独房の扉が何度も叩かれる。
「誰か! 誰かー!」
ファの喉を枯らした叫び声が、冷たい床と壁に響いていた。彼女は今、ジャマイカンが艦長を務めている重巡洋艦、ロンバルディアの独房に囚われていた。
「早く逃げ出して、パプテマスさんに伝えないといけないのに……!」
すでに彼女が囚われてから、数時間が経っている。ジャマイカンの蜂起まで、もう時間はない。
一息ついた彼女の耳に足音が聞こえた。一定のリズムで近づいてくるその足音の正体を見極めようと、彼女は独房の窓に顔を近づけた。
彼女の期待は打ち砕かれた。近づいてくるのは、ジャマイカンの配下の、顎ひげの男だ。
「あなたは……!」
「ドアから離れて、両手を壁につけ」
ファは言われた通り、壁に手をついた。殺される。彼女は、壁についた手が汗ばむのを感じた。
「よし」
顎ひげの男は拳銃を手に、独房のドアを開ける。ファが肩越しに見た彼は、手に何か、黒く大きな袋を抱えていた。
直感的にファは理解した。死体袋だ。
「両手を後ろに、ほら」
「先に殺したって一緒でしょう」
ファは両手を壁についたままそう言った。
「ああ? ……勘がいいんだかわからんな」
顎ひげの男は呆れたように頭を掻いた。拳銃を持ってこそいるが、その手も下げてしまっている。
「俺はな、あんたを助けてやるってんだよ。ジャマイカンを騙して、あんたをゼダンの門の中に逃してやるってんだよ」
「えっ!?」
ファが振り向いた。その驚いた顔に、男が吹き出した。
「そんなに驚くなよ。ゼダンの門の……あんたを捕まえた小部屋があるだろ。あそこにあんたを置いておく」
「どういうことですか?」
「殺したくないんだよ。子供を殺せるなら、俺だってアクシズ落としもできるだろ。でも、ホイホイ逃がしたんじゃ俺たちの計画が知られちまう。わかるかい?」
男は真剣な目つきでファの顔を見て、その片手に手錠をかけた。ファも、抵抗こそしないものの、未だ信用できないという視線を向けている。
「……じゃあ、どうするんですか」
「賢い子だ。すぐに逃げられたんじゃたまらないからな、手錠をかけて、死体袋からはしばらく出られないようにさせてもらうさ」
そう言って、男は後ろ手に手錠をかけた。
「信じますよ」
「こっちだって、誰にバレてもただじゃ済まないんだ。声出したら撃つからな」
顎ひげの男が銃を見せる。ファは、小さく頷いて死体袋に両足を入れた。パン、と乾いた銃声がした。ファはぎょっとして、男を見る。
銃口は足元、死体袋に向いていた。
「死体袋、宇宙用だからな。密閉されちまう」
「……ありがとうございます」
おずおずとファがしゃがみ込むと、男は彼女に着せるように死体袋を被せていく。
「閉めるよ」
「はい」
じじ、と音を立ててジッパーが閉じた。ファの視界は真っ暗だ。
「持ち上げるぞ」
言うが早いか、男がファを担ぎ上げる。男の肩の上に乗った腹に、体重がかかる。ファが小さくうめいた。
「声出すなって。こんな子供が戦場にいちゃいかんからな」
男はそう言って歩き出した。
「時間です」
「わかっている。全艦発進、然るのち、砲撃を開始せよ!」
チベ級。かつてのジオン公国の威容を残すその戦艦は、アクシズのドックを砲撃した。
ムサイ級やザンジバル級も同様だった。アクシズから離脱する彼らは、かつての僚艦たちへ躊躇なく攻撃を加えていた。
「新型を独占しおって、ハマーン派のクズどもめ!」
「通信、どうぞ!」
「ああ! 我々はこれよりネオ・ジオンを離脱する! シャア・アズナブルの、キャスバル様のエゥーゴと合流して、ミネバ様を利用するハマーンという女狐を叩きのめすのだ!」
つばを飛ばして艦長は叫ぶ。
「ジーク! ジオン! ジーク! ジオン!」
未だ反撃の準備が整わないネオ・ジオン艦隊を抜け出し、彼ら離反者たちは合流地点を目指した。
時を同じくして、コクピットの中で、カミーユはじっと機を待っていた。時計のデジタル表示が、〇〇に変わる。カミーユは、操縦桿を握りしめた。
「おおっ!? なんだ!?」
突如として動き出すガンダムMk-Ⅱ。目の前を逃げ惑う整備士たちを、カミーユは撃てなかった。ジャマイカンからの命令では、ドゴス・ギアを内側から攻撃しろとのことだったが、カミーユはそれを無視していた。
「ハッチを開けないのなら!」
ガンダムMk-Ⅱがビームサーベルを抜く。ドゴス・ギアのカタパルトへ繋がるハッチをビームの刃が貫き、くり抜いた。溶けた金属を足でどかしつつ、Mk-Ⅱはカタパルトを駆けて、ドックの中を加速していく。
すでにドックの中の何隻かが動き出していた。シロッコの正統ティターンズから離反し、ジェリドのルナ・ティターンズを目指す一行だ。ドックの中では誘爆や同士討ちの危険もある。離反者たちの艦隊はバリケードを破壊し、慌ただしく出航していった。
「サラたちも無事ならいいが……」
カミーユは、ふとそう呟いていた。ゼダンの門、かつてはア・バオア・クーと呼ばれた宇宙要塞から、何隻もの艦隊が逃げ出そうというのだ。
基地司令からも命令が下されたようだ。要塞砲が彼らの背中を狙い、直撃を喰ったサラミス改級が煙を吐いて足を止めた。
「これが戦争なのか、これが!」
騙し合い、不意打ち、奇襲。カミーユがこれまで経験した戦場とは、大きく違うものだった。
哨戒のモビルスーツ隊が集まってくる。カミーユはMk-Ⅱを加速させた。
先陣を切って突撃してくるバーザムが、Mk-Ⅱにビームライフルを向けた。
「やはり敵か!」
放たれたビームを躱し、Mk-Ⅱもビームライフルを構える。三連射のうちの一発がバーザムの右腕を破壊した。
片腕になったバーザムは、左腕でビームサーベルを構える。振り下ろすその刃から、Mk-Ⅱはわずかに後退して逃れた。ほとんど剣の間合いだったが、構わずカミーユは銃口を突きつけ、その引き金を引いた。
「あれで止まっていてくれれば……!」
バーザムの爆発を目の前にして、カミーユはそう呟くことしかできなかった。
通信が届いた。離反者たちが設定した周波数だ。ジャマイカンの声がする。
「これより我が艦隊はこの場を離脱する。遅れるなよ!」
離反する各艦が出揃ったようだ。ゼダンの門を背にし艦隊のノズル光を見たその瞬間、カミーユは嫌な予感がした。
「俺が、俺が置いて行かれるのかよ!」
迫ってくる正統ティターンズのハイザック。カミーユはそれらの攻撃から逃れながら、艦隊の背を追いかけた。
「ジャマイカン、あいつ……! 俺を囮にして!」
よく見れば、離反者たちの艦隊はモビルスーツを出していない。この場でのモビルスーツは囮同然だ。カミーユは焦りに任せてペダルを踏み込んだ。
「おい、待ってくれよ! 俺、俺は……!」
ゼダンの門に一人取り残されては助かるはずもない。追いつこうと加速するMk-Ⅱだったが、艦隊の背中はぐんぐん遠ざかっていく。モビルスーツは一瞬の加速に関しては軍艦を上回るが、推進剤を満載した軍艦は、長時間の加速が可能だ。
減速のない無重力では、加速した艦のスピードはモビルスーツが追いつけるものではない。
その時、一隻のサラミス改級が減速した。正確に言えば、加速をやめた。
「そこのガンダムMk-Ⅱ! こちらボスニア! 着艦許可は出ている。さっさと乗れ!」
「ボスニア? ……間に合うのか?」
Mk-Ⅱの加速性能は十二分だった。ハイザックやバーザムを振り切って、その黒いガンダムはサラミス改級に着艦する。
直後、サラミス改級が再び加速を始めた。追い縋る敵モビルスーツを砲撃で追い払い、彼らは離反者艦隊への合流を目指していた。
「ありがとうございます、拾っていただいて」
「いいんだよ、そのガンダムには縁があるんだ」
ボスニアのオペレーターが、通信越しに笑っていた。
「縁?」
「この艦にはな、ジェリド大尉とそのMk-Ⅱが乗ってたことがあるんだよ。エゥーゴの追撃のためにな」
「ジェリド大尉が……」
「あれから俺らもティターンズに編入したりいろいろあったがな。懐かしいのさ」
オペレーターの軽い声を聞きながら、カミーユはMk-Ⅱをサラミス改級のデッキに固定させた。
これでしばらくは大丈夫なはずだ。カミーユはコクピットシートに深く体重を預け、ヘルメットを外す。遠くに、同じく離反者艦隊の光が見えた。
「あの光のどれかに、ファもいるんだな……」
幼馴染の少女は、無事だろう。カミーユは、ルナ・ティターンズに合流してから、もう一度ゆっくり彼女と話そうと決めた。
しばらくして、カミーユは警報で意識を取り戻した。いつの間にか眠ってしまったようだ。
明らかに戦闘の警報だ。ボスニアのオペレーターは、忙しなくあれやこれやと指示を送っている。
カミーユは思わず訊いた。
「どうなってるんです!?」
「正統ティターンズが追いかけてきやがった!」
「振り切ったんじゃなかったんですか!?」
「ネオ・ジオンから来たやつらがチベ級なんぞに乗ってやがったんだよ、足並みを揃えていたら追いつかれちまった!」
悪態をつきながらも、オペレーターは手元のコンソールを操作している。
「チベ級って、戦艦の……!」
「そうだ。このままじゃ戦闘になる! お前にも出てもらうぞ」
カミーユは寝起きで鈍った体を起こすように軽く肩を回す。戦闘準備だ。
「向こうの戦力はどうなんです?」
「真っ当に編成する余裕はなかったはずだが……戦力はあっちが上だ!」
ミノフスキー粒子の濃い中で艦隊を追跡することは簡単ではない。離反者たちはルナ・ティターンズと合流するというシロッコの読みが当たった形だ。
「もう出られます!」
「よし、いい子だ。頼むぞ!」
サラミス改級の船上から、次々にモビルスーツが宇宙の海へ飛び出していく。カミーユの黒いMk-Ⅱも同じだった。
追ってくる艦隊はサラミス改級やアレキサンドリア級だけでなく、ムサイ級やザンジバル級に加え、ネオ・ジオンの新造艦、エンドラ級の姿まで見える。こちらと大して変わらないが、戦力差を含めて、追いかける形である敵方の方が有利だった。
艦隊の主砲が次々に火を吹く。カミーユたちモビルスーツ隊の目的は、敵艦隊に打撃を与えて足を止めること、それから、敵のモビルスーツ隊の足止めだった。
「ボスニアのモビルスーツは艦隊防衛にあたる! 識別信号、確認忘れるなよ!」
「はい!」
カミーユは元気よく返事をする。遠くの緑のモビルスーツは、ネオ・ジオンの識別信号だ。
「新型……?」
エンドラ級から出てきた緑色のやや大柄なその機体は、狐のような細長い顔つきからピンク色のモノアイを輝かせている。たくましい足と肩のスラスターを噴射し、カミーユの方へ突進してきた。
銃を両手で構え、強力なビームを連射する。
「なんだ、このマシーン!」
「ガルスJってんだよ!」
防戦一方のカミーユに、一機のモビルスーツが加勢する。グラナダ戦でも見た、ガザCにも似た機体だ。
「ガルスJ?」
「アクシズで作ってたんだよ、地球侵攻用のモビルスーツ!」
加勢したパイロットは、なかなかのベテランのようだった。巧みにガルスJの攻撃をかわしたかと思うと、次の瞬間には砲台のような形態にモビルスーツを変形させ、たった一発のビームでガルスJを撃墜して見せていた。
「ガザDだって負けちゃいないってのに、試作段階のガルスJを……ハマーンめ。何を焦っているんだ」
深い皺の刻まれた顔をしかめ、そのパイロットはガザDのナックルバスターで、後続のガルスJに攻撃を浴びせていく。
砲撃をかいくぐった一機のガルスJがフィンガーランチャーを連射しながら距離を詰める。シールドで身を守りつつ、Mk-Ⅱはビームサーベルを抜く。
Mk-Ⅱの体勢が大きく崩れる。アームパンチと呼ばれる機構で伸びた腕による強力なパンチが、Mk-Ⅱを揺らした。
追撃を加えようとするガルスJの腕が縮むより早く、その腕が掴まれる。
ガザDのクローだった。クロー内部のメガ粒子砲が発射され、ガルスJの片腕が吹き飛ぶ。
怯みながらもガルスJはガザDを正面に捉えた。ガザDを睨みつけるモノアイ。フィンガーランチャーを構えた格好のまま、ガルスJは静止する。
コクピットが、ビームサーベルに貫かれていた。Mk-Ⅱのビームサーベルだった。
「やるな、ガンダムの兄ちゃん!」
そう声をかけつつ、ガザDのパイロットは移動を始めていた。
「まずい!」
カミーユの脳裏によぎるその恐怖は、ものの一瞬で実現した。
強力な二発のメガ粒子砲。パイロットが脱出する間もなく、そのガザDは爆発した。
大きなメガ粒子砲に加え、高速で戦場を駆け抜ける大型スラスター。カミーユにとって、因縁のモビルアーマーだった。
「メッサーラ……シロッコなのか? いや……!」
カミーユは、その嫌な予感を拭い去ることができなかった。
ロンバルディアのブリッジには、各艦からの悲鳴同然の通信が飛び込み続けている。
ジャマイカンはキャプテンシートの肘掛けを殴りつけた。いち早くノーマルスーツを着た彼は、不機嫌そうに戦場を眺める。
「ネオ・ジオンのバカどもめ……! やはり我々だけで逃げておけばよかったのだ」
顎ひげを生やした彼の部下が彼を諌める。
「どうでしょう。シロッコは高速航行が可能な艦をあらかじめ確保していたようですし……」
「何を言っている、ネオ・ジオンの離反者を置いておけば、追手の足止めになるだろう」
ジャマイカンの現実主義的なところは顎ひげの男も気に入っていたが、今のジャマイカンはどこか露悪的に見えた。ゼダンの門での少女を殺せという命令もそうだった。
攻撃の警報。その直後、艦が大きく揺れた。
「何事だ! モビルスーツは近づけるなと……!」
「違います! モビルアーマー……メッサーラです!」
「メッサーラだと? シロッコか!」
取り乱したジャマイカンに、顎ひげの男が声をかける。
「シロッコがこんなに早く出るでしょうか」
「なら、シロッコの手下の小娘どもか……。貴様、あの小娘は処分したんだろうな」
「は、はい!」
「ふん、当たり前か……」
もう一度、艦が激しく揺れる。ブリッジから、火を吹く艦体が見えた。
「ええい! 対空砲火! 早く奴を……」
ブリッジの窓から、メッサーラのモノアイが見えた。突きつけられたメガ粒子砲の砲口から、わずかに光が漏れている。
ブリッジクルーたちが短い悲鳴を上げる。ジャマイカンも顎ひげの男も同じだった。そしてその悲鳴の続きは、メガ粒子の奔流で消え去った。
ロンバルディアを沈めたメッサーラに、一機のモビルスーツが飛びかかる。ビームサーベルとビームサーベルが激突した。
ガンダムMk-Ⅱだ。黒いガンダムは、その紫色の可変モビルアーマーに組みついた。
「なんでお前が……、なんでファが、メッサーラに乗ってるんだよ!」
「放してよ、カミーユ!」
ファ・ユイリィ。カミーユにとって、最も大切な女性だった。
メッサーラはMk-Ⅱを振り払うと、強力な前蹴りで距離を取る。大質量と脚部のクローで、Mk-Ⅱの胸に深い傷がついていた。
「ファ、お前……ロンバルディアにいるんじゃないのかよ!」
「逃がしてもらったのよ、ロンバルディアの人にね!」
「お前っ……お前は! 今、その人だって殺したんだろ!」
ファは答えない。メッサーラのミサイルポッドが開いた。多数のミサイルが、一斉にMk-Ⅱめがけて飛んでいく。
後退しつつ、カミーユは頭部バルカンでミサイルを迎撃した。爆風と破片はシールドで防いだが、ファのメッサーラを一瞬だけ見失っていた。メッサーラは、今度はサラミス改級を標的にしているようだ。カミーユはビームライフルを捨て、加速する。
Mk-Ⅱがメッサーラに背後から抱きついた。
「やめろ、ファ! 君は戦っちゃいけない!」
スラスターの勢いで振り払うと、メッサーラはビームサーベルを抜いた。
「あなたが悪いのよ、カミーユ!」
「何を!」
「あなたがバカなことをしたせいで、あたしのお父さんもお母さんもティターンズに捕まった!」
振り下ろされたビームサーベルが、Mk-Ⅱのシールドにめり込む。表面の対ビームコーティングが溶けていく。
逃れようとするMk-Ⅱを、メッサーラの脚部クローが掴んだ。頭部バルカンを乱射し、Mk-Ⅱがもがく。
「全部あなたのせいよ、カミーユ! パプテマスさんだって、ずっとあなたを愛してくれてるのに!」
Mk-Ⅱのシールドが溶け落ち、左腕が切断される。同時に、クローを振り払ったMk-Ⅱは、メッサーラのサーベルを持つ右腕に縋りつく。
「や、やめろ! ファ!」
「わたしからグリーンノアの暮らしを奪ったカミーユに、パプテマスさんまで奪われて!!」
冷たい答えが返ってきた。すでにファは、カミーユは自分を殺せないことを理解していた。ある種悠然と、メッサーラはそのメガ粒子砲を次の標的に向ける。
直撃を受け、ボスニアが揺れる。沈んでこそいないが、中破と言っていい状態だ。もう一撃で沈む。
「誰でもいい! 止めてくれーっ!」
カミーユは叫んだ。ファを殺すしかない。殺さなければ、みんな死ぬ。だがファは、彼にとって大切な存在だった。
突然の衝撃が、二機を分断した。シールド・ブースターを利用した強烈な盾の激突が、メッサーラの装甲を凹ませ、パイロットすらも揺らす。左右非対称な赤い星が、黒いシールドの表面にペイントされていた。
メッサーラにはさすがに見劣りするものの、一般のモビルスーツとは一線を画す巨体だった。V字アンテナとデュアルアイがカミーユのMk-Ⅱを一瞥する。
ティターンズカラーに塗装された、ガンダムMk-Ⅴだ。
「カミーユ、無事か!」
「……ジェリド大尉……! ジェリド大尉なんですね!?」
周囲を見れば、すでに援軍が到着していた。月を目指し進む離反者艦隊と、離反者艦隊を追いかける追撃隊。彼らの正面からやってくる艦隊は、離反者たちを迎えるための、ルナ・ティターンズの援軍だった。
バーザムやハイザックが、遠くではガブスレイが、追撃隊に攻撃を加えている。
メッサーラのコクピットの中で、ファが表情を歪める。
「私だって、人殺しなんかしたくなかった! でも!」
突如、メッサーラのスラスターが火を吹く。加速したその機体は、Mk-Ⅴへと突き進む。
「来るか!」
「わあああああっ!」
Mk-Ⅴもビームサーベルを抜いた。両者はサーベルを構えて、すれ違い様に一撃を交わすつもりだ。
「ジェリド大尉! あれには……あれにはファが乗ってるんです!」
カミーユがそう叫んだ時、すでに二機は交錯を終えていた。すれ違ったMk-Ⅴは、振り下ろしたビームサーベルを構え直す。それと同時に、もう一方の手の武器を操作していた。
それは、海ヘビだった。ハンブラビなどがよく使う、ワイヤーによって相手を拘束して電流で無力化する武装。すれ違い様、ジェリドは海ヘビをメッサーラに絡みつかせていた。
電流が流れる。電装系を焼き尽くし、パイロットにもダメージを与える電流が、メッサーラを襲った。
「あ……」
メッサーラは、力なく宇宙を漂うばかりだった。カミーユは呆然と、その様を眺めていた。
「コクピットをこじ開けろ!」
「え……!」
「早く!」
ジェリドにせき立てられ、カミーユはMk-Ⅱの手をメッサーラのコクピットに伸ばす。ハッチは戦闘にも耐えられるほど頑丈だが、モビルスーツの握力のほうが強力だった。
ひしゃげたコクピットハッチが宇宙を舞う。メッサーラの中の少女を救い出そうと、カミーユはコクピットから飛び出した。
メッサーラのコクピットの中の少女は、シートベルトに抱かれたまま、手足を無重力に任せている。
「ファ! 生きてるか!」
答えは返ってこない。ファを抱きしめ、互いのバイザーを押し当てる。うめくような、荒い呼吸。ファにはまだ、息がある。
「ジェリド大尉!」
「早く連れて行け! 戦闘中だぞ!」
ジェリドはそう言いながら、ビームキャノンを発射する。ジムⅡの胴体に穴が空き、沈黙する。
「は……はい!」
カミーユは、シートベルトを外してファをコクピットに連れ帰る。ファはまだ生きている。まだきっと、やり直せるはずだ。
艦砲射撃が、追手の軍勢を襲う。砲撃のあった方を見れば、カミーユたちを迎えに来ているのはルナ・ティターンズだけではなかった。
アイリッシュ級アーガマ。その他、エゥーゴの艦艇が、追手であるネオ・ジオンと正統ティターンズの艦隊を攻撃していた。
「エゥーゴが……!」
その先頭の白い機体、アムロ・レイのZガンダムは、ハイパー・メガ・ランチャーを構えている。襲いかかる敵モビルスーツを掻い潜り、引き金を引く。
強烈なビームの一撃を受け、サラミス改級が沈黙する。
「止まるなよ、ジェリド!」
「わかっている!」
加速した二機のガンダムは、エンドラに狙いを定めた。
立ち塞がるガルスJの右腕と右足が、あらぬ方向からのビームに貫かれる。Mk-Ⅴのインコムだ。その直後、すれ違い様にZガンダムのビームサーベルに切り裂かれた。
ミサイルを満載した黄色いモビルスーツ、ズサは、そのミサイルを放つ間もなく、Mk-Ⅴのビームキャノンを受けて爆散した。誘爆したミサイルの煙を払いのけ、Zガンダムが加速した。
二筋のメガ粒子が迸る。Mk-Ⅴのメガ・ランチャーと、Zガンダムのハイパー・メガ・ランチャー。モビルスーツの最大火力の極致が、エンドラを残骸へ変える。
ルナ・ティターンズとエゥーゴの共闘が、ここに実現したのだった。
周囲を取り囲む、ネオ・ジオンのモビルスーツ。その中心のサイコ・ガンダムMk-Ⅱは、無重力の中で四十メートルはあるその巨体を浮かべていた。
「交渉は?」
「ああ。全てまとまった。このまま、アクシズのドックに入ればいい」
「そうか……」
全天周囲モニターには、ネオ・ジオンのモビルスーツの向こうに浮かぶアクシズが映っている。ローレンは視線をそれから外し、振り返った。
「お前たちも……いや、お前もバカな真似はするなよ」
振り返った先にいるのは、ノーマルスーツを着たコーネルとフォウだ。未だ目を覚まさないフォウを抱き、コーネルは無言で睨み返す。彼ら四人は、サイコ・ガンダムMk-Ⅱのコクピットにいた。
彼女たちに銃を突きつけていたゲーツがローレンに訊いた。
「ナミカーのこともちゃんと言ってあるんだろうな」
「当たり前だ。フォウのこともな」
「ローレン、あなたは最低よ」
不機嫌そうな顔で、ローレンは声の主を見る。コーネルだ。
「最低?」
「ゲーツ大尉の記憶を都合よく使って!」
「ゲーツだって昔はジオンのために働いてたんだ。嬉しいに決まってるさ」
肩をすくめ、ローレンはまともに取り合う様子もない。
「そう言って最後には捨てるんでしょう、用済みだって!」
ローレンが拳銃を抜き、コーネルに突きつける。怯んだ様子の彼女に、ローレンは笑いかけた。
「ムラサメ研のやり方だろ? 私は違う。なあ、ゲーツ」
「ああ。ナミカー、フォウのことは任せたぞ」
ゲーツは無表情にローレンを見ていた。その様子に、ナミカーが違和感を覚えた瞬間だった。
ゲーツが狭いコクピットの中で、ローレンに飛びかかった。ローレンの手から銃を叩き落とし、両手で彼の首を絞める。ノーマルスーツを着てこそいたが、ヘルメットを被っていないローレンは隙だらけだった。
「貴様は! 人の記憶を! 人をおもちゃにしやがって、貴様あっ!」
抵抗するローレンの指がゲーツの手にかかる。しかし、強化人間の身体能力は、ローレンのような常人をはるかに凌駕している。
「げ……ゲーツっ……」
ヘルメットの頭突きが、ローレンの顔面に叩きつけられた。
「用済みなのは貴様なんだよ、ネオ・ジオンに話をつけてくれた!」
全天周囲モニターにローレンを押し付け、満身の力を両手に込め続けた。数秒して、ローレンの両手が、だらりと無重力に浮かぶ。
「俺の記憶は! 貴様が返してくれるのか! ロザミアの記憶を捨てて!」
ゲーツの怒りはおさまっていなかった。片手で物言わぬローレンの胸ぐらを掴み、もう一方の手で彼の顔を殴りつけた。
数分後、ガイドビーコンに従って、サイコ・ガンダムMk-Ⅱがアクシズのドックに入った。地球に落とすために、ドックはほとんど空き家同然だった。
「サイコ・ガンダムのパイロット! 早くコクピットから出ろ!」
管制官の声が響く。命令に従い、小銃を持った兵士がコクピットである頭部へ近づいてきた。
「いやあ、やはりデカいなあ」
「小型化ができなかったんだろ、アクシズの方がよっぽど上だな」
ハッチが開いた。のんきに話す兵士たちの前に、首の折れた死体が投げつけられる。メガネはぐしゃぐしゃにひしゃげ、顔は誰か判別がつけられないほど殴られていた。
「なっ……!」
面食らった兵士たちを威圧するように、一人の男がコクピットから姿を現す。彼の向こうには、コーネルとフォウの姿が見えた。
「俺はゲーツ・キャパ! 強化人間だ! ネオ・ジオンのニュータイプ研究所に取り次げ!」
「ああ? ゲーツ大尉が?」
ジェリドはその報告を聞いて、相手の顔をまじまじと眺める。カクリコンが不機嫌そうに医務室のドアを睨む。
「フォウ少尉と、それからインストラクターの二人もだ。サイコガンダムまで持っていきやがって……」
「……わかった。再編を急ぐように、ガディ少佐に」
「ああ」
彼らのことは気にかかるが、今一番大切なことは、アクシズ落としを防ぐことだ。通路を進もうとするジェリドに、カクリコンが聞いた。
「どこ行くんだ?」
「俺を待ってる奴がいるんだよ」
ジェリドが医務室に寄った理由を思い出し、カクリコンは合点が行った様子だった。
モビルスーツデッキのすぐそばには、大抵パイロットの待機室がついているものだ。アレキサンドリアも例外ではない。
カミーユは一人、その待機室に佇んでいた。追手は退却したため、しばらくは戦闘もない。残っているのは彼だけだ。落ち着かない様子で、彼は窓の向こうのモビルスーツを睨んでいる。
無力化されたメッサーラが、Mk-Ⅱの横に並んでいる。ファを追い詰め、自分と殺し合いをさせたマシンが、そこに有った。
待機室のドアが開き、男が一人入ってくる。ジェリドだ。カミーユはすがるように、彼に走り寄った。
「大尉! ファは……!」
「ああ、今はダメだ。まだ寝てるよ。ただ、命に別状はないそうだ」
「そうですか……よかった」
そう言いながら、カミーユの顔は浮かなかった。当然だ。そのファと、殺し合いをしたばかりだ。
カミーユの様子に小さく息をつき、ジェリドはポケットから小瓶を取り出す。
「ファがこんなもんを持っててな」
中には錠剤が入っている。カミーユは訊いた。
「……薬、ですか?」
「ああ。血液検査で彼女も使ってたとわかったらしいが……精神を不安定にし、依存心と不安を強化する薬だよ」
「そんな……!」
「薬が抜けるまではまだかかるが、本心であんなことをやってたんじゃないかもしれん」
カミーユは、ジェリドに抱きついていた。
「おいカミーユ、まだ彼女が本当に……」
「わかってます、だけど……俺、安心できたんです」
ジェリドはカミーユの背中を撫でた。ファを人質にされ戦場に駆り出され、さらにはそのファからも拒絶された。わずか十七歳の少年にとっては酷なことだ。
両親の愛を信じられず孤独感とコンプレックスを抱えて生きてきた彼にとって、ジェリドの存在は大きかった。
「まだ何も終わっちゃいないさ。薬が抜けたら……」
「はい……もう一度、ゆっくり話し合ってみます」
ジェリドから離れたカミーユは、はにかみながら笑っていた。ジェリドもつられて微笑む。
「それがいい。とりあえず三時間後の連絡船で月へ送るつもりだ。お前もついていけ」
「え……!?」
「そりゃそうだろう。もう戦う理由はお前にはない。お前はファのためにも生き残って……」
「嫌です!」
叫ぶようにして、カミーユは拒んだ。ジェリドは宥めるように語りかける。
「お前のご両親は優先して宇宙に上がれるよう手配している。帰る場所はあるんだ」
「あんな親、知りませんよ。俺は大尉に借りを作りっぱなしじゃないですか」
「お前は! ……あのMk-Ⅱ、わかるか」
ため息をついたジェリドは、窓の方へ寄っていった。促されて、カミーユも窓を見る。アレキサンドリアのMk-Ⅱは、カミーユの三番機とカクリコンの二番機の二つのMk-Ⅱがあった。
「カクリコン中尉のですか?」
カミーユが示したMk-Ⅱには、増加装甲がついていた。胸部と肩、ふくらはぎ周辺を黒い増加装甲が覆っている。肩とふくらはぎには増加スラスターもついており、機動力と防御力を大きく高めてくれそうだ。
「あの増加装甲の設計と素材にはフランクリン博士とヒルダ博士が関わってる。お前のご両親だな」
「え……」
「こいつと一緒にメッセージが届いてるんだよ、カミーユを頼むって」
「お袋と親父が?」
カミーユはジェリドに振り返った。
「Mk-Ⅱなんてのは量産されてるもんじゃないし、データ取りにしたってもっと新しい機体もある。なのにわざわざ、Mk-Ⅱの増加装甲を作れるように上に直談判したんだとさ」
そう言いながら、ジェリドはフランクリンの言葉を思い出す。技術屋の情報網で、カミーユがMk-Ⅱに乗っていることを知ったのかもしれない。
「……勝手な親ですよ。俺を助けたいなら、モビルスーツじゃなくたって」
もう一度、カミーユは視線をMk-Ⅱに戻す。わずかに緩んだ頬を、机に頬杖をついて隠す。
「不器用なんだろう」
「やっぱり俺は、ここに残って戦います。シロッコは許せないから」
「しかし、お前を死なせたら俺はお前の親御さんに言い訳できん」
「アクシズが落ちたら、地球にいる親父もお袋も生き残れるかわからないでしょう。パイロットは一人でも多い方がいい」
「カミーユ……」
少年は、少年なりの覚悟を決めた。カミーユはもう一度、ジェリドに向き直る。
「死にませんよ、大尉。俺、生き残る理由が増えたんですから」
ジェリドにはそれが、申し訳なかった。目を伏せ、彼は詫びる。
「すまん、カミーユ。今はお前の腕が必要だ」
「自分のせいにして……。大尉のそういうところ、嫌いです」
そう言って、カミーユは右手を差し出す。ジェリドは顔を上げ、その手を力強く握り返した。
そろそろ終わりも見えてきました。
せっかくなのでこの後書きにこの作品を書いた上での反省?的なものを載せていきます。
・エマ
ジェリドのモチベーターその一。もうちょっと生かしておいてもよかったかもしれない。地上でアムロとタッグ組んだりとか。でもさっくり殺すことで序盤のフックにしつつライラとジェリドの距離を縮められた。彼女が生存してジェリドを勧誘し続けると悪のティターンズから寝返らないジェリドが先の展望もないのに口だけでティターンズを変えると言ってるバカになってしまいそうなので泣く泣く早めに処分した。30バンチを目にしエマを殺すことでジェリドが原作ルートから大きく逸脱し始める。
・ライラ
ジェリドのモチベーターその二。もっと師弟関係を描きたかった。書き直すとすれば月までの彼女周りの描写を増やしたい。ジャブロー降下に参加するとジェリドがマウアーとライラに二股かけるような展開になりかねないので地球降下までに殺したい→月で殺せば地球までの道で修行パートに入ってジェリドが強化できる! ということで月でクワトロに殺させた。正直味方が余っているのでこんな回し方になってしまう。ニュータイプっぽい教えをしているがゲームではオールドタイプなことがほとんど。実際たぶんニュータイプだと思うんだけど。ライラの手解きで少しずつニュータイプの下地を作っていくイメージで書いていました。
・アポリー
カツのせいでクワトロ死亡とカツ覚醒はシャトル回の前から考えていたが、せっかくだから原作と違う展開にしようと思ってシャトルと一緒に退場してもらった。ロベルトとアポリーを両方出してても差別化しきれないという弱点をカバーしたかったこともある。作劇上カミーユを絡ませずエマを寝返らせたかったのでロベルトと一緒にヒルダ役をやってもらったりと株が落ちる役回りばかりさせてしまって申し訳ない。
・ジャマイカン
小物の卑劣漢。バスクからは叱責されシロッコからは突き上げられとかわいそうな立場でもある。カミーユ脱出の展開で行き詰まっていたところで殺し損ねていた彼を思い出し再登場させた。卑怯な小物の彼に身内の足を引っ張らせることで話が回る。ありがとうジャマイカン。
・バスク
原作ではド外道。GQuuuuuuxでもド外道。本作でもド外道。エマ殺害と三十バンチ事件のダブルパンチでジェリドがバスク排除を心に決めたため、終盤突入とともに退場してもらった。出番はあんまり多くできなかった。怒っていればそれっぽいので書くのは嫌いじゃない。あんまり登場人物に芝居がかった独白はさせたくないけどバスクで脳内再生するとわりとどんなんでもスムーズでびっくり。
・ジャミトフ
一番難しかった。こいつに睨まれると詰むし、いないとジェリドがトップに立てない。シロッコとハマーンが真っ当に考えて真っ当に実行したらアクシズ落としが完遂されちゃうところを、ジャミトフに生身戦闘がめちゃくちゃ強い設定をつけて乗り切った。実際原作でもキリマンジャロとか0083とかで銃弾よけたり銃撃したりしてるからなんかこう……ね?
・ブラン
優秀なパイロット。アムロのかませにもなってもらった。復讐完遂後のジェリドの行動の指標が欲しかったので、人生経験豊富な彼の手を借りた。ジェリドがブランからms戦の教えを受けるシーンも想定していたが、機会がなかったため書かなかった。かっこいいよね。
・ロザミア
ゲーツの構想もあったので地上で死ぬことは半ば確定していた。ギャプランが好きなので半変形も書けてよかった。ちなみに、本作では一年戦争の混乱の際に彼女は母親に見捨てられており、ニュータイプ研究所で両親に関する幸せな偽りの記憶を植え付けられたという設定。アムロに殺される直前、彼女は本当の記憶を取り戻している。感想欄で彼女の記憶が偽物である可能性を指摘されている方がいてびっくりした。正解です
・レコア
アムロの恋人になる展開も考えていたがボツ。理由は原作の性格とジャブローでのトラウマを考えるとどうやっても幸せになれなさそうだから。アムロがシャアのお下がりの女を押し付けられるのもかわいそうだし。カツやロベルトに支えられて復活という案もあったがエゥーゴの戦力的な意味でも作品的な意味でも彼女に労力を割くだけの魅力がないのでこれもボツ。最後に残ったのは死ぬか月に戻って精神病院に入院するかという二つの展開だったが、フェードアウトさせるよりはシャアに愛されていなかったことを理解しつつもシャアが守ろうとしたアムロのために死ぬルートの方が綺麗かな、と思ってこうした。アムロへの逆レイプ未遂の負い目もある。ちなみに死体はド・ダイ改のコクピットの中でミンチよりひどい状態になっている。