主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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蒼く眠る星へ

 

 大勢は決していた。通信の途絶した味方が増える中、グワダンのクルーが艦長へと振り返る。

「グリプス2、このままではアクシズ後部に接触します!」

「ええい、ハマーン様はどうした!」

 黙する艦長の隣で、若い士官が頭を掻きむしって叫んだ。

「わかりません、通信は途絶してます!」

 眼鏡のオペレーターが振り向かずに答える。壮年の艦長が、静かにそれに付け加えた。

「あのアクシズの爆発に巻き込まれたのなら、おそらく……」

「艦長! 指揮官ならば言葉に気をつけていただきたい!」

 若い士官は艦長に詰め寄る。彼はハマーンの側近だ。怒りを抑えきれないのも当然だった。艦長は両手を後ろで組み、伏目がちに答える。

「敵は打てる手を全て打ったのだ。核パルスエンジンを破壊し、アクシズを爆破し……そして今、グリプス2すらもぶつけて我々の計画を防ごうとしている」

 明滅する光が、二人の横顔に反射する。窓の外の宇宙では、ムサイ級が爆散していた。若い士官はますます腹を立てて言い返す。

「そんなことは我々だって、ガルスJやズサを早期に配備し……」

「そうだ、打てる手は打った。その上でこの結果ならば、我々も負けを認めるしかあるまい」

「ジオンの悲願をそう簡単に諦めるのか!」

「若造が!」

 艦長が士官の顔を殴りつけた。吹き出た鼻血とともに、士官は無重力のブリッジを漂った。バーに片足をかけてなんとか止まると、彼は艦長を睨みつけた。

「貴様!」

「昨日今日軍人になったひよっこが、何を言うか!」

 なおも悪びれない艦長。戦闘中のこの騒ぎに、誰もが慌てていた。

「静まれ」

 凛とした声だった。睨み合っていた二人も驚いて振り返る。侍女を連れたその少女に、彼らは声を揃えてその名を呼ぶ。

「みっ……ミネバ様!」

 年端も行かない、十歳にも満たない少女。彼女は体つきにも年齢にも不似合いな豪奢な軍服に身を包み、その物憂げな瞳でクルー達を見回した。背筋を伸ばし敬礼を返す彼らに対し、ミネバはゆっくりと口を開いた。

「ハマーンが死んだのを感じたよ。みなが悲しんでいる。……これ以上、お前たちを戦わせたくはない」

 これまでハマーンに全てを委ねていた少女の言葉にしては、不思議な重さがあった。若い士官が反駁する。

「しかし、スペースノイドの、ニュータイプのための統治は」

「向こうにはシャアがいるのだろう?」

 ミネバがそう言うと、クルーたちは静まり返る。シャアの生存は、ミネバには伏せられているはずだった。

「……ご存知でありましたか」

 侍女の一人を、ミネバが一瞥した。

「ラミアが教えてくれた。……ハマーンは私を騙していたのだな」

 ミネバはその小さな拳を握りしめる。不思議と、怒りはなかった。ジオン残党のために、ハマーンは多くの物を抱え込んでいた。そしてミネバは、それに気づけなかった。

 艦長は頷く。

「我々の責任です。ハマーンひとりに、アクシズの全てを背負わせてしまいました」

 若い士官が艦長の胸倉を掴んだ。間近で彼は艦長を睨みつける。

「ハマーン様を追い詰めたのは貴様たちだろう! 我々は一丸となって……」

「そうかもしれん」

 激昂した士官の言葉を、艦長は否定しなかった。

「その男一人ではない。私もハマーンに全てを背負わせて追い詰めた一人だ」

 ミネバはわずか八歳の少女だ。彼女に、ハマーンのために何ができただろうか。ここで艦長を殴れば、ミネバの罪を認めることになる。

 彼は自分のしていたことに気づき、その手を艦長の胸倉から外した。

「私もそうだというんでしょう」

 彼は下ろした手を握りしめた。抱いていた感情は期待であっても、ハマーンを助けられなかったことに変わりはない。

 ブリッジの中に重い沈黙が流れる。彼らはすでに疲れ果てていた。七年間もの間アステロイドベルトで耐え、家族とすら離れ離れのまま戦い続けた者もいる。その先の見えない苦しみと、味方のいない環境に疲れ切ったハマーンは、アクシズ落としという過激な手段に出て、死んだ。クルー達は、誰かが止めてくれる時を待っていたのかもしれない。

 窓の外から、激しい光が差し込む。敵か味方かもわからない。ただ、その光の中で、人が命を失っていることだけは確かだった。

「アクシズは我らの大地だった。それを失った兵たちは、もう戦えぬ」

「では……」

「うむ。降伏する」

 ミネバ・ラオ・ザビは、ネオ・ジオンの指導者として己の意思で決定を下した。それは初めてのことであり、また、これが最後になるとも感じていた。

「……御意のままに」

 涙する兵士もいた。だが、異議を唱える者は誰一人いなかった。

 

 

 

 ジ・Oのノズルが光る。追いかけるMk-Ⅴをかわしつつ、シロッコはコロニーレーザーを目指していた。戦場に漂う残骸を巧みに使い、ルナ・ティターンズをかわす。

「ふん……やはり砲口付近が薄いか」

「何をする気だ!」

「グリプス2のコントロールを破壊すれば、アクシズの邪魔はできんはずだ!」

 振り向きざまに、ジ・Oがビームライフルを放つ。シールドで防御したMk-Ⅴのスピードが緩む。その隙に、ジ・Oは距離を稼いでいく。

 追いつくのは容易ではない。この宙域にはすでに、モビルスーツや艦艇、あるいはアクシズの破片が無数に漂っている。高速で移動すれば、必然、そのデブリに衝突する。

 ジェリドは苛立ちを隠せず、シロッコを罵った。

「お前らしくないぜ、シロッコ。遊びじゃなかったのかよ!」

「私の人生の光はカミーユだった。その邪魔をする貴様が相手なら、本気にもなる!」

「遊びで戦争をして、遊びでアクシズを落とす貴様が、カミーユのことだけは本気なんだな!」

 突如、横合いからMk-Ⅴにバーザムが飛びついた。シロッコの配下だ。

 その隙に、シロッコはジ・Oのモニターに映る光を見た。

「エネルギー反応? アクシズにぶつける前にレーザーを撃つつもりか!」

 ジ・Oが方向を変える。ジェリドはその行き先がわかった。

「こいつ! コロニーレーザーの中に!」

「ふふふ、さらばだ!」

 バーザムの妨害を受け、ジェリドはシロッコを取り逃す。コロニーレーザーの砲口内部には、当然ながら兵は配置されていなかった。発射されれば巻き添えを食うからだ。

 コロニーレーザーの護衛についているハイザック小隊が迎撃に出た。装甲に弾がめり込む。わずかに揺れるコクピットの中、シロッコは引き金を引いた。

 一発、二発、三発。その三発がハイザックそれぞれの胴体に突き刺さる。爆発する三機を尻目に、コロニーレーザーの内部へとジ・Oは飛び込んだ。

 シロッコにとっては一か八かの賭けでもある。今コロニーレーザーが発射されれば彼は死ぬ。だが、ここでコロニーレーザーのレーザー発振部を破壊、誘爆させられれば、アクシズ落としは実行できる。

 円筒形のコロニーは、中に入ればトンネルの中のようにも感じられる。

 光を通さない壁の内側、シロッコは円筒の反対側の底面に、光り輝く無数の管を見た。モビルスーツの全長をゆうに超える光の柱が、底面から砲口に向かって何本も伸びている。それはレーザーの発生装置だ。

 あの柱を破壊する。シロッコはそう目的を定めた瞬間、感じ取ったプレッシャーに振り向いた。

「ついてきたか!」

「ジャミトフの仇を取らせてもらう!」

 片手にビームライフル、片手にビームサーベルを構えたMk-Ⅴが、背後にスラスターの光を溢れさせて追ってくる。

 レーザーの発生装置の光を背に、ジ・Oがライフルを撃つ。だがジェリドは臆することなく前進した。射撃が足先を掠める。さらに引き付けて、Mk-Ⅴもライフルの引き金を引く。外れたビームがコロニーレーザーの底面に突き刺さった。

 インコムが伸びる。そのビーム砲で牽制しつつ、Mk-Ⅴもコロニーレーザーの底、光の柱の森へ着地した。

 加速するコロニーレーザーの中で、慣性によって彼らは底面に押しつけられる。無重力の宇宙だが、そこだけは、擬似的ではあるが重力下と同じ動きを強いられていた。

 光の森を、縦横に光が走る。発振管を盾に、二機のモビルスーツは高速で機動を繰り返す。ビームがその間を何発も抜けていった。

 シロッコは、この戦いは遊びだと言っていた。だが、この行動はあまりにも危険だ。ジェリドはその銃撃戦の最中、シロッコに疑問をぶつける。

「遊びにしては命懸けだぞ、遅れればコロニーレーザーで死ぬ!」

 正面からのビームと、上方からのインコムによる牽制。その全てをかわしきるだけの技量がシロッコにはあった。

「優秀な人間には才能を生かす義務がある。それができるように、アクシズを落とすのだ!」

「地球を滅ぼした後のことなんざ、考えちゃいないくせに!」

「気に入らんな、その言い方!」

 インコムは有線だ。Mk-Ⅴの移動に伴って、そのワイヤーがレーザーの発振管に触れる。目まぐるしく動くインコムを捉えるには、そこしかなかった。

 ジ・Oのビームライフルがリレーインコムを撃ち抜いた。有線制御を失って、ビーム砲のあるインコム本体も彼らの足元に落ちる。

 だが、それにも構わず、ジェリドは接近しながらビームライフルを連射する。ジ・OはライフルをMk-Ⅴへ投げつけた。ちょうど弾切れだ。同時にジ・Oはその有り余る推力で、逃げずにガンダムMk-Vをめがけて加速した。

 Mk-Ⅴのコクピットモニターに、激しい光が映る。ジェリドの予想を裏切り距離を詰めてきたジ・Oが、Mk-Ⅴのライフルを切り裂いたのだ。小さな爆発と煙の向こう側に、モノアイと三本のビームサーベルが光っていた。

 隠し腕を一本失っていながらも、その接近戦での殺傷力は驚異的だった。目まぐるしく動くビームサーベルは、Mk-Ⅴを寄せ付けない。

 隠し腕の斬り上げをシールドで受けたMk-Ⅴは、ジ・Oの左腕から繰り出される袈裟懸けの一撃をビームサーベルで弾き返す。最後に繰り出された右の刺突を、大きく体を反らせてかわした。

 次の一撃は防げない。そう確信したシロッコの目の前から、Mk-Ⅴが消える。

 反り返ったMk-Ⅴは両腕のシールド・ブースターを全開にして、後方へ加速した。バーニアやスラスターの数が物を言う運動性においてはジ・Oの方が上だが、直線的な加速ではMk-Ⅴに軍配が上がる。

 急激な加速。Mk-Ⅴは減速しきれず、コロニーレーザーの内壁にぶつかった。急加速と急減速のGがジェリドを襲う。

「ぐおあああっ!」

 その加速をしなければやられていた。しかし、彼と機体へのダメージは大きい。特徴的なV字のアンテナは片方がへし折れていた。

 ジ・Oの追撃よりも早く、Mk-Ⅴは発振管の陰に身を隠す。朦朧とする意識で、ジェリドは悪態をつく。

「くそっ……あいつは……!」

 肩部ミサイルポッド、メガランチャー、インコム、ビームライフル。それらの装備をこの長い戦いで失い、すでに残っているのはビームサーベル一本。接近戦ではジ・Oが圧倒的に有利だ。

 操縦桿を握る手が震えた。恐怖ではない。肉体の限界だ。急加速によるMk-ⅤのGは、エースパイロットにとっても耐え難い物だ。

 その震える手に、細く白い手が重なった。ジェリドは自分の左右に、二人の女の幻影を見る。

「焦りすぎよ、だからいけないの」

「パワーは勝ってるんだよ。そういう時は、どうすればいい」

 幽霊など、ジェリドは信じていない。そこに見えた二人は、疲労とダメージから来る夢や幻覚の類に決まっている。そう思いながらも、ジェリドは小さく笑みをこぼした。

「わかってるよ。エマ、ライラ」

 彼が守れなかった、失ってしまった二人。そしてその二人を失った時から、ジェリドの運命は変わり始めた。

 ティターンズを変えてみせる。平和な世を作ってみせる。ジェリドはその決意を込めて、操縦桿を握りしめた。

 ジ・Oのコクピットで、シロッコは挑発する。レーザー発振管の森の中心、一際太い発振管の横で、その黄色い機体はサーベルを振り上げる。

「どうしたジェリド! 戦う意志を見せなければ、コロニーレーザーを破壊し尽くすだけだ!」

「させるかよ!」

 両腕のシールドと、背中のスラスター。奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、ジェリドはGに耐える。超高速の弾丸と化したMk-Ⅴが、ジ・Oに迫る。

「うおおおおおっ!!」

「天才なのだよ、私はっ!!」

 ジ・Oがビームサーベルを握る。三本の光が、Mk-Ⅴを待ち構えていた。

 先手はジェリドだった。サーベルを握る右腕を振りかぶった。シールドのジョイントを外しつつ、勢いよくその右腕を突き出す。

 投げ出されたシールドがジ・Oに迫る。距離は近い。左腕で、ジ・Oはシールドを払い除けた。シールドの陰から振り上げたビームサーベルが見える。ジ・Oはそれを、左腕のサーベルで受ける。

 サーベルが打ち合うのとほとんど同時に、Mk-Ⅴの左のシールドがジ・Oの右肩にめり込んでいた。シールドのブースターが唸りを上げる。加速したMk-Ⅴの大質量の運動エネルギーが、その尖ったシールドの先に集中する。

 ジ・Oの右腕が吹き飛んだ。

「まだぁっ!」

 シロッコは諦めなかった。Mk-Ⅴのサーベルは一本。ジ・Oの攻撃を防ぐ方法は、二つのシールドとサーベルの他にないはずだ。そして、ジェリドは今、そのすべてのカードを切っている。

 勝利の確信を持って、隠し腕がビームサーベルを振り上げる。

 駆動する関節が火花を散らした。隠し腕の先、ビームサーベルを握るマニピュレーターが、Mk-Ⅴの左手に掴まれている。驚異的な反応速度。だがそれに目を見張る間すら、シロッコには与えられない。

 Mk-Ⅴが左足を上げる。隠し腕を掴んだまま、スラスターと全身のパワーで、ジ・Oを蹴り飛ばした。

 いくつかのパーツを散らしながら、隠し腕が引きちぎられる。バランスを崩し、十メートルほどジ・Oは後退した。

 右腕と隠し腕を失い、ジ・Oに残っているのは左腕一本。

 ちぎり取った隠し腕を投げ捨て、ジェリドは右手のビームサーベルを両手で掴んだ。スラスターを噴射し、鋭い踏み込みと共にジ・Oに切り掛かる。

 空振り。大きくジャンプし、ジ・OはMk-Ⅴを飛び越えた。空中で反転し、落下しつつ、ジ・Oがビームサーベルを振り下ろす。

 ビームの光が迸る。シロッコの動きを察知したジェリドは、Mk-Ⅴをさらに加速させていた。ジ・Oのサーベルの切先は、Mk-Ⅴのバックパックをわずかに傷つけただけだった。

 床と両足が、摩擦で火花を散らす。Mk-Ⅴのツインアイが光の尾を引いた。振り向きざまのビームサーベルの一撃が、ジ・Oのサーベルをその手から弾き飛ばした。

「な……」

 シロッコは、呆然としていた。ジ・Oは、隠し腕と右腕、さらには武装の全てを失った。天才である彼と、彼の設計したモビルスーツが、ジェリド・メサに負けたのだ。

「はあ……はあ……」

 肩で息をしながら、ジェリドはサーベルを突きつける。勝負あった。

 シロッコはふたたび操縦桿を握り、ペダルを踏み込んだ。ジ・Oはコロニーレーザー底面から砲口へ、勢いよく飛んでいく。

「まだ終わらんよ……!」

「貴様っ!」

 ジェリドのMk-Ⅴも、ジ・Oを追って加速する。シールドブースターを失った今、Mk-Ⅴのスピードは落ちていた。逃げていくジ・Oには、距離を保つだけで精一杯だ。

 二機の背後、コロニーレーザーの底面の光が、さらに強くなった。

 コロニーレーザー、発射。アクシズへの激突の前の、最後の仕上げだった。

 

 

 

 アーガマのモビルスーツ格納庫には、Zガンダムの姿があった。Zガンダムもハンブラビ隊やキュベレイとの激戦の中で大きく傷ついていた。整備士たちは群がる中、アムロはモビルスーツハンガーの通路に降り立つ。

 ふと、見慣れない黒いパイロットスーツの姿が目に止まった。先ほどアーガマに着艦させた、ガンダムMk-Ⅱのパイロットだろう。

「君、たしか……」

「カミーユ・ビダンです、アムロ大尉」

 アムロが声をかける頃には、少年はアムロに気づいていた。少年から感じる独特のプレッシャーは、優れたニュータイプの証だった。

「うん? それは?」

 カミーユは、通路のモニターに視線を向けていた。艦外の様子を見られるモニターだ。

「今はMk-Ⅱが整備中なので、せめて、状況だけでも」

「そう慌てなくてもいい。ネオ・ジオンも降伏したんだ」

 つい先ほど入ってきた情報だ。シロッコ派のティターンズも、ドゴス・ギアの撃沈によって抵抗は弱まっている。

 モニターに映っているのは、コロニーレーザーだった。数キロにも及ぶ砲口から光が漏れ出している。

 アムロはふと、かつて見たコロニーレーザーを思い出した。一年戦争の、ア・バオア・クーでのことだ。コロニーレーザーという名前ではなくソーラ・レイという名称だったが、彼にとっては同じことだ。

「あれは憎しみの光だった」

「え?」

 誰に言うでもなく、アムロはそう呟いた。だが、今のこのコロニーレーザーの光は、違ったものに見えた。

 溢れ出した太く大きな光は、艦隊の残骸を喰らい尽くし、アクシズの後部に命中する。照射は、まだ続いていた。

 アースノイドとスペースノイド、連邦とジオンの垣根を乗り越えた、地球を守るための光。あまりにもまっすぐで不恰好でさえあったが、アムロには、それは憎しみの光とは思えなかった。

「これは……優しさの光なんですよ、アムロさん」

「人の……心の光か……」

 照射が終わった。十秒に満たない照射時間だったが、アクシズの後部には深く大きなクレーターができていた。

 質量は減った。このままグリプス2が命中すれば、アクシズは止まる。アムロがそう微笑んだ時だった。

 カミーユが突如額を抑えて項垂れた。

「どうした?」

「……すみません!」

 カミーユは、目の前に光が見えた。通路を駆け出して、未だ整備中のMk-Ⅱのコクピットに飛び乗った。

「おっ、おい!」

「すみません! でも、行かなきゃいけないんです!」

 整備士の制止を振り切って、Mk-Ⅱが動き出す。バックパックの調子は、まだよくなっていない。

「行くったって、どこに!」

 そう叫ぶ整備士には目もくれず、Mk-Ⅱは歩き出す。そのコクピットに、通路脇のモニターから通信が入った。アムロの顔が映る。

「カミーユ君」

「アムロ大尉!」

 尊敬する相手であっても、止められる訳にはいかない。焦ったそうなカミーユの様子にも、アムロは驚いてはいなかった。

「右にあるフライングアーマーを使え」

「えっ?」

 ため息混じりにアムロが笑った。

「行くんだろ?」

「……はい!」

 Mk-Ⅱは自身の右側にあった、航空機型のサブフライトシステムに両足を載せる。格納庫との固定部分が動き出し、カタパルトへとMk-Ⅱごと移動していく。

 Mk-Ⅱは体を沈め、フライングアーマーにしがみつく。青く巨大な星が、視界の半分ほどを占めていた。

 あの日あの改札の前を立ち止まらず歩いていれば、カミーユはここにいなかっただろう。ジェリドのことも、ティターンズのことも、ニュータイプのことも知らないまま生きていたかもしれない。

 その悔しさを堪えきれず反ティターンズ運動に参加し、紆余曲折を経て、シロッコの部下としてジェリドに再会した。そして彼は、両親の愛と、狭い世界の外を知った。

「Mk-Ⅱ、発進よろし!」

 アーガマのオペレーターがそう言った。カミーユは威勢よく、叫んだ。

「カミーユ、行きます!」

 カタパルトが加速した。Mk-Ⅱとフライングアーマーは、宇宙へ飛び出していった。目の前で戦場の光が弾ける。遠く離れたジェリドの元へ、フライングアーマーは加速していく。ジェリドの声が今、カミーユには聞こえていた。

 

 

 

 アクシズの後部に、着々とグリプス2は近づいていた。加速し続けたそのコロニーが激突すれば、重力をやすやすと振り切れるはずだ。

「終わったんだよ、シロッコ! アクシズ落としは!」

 黄色い機体を、黒いガンダムが追いかける。アクシズの後部には、コロニーレーザーの照射によってできた巨大なクレーターが見えた。

 シロッコは反論する。

「凡人の軍門になど下れるものか!」

「くだらん意地はもういい! 逃げ回っても無駄だと言っているんだ!」

 遠距離武器を持たないMk-Ⅴは、接近しなければシロッコを仕留められない。歯痒く思うジェリドだったが、ビームの光がその視界に差し込んだ。

 それは、シロッコのジ・Oの逃げ場を塞ぐものだった。急停止したジ・Oは、そのモノアイを邪魔者に向ける。

 褐色のモビルスーツ。シロッコが自ら設計に関わった、ガブスレイだった。

「ジェリド、よくやったわ。あとは任せて!」

 パイロットはマウアー・ファラオ。万全のシロッコとジ・Oであっても、油断ならない相手だ。

 万事休す。シロッコはもう、完全に逃げ場を失った。

 金属缶の先が、石ころにぶつかった。スケールの問題を除けば、この言い方に間違いはなかった。

 グリプス2がアクシズの後部に激突した。全長数十キロに及ぶスペースコロニーと、それにも引けを取らない巨大な小惑星の破片、アクシズの後部の衝突。グリプス2の先端部が潰れる。だがその加速は、アクシズを動かした。

 砂埃が舞う。比較的脆いグリプス2の破片が散らばる。モビルスーツの全長ほどもあるスペースデブリが、衝突によって弾け飛ぶ。そしてそれらは、戦場に、敵味方の区別なく降り注いだ。

「う!?」

 ガンダムMk-Ⅴが揺れた。破片の衝突を背中に受け、バックパックが火を吹いた。ジ・Oの一撃を受けた部分だ。姿勢を制御しようとバーニアを起動させるが、メインスラスターであるバックパックは沈黙したままだ。

「おおおおおっ!」

 ジ・Oが、Mk-Ⅴに飛びつく。ありったけの推進剤を噴射して、Mk-Ⅴをある方向へと加速、いや、減速させた。

「シロッコ、貴様……?」

「やはりツキは私の方に傾いたな!」

 もう一度、スラスターの光が迸る。その時、二機は完全に、第一宇宙速度を下回った。

「グリプス2、アクシズ後部に命中! ……アクシズ後部、衛星軌道に乗りました!」

 オペレーターのその言葉に、アレキサンドリアのブリッジが沸いた。ガディは大きくため息をつき、胸を撫で下ろしてシートに腰を落ち着ける。戦闘も収まってきている。ノーマルスーツを着ていなければ、帽子を投げて大喜びしたいところだ。

 戦勝ムードのアレキサンドリアに、一通の通信が届く。通信士が振り返った。

「ガディ艦長!」

「メインに回せ!」

 通信士の表情から、ただ事でないことはわかる。メインモニターに完全に冷静さを失ったマウアーの顔が映った。

「何があった、マウアー少尉」

「ジェリドが……総帥が! 地球の重力に捕まりました!」

「な……なんだと!?」

 二機のモビルスーツは、揉み合いながら地球へ落ちていく。灼熱の大気圏突入。モビルスーツが生き残る術は、ない。

「貴様……死ぬ気か!」

 Mk-Ⅴは、まとわりつくジ・Oの頭部を掴んだ。大気圏への突入は、空力加熱によって高熱を伴い、電波すらも妨害される。

「私だけが死ぬ訳がない……貴様も一緒に連れていくぞ、ジェリド・メサ!」

 執念だった。何かに執着することのない、超然としていたシロッコは、そう恨み節を口にする。

「そこまで堕ちたか、シロッコ!」

「いつも私の邪魔をして、カミーユもティターンズも奪った貴様は許せん!」

 求めるものは全て手に入る。本気を出せばなんでもできる。世界に天才は自分一人だ。その自信を持っていた男は、カミーユと出会って変わったのだ。

「私の才能があれば、この戦争は遊びにできた! 本気にさせたのは貴様とカミーユだ!」

 ジェリドはモニターの表示を確認する。メインスラスターの破損は、修復不可能だった。

「……ふん。貴様は俺ほど人を殺しちゃいない。だから一緒に死んでやるよ!」

 Mk-Ⅴはジ・Oのコクピットに拳を振るう。シロッコが小さくうめく声が聞こえた。どうせ自分もここで死ぬのなら、せめて死んでいくシロッコを悔しがらせてやりたかった。

「潔いな、ジェリド。後のことを考えているんだろう?」

「俺が死んだって、地球や人類の未来のことを考えてる連中はたくさんいる……。そういう連中を信じていれば、腹も括れるんだよ」

 警告音は鳴り続ける。モビルスーツでの大気圏突入は、ジェリドにとっては二度目だった。しがみつくジ・Oの向こうには、コロニーが突き刺さったアクシズと、それを彩る無数の光が見えた。

 星の光か、人の光か。その光が愛おしかった。

 ふと、ジェリドの漂う視線が止まった。近づいてくる気配に目を向けると、その光はぐんぐん大きくなっていく。

 白いサブフライトシステムの上に、黒い機体。それはジェリドが命を預け戦場を駆け抜けたかつての愛機、ガンダムMk-Ⅱだった。

 通信は途絶している。だが、ジェリドがその機体を、気配を間違えるはずがない。左腕でジ・Oの頭を掴み、引き剥がす。右の拳で何発も殴りつけた。

「ぐっ、ジェリド!」

「貴様にはわかるまい!」

 機体が激しく軋む。金属が擦れる振動が、空気抵抗の振動に混じった。

 ジ・Oの顔面が潰れた。腰を掴む右腕を振り払い、Mk-Ⅴはジ・Oを蹴り飛ばす。

 ジェリドの元へフライングアーマーが接近する。各部のバーニアを噴射し、Mk-ⅤはMk-Ⅱへと手を伸ばす。

「……カミーユ?」

 シロッコはそう呟いた。ジェリドを殺せると確信していた彼はその目を見開く。その視界の中、伸ばされたジ・Oの手の先で、Mk-Ⅴの腕をMk-Ⅱが掴んだ。

「カミーユ……お前は……私の……!」

 限界を迎えたジ・Oは、火の玉となって地球へ落ちていく。フライングアーマーの上で、ジェリドは横目にそれを見ていた。

「ありがとう」

「まだ助かったわけじゃありません。こいつがモビルスーツを二機運べるかなんてわからないんですから」

 ぶっきらぼうにカミーユは言った。だが、その操作には迷いはない。ジェリドは、モニターに目をやった。

 青い空と黒い宇宙の狭間は、地平線のように広がって見える。ジェリドは故郷の平野を思い出した。青に満ちた水の星は、眠ったまま答えない。

 言うなれば、それは空平線だった。水平線と地平線を越えてきた生物が、次に越えるべき線。

 モニターの下部を光が満たした。フライングアーマーは、発生した衝撃波によって下側の空気を押し退け断熱圧縮による熱を防ぐ。熱された空気はプラズマ化して、金色に波打っていた。

 空が明るくなっていく。高度が下がるにつれて空気は濃くなるからだ。それと歩調を合わせるように、フライングアーマーを支えるような金のプラズマも薄くなる。

「……リド!!」

 ノイズ混じりの通信がMk-Vに届いた。プラズマによる電波障害から、ようやく解放されたのだ。

「ジェリド!! ジェリドっ!!」

 枯れて掠れたその声は、すがるように、幾度もその名を呼び続ける。

「マウアー」

 ジェリドは優しく、通信の向こうの女の名を呼んだ。

「ジェリド! ジェリドなの!? 応答なさい!」

「大丈夫だ。地球に降りた。減速もできてる」

「ああ……ジェリド……!」

 マウアーの声が震える。嗚咽が小さく漏れた。彼女の低く美しい声は、今、ジェリドのために泣いている。

 プラズマの光がさらに薄まった。ガブスレイとの映像通信もつながって、マウアーの顔がモニターに映る。鼻や目元が赤い。彼女は苦笑して、鼻を啜るような音を立てた。

「……ひどい顔でしょ」

「いや……愛してる」

 ジェリドがにやりと笑うと、彼女もその小さな口の口角を上げた。

「……私もよ、ジェリド」

「大尉! ジェリド大尉!」

「うおっ」

 通信がさらに割り込んでくる。ジェリドの全天周囲モニターが、あっという間に映像通信のウインドウでいっぱいになる。

「ジェリド!」

「隊長! カミーユも!」

「総帥! ご無事で!」

「ジェリド大尉!」

「ジェリド!」

 ルナ・ティターンズだけではない。エゥーゴどころか、地上のスードリのウッダーまでもが通信を繋げている。スピーカーから次々に聞こえる声。ウインドウに映る顔は、その全てが喜びを湛えていた。

「ジェリド! 俺のスードリの場所はわかるな? 拾ってやる」

 地上のスードリから、ベン・ウッダーまで通信を繋げていた。

 ジェリドはそれらの顔を見ながら、呟くように言った。

「……ありがとう、カミーユ」

「俺、大尉と会えてよかったです」

 二人は画面の上ですら視線を合わせなかった。照れ隠しのように、揃って喉の奥で笑う。ジェリドは映像を一方的に切って、通信を音声のみに絞った。全天周囲モニターに映る景色は、高度が下がるにつれて、より鮮明に、より色濃く見える。

 遠くに見える太陽の光は、直視できないほど眩しく、分け隔てなく降り注ぐ。海原に反射した光が、フライングアーマーを下から照らしていた。

 陸地は雄大な山肌を晒し、その端々に木々の緑が生い茂る。浅瀬の海は淡い青に染まり、細やかなグラデーションを描いて、海の群青へと続いている。水平線も地平線も空気にけぶって、空とほとんど区別がつかなかった。

 見上げた空は、高い。青空の天蓋は、遠く遠く、星の向こうまでも続いていた。

 




これにて「主人公はジェリド・メサ」完結です。
約四年間、合計文字数四十万字超、お付き合いいただきありがとうございます。三年間のブランクがあったこの作品ですが、完結できたのは皆様のおかげです。
反省や感想といったものを活動報告に載せておきますので、もしご興味ございましたら御覧ください。
お読みいただいた皆様、お気に入り登録をしてくださった皆様、評価をいただいた皆様、感想をくださった皆様、本当にありがとうございました。
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