主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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ジャブローの風

「ええい、旧式ばかり!」

 カクリコンはぼやいた。ジャブロー地下のエリア1。ビルを盾にしてジムキャノンが砲撃を続けているが、どうにも負け戦の様相だ。

「なめるな!」

 Mk-Ⅱの機動力は地上でも健在だ。ジェリドは敵の隠れるビルに接近し、空き部屋越しにビームライフルを撃つ。

 ビルを挟んで爆発が上がる。飛んだパーツを見る限り、ジムⅡか。

 ビルを回り込んで、ネモが斬りかかった。ちょうどビルの角だ。出会い頭の辻斬りだが、半身になって躱したジェリドは至近距離でビームライフルを撃つ。

 コクピットを撃ち抜かれて、ネモは膝をついた。ビルの向こうに敵の気配を感じ取り、ジェリドは後退する。その直後、エゥーゴのマラサイやネモの集中砲火がビルを破壊し尽くした。

 ジェリドが二機落としたというのに、エゥーゴの勢力は健在だ。理由は一つ。エリア1の守備隊の戦力が、極端に少ない。

「ジムキャノン隊! 何をやってる! 弾幕を張ってろ!」

 ジェリドが怒鳴る。すでにジャブロー守備隊はエリア1の一角に追い詰められている。

 ジムキャノン隊の背後に、ネモが迫る。七年前の機体では、センサー類すら違う。

 ネモが、潰れた。それを踏み潰したのは、頭上の地下洞窟に張り付いていたガンキャノン重装型だ。ガンキャノン重装型はエゥーゴを砲撃するジムキャノンの隊列に加わる。

 砲撃の密度を増したところで、敵はそこを迂回する。そもそも数が圧倒的に足りないのだ。カクリコンのMk-Ⅱもビームライフルを撃つ。

「ちっ……頑張っちゃいるが押されているな」

「明らかに戦力が少ない。どうなってるんだ、ジャブローは!」

 苦し紛れにビームライフルを撃ちながら後退し、ジェリドとカクリコンは愚痴を交わした。

 きりがない。ジェリドは背後のモビルスーツ隊に目をやる。動きに精彩を欠いている機体も多い。

 モビルスーツに乗っての実戦など久しぶりだろうによくやる。ジェリドは心の中で皮肉まじりに呟いた。

「ええい、エリア1を放棄する! エリア2に後退だ!」

 ジェリドのその苦渋の決断にモビルスーツ隊は歓喜する。一時ではあるが、一歩間違えば撃たれる恐怖や緊張から解放されるのだ。

「気を抜くな! 殿は俺だ!」

 あっという間にジムキャノン隊は下がっていった。洞窟の地面をがしがしと踏み、エリア2へ後退する。

 ジェリドを含むジャブロー守備隊を追撃する機体があった。赤いリック・ディアスだ。

「シャアではないはずだが……」

 ジェリドはビームライフルでリック・ディアスを撃った。落とすつもりの射撃だったが、相手は警戒して物陰に隠れてしまう。サーベルを抜こうとして、ジェリドは首を振った。

「くそっ! 気を取られるな!」

 エリア1の部隊を後退させるのが今の目的だ。リック・ディアス一機にかかりきりになってはいけない。

 今度は三機編成のマラサイ隊がビームライフルを撃ちながら接近してきた。後退したいが、そうはいかない。

 ジェリドはビルに一度身を隠し、スラスターを噴射してジャンプする。ビルに回り込んだマラサイ隊の中に、反応できないパイロットが一人。

 ジェリドはそれを見逃さない。遅れた一機をビームライフルで撃ち抜く。長期戦になることを見越して、無駄弾を避けるようになっていた。

 しかし、残りの二機は手練れだ。ジェリドを追ってジャンプする一機と、それを地上で援護する一機。

 飛行中は行動が限られる。動きを制限するように数を撃つ地上のマラサイと、ジェリドのMk-Ⅱに確実に狙いを定める空中のマラサイ。

 まずビルの屋上に着地して、ジェリドは地上のマラサイの目線を切る。同時に強くビルの屋上を蹴り、空中のマラサイの視界から消えた。

 ジェリドのMk-Ⅱが地上に着地した。一拍おいて、ジェリドを追ってジャンプしたマラサイが地上に落ち、爆散する。ビルの屋上を蹴った直後、Mk-Ⅱのビームライフルがマラサイを撃ち抜いていた。

「次は地上の!」

 ジェリドはそう口にした。地上のマラサイと向かい合う。

 横合いからのビームが地上のマラサイを貫いた。射線を追った先には、黒いガンダム。

「カクリコン!」

「エリア2だろ! 早く来い!」

 後方からの砲撃が、エゥーゴの部隊を襲う。エリア2に後退しながら、ジムキャノンやジム・スナイパーカスタムが支援してくれているのだ。

 

 

 

 エリア2の守備隊もエリア1と大差ない。比較すればむしろ少ないくらいだった。

「どうなってるんだ、ジャブローは!」

「ジャブローは引っ越し中なんです」

 ジェリドの声は通信が拾っていた。ジム・スナイパーカスタムのパイロットが答える。

「引っ越し? どういうことだ?」

「はっ、そういう命令がありまして、ニューギニアに本部を移すと。ガルダも動員中です」

「引っ越しにしたって、この抵抗は何だ。まるで空き家同然だ」

 カクリコンが怪訝な顔で訊く。引っ越しにしてもティターンズが何も聞いていないのはおかしいが、それ以上に抵抗がない。

「それは……基地司令が、自爆装置にスイッチを入れたからではないでしょうか」

 通信が割り込んだ。

「なに!? 誰だ、貴様」

「エリア2の、Bブロック! 八階です!」

 そう言われて覗き込むと、脂汗を垂らした士官が窓の前に立っている。

「どういうことだ! 話せ!」

 士官はジェリド達に姿を見せようとして、通信機の前から離れていた。手すら振っている彼に、通信が聞けるはずもない。

「通信に戻れよ! くそっ!」

 Mk-Ⅱにバルカンポッドを触らせる。しばらく首を傾げていた士官だったが、ようやく気付くと通信機の前に戻った。

「ジャブローの核爆弾です! 司令がスイッチを入れました! あと一時間……いえ、五十八分で爆発します!」

「バカな……!」

 天下のジャブロー基地が捨て石程度の扱いなどと、信じられなかった。これではジャブローの守備隊もティターンズの降下部隊も切り捨てられたようなものではないか。

「司令はどこに行った!?」

「もう脱出されました」

 どれほど無責任な男だ。ジェリドは苛立つ。カクリコンが口を開いた。

「解除はできないのか?」

「解除コードは……司令だけが知っています」

 この通信は他のモビルスーツにも聞こえている。パニックになりかけたパイロット達を、ジェリドが一喝した。

「落ち着け! あと一時間もある! ジャブローから逃げるのはそう難しくない!」

 ジェリドはつとめてゆっくりと話した。自分が落ち着かなければ、他のパイロット達も落ち着くはずもない。

 ジムキャノンが一機、走り出した。だがそれを、近くにいたカクリコンが止める。

「放せー! 死んじまうんだぞ!」

「慌てるな! 一時間もある! 時間が余るくらいだ!」

 カクリコンが叫ぶ。このパイロットが逃げていたなら、パニックは止められなかっただろう。

「俺はたった今降下してきたばかりだ。脱出に使えそうな飛行機はないか? 滑走路とか!」

 エリア2から近いのはこっちだ、いやあっちの滑走路だ。ジャブロー守備隊が口々に話す声がする。

「モビルスーツ以外の人間はBブロックのこのビルに集まれ! 捕虜も連れてこい、それから滑走路に移動だ」

「エゥーゴだ! すぐそこまで来てる!」

 ジェリドは舌打ちしたい気持ちを押し殺した。

「よし、俺が出る。モビルスーツ隊は後に続け! パイロットでないなら乗り物を集めてBブロックビルに集合! 十分後にはここを離れて滑走路に移動を始めろ!」

 ジェリドの通信は放送を通してエリア2中に響いた。

 ひとまず、パニックは収まった。十分間は、どこの滑走路に行くかを決めさせるための時間でもある。

「行くぞ!」

 ジェリドは先頭を切った。

 エゥーゴの軍勢は、エリア1に攻め入った時よりは少ない。エリア1の維持に使っているのだろうとジェリドはふんだ。

「シャアは……!」

 ジェリドは首を振った。今は、時間を稼ぐのが第一。シャアを探している場合ではない。やってきたエゥーゴは、威嚇か牽制の射撃で近づけさせないのがベストだ。

「クソっ……許せよ、ライラ!」

 ジェリドは岩陰からビームを撃ち、また隠れる。シャアを殺すのは、後回しだ。

 無心で撃ち続けて、十分。エリア1と2の戦力が合流したことで、ジャブローの守備隊の戦力は増加していた。何事もなく、十分が過ぎる。

「ジェリド中尉! 移動先はE滑走路! 移動先はE滑走路です!」

 エリア2のBブロックからの通信だ。声の主は、あの帽子の士官。

「データもくれ!」

「はいっ! ご無事で!」

「了解だ。……聞いたかみんな! 俺たちはこれよりE滑走路に撤退、ジャブローを離脱する!」

 雄叫びが通信に乗って返ってくる。モビルスーツ隊にも、光明が見えたのだ。

 通信を切った後、ジェリドは自身の行く末を冷笑した。モビルスーツならいざ知らず、軍用とはいえジープなどを守って撤退できるだろうか。

「やれるのかよ、ジェリド・メサ」

 安請け合いをした自分に発破をかけた。今更弱音を吐いたって始まらない。

 エゥーゴの攻撃の手が緩んだ。錯覚ではない。引き上げていくエゥーゴのモビルスーツも見える。

「そうか! 連中もジャブローの自爆をわかって……」

 ジャブローの自爆の話は、基地中に放送で知らせた。エゥーゴもそれを信じて、撤退を決めたのかもしれない。あるいは、エリア1でエゥーゴも士官を捕まえて、自爆の話を聞いたのかもしれない。

 いずれにせよ、これはチャンスだ。

「よし! 滑走路へ移動だ! 時間はある、道中の友軍は可能な限り救助しろ!」

「おう!」

 カクリコンも無事だ。ジャブロー脱出は、もう目の前だ。

 

 

 

 青い空は、どこまでも広がっている。重苦しいジャブロー内部を抜けて目にした空は、清々しい。

「やった! 滑走路に出たぞ!」

 澄み切った広い空へ通じる輸送機は、ひどくちっぽけだった。

 輸送機に群がる無数の軍人は、我先にと乗降口に繋がる階段に群がっている。黒山の人ごみが、輸送機の周辺にわたって続いていた。

 ジャブロー自爆を知らせる放送が、これだけの人を怯えさせたのだ。

 わずかな生への道を、彼らは奪い合う。殴り、蹴り、引き倒し、足を引っ張り合う。ジェリドが助けたエリア1やエリア2の生存者も加わって、もはや殺し合いの様相を呈してさえいた。

 モビルスーツを捨てることは考慮に入れていた。しかし、誰の目から見ても、この輸送機に全員を運ぶ力がないことは確かだった。

 全員が助かることはない。誰かが死に、誰かが生き残る。

 それはここまでジャブローの守備隊を生き残らせたジェリドにとっても同じことだった。これまで守った命を切り捨てなければ、自身が死ぬ。

「……力のないものは、死あるのみ。力のないものは……」

 ジェリドはぼそりと呟いて、手元のスイッチを押した。

 Mk-Ⅱの頭部バルカンが発射される。激しい銃声が兵士たちの耳をつんざいた。六十ミリ弾の行き先は、空だった。

 兵士達は、Mk-Ⅱに注目した。開いたコクピットから身を乗り出す、ティターンズのパイロットスーツ。ジェリドだ。

「聞け!! ガルダ級がジャブローにはある!」

 少し間を置いて、兵士たちは口々に文句を垂れる。

「ふざけるな!」

「エゥーゴに取られたんだよ!!」

 輸送機から少し離れたアスファルトを、六十ミリ弾が砕いた。

「エゥーゴから奪い返す! それだけのパイロットもモビルスーツもあるんだ!」

 できるのか。時間はもうないぞ。兵士たちの頭にそんな疑念が渦巻くが、それを口にするものはいない。その場を支配していたのはジェリドだ。

「ついてこい! ガルダ級ならここの全員が乗れるはずだ! 生き残るなら一緒がいいだろうが!」

 争いは収まった。つい先程まで掴み合っていた二人が、どうするべきか話し合う。大きなざわめきが、輸送機の周りに渦を巻いた。

 そもそも可能なのか。ジェリド一人では無理な話だ。

 ジェリドの肩に、モビルスーツの手が置かれる。カクリコンのMk-Ⅱだ。

「遅いぞ、カクリコン」

「やろうぜ、ジェリド」

 カクリコンは笑う。接触回線だから、ジェリドにしか聞こえていない。

 乗り捨てられたジム・スナイパーカスタムに向かって、兵士が走る。エリア1で生き残った兵士だ。エリア1や2のパイロットが、またモビルスーツに走る。

 それを見て、輸送機に群がっていた軍人たちが、次々に離れていった。輸送機にたどり着くまで乗っていたモビルスーツや車に再度乗り込み、ジェリドの後に続く。

 ジェリドの協力者が増えれば増えるほど、群がっていた兵士が輸送機を離れるペースは早くなっていく。

「そんなオンボロじゃ無理だ! こっちに乗れ!」

「すまん!」

 ボロボロの車の兵士に、手が差し伸べられる。状態の良い車に乗り換え、ガルダ級へ向かう。

 いったいどこに隠れていたのか、ぞろぞろとモビルスーツが出てきた。パイロットは輸送機に乗るときにはモビルスーツをこの付近に乗り捨てていたはずだから、不思議ではない。

「ティターンズか、ありゃあ」

 ジェリドはつぶやく。集まってくるモビルスーツの中にはティターンズカラーのハイザックもいた。

 ちょうどそのハイザックから通信が届く。

「私はジャブローのマウアー・ファラオ少尉! ティターンズだ! 同行する!」

「よし、ティターンズなら頼りにする!」

 モニターに映った顔は美女だ。ジェリドはMk-Ⅱのカメラアイを点灯させ、感謝を伝える。

「行くぞ……ジャブローから脱出する!」

 エリア2脱出時の戦力を超えるまで時間はかからなかった。車にも満杯の人を乗せ、彼らはガルダ級の滑走路へ急いだ。

 

 

 

 二隻のガルダ級を擁するエゥーゴにとって、撤退は簡単だった。逃げ遅れのいないように、出発は爆発の十分前まで遅らせている。

 余裕のエゥーゴの前に、白旗を上げたモビルスーツが一機、現れた。

「俺はティターンズのジェリド・メサ中尉! 交渉に来た!」

 ガンダムMk-Ⅱ。仇敵であるティターンズの登場に、エゥーゴはざわめいた。

 血気にはやるエゥーゴの新兵がモビルスーツの操縦桿を握りしめる。

「どうしましょう、大尉」

「ふむ……私が話そう」

 ガルダ級の一隻、アウドムラのブリッジで、クワトロが通話機を取った。

「私はエゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉。この場の責任者だ。ジェリド・メサ中尉、君の話を聞こう」

 ジェリドはその声と名乗った名前に驚愕を隠せない。ライラの仇、シャア・アズナブル。

「シャア! 貴様ぬけぬけと!」

「交渉に来たのだろう?」

 クワトロは落ち着いている。ジェリドの気勢に冷や水をかけた。

 焦ってはいけないことは分かっている。ジェリドは深呼吸をして、続けた。

「……ガルダ級を一隻、俺達ティターンズと連邦に譲ってもらいたい。見返りは、あんたらの安全だ」

「安全だと?」

 クワトロの隣でロベルトが眉を寄せた。安全を脅かすほどの力が、今のジャブロー駐留軍にあるのか。

「ガルダ級を一隻でいいんだ。あとは血の一滴も流さずここから逃げられる」

 Mk-Ⅱは、手に持った白旗を大きく振った。それを合図に、滑走路近くのエレベーターが上がる。

「バカな!」

 エゥーゴは浮き足だった。

 エレベーターに載っていたのは、明らかに寄せ集めの、しかし大量のモビルスーツだった。

 先頭こそわずかばかりのハイザックとジムⅡで固めているが、その後ろに続くのはジムⅡになり損なったジムだけでなく、ジムキャノン、ジムスナイパーⅡ、ガンキャノン重装型、ジム・スナイパーカスタム、ガンタンクⅡ、果てはザクタンクやグフ飛行試験型まで、ジムⅡ未満の旧式モビルスーツ達がずらりとひしめき合っている。

 一年戦争に従軍したアポリーやロベルトからすれば、懐かしいという思いが他人事のように湧き出てくる顔ぶれだ。

 そうして地の底からゾンビのように湧いて出たモビルスーツ達は、決して無傷ではない。手負いといっていいモビルスーツもいる。だが、この場では脅威になる。離陸していない飛行機などいいカモだ。

 密林からも、モビルスーツが立ち上がった。汚れてはいるがこちらは新鋭の機体、それもティターンズカラーだ。マウアー・ファラオ少尉が、ハイザックにビームライフルを構えさせている。

「ここで戦闘になればガルダ級は破壊されるぞ! 貴様らもそれは望んじゃいまい!」

 ジェリドは声を張り上げる。クワトロは通信機を掴んだまま黙る。

 Mk-Ⅱは白旗を持った手を横に突き出した。

「こいつを俺が放せば攻撃を開始する手筈になっている。爆発まではあと二十分! さあ、どうするシャア!!」

 エゥーゴは焦った。想定外の奇襲。ガルダ級で脱出する予定だった彼らは、周囲の警戒が緩んでいた。

 遠くから、もう一機モビルスーツの足音が聞こえた。

 別の滑走路でも、ジャブローを脱出しようとする兵隊のために輸送機がパンクしているはずだ。そう考えたジェリドは、カクリコンを他の滑走路に送り出した。

 Mk-Ⅱが連れてきたのは数台のモビルスーツと、軍用大型トラックが十数台、それら全てにすし詰めになった兵士達だった。トラックの荷台の両端には座席が付いているが、それにも座れない兵隊達は、トラックに引っ掛けたベルトや他の兵士にしがみついて、どうにか振り落とされずについてきている。

「……乗せられるのか?」

 そんな言葉がマウアーの口をついて出た。

 とはいえ、ジャブロー側の戦力は強化された。状況は好転している。

「わかった、いいだろう」

 クワトロの声にはまだ余裕があった。ジェリドは、それが悔しい。

 アウドムラとスードリの艦内にクワトロの通信が届く。

「スードリを連邦に明け渡す。スードリからモビルスーツをアウドムラに移せ。入り切らんようなら捨てて構わん」

「大尉! いいんですか!?」

 ロベルトがクワトロに詰問する。

「どのみちカラバに渡す予定だろう」

「カラバが困りますよ」

「戦闘になればスードリの腹のモビルスーツも無事では済むまい。当たりどころが悪ければガルダが一隻も飛べんことになるぞ」

 クワトロは安全策を取った。想定外ではあるもののジャブローは自爆によって完全に破壊される。さらに戦略的に大きな価値を持つガルダ級を一隻手に入れられたのなら万々歳だ。

「ジェリド君。離陸のタイミングはどうする?」

「お前達が先でいい。ジャブローから離陸するまでは停戦だ」

 エゥーゴが積荷を下ろしてからジャブロー駐留軍が乗り込むまでの時間がある。ジェリドはそれを見越して決断した。

 エゥーゴのモビルスーツが、スードリの格納庫から次々と出てくる。エゥーゴの構成員だけでなく、ジャブローで捕まった捕虜もスードリから降りてきた。

 これ以上を望むのは交渉として傲慢すぎるか。ジェリドは呟き、捕虜から目を背けた。もしもエゥーゴがバスクのように捕虜を利用するつもりなら止めなければならないだろう。だが、ジェリドはそうしない。

 爆発までの時間は十五分を切っている。

「クワトロだ。エゥーゴの引っ越しは終わった」

「了解だ。こちらも引っ越しを始める……おい! 爆発物の検査急げ!」

 あらかじめ爆発物処理のエキスパートを班に分けておいた。ガルダ級の内部構造を引っ越しを待つ間に知らせ、後は人海戦術で爆弾を探す。

 クワトロが、ジェリドに尋ねた。

「……レコア・ロンドという捕虜はそちらにいるか?」

「おかげさんでな、捕虜の名簿なんぞ作ってる余裕はない。……女か?」

「エゥーゴの構成員だ」

「なめるな!!」

 ジェリドはとうとう、冷静でいられなくなった。ビームライフルの銃口がアウドムラに向く。

「貴様はライラを知らんだろうが、俺にとっちゃ師匠なんだ! 仇の貴様が、俺を利用しようってか!!」

 引き金はまだ引かれない。噛み締めた歯が軋む。呼吸が激しい。アウドムラとMk-Ⅱの間に、強いプレッシャーが満ちている。

 緊張した空気の中に、通信が割り込んだ。

「ジェリド中尉! 爆発物、検出されません!」

「……了解だ。乗り込みを始めてくれ」

 無数の人間の命を背負ったジェリドは、引き金を引けなかった。ここで感情に駆られては、バスクと変わらない。男には我慢の時がある。

「必ず俺が殺してやるよ、シャア」

 ジェリドのMk-Ⅱが腕を振った。早く行けというサインだ。

 アウドムラからは、通信は来ない。そのまま滑走路を加速して、離陸していった。

 熱い太陽に向かってぐんぐんと伸びていくその軌道は、ジェリドには眩しかった。

 

 

 

「そんなあ! 博物館にだってないんですよ、こんな機体!」

「そんなグフもどき捨てちまえ! 死にたくねえだろ!」

 すがりつくグフ飛行試験型のパイロットが蹴り飛ばされ、無理やり担がれてスードリに連れていかれる。

 スードリの艦内に、傷だらけの軍人達が押し寄せる。ジェリドはMk-Ⅱをスードリの脇に立たせ、ブリッジへ上がった。

「どうだ、動かせそうか?」

「軍人がこれだけいれば、コロニーだって動かせますよ」

 舵輪の前の男が、ジェリドに声をかけられて振り向いた。エリア2で、基地の自爆を教えてくれた士官だ。

「ふっ、頼むぜ」

「ええ、任せてください」

 ジェリドは、空白のキャプテンシートに腰掛けた。ジェリド艦長か、悪くない。手元の受話器を取った。

「格納庫! 受け入れはどうか!」

「こちら格納庫! このガルダ級ってのは大したもんだ、全員飲み込んじまったよ」

「そうか!」

 ジェリドは喜んだ。このスードリにたどり着けなかった友軍には申し訳ないが、少なくとも目の前の人間を救うことができた。

「モビルスーツも何機か載せられるが、どうする?」

「……すまないが、ティターンズの機体を優先してくれ。いいな?」

 少し胸が痛む。こうして一緒に戦ったのに、自分の機体を優先するのは卑怯な気がした。

 コストや性能を考えれば一番のはずだが、どうにも割り切れない。

「了解! ……ティターンズは嫌なやつらだと思ってたけど、エリア1じゃ助かったよ」

「あんた、エリア1にいたのか?」

「トカゲのマークのジムキャノンさ」

 またな、といって通信は切れた。トカゲのマークと言われても、ジェリドにはピンとこない。

「爆発まであと何分だ」

「八分です」

 ブリッジクルーは冷静に答えた。ジェリドももう、出発を焦っている。爆発から逃れるデッドラインは、四分。

「爆発までは?」

「まだ一分も経ってませんよ!」

 ジェリドは貧乏ゆすりを始めた。もしこの積み込みが遅れて爆発に間に合わなければ、俺は間抜けだ。モビルスーツなど放っておいてすぐに出発すれば、全員の命を守れたのに。

 格納庫からまた呼び出しだ。ジェリドは通話機を取る。

「どうした?」

「積み込み完了だよ、艦長。出してくれ」

「了解!」

 ジェリドは勢いよく通話機を戻した。

「メインエンジン、火は入ってるな!」

「入ってます!」

「スードリ、発進だ!」

 傷だらけの兵隊を乗せて、その鉄の鳥は滑走路を走る。フラップが下がった。空気抵抗が揚力に変わる。

 ごうごうと腹の底に響く音がする。誰が言い出したのか、格納庫では振動や転倒に耐えようとしゃがんで頭を守っている。

 がくん、という感覚。体が下に押し付けられる。ジェリドは窓を見た。確実に、飛んだ。スードリはどんどんと上昇する。その大きさゆえに、ほとんど揺れは感じない。

 空だ。ジェリドは真正面の窓を見た。青空が、下の方まで広がっていく。地平線よりもはるかに上に、スードリは飛んでいた。

 ジェリドは満足げに頷いて、通話機を取った。

「こちらスードリ艦長、ジェリド・メサ。……離陸に成功!」

 艦内がどっと歓喜の声に包まれる。無事を喜び合い、抱き合う。両手を振り上げ雄叫びを上げる。格納庫の騒ぎは、ブリッジにまで届いていた。操舵手ですら離陸が嬉しいのか、小さくガッツポーズをしている。

 その喧騒が落ち着きかけた頃、後方から大きな爆発音がした。振り向けば、密林に舗装された大地の果てに、大きなキノコ雲がもうもうと上がっている。ジャブローが爆発したのだ。

 次に艦内に響いたのは安堵の吐息だった。誰も彼も疲れ果て、小さくため息をつく。エゥーゴの侵攻、ジャブローの自爆。二つの危機を、ジェリドとスードリのクルーは乗り越えた。無事だった。生き残った。その喜びが、今度は緩やかに、彼らを満たした。

「進路はどうしましょう」

「とりあえずは北米だ。これだけの艦を着陸させられる基地も、そう多くはあるまい」

 ジェリドはそう言って、キャプテンシートに深く体を預けた。大気圏突入から、彼は休みなしに戦い続けた。その疲れを、まずは癒すことにした。

 

 

 


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