主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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ハマーンの嘲笑

 

「なぜだ!」

 ゲーツが声を荒げ、コーネルに詰め寄った。

「なぜフォウはまだ目を覚まさない!」

「わかりません」

「わからんで済むものか!」

 医務室の他の兵士たちの視線がゲーツたちに集まっている。彼らの傍らのベッドには、人工呼吸器をつけたフォウが横たわっていた。

「ニュータイプとサイコミュというのは、未だ不明瞭な部分が多いのです」

「このままフォウが目を覚まさないでいいというのか」

「そんなわけがありますか!」

 今度はコーネルが声を荒げた。医務室にいる兵士たちは、非難するような目つきだ。

「やめろよ、ゲーツ・キャパ!」

 二人の口論を制した男が、病室の入り口に立っている。カクリコン・カクーラーだ。

「ここは病室だぜ。喧嘩をするところじゃない」

「俺だって喧嘩をしたくてしてるんじゃないさ」

「通路まで聞こえてるんだよ、あんたらのは」

 反論の言葉を失ったゲーツとは対照的に、コーネルは眼鏡の位置を治す。

「着いてきなさい」

 医務室の外の廊下で、コーネルが再び口を開いた。

「一つの仮説ですが、サイコミュの破損です。似た事例がジオンの研究施設で……」

「理由なんてどうだっていい! フォウが目を覚ますには……」

「フォウはロザミアじゃないんだぜ、大尉」

 ゲーツの言葉をカクリコンが遮った。喉の奥で言葉を絡ませながら、ゲーツは続ける。

「だから、俺は謝りたくて」

「私も償いのためにここにいます」

 そう言ったコーネルの真剣な眼差しを見て、ゲーツは黙り込んだ。ここで彼女を怒鳴りつけても、何も変わらないことに気づいたのだ。

 カクリコンは顎をしゃくって、ゲーツを促す。

「それで? 戦闘中、何か変わったこととか」

「……敵はニュータイプだった。アクシズの、白い可変モビルアーマーだ」

 ニュータイプの話になると、カクリコンは眉をひそめた。彼は門外漢だ。しかし、コーネルは納得したように頷く。

「……やはり」

「なんだ」

「仮説ですが、サイコ・ガンダムのデータを見る限り、フォウは……共鳴というものを起こしていたようです」

「ニュータイプの共鳴……」

「はい。それとほぼ同時にサイコミュのコントロール部が破損し、自分の精神波のフィードバックと相手の精神波を受けて、今の事態になった……」

 ゲーツは顔を歪めた。

「あの戦闘でフォウを守れていれば……」

「今、フォウの体は健康です。頭部への外傷もなく、ただ眠っているだけ……」

「目覚める保証もないんだろ!」

「それは……」

「あんたを恨んだって始まらんがな、やはりムラサメ研は最低だよ」

「……オーガスタ研だって、似たようなものでしょう」

 ゲーツの平手がコーネルの頬を叩いた。無重力空間を彼女の体はふわりと舞い、壁に強烈にぶつかった。喉の奥でゲーツは笑う。

「フォウを利用している自覚はあるようだな」

「ゲーツ!」

 咎めるカクリコンを手で制し、コーネルがゲーツに反論する。

「自分だけが恵まれているように感じるから、勝手にフォウになりきって!」

「いけないか、同情したら」

「余計なお世話です。私がフォウも治して、ムラサメ研も変えて見せますから」

「信じろって言うのかよ」

「いい加減になさい。あなたにも私にも、領分というものがあるんです」

 彼女はゲーツを睨んだ。意志の強い目だった。強化人間の彼は、軍人であっても一撃で黙らせられるつもりでいた。それがろくな訓練も受けていない研究職の女に、耐えられてしまったのだ。

「がああ!」

 ゲーツは怒りのままに拳を壁に叩きつけた。激しい音と衝撃に、カクリコンとコーネルは肩を縮める。小さく深呼吸し、ゲーツは尋ねた。

「俺にできることは、ないんだな」

「……今は、そうでしょう」

「くそっ」

 小さく悪態をついて、ゲーツは踵を返した。彼の胸中は、フォウとコーネルへの罪悪感でいっぱいだった。

 

 

 

「遅かったな、ジェリド大尉」

「申し訳ありません」

 ジェリドがドゴス・ギアのブリッジに入ると、全員の注目が集まった。彼は英雄と呼ばれる立場にある。

 顔は知っているクルーばかりだが、その中に、ドゴス・ギアでは見たことのない顔があった。

「ガディ少佐」

「司令に俺も呼ばれたんだよ」

 ガディ・キンゼーは薄い苦笑いを浮かべた。彼が視線を向けた先には、パプテマス・シロッコがいた。彼の襟の階級章は、大佐のものに変わっていた。

「二人をこうして呼び出したのには理由がある。見当はついているか?」

「さあ。修正ですか?」

「ふふ、バカを言え。シドレ」

「はっ!」

 彼のそばに控えていたシドレが二つのファイルを差し出す。見もせずにそれを受け取ると、シロッコはそれを開いた。

「これより、ティターンズ艦隊を二つに分ける。フォン・ブラウンを防衛するアレキサンドリアの分艦隊と、私の率いる本隊の二つだ」

 ブリッジのクルーたちがざわめく。ガディは帽子の下で目を見開いた。

「……フォン・ブラウン防衛ですか」

「ああ、そうだ。私の艦隊は私の命令のもと臨機応変に動く。君は旗艦の艦長として指揮をとってもらいたい」

 シロッコは大仰な手振りでガディにファイルを手渡す。

「命令書だ。各艦の振り当てもそこにある。確認しろ」

「はっ」

 敬礼を返すガディ。ジェリドは口を一文字に結んだままだ。

「さて、ジェリド。貴様にはフォン・ブラウン艦隊の指揮を委ねる。艦隊司令だ」

「なっ……自分が、でありますか?」

 全く想定していなかった命令だった。ジェリドは驚いて聞き返す。

「士官学校ではその訓練も積んでいたと聞いたが?」

「しかし、実戦の経験は」

「いい。実務はガディが行え。貴様が艦隊司令だ」

「……なぜ自分に。私は大尉ですよ」

 解せない様子のジェリドに、シロッコはファイルを差し出す。

「簡単なことだ。バスクを排除した今、ティターンズは大きな変革を迫られている。私に忠実な貴様ならできるだろう」

「……拝命いたします」

 ジェリドは敬礼し、ファイルを受け取った。

「話は以上だ。一層の奮起を期待する」

「はっ!」

 ブリッジを出たガディとジェリドは、目配せののち、小声で話し始めた。

「フォン・ブラウンの防衛か」

「アクシズとエゥーゴが、そんなにすぐに攻めてきますか」

 通路を進む二人の表情は固い。リフトグリップを握る手にも力がこもる。

「フォン・ブラウンを破壊するという脅しが効いているなら、フォン・ブラウン内部で潜入部隊を決起させるしかないだろう」

「そうすぐにできることではないか……」

「解せないのはシロッコの艦隊だ。やつは単独行動をしてどうするつもりだ?」

 ガディのその問いに、ジェリドは考え込む。

「ジェリド大尉!」

 通路の向かいから声がかけられた。カミーユだ。

「カミーユか、どうした」

「大尉がブリッジに呼ばれたって……」

 カミーユは、そこまで言ってガディに気付き、敬礼した。わずかだが、気まずい空気だ。

「いい。俺は先に行くさ」

「ガディ艦長……」

「面倒ごとを押し付けられたんでな」

 ガディは敬礼し、通路の先へと進んでいった。立ち止まったジェリドに、カミーユは不安げに聞いた。

「どんな命令だったんです?」

「すまん、カミーユ。俺はまたドゴス・ギアを離れるようだ」

「えっ、どうして」

「フォン・ブラウン防衛艦隊の司令官だとさ。シロッコはどうやら、フォン・ブラウンを離れるつもりらしい」

 ジェリドはそう言って、肩をすくめた。カミーユは視線を落とす。フォン・ブラウンにジェリドが残りシロッコが離れるということは、カミーユとジェリドもまた離れることになる。

「司令官ですか、おめでとうございます」

 そう告げるカミーユの声は冷たかった。

「ファって子のことは、俺だってなんとかしてやりたい」

「出世の方が大事なんでしょ?」

「カミーユ!」

「わかってんですよ、俺だって。大尉は軍人なんだ。俺を殺せって命令が出たら殺すんでしょ」

 目を見開き、カミーユは嘲笑う。

「いい加減にしろ!」

 ジェリドは思わず手を振り上げた。カミーユは挑発的に叫ぶ。

「ほらね、軍人のやり方ですよ。そうやって人を引っ叩けるのは!」

「俺はお前を助けてやろうと……!」

「片手間で助けようって、こんなバカな話はない!」

 カミーユの発言を否定することは、できなかった。ジェリドはまだ、ファを助けるための行動を起こせてはいない。

「聞いてくれ、カミーユ」

「俺はドゴス・ギアの所属です。あなたの指示だって受けなくていい!」

 カミーユはリフトグリップも使わず、通路の壁を逃げていった。

「大尉だって同じなんだ、親父や母さんと……!」

 ファを戦場から救わなければならない重責に、カミーユは耐えられなかった。

「あら、カミーユ?」

 逃げるように通路を進む彼の目の前にいたのは、サラだった。ノーマルスーツを着込んだ彼女も急いでいるようだ。

「……サラ、これから出撃でもするのか?」

「今、戻ってきたところよ。司令は、ブリッジにいるんでしょう?」

「シロッコなら。……どこに行ってたんだ?」

「言えないわよ、命令だもの。何かあったの?」

 カミーユは自分の悲痛な表情に気づいた。冷静なふりをして取り繕うが、彼の余裕のなさは明らかだった。

「別に、お前には関係ないだろ」

「また、ジェリド大尉と喧嘩でもしたの?」

「関係ないだろ、お前には!」

 カミーユは怒鳴って、サラの横を通り抜ける。不思議そうに彼の背中を見送りながら、サラはブリッジへ進んだ。

「サラ・ザビアロフ! 入ります!」

「サラか。待っていたよ」

 声を張り上げたサラの態度を、シロッコは微笑ましげに見つめている。

「申し訳ありません、あちらを出る時に手間取って」

「向こうはどうだ」

「その気です」

「そうか」

 シロッコは満足げに頷き、笑みをこぼした。隣に控えているシドレも、シロッコの笑みの理由は分からずとも、釣られて笑う。

「危険な役目をさせてしまって申し訳ないな、サラ。しかし、私の理想のためによくやってくれた」

 その言葉は、サラにはどこか遠く聞こえた。思わず、疑念が彼女の口を開かせた。

「カミーユが」

「ん?」

「カミーユが、何か、傷ついている様子でした」

 サラは、カミーユのことを憎からず思っていた。彼がサラやシドレ以上のシロッコのお気に入りであると知っていてもなお、そう思っている。

「……おそらくジェリドだろう。やはり、ジェリドと遠ざけて正解だ」

「遠ざける……?」

「アレキサンドリアに異動させた。フォン・ブラウン市の防衛に当たらせる。」

 またしても、カミーユはジェリドと引き離された。シロッコに対して生まれた不信感は、未だサラの中にあった。

「ジェリド大尉は、裏切るような人ではありません」

「私が自信を取り戻すには、やつにいてもらっては困るのだよ」

「自信、ですか」

 シロッコは自信家だ。自信過剰と言ってもいい。モビルスーツの設計から操縦まで、果ては政治的手腕や戦艦や艦隊の指揮能力まで、全て自信に溢れている。無論、その自信に見合うだけの能力が彼にはあった。

 サラの不思議そうな目に気づき、シロッコは笑った。

「お前に言っても無駄なことだな。疲れただろう、よく休め」

「はっ!」

 サラは敬礼し、ブリッジを後にしようとする。しかし、彼女を後ろから呼び止める声がした。

「サラ曹長」

 シドレが、サラの肩を掴んでいた。

「なに? シドレ」

「私、あと五分で休憩なんです。久しぶりに、二人でおしゃべりしませんか?」

 先ほどの話が気になったのか、という問いがサラの口から出かかったが、シドレの顔を見て霧消した。シドレはニコニコと屈託なく笑っている。

「……いいわよ。私も着替えて行くから、談話室で待って」

「はい!」

 彼女はサラにとって、数少ない友人だ。ブリッジを出た彼女は、鼻歌を歌いながらロッカールームへ急いだ。

 

 

 

「バカな、もう逆侵攻をかけるのか!」

 ウォンの声が響いた。

 会談場所は、グラナダのとある別荘地だった。アナハイム・エレクトロニクスが所有するその施設には旧世紀風のホテルが建っており、風光明媚な山岳地を模している。

「ああ。今動けば敵の裏をかける」

「しかし、フォン・ブラウン市を破壊するというのが向こうの出方です。地上部隊を使って港を制圧し、追い出されたティターンズの艦隊をこちらの艦隊で潰す。こうでなければ……」

 そう説明するのはブライトだ。彼の言葉を、ハマーンは顔が映るほど磨き込まれたテーブルを叩いて遮る。

「すでに我がアクシズの特殊部隊をフォン・ブラウンに送り込んでいる」

「……バカな」

 ハマーンは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「エゥーゴはずいぶん手が遅いようだな」

「ブライト大佐。これは出まかせではない。私もここにくる前に聞いた」

 彼の隣のブレックスがそう付け加えた。

 エゥーゴ側の着席者は、ブレックス、ウォン、ブライトの三人だ。それに対して、テーブルの向かい側に座っているのはハマーン一人。後ろには二名の侍女と、四人の黒服が控えている。間違いなくアクシズの兵士だ。

 ブライトは机の上で手を組み、ゆっくりと息を吐いた。

「いいでしょう。それが事実だとして、勝算はありますか」

「グリプス2を知っているか」

「私もその話がしたかった。わかるな、ハマーン」

 ハマーンの反論に、今度はウォンが食いつく。真剣な顔で成り行きを見守るブレックス。ブライトだけが片眉を上げて聞いた。

「どういうことですか、グリプス2とは。ティターンズの拠点の、グリーン・オアシスのことですか?」

「ああ。そこの密閉型コロニーが、コロニーレーザーに改造されたとの情報がエゥーゴに入っている」

「バカな……ザビ家と同じじゃないか」

 コロニーレーザーは、コロニーそのものを砲身とした巨大なレーザー砲だ。一撃で艦隊や他のコロニー、ひいては都市すらも破壊できる。一年戦争では、ジオン公国が兵器として用いて地球連邦軍の総司令官レビル率いる艦隊を壊滅させた。

 ハマーンは冷笑した。

「何事も使いようだろう。コロニーレーザーも、ザビ家もな」

「まあ、君はついこの間までは囚われの身だったのだから、知らんのも無理はない。それで……使いようと言ったな」

 呆然としているブライトに声をかけつつ、ブレックスが聞いた。先ほどのブライトの発言は、問題にされなかっただけでもありがたい。

 ハマーンは椅子から立ち上がった。

「まもなくグリプス2は月に到着する。そこで、エゥーゴ艦隊がフォン・ブラウン市のティターンズに陽動をかけ、その隙に我々がコロニーレーザーを奪取、コロニーレーザーでフォン・ブラウンのティターンズ艦隊を撃つ」

 あまりにも大きな話だった。ブライトが目を丸くする。

「フォン・ブラウンとコロニーレーザーを両方、しかも同時に……」

「敵もそう思っているはずだ。その油断を突く」

 ブライトは机を拳で叩き、ハマーンを睨む。

「何を言うかと思えば……! 不可能だ、そんなことは」

「ではどうフォン・ブラウンを制圧するのか!」

「そんなことができるなら、エゥーゴはここまで追い詰められていませんよ」

「待て、ブライト艦長。そんな悠長なことでは、コロニーレーザーでグラナダが撃たれてしまうぞ」

「ウォンさん……!」

 ウォンは椅子の背もたれに体を預ける。それから、ブライトを宥めるように言った。

「グリプス2を奪取できれば戦況は変わる。何より、グラナダ防衛戦でやつらにに与えた損害も大きいんだろう」

「しかし……」

「十分だよ、ブライト艦長」

 未だ納得しきらない様子のブライトだったが、その声の主には逆らうことはできなかった。

「ブレックス准将……」

「我々はその旨を聞き入れる。ただし、問題はその後だ」

「後?」

 ハマーンが聞き返した。ブレックスは穏やかに答える。

「アクシズの地上部隊がフォン・ブラウンを制圧し、アクシズ艦隊がコロニーレーザーも奪取する。両方ともを取られてしまっては、エゥーゴの立つ瀬がない」

「……それで?」

「フォン・ブラウン市は我々がいただく。その代わり、コロニーレーザーは君たちの好きにするがいい」

「いいのか? コロニーレーザーを、次は貴様らに向けるかもしれんぞ」

「そんなことをすればスペースノイドの支持は得られんことくらいわかっているだろう。それに、エゥーゴとアクシズは手を結ばねば生き残れん」

 窓の外で、不意に強い風が吹いた。枝に止まっていた鳥たちが、その揺れに飛び立つ。

「どうだろうか。ハマーン・カーン」

「いいだろう。もとよりこちらの作戦を呑んでもらうための会談だ」

「詳細を詰めるのは食事の後だ。おーい!」

 ちょうど昼食どきだ。ウォンは、その部屋の外に向かって声を張り上げた。会談の雰囲気は悪くない。やや強引ではあっても、このまま仲を深めてしまうつもりだった。

 アナハイム・エレクトロニクスの幹部として、彼はこの場におけるホストにあたる。ワゴンが転がる音が聞こえてきた。隣室に控えていたエゥーゴの兵士も、料理の配膳を手伝おうと部屋に入ってくる。

 彼らの顔を見て、ハマーンがふらりと立ち上がった。ブライトが怪訝な目で彼女を見た。

「食事は、済ませておいでですか」

「アムロ・レイはいないのだな」

 ブライトの問いに、彼女はちぐはぐな答えを返した。うつろな目で部屋を出ていく。

「ハマーン様?」

 道を塞ぐような衛兵にも、彼女はぶっきらぼうに答える。

「……いらん。腹は減っていない」

 彼女はそのまま、ホテルの建物を出た。アナハイム・エレクトロニクス所有の別荘地は、豊かな自然をモデルにしている。森のやや湿った空気と、木々の擦れる音が聞こえる。

 肌寒く感じて、ハマーンは小さく身震いした。

 

 

 

 独特の黄色い改造制服。胸板と亀のタトゥーを見せつけるように襟を開けた男が、ブリッジに足を踏み入れた。腕を組むシロッコが振り向く。

「ヤザンか」

「エゥーゴとアクシズが動いたって?」

 シロッコはまた窓の外へ目をやった。

 ドゴス・ギアはティターンズの旗艦である。そして今は、フォン・ブラウンからやや離れ、月面の上空、コロニーレーザー周辺に位置していた。

「ああ、エゥーゴはフォン・ブラウンを目指しているそうだ」

「連中はコロニーレーザーはどうする気だ? まさか、撃たせる気でもあるまい」

「アクシズの艦隊が来ているよ。しかし……」

「なんだ」

「君が望むような展開にはならんかもな」

 いたずらっぽくシロッコは微笑む。ヤザンは意外そうな顔でシロッコを見つめていたが、目を閉じ、喉の奥で笑った。

「ふっ、退屈をさせてくれる」

 シロッコは面白い男だ。なにか大きなことをやってくれる。

「もう少しだよ、ヤザン。ジェリドが頑張ってくれればエゥーゴは潰せる。ハンブラビはどうだった?」

「悪くないが、得体の知れん力を感じる。気に入らん」

「君なら使いこなせるさ」

 彼は月面の戦闘に視線を落とした。ちょうど、戦端が開かれたところだった。

 視線の先、月面の最前線に立つハイザックが、遠くからのビームに撃ち抜かれた。

「なっ!?」

 その隣のハイザックのパイロットが目を丸くする。一撃だった。反撃のマシンガンを、その砲火へと乱射する。

「うっ、当たれっ! 当たれよっ!」

 白い機体は、その間を縫うようにして接近する。そして。

 すれ違いざまに、至近距離でのビームライフル。胴体を撃ち抜かれ、そのハイザックも爆散した。

 前線を押し上げるべく、Zガンダムはさらに加速する。ティターンズによるフォン・ブラウン市の破壊と、コロニーレーザーの発射という二つのタイムリミットがある今、エゥーゴは全力で戦わなければならない。

「アクシズ艦隊はまだ動かないのか!」

「そのようです、大尉。ハマーンめ、何を考えているやら……!」

 彼の後方から、ロベルトのリック・ディアスが加速している。

 アクシズ艦隊は、フォン・ブラウン市とコロニーレーザー、両方を睨む位置で待機している。ドゴス・ギアを旗艦としたシロッコの艦隊とともに、様子見の状態だ。

 アムロはプレッシャーと殺気を感じ、思わず叫ぶ。

「そこのネモ隊は下がれ! 来るぞ!」

 命令に従い、散開しようとするネモ隊。しかし、彼らを太いビームが飲み込んだ。

「……ジェリドめ!」

「アムロ! 俺とMk-Ⅴ相手にやれるかよ!」

 ガンダムMk-Ⅴの大型メガランチャーだ。アムロとジェリドは、互いの新機体を駆って対峙する。エゥーゴとティターンズ、両者のエース用の最新鋭機が、両組織最大のエースと共に激突する。

 リレーインコムを打ち出し、ジェリドはオールレンジ攻撃の準備を整える。一方のアムロにもMk-Ⅴの情報はある。オールレンジ攻撃を喰らうまいと、ウェイブライダーへ変形し、一気に距離を詰めた。

 メガランチャーでは小回りが効かない。ジェリドはメガランチャーを捨て、ビームサーベルを抜いた。

 インコムでの射撃で牽制しつつ、Zガンダムのビームライフルを躱す。変形したZガンダムもビームサーベルを構えた。

 サーベルとサーベルが交差する。白のガンダムと黒のガンダム。両者はその色を象徴するように、光を挟んでぶつかり合った。

「貴様を倒して、こんな戦いは!」

「くっ、パワーが違うのか!」

 サイズと出力の違いは圧倒的だ。振り抜いた一撃が、Zガンダムを後退させ、インコムとビームキャノンがアムロを狙う。

「アムロ大尉!」

 リック・ディアスのクレイバズーカがMk-Ⅴを襲うが、シールドに阻まれた。しかし、エゥーゴのマラサイが続けてビームライフルを構えた。

「邪魔はさせない!」

「マウアーか!」

 モビルアーマー形態のガブスレイが、肩部メガ粒子砲でマラサイを撃つ。脚部を破壊されたマラサイは、続け様に放たれたMk-Ⅴのビームキャノンを受け爆発した。

「よくも!」

 リック・ディアスがガブスレイを追う。接近戦なら、モビルスーツに分があるはずだ。振り下ろしたビームサーベルは、変形したガブスレイのビームサーベルで防がれる。

「また変形か!」

「甘いんだよ!」

 リック・ディアスのビームサーベルを押し返し、ガブスレイは唐竹にビームサーベルを振り下ろす。リック・ディアスは後退しつつ身を捩った。

 リック・ディアスの左胸の装甲表面が縦に溶けた。赤い機体の黒い装甲が赤熱する。

「リック・ディアスがそんなものでーっ!」

 気合いとともに、リック・ディアスはサーベルを横一文字に振るう。首を狙った一撃は、右肩のメガ粒子砲の砲身を切断したが、決定打にはなっていない。しかし、もう一方の手に握ったクレイバズーカの銃口が、至近距離でガブスレイを捉えていた。

「ああっ!」

 リック・ディアスの右腕が煙を吐いて吹き飛んだ。Mk-Ⅴのインコムだ。

「ジェリド!」

「無茶はするなマウアー。お前ならやれる相手だ!」

 アムロのZガンダムを相手に、ジェリドは笑っていた。

 

 

 

「出撃命令、出ました!」

「遅いんだよ、俺を待たせて……!」

 苛立ちながら、彼は自分の機体をカタパルトにセットする。頭に浮かぶのは、ベッドの上で眠り続けるフォウの姿だった。

「見ていてくれ、ロザミア。俺は、フォウを救ってみせる」

 コクピットで、彼は正面の宇宙を睨んだ。ビームと弾丸が飛び交う戦場だ。

「進路クリアー! バウンド・ドック、発進どうぞ!」

「ゲーツ・キャパ、出るぞ!」

 発進のGも、強化人間にとってはさほど苦にならない。奥歯を強く噛み締め、彼は戦場へ身を投じた。

 先行しすぎたネモが、彼の目に留まった。相手は一機にも関わらず、彼は躊躇なく、拡散メガ粒子砲を放った。ほとんどのビームは宇宙に消えて行く中、ネモに命中したわずか数発が、その機体を完全に破壊した。

「俺が手柄を立てれば、ムラサメ研だろうが!」

 その時、ゲーツの感覚に何かがあった。強化人間の勘は、ニュータイプを鋭敏に察知する。

「アムロ・レイではない……? しかし!」

 バウンド・ドックのスラスターが、一気に噴射される。彼の直感の先には、金色のモビルスーツがあった。百式だ。

「アーガマの金色は、ニュータイプなんだろう!」

 百式はバウンド・ドックの接近に気づくと数発のビームを撃って牽制する。

「バウンド・ドックが落ちるかよ!」

 百式の背後には、ネモの三機編隊。バウンド・ドックは拡散メガ粒子砲の狙いを定めた。

「何!?」

 即座に散開した百式とネモ隊は、多方向からビームライフルを撃つ。ゲーツは悪態をついた。

「逃げるつもりか、卑怯者が!」

 大きなクローとそのスラスターを使って方向転換し、彼は百式を追いかける。バウンド・ドックの背後にネモのビームが着弾し、ゲーツの顔が歪んだ。

「不愉快なんだよ!」

 変形したバウンド・ドックが、振り向きざま、ビームライフルをそのネモに向かって乱射する。シールドからはみ出した脚部が破壊され、ネモは怯んだ。

「金色もこのままーっ!」

 百式が、バウンド・ドックの胴体めがけてビームライフルを撃った。しかしそこに、上半身はない。

 高速で移動しながら変形したバウンド・ドックは、そのビームをシールドの表面に掠らせつつも、モビルアーマー形態に変形したことで事なきを得た。さらに、その加速に乗った脚部のクローで、百式の右足を捉える。高速かつ大質量の衝突を受け、百式の手からビームライフルが離れた。

「このバウンド・ドックのパワーならば!」

 バウンド・ドックはその加速性能とパワーで百式を振り回した。その最中、ゲーツは周囲に浮かぶスペースデブリに目をつけた。

「終わりだ、金色!」

 スペースデブリに叩きつけるはずだった百式は、バウンド・ドックのクローから離れていた。クローのパワーが負けたわけではない。百式は、自らの右足を切断して脱出したのだ。クローのパワーで、右足だけが虚しく軋む。

「バカな!?」

 驚愕するゲーツ。そのバウンド・ドックの上を取った百式は、すれ違いざま、そのスカート部分から中心部へと、ビームサーベルを深く突き刺した。

 火花が散るコクピットの中で、ゲーツは叫んだ。

「こ……このバウンド・ドックが!?」

 バウンド・ドックは、スカート部の下側に向かって爆風を吐き出し、そのまま動かなくなった。

 ネモのパイロットが、カツに通信を送る。

「よくやったな、カツ!」

「いえ、片足で、かえって動きやすくなりましたから」

「そのまま戦うのかよ」

「何言ってんですか、アーガマに戻りますよ」

 ふと、彼は上空を見た。アクシズの艦隊が、コロニーレーザー周辺のドゴス・ギア艦隊に接近している。

「あれ、近くないですか?」

「アクシズの艦隊が? そりゃそうだろ、戦うんだから」

「そうですけど……」

 カツはそう言いながら、アーガマへ通信を繋げた。

「何をするんだ、アクシズは!」

 ブライトの声だ。カツは驚いて、思わず画面を見る。戦闘中にしても、あまりにも慌ただしい様子だ。

「知りませんよ、そんなの!」

「あれじゃ……裏切りじゃないか!」

 カツは思わず口にだして聞いてしまった。

「裏切りって……アクシズがですか!?」

 

 

 

「どういう事だ、ハマーン!」

 ブレックスはグワダンのブリッジに駆け込むなり、そう怒鳴りつけた。今、彼の身柄はアクシズが預かることになっている。

「早く特殊部隊に命令を出して、フォン・ブラウンを奪い返さなければ……」

 ハマーンは、ブリッジの窓から宇宙を眺めていた。遠くには、月面を狙うコロニーレーザーが見える。

「特殊部隊など、はじめから出してはいない」

「なっ……!?」

 驚愕し、ブレックスは言葉を失った。

「アクシズはエゥーゴを見捨てた。それだけのことだ」

「しかし、アクシズだけでティターンズに勝つなど……!」

「アクシズはティターンズと同盟を結ぶ」

「バカな、ジャミトフの目的はスペースノイドの弾圧だぞ!」

「シロッコは違う。サラという少女をよこして知らせてくれた」

 熱を増していくブレックスを黙らせるように、振り向いたハマーンは手に持ったものを見せつける。拳銃だった。その銃口は、ブレックスに向いていた。

 ハマーンは彼に近寄り、耳元で何かを囁く。ブレックスは驚き、ハマーンの顔を睨みつけた。彼女は笑う。

「冥土の土産にするがいいさ、ブレックス」

「……エゥーゴは勝つぞ。たとえ私が死んでも、スペースノイドはきっと」

 一発の銃声が静かなブリッジに響いた。腹を押さえてうずくまるブレックスに、ハマーンはさらに引き金を引き続けた。拳銃が銃声の代わりに軽い金属音を立て始めるまで、十秒もかからなかった。

 無重力のブリッジに、ブレックスの死体と血が力なく浮かんでいた。

「これを片付けておけ。ミネバ様にこんな死体をお見せするわけにはいかん」

「はっ!」

 敬礼し、兵士がブレックスの死体を担いだ。ハマーンは、通信兵に命を下す。

「ドゴス・ギアに繋げ」

「はっ!」

 数秒も経たないうちに、ブリッジのモニターにドゴス・ギアのブリッジが映る。画面に中央で笑みを浮かべる、一人の男。パプテマス・シロッコだ。

 

 

 

 インコムによる複数方向からの攻撃を、ジェリドはむしろ、僚機と交戦中の敵への牽制として操っていた。

 マラサイやロベルトのリック・ディアスが追い詰められ、彼らを守ろうと前に出てきたアムロをビームサーベルで攻める。それがジェリドの戦法だった。

 何合打ち合ったのかわからない。二機のガンダムの迫り合いは、未だ決着を見なかった。

 アムロとジェリドでは、経験の分、わずかにアムロの方が優っている。しかしモビルスーツの性能では、ZガンダムはMk-Ⅴに大きく水をあけられていた。

 そもそもどちらもガンダムといえど用途が違う。Zガンダムは大気圏突入を可能にするウェイブライダー形態を見ても分かる通り、本来はティターンズの根城である地球侵攻に主眼を置いた可変モビルスーツである。

 一方で、Mk-Ⅴには準サイコミュ兵装であるインコムの試験機という側面もあるが、新時代のフラグシップ機として高火力と高機動を追求したマシンだ。言い換えれば、暗殺者と戦士の対決である。真っ当に戦えば、戦士に軍配が上がる。

 両者の戦闘は激しさを増していった。

 接近戦を目指すZガンダムと、それを待ち構えるガンダムMk-Ⅴ。牽制のビームライフルとビームライフルの射撃戦にインコムが混ざる前に、アムロは距離を詰める。

 ビームサーベル同士の衝突の直前、アムロはビームライフルを振るった。銃口からビームの刃を形成し、ロング・ビームサーベルとしてライフルを振り下ろす。

 間合いを一瞬だけ誤認させるだけの攻撃。しかし、その一瞬の隙をついて、Zガンダムのビームサーベルが、Mk-Ⅴのビームライフルを切り落とした。

「ぐっ!?」

「そこっ!」

 反撃のビームキャノンをシールドで受け、一気に距離を詰める。後退するガンダムMk-Ⅴ。ビームサーベルとロング・ビームサーベルの波状攻撃でMk-Ⅴを追い立てる。

「なめるなっ!」

 Zガンダムにビームサーベルを投げつけて隙を作ると、ジェリドはわずかに後退する。

「なにを……!?」

 Mk-Ⅴの手が掴んだものは、先ほど捨てたメガランチャーだ。モビルスーツに匹敵するサイズのそれを、Mk-Ⅴのパワーで鈍器として振り回す。

「うおおおっ!?」

 Zガンダムの胴体に命中し、激しくアムロのコクピットが揺れる。追撃のビームキャノンがさらに撃ち込まれる。

「大尉、危ない!」

 駆けつけようとするリック・ディアスのバックパックを、ガブスレイのクローが捉えた。

「邪魔はさせない!」

「おおおっ!」

 掴まれているバックパックのバインダーのロックを外し、リック・ディアスはさらに加速する。クレイ・バズーカの一撃が、Mk-Ⅴのシールドに命中した。

 体勢を立て直すアムロ。その時だった。

「撤退信号……? なぜ!」

 エゥーゴからの信号弾だった。理解はできずとも、彼はZガンダムをウェイブライダーに変形させる。

「退くぞロベルト!」

「はい!」

 すばやくリック・ディアスはウェイブライダーに乗る。二機はMk-Ⅴに背を向け撤退していく。

「なぜ撤退をした……? アクシズと手を結んでいるなら、ここで退くはずがない」

「ジェリド、上を!」

 マウアーの言葉に、ジェリドは月面の上空を見る。

 アクシズ艦隊とシロッコの艦隊は、互いを射程に捉えたまま、何の動きもない。ただ、グリプス2だけが、コロニーレーザーだけが、その砲口を月面のエゥーゴ艦隊へと向けていた。

 

 

 

「エゥーゴの艦隊、散開していきます!」

 ドゴス・ギアのブリッジで、オペレーターがそう言った。シロッコは依然、落ち着いた表情だ。

「だろうな。だが構わん、奴らをここで撃滅しきってしまう必要はない。我々がアクシズと手を結べた以上、エゥーゴなどものの数ではない」

「では……?」

「このまま撃たせろ。やつらの三割は落とせるだろう」

「シロッコ!」

 ジャミトフの怒鳴り声だった。その声に、シロッコは振り返る。

「貴様、どういうつもりだ! ハマーンと手を結ぶなど……」

「私は閣下と話してくる。艦長、この後の指揮は任せる。結果は艦内放送で伝えろ」

「はっ」

 ドゴス・ギアの艦長は、静かに敬礼を返した。

「では閣下、こちらへ」

「……ああ、行こう」

 ジャミトフの表情は厳しい。彼らはブリッジを出て、ジャミトフの執務室へ向かう。

「シロッコ、貴様の言い分を聞こうか」

 部屋のドアをシロッコが閉じると同時に、ジャミトフはそう聞いた。椅子に深く座り、彼はシロッコを睨みつけている。

「ティターンズにとってエゥーゴは敵でしょう」

「エゥーゴやアクシズを殲滅しきることはせず、戦争を継続して地球の経済を追い込む。それが我々の望みだったはずだ」

「アクシズが必要なのですよ、私には。地球に魂を引かれた人間の解放が私の願いです」

「そのためにも、地球の既得権益にすがる老人どもを抹殺せねばならん。戦争の継続は必要不可欠なものだ」

 その時、部屋のスピーカーから館内放送が鳴った。

「こちらブリッジ。コロニーレーザー発射、二十秒前」

 満足げに頷き、シロッコは言った。

「アクシズを落とします」

「……今、何と言った?」

「アクシズを地球に落とし、核の冬を起こせば地球にへばりつく人間はいなくなる。閣下のお望み通りです」

「発射十秒前、九、八……」

 人の声であるというのに、スピーカーからの音声は無機質だった。

「何を言うか、それでは地球環境が!」

「私がそうするのです」

「貴様、クーデターのつもりか!」

「ええ。もっとも、閣下にはまだしばらく生きていてもらいますが」

 ジャミトフが机の上の受話器を手に取るより早く、シロッコは拳銃を抜いて、ジャミトフに突きつける。同時に、ドアの外へ声をかけた。

「おい」

 ドアを開けて、武装したティターンズの兵士が入ってくる。シロッコの息のかかった連中だ。

「ティターンズは野心と功名心に取り憑かれた連中の集まりです。閣下がそうなさった」

「……バカな……」

 ジャミトフは力無くへたり込む。彼の両腕を、兵士たちが掴んだ。

「コロニーレーザー、照射完了。エゥーゴ艦隊は概算で約四割の戦力を喪失……」

 スピーカーの音声を切り、シロッコは椅子に座った。ジャミトフの椅子の座り心地は、存外悪くなかった。

 

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