巨大な核パルスエンジンを背に、正面からは四芒星に見えるその大きな岩塊は、青い星へと近づいていく。
小惑星アクシズ。火星と木星の間にあった、資源採掘用の小惑星。一年戦争後はジオン残党の拠点となり、そして今は、居住ブロックであるモウサを切り離し、ルナツーに安置してあった核爆弾を搭載して地球落下軌道へと進んでいた。
「これがアクシズの映像だ。逃亡者たちからは、ルナツーの核がアクシズに運び込まれたという話も聞いている」
「やはりこのままでは落下軌道に乗るか」
アーガマの会議室で、ジェリドは腕組みする。
アクシズ落下阻止。エゥーゴとジェリド率いるルナ・ティターンズの共同作戦の目的はそれだった。
「間に合うのか?」
ヘンケンが聞いた。今の彼は、エゥーゴの代表だ。
「途中までグリプスに曳いて行って貰えば間に合うさ。アナハイムから供与してもらった核パルスエンジンのおかげだ」
「こちらこそ、地上からの補給を通してもらえてありがたい限りだ」
「そいつはベン・ウッダーの手柄だ。例の爆弾も含めてな」
ジェリドがそう笑う間も、ヘンケンはもう一度作戦書に目を通している。シャアの生存を知って以来、彼は以前以上に精力的だ。
「うむ、お互いの分担はこんなものでいいだろう」
「俺たちはともかく、全軍がしがらみを捨てて戦えるとは思えんからな。戦力は互角と見ていいんだったか?」
「寝返り組の情報が確かならな。こっちにはコロニーレーザーがあるが、タイムリミットもある」
「ああ、よろしく頼む……そうだ」
握手を交わし、ジェリドはふと何かを思い出した。
「アムロ・レイはどこだ?」
アーガマの中も、慌ただしい雰囲気だ。クルーたちが忙しなく行き来し、来たる決戦の準備を整えているようだ。
「いいんですかね、こんなにのんびりしていて」
談話室の柔らかい椅子に腰掛けて、カツはつぶやいた。
「ん?」
「この作戦が失敗したら、地球には人が住めなくなるんでしょ?」
重い雰囲気のカツの言葉だったが、アムロは明るく微笑む。
「コンディションを整えるのもパイロットの仕事だ」
「その分働いてみせなきゃならんがな」
ロベルトがそう付け加えると、カツは却って肩の荷が降りたようだ。
「そうですよね……。今は、それで」
長身の男が一人、談話室に入ってきた。黒いティターンズの制服。思わず、彼らは身を固くする。
「よう、アムロ・レイ」
ジェリド・メサ。現在エゥーゴが手を結んでいる、ルナ・ティターンズの長だ。
「ジェリドか」
「少し話したい。時間はあるか?」
「……ああ」
ジェリドは部屋の自販機に進み、一杯のコーヒーを購入した。カップに入ったコーヒーを手にして、自分に視線を向けるカツに気づく。アムロとロベルトは飲み物を持っているが、カツは違った。
「お前さん、ホンコンで会ったな。あの金色のパイロットだろ」
「……そうですけど」
「コーヒーでいいか?」
「え……。いや、オレンジジュースがいいです」
そう答えたカツに、ジェリドは笑った。
「いい度胸だな。パイロット向きだ」
買ったオレンジジュースをカツに渡すと、ジェリドはアムロの向かいの椅子に腰を下ろした。
「こうして話すのは初めてだな」
「ああ……顔を合わせるのは二度目か」
「お前さん、歳は?」
意図がわからず、アムロは戸惑いながらも答えた。
「この前、二十三になった」
「俺は二十四だ」
「年功序列か?」
「いや、その歳で大したもんだ。一年戦争の頃、俺はあんたに嫉妬してたんだぜ。年下のガキがモビルスーツに乗ってジオンと戦ってるってのは、気分が良くなくてな」
「一つ違いだろ?」
「だからだよ」
一つしか年の変わらない子供がジオンと戦って英雄になった。当時のジェリドにとって、それは悔しいものだった。
アムロは背もたれに体を預ける。
「ティターンズはどうするんだ?」
「以前のような暴挙はさせない。軍規も引き締めて、真っ当に反地球連邦組織を取り締まっていくさ」
「それでも、連邦の統治は変わらない」
ジェリドはコーヒーを流し込んだ。彼は、遠い目でコーヒーの黒い水面を見つめた。
「人の革新が本当に起きるものか、俺はわからん。だから今はそんなものに頼らずに、やれることをやっていくしかないんだよ」
アムロがテーブルに身を乗り出す。ジェリドが視線を返すと、アムロがジェリドを試すように見つめていた。
「やるんだな?」
ジェリドもその目を見据えた。
「ティターンズとエゥーゴが、スペースノイドとアースノイドが地球を守る姿を見せてやれば、少しは変わるさ」
「人の心の光か」
「言ってくれる」
少し気恥ずかしげにジェリドは笑った。アムロも、その様子に微笑んでいた。
「詳しくはこちらにまとめてあります。……パプティマス様」
心配そうにシドレがシロッコの顔を覗き込んだ。執務室で、シロッコは眉根を寄せていた。
「エゥーゴが、ティターンズと手を組むなんて……」
サラの言葉に、シロッコは視線を上げる。
「ティターンズではない。ルナ・ティターンズだろう」
「それは……その通りです」
「正統なるティターンズの後継は我々だ」
「はい、わかっております」
サラの代わりに、シドレが答えた。シロッコはすぐにまた、作業に戻る。
「しかし、それならば我々も、ネオ・ジオンとともに奴らに立ち向かわねばならんな」
「ファさんが、帰ってきておりません」
サラの声だった。彼女は直立不動のまま、床を見つめている。
「ああ、ファ君か。それが?」
シロッコは平然としてそう聞き返した。サラはその態度に、不愉快なものを感じていた。きつい目つきで、言葉を続ける。
「ファさんは、司令のことを慕っておりました」
「勝手に慕われる、迷惑な物だよ。カツという小僧には、お前もそう思うだろう」
「……はい」
サラの返事は、暗かった。小さくため息をつき、シロッコは席から立ち上がる。
「どちらへ?」
「決戦の前だ。私もティターンズに向けて演説を打たねばならんさ」
彼はそう笑い、紙の束を見せつける。演説の原稿だった。
「悲惨な一年戦争があった。それは連邦の統治に疑問を持つスペースノイドがいたからだ。しかし、連邦は変わらず、今もなお高官たちは地球にふんぞり返っている。時代は新たな指導者を求めているのだ」
正統ティターンズの兵士たちが、ずらりと並んでいる。モニターの中で語る男に、彼らの目は注がれていた。ティターンズとは毛色の違う、木星帰りの若い男。彼は異物ではあったが、だからこそ、それをシロッコのカリスマと感じるものも少なくなかった。
「一年戦争、そして今回の動乱の原因は連邦高官の無能と怠惰にある。それらに代わりエリートの統治によって宇宙に秩序と平和をもたらすことは、ティターンズの、正統ティターンズの我々に課された使命である!」
「いいんですか、大尉」
その集団から離れ、ヤザンは壁にもたれかかっていた。声の方に視線を上げると、二人の士官が立っている。ヤザンの部下のラムサスとダンケルだ。
「いい?」
「こういう作戦は、大尉はお嫌いでしょ」
「戦争は好きだ。アクシズ落としが成功したら、宇宙がまとまると思うか?」
「あり得ませんね」
そう答えたラムサスを見て、ヤザンはにんまりと口角を吊り上げる。
「だからだよ。戦いを楽しむためには、戦いがなくなっちゃ困るのさ」
「ははっ、確かに!」
ラムサスが愉快そうに笑う。待ちきれないとでも言うように、彼は拳を掌に打ちつける。
「それじゃあ一つ、アムロ・レイとやらを倒してやりますか」
「それにシロッコは面白い男だ。奴に着いていけば、退屈はしない」
「俺はあの男、虫が好きませんが」
そう言ったのはダンケルだった。ラムサスよりも、ダンケルの方がヤザンとの付き合いは長い。一年戦争からの仲だ。しかしラムサスの方が、好戦的な気質という意味ではヤザンと馬が合っていた。
「奴のモビルスーツは悪くないだろ?」
「そりゃそうだけどな」
半ば茶化すように宥めるラムサスに、ダンケルは非難混じりの目を向けた。それを知ってか知らずか、ヤザンが口を開く。
「どっちにしろ、エゥーゴと戦うならこっちに着いて正解だ」
エゥーゴと戦う。ダンケルはまだ疑わしそうだ。
「でも、アムロ・レイってのは、本当に俺たちを呼ぶほどなんですか?」
「あのフォーメーションなら、アムロ・レイも逃げられませんよ」
ラムサスも同意した。ヤザン隊三人が揃っても、これまではその真価を発揮できる敵はいなかった。
彼らの耳に雄叫びが届いた。シロッコの演説を聞いている兵士たちのものだ。
「その程度の相手なら、お前たちを呼びはしないさ。機体の様子でも見てくる」
「お供しますよ、隊長!」
「俺もです!」
通路を進みながら、ヤザンはその野生的な笑みを深くする。アムロ・レイとの対決が、近づいているのだ。
「ほお、こうなるか」
ジェリドはそう言って、黒いガンダムを見上げた。彼のガンダムMk-Ⅴの両腕とバックパックにはシールドが付いている。さらに、両肩にはミサイルポッドが接続されていた。
「増槽やブースターでもありますからね、このシールドは。小回りは効かなくなりますが、機動力と防御力はこっちの方が圧倒的です」
「ジェリド・メサならやれるって?」
「はい」
悪びれもせずに整備士が笑った。
「まあ、出し惜しみなんぞしていられんか」
「大尉が……もとい、総帥が言ったんですからね」
費用対効果という意味では、シールドを三枚も装備することは非効率的だ。しかし今の彼らにとっては、次の戦いが全てだった。
「それから、肩のミサイルポッドですね。こっちも撃ち次第、すぐにパージしてください」
「使い捨てか」
「重くなりますからね」
「メガランチャーの方は?」
「ああ、あれですよ」
整備士はモビルスーツハンガーに固定されている大きな砲を指で示す。Mk-Ⅴ用にグリップが改造されているものだ。だがそれも、いつもとは様子が違う。
「やってくれたか」
「うまくサイズが合ってくれましたよ」
メガランチャーの後部には、先の戦闘で鹵獲したメッサーラの肩部分が取り付けられている。スラスターとジェネレータとして活用するつもりだ。
「重さはどうなんだ?」
「エゥーゴからの技術供与で、大型ランチャーのスラスターの制御プログラムをもらったんです。ダメだったら接続解除して捨てていってください」
乱暴な指示だったが、現実的ではある。なにしろ、次の戦闘には地球の命運がかかっているのだ。
「ま、選択肢が多いってのは嬉しいさ」
「それじゃ、戻ります」
「おう、頼むぞ」
自分の機体の調整にもひと段落ついた。まだ作戦の開始までは時間がある。部屋に戻って仮眠でも取ろうとジェリドがモビルスーツ格納庫の通路へ跳ぶと、その視界の隅に見慣れた顔があった。
カクリコンだ。彼はいつになく難しい顔で雑誌を睨んでいた。
「どうした?」
「おっと……別に何でもないさ」
カクリコンは手にしていた雑誌から目を上げ、首を振る。
「何でもないなら、休むか機体のチェックでもしていろよ。……ん?」
ジェリドはその雑誌に目を留めた。
「指輪か?」
雑誌というよりはカタログのようだ。ジェリドは不思議そうに彼を見る。
宝石やアクセサリーの類いとカクリコンとは、あまり結びつかない。指輪やネックレスよりは高級腕時計を欲しがっていたし、そもそも軍隊にいる間は、高いものを買ったところで身につける機会がない。
少し考えて、カクリコンは照れくさそうに額を掻く。
「俺の女がな、子供ができたってさ」
子供。ジェリドは驚き、目を丸くする。
「え……しかしお前、結婚はまだだろう?」
「ああ。だからこの戦争が終わってからだよ、指輪を買うのも。式にはお前にも出てもらうぜ」
少し自慢げにカクリコンは話した。ジェリドの声が、少し柔らかくなった。
「当たり前だろ。……アメリアだったか?」
「ああ」
「今は?」
「地球だよ。負けるわけにはいかなくなっちまったな」
カクリコンはそう言って、自分のMk-Ⅱを見上げた。この通路はちょうどモビルスーツのコクピットの高さだ。ジェリドはそんなカクリコンを、からかった。
「元からだろ、お父ちゃん」
「よせよ」
ジェリドとカクリコンは声を合わせて笑った。ひとしきり笑って、ジェリドは手すりに身を預ける。彼の視線の先には、ガンダムMk-Ⅱが二機。カミーユ機とカクリコン機だ。
「色々あったな、今まで」
「ん……まあな。あのMk-Ⅱだって、もとはお前のだった」
ガンダムMk-Ⅱの試験中の、エゥーゴの襲撃。そこから、全てが動き出した。
ジェリドは、カミーユ機、かつての自分のMk-Ⅱの肩を見た。整備士が通り過ぎた後に見える。三番機を示すペイント。一番機のパイロットのことが、頭に浮かんだ。
連想して、ジェリドは感慨深そうにつぶやく。
「エゥーゴとも、今は味方か」
「エマも生きてりゃ、一緒に戦ってたかもな」
ぽつりと言って、カクリコンは失言に気づいた。かつての同僚、エマ・シーン。彼女を殺したのは、他でもないジェリドだった。
「あっ……すまん」
「いや、いいんだよ。……エマを殺しちまった時から、俺は変わったような気がするんだ」
彼らの視線の先のMk-Ⅱのコクピットから、一人の少年が格納庫へ降りてくる。調整を終えたカミーユだ。
「やっぱり、ジェリド大尉!」
彼は笑顔を浮かべて通路のジェリドへ近づいてくる。彼のその笑顔に、先ほどまでのやや重い空気は吹き飛ばされてしまった。
「ははっ、カクリコンがな、パパになるんだってさ!」
カクリコンも頷く。カミーユは、形ばかりの祝辞を述べた。
「それは、おめでとうございます」
カミーユはまだ、他のティターンズに心を開いているわけではない。それを感じ取って、カクリコンは口を開いた。
「俺はお邪魔かな、ジェリド君」
肩をすくめてカクリコンは聞いた。
「カクリコン、俺は別に」
「いいんだよ、俺だってゆっくり指輪を選びたい」
そう言って、彼は雑誌を手に通路を進んでいった。戦友の背中は、いつもと変わらない。ジェリドは頬を緩めながら、その背中を見送った。
「何を話してたんです?」
「何って……。ずいぶん変わっちまったってな」
「ジェリド大尉が、ですか?」
「ああ」
ジェリドがそう答えると、カミーユは愉快そうに笑う。
「そうですね。名前をバカにしてきた人が今じゃティターンズの総帥だなんて思いませんよ」
「あの日殴りかかってきた時には、お前さんと一緒に戦うとは思わなかったぜ」
そのジェリドの言葉に、カミーユは自分への気遣いを感じ取った。
「まだティターンズのことは嫌いですから。シロッコのティターンズ相手なら、いくらでも戦えますよ」
笑顔ではあったが、その目には確かにシロッコ派への敵意が見えた。ジェリドはそれに気づいて、わずかに表情を曇らせた。
「しかしな……この頃、思うんだよ。俺が、あっち側にいたかもしれないってな」
「シロッコの部下にですか?」
ジェリドはぼんやりと格納庫のモビルスーツを見下ろしている。
「ああ。もし俺が憎しみとか功名心とかってのに凝り固まってたら、何も考えずに下っ端のパイロットで終わっちまってたかもしれん」
「そんなことありませんよ」
「俺もそう思うがな」
真剣そうに否定したカミーユに、ジェリドは笑みを返す。その笑顔に、カミーユも表情を明るくした。
「もしそうだったら、俺もエゥーゴに入ってパイロットやってたかもしれませんよ?」
「お前が?」
「はい。そしたら敵同士でしたね、大尉」
「じゃあ、お前に殺されてたかもな」
二人は目を合わせ、気恥ずかしくなって、また笑った。
ベッドの上で、フォウが寝息を立てていた。規則正しい呼吸音とともに、心電図の小さな電子音が聞こえる。ベッドの上のフォウからは、何の表情も、生気も感じられない。
「フォウ・ムラサメの症状についてですが……似たケースがジオン公国時代の研究資料にありました」
茶色い髪の二十歳前後の女が、資料を片手にそう言った。
フォウのベッドの横には、椅子が三つ。茶髪の女と、ゲーツとコーネルが座っていた。
「ただ、彼女を治す方法はまだ……」
「まだ、だと!?」
「ゲーツ大尉!」
椅子から立ち上がった彼を、コーネルが諌める。ゲーツは席に戻ることなく、茶髪の女を見つめた。
「……上は、フォウの治療を続けさせるつもりなのか?」
「あなたが戦場で手柄を立てれば、と。アクシズ落としが成功すれば、彼女を治すだけの時間は生まれますから」
アクシズ落とし。地球を死の星にする計画だったが、ゲーツは迷う間もなく頷く。
「わかった。約束は守ってもらうぞ」
「強化人間は我々にとっても財産です。……では」
「ああ。あんたが所長なら話は早いんだがな」
交渉相手の権力のなさをぼやきつつ、ゲーツは椅子に戻った。彼はまた、フォウを眺めている。
その様子に、コーネルがおずおずと口を開く。
「確かにロザミア少尉はフォウと親しくしていました。でもあなたのその記憶は、」
「ロザミアのことは関係ない。今の俺にとって確かなことは、フォウのことだけなんだ」
「自分が可哀想だと認められないから、フォウを代わりに憐れんでいるんです」
ゲーツは顔を上げた。コーネルの同情の目に冷笑を返し、ポケットに手を突っ込んだ。
「馬鹿げてるだろ? でもな、俺の記憶は戻っちゃいない。ジオンにいたなんてのはまだ信じられないし、ロザミアとの記憶だってある。嘘の記憶だともわかってるがな」
ゲーツの手が、一枚の写真とともにポケットから出てきた。映っているのはゲーツとロザミア。
ゲーツは写真を放った。コーネルの膝の上に写真が落ちる。
「大尉?」
「嘘っぱちの記憶だぜ。頼りたくなんかない」
そう言って、ゲーツは自嘲した。コーネルは何も言えなかった。
先ほどまでの目まぐるしさとは打って変わって、アーガマのモビルスーツデッキは静かだった。メカニック面の整備が済み、あとは各パイロットの調整に委ねられている。
百式のコクピットから降りたカツは、部屋に戻ろうと通路に向かう。
「おお、カツ。アムロ大尉は?」
格納庫に入ってきたエゥーゴのクルーが、彼に声をかけた。
「いますよ。コクピットの中ですけど」
「ちょうどいいな。これ、地球から。お前ら宛だよ」
クルーに投げ渡されたものは、二つ。小さな映像プレイヤーと、手紙だった。
「手紙はアムロ大尉宛だ。渡しといてくれ」
「はい!」
カツはそう答えて、Zのコクピットを目指す。プレイヤーには差出人の名前が書かれている。
フラウ・コバヤシ。カツは顔を明るくした。
「アムロ大尉!」
「ん?」
Zガンダムのコクピットハッチは開いている。カツはそのハッチを足場にして止まった。シートに座るアムロが顔を上げる。
「どうしたんだ」
「母さんから、ビデオメッセージです」
カツは、プレイヤーを見せびらかす。
「フラウから……。そっちは?」
「大尉宛ですって。はい」
シートから体を起こし、アムロは手紙を受け取る。
「フラウからのメッセージなら、俺にも見せてくれるか?」
「見せたいですよ」
カツはアムロの横に並んで、再生ボタンを押した。
「カツ、元気? 私たちは元気です。今、日本のホテルにいるのよ」
聞き慣れた声で、見慣れた顔が手を振っている。七年前より美人になったな、とアムロは思った。その両脇には、中学生ほどの子供が二人。フラウの腕には、赤ん坊が抱かれていた。
タタミ敷きの床の上に座った彼女らの肩越しに、紅葉に包まれた山が見えた。
「今あなたが何をしているか、機密だからわからないけど、元気でいてくれたら嬉しい。無茶だけはしちゃダメよ」
アムロは小さく笑ってカツを見た。彼の無茶には、何度も振り回されてきた。
「こっちはね、無事、赤ちゃんが産まれました。あなたが帰ってきたら、五人家族ね」
五人。その言葉に、カツは一瞬表情を歪ませた。
フラウは、ハヤトが死んだことを知っている。よく見れば、厚化粧の彼女の顔は、以前よりもやつれている。細くなった手首。カツは奥歯を噛み締めた。
画面の向こうのフラウも、表情が翳る。中学生ほどの女の子が立ち上がった。キッカというその少女は、手に持ったメモを読み上げた。
「カツ兄ちゃん、エゥーゴの居心地はどうですか? よく眠れていますか? アムロ兄ちゃんは、元気ですか?」
「バカ、ビデオメッセージだぞ。カツだって答えられないだろ」
「あ、そっか」
義兄であるレツに指摘され、キッカは照れて頭を掻く。その時、ずっとぐずっていた赤ん坊が泣き出した。
「ああ、もう……じゃあ、メッセージを終わります。短くてごめんね」
フラウは、赤ん坊をあやしながら続ける。
「宇宙世紀八十七年、十月九日。フラウ・コバヤシ」
カメラにめいっぱいの笑顔を向けて、彼女はそう締め括った。数ヶ月前の映像だった。
鼻を啜る音が、アムロには聞こえた。隣に座るカツだ。彼は目に涙を溜めていた。
「父さんが……父さんがいないんですよ。なのに、元気にやってるって、僕のために……」
「いいお母さんなんだな、フラウは」
「……はい」
嗚咽を堪えるようにして、カツは頷く。アムロは、カツの背中を撫でてやった。
「アクシズを止めるぞ、カツ」
「……はい!」
力強い返事だった。
「栄光あるネオ・ジオンの兵士たちに告ぐ!」
旗艦グワダンから、ホログラム映像が映し出された。実物を何倍にも大きく見せるそのホログラムは、個人崇拝を軸に置くネオ・ジオンにとって有効なシステムだった。
「今こそ、我らを暗黒のアステロイドベルトに押しやった連邦に、報いを受けさせる時だ。アクシズを落とし地球連邦を滅ぼして、傲慢には報いがあると思い知らせるのだ!」
同様の映像は各艦に送られている。だが、多くの将兵はそのホログラムに目を奪われている。
すでにハマーンは、ネオ・ジオンの支配者として自らをアピールしていた。以前までの黒ずくめの格好とは大きく異なり、もはや実用性のない装飾が施されているといっていい軍服だった。
黒と金の威圧的な色調のホログラムが、宇宙空間で拳を握る。
「ネオ・ジオンはここに宣言する! 地球連邦の時代は終わった! 優れたニュータイプの集団であるネオ・ジオンが人類の舵を取る!」
怒りのこもった声で、ハマーンは叫んだ。
「ジーク・ジオン!」
「ジーク・ジオン! ジーク・ジオン!」
ネオ・ジオンの兵士たちも声を張り上げる。彼らの唱和が続く中、ホログラムの映像は終了した。
「はあ……はあ……」
ハマーンは肩で息をしながら、ブリッジの前方を睨んでいた。眼下に広がる、青。地球だった。
このままアクシズを減速させ、第一宇宙速度を下回らせれば、計画は完了だ。
たかがこれだけの演説で、息が上がる。ハマーンは、自分の不安定さが情けなかった。
「ハマーン、大丈夫なのか?」
聞こえるはずがない、ミネバの声だ。彼女がグワダンのブリッジに来ることなど、滅多にない。ましてや、ハマーンが把握できていない場合などあってはならないことだ。
侍女を四人連れたミネバが、そこにいた。
殺気を孕んでいた先ほどまでとはうって変わって、ハマーンは柔らかい声色でミネバに語りかけた。
「ミネバ様……。ご用がおありでしたらこちらから向かいましたのに」
「今のハマーンに、無理をさせたくはない」
そう言ってミネバが前に進み出た。彼女をここまで連れてきてしまった侍女たちを、庇うようにも見える。
「ご安心ください。私はジオンにこの身を捧げております」
ハマーンの声も表情も、ミネバをあやしていた時と同じだった。
「なら、なぜ地球にアクシズを落とすのだ。地球を汚し尽くす地球連邦と、それでは同じことではないか?」
ミネバの問いにも、ハマーンは変わらない調子で答える。
「私は地球が憎いのです。我々を暗いアステロイドベルトに押し込め、シャアを奪い殺した地球連邦を、許すことができないのです」
「……ハマーン?」
ミネバは彼女の顔を不審そうに見つめた。それは、いつも彼女が部下やミネバの前で口にする大義とは全く違うものだった。ミネバのその疑問に気づいた様子でもなく、ハマーンはただ続ける。
「我々の目的はスペースノイドの、ニュータイプの独立です。地球にはそのために、しばらく休んでいてもらうのです」
「シャアも生きていれば、同じことをするのか?」
そこで、ハマーンは我に返ったように目を瞬かせた。ミネバには、シャアが生きていることは知らされていないままのはずだ。
侍女の顔を見るが、その侍女も首を横に振っている。ハマーンはまた、いつもの調子に戻った。
「シャアもアムロ・レイも、関係はありません」
「どういうことだ?」
「今のネオ・ジオンにいないもののことなど気にかけて、何の意味がありましょう」
微笑み、ハマーンはミネバを宥める。だが、それがかえってミネバを意固地にさせてしまった。
「でも……シャアは生きてる。そんな気がするのだ」
「シャアは死んだと言っている!」
怒鳴り声だった。ブリッジのクルーまでもが凍りつく。ハマーンがこうも感情を露わにすることは、演説を除けば皆無だった。
顔を強張らせたミネバは、小さくしゃくりあげた。今にも泣き出しそうな彼女に背を向け、ハマーンは命令を下す。
「ミネバ様をお部屋へお連れしろ」
面食らいつつも、侍女たちがミネバの手を引いた。怯えながらも、ミネバは呼びかけ続けた。
「……は……ハマーン……」
「これから、ネオ・ジオンの命運をかけた戦いが始まるのです。邪魔はしないでいただきたい」
ハマーンは振り向かずにそう言った。冷たい声だけがミネバに投げかけられる。地球を見つめる彼女の表情は、ミネバにはわからなかった。
「アムロさん、二時間後ですよ」
「わかってるさ」
アムロは同僚のパイロットに軽く手を振り、自分の部屋のドアを開けた。椅子に座って壁を見つめる。
これから、地球の命運を分ける、人類の未来が変わる決戦が始まる。そう思うと、アムロでさえも平静を保つことは難しかった。
そっと内ポケットに手を当てる。やや固い感触。アムロはそれを取り出した。
封を開け、手紙を取り出す。アムロはこれを、人前で読む気にはなれなかった。差出人の名前は、シャア・アズナブルだ。
君が再び武器を取る決意をしてくれてうれしい。私はこの七年間、一度もララァのことを忘れたことはなかった。あの苦しみは、私と君にしかわからないことだろう。
この七年間で、私は考えた。人類全てをニュータイプにするにはどうするか。ハマーンのように、地球を人が住めない星にしてしまうことも考えた。
だが今は違う。君やジェリドが人類を信じさせてくれた。そのような急ぎ過ぎたやり方には、まだ早すぎる。
私は今、政界へ出る準備をしているところだ。人類や後の世の人々を、まだ信じてみたい。
今もまだ、ララァを失った悲しみが消えたわけではない。だが、できるなら、私と共に戦ってほしい。シャア・アズナブルより。
「シャア……」
手紙に目を通したアムロは、そう嘆息した。シャア・アズナブルという男は、生きている。クワトロという名を捨てて、シャア・アズナブルという政治家をやっていくつもりだ。
彼がこの宇宙をどう動かしていくか、アムロにはまだわからない。
「信じさせてみせるさ、シャア」
不器用な激励の手紙に、アムロはそう答えた。
「五秒前、三、二、一……」
ルナ・ティターンズの全ての艦へ、その放送が始まった。クルーのキューを受けて、ジェリドはゆっくりと口を開く。
「俺はティターンズは力だと、力があってこそ全てを制すると思っていた」
その言葉は重々しかった。ルナ・ティターンズの将兵が期待する、戦意高揚のための演説とはまた違ったものだ。
「だが、違う。力を持つならば、その使い道を考えなきゃならん」
ジェリドはカメラを力強く見据えた。これまでのティターンズは、虐殺行為も行ってきた組織だ。だからこそ、ジェリドはこの言葉を選んだ。
「核を積んだアクシズが落ちれば、核の冬が起きて地球は寒冷化する。ジャミトフが命をかけて守ろうとした地球を滅ぼすのが、シロッコとハマーンだ!」
ティターンズによる戦争で、地球の経済を破壊することがジャミトフの狙いだった。だがその先には、地球の環境を守るという目的があった。
「地球は俺たちの故郷なんだ。好き勝手にやらせてたまるものか!」
「そうだ!」
ブリッジのクルーが声を上げた。ジェリドも熱に任せ、拳を振り上げる。
「ティターンズが地球を守るぞ!!」
「おおおおおおっ!」
ルナ・ティターンズの将兵たちが、各々の艦で雄叫びを上げる。地球を守るという大義に、彼らは燃えていた。
ざわめきが、ブリーフィングルームを満たしていた。軽口を叩くものもいれば、沈黙を続ける者もいる。
彼らは皆、心の底に恐怖と緊張を抱えている。その証拠に、集合時刻の十分前だというのに、パイロットのほとんどが集まっていた。
彼らの視線の先のモニターに、図が映し出される。中心にアクシズ、その右側に、二つのマークが光っていた。
アーガマの艦長、ブライト・ノアがその生真面目な顔をますます固くして、モニターの前に立った。彼を見て、パイロットたちは私語をやめた。
「ルナ・ティターンズ艦隊とエゥーゴ艦隊は別行動を取る。ルナ・ティターンズはグリプス2とともにアクシズを迎え撃ち、陽動を担う。エゥーゴ艦隊は、アクシズの裏、ノズル方向に回り込み、核パルスエンジンを破壊するんだ」
彼の説明に伴って、モニターの二つのマークが移動する。エゥーゴ艦隊を示すマークがアクシズの左側に回り込み、もう一つのマークの隣に新しい長方形が映された。グリプス2だ。
「ただし、このアーガマだけはルナ・ティターンズ艦隊とともに正面から敵本隊に当たる。いいな?」
「アーガマだけが別行動か」
思わず、アムロはそう口にしていた。彼は自分の隣の空席を見やる。カツはいない。彼はアーガマにはいなかった。
耳聡く、ブライトがその疑問に答える。
「ああ。カツと百式には、アクシズの核パルス破壊のためにラーディッシュへ移動してもらった」
「子供を付き合わせるには危険なんだな」
アーガマがこれから果たす任務を、アムロは知っていた。
「そうとも言えるな。ルナ・ティターンズとともに陽動をするだけじゃない、危険な任務だ」
危険と聞いて、怖気付くパイロットはいなかった。危険は百も承知だった。
「アムロさん、やれますかね」
ブライトがその先の説明を続ける中、後ろの席の男がアムロに小声で声をかけた。カラバ出身のパイロットだ。
「打てる手は全て打つしかないようだな」
そう答えるアムロの目は、死を恐れない戦士のものではない。一人の人間として、ただ、覚悟を決めただけだ。
「ジオンからこっちに来てくれた連中もいるんだ。やってみせなきゃならんよ」
アムロの隣のロベルトが口を挟んだ。彼は元ジオン軍人だ。一部とはいえ、かつての同志が味方になってくれたことは嬉しかった。
ロベルトの言葉に、アムロは物憂げな表情だった。同情するような、申し訳ないような、そんな顔だ。
「こちらに着かなければアクシズが落ちた後も楽に暮らせるだろうに」
「地球がダメになるかならないかなんですよ、大尉。やってみる価値はあります」
そう言って、ロベルトは片目をつぶってみせる。自分より年上のこの部下に、アムロは信頼を置いていた。
説明を終え、ブライトは敬礼した。
「すまんが、みんなの命をくれ」
重苦しい敬礼だった。全員が生きて帰れるはずもない。ましてや、この戦闘に撤退はない。アクシズを止めるか、死ぬか。地球という最大の防衛目標がある以上、戦略的撤退はあり得なかった。
勝っても負けても、この戦いが最後になる。パイロットたちはその重さを胸に、敬礼を返した。
誤字報告、ご感想、いつもありがとうございます!