主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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生命、散って(後)

 

 艦内が大きく揺れた。コーネルが、医務室の兵士に聞く。

「攻撃なのですか?」

「さ、さあ……」

 歯切れの悪い兵士に、コーネルは腹を立てた。

「ミネバ・ザビもいるグワンバンが、攻撃を受けるはずもないか……」

 回避運動や急激な方向転換だろう。旗艦を前線に出せないネオ・ジオンの体質は非効率的だ。

 不機嫌なままコーネルが見舞いに戻ると、眠っていたはずのベッドの上の女は、目を開けて天井を見つめていた。

「あ……フォウ?」

 思わず、コーネルは彼女の名前を呼んだ。ベッドの女は、無表情のまま、視線をコーネルに向ける。

「……ナミカー」

「フォウ! 意識が戻ったのね!」

 コーネルは飛び付かんばかりの勢いだ。今が戦闘中でなければ、彼女は実際にベッドの上のフォウに飛び付いていただろう。

 喜びに打ち震える彼女とは対照的に、フォウの表情は暗かった。

「ゲーツが」

「え……」

「ゲーツが死んだんだ。……サイコ・ガンダムが破壊されて……私もこっちに戻れた」

 声が震えている。瞬きのたびに、彼女の瞼が涙を払う。

「フォウ……!」

「感じていたんだ、サイコ・ガンダムの中で。ゲーツが、私のために戦ってくれたこと……!」

 フォウは声を詰まらせた。ロザミアの時と同じだった。彼女はまた、友人を死なせてしまったのだ。

 彼女の短い髪を、そっとコーネルが撫でた。

「今はいいの、フォウ。戦争もきっと終わる。だから……ゆっくり、少しずつ記憶を取り戻すのです」

 彼女はそう言って天井を見上げた。地球へのアクシズ落とし。成功しようと失敗しようと、これほどの規模の戦闘は、当面の間起こるはずもない。

 

 

 

 左腕を失いながらも、接近するバーザム。激しくスラスターを噴射して、バーザムは敵のハイザックへ追い縋る。

 バーザムが必死なら、ハイザックも必死だ。全力で後退しながら、バーザムへとザクマシンガン改の弾丸を浴びせ続ける。

 弾丸をたらふく食らったバーザムの胴体から、装甲が弾け飛ぶ。乱射されたバーザムのビームがハイザックの左肩を撃ち抜いた。一心に、ハイザックはマシンガンの引き金を引く。

 ハイザックに致命打を与えるより早く、バーザムが限界を迎えた。耐久力を超えたダメージに、機体の各部が爆ぜ、動力炉の爆発によって宇宙に消える。

 安堵したハイザックを、砲撃が撃ち抜いた。物言わぬ残骸を増やしながら、戦闘は続いていく。

「敵左翼、交代していきます!」

「狙い通りだ。連中はノズル防衛に戦力を割くつもりだな」

 クルーからの報告に、ガディが立ち上がった。

「中央を押し上げて、アーガマの道を作る! グリプス2の圧力を活かすんだ!」

「了解!」

 力強くクルーたちは返答する。

「あとはエゥーゴがうまくやってくれればいい」

 己のできることはやっている。ライバルであったエゥーゴに、あとは委ねるしかなかった。

 一方で、ノズル攻撃を担うエゥーゴ艦隊の前方でもすでに激しい砲火が交わされていた。ネオ・ジオンの艦隊の練度はあまり高くない。功を焦って突出していたエンドラ級が、砲撃を受けて沈黙した。

 ラーディッシュのクルーが振り返った。

「敵艦隊、増援です! ティターンズ艦隊!」

 シロッコの艦隊だ。ヘンケンは顎ひげを撫でた。

「なるほど、こっちの狙いがノズル破壊だと思ってくれたか。艦隊攻撃に集中! 核ミサイル発射許可を出す!」

「ええっ!? しかし、それじゃあ核ノズルの攻撃は!」

 サングラスのクルーが驚いて声を上げた。キャプテンシートにも戻らず、ヘンケンも力強く言い返す。

「わざわざ地球から持って来させた核ミサイルだ、撃たずに落とされちゃ笑い者だろ!」

「そりゃそうですが……」

「やつらの数を減らせば、その分アーガマも仕事がしやすくなるんだ。ノズルの攻撃は艦隊でもモビルスーツでもできる!」

「カツって子供にやれるんですか?」

 ラーディッシュのクルーのその言葉は正論だ。だが、ヘンケンはこれまで何度も共に戦ってきたカツを信じていた。

「やれるさ。あの坊主のことはアーガマで見てきたんだ」

 カツの百式はメガ・バズーカ・ランチャーを携えて、激しい攻撃の中を進んでいた。射程と破壊力を持ち合わせたモビルスーツは少ない。彼の任務は、ノズルへの狙撃だ。

 ズサがミサイルを連射した。メガ・バズーカ・ランチャーと百式のスラスターを生かし、そのミサイルの隙間を抜けていく。

「よしっ!」

 メガ・バズーカ・ランチャーから手を離し、百式がミサイルを撃ち尽くしたズサに飛びかかった。ビームサーベルを抜く間もなく、ズサは百式のサーベルにコクピットを貫かれていた。

 そのまま百式は、ズサを強く蹴った。その反動で、一気にメガ・バズーカ・ランチャーへ戻り、ステップアームを掴んだ。

 その時、カツの鋭敏な感性が、ある気配に気づいた。

「サラが来る……!」

 カツは思わず、そう呟いていた。

 

 

 

 ミサイルの直撃を受け、激しい爆発とともにサラミス改級が沈む。サラとシドレは、ネオ・ジオン艦隊を中心にしたアクシズのノズル防衛部隊の増援に向かっていた。

「曹長。さっきの態度はなんですか?」

 繋がった通信の中で、シドレが小さく尋ねる。感情を押し殺した、冷たい声だった。

 敵との距離は遠い。的の小さいモビルスーツよりも、狙いやすい艦船にばかりエゥーゴの攻撃は集中していた。

「シドレ、今は戦闘中よ!」

「サラ曹長は、パプティマス様のことを信用してないんですか?」

 シドレの詰問に、サラは図星を突かれた。

「それはっ……! ファさんの話を聞いて、黙っていられるわけがなかった!」

「疑ってるんですね、あの方を」

「アクシズを落とせば、地球に住んでいる人たちが死んでしまう。私たちみたいな孤児だって出てくるのよ!」

 サラにはもう腹の中を隠しておくだけの余裕がなかった。シロッコは人を人とも思っていない。

 シドレが言い返す。

「パプティマス様は人類をよりよく導くために……」

「あの人は自分のことしか考えてないわ。自分がニュータイプの感応ができなかったから嫉妬して、カミーユのことだってそう!」

 堰を切ったように、サラの言葉は続く。

「バスクに撃たれた時だって! あなたに庇わせておいて、自分だけは防弾ベストを着てた!」

 パラス・アテネが動いた。右腕のビーム砲を、サラのボリノーク・サマーンに突きつける。

「シドレ……!」

 突然のことに、サラは言葉を失った。

「サラ曹長のこと、好きだったんですよ。なのに、裏切って!」

「そんなこと……」

「カツって男に誑かされて!」

「誑かせるほど賢くない!」

「私には曹長しかいないんです! パプティマス様のお気に入りはカミーユだって、みんなわかっていたから!」

 この状況はサラにとって想定外だった。元々、彼女は裏切るつもりなどなかった。シロッコへの不満と不信を、信頼できる友人にぶつけてしまっただけだ。

「謝ってください! 今すぐ! 私にも、パプティマス様にも!」

 サラとシドレの直感が警鐘を鳴らす。来る。

「やめろーっ!」

 金色の機体が、パラス・アテネに切り掛かった。パラス・アテネは、その一撃を受け止めたシールドから小型ミサイルを放つ。

 即座にその腕を蹴り上げてミサイルの狙いを外し、百式は距離を取る。百式の背後には、メガ・バズーカ・ランチャーが浮かんでいる。

「仲間割れをしてるのよ! エゥーゴは黙って見ていればいい!」

 そう叫ぶサラのボリノーク・サマーンの腕をパラス・アテネが掴んだ。左手で相手を捉え、右腕のビーム砲をその胴体へ押し付ける。

「サラ曹長は裏切るんでしょう! パプティマス様を!」

「私は……そんな安っぽい女じゃない!」

「嘘だ!」

 ビーム砲から光が放たれる。ボリノーク・サマーンは咄嗟に体を捻ったが、左腕が吹き飛んだ。

 彼女たちは、ティターンズに入隊した時からずっと一緒だった。ニュータイプ候補生として共に過ごし、一般の兵士たちからの嫉妬と好奇の目を耐えた。実戦も、彼女たちは助け合って乗り越えた。

 パプテマス・シロッコを信じ、ついていく。戦争で家族を失い、ティターンズで過ごした彼女たちには、他の依存先などなかった。ないはずだった。

「シドレ……!」

「ずるいんですよ! 私はずっとみんなで……パプティマス様やカミーユと、ジェリド大尉たちと一緒にいたかったのに!」

 シドレは怒りに任せてパラス・アテネの大型ミサイルを二発放った。追尾能力があるそのミサイルは、後退するボリノーク・サマーンを逃さない。

「落ち着いて、シドレ!」

「死んでください、サラ・ザビアロフ!」

 追撃にビームが撃ち込まれる。サラは落ち着いてビームをシールドで防ぎ、返す刀のビームガンでミサイルを迎撃する。

「しまった!?」

 手数が足りない。ボリノーク・サマーンに迫るもう一発のミサイルが、命中の直前で爆発した。

 百式の頭部バルカンだ。サラは驚いて、その機体を見る。

「カツ!」

「おおおっ!」

 メガ・バズーカランチャーを運ぶため、百式はビームライフルを携帯していなかった。ビームサーベル一本で、パラス・アテネに挑んだ。

 同じくサーベルを構えたパラス・アテネだが、接近戦に向いている機体ではない。百式の一撃が、装甲の表面を溶かす。

「ぐうううっ!」

 シドレがうめく。苦し紛れに、シドレはスイッチを押す。肩のメガ粒子砲が光を放った。

 直撃はないが、目眩しにはなる。パラス・アテネは強力なパワーを生かして、百式を蹴り飛ばした。

 揺れるコクピットの中で、カツはパラス・アテネを見据える。戦女神の名を冠したそのモビルスーツは、あらぬ方向へビーム砲を向けて引き金を引く。

「ランチャーをやる気か!」

 そのビーム砲の先には、百式のメガ・バズーカランチャーがある。発射されたビームは距離があるため命中しなかったが、破壊されれば計画は破綻する。カツは百式を加速させた。

「かかった!」

 パラス・アテネは、接近する百式めがけてシールドの小型ミサイルを全て撃ち尽くす。頭部バルカンで何発かは迎撃したが、直撃を受けて百式は力なく宇宙を漂っている。

 とどめにシドレは、パラス・アテネにビーム砲を構えさせた。無防備な百式に、モニターの円が重なる。だがその引き金が引かれることはなかった。

「あ……」

 コクピットごと、彼女は光の中に消えた。肩から袈裟懸けに両断され、パラス・アテネは爆発する。

 その背後には、ビームサーベルを握ったボリノーク・サマーンが佇んでいた。

「……サラ!」

「行って! カツ!」

 カツの方にも時間はない。本来ならば、一刻も早くアクシズのノズルを破壊しなければならない。

「……ごめん!」

 メガ・バズーカ・ランチャーを拾いに行くカツ。サラは沈黙したまま、目を閉じた。

 シドレとのこと、シロッコとのこと、カツとのこと。全てに答えを出せたわけではない。だが彼女は、目を開いた。

 ランチャーのステップアームに百式が手をかけた。その時、コクピットが揺れた。

「うっ……サラ!?」

 全天周囲モニターの背後には、サラのボリノーク・サマーンが映っている。

「カツ! このデータを!」

 接触回線でデータが送られてくる。

「これは……ノズルの位置と、敵の配置図!」

「地球を救うんでしょ!」

 二機は、メガ・バズーカ・ランチャーと共に加速した。敵の防御が薄い場所が、手に取るようにわかる。無理やりに距離を詰めるのではなく、落ち着いて狙撃できるポイントを目指していた。

「ここだね、サラ!」

「そう!」

 周囲に戦闘の光はない。

 ボリノーク・サマーンは胸部装甲を開いた。ランチャーから伸びたケーブルを、その中のプラグへ繋ぐ。

「メガ・バズーカ・ランチャー、接続。エネルギー供給開始!」

 ステップアームが展開される。百式はそこに足をかけ、両手のグリップを掴んだ。

「サラ……ありがとう」

「……私だって、できることなら人殺しはしたくなかった」

「わかってるよ。辛いことだったかもしれないけど……」

 嬉しかった、という言葉をカツは飲み込んだ。自らシドレを殺したサラに、それを言っていいのかわからなかった。

 ボリノーク・サマーンの頭部レドームが輝く。周囲とターゲットを観測し、補正し、データを送る。

「センサー同期! 照準、右へ八ポイント、上へ十一ポイント!」

「了解。右へ八、上へ十一!」

 カツも復唱する。モニターに映るアクシズは何倍にも拡大され、その中心には核パルスエンジンのノズルが見えた。

「エネルギー、充填完了!」

「よし……メガ・バズーカ・ランチャー、発射!」

 カツは親指で、力強くスイッチを押した。太く強力なビームが宇宙を突き進む。モニターの向こうで、弾け飛ぶノズルが見えた。

「次よ、カツ!」

「了解!」

 百式が各部のバーニアをふかし、メガ・バズーカ・ランチャーを構え直す。その百式の背中を、ボリノーク・サマーンは抱きしめた。

 

 

 

「核パルス、三番ノズルが破壊されました!」

 グワダンのブリッジクルーが、切羽詰まった声を上げた。椅子の上のハマーンが聞き返す。

「なんだと!?」

「確かな情報です……あっ! 五番も破壊されました!」

 思わず、ハマーンは奥歯を噛み締めた。

「……アクシズはすでに、重力に乗っているのだな?」

「はっ、確認をとります!」

 椅子に体を預ける、ハマーンは顎に手をやった。アクシズはすでに重力に引かれている。減速し、地球との相対速度が第一宇宙速度を下回れば、アクシズは落下する。

 ならば、敵はどうするか。彼女がそう考えたその時、別のクルーが振り返った。

「ハマーン様! アクシズに敵艦が取り付きました!」

「敵艦?」

「アーガマです! ルナ・ティターンズの艦隊に紛れていました!」

 グリプス2を伴ったルナ・ティターンズの艦隊は、ノズル攻撃に向かうエゥーゴ艦隊のための囮だったはずだ。わざわざダミーバルーンを用いてまで、ルナ・ティターンズ艦隊が本隊だと思わせた。そのルナ・ティターンズの艦隊に紛れていたアーガマが、アクシズに上陸したという。

 ノズル破壊の報告をしたクルーが、再び口を開いた。

「確認取れました! ノズルが破壊されても、アクシズは重力に引かれて地球に落ちるとのことです!」

 ハマーンが立ち上がった。

「私はキュベレイで出る!」

「ハマーン様!」

 周囲の声に応えることなく、踵を返したハマーンはブリッジの出口へ向かう。

「やつらの狙いはアクシズそのものの破壊だ! モビルスーツ隊も回せ!」

「はっ、はい!」

 彼女は苛立ちを隠さない歩調で、ブリッジを後にした。

 

 

 

 数機の作業用のプチ・モビルスーツがアクシズの坑道を走っていく。

「ブライト、やれるな?」

「ああ、坑道の配置は事前の情報と同じようだ。これならアクシズを破壊できる」

 艦長自ら、プチ・モビルスーツに乗っての出撃だ。プチ・モビルスーツたちは、大きなコンテナを担いでいた。

「それまでアーガマを守ってみせるさ」

「ああ。核を取り付けて戻ってくる。頼むぞ!」

 アムロはそう、ブライトを元気付けた。アーガマを守るように、ルナ・ティターンズの艦隊が周囲に配置されている。

 アクシズに取り付くアーガマに、敵の攻撃が集中している。ノズル防衛に回っていたネオ・ジオンの艦隊も戦力を回しているようだ。

 敵の数は多い。一刻も早く数を減らすため、アムロはZガンダムを変形させ、敵のサラミス改級に接近した。

 サラミス改の直掩のジムⅡがシールドを構える。アムロはそのジムⅡをビームガンで牽制し、その横をすり抜ける。それと同時に変形し、ビームライフルで背後から撃ち抜いた。

 接近するネオ・ジオンのガザC隊も、ルナ・ティターンズに押されているようだ。ガザCが、バーザムのビームライフルを受けて爆発した。

 数で勝るはずのアクシズ防衛隊だったが、シロッコ率いる正統ティターンズとネオ・ジオン軍の連携が取れていない。

 一方のルナ・ティターンズは、単艦で接舷したアーガマをルナ・ティターンズ艦隊が防衛するというシンプルな構図だ。有利を取ったのも当然だった。

 アムロを砲撃で追い立てるサラミス改に、強力なビームが直撃する。連射を受け、サラミス改は後退していく。

 下手人はフェダーインライフルを構えたガブスレイだった。その傍らのガンダムMk-Ⅱが、接近するガルスJを蹴りつけ、サーベルで切り裂く。

「アムロ大尉ですね? 援護します!」

「君は?」

「カミーユ・ビダンです! ジェリド大尉の部下の!」

「そうか、感謝する!」

 Zガンダムが加速する。逃げ腰の相手であっても容赦はしない。サラミス改の砲撃を掻い潜る。

 ガブスレイとMk-Ⅱ、そしてZガンダム。三機のコンビネーションに翻弄されたサラミス改の腹に、アムロのZガンダムが取り付いた。

 機関部に二発。それで十分だった。巡洋艦は爆発し、沈む。

「さすがだ……」

「油断するな、カミーユ!」

 正統ティターンズのバーザムを、ガブスレイのメガ粒子砲が撃ち落とす。

「はい、マウアー少尉!」

 防衛は順調だった。後手に回ったネオ・ジオンと正統ティターンズは、翻弄されていた。

 安心したアムロとカミーユの背筋に、冷たいものが走った。カミーユは考えるより早くアムロの名を呼んでいた。

「アムロ大尉!」

「……君も感じたか、カミーユ」

「はい、でも、こっちからじゃありません」

 アムロは頷く。カミーユの感知能力の高さは理解していた。

「坑道の中だろう。俺が行く!」

「お気をつけて!」

「アーガマを沈めるなよ。俺が帰れるところがなくなる」

 アムロはそう言い残し、Zガンダムをウェイブライダーへと変形させた。関節部は素早く開き、スラスターが唸りを上げた。

 感じるプレッシャーは並大抵のものでは無い。邪気と殺気。アムロの額に冷や汗が浮かぶ。

「ハマーン・カーン……これほどか!」

 アーガマの横をすり抜け、アムロは坑道の中へ飛び込んだ。モビルスーツが簡単に通れるサイズの坑道を、ウェイブライダーが駆け抜ける。

 気配に従って、アムロはウェイブライダーの機首を上げた。坑道の先に、敵はいる。無数のビームが前方から降り注ぐ。逃げ場のない坑道での待ち伏せだ。

「うおおおっ!」

 アムロはスピードを緩めない。ビームの雨を強引に押し通った。

 穴を抜けると、そこには広い空間が広がっていた。いくつもの坑道が穴を開けており、倉庫のような建物もいくつか見える。アクシズ内部における駅のような空間だろう。

 そうアムロが推理する間もなく、ビームサーベルがウェイブライダーに振り下ろされる。坑道の出口で待ち伏せしていたのは、Zガンダムと同じく白いモビルスーツ。変形して減速し攻撃をかわすと、勢いもそのままにZガンダムはそのモビルスーツの横をすり抜け着地する。地面が足型に削れた。

 アムロはその白いモビルスーツに正対する。蝶のようなシルエット。両肩の巨大なバインダー。足元はスラスターのために、裾の部分が広がっている。

「とんがり帽子……」

 アムロは思わずそう口にしていた。一年戦争の時、ララァという少女が乗っていたモビルアーマー、エルメス。その機体をモビルスーツにしたようにも見える。

 彼がそう感じた理由は、外見と、サイコミュの感覚だった。だが、大きく違う点が一つあった。ララァの強大ながらもどこか見透かすような柔らかなプレッシャーとは違う、刺すような感覚。

「この剥き出しの殺気……ハマーンか!」

「このキュベレイの力……見せてやろう!」

 展開される無数の小型砲台。ニュータイプによって操作される最新式のサイコミュ兵装、ファンネルだ。

「ハマーン! お前の思い通りにはさせない!」

 ファンネルに囲まれるより早く、アムロは距離を取る。正確な射撃だったが、キュベレイはスラスターを噴射し、飛び上がってかわした。

「地球を滅ぼしてみせれば、我々ニュータイプが人類の舵取りをする。それが人類のためだろう!」

 ファンネルが宙を舞い、次々にビームを発射した。前進、後退、方向転換。Zガンダムは最小限の動きで回避する。

「だから地球を滅ぼすのか!」

「憎しみも悲しみも、あの星から始まっている」

 ファンネルのビームがアクシズの内部を焼き岩盤に弾痕を刻む。Zガンダムが加速した。振り上げたビームライフルから、ロング・ビームサーベルが展開する。

「地球が愛しいと思うから、シャアはこちらについたんだ!」

 ハマーンのキュベレイもサーベルを抜き、アムロの一撃を弾き返す。

「私を捨てたシャアに未練などない! 貴様も同じだ、アムロ・レイ!」

 返す刀を胴体へ振るう。Zの右腕がライフルから離れた。腰から抜いたサーベルが、キュベレイのサーベルを受け止める。

「そう言って貴様もミネバ・ザビを利用する!」

「何が悪い! 姉を殺したザビ家に!」

「お前を見捨てたシャアと同じだ、いつまでも罪を繰り返す!」

 ファンネルがZガンダムを捉えた。四方八方から繰り出されるビームに、アムロは舌打ちした。即座にキュベレイを蹴り飛ばし、距離を取る。

 ハマーンが冷笑した。

「無駄だよ、アムロ・レイ。私はシャアとは違う。地球潰しはシャアにはできぬさ」

「貴様にだってやらせるか!」

 Zガンダムを取り囲むファンネル。それらと共にキュベレイの腕部ビーム砲が、Zを襲う。

 アムロは脳裏に、光の軌跡を感じた。

「見えた! そこっ!」

 ファンネルが、振り向きざまのZのビームの直撃を受けて落とされる。頭部バルカンの連射がもう一機破壊する。

「ファンネルが!?」

「殺気が強すぎる!」

 ロング・ビームサーベルがファンネルを切り裂いた。

「その憎しみは、貴様たち連邦が生んだものだ!」

「ジオンの怨念が、地球よりも重いというのか!」

「違うな、このハマーンの怨念だよ!」

 ハマーンが操縦桿を引いた。わずかなバーニアの光を残して、キュベレイは坑道を目指す。

「アステロイドに押し込められた悔しさ! シャアを奪われた悔しさ! 貴様達にはわかるまい!」

「あいつ! ブライトたちを!」

 その坑道の先には、アーガマがいる。さらには、プチ・モビルスーツの核爆弾設置ポイントにもつながっている坑道だ。Zはウェイブライダーへ変形する。

「ファンネル!」

 追うしかないZガンダムに対し、ファンネルの待ち伏せ。だがそれは、圧倒的な直線スピードを持つ可変機に対しては不利だった。

 Zガンダムに数発のビームが撃ち込まれる。だが、ファンネルのビームは低出力だ。すでに一度食らった以上、アムロは、この攻撃は関節部さえ避ければ致命傷にはならないと理解していた。

 反撃のビームライフル。ファンネルが爆発する。その煙を突き破り、Zガンダムがキュベレイを追った。

「ハマーン! その憎しみを地球に向けるな!」

「ならば貴様が受け止めろ!」

 キュベレイが反転し、ウェイブライダーへ突進する。ビームライフルの射角は狭い。変形してスピードを緩めるほか、キュベレイを撃つ方法はない。

 だが、アムロはスピードを緩めなかった。さらに加速したウェイブライダーが、キュベレイに衝突する。

 激しい衝撃。シールドがキュベレイの左肩のバインダーに突き刺さった。

「なにっ!?」

「うおおおおっ!」

 さらに加速するウェイブライダー。この至近距離でもファンネルの精密動作性ならばZガンダムだけを狙うことも可能だ。だが、アムロはその時間を与えなかった。

 もう一度、衝撃が走った。二機はそのままビルの壁にぶつかった。目の前にZはいない。逃げようとするキュベレイだが、機体は動かなかった。

「これは!」

 バインダーに刺さったシールドが、キュベレイをビルに縫い止めていた。

 シールドを残し変形したZは、勢いを殺しきれずビルの上部に弾かれ、キュベレイの後方へ高速で流れていく。

 うつ伏せだった機体が前方へ回転し、仰向けになったその瞬間、Zガンダムは頭上へビームライフルを構えた。ライフルから放たれた光がビルを貫き、キュベレイの胴体を撃ち抜いた。

 コクピットの中で火花が弾ける。ハマーンが最後に見たものは、だだっ広く暗い、冷たいアクシズの岩壁だった。

「誰か……」

 アムロの耳に、その声が届いた。キュベレイは各部から火を吹き、爆発する。穴の空いた胴体から煙を吐き出し、その白い機体は磔になっている。

 アクシズの摂政、ハマーン・カーンは戦死した。

 アムロはその機体から、ゆっくりとシールドを引き抜く。自由になったその機体は、無重力の中にふらりと浮かんでいた。

 Zガンダムのコクピットに通信が届いた。アムロはコンソールのボタンを押す。

「アムロ! 核爆弾をセットした! 脱出するぞ!」

「了解!」

 ウェイブライダーに変形し、Zガンダムは坑道の中に身を投げる。狭く暗い坑道を抜けると、砲火の飛び交う戦場へ出た。

 アーガマとその護衛の艦隊はティターンズやネオ・ジオンの部隊に囲まれている。後方のルナ・ティターンズ艦隊と連携して脱出するしかない。

「アムロ大尉!」

 弾んだ声がした。カミーユの黒いガンダムMk-Ⅱが、ハイザックを追い払いながらZガンダムへ振り返った。

 活路を求めて奮戦する彼らの行く手を、紫紺の巨大戦艦の砲火が阻む。正統ティターンズの旗艦、ドゴス・ギアだ。

 ドゴス・ギアの巨大なビームが、アーガマを掠め、アクシズの表面に深いクレーターを作った。

「あれをやる!」

 アムロは呟く。敵の動きの起点はその巨大戦艦だ。

 飛び出したハイザックを迎え撃ち、ドゴス・ギアへ接近する。対空砲火がZガンダムに集中した。その隙を突き、Mk-Ⅱがドゴス・ギアの懐へ飛び込んだ。ハイパーバズーカの直撃を受け、左の主砲が弾け飛ぶ。

 スラスターの光をたなびかせ、モビルアーマーがドゴス・ギアのブリッジに飛びついた。メガ粒子砲が、その艦橋を吹き飛ばす。マウアーのガブスレイだった。

 指揮系統を失い、ドゴス・ギアが、いや、艦隊全体が混乱する。その隙に、アレキサンドリアが攻め込んだ。

「今だ! 一斉射!」

 攻めかかる敵に反撃する艦、アーガマの脱出を妨害する艦。意思の統一が取れない艦隊では、ガディ率いるルナ・ティターンズ艦隊に対抗することはできなかった。

「カミーユ君、脱出するぞ!」

「すみません、バックパックをやられました!」

 アムロが声をかけたMk-Ⅱの動きは鈍い。バックパックのスラスターが、黒い煙を吐いている。

「アーガマがある! 乗って行け!」

 ZガンダムがMk-Ⅱの腕を取る。今の敵の混乱も一時的なものだ。戦況はこちらに傾いたとはいえ、油断はできない。

 何よりアクシズの爆破に巻き込まれてはたまったものではない。Zガンダムが変形したウェイブライダーに乗り、Mk-Ⅱはアーガマを目指す。

 立ち塞がるガザDを、Mk-Ⅱは両断した。

「すみません! 乗ります!」

 カミーユはアーガマのカタパルトに着地した。

「あとは任せておけ!」

「アムロ大尉!」

 アムロは脱出路を維持するため、再び戦場へ戻る。

「アーガマ、脱出するぞ! 全速だ!」

 護衛艦隊を伴って、アーガマが加速する。ビームが飛び交う戦場の中、彼らの背後に激しい光が灯った。

 

 

 

 シロッコのジ・Oに、次々と通信が飛び込んでくる。麾下のモビルスーツを失った艦。帰る艦を失ったモビルスーツ。連携が取れず、罵り合うティターンズとネオ・ジオン。

「アーガマがアクシズに接舷しました!」

「ハマーンに任せておけ」

 だがシロッコの余裕の表情は崩れていない。言葉少なに指示を下した。

 ふと、シロッコは予感に気づく。配下のハイザック隊とサラミス改をその場に残し、ジ・Oは飛び去る。

 直後、ハイザックたちを強力なメガ粒子が焼き払った。メガ・ランチャーを担ぎ直した、黒いモビルスーツ。ジェリドのガンダムMk-Ⅴだ。

 ジ・Oのコクピットに、Mk-Ⅴからの通信が繋がった。

「投降しろ、シロッコ! この戦闘はこっちが勝つ!」

「アクシズが落とせればいい。ハマーンもそのつもりだ」

 ジ・Oがビームライフルを構える。正確な二連射を、Mk-Ⅴは後退しつつ回避する。

 インコムが射出される。オールレンジ攻撃の準備だ。ジェリドはシロッコを挑発する。

「はっ、見損なったぜ、貴様ともあろうものがハマーンの口車に乗って、俺に出し抜かれるとはな!」

「口車とは言ってくれる。私の発案だよ、ジェリド」

 シロッコはその挑発に乗らなかった。距離を保ちつつ、インコムの出方を窺う。Mk-Ⅴはメガ・ランチャーを構え直した。

 強力なビームが、アクシズの表面に深い傷を刻み込む。ランチャーでの攻撃をかわしたシロッコは、ジ・Oのスラスターを勢いよく噴射する。

 インコムの包囲を抜け、ジ・OはMk-Ⅴの下方から襲いかかる。ビームライフルの一撃が、メガ・ランチャーを捉えた。爆発するメガ・ランチャー。ジェリドは背部シールドをパージし、その下にマウントされていたビームライフルを構える。

 両腕のシールド・ブースターが、激しく光の尾を引いた。ガンダムMk-Ⅴとジ・Oがビームライフルの銃火を交えた。

「アクシズを落としてどうする! 地球に人が住めなくなっても、今の戦力で支配できると思うのか!」

「俗人だな、私は支配など考えていない!」

「ならばなぜアクシズを落とす!」

「理由などいらんよ」

 直線的な動きのMk-Ⅴと、滑らかに転身するジ・O。両者の動きは対照的だった。それに交じって、小さな光が明滅する。インコムだ。

「なんだと?」

「地球不要論に興味はないが、地球がなくなれば歴史の転換点になる」

 ジ・Oにビームが掠めた。インコムのビームだ。リレー・インコムを射出し、すぐさま位置を変える。

 ニュータイプ能力による、先読み。シロッコの優れた能力は、インコムを一機撃ち落とすことに成功した。

 満足そうに、シロッコは笑う。

「そして私はその立会人になる。愉快だと思わんか」

「地球のことも人類のことも考えちゃいない貴様は、アクシズのことも遊びなのか!」

 スラスターの光とビームの光が交差する。激しく宇宙に線が引かれ、闇に呑まれ消えていく。

「遊びだよ。だが、カミーユを惑わせる貴様は許せん!」

「負けられなくなったよ、遊びで戦う貴様には!」

 ビームキャノンがジ・Oの肩を掠める。その瞬間、戦場を激しい閃光が走った。

 その源はアクシズ。アクシズが、二つに割れていた。割れた断面が光を反射し輝いている。その大きな岩塊は前後の二つに体を分け、いくつもの小さな破片を伴って、高速で宇宙を走っていた。

 無数の破片が飛び散った。その破片は無差別に、艦隊を、モビルスーツを傷つけた。

 アクシズは二つに割れた。質量は減少し、突入角度も浅くなる。大気圏に弾かれる公算は大きい。すでに戦況は決まったように見えた。

 破片をシールドで防ぎ、ジェリドはガンダムMk-Ⅴを加速させる。

 出撃時、Mk-Ⅴは重装備仕様だった。標準装備に加えて、両肩にはミサイルポッド、シールドは二枚装備して計三枚、メガ・ランチャーには即席ではあるがメッサーラのジェネレータを接続していた。

 全てはこれが最終決戦であると見越してのことだった。

 だが今はもう、メガ・ランチャーは破壊され、全ての弾を撃ち尽くしたミサイルポッドはパージされた。三枚のシールドも、戦闘の中で背中の一つは放棄された。そのうえ二つあったインコムも、そのうちの一つを失っている。

 一方で、戦闘は有利だった。ドゴス・ギアを撃沈し、シロッコの正統ティターンズは半ば潰走状態だ。

 戦いは終わりに近づいている。ジェリドはそう感じていた。

「逃さんぞ、シロッコ!」

 粉塵同然の破片の隙間に見えたジ・O。Mk-Ⅴがビームライフルを撃った。

 ジ・Oの全身に配置されたスラスターは、常軌を逸した運動性を発揮できる。それを四肢によるAMBACと組み合わせ、ジ・Oは破片の雨とビームを突き抜けた。

「なに!」

 アクシズのデブリを貫通したビームは決定打にならなかった。ジ・Oの装甲に、浅い傷がついただけだ。すでにジ・Oは隠し腕を一本、カミーユとの戦いで失っている。

 この局面でシロッコは、ビームサーベルを選択した。ビームライフルによる遠距離戦闘では、破片によるイレギュラーが大きすぎる。

 振り下ろされたビームサーベルが、Mk-Ⅴのシールドにめり込んだ。

「終わりだ、シロッコ! 勝負はついた!」

 Mk-Ⅴもビームサーベルを抜いた。デブリが漂う中、両者は激しく切り結ぶ。

「勝負がついただと?」

「ああ!」

 サーベルとサーベルを打ち合う最中、ジェリドはビームキャノンを動かした。脇の下に配置されたサーベルの基部が狙いをつける。

 だがそのビームが発射されるより前に、下からの斬撃が砲口を切り裂いた。爆発するサーベル。腕までも両断しかねない切り上げだったが、Mk-Ⅴは咄嗟に上体を逸らして免れる。

 シロッコは鼻で笑った。

「計算をしてみろ。アクシズの後部は重力に引かれて地球に落ちる!」

 体勢を崩し、Mk-Ⅴは後退する。ジ・Oは一気に距離を詰めた。

「私の勝ちだな、ジェリド!」

 振り下ろされたサーベルを、Mk-Ⅴはサーベルで防いだ。続く隠し腕の一撃も、シールドで止める。

「あの程度じゃ核の冬は起きんぞ、シロッコ」

「負け惜しみだな!」

 シロッコはMk-Ⅴの胴体へビームライフルの狙いをつける。だがそれより早く、Mk-Ⅴの大きな足が、その大出力でもってジ・Oを蹴り飛ばした。

「ぐっ!」

 デブリにジ・Oが衝突した。シロッコはコクピットの中でうめく。

「破片一つ、地球には落とさせん!」

「な……!」

 シロッコは、Mk-Ⅴの背後にそれを見た。直径六キロメートル、長さ三十キロメートルの円筒。それはまっすぐに、重力に引かれるアクシズの後部へと向かっていた。

 彼は直感で理解した。

「貴様、コロニーレーザーを!」

「グリプス2でアクシズを押すんだよ!」

 アクシズのノズルを破壊し、さらにアクシズそのものを爆破する。減速し地球に落ちるアクシズ後部にはグリプス2をぶつけ、第一宇宙速度を上回らせる。いわば、アクシズへのコロニー落とし。それがジェリドの、いや、ルナ・ティターンズの最後の策だった。

 




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