ合いにはなっていなかった。

 対空砲をはじめとする防衛設備の破壊が進めば、戦力で勝るティターンズが圧倒的に有利に立つ。それまでにどれだけティターンズの戦力を削れるかという点が、エゥーゴの明暗を分けるだろう。

 エゥーゴが取った戦術は、遅滞戦術。機雷を撒きつつ後退し、対空砲でティターンズの戦力を削る。

「対空砲を潰せれば、艦隊がグラナダ上空に攻め込める」

「そこからは、このパラス・アテネの出番ですね! この対艦ミサイルもようやく……!」

 二人の間に、緊張が走った。その原因は音でも光でもない。接近してくるプレッシャーに、彼女たちは怯えの色を隠せなかった。

「来る……!」

 ティターンズ艦隊へ合流しようと加速する二機を、ビームが掠める。

「このパラス・アテネなら!」

 距離は遠い。シドレはそのプレッシャーの主に対艦ミサイルを発射した。パラス・アテネの背中のバインダーから、大きなミサイルが一斉に撃ち出される。

 ウェイブライダーのビームガンが、二発。自分に命中する軌道だった二発のミサイルを迎撃すると、爆煙に紛れて変形し、その姿を表す。

「Zガンダム!」

 ビームライフルを構え、Zガンダムは加速した。

 パラス・アテネは決して接近戦を得意とするモビルスーツではない。放たれたビームに左手の盾を構えると同時に、シールドの小型ミサイルをありったけ発射するが、アムロは素早い方向転換でパラス・アテネの上方に回り込み、もう一発ビームライフルを撃った。

「うあああっ!!」

 パラス・アテネの右腕が破壊され、シドレは悲鳴を上げた。

「外したか!」

 一撃で決めるつもりだったアムロは舌打ちしたが、すぐさま次の標的を見据える。ニュータイプ的な勘と、ジュピトリスでの戦闘で目撃したボリノーク・サマーンから、パイロットの正体はわかっている。

「サラ! お前をカツと戦わせるわけにはいかん!」

 一年戦争での自分とララァの悲劇を、再現させる訳にはいかなかった。自分にできることはせめて、カツの手でサラが死ぬことを防ぐことだけだ。

「何がアムロ・レイ! 負けはしないわ!」

 サラは負けじとアムロに向かっていく。肩のミサイルランチャーで牽制し、すぐさまサーベルを抜く。回避し損ねた一発のミサイルをシールドで受け、アムロもビームサーベルを抜き、左手に構える。

 ボリノーク・サマーンのビームガンをすり抜けるように躱し、Zガンダムはサーベルを逆袈裟に振り上げた。かろうじてサーベルで受けたサラだが、その視界の端に、Zガンダムの右手のビームライフルが映る。

 咄嗟に身をよじったおかげで胴体部への直撃は避けられたが、左肘のあたりを撃ち抜かれた。スラスターを使って後退するボリノーク・サマーンに、Zガンダムは腕部グレネードランチャーの狙いを定める。

「……このプレッシャーは!」

 アムロはグレネードランチャーを撃つことなく後退した。このプレッシャーの持ち主とは相見えたことはなかったが、その強大な気配に、アムロは身を固くする。

「アムロ・レイ……このジ・Oの力を試させてもらおう!」

 イエローに塗装された、大きな機体。縦に長い頭部から覗くモノアイが油断なくZガンダムを捉える。大きなフロントスカートと逞しいシルエット。重装甲と大推力の二つを両立させた、彼自身のための専用機。パプテマス・シロッコのジ・Oだった。

 

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