主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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すれ違うもの

 

 ジ・Oが右手の大型ビームライフルの引き金を引く。アムロは素早く回避運動を取り、反撃のビームを撃つ。後退したジ・Oを見て、アムロは加速を強めた。片手にビームサーベルを携え、斬りかかる。

 加速をつけた一撃は、ビームソードを握るジ・Oの左手を大きく弾いた。シロッコが怯んだ隙に、アムロはビームライフルを構える。この一射で決まる、そう思った瞬間だった。

 ライフルが下から切り裂かれた。ジ・Oのフロントスカートから伸びた隠し腕が、ビームソードを振るっていた。

「こいつ、隠し腕か!」

「パイロットの才能だけでは、私には勝てん!」

 モビルスーツの操縦難度は高い。四肢を制御する必要がある以上、蓄積された知識によるOSの補助が無ければ動かすことは難しい。ましてやその腕を増やし自在に操るとなれば、文字通りパイロットの手が足りなくなる。

 これにはシロッコが独自に開発したバイオセンサーによる機体制御が関わっているが、アムロが知る由もない。

 シロッコは口角を上げた。

 ジ・Oは左腕と二本の隠し腕のビームソードを振り回してZガンダムを後退させると、ビームライフルを構えた。ライフルを失ったZガンダムを、一方的に射撃で仕留めるつもりだ。

 ビームの連射が、アムロを追い詰める。

「勝負あったな、アムロ・レイ!」

「勝てると思っているから!」

 アムロも一瞬の油断を突きグレネードランチャーで反撃する。ジ・Oに命中こそしたものの、大した損傷にはなっていない。冷や汗を額に浮かべるアムロのコクピットが大きく揺れた。

「ぐっ!?」

 ボリノーク・サマーンの右腕のクローが、Zガンダムの腕を捉えて離さない。パワーに負けて、装甲が歪んでいく。

「今です!パプティマス様!」

「サラか!」

 ビームサーベルでボリノーク・サマーンを振り払おうとするが、その一瞬の隙が命取りだった。

「所詮は凡人に祭り上げられただけのパイロット……私の敵ではないか」

 ジ・Oの銃口が光る。直撃を喰らえば、いくらZガンダムといえども墜ちる。

 散弾がジ・Oの装甲にめり込んだ。衝撃で体勢を崩し、ビームもあらぬ方向へ飛んでいく。

「何が……!」

 カツの声が、アムロの元へ届いた。

「アムロ大尉! 動けますか!」

 クレイバズーカを構える百式が、ジ・Oに食らいついた。

「カツ!」

「こいつは僕が!」

 カツはそう言ってジ・Oめがけてクレイバズーカを投げつけると、背部のハードポイントからビームライフルを取る。ジ・Oと百式が、激しい銃撃戦を繰り広げた。次に動いたのはシドレのパラス・アテネだった。

「ここでアムロ・レイを墜とせれば!」

 ようやくビームサーベルを抜いたパラス・アテネがZガンダムに斬りかかるが、サーベルで軽くいなされ、つんのめった隙にグレネードランチャーを撃ち込まれる。

 だが、その爆発は、パラス・アテネには届かなかった。爆炎の後には、シールドを構えたボリノーク・サマーン。アムロを拘束し続けることよりも、シドレを守ることを選んだのだ。

「あ……曹長、ありがとうございます!」

「あのまま捕まえていたら、こちらがやられていただけよ!」

 この期に及んでどこか緊張感のないシドレに腹を立てつつ、サラはビームガンを撃ちアムロを牽制する。

「そんな気の抜けた攻撃で!」

 サラもシドレも、完全にアムロのペースに飲み込まれたままだ。強烈な加速で一気にアムロが距離を詰め、ビームサーベルを振りかぶる。

 突如、Zガンダムが減速する。その視線の先を二発のビームが横切った。

 またしても、ジ・Oのビームライフルによる妨害だ。

「ちいっ!」

「遊んでもらおう、アムロ・レイ!」

 弾切れのビームライフルを捨て、ジ・Oは両腕にビームサーベルを構える。アムロはジ・Oの二刀流の連続攻撃を受け流しながら後退する。わずかに隙のあるシロッコの攻撃は、反撃に出た相手を隠し腕で仕留めるためのものだ。それに気づいているからこそ、アムロは手が出せない。

 ビームがZガンダムを追い立てる。パラス・アテネの腕部ビーム砲だ。

「サラ曹長も援護を!」

「シドレ! 危ない!」

「うわあっ!」

 そのビーム砲と腕が宙に舞う。両腕を失ったパラス・アテネは、ほとんど戦闘不能だ。腕を切り落としパラス・アテネを後退させ、さらに追撃する金色の機体。カツの百式だ。

 パラス・アテネを庇うようにボリノーク・サマーンがビームガンを撃つ。百式は、危なげもなく回避した。

「カツ! なぜ理想もないあなたが……!」

「シロッコについて行くだけで、何が理想だ!」

 通信の繋がらない二機の間で、二人の叫びがぶつかり合った。

「違う!」

「サラだってシロッコが信じられないんだろ!」

 その瞬間、モビルスーツの内側の相手が、いや、ノーマルスーツのさらに内側まで、お互いの脳裏に映った。まばゆい色とりどりの光の空間に、二人はいた。

 それが何なのか、彼らにはわからない。しかし、この奇妙な感覚への疑問は、今はなかった。

「だって……ずっと一人だったのよ、パプティマス様しか、私を救ってくれる人はいない!」

「僕だって、アムロ大尉に救われた」

「私には、家族もふるさともないというのに!」

「それでシロッコの道具なのか!」

「道具……!」

 お互いの心が、その時垣間見えた。悲しみ、愛、迷い、それらを手に取るように、わかり合った。

「なぜ……なぜ現れたの、カツ! 私はパプティマス様がいれば、それでよかったのに!」

「これが運命だというから……」

「今になって、遅すぎる!」

「目を逸らしてもどうにもならないんだよ!」

「カツ……!」

 それは、時間にしてほんの一瞬だった。アムロもシロッコもシドレも、その気配だけは感じ取ることができた。

 シロッコの顔が、怒りに歪んだ。

「サラ! 小僧との戯言はやめろ!」

 強引に加速したジ・Oが、両者の間に割り込んだ。正面から斬りかかるシロッコのジ・Oのサーベルを左に回り込むようにかわした百式は、ビームサーベルを左から、敵の背中めがけて真一文字に振り抜く。

 その瞬間、百式の手が止まった。その振り抜くサーベルの軌道上には、サラのボリノーク・サマーンの姿がある。サラが、シロッコを庇ったのだ。振りかぶった姿勢のまま、百式は動きを止めてしまった。

 即座に振り返ったジ・O。それに気づき後退する百式よりも、ジ・Oが振り上げるビームサーベルは速かった。サーベルを握った百式の両腕が切断される。

 後退よりも、前進の方が速い。それは、ほとんどのモビルスーツに共通するものだった。ジ・Oの追撃のビームサーベルの刺突が、百式の胴体に迫った。

 シロッコの額に閃光が走る。ニュータイプの感覚。彼は自身の第六感から、危険信号を感じ取った。このまま突いてはまずい。そんな予感がなぜかあった。機体前面部のバーニアを噴射し、減速を試みる。

 同時に、加速していたのはボリノーク・サマーンだった。百式を突き飛ばしたボリノーク・サマーンの胴体へ、ジ・Oのビームサーベルの切先が迫る。その光景が、その場のパイロットたちにはスローモーションのように見えていた。

「ああああっ!!」

 目の前の激しい光。サラは悲鳴をあげ、コクピットへビームが迫る恐怖に抗った。

 ボリノーク・サマーンに、攻撃は命中しなかった。サラが目を開けば、片腕を吹き飛ばされたジ・Oが、呆けたように立っていた。

「まったく……、人は同じ過ちを繰り返す!」

 アムロのZガンダムの手に握られているのは、百式のビームライフルだった。ジ・Oとの戦闘中に百式が手放したそれを、彼がすぐさま拾ったのだ。

「カツ! 一度退くぞ!」

「了解です!」

 ウェイブライダー形態となったZガンダムに、百式が飛びついた。両腕がなかったが、足を器用に使って機体を固定し、ウェイブライダーの加速と共にスラスターを噴かす。

「……サラ……」

「ぱ……パプティマス様……」

「我々も後退だ。今のままでは戦えん。シドレも聞こえているな」

「はっ、はい!」

 シロッコは、音声のみで命令を下した。生まれて初めて味わった屈辱に歪んだ顔を、見せたくなかったからだ。

 

 

 

 宙に浮かぶ一機のネモ。青いモビルスーツがそれを蹴飛ばすと、慣性のまま宇宙を流れていった。流れる先の二機のマラサイが、それに気づく。

 青いモビルスーツの背部ビームライフルの二連射がマラサイを貫き、爆散させた。もう一機のマラサイが反撃のビームライフルを連射するが、その狙いの先にモビルスーツはいない。

 目で追うことは不可能だった。変形を利用した不規則かつ高速の移動。エイにも似たそのモビルアーマーは、マラサイのビームライフルを構える右腕をテールランスで突き刺した。

 すれ違いざまのわずかな攻撃、しかし、勝負はもうついていた。マラサイのパイロットが機体に巻きつくワイヤーに気づいた時にはもう遅かった。

 はじめに蹴飛ばされたネモと同じように、マラサイも力なく宇宙に浮かぶ。海ヘビと呼ばれるワイヤーを用いた電撃兵装による攻撃だった。

 海ヘビを回収し、青いモビルスーツのパイロット、ヤザンは笑う。

「お見事です、隊長」

「ああ、なかなか具合がいい。このハンブラビ、俺の性に合う」

「おかげで俺たちの獲物がないってもんです」

 部下二人の軽口に、ヤザンは笑った。

「ドゴス・ギアに来て正解だったな」

 グラナダの戦況は、すでに一方的であった。ボリノーク・サマーンが持ち帰ったグラナダの防衛兵器のデータのおかげで、対空攻撃が可能な砲座は次々と潰されていた。

 ティターンズ艦隊の前進は止まらない。エゥーゴも懸命に戦っているが、やはり数が違う。

「ん?」

 奇妙な通信を、ヤザンの部下のハンブラビがキャッチした。

「どうした、ラムサス」

「いや、妙なのが入ってるんだ」

 途切れ途切れに聞こえる奇妙な通信。ダンケルも同じく、周波数を合わせて音量を上げる。

「ああ? ……謎のモビルスーツ?」

 

 

 

 無数のビームが、月面に降り注ぐ。それらはいくつものリフレクター・ビットに反射し、砲座を次々に破壊した。それを見下ろし、ゲーツはつぶやく。

「やるな、フォウ」

「う……」

 一方のフォウは、サイコ・ガンダムMk-Ⅱのコクピットで身を捩る。頭痛が酷くなっているのだ。

 頭の中に走る気色の悪い感覚。フォウはシートに座ったまま、うずくまるように頭を抱えた。

「フォウ少尉? おい、フォウ!」

 舌打ちし、ゲーツはバウンド・ドックを加速させる。近づいてくるサラミス改へ向け、拡散メガ粒子砲を放った。

 損傷はあるようだが、サラミス改の足は止まらない。

「フォウ! 後退するぞ! フォウ!」

「うううああああ!!」

 フォウは叫んだ。同時に、リフレクター・ビットがサラミス改を半包囲するように並んだ。

「来るなぁ!!」

 サイコ・ガンダムMk-Ⅱの腹部から、バウンド・ドックをはるかに超える出力で拡散メガ粒子砲が発射された。メガ粒子が、サラミス改をあらゆる方位から攻撃する。穴だらけになったサラミス改は小爆発を繰り返し、やがて沈黙した。

 サラミス改を盾にするようにして接近していた一機のリック・ディアスも、ゲーツのバウンド・ドックのビームライフルの二連射を受け撃墜される。

「あれだけの攻撃で、俺には当てていないか……」

 ゲーツはつぶやいた。フォウの操縦技術、いや、強化人間としての能力に舌を巻いていた。

「フォウ、いけるか?」

 大戦果を上げた仲間にそう呼びかけるが、反応はない。

「フォウ?」

「この戦場は……嫌だ!」

「どうした?」

「嫌なんだ、ここは! 不愉快な……不愉快なやつがいる!」

 フォウはゲーツ以上の感覚を持っている。故に、この戦場の多数のニュータイプたちを感じた。

「そこかあ!」

 サイコ・ガンダムMk-Ⅱの指先から、月の上空に向かってビームが放たれる。

 肩で息をしながら、フォウは話す。

「ごめんよ、ゲーツ……でも、逃げないと……!」

「なんだ……はっ!?」

 いち早く気づいた彼女に遅れて、ゲーツも気づいた。フォウがビームを放った先の暗い宇宙から来る、プレッシャー。

 目視はできない。だが、彼は叫んだ。

「フォウ、危ない!」

 一筋のビームが、サイコ・ガンダムMk-Ⅱの肩に命中した。分厚い装甲に阻まれたが、距離が近くなればわからない。

 接近してくるそれは、次第に姿を明瞭にしていく。

「データにないぞ! あんなの……!」

 ティターンズの機体ではない。データにある限り、エゥーゴの機体ではないはずだった。

 一見したところ、足がついた砲台、としか言えないものだった。だがその先頭の白い機体は、細身がかった歪な人型へと変形した。

 あれがニュータイプだ。二人はそう感じた。

 リフレクター・ビットがばら撒かれる。フォウは、その謎の機体を敵と認めた。サイコ・ガンダムMk-Ⅱの拡散メガ粒子砲が火を吹いた。

 先頭の白い機体を狙ったものだったが、命中はしなかった。後方の同型機を二機ばかり落としたが、彼らのスピードは落ちない。

「ガザCではこんなものか……」

 白いガザCのコクピットで、女がつぶやく。接近してくるガザCを、バウンド・ドックが迎え撃った。

 スカート部へ全身をしまい込むように変形したバウンド・ドックは、ガザCのビームガンをかすめさせつつ、接近戦に持ち込んだ。

 接近と同時に脚部のクローでガザCを狙う。クローを紙一重でかわしたガザCはビームサーベルを抜いた。

 MS形態へ変形したバウンド・ドックは左腕の盾でそれを受け止め、さらに、右腕のクローでガザCの左肩を捉える。

「マシンのパワーはこっちが上だ!」

 ガザCの関節部分に爪を食い込ませると火花が散った。女のいるコクピットの画面にも警告が出る。

 だが、彼女は冷静だった。ガザCの両足のクローが、バウンド・ドックのスカートを掴む。機体をバウンド・ドックに固定したガザCは、強引に、再びモビルアーマー形態へと変形する。

 左腕は引きちぎられ、しかし、ガザC最大の武器である背部の大砲、ナックルバスターをバウンド・ドックの頭部に突きつけた。

「う……!」

 ガザCのクローで捉えられたバウンド・ドックに逃げ場はない。だが、ガザCはナックルバスターを撃つことなく、バウンド・ドックを蹴りつけるように放した。

 直後、ゲーツの視界を真横にビームが走った。リフレクター・ビットによる攻撃だ。

「フォウ! すまない!」

 荒い息が返事だった。

 加速したサイコ・ガンダムMk-Ⅱが右手首を曲げる。前腕部を発振機にし、巨大なビームサーベルが形成された。

「墜ちろーっ!」

 遠間から大きく振るわれたサーベルは、通常であれば命中するはずもない。だが、その腕は大きく伸びた。

 有線サイコミュを用い、ケーブルで接続された前腕部が、ハマーンのはるか後ろのガザC隊を薙ぎ払う。

 直後、サーベルを収めた右手は向きを変え、手首を戻すとその指先からビームを撃つ。

「子供騙しを!」

「来るな! 不愉快なやつ!」

 背後からのビームだったが、白いガザCのパイロットには読まれていた。回転するように身をかわし、加速したガザCの行く先は、サイコ・ガンダムMk-Ⅱの頭部だった。

「させるか!」

 その軌道に割り込もうと、バウンド・ドックのスラスターを吹かすゲーツ。だが、生き残りのガザCたちの放ったビームの一発が命中し、大きく体勢を崩す。

「ぐおおおお!」

 叫ぶゲーツの視界の先で、ガザCがサイコ・ガンダムMk-Ⅱの左腕のビームをすり抜けた。

 突然、ゲーツは気配を敏感に感じ取った。サイコ・ガンダムMk-ⅡとガザCの中の気配。二人の女の気配が、その一瞬だけ大きくなった。

 抜刀したビームサーベルは、まっすぐに、サイコ・ガンダムMk-Ⅱの頭部へと吸い込まれる。

「ロザミアっ!」

 ゲーツが叫んだ名前は、フォウとは違う名前だった。ビームサーベルを頭部に突き刺され、サイコ・ガンダムMk-Ⅱは痙攣するように手足を震わせた後、動かなくなった。

 白いガザCのコクピットで、女は独りごちる。

「惨めなものだ……フォウ・ムラサメか」

「ああ……! フォウ! よくも!」

 バウンド・ドックが身を翻す。宇宙にはまだ、サイコ・ガンダムMk-Ⅱのリフレクター・ビットが浮かんでいる。サイコ・ガンダムMk-Ⅱの腹部メガ粒子砲の弾道を真似るように、バウンド・ドックの拡散メガ粒子砲を発射する。

 リフレクター・ビットに反射したいくつかの光が、ガザCに命中する。しかし、それだけだった。

「一度後退する」

「ハマーン様、よろしいのですか?」

「こちらの被害も大きい。あの可変モビルアーマーを追い回すのも面倒だ」

「はっ!」

 未だ戦意に満ちているバウンド・ドックと一戦交えることへのメリットは薄い。それよりは、一度撤退し戦況を確認し、指示を出す方がハマーンにとっては重要だった。

「試験的にサイコミュを積んでおいて正解だったな。あれほどの強化人間がいるとは……」

 ガザCの部隊は引き上げていった。追撃しようとするゲーツだったが、その時、彼は後方の光に気づいた。

「あれは……撤退信号!?」

 ゲーツは目を見張った。ティターンズ艦隊の撤退信号だ。

「さっきの連中の参戦を重く見たか……!」

 謎のモビルスーツ隊への戦意はまだ消えていない。フォウの敵討ちに燃える彼は、ある気配を感じた。

 フォウの気配だった。彼はすぐさま、サイコ・ガンダムの状況をチェックする。バウンド・ドックには、試験機でもあるサイコ・ガンダムMk-Ⅱの監視役としての役割もある。内部の各種センサーも確認できる。

「生体反応あり……! フォウ! フォウ!」

 ゲーツは何度も呼びかける。ガザCの攻撃で、サイコミュ系のコントロールシステムが破損したようだ。

「気を失って……全く!」

 バウンド・ドックのクローを器用に使い、ゲーツはサイコ・ガンダムを曳航していく。一刻も早く、フォウを艦に返す。それだけを考えて、彼は操縦桿を握った。

 

 

 

「まさか、ジオンの残党のおかげで命拾いをするとはな」

「グラナダに引きこもっていたおかげで、アクシズの動きが読めませんでしたね」

 ロベルトがアムロに相槌を打った。窓の外には、暗い宇宙を彩る星が見える。

 ティターンズのグラナダ攻略は失敗だった。戦力的には大きな損害を互いに受けた形だ。

「しかし……ハマーン・カーンと会談か」

 アクシズからの会談の要請は、一方的だった。会談相手にブレックスとアムロを、場所はアクシズの旗艦であるグワダンを指定している。しかし、ティターンズとの戦いで劣勢に立たされていたエゥーゴとしては、多少の危険は顧みずに、この会談に乗る他なかった。

「あまり信用のできん女です。お気をつけて」

「ロベルト中尉は、エゥーゴに来る前はアクシズにいたんだったな」

 古巣であるはずのアクシズに戻るというのに、ロベルトの表情は厳しい。

「大尉は、ミネバ・ラオ・ザビをご存知ですか?」

「ああ……。確か、ドズル・ザビの」

「そう、ザビ家の生き残りです。彼女を神輿にしてアクシズを支配しているのがハマーンです」

 アムロが身を乗り出すようにして、聞いた。

「詳しく聞かせてくれ」

「はい。マハラジャ・カーンという男が、アクシズの基地司令でした。一年戦争後、逃げ込んだジオン残党をまとめ上げたのも彼です。そして彼が亡くなって、ハマーンが後を継ぎました」

「彼女はまだ若いと聞いたが」

「ミネバ様を神輿にしているだけあって、元ドズル派の支持者も多い。しかし、それをミネバ様の傀儡化と見て、ハマーンに反感を持っているものも少なくありません」

「中尉はどうだったんだ?」

「私は元はドズル中将の配下でしたがね、一年戦争が終わった頃には、大佐に惚れ込んでダイクン派に鞍替えです」

 ロベルトは肩をすくめ、ふと思い出したように付け加えた。

「大佐が言うには、ですが……ハマーンはむしろ反ザビ家だと」

「……妙な話だ」

「ハマーンには姉がいましたが、ザビ家に利用されて死んだとか」

「姉の復讐のために、ザビ家を傀儡にする?」

「私にも分かりませんよ」

 今考えても無駄なことだ。アムロは小さく笑う。

「大佐と呼ぶのだな、シャアのことを」

「もういいでしょう、私にとってはクワトロ大尉よりもシャア大佐の方が付き合いは長いんですから」

 前方の操縦席から声がした。

「着艦許可出ました! グワダンに降ります」

「いよいよだな」

 黙っていたブレックスが口を開いた。アムロとロベルトも、表情を固くし頷いた。

 数分後、簡単なボディチェックを受けた彼らは広間に通された。人間が三人は縦に入るほどの大きな扉。軍艦には不要なほど高い天井と時代錯誤じみたきらびやかな装飾の下、一人の少女が玉座の隅にちょこんと座っていた。

「エゥーゴのみな、今日は会いに来てくれたこと、嬉しく思う。私がジオン公国王女ミネバ・ラオ・ザビである」

 十歳にも満たない少女。彼女に指導力がないことは明らかであり、彼女の横に控える若い女に、皆の目は注がれていた。

 その若い女はその視線を知ってか知らずか、余裕たっぷりに口を開く。

「さて、話し合いと行こうか。私がアクシズの摂政を務めるハマーン・カーンだ」

 ハマーンは、エゥーゴの面々を視線で促す。ブレックスが頷いた。

「うむ。ブレックス・フォーラ准将だ。先ほどの支援、心から感謝する」

 握手を求めたブレックスだったが、ハマーンは手を差し出さず、首を振る。

「ならば、その相手は私ではないだろう?」

「……これは失礼。申し訳ない、ミネバ王女」

「よい。私が年若いゆえ、みなには苦労をかけている」

 ブレックスは跪くことはなく、手を差し出して握手を求めた。敬意を表しつつも、ミネバに対してはあくまで臣従の姿勢を取らないつもりだ。

 ハマーンの目が、射竦めるようにアムロを捉えた。

「では……そこの男」

「……俺か」

「そう。アムロ・レイだな。会談の前に少し、私と話さないか」

「俺だけで、か?」

「私はパイロットもやっている。一年戦争の英雄と話したいこともあるさ」

 エゥーゴのメンバーは怪訝な顔だ。ロベルトの念を押すような視線に、アムロは頷く。

「構わないが……武器は返してもらう」

「用心深い男だ。では、殿下」

「うむ」

 ミネバは頷いた。ハマーンは微笑み、侍女の一人に耳打ちしてから歩き出した。アクシズの兵士から自分の拳銃を受け取り、アムロもその後についていく。

「俺に拳銃を返していいのか?」

「私を人質にしたところで、アクシズの中にも私を始末したがっている連中はいる。貴様たちも、アクシズを敵に回すつもりはあるまい」

 ハマーンはそう冷笑した。アムロは、自身よりも年下の指導者を見るのはこれが初めてだった。

「なぜ俺を?」

「お前はシャアを知っているそうだからな」

 ハマーンはドアを開け、アムロをその中に導く。そこは、ハマーンの私室だった。指導者のための部屋らしく一定の広さと家具はあったが、ハマーンと同年代の女の部屋にしては殺風景だった。

「ここがあなたの部屋か?」

「つまらん部屋だろう」

 どこかいなすようなハマーンの口ぶりに、アムロは少し苛立った。

「俺からシャアの話を聞きたいというなら無駄だ。シャアと俺は、ろくに話したこともない」

「シャアは一年戦争からずっと、貴様のことを忘れてはいない。ララァという女のこともな」

 アムロは答えなかった。ハマーンは続ける。

「はっきり言おう。私とともに地球圏を支配しろ」

「なんだって?」

「私がアクシズの指導者となったのは四年前のことだ。十六歳でアクシズ数万人の命を預かることになった」

「十六歳か」

「ああ。一年戦争のお前と同じ年頃だ」

 ハマーンは机の前の椅子に腰掛ける。ソファをちらりと見やって、アムロに尋ねる。

「座らないのか?」

「エゥーゴの指導者はブレックス准将だ。俺にそんな話をしたって」

「シャアのライバルでニュータイプの貴様ならばできるはずだ」

「買い被りだ。ニュータイプだからって、大衆を導くなんてできやしない」

「シャアならばできた」

「俺はシャアじゃない」

 アムロの無愛想な口ぶりに、かえってハマーンは笑みをこぼす。

「そうだ。お前がシャアに勝った男だからこそ、私とともに地球圏を支配する資格がある」

「ザビ家はどうする? ミネバといったな」

 ハマーンは膝の上で指を組んだ。

「ミネバ様は……いずれはジオンの頂点に立つお方だ。幼いあの方には今は申し訳ないがな」

「なら、支配者はミネバだろう」

 当たり前のことだと言いたげに腕を組むアムロ。ハマーンは椅子から立ち上がった。

「……アムロ・レイ。貴様は何を望んでいる?」

「ティターンズの暴政をやめさせる。そうしなければ、俺はいつまでも軟禁されていた頃のままだ」

「自由が欲しいのならば私につけ。連邦を叩き潰す」

「俺は暴力的な革命を望んでいるわけじゃない」

「エゥーゴに参加しておいてか」

「あの時のティターンズには力でなければ対抗できなかった」

 アムロの言葉に、ハマーンは鼻で笑う。

「今は違うというのか」

「……ティターンズの実質的な指導者だったバスクが排除された。これからどう出るかはわからないが、今はアーガマのみんなを守るために……」

「私と変わらんな。アクシズの民を守ることが私の務めだ」

 話しながら、ハマーンはアムロとの距離を詰めていく。彼の二の腕を掴み、その目を覗き込むように顔を近づけた。互いの息遣いすら聞こえそうな距離だ。

「エゥーゴがアクシズの傘下につくならば、貴様と私の目的は同じだ」

「そんなに俺が欲しいのか」

「ああ。……貴様ならば、シャアにできなかったこともできる」

「政治家なんて柄じゃない」

「ならば部下になれ。そうすればシャアも喜ぶ」

「俺はエゥーゴのパイロットだ。エゥーゴのことはブレックス准将が決める」

 アムロは毅然として言った。ハマーンは視線を落とし、アムロの二の腕を放した。

「そうか……わかった」

「アクシズとは手を組みたいが、わかってくれるな」

 ハマーンは顔を上げ、部屋の外へ歩き出す。

「どこへ?」

「会談の続きだ。貴様も来るのだろう?」

 彼女は迷いのない足取りで歩き出した。部屋まで来た時とは違って、互いに無言だった。

 ミネバとエゥーゴのクルーが待つ広間では、わざわざアクシズの兵士が椅子まで用意していた。エゥーゴに対して、随分と甘いやり方だ。そこに戻ってくるなり、ハマーンは声を張り上げる。

「アクシズはエゥーゴと同盟を結びたい」

 藪から棒のその言葉にブレックスは驚いたが、しかし、望んでいた答えだ。

 ミネバの側に戻ったハマーンに、ブレックスは右手を差し出した。

「よろしい。ともにティターンズと戦おう」

「条件がある。いいか、ブレックス准将」

「なんだね」

 ハマーンは、差し出された手を握らない。薄く笑い、自分の倍以上生きているその男の顔を見つめる。

「あなたの身柄。それが同盟の条件だ」

 

 

 

「どうでしたか、アクシズの……ハマーンって人との会談は」

「さあな。しかし、あの女はニュータイプだ」

 グワダンから帰ってきたアムロの顔は冴えない。アーガマの娯楽室には、今は彼ら二人だけだ。

「じゃあ、油断はできませんか」

「お前も聞いたろ、ブレックス准将が人質になったって」

「ああ……」

「今のエゥーゴではティターンズに勝てないからって、足元を見られたんだ」

 こともなげに話すアムロに、カツは少し腹を立てた。乱暴にソファに腰を下ろす。

「でも、それはアクシズだって同じでしょ? ティターンズと真っ向からぶつかるなんて……」

「あいつらも月やコロニーと商売ができないと困る。エゥーゴがその気になれば、アクシズを地球圏の真ん中で干上がらせると准将も言っていたよ」

「それじゃあ、なおさら……」

「対等でなければ同盟は組めない。エゥーゴだけがアクシズを潰せる状態では不安定だからな」

「なるほど……」

 カツは相槌を打った。こういった政治的な話には、いまひとつ知識が足りない。アムロも、あまり得意な話題ではなかった。

「カツ、あの時は……」

「はい、ありがとうございました」

 言葉を遮られた格好になって、アムロは苦笑した。

「わかるか」

「あれが……ニュータイプの共鳴というやつですか」

「たぶんな。サラという子だろ」

「一年戦争の時、アムロさんもでしょ?」

「……ああ」

 グラナダ防衛戦での、シロッコたちとの戦闘のことだ。カツは、サラと感じ合った。

 手にしたコーヒーを、アムロは一口飲んだ。

「あの感覚は、口で言えるものじゃないからな」

「わかります。……ごめんなさい」

「なんだ」

「もし戦いの中で会っても、僕は彼女を殺せない気がするんです」

 そう言って、カツは膝を抱えた。小さな体が、ますます小さく見える。

「……そうか。なら、軍をやめるか」

「え……」

「今回は殺さずに済んだが、サラと会ったらどちらかが死ぬかもしれない」

「そんな……」

「俺の時のような過ちはなかった。それでいいだろう」

 これはアムロの親心だった。カツに対して責任を感じているからこそ、危険から遠ざけたいと思うのは道理だ。

 カツはソファから立ち上がった。

「僕がやっても、誰がやっても同じなんですよ。サラだけじゃない、戦争だからって人が人を殺すなんて、本当はしちゃいけないんです」

 声こそ荒げなかったが、熱のこもった言葉だった。

「もし僕がサラとまた会えたら、きっと説得してみせます」

「バカな、殺されるぞ」

「サラには僕は殺せません。……それはわかるんです」

 カツは、笑って見せた。安心させようとするその笑顔が、アムロには痛々しく見えた。

「ニュータイプの勘か」

「信じられませんか」

 この場合の勘は、戦場での感知能力とは別のものだ。ニュータイプ同士の感応、共鳴は、お互いの深層心理すらも丸裸にすることもある。アムロは、過去の経験を当てはめてみた。

 見つめてくるカツの目は、まっすぐだった。いつも彼がアムロへ向ける羨望が混じったものではない。アムロは小さくため息をついた。

「サラと戦場で会ったら、その時は好きにしろ。しかし、周りが見えなくなるようでは……」

「わかってます。……ありがとうございます」

 カツがアムロの手を取った。カツの手は、シャイアンで会った時よりも大きくなっていた。

「ああ。背、伸びたな」

「え……はい」

 きょとんとした顔のカツを見て、アムロは微笑んだ。

 

 

 

 フォン・ブラウンの執務室で、ジャミトフはほくそ笑んだ。

「アクシズがエゥーゴと結んだようだな」

「はっ。グラナダ攻略は失敗し、艦隊はフォン・ブラウンまで引き上げさせました。全て閣下のお考え通りです」

「ジオンの亡霊が敵となれば、戦費も搾り取れる。君を頼ってよかったよ、シロッコ」

「ありがとうございます」

 そうシロッコは礼を述べる。戦費で国庫を圧迫し地球居住者を無力化するジャミトフの地球浄化計画は順調だった。

「ジェリドも活躍したそうだな」

「は……巡洋艦二隻と戦艦一隻を沈めたと」

「そうか」

 ジャミトフは満足そうに頷く。

「このフォン・ブラウンは死守するつもりです。月にティターンズの拠点があれば、エゥーゴやアクシズも死に物狂いで戦うでしょう」

「ふむ。そのためにグリプス2を月に移動させるか。許可しよう」

「はっ。では……」

「うむ。よろしく頼むぞ」

 シロッコは部屋を出た。ドアの外にはジャミトフの護衛たちが立っている。屈強な彼らを見回したシロッコの視線は、廊下の先でシロッコを待つ華奢で小柄な人物を見て止まった。

「話が終わったよ、サラ。基地へ戻ろう」

「はい」

 サラは敬礼した。彼女はシロッコの運転手としてここについてきていた。軍港の近くとはいえ、車があった方がはるかに安全だ。

 車の中では、シロッコは口を開かなかった。行きと同じだ。窓の外を、フォン・ブラウンの夜景が流れていく。赤信号を見つけて、車が止まった。重圧と罪悪感に耐えきれず、サラが口を開いた。

「申し訳ありませんでした」

「なんのことだ?」

「その……あのグラナダ上空での戦闘で、私は……」

「ああ、百式というのを庇ったな」

「……はい」

 シロッコは身を乗り出して、聞いた。

「どうだった?」

「え……」

「あの時、お前たちはお互いを感じた。そうだろう?」

 サラは少し怯えながらも、努めて正直に話す。

「……不思議な感覚でした。モビルスーツ越しに相手のことも自分のことも感じるような……」

「わかり合う、か。あの小僧が私以上のニュータイプでもあるまいに」

「……申し訳ありません」

 シロッコの言葉の端に不機嫌なものを感じて、サラは謝った。

「怒ってはいない。ただ少し嫉妬しているだけだ」

「パプティマス様が?」

「ああ」

 彼は頷く。サラにしてみれば、シロッコが嫉妬する状況など想像もできなかった。彼は才能と自信に満ちた人間だ。

「ニュータイプ同士の共鳴というやつは、力があればいいというものでもないか」

「わかりませんが、そうでしょうか」

 シロッコが嫉妬するほど自分が彼にとって大きな存在だと思うと、それが少し嬉しくもあった。

 わずかに顔を綻ばせた彼女の顔を、ルームミラー越しにシロッコは見た。

「サラ。一つ頼まれてくれるか」

「なんでしょうか」

「少し危険な仕事だが……お前ならできるさ」

 信号が青になった。走り出した車は、港の大きなゲートへと消えていった。

 

 

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