主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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ティターンズ激動

 

 アーガマがグラナダに入港するなり、スーツの男がブリッジへ駆け込んできた。アナハイム・エレクトロニクスのウォン・リーだ。

「ブレックス准将はどうしたんだ!」

「わかりませんよ、そんなことは!」

 苛立ちをぶつけ返すように、ブライトも怒鳴る。

「指導者をアクシズに渡して、それで裏切られるなどとは……!」

「准将がそうおっしゃったのです、それにティターンズと戦うには」

「君たちを責めたいのではない、なぜアクシズがティターンズについたのだ」

「わかりません」

「わかりません、わかりませんと……そんなことだから戦力を半分も失ってしまうんだぞ!」

「わからないものはわからんでしょうが!」

「そこまでにしてくれませんか、ブライト艦長、ウォンさん」

 低い声が、二人を制した。アイリッシュ級二番艦ラーディッシュの艦長、ヘンケン・ベッケナーだ。

「ヘンケン艦長。君は何をしに来たのかね」

「ウォンさんを放っておいたら何が起こるかわからんのでね」

「言葉が過ぎるぞ」

「すみません。それで……エゥーゴは、これからどうするんです?」

 咎められたことを気にする様子もなく、ヘンケンは堂々と尋ねた。誰もが気にしていたことだ。

 ウォンは、感情的になっていたことを自覚した。

「ブレックス准将が決めることだったからな」

「ええ。次のエゥーゴの指導者を決めることが先決です」

 小さく鼻を鳴らして、ウォンが言った。

「どうだね、ヘンケン艦長」

「私は無名の船乗りですよ。ホワイトベースのような伝説もない」

「なるほど、ではブライト艦長は」

 水を向けられて、ブライトは驚いた。よもや自分ではないだろうと思っていたからだ。

「……どうでしょう、私はエゥーゴに来て、まだ日も浅いですから」

「ふむ……ここは、ヘンケン艦長に任せよう」

 少し考えて、ウォンは言った。

「私ですか?」

「暫定的なものだ。君がリーダーになって文句を言うものもいるまい」

 ヘンケンとブライトが顔を見合わせた。死んだかどうかも定かではないが、ブレックスの不在を悲しむ暇もないようだ。

「では、失礼するよ」

「もう、ですか」

「アナハイムでも忙しいのだ。エゥーゴへの支援を打ち切るとか」

 暗くなったブライトの顔を見て、ウォンは笑い飛ばす。

「なに、そんなことは私がさせんよ。エゥーゴを頼んだぞ」

 彼はそう言ってブリッジを出ていく。ぶつかりかけた兵士を怒鳴りつけ、通路に消えていった。

「ブレックス准将がいなくなって……」

「出資者は無理難題を言うものさ」

 ブライトの愚痴に、ヘンケンは苦笑いした。

 

 

 

「ロザミア! ロザミア!」

 声を枯らして叫んでも、返事は返ってこなかった。宇宙を走るギャプランの目の前で、もう一機のギャプランが爆発する。

「ぐっ……くそおお!」

 再び加速するギャプラン。その横を、サイコガンダムMk-Ⅱが並走している。

「はっ! フォウ!」

 今度は謎のモビルスーツが、サイコガンダムの頭部へとビームサーベルを突き立てた。フォウの悲鳴が聞こえる。

「フォウ! おのれえええ!」

 彼の乗機は、いつの間にかバウンド・ドックへと変わっていた。謎のモビルスーツを追いかけるバウンド・ドックに、金色のモビルスーツが取り付く。百式だ。

「う……うああああ!」

 ビームサーベルを突き立てられ、そして、彼は目覚めた。

 医務室のベッドだ。着せられている患者衣は、汗でぐっしょりと濡れていた。

 体を起こした彼は頭に巻かれた包帯を撫で、あたりの状況を伺おうと床に降りた。

「ん……」

 カーテンで区切られた隣のベッドの側に、椅子があった。コーネルが座っている。こくりこくりと船を漕ぐ彼女の横顔は、疲れているように見えた。

「……フォウか」

 彼はゆっくりと、そのベッドへ近寄った。眠り続けるフォウの顔は、以前よりもやつれたように見えた。彼は布団の中に手を入れ、彼女の手を握った。

 細く、きれいな手だ。体温を感じるが、しかし、動くことはない。

「……ゲーツ大尉?」

 背後からの呼びかけに、彼は振り向いた。コーネルが起きたようだ。

「起きたんだな。……フォウの様子は」

「変わりありません。あなたも、よくご無事で。撃墜されたと聞きましたが」

「そうらしいな。よく生きていられるもんだよ、俺も」

 二人はフォウに視線を落とした。仲がいいわけでもない。しかし、フォウへの気持ちは同じだった。

「ここは、アレキサンドリアか?」

「はい。ドゴス・ギアの艦隊は月を離れてアレキサンドリア艦隊がエゥーゴを押さえる、とか」

 ゲーツは、フォウの顔を見つめたままだ。コーネルは、迷った挙句に、口を開いた。

「ティターンズはアクシズと手を結んだそうです」

「アクシズと、だと!?」

 どうせ、いつかはわかることだ。そう思ってコーネルはこの事実を告げた。

「どういうことだ」

「アクシズは、ネオ・ジオンと名を変えました。エゥーゴを倒すために手を結ぶと、パプテマス・シロッコが」

「俺がロザミアの仇も討てんうちに……!」

 フォウを昏睡状態に追いやったのは、アクシズのモビルスーツだ。それが身内になってしまえば、たまったものではない。

 彼のロザミアへの執着は、異常だ。ナミカーは彼を疑いの目で見ていた。

 ふと気づいて、ゲーツは口を開いた。

「しかし、なぜフォウがまだ軍艦にいる? フォン・ブラウンの病院にでも……」

「私ですよ、ゲーツ大尉」

 医務室の入り口の方から、眼鏡の男が声をかけてきた。ゲーツのインストラクターのローレン・ナカモトだ。

「ローレン」

「大尉が起きたら伝えるよう、医務室の当直に頼んでいたので。それで……フォウ少尉の話ですね」

 彼は骨ばった指をフォウに向けた。

「いつ目覚めるかも、どうすれば目覚めるのかもわからんのです。なら、どこの病院に置いたって無駄でしょう」

「この艦だって無事とは限らないぞ」

「目覚めればパイロットとして働いて貰えばいい。そうでしょう、ナミカー」

 名前を呼ばれて、彼女は不快そうに顔を歪めた。

「私は下ろすべきだと言ったのですが」

「彼女がいるから、サイコガンダムMk-Ⅱもアレキサンドリアが曳航してくれるんです」

 ゲーツは深く息を吐き立ち上がる。

「しかしな、ローレン。パイロットがこれじゃ……」

「あなたですよ、大尉。ムラサメ研のモビルスーツもこちらが使わせていただければありがたいでしょう」

 ローレンは、どこか上機嫌だった。

「さ、ゲーツ大尉。今は休んでください。元気になったあなたがサイコガンダムに乗って、フォウ少尉を守るんですから」

 にやついた笑みで、彼はそう言う。コーネルは嫌悪感を隠せず、顔を背けた。

 

 

 

「ジェリド大尉、君たちフォン・ブラウン艦隊には、グラナダのエゥーゴ軍を抑える仕事をしてもらう。いいな?」

 画面の向こうで、シロッコがそう喋っている。ジェリドは画面に向かって敬礼した。

「はっ!」

「グリプス2も君たちに委ねる。何か質問はあるかね」

 わずかな沈黙が流れた。両足を肩幅に開き、ジェリドは重々しく尋ねる。

「アクシズと結んだのですか」

「今はネオ・ジオンだ。何か意見があるかね」

「ティターンズはジオンの残党を叩くのが仕事でしょう」

「ジャミトフ閣下のご意志だ」

「……はっ」

 エゥーゴを潰すという目的は、すでに果たされたようなものだった。アクシズの横槍がなければ、おそらくは達成できた。アクシズとも、戦力的にはこちらが有利だ。しかし、ジャミトフの真の目的、地球上の人類の抹殺を考えれば、アクシズと結ぶことも一つの戦略なのかもしれない。

 今度はガディが口を開いた。

「司令の艦隊は、ゼダンの門へ向かっているとか」

「ああ。小惑星アクシズをゼダンの門の守りに加える」

 すっかりアクシズを身内とみなしているようだ。ジェリドはそれが不安だった。

「ではジェリド大尉。頼むぞ」

「はっ!」

 通信が切れた。ジェリドはため息を吐き、その隣のガディも疲れたようにキャプテンシートに戻る。

「アクシズと手を結んで、やつはどうするつもりだ」

「シロッコにはシロッコの考えがある、ということだろうな。しかし……」

 シロッコのこれまでの行動を思い返すに、何をしでかしてもおかしくない。

 

 

 

 椅子に座るジャミトフに、すでに威厳はない。その年齢以上に歳をとっているようにも見える。

 彼は今、ゼダンの門へ向かう小惑星アクシズ内の一室に軟禁されていた。

「ジャミトフ・ハイマンか……。哀れだな。結局はシロッコに利用されて」

「しょぼくれちゃってさ、見てるこっちが不快になるぜ」

 彼の監視も、アクシズの兵たちだ。ジャミトフのアクシズでの軟禁はシロッコの命令だ。ティターンズにジャミトフを軟禁させるのは、たしかに非現実的と言えた。

 想像を大きく超えた、シロッコの行動。全ては、自分一人で世界を変えようとした、彼自身のエゴのためだった。アクシズが地球に落ちれば、地球はもう、彼が愛した美しい星ではなくなる。

 大きな理想のため、人生を賭けた。突きつけられた結果は受け入れ難くはあったが、筋が通ってはいた。

 弱々しい声が、兵士にかけられた。

「すまんが、そこの君」

「は?」

「……水を一杯、くれんか」

「はあ」

 ここは重力ブロックだ。二人の兵士が目配せし合い、一人が水をグラスに注ぎ、ジャミトフに手渡す。

「はあ……ありがとう。本当にありがとう……」

 一口だけ口をつけ、彼は兵士に向かってつぶやいた。

「私はなぜ、このティターンズ総帥の地位を得たのだろうな」

 残りを一息に飲み干すと、彼は突如、苦しみ出した。胸を掻きむしり、床に倒れ込む。

「うぐっ……ぐが……は……っ」

 服毒自殺。監視のアクシズ兵二人に、その言葉がよぎる。

「おい、医者を!」

「わかった!」

 一人の兵士がジャミトフに駆け寄り、もう一人は部屋から通路へ走っていった。

「おい、しっかりしろ!」

 悶えるジャミトフを抱き起こし、彼は声をかける。その時だった。

 兵士の喉元に、一丁の拳銃が突きつけられる。

「なぜ私がティターンズの総帥になれたか?」

「う……!」

 その拳銃は、兵士の腰のホルスターから、ジャミトフが一瞬の隙をつき抜き取ったものだ。

「この手の仕事が得意でね」

 ジャミトフは引き金を引いた。

「何だ! おい!」

 銃声を聞きつけて、もう一人の兵士が戻ってくる。彼の視界に映る、血まみれで倒れる同僚。

「おい! 大丈夫か!」

 兵士が、相棒の死体へと駆け寄った。その時、ドアの陰に隠れていたジャミトフが後ろから銃を突きつける。

「な……!」

「素人め。アクシズは練度不足か」

 兵士は銃を落とし、両手を上げる。ジャミトフは冷たい声で訊いた。

「貴様のような新兵を私の監視につける理由はなぜだ?」

「うぐ……言うものか……!」

「性急すぎるハマーンの行動が、アクシズの中に反対派を産んでいると言うことか」

「くっ……!」

 銃声が三発。兵士のライフルを奪ったジャミトフは、部屋を飛び出した。

「ミネバを傀儡化するあの女狐のやり方は、ドズル派にとっては許せんだろうよ」

 通路を走る彼の前に、三人のアクシズ兵が通りかかる。

「ジャミトフ!? なぜ……」

 彼らが銃を構えるより早く、ジャミトフはライフルを撃った。悲鳴をあげ、兵士たちが倒れる。

 どこかで見られたのか、通路に警報が響いた。放送も同じく流れ始める。

「捕虜が一名脱走! Rー5通路を逃走中!付近の兵士は確保にあたれ! くりかえす!」

「ふん……」

 ジャミトフは鼻で笑い、通路を走った。目的は通信設備だ。

「Rー5、Rー4間の隔壁を封鎖! 繰り返す、Rー5……」

 ジャミトフの視界の先に、閉まりかけた隔壁が見えた。閉じ込められるわけにはいかない。

 上から下へと降りていく隔壁へ、ジャミトフは走り込んだ。マントを体の下に敷くようにして、床を滑る。隔壁の向こうにいた兵士が叫び、銃弾を受けて倒れた。

 エレベーターのドアが開いた。

「ジャミトフは閉じ込めたんだな!」

「そうらしい、いくぞ!」

 クリアリングもせずにエレベーターから飛び出した彼らは、ジャミトフの銃撃で蜂の巣になった。すばやくエレベーターに飛び込み、彼は目的階のスイッチを押す。

 次にエレベーターが開くと、ちょうどそのエレベーターに乗り込もうとしていた兵士たちがジャミトフを見て驚愕する。

「うおっ、うっ、撃てーっ!」

 隊長格らしい男が命令を下した時、他の二人はすでに倒れ伏していた。そして彼も、同じように血を流して倒れこむ。

「ジャミトフの狙いはこの通信室だ、ぬかるなよ!」

「はい!」

 通信室のドアが開いた。入ってきたマントの人影へ、一斉に銃撃が浴びせられる。

 人影は、血を流して倒れた。弱々しく痙攣するその人物の体を、アクシズ兵が足で転がした。

「こいつ、ジャミトフじゃない……!?」

 ジャミトフのマントを着せられたアクシズ兵だ。仲間を撃ってしまった衝撃に驚く彼を、ドアから素早く入った何者かが殴りつけ、首に腕を回し拘束する。

 ジャミトフだ。ライフルを持った他の兵士たちは、あまりのことに反応できない。薙ぎ払うようなライフルの連射を受け、兵士たちは倒れる。

 人質に使った兵士にも銃弾を浴びせると、通信室にいる兵士たちは、ジャミトフを遠巻きにし、震えた手で拳銃を構えるばかりだった。ジャミトフは躊躇なく、次々に一人ずつ銃弾を浴びせていった。

 この通信室にはもう、動ける人間はいない。ジャミトフは、血まみれの通信室のコンソールを操作する。オープン回線で、この宇宙すべてに向けての放送だ。

「聞け! シロッコとハマーンはアクシズを地球へ落とすつもりだ!」

 画面に自分が映る。放送はできているようだ。

「私はここに宣言する! ティターンズの目標は断じてアクシズ落としなどではない!」

 彼の脳裏を、さまざまな映像が過ぎる。走馬灯じみたそれを、彼は自身の声で振り払った。

「私亡き後のティターンズの総帥はシロッコではない。ルナ・ティターンズのジェリド・メサ大尉である!!」

 彼の理想を知る者は、シロッコとジェリドしかいない。己の意思を持って正面からわかり合おうとした男。人を信じるということの意味を、ジャミトフは今、心の底から感じていた。

 ドアが開き、雪崩れ込むアクシズの兵たち。ジャミトフの背中に彼らは銃を突きつける。

「地球万歳」

 そう言い残し、彼は振り返った。手に握られているライフルを、兵士たちめがけて撃つ。数名が倒れるが、すぐにそれ以上の弾丸が彼の体に撃ち込まれる。肉が穿たれ、骨が砕ける。飛び散る赤い血の中で、彼はただ、青い星の未来を願った。

 

 

 

 ジャミトフ・ハイマンの放送は、即座に宇宙中のトップニュースとなった。海賊放送で報道され、ティターンズ内部でも、シロッコに対する不信感が燃え上がる。

 その放送から、わずか半日も経たないうちに、ジェリドは行動を起こしていた。

 ソファに腰掛け、机の向こうにいる男を、彼は注意深く見つめた。広い額に、ブルドックのように垂れ下がった頬。しかしその目は鋭く、渡された資料を漏らすことなく読み続ける。

 男は顔を上げた。

「ふむ、なるほどな」

「どうだ、メラニー・ヒュー・カーバイン」

「グラナダ及び諸都市の自治を認めるが、フォン・ブラウン市はティターンズの管理下に置く……ふん、ずいぶん虫のいい話だ」

 ジェリドの隣で、マウアーが口を挟んだ。

「今のエゥーゴがティターンズを相手に月の裏側を守り抜けるとは思えませんが」

「コロニー群の独立はどうなるんだ。准将はそれを望んでいた」

 その隣で、ヘンケンが訊いた。彼にも、同じ資料が渡されている。

「それを認めるのは政治家だ。ティターンズはエゥーゴが武力を用いない限り月の裏側には手を出さない。エゥーゴの勢力があれば、連邦だってスペースノイドへの配慮をしなければならんことはわかるはずだ」

「議会がエゥーゴを潰せと言ったらどうする?」

「このジェリド・メサが黙らせるさ」

 そう答えるジェリドの顔に、迷いはない。マウアーは、その彼の横顔が、少し心配だった。

 コーヒーを啜っていたメラニーが、笑った。カップを置き、ソファの背もたれに体重を預ける。

「スペースノイドの税金を失っても連邦の上層部が変わらなければ、地球は荒廃する一方だぞ」

「地球の利用に今以上に高い税金をかければいい。そうすればわざわざ住みたがるのはよほどの物好きだけだ」

 低く唸るようにメラニーは言った。

「そういう連中は、環境への配慮もしていると」

「ああ、地球に住むならそのつもりだろう。地球の品物は高級品だとブランディングできれば、宇宙の連中もわざわざ地球を狙わない」

「地球を観光地にしてしまおうというのか」

「その通りだ」

 ジェリドの答えに、メラニーは喉を鳴らして笑った。食うに困らないだけの余裕があれば、宇宙でも地球ブランドの需要が生まれるという理屈は、間違ってはいない。

「それはわかった。しかし、連邦は地球を守れるだけの戦力を維持できるのか?」

 身を乗り出しているのはヘンケンだ。彼は政治家ではないが、軍人なりの戦略眼を持っている。

「サイド同士で地球を中立地帯として定めてくれればいい。サイドの再建は始まっている。勢力が細分化すれば中立地帯に手が出せなくなるのは道理だろ」

 ふむ、と小さく唸って、メラニーは黙り込んだ。資料に目を落とし、思考を巡らせる。

「君の目的はなんだね、ジェリド大尉」

「俺の個人としての考えとしては、地球の環境などどうでもいい。戦争が起きずに人の暮らしが守られれば」

「組織としては違うのだな」

「……前総帥ジャミトフ・ハイマンは地球の環境維持のためにティターンズを作った。既得権益にしがみつき地球を汚染する有力者を排除するためにな」

「君はその意志を継ぐ、と」

「少なくともティターンズのトップである間は、地球のことを考えさせてもらう」

 再び、メラニーは黙り込む。

 その一方で、ヘンケンはジェリドのその態度が意外だった。ティターンズといえば、選民思想とアースノイド至上主義に凝り固まっている物だと思っていた。

 しかし、目の前の男に、その様子はない。ヘンケンはもともと、竹を割ったような気質のある男だ。こだわりを捨て、彼は資料を机に置いた。

「連邦軍の指揮権をティターンズに委ねる法案が可決された今、ティターンズのトップは連邦軍の意思決定者と言っていい。その権力をうまく使えばやれんことはないだろうな」

 ジェリドに答える、というよりは、メラニーに聞かせるような口ぶりだった。エゥーゴ側も、文句はないようだ。

 エゥーゴの出資者たるメラニーも、それを受けて頷く。

「政治のわかる人間には伝手がある。君に紹介してもいいが」

「遠慮しておきます、メラニー・ヒュー・カーバイン」

 ジェリドは、朗らかに微笑んだ。ヘンケンが立ち上がり、その手をジェリドに差し出す。

 右手と右手が、握り合った。エゥーゴとティターンズが、手を結んだのだ。

 

 

 

「宇宙と地球の皆さん、私はティターンズのジェリド・メサ大尉です」

 それから間もなく、フォン・ブラウンから放送が発せられた。

「ティターンズ司令のパプテマス・シロッコは、ネオ・ジオンに寝返りました。そしてご存知の通り、アクシズを地球に落とし、地球を人の住めない環境にしようとしています」

 その放送は、ジャミトフの死に揺れる宇宙を、さらに大きく揺らした。

「ティターンズとは、何のための組織か」

 ジェリドはわずかに言葉を切り、少し早口気味に続ける。

「人類全ての宇宙移民は夢物語だ。その証拠に、地球に何の執着もないシロッコだから、アクシズを落として平然としていられる。地球に誰も人が住まなくなれば、一世紀も経たないうちに、地球はアクシズのように資源採掘用の星としてしか見られなくなってしまう」

 演台を拳で叩き、ジェリドは声を張り上げた。

「地球には誰かが住まなければならない。真に地球を愛する誰かが! ……ティターンズを創立したジャミトフ・ハイマンは、地球の環境汚染に心を痛めていた。地球は我々の母星である。傷ついた親のために、人類は地球の管理者として責任ある行動を取らねばならない」

 地球に住む者たちも、ジャミトフの放送を信じればいいのかわからなかった。しかし、即応したジェリドのこの放送は、さらなる混乱を招いた。

「この放送は、シロッコおよび彼の率いる軍に対し宣戦を布告するものでもあります」

 ティターンズ同士の内乱。シロッコ派とジェリド派、ドゴス・ギア艦隊とアレキサンドリア艦隊の衝突が予見される宣言だった。

「ティターンズの正統なる後継者は我々である。このジェリド・メサを総帥とした月面ティターンズ……ルナ・ティターンズが、パプテマス・シロッコ、ならびにネオ・ジオンのハマーン・カーンを討つ!」

 地球で、コロニーで、月で、さらには火星圏や木星圏にすら、その衝撃は届いていた。

「我々はアクシズの落下を止め、地球を守るために戦う。地球連邦軍諸君には、賢明な判断をしてもらいたい」

 市民が、兵士が、皆が耳を傾ける。信じるもの、半信半疑なもの、取り合おうとすらしないもの。反応はさまざまだったが、何かが起こることは感じていた。

「エゥーゴと我々ルナ・ティターンズは停戦協定を結んだことを最後に言っておく。宇宙移民論者との次の戦いの場は、議会であることを願う。以上だ」

 

 

 

 ハマーンとシロッコの会談は、ドゴス・ギアで行われた。議題はもちろん、ジャミトフとジェリドのことだった。

「ハマーン。私が貴様に何を命じたか覚えているか」

「命じたなどと……ネオ・ジオンが貴様らの配下になったと思う傲慢さは不愉快だな。飼い犬の教育もできん分際で」

 どちらも、静かに怒りを湛えている。一触即発の状況だ。

「ジャミトフにあんな放送さえさせなければ、我々の理想は達成できたはずだ」

 苛立ちを隠さずにハマーンは言い返す。

「貴様と一緒にされては困る。連邦の打倒は、我がネオ・ジオンの悲願だ」

「ジャミトフの死に関しては、ジェリド派の暗殺として発表した」

「恩を売ったつもりか?」

 ハマーンは不遜だった。元々、アクシズとの長期的な同盟はシロッコの想定にない。ハマーンとの論戦を続けて彼女を屈服させるメリットもないのだ。

 シロッコは目を閉じ、息を吐く。

「しかし、こうなれば自由には動けん……。我々が動けば、奴らに付け入る隙を与えることになる」

「今はルナ・ティターンズとやらに、動く気配はないのか?」

「ああ。アクシズを移動させなければ、奴らも様子を見るだろう。グリプス2が向こうにあるとはいえ、ゼダンの門はコンペイトウとルナツーに守られている。今攻め込むのは無謀に過ぎる」

 それは、事実だった。フォン・ブラウンにはティターンズの戦力のおよそ半分を残していったが、それはゼダンの門をはじめとする各拠点に残った戦力を除いてのことだ。数の利はシロッコにある。

 さらに要塞の防衛側であることに加え、ネオ・ジオンの戦力もある。負けるはずがない。

「ではこのまま、奴らが干上がるのを待つか」

「私のティターンズも不安定だ。ここは誤解を解き、ジェリドを排除してから計画を実行する。いいな?」

「……アクシズは待ち続けたのだ、七年間もな」

 忌々しげにハマーンはそう言った。その憎しみの矛先は、もはや彼女自身にもわからなかった。

 

 

 

「十時になりました。ニュースをお伝えします」

 エンジンが唸りを上げる。道の脇に広がるのはだだっ広い農地。変化のないその景色は、速度計を見なければ、車のスピードすら分からないほどだ。

「グリニッジ標準時本日未明、フォン・ブラウン市でジェリド・メサをティターンズの総帥とする宣言がなされました。このティターンズの分派はルナ・ティターンズを名乗り……」

 ブレーキが踏まれた。近くで借り受けたオンボロ車だが、それを感じさせないほどスムーズに、車はある館の門の前に止まる。

「これに対し、現職のティターンズ総司令であるパプテマス・シロッコは……」

 ラジオの電源が切られた。車のウインドウを開けて男が顔を出し、白いスーツを着た腕がインターホンを押す。

「俺だよ。カイ・シデンだ」

 館の主から返事は返ってこない。代わりに門が開いた。それを許可と受け取って、カイは車を乗り入れた。整えられた庭と、古びた館。二階建てのちょっとした豪邸だが、そのどこか触れ難い美しさに、館の今の持ち主をカイは思い出した。

 カイの車が近づくと、ガレージのシャッターが開く。館の窓を見て、カイは小さく会釈した。

 ヴィンテージものの車の横に、そのオンボロ車が止まった。見たところ、そのヴィンテージ車に乗り回された様子はない。コレクションか。軽く二十万キロは走っているであろうオンボロ車が横に並ぶと、さすがに不釣り合いに見えた。

「さすがだよ、あの人は」

 ガレージから出たカイは、館の玄関へ向かった。軽く見回すと、よく手入れされているように見えた庭が、すこし荒れているように見えた。最後に刈り揃えられてから、一ヶ月ほど経っている。そんなことを考えながらインターホンのボタンを押すと、ほどなくしてドアが開いた。

「カイ・シデンさんね、ジャーナリストの」

 金髪がぱらりと揺れる。七年前と変わらない芯のある声が、カイを出迎えた。

 よそよそしい言い方は、彼女なりの冗談だった。

「仕事なんでね、セイラさん」

 余裕を持ってカイは返した。セイラに迎え入れられるまま、館に入る。

 外とはまた別種の匂いが鼻腔をくすぐった。わずかに漂う匂いは香水だろうか。柔らかい絨毯を踏みしめたカイは、まるで物色するかのように部屋の中を眺める。

「珍しいかしら」

「いや……別荘かい、ここは」

「ええ、ある方から譲っていただいたの。紅茶でよろしくて?」

「よろしくて」

 カイを応接室に通すと、セイラはキッチンに引っ込んだ。彼女はすぐにポットとカップをトレイに載せて戻ってくる。カイが車で乗り入れた時から準備を進めていたのだ。

 ガラス製のポットの内側には、美しい赤褐色が揺れていた。茶こしを通して、カップに紅茶が注がれる。茶葉の香りが広がった。

「デイトレーダーだって?」

「ええ。投資を」

「さすがだよ、俺とは違う」

 わずかな世間話をこなしつつ、セイラは二つのカップに紅茶を注ぎ終わった。

「どうぞ」

「ありがとう」

 さすがセイラさんだ。カイは思った。彼は紅茶に詳しいわけではないが、この茶葉が高級品であろうことはわかった。ましてやこの女性が淹れたとなれば、金をいくら積んででも飲みたいと言う輩も多いだろう。

 口に含むと、茶葉の清冽な香りだけでなく、どこかフルーティな甘い匂いも鼻の奥へ抜けていく。

「アムロとハヤトがエゥーゴに、でしょう?」

「カツもさ」

「カツが?」

「ブライトも参加したって噂だ。ジャーナリストにこれだけ喋らせたんだ、本題に入ってもらいたいね」

 セイラは答えようとしない。紅茶を一口飲んで、そのカップを見つめている。カイはその揺れる目に、迷いを読み取った。

「ここの庭師はどうしたんだい?」

「え……」

「見たところプロの仕事だが、ひと月ほど前からは来てないな」

 カイがカップを置いて、続ける。

「人払いをする必要があった。俺への用事もそれだろ?」

 セイラはまだ迷っている。唇を噛んだ彼女に、カイはとどめの一言を告げた。

「ハヤトは死んだよ。ティターンズに殺された」

 その言葉に、セイラは顔を上げた。カイの迷いのない目に射抜かれて、彼女は弱々しく漏らす。

「ハヤトが……そう」

「セイラさん。あんたが今俺を呼びつけるってことは、エゥーゴに関することか」

「……あなたに会わせたい人がいるの」

 ようやくセイラはカイを呼んだ理由を口にした。セイラは紅茶のカップを傾ける。

「その人は?」

 カップを置いた時、セイラの顔にもう迷いはなかった。毅然として、彼女は答える。

「この館にいるわ。庭師のおじさんに暇を出したのも、その人を見られたら困るから。この前まではベッドから起き上がれなかったのだけどね」

 カイはカップに残った紅茶を飲み干した。

「すぐに会わせてくれ。俺にもあんたにも、時間はないだろ」

「ええ。……驚かないでね」

 二人はカップを残して部屋を出る。向かう先は、二階の角の部屋だ。

「誰か教えてくれないのかい?」

「私の口から言っても信じられないもの」

 カイはドアノブを握った。わずかに軋んでこそいるが、抵抗なくそのドアは開く。天井の明かりが照らす部屋で、一人の男が体を起こした。

 引き締まった体つきからして、軍人か何かか。カイの不確かな推測に、ある疑念が宿る。その男が生きているはずがない。やや長い金髪の間から、青い瞳が覗いていた。

 

 

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