主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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月の裏側

 月面都市フォン・ブラウン。かつてアームストロング船長が人類で初めて月面に降り立った場所に設けられた歴史の長い都市である。

 ジェリドを乗せたボスニアは、アーガマ追跡の三隻の中で最も遅く、月に入港した。

 ジェリドも、それを機にアレキサンドリアに戻る。自室のわずかばかりの荷物をまとめるジェリドに、訪問客があった。

「帰るなら挨拶くらいしたらどうなんだい?」

 ライラだった。棘のある言い方で、ジェリドを睨む。

 ジェリドは前回の出撃以来塞ぎ込んでいた。ライラとの酒の約束も、果たしていない。

 バスクが三十バンチに毒ガスを撒いた事実、エマの殺害。無理もなかった。

「……すまん」

 ジェリドは小さく口を動かすと、荷物を入れたナップザックを背負った。ライラを押し退けるようにして、ドアを潜る。

 部屋の隅に、酒が二本浮いていた。それを見たライラは視線を酒に残したまま、呟くように言った。

「……ひとつ言いたいことがある」

 ジェリドは立ち止まった。

「あんたはたぶんニュータイプだ。エマを感じたんだろう?」

「……俺は地球生まれだ」

「アムロ・レイだってそうさ」

 ライラは振り返った。ジェリドはまだ背を向けたままだ。

「前も言ったけど、あんたにはいい男になる素質がある。それはニュータイプとかとは関係なく、ね」

「俺はエマを殺したんだぞ」

「敵を殺しただけじゃないならそう言えばいい。あたしが甘えさせてやる」

 ライラは表情を変えずに言った。

「……時間をくれ」

 ジェリドは振り向かなかった。だが、目は確かに前を向いている。彼はこんな場面で甘えられる男ではなかった。自分の弱さを認められても、弱いまま足を止めることは良しとしない。

 ライラは目を細めた。拒絶されることは織り込み済みの申し出だったが、もしも胸に飛び込んでくるならそれでいいとさえ考えていた。ジェリドは、まだ強くなる。それはパイロットとしてではなく、男として、人間としてだ。

「ジェリド……次こそは、酒が飲めるといいね」

「……ああ」

 小さな声だったが、ジェリドは確かに、力強くそう言った。

 

 

 

 アレキサンドリアの自室へ移動するジェリドを、カクリコンが呼び止めた。

「どうだった? アーガマと会って一戦交えたんだってな」

 カクリコンは称賛する。だがジェリドの胸中は複雑だった。

「エマを殺した」

「……そうか」

 ジェリドの目はまっすぐだが、カクリコンは声のトーンを落とす。裏切り者ではあっても同期だ。

 重い雰囲気に耐えかねて、カクリコンは話題を変えた。

「お前がいない間に、一つ面白いフォーメーションを考えたんだ」

「……フォーメーション?」

 ジェリドが視線を上げた。カクリコンは笑う。

「ああ。お前としかできないが、こいつが決まればあの赤い彗星だって」

「どんなフォーメーションだ?」

 赤い彗星の名が出ると、ジェリドは食いついた。カクリコンは勿体つけて片目を瞑る。

「名付けて……二機で一機に見せる作戦、だな」

 

 

 

 無重力空間でもシャワーが浴びられるのは、驚異的な科学の進歩という他ない。アレキサンドリアのシャワーは、簡単に言えば、上方から水を噴射し、下方でそれを吸い込む仕組みだ。

 熱い湯が身体を伝う。初めて使った時は足の裏のくすぐったさに悶えたものだが、慣れれば気にならない。

 シャワールームを出たジェリドは、バスタオルで身体を拭う。自慢の髪型がくったりと寝てしまっていた。

 脱衣所ではカクリコンが制服を着ながら待っている。ここ数日、たっぷりと二機を一機に見せる作戦の練習をしたおかげで、ジェリドはエマのことから目先を変えることができていた。

「あの作戦、実戦でも使えるぜ」

「やってみないと分からん弱点もあったがな。Mk-Ⅱの性能を生かすには一番だ」

 カクリコンは自慢げだ。

 ジェリドは下着を穿き、私物の整髪料をいくらか手に取る。前髪を上げ、脱衣所の鏡をきりりと睨んでみた。

「必ずシャアを落としてみせる……恨むべきはシャア、憎むべきはシャアだ」

 ジェリドはエマの死の原因の押し付け先を求めていた。

 整髪料の容器をカクリコンの方に投げる。

「使うか?」

「いらん」

 その冗談混じりの申し出を断って、カクリコンは容器を投げ返した。

 ドアがノックされた。

「ジェリド中尉、いらっしゃいますか?」

 脱衣所の外の通路から声がする。ジェリドがそれなりに目をかけている下士官だ。

 ジェリドは億劫がって、パンツ一枚しか身につけないまま返事をせずにドアを開けた。

「何の用だ」

 例の下士官の後ろには、ライラが立っていた。

 目があって、固まる二人。下士官が気まずそうに笑った。

「……何の用だ、ライラ」

 いくらか声を低くしたジェリド。ライラの方は男の裸など見られているだろうから、むしろ恥ずかしがる方が恥をかくことになると判断したのだ。

 ライラはため息をついた。

「……サチワヌが消えたって話、聞いたかい?」

 サチワヌはアレキサンドリア、ボスニアと共にアーガマ追撃に参加していたサラミス改級の巡洋艦だ。今も、同じ月面都市グラナダのドックで待機しているはずだった。

 ジェリドは何事もないように、平静に応える。

「サチワヌが? ……エゥーゴか」

「バスクの密命だってグラナダの管理官には話したそうだけど。あんたと意見を交換したくってね」

「わかった」

 一度気にしていない風を装った以上、ジェリドは引き下がるわけにはいかなかった。裸などどうということはない。

 自分の体に一度目を落とし、ライラに訊く。

「……このままでいいか?」

「バカ」

 ライラは脱衣所のドアを閉めた。

 カクリコンの笑い声が脱衣所に響く。

「カクリコン」

 ジェリドは睨んだが、カクリコンはまだ肩を震わせている。苛立ちを隠さず、スラックスに足を通した。

 ライラの前で恥をかいてしまった。思い返せばエマを殺した時にも、みっともないところを見せた。

 ジェリドはふと、ライラとの約束を思い出した。酒保で買った安酒では力不足だし、第一ボスニアに置いてきてしまった。

「そういえばカクリコン、お前いろいろとツテがあるらしいな」

「ああ? まあな、お望みならワインだって用立ててやるよ」

 ジェリドは上着を羽織り、下から前を止めていく。

「じゃあ、目一杯いい酒を仕入れてくれるか」

「目一杯いい酒か。へへ、ライラと飲むのかよ」

「うるさい」

 開けた襟からスカーフを覗かせ、ジェリドは脱衣所のドアを開けた。ライラがあくびをして待っている。

「ずいぶん身体に自信があるんだねえ」

 ライラもジェリドを冷やかす。赤面したジェリドは、話を逸らした。

「サチワヌの件だが、もしエゥーゴならまずいな」

「ほう?」

 やはり軍人といったところか、ライラはジェリドの話に乗り、小さく相槌を打って続きを促す。

「サチワヌの強奪ができるということは、まず間違いなくグラナダがエゥーゴに付いている」

「裏切った……いや、元からエゥーゴのシンパか」

 顎に手をやったカクリコンがジェリドの肩から顔を出す。

「ティターンズは嫌われてるからねえ」

 くつくつと笑ったのはライラだ。ジェリドのことが気に入っているとはいえ、ティターンズへの嫌悪感は変わっていない。

 ジェリドは廊下に出た。

「おそらくは戦力を考えてサチワヌを襲ったんだろうが、グラナダ市が敵だというならいつこのアレキサンドリアが狙われるかわからん」

「じゃあ、アレキサンドリアはすぐに出港すべきだと?」

「ボスニアもだ」

 ライラの問いにジェリドは落ち着いて答える。カクリコンも頷く。

 その時、艦内放送が鳴った。

「これより一時間後、アレキサンドリアとボスニアはグラナダを発つ。各員は発艦の用意をせよ。繰り返す、各員は発艦の用意をせよ」

 三人は顔を見合わせる。ちょうどジェリドが言った通りになったのだ。

 ライラが跳び、二人から離れた。

「それじゃ、あたしはここでしばしのお別れか」

「戦闘になれば顔を合わせるさ」

 ジェリドの声は、わずかに震えていた。戦闘には慣れた。しかし、エマを殺した瞬間の感覚は忘れていない。

 単なる罪悪感だけではない、頭の中に何かが入ってくる感覚。ジェリドはそれをたまらなく不快に感じていた。

「……ふん、また戦場で、か」

 ライラはわずかに表情を曇らせたが、すぐに笑みをこぼす。

「酒はまだ先になりそうだね。じゃ」

「ああ、またな」

 ライラは廊下の移動用ハンドグリップを掴んだ。通路を進む彼女の背中は、どんどん小さくなっていく。

「酒ってのはやっぱりライラのためか」

 カクリコンがにやつく。ジェリドは口を尖らせた。

「いけないかよ。だいたい月から離れちゃあお前さんの伝手もないだろう」

「カクリコン・カクーラー商社は月から地球まで全宇宙どこでも営業中だぜ、お客さん」

 おどけてみせた同僚。今までなら、エマが小言を言う場面だった。 

 

 

 

 アーガマのモビルスーツ格納庫には、新型が三種ある。

 一つは、一年戦争の名機ジムに酷似した緑色のモビルスーツ、ネモ。

 ハイザックに似た赤い機体は、アナハイムによって開発された高性能量産機、マラサイだ。実は数日前まで、この機体をティターンズに流すか否かでアナハイムの上層部は揉めていた。

 ガンダムMk-Ⅱのパーツの発注にはアナハイムも一枚噛んでいた。Mk-Ⅱがグリーンノアにあることをエゥーゴが知っていたとしたら、疑われるのはアナハイムだ。強奪が成功していれば間違いなくエゥーゴとの関与を疑われることになる。その場合の生贄として、マラサイは準備されていた。

 しかし、グリーンノアでのガンダム奪取が失敗に終わったため、アナハイムはエゥーゴとは無関係と言い張って押し切ることができたのだった。

 ジム系とザク系の外観、それぞれエゥーゴ独自のモビルスーツで持ち合わせる事で、エゥーゴは地球連邦とジオンの二つの魂を受け継いでいるとアピールしているのだ。

 クワトロは、これから自分が乗る機体を眺める。すでにその機体での出撃は二度目だが、本格的な戦闘はまだだ。

「大尉の色は人気ですからね」

 背後から声をかけたのはアポリーだ。パイロットスーツを着ている。

 アーガマのリック・ディアスは赤く塗り替えられた。アポリーのリック・ディアスも赤い。

「アポリーか。もういいのか?」

「ええ、おかげさまで。医者からも太鼓判ですよ」

 バスクに受けた拷問の傷が癒えたということだ。力こぶを作ってみせ、笑う。

「ロベルトもすぐ来ますよ。……アレキサンドリア、グラナダを出たらしいですね」

 アポリーは声を潜めた。秘密の相談というわけではないが、こう言った話は小声で行う。うっかり、「地元の話」が出てしまうかもしれないからだ。

「ああ。すぐ戦闘だ」

「あのガンダムのパイロットも出るでしょうか。ジェリドとかっていう」

「エマ中尉の仇をとらねばなるまい」

 クワトロの表情がかげった。エゥーゴに来て以来、彼には迷いがあった。だが、もうそんな余裕はない。エゥーゴが潰されるか否かという事態が肌で感じられる。

 ジェリドは、アポリーとロベルトも一本取られた相手だ。グリーン・ノアでは遅れをとったが、それはMk-Ⅱを捕獲しようと躍起になっていたからでもある。アポリーの闘志も燃える。

 ジェリドを倒す。クワトロは改めて、目の前の金色の新型を見上げた。

 

 

 

 アンマンに停泊中のアーガマを叩く。グラナダを出てすぐ、アレキサンドリアの決定は降った。

 ジャマイカンは決して優秀な指揮官ではないが、状況を見る目はある。

「アンマン、ミサイルの射程内に入りました!」

「よし、アーガマが出港出来んように港を狙えよ!」

 ジャマイカンの指示が飛ぶ。しかし、オペレーターが悲鳴を上げた。

「ダメです! アーガマ、出港していきます!」

「ちょうどいい。アーガマごとアンマンを叩き潰してやる。全艦、撃て!」

 アレキサンドリアからミサイルが発射される。サチワヌ、ボスニアが後に続いた。

「そううまくはいかんでしょう」

 ガディは険しい表情だ。アレキサンドリアがグラナダを出た事はエゥーゴにも知られているはずだ。警戒は強い。

 ガディの言葉通り、ミサイルは全て撃墜された。

「モビルスーツ隊を出した後、もう一度一斉射だ! ……今度はアンマンそのものを狙え」

 ジャマイカンは唇を歪めた。

「しかしそれでは……」

「アーガマはアンマンを守るためにミサイルを落とさねばならん。そこを攻め立てればエゥーゴなど」

 ガディは眉をひそめた。ジャマイカンは、手段を選ばない男だった。

 

 

 

「出たらすぐにどけ! ミサイルを撃つぞ!」

「ちっ、モビルスーツ隊を何だと思ってやがる……!」

 ジェリドは言われるまま、ミサイルの射線からMk-Ⅱをどける。カクリコンも、後についてきた。

 アンマンに向けブースターを噴かすジェリド達を、ミサイルが追い抜いていく。

「ジャマイカンめ……!」

 ジェリドはミサイルの狙いを一眼で見抜いた。なまじ艦を狙うよりも、こちらの方がよほどアーガマの手を焼かせるだろう。しかし、こんな卑怯なやり方は好みではなかった。バスクを思い出すからだ。

 アーガマが吐き出したモビルスーツが、懸命にミサイルを迎撃している。緑色のジムもどき。見たことのない機体だ。

「隙だらけだな……許せよ」

 スラスターの光を曳いて、Mk-Ⅱは先行しすぎた新型に狙いを定める。

 新型モビルスーツ、ネモ。アナハイム・エレクトロニクスが開発した、初期型ムーバブルフレームを搭載した量産性に優れるモビルスーツだ。

 わずか一瞬。ネモのパイロットは、狙われていることにも気づかなかったかもしれない。Mk-Ⅱのビームライフルは、ネモの胴体を撃ち抜いた。

 他にもモビルスーツはいる。ジェリドの視界に、赤い新型が映った。

「赤い新型……ザクもどき! シャアだな! よおし、カクリコン!」

「急ぎ過ぎだぞ、ジェリド!」

 追いついたカクリコンが、ジェリドの後方で通信に応えた。

「あの赤い機体だ! 例の作戦をやるぞ!」

「任せろ!」

 一際激しくスラスターが火を噴いて、Mk-Ⅱは赤い新型モビルスーツ、マラサイとの距離を詰めた。地上すれすれを飛行し、地形を盾にする。

 マラサイがMk-Ⅱを追って月面に降りていく。Mk-Ⅱはティターンズのエースだ。見逃すわけにはいかない。

 そこはクレーターにできた岩場だった。モビルスーツが隠れられる、奇襲に適した地形。

 左前方から飛び出したMk-Ⅱは、その勢いのまま右前方の岩陰に消える。マラサイは距離を取ったが、すばやいターンで岩陰から再び現れたMk-Ⅱに追いつかれる。

 ビームライフルの射撃が交わされる。マラサイの周りを回るように、Mk-Ⅱは今度は右後方へ逃げていった。

「逃がすか!」

 マラサイのパイロットが叫んだ。右手のビームライフルの引き金に指がかかる。

 マラサイの腹部を、光が貫く。内側から爆発して、左腕の残骸を残すのみだ。マラサイから見て右前方の岩場から、ビームライフルを構えたMk-Ⅱが顔を出していた。

「遅いぞ、カクリコン!」

「言うなよ。しかしこれで、赤い彗星もおしまいか」

 カクリコンは物足りないようにつぶやく。彼らの作戦にかかってはこうなるのも無理はないが、たしかにあっけなさすぎる。

 ジェリドは、額を手で押さえた。

「いや……この感じ……! シャアじゃない! シャアは別にいる!」

「なんだと!?」

 ジェリドの発言は、理解し難い。確認する方法もないパイロットの居場所を言い当てるなど、常人には不可能だ。

 だが、ジェリドはそれに成功した。

「そこか!」

 ジェリドが旋回のために地を蹴ったと同時、その足元の月面を散弾が砕く。

「勘がいいな。さすがだ」

 その銃撃の主は、金色。ガンダムにも似た頭部を持つ、スマートなシルエット。わずかな星の光を反射し、きらきらと光っている。アナハイム・エレクトロニクス製の新型モビルスーツ、百式。

 パイロットは、クワトロ・バジーナ。ジェリドはそれを感じ取った。

「貴様……シャア!!」

 ジェリド機がまっすぐ加速する。ビームライフルが二発、百式めがけて放たれた。

 百式は後退し、クレイバズーカを撃つ。怯まずに散弾をくぐり抜けたジェリドのMk-Ⅱがビームサーベルを抜いた。

「よくも俺にエマを殺させた!!」

 頭部バルカンを乱射しながら接近し、ビームサーベルを振り抜く。軽い手応え。当たっていない。

「くそおおお!!」

 ビームライフルを次々に撃つ。もはや乱射と言っていい撃ち方だが、百式はまるで宇宙で踊るように、そのことごとくをかわしていく。金色の輝きを追いかけて、幾条ものビームが宇宙を奔る。

「いい機体だ」

 百式が突然に距離を詰めた。その加速はスムーズだったが、動きに散りばめられたフェイントが予備動作を消した。ジェリドは慌てて、サーベルを構える。

 ビームライフルが、一瞬で両断された。首を狙った返す刀を、ジェリドはなんとかビームサーベルで受け止めた。

 視界が揺れる。それは比喩ではなく、Mk-Ⅱの頭部が激しく揺れた。

「バカな!」

 宇宙空間での百式のハイキック。バックパックのバインダーによる素早くスムーズな姿勢制御のなせる技だ。センサー類が集中している頭部を狙い、一時的に戦闘能力を著しく低下させる。

 蹴った反動でMk-Ⅱと離れた百式は、クレイバズーカを構え、撃った。

 憎しみと怒りに駆られシャアを追った時点で、ジェリドは負けていた。感情任せの直線的な攻撃は、全て見切られてしまう。

 もう一つジェリドが不幸だったのは、相手の実力だった。新型モビルスーツの百式だけでなく、エマを殺しアーガマを追い詰めたことで、赤い彗星として名を馳せた頃の力を呼び起こしてしまった。

 Mk-Ⅱはもう、全身の装甲が穴だらけだ。ジェリドの幸運は、クワトロの誤算にあった。

「百式では軽すぎるか」

 リック・ディアスと百式は違う。手足のパワー、機体の軽さ。それらの違いの相乗効果が、必要以上に百式とMk-Ⅱの距離を空けた。

 距離が離れただけ、散弾の威力は下がる。ジェリドが九死に一生を得たのもそれが理由だ。

 ジェリドはボロボロの機体を立て直そうと足掻いた。

「くそっ……! 何が違う! 俺とシャアで、何が違うんだ!」

 だが、Mk-Ⅱは各部から激しく火花を散らすばかり。百式はクレイバズーカを下げた。

「弾切れか」

 クワトロはつぶやく。敵ならば、容赦はしない。百式のビームサーベルが高く掲げられる。一息に百式を寄せ、クワトロは操縦桿を引く。

「なめるなああ!!」

 ジェリドの叫びに呼応するように、Mk-Ⅱが動いた。振り下ろされたビームサーベルをサーベルで受け、至近距離で頭部バルカンを撃ちまくる。

 クレイバズーカは弾切れだ。距離さえ取れば、どうにでもなる。ジェリドのMk-Ⅱは満身の力を込めて、百式の腹を蹴り飛ばそうと脚を伸ばす。

 反動で距離を取る事はできなかった。突き出した右脚部は、膝のあたりで切断されている。切り払ったのは百式のサーベルだ。

「荒いな」

 クワトロは再度ビームサーベルを振りかぶる。しかし、そこに乱入したのはガルバルディβだ。

「甘いよ、シャア!」

 ビームライフルとともに、シールドのミサイルを撃つ。わずかな時間差が、クワトロの接近を躊躇わせた。

 ライラはライフルを撃ちながら接近し、ビームサーベルを抜く。袈裟がけの一撃の直後シールドのミサイルを放ち、横薙ぎに一閃。

 百式は次々に繰り出されるその猛攻を、ビームサーベル一本で防いでみせた。サーベルを弾き、向けられたミサイルごと、盾と腕のジョイントを斬る。最後の真一文字の一太刀は、上体を大きく反らして躱し、ガルバルディの顎を蹴り上げる。その反動で体を前転させ、ビームサーベルを振り下ろした。火花を散らして、ガルバルディの左腕が舞う。

 百式のクレイバズーカのマガジンが外れた。それほどの激しい動きを行いながら、もう一方の手ではクレイバズーカの弾倉を変える操作を並行していたのだ。

 接近戦の最中にマガジン交換など、どれほどの実力差があるのだろうか。ライラは悔しかった。

「ジェリド! 早く逃げろ!」

 カクリコンのMk-Ⅱが、ジェリドのMk-Ⅱを抱えた。

「ぐっ……! すまない、カクリコン」

「礼ならライラに言え!」

 Mk-Ⅱは加速し、ジェリド機を両腕で押し出す。カクリコンはすぐに、クワトロと戦うライラに加勢すべく、機体を反転させる。その瞬間だった。

「遅い!」

 急加速した百式はガルバルディの横をすり抜け、クレイバズーカをジェリドの機に向けた。

 ジェリドは危険だ。クワトロの直感がそう告げている。エゥーゴの窮状を鑑みるに、ニュータイプであろうと生かしておく余裕はない。

 ジェリドのMk-Ⅱと百式の間にはまだ距離がある。しかし、今のMk-Ⅱは満身創痍。この距離からの散弾でも、致命傷になりうる。

 カクリコンが怒鳴り声を上げた。

「貴様あ!!」

 クワトロのクレイバズーカの引き金が、引かれた。

 割り込んだモビルスーツは、至近距離でその散弾を受けた。全速力で割り込んだ故に、百式に背を向けた姿勢だった。

 コクピット内にも、散弾は通り抜けた。モビルスーツから見れば小さな散弾だが、人間のサイズで見れば驚異的な大きさだ。肩の肉が抉れ、血が噴き出る。

 ぐんぐんと下がっていくコクピット内部の気圧。吸い出されていく空気に混じって、血と肉片が舞った。

「ああ……やっぱりか……」

 肩の血を見て、状況を理解する。腹部が熱いのは、そこにも穴が空いたから。視界が霞んできた。

 ピンク地のノーマルスーツの表面を、血の滴が走っていた。

「ライラ……嘘だ! ライラ!!」

 ジェリドはコクピットの中で立ち上がった。

 クレイバズーカに貫通されたガルバルディβは、パイロットと同様、瀕死だった。散弾をたっぷり食らい、穴だらけの体を引きずる。

「いい男に……なるんだよ」

 その言葉は血と共に吐き出された。ヘルメットの内側に、血液の球が浮かぶ。

 ライラは男の序列を決める人間ではなかったが、ジェリドは一番の男に躍り出ていた。優秀で、傲慢な一方、しおらしいところもある。それが魅力だ。壁を乗り越えられるよう支えてやれれば、ジェリドはいい男になれる。

 もう少し、長く生きていたかった。惚れた男の行く末を、見届けたかった。だがこの死に方に、悔いはない。

 ガルバルディは百式の方へ向きを変えた。ジェリドには瀕死の病人が、寝返りを打つように見えた。

 二発目のクレイバズーカ。吐き出された大量の弾丸が、モビルスーツの装甲を穿つ。ガルバルディβは、爆発を起こし、消えた。

「ライラ!! ライラ!! ライラあああああ!!」

 ジェリドは喉の限り叫んだ。しかし、ライラからは応答はない。当然だ。もう、ガルバルディの通信装置は破壊され、答えるライラも、もう死んだ。

「シャア!! 貴様ああああ!!」

 ジェリドは咆哮する。しかし彼には、どうすることもできない。半壊したMk-Ⅱはいくら操縦桿を引いてももう動かない。

 クワトロがちらと見やったカクリコンのMk-Ⅱは腰が引けている。ジェリドのMk-Ⅱはすでに遠く、近づけば、前進してきたアレキサンドリアの対空砲火をもろに浴びることになる。

 アーガマが、はるか頭上を飛んでいた。月の重力を振り切るつもりだ。

「潮時か……帰艦する」

 アレキサンドリアの砲撃をかわし、金色のモビルスーツはスラスターの光を尻尾にして、月の空へ上っていく。

 アレキサンドリアの攻撃は失敗に終わった。たくさんの将兵を失ってなお、戦争は終わらなかった。

「仇は取るぞ……必ず……!!」

 ジェリドの目から涙が溢れだす。暗い怒りの光を湛え、百式の背を睨んでいた。

 

 

 


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