主人公はジェリド・メサ   作:中津戸バズ

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シャトル発進

 寄せ集めのモビルスーツを満載したスードリが、カリブ海の上空を飛ぶ。海の群青と、空の淡い青が水平線を挟んでいる。

 だが、ジェリドは不愉快だった。これほどの激闘をくぐり抜け、負傷者もたっぷり載せたスードリに、エゥーゴのアウドムラ追跡の命が下されたのだ。

 着陸して乗員の整理を行うことも許されず、定員を超えた数を乗せたスードリは、アウドムラが行ったという北米のフロリダを目指して飛行していた。

「ジェリド中尉」

 キャプテンシートの横に、マウアーが立っている。

「もし戦闘になったとして、この艦では……」

 ジェリドも、それは考えていた。不機嫌さをあらわにした口ぶりで答える。

「無理だろうな。モビルスーツが三機、それも下駄履きでなきゃあ空も飛べん」

 だが、とジェリドは続ける。その視線はまっすぐ、スードリの窓を見据えている。

「上がそう言うんじゃ従うのが軍人だ。無理ですと言っちまうのは無責任だろう」

「中尉は、それで構わないと?」

 マウアーは低く美しい声で言った。痛いところを突かれ、ジェリドは横目でマウアーを見る。

「構わんわけじゃないさ。だから俺は上に行く。いずれはティターンズだって手中に収めて、そんな不愉快な命令を誰もこなさんで済むようにするんだ」

 自分でも意外なほど、滑らかにジェリドは喋った。内心で抱えていたものが、ふと形になったのだ。

「ジャブローの核自爆で、そう思った?」

「そんなものかもな」

 本当は、もっと前からだ。だがそれが形になったのは、ジャブローでの経験によるものだろう。理不尽に人の命を奪い環境を汚染するやり方が許せなかった。

 ジェリドはまた乗員のリストに目を通した。レコア・ロンドの名は、やはりない。

 ブリッジクルーが二人、ほとんど同時に振り返った。

「アウドムラ、高度を下げました! 着陸する模様です!」

「ケネディポートが、カラバに占領されているそうです!」

 二つの情報を線で繋げば、自ずと答えは出る。ジェリドは声を張り上げる。

「戦闘準備だ。モビルスーツパイロットはコクピットで待機。デッキのクルーはベースジャバーを出しておけ! スードリはケネディポートから三十キロ以内に近寄るなよ!」

 連邦の制服を着た士官の肩を叩き、ジェリドはブリッジを後にする。マウアーも一緒だ。

「行くぞ」

「ええ!」

 彼ら二人は、通路を駆け出した。

 

 

 

 ジャブローから脱出したエゥーゴは、地上の反地球連邦組織、カラバの先導と協力の元、占領されたケネディ空港からパイロットを宇宙に打ち上げるつもりだった。

 アウドムラのブリッジの窓からは、エゥーゴのクルーが続々とシャトルに乗り込んでいるのが見える。クワトロの青い目が、それを追っていた。

「大尉、そろそろ百式をシャトルに積み込みませんとランデブーポイントに間に合いませんよ」

 カラバのハヤト・コバヤシが聞いた。かつてのホワイトベースのクルーだ。

「いや……今は辞めておこう」

「なんですって? 宇宙に上がれませんよ」

「ひとまずはシャトルを宇宙に上げる。私と百式は次の機会を待ちます」

「敵が来る、と?」

「ええ。ロベルトにも出るように言ってください。モビルスーツ隊の準備も」

 クワトロは自身の直感をハヤトに告げた。シャトルに乗った多くのモビルスーツパイロットのために時間稼ぎをするつもりだ。

 

 

 

「なに、戦闘?」

「ああ、そうらしい」

 通信越しにアポリーとロベルトが話している。わずかな緊張はにじみ出ているが、それを隠す様子も恐れる様子もない。戦闘は慣れっこだ。

「それじゃあお前さん、宇宙には上がらんのか」

「しばらくのうちはな。お前こそ、シャトルには何人も乗ってるんだろ」

 ロベルトのリック・ディアスがシャトルに向かって手を振っている。

「そっちは俺のじゃないぞ」

「おっと」

 アポリーはモニターに映ったリック・ディアスを見て笑った。その場で足踏みし、アポリーのシャトルに体を向けた。

「俺だって不安だ。こんな旧式、大丈夫なのかね」

 シャトルのパイロット不足により、アポリーがシャトルの一機を任されている。ケネディポートのシャトルは旧式化しており、灯りが点かない計器すらあるほどだ。

「打ち上げに成功してから落とされたんじゃ、お前さんの責任だ」

「ちぇっ、守ってくれよ」

 アポリーが口をとがらせた。

 

 

 

「モビルスーツが出たな」

 白いスーツの男が呟く。捕虜と言っても、ジャブロー脱出のどさくさのおかげで手錠の一つもかけられていない。エリア2の兵士達に連れ出されてスードリに押し込められたものの、離陸時の混乱のおかげで監視はない。これだけ人の多い艦内で二人の人間を見つけ出すのは至難の業だ。

 人でいっぱいの格納庫を避け、彼らは廊下の壁に背を預けている。

「……どうするつもり?」

 問いかける女はエゥーゴのレコア・ロンド少尉だ。白いスーツのジャーナリスト、カイ・シデンは笑う。

「さてね。手荒な真似はしたくないが」

「モビルスーツが出払っている今がチャンスでしょう?」

「そう思う」

 カイは懐から拳銃を覗かせる。ジャブローを脱出する際、密かにスリ取っていたものだ。

「あら、あなたも?」

 レコアもポケットから銃のグリップだけを出して見せる。カイは小さく照れくさそうに笑った。

「あんまり格好つけるもんじゃないな」

 すでに目星はつけている。スードリに初めから積んであったベースジャバーだ。

 二人は格納庫に出た。周囲に目を光らせながら、目立たないようにベースジャバーに近づいていく。

「動かせるの?」

「こう見えてホワイトベースの元クルーさ」

「ロックがかかっているはずよ」

 スードリには多数の不正規人員が乗り込んでいる。当然スードリの指揮権を持ったジェリドもそれをわかっているから、各機のセキュリティは厳重に管理するよう命令していた。

「俺はあんたを傷物にさせてしまった。せめてここからは逃してみせなきゃな」

 ベースジャバーのコクピットのロックを解除するにも暗証番号が必要だ。カイはその番号を、迷うことなく入力する。

 認証完了を示す緑のランプがテンキーに点き、コクピットが口を開けた。

「そんな……」

「こいつの暗証番号を決めるところを見てただけさ」

 いわゆるショルダーハッキングというものだ。スードリがジャブローを出るまで、ベースジャバーは厳重な管理をされていなかった。パスコード変更が行われることを見越して、カイはスードリに入ってからずっとベースジャバーを見張っていたのだ。

「イレギュラーが重なったおかげだ。乗ろう」

「……ええ」

 レコアの表情は決して明るくなかった。逃げられるかどうか、という悩みもさることながら、逃げ出してエゥーゴと接触できた後、自分が元に戻れるかが不安だった。

 ジャブローで受けた傷は深い。それを癒してくれるのは、クワトロだろうか。

 

 

 

「ベースジャバーなんて学校以来だな」

 空を翔ける三機のモビルスーツたちと、それを支える三機の航空機。モビルスーツの空中戦闘を可能にする、サブフライトシステムだ。

「ジェリド! スードリはいいのか?」

「ケネディポートに接近しすぎんように言っておいた。どうやったってあれじゃ戦えん」

 カクリコンのMk-Ⅱからの通信にジェリドが応えた。スードリはそもそも正規クルーではない上、モビルスーツもわずかだ。戦闘に参加させる道理はない。

「見えた! アウドムラだ!」

 ハイザックのマウアーが叫んだ。

「ケネディ空港……やはり宇宙に上がるつもりか!」

 地上のモビルスーツからのビームが彼らのそばを通過する。赤いリック・ディアスだ。

「あの時の捕虜か……! 行くぞ!」

「了解!」

 ジェリドの指示に、マウアーとカクリコンがうなずく。三機のモビルスーツは、ベースジャバーごと高度を落とした。

 アウドムラの格納庫からモビルスーツが数機顔を出した。その中には百式もいる。

「シャア!」

 ジェリドのベースジャバーが急降下する。空気抵抗を減らそうと体を伏せ、ビームライフルを撃った。

「ええい、ジェリドか!」

 百式もスラスターを噴射し、空に出る。ビームライフルの牽制射撃の後、ビームサーベルが抜かれた。ジェリドも同時に、サーベルに手を伸ばす。

「下駄も履かんでやれると思うな!」

「おおおおお!!」

 すれ違いざま、ビームサーベル同士が激しく衝突した。ジェリドのベースジャバーががくんとスピードを落とす。百式は剣に合わせてビームライフルをベースジャバーに撃ち込んでいた。

「はあ!!」

 ジェリドのMk-Ⅱはべースジャバーから飛び上がった。後方の空中で落下軌道に入った百式めがけ、飛ぶ。

 百式は振り返った。落下先を予測したジェリドの偏差射撃を、時折スラスターを噴かしてかわす。

 反撃するクワトロのビームは当たっていない。Mk-Ⅱのノズル光が空中で何度か弾ける。百式に追いつき、もう一度ビームサーベルを振るう。

 ジェリドの一撃は百式のバックパックのフレキシブルバインダーを切り裂いた。

 空中で何合も打ち合うことはできない。地上のように地面に足をつけることもできないし、重力も空気抵抗もあるため宇宙のように相手に密着し続けることは難しい。

 二度の交錯の結果、ジェリドはベースジャバーを、クワトロはバインダーを失い、互いに背を向けたまま着地する。百式はその勢いのまま急加速しホバー軌道を取った。

「逃がすか! ……いや!」

 ジェリドはクワトロを追って加速しかけて、踏みとどまる。カクリコンとマウアーの方を振り向いたが、善戦しているようだ。というより、ネモやマラサイの動きが良くない。

 ネモやマラサイに乗っているのはカラバのパイロット達だった。モビルスーツをカラバに譲渡し、パイロットは宇宙に帰らせるのがエゥーゴの計画だ。

 ネモとマラサイはクセの少ないモビルスーツであるものの、初めて乗ったモビルスーツでティターンズのエリートの相手をするとなると厳しいものがある。ましてやシャトルを守りながらの戦いだ。

 数で大きく劣るジェリドたちが善戦できたのは空をとっている強みだけでなく、そういった敵方の不備という幸運があったからだった。

 再度加速したジェリドの行く手をメガ粒子が阻む。

「ベースジャバー!?」

 ジェリドはその疑問を口に出した。上にモビルスーツは積んでいない。サブフライトシステムが単独で飛ぶなど不自然だ。ベースジャバーを出撃させるような素振りはアウドムラには見えなかった。

 スードリから通信が入った。ブリッジクルーの悲痛な声が響く。

「ジェリド中尉! 捕虜にベースジャバーを奪われました! それに……うわっ!」

「なんだ!? どうしたんだ!!」

 通信が途切れる。何かあったのだろうか。

 続けて放たれたベースジャバーのメガ粒子砲をシールドで防いだジェリドだが、その表情は冴えない。飛んでいる敵を落とすという状況だけでなく、スードリでの事件もまた彼の脳裏にこびりつく。

「ちっ、シャアにベースジャバーを壊されなければ!」

 ジェリドは悪態をついた。状況は良くない。ただでさえクワトロ相手では押され気味なのに、さらに援軍が来てはジェリドも持たない。

 ベースジャバーが通信を開いた。

「エゥーゴのモビルスーツ! 聞こえるか! こっちはティターンズから逃げてきた! 撃つのはよしてくれ!」

 ベースジャバーのコクピットにいるのは、カイとレコアの二人だ。

 操縦を引き継いだレコアは、Mk-Ⅱへ攻撃を続けている。今の通信はエゥーゴの参加者だった彼女の方が向いているはずだ。

 レコアが通信をカイに任せたのは、彼女の恐れの現れだった。

「捕虜……レコア少尉、か?」

 クワトロは呟いた。

 上空と地上、百式とベースジャバーの波状攻撃がジェリドを襲う。ジェリドは自棄になったようにビームライフルを乱射した。

 

 

 

 一方、カクリコンたちに攻撃されるカラバの部隊の中で、奮戦するモビルスーツがあった。ロベルトのリック・ディアスだ。

「ティターンズめ、うろちょろと!!」

 彼とアポリーは一年戦争の頃からの付き合いだ。

 上方への攻撃にあたって、リック・ディアスの背部ラックのビームピストルはかなり有効だ。マウアーのベースジャバーにビームが当たった。

「ううっ! この!」

 ベースジャバーから身を乗り出し、ハイザックが負けじとマシンガンの弾をばら撒く。たたらを踏んだモビルスーツ隊に、さらにマシンガンの弾が降り注いだ。

「何事!?」

 見上げたマウアーのハイザックに影が落ちる。ベースジャバーに乗った連邦カラーのハイザック。ジェリドたちの援軍だ。

「くそっ、援軍まで来た! オークランドか!」

 ロベルトは悪態をつく。三機のモビルスーツにさえ苦戦しているのに、見たところベースジャバーは二機、それぞれに二機ずつハイザックが乗っていた。

 ロベルトのリック・ディアスがクレイバズーカを構え直した。

「シャトルの打ち上げは邪魔させんぞ!」

 アポリーはシャトルにパイロットとして乗り込んでいる。一年戦争からの親友である彼を殺させるわけにはいかない。ロベルトはリック・ディアスを空に舞わせ、ブースター・バインダーの接続を外した。狙いは援軍にやってきた連邦カラーのハイザックだ。

 手に持ったバインダーを、ベースジャバーめがけて投げつける。ベースジャバー上の二機のハイザックが互いのバランスを取れずよろめいたところに、強烈な飛び蹴りをかます。

 一機を右の回し蹴りで叩き落とし、その勢いに乗って半回転して、左の後ろ回し蹴りでもう一機もベースジャバーから蹴り出した。

「こうか! よし!」

 ベースジャバーの操作を奪いつつ、落下していくハイザックへ上からクレイバズーカを撃ち込む。当たった一機は、火を吹きながら滑走路へ落ち、爆発する。

「さて……!」

 一息ついたロベルトは時計を見る。シャトル発進まで、あと三十秒。空をこちらが取った今、状況は悪くない。

 突然、カクリコンのベースジャバーが加速した。目標はアポリーのシャトルだ。

「いかん! アポリー!」

「シャトルはもらったぁ!!」

 ロベルトのベースジャバーが追いかける。カクリコンは数発ビームライフルを撃ち込んだ。

「うわあっ!」

 操縦席のアポリーが悲鳴をあげる。

「させるものか!!」

「うおおおお!!」

 カクリコンはロベルトの射撃をかわそうと、ベースジャバーから飛び降りた。乗り捨てられたベースジャバーをとどめとばかりにぶつけられ、シャトルは傾いていく。ロベルトは叫んだ。

「アポリー!!」

 地面に叩きつけられたシャトルは大きな爆発を残して、残骸へと変わった。

「やったぞ、アメリア!!」

 勝鬨を上げるカクリコン。乗り捨てたベースジャバーに空中で再度乗り直し旋回し、もう一機のシャトルを狙う。

「アポリー……! くそっ! ガンダムめっ!」

 シャトル打ち上げまで、あと二十秒。シャトルはもう一機ある。ロベルトには、その死を悲しんでいる暇もない。

 

 

 

 クワトロの目が、新たな敵機を捉えた。小さく横に動くと、アスファルトを強力なビームが抉った。

「新手のモビルアーマーか!」

 そこを舞うのは、アダムスキー型UFOを彷彿とさせる円盤状の機体。機体下部の大型ビーム砲が、アスファルトを灼いた張本人だろう。

「援軍……オークランド研究所か?」

 百式は飛んだ。ジェリド以上の腕とは考えにくい。何より、大きくはあるが航空機だ。接近戦ならモビルスーツに分がある。

 ジェリドのビームライフルは弾切れだ。クワトロは余裕を持って空に上がった。

「もらった!!」

 その新手の腹に追いつき、百式は右手のビームライフルをその腹部へ向ける。

 突如、円盤が開いた。分割された円盤は、肩と頭を形作る。機体下部が伸ばされてできた両足が、百式を蹴り飛ばした。

「変形した!?」

「醜いな!」

 バランスを崩し地上に落下した百式めがけ、その可変モビルアーマー、アッシマーは大きなビームライフルを構える。

「墜ちろ! ……なに!?」

 アッシマーの胴体をベースジャバーのメガ粒子砲が捉える。体勢を立て直そうとする百式に、Mk-Ⅱが飛びかかった。

「シャア!! ここで貴様を墜とす!」

 接近戦を挑んだのはベースジャバーの射撃を避けるためでもある。一番の理由は、もうビームライフルがエネルギー切れということだ。サーベルを抜く暇を与えず一気に組み付き、地面へと引き倒す。

 総合格闘技でいうガードポジションだ。片手で百式のビームライフルを掴み、もう片方の手で頭部を殴りつける。

「レコア少尉は生きていたな! ジェリド!」

「あの場で調べられるものかよ!」

 ジャブローでの取引を責めるクワトロだが、百式の頭部をMk-Ⅱの拳がへこませる。

 アッシマーも、ベースジャバーを追う。ジェリドが百式に組みついたため、射撃でクワトロを攻撃することができない。今のアッシマーの攻撃目標はうざったいベースジャバーだ。

 モビルスーツを二機搭載できるベースジャバーの推力が、かろうじて生存を可能にしている。

「ベースジャバー、レコア少尉だろう! 上昇しろ!」

 クワトロの声だ。地上で戦いながら、レコアへ指示を出したのだ。

「上昇だと!?」

「……了解です、大尉!」

 驚くカイと、低く返事を返したレコア。機首を上に向け、ベースジャバーは上昇する。

 不意に敵がいなくなったアッシマーは寸分の迷いもなく変形し、シャトルめがけて突き進む。ベースジャバーやモビルスーツなどに構っている場合ではない。シャトルを落とすことが今回の目的だ。

 クレイバズーカの散弾がアッシマーの装甲に打ちつけられる。モビルアーマー形態の装甲に隙はないが、続けざまの二発目を避けるため軌道を変えた。

「でかいだけで勝てると思うな!」

 アポリーを失ったロベルトが叫ぶ。敵が変形モビルスーツだろうと、怯むことはない。

「宇宙人が……!!」

 再度変形したアッシマーのビームライフルが、リック・ディアスの右腕を貫いた。遅れて腕は小さな爆発を起こし落ちていく。

「おのれええ!」

 未だ空中のアッシマーにロベルトは背部のビームピストルを放つが、軽く肩を掠めただけに終わる。

 シャトルが低く音を立てた。発進の時刻だ。ボルトが外れ、多量のガスをノズルから噴射し発射台から飛んでいく。

「逃がすものかよ!」

 アッシマーはまたモビルアーマー形態へと変形した。右腕を落とされたリック・ディアスでは妨害はできない。宇宙めがけて飛んでいくスペースシャトルを、高速で追いかける。

 百式の左手が、Mk-Ⅱの拳を掴んだ。

「邪魔をするな! ジェリド!」

「黙れ! このままなぶり殺しに……!」

 百式の右手がビームライフルを手放した。自由になった両手でMk-Ⅱのアンテナを掴み、そのメインカメラめがけて頭部バルカンを撃つ。

 シャトルを二機とも落とさせるわけにはいかない。アポリーをパイロットに推薦したのは自分だ。

「サブカメラがある!」

 まだジェリドは戦意に溢れている。だが、百式はすばやく畳んだ両足でMk-Ⅱの腹部を蹴り飛ばしつつ、同時にビームライフルに手をかけて引ったくるように取り戻す。ガードポジションから脱すると、クワトロはフットペダルを踏み込んだ。飛行するつもりだ。

「待て! シャア!!」

 それを追って飛行するMk-Ⅱ。バックパックからビームサーベルを抜き、空中で斬りかかる。百式は、避けない。ジェリドはビームサーベルを振り下ろした。

「俺を踏み台にした!?」

 左腕を斬り落とされた百式は、Mk-Ⅱの肩を踏み台にして、さらに高く飛ぶ。右手にはビームライフル。アッシマーを止める気だ。

「レコア!」

「大尉!!」

 上昇していたレコアたちのベースジャバーが、百式の下に潜り込む。それを足場に、百式はもう一度飛んだ。

 シャトルをアッシマーのビームが掠める。この距離なら当たる、パイロットの指に力がこもった。

 突然、機体が揺れる。背後からのビーム。振り向けば、金色のモビルスーツが、白い雲の上でライフルを構えていた。百式の左腕を犠牲にし、クワトロは三度のジャンプでアッシマーに追いついたのだ。

「くっ……! バランサーか!」

 バランスを崩したアッシマーでは、シャトル追撃は不可能だ。ぐらりと機体が揺れ、高度が落ちる。

「ならば……アウドムラだけは返してもらう!」

 

 

 

 アウドムラの機内は天地がひっくり返ったような大騒ぎだった。

 正面に見えるのは、スードリ。それは間違いなく、アウドムラのいる滑走路を目指して降下していた。

「離陸だ! 早く離陸しろ!」

「無茶ですよ! ぶつかります!」

「滑走路が塞がれるぞ!!」

 ブリッジクルーの弱音をハヤトの指示がかき消す。動かなければやられる。

 ケネディ空港の大きな滑走路は、ガルダ級であろうと離着陸が可能だ。しかし、当然滑走路には長さが要る。

「バカな! スードリは何を考えている!!」

 ジェリドはMk-Ⅱのコクピットで叫んだ。それはスードリ自身もただでは済まない体当たり紛いの手段だった。

 アウドムラの離陸には加速距離が要る。スードリはその滑走路をアウドムラと向かい合うようにして着陸し、滑走路を塞ぐつもりだ。

 たしかに、アウドムラの足を止めれば一挙に集まった連邦の援軍とともにカラバを倒し切れるだろう。だが、スードリには遠方で待機していろと命令を出していたはずだった。何より、一歩間違えば撃沈する恐れがある危険な行動などさせるつもりはない。ジェリドは奥歯を噛んだ。

 ハヤトが落ち着かない様子で声を張り上げる。

「モビルスーツ隊に帰艦命令を出せ!」

「もう出してます!」

「なら祈るだけだ!」

 彼の丸い目は、正面のスードリを睨んでいた。離陸しなければ、いずれ囲まれて沈められる。

 スードリが滑走路に降りた。一つの滑走路を、アウドムラとスードリの二つのガルダ級が、チキンレースのように対向する。

 加速するアウドムラの後部ハッチから、続々とモビルスーツが乗り込んでいく。置いていかれては袋叩きだ。

 加速した両機は、滑走路の中央近くまで距離を詰める。離陸が遅れれば正面衝突。スードリにも離陸の動きは見えない。

「フラップ全開! 三、四、五番バーニア点火!!」

 アウドムラが浮いた。加速が揚力に変わる。

「行けええええ!!」

 アウドムラの腹がスードリのブリッジと火花を散らして削り合う。スードリの背を滑り、アウドムラは離陸した。

 

 

 

「スードリはなぜあんなバカな真似をした!!答えろ!!」

 メインカメラを損傷したMk-Ⅱから降りたジェリドは、スードリのブリッジへと駆け上がった。そこに立っていたのは、ティターンズの制服を着た男だった。

「貴様、誰だ! 所属を言え!!」

「オークランド研究所、ベン・ウッダー大尉だ。スードリはブラン隊が接収した」

 毅然とした態度のウッダーに対してもジェリドは怯まない。クワトロを見逃してまで守ったスードリとその乗員たちを勝手に使われてはたまったものではない。

「どんな権利があって、貴様!」

「ジャマイカン少佐にはオークランドの所長が話を通してある!」

「俺は聞いちゃいない!」

「中尉が喚くな!」

「ティターンズは一階級上の扱いだろう!」

「オークランド研究所はティターンズになった!」

「新参者だろうが!」

 ジェリドとウッダーは睨み合う。どんどんと大きくなっていく二人の怒鳴り声は、もう一人の男によって遮られた。

「気に食わんならここで降りていけばよかろう。我々はアウドムラ追跡の任務がある」

 アッシマーのパイロットでブラン隊を率いる男、ブラン・ブルターク少佐がブリッジに入ってきた。

「貴様……!」

「俺は少佐だ。ティターンズのローカルルールも関係ないな」

 ローカルルールとまで言われては、ジェリドもカッとなった。

「なんだと!?」

「ジャブローから乗ってきた連中のほとんどはこのケネディ空港で置いていく。貴様もそれに混ざりたいなら勝手にしろ」

 階級では相手が上だが、ジェリドはまだ何か言いたそうだった。

「落ち着いて、ジェリド!」

 マウアーが割り込んだ。彼女はジェリドを抱き止める。

「個人的な感情だけで動いていては上にはいけない……そうでしょう!?」

 短く唸って、ジェリドは黙った。頭に血が上っていたことは確かだ。しかし、ウッダーの行為は間違いなく乗員を危険にさらす行為だった。

「戦闘の直後で気が立ってるんですよ、こいつは」

 カクリコンも加勢する。

「なんたってあの金ピカは赤い彗星だ。熱くなるのも仕方ないでしょう」

「いい、カクリコン」

 ジェリドの手がカクリコンを制した。ブランに近づき、頭を下げる。

「……冷静ではありませんでした。責めを受けるつもりです」

 ブランは小さく微笑んだ。ティターンズの割には素直だ。

「いいさ。パイロットというのは跳ねっ返りなくらいがいい」

 軽く肩を叩き、ブリッジを出るように促した。休めと言っているのだ。

「は……失礼します」

 ジェリドはマウアーとカクリコンと並んで敬礼し、ブリッジを後にした。

 

 

 

 戦闘後の慌ただしいアウドムラの格納庫に、ベースジャバーと百式が滑り込んだ。片腕を失った百式の頭部はところどころへこみがある。

 隅のリック・ディアスからロベルトが百式の方へ駆け寄った。クワトロがコクピットから降りてベースジャバーの上に立つ。

「大尉、あのハンバーガーの撃退、お見事でした」

「たまらんものだな」

 クワトロは、閉まっていく後部ハッチから空を眺めている。二機あるシャトルのうち、一機は破壊されてしまった。それも、アポリーの乗ったシャトルだ。

「いえ……戦争ですから。アポリーも、そのつもりだと思います」

 ロベルトの声は、震えていた。アポリーは彼らにとって七年来の戦友だった。

「またスードリが追撃に来るだろう。ゆっくり休んでおけ」

「いえ、リック・ディアスの整備を手伝います。右手もやられましたし」

 軍人とはいえ、感情はある。それを考えたクワトロの指示だったが、ロベルトは断った。

「いいのか?」

「いいんですよ。動いていれば薄れます」

 薄情と言われるかもしれない。しかし、感傷に浸っている暇はなかった。いつスードリが追いつくかわかったものではない。

 二人の足元でハッチが開いた。ベースジャバーのコクピットだ。

「おっと、撃つなよ。俺は民間人、フリーのジャーナリストさ」

 わざとらしく両手を上げて、白いスーツの男が顔を出した。

「カイ・シデンという。……あんたは」

 カイの目が鋭く光る。クワトロから、ただならぬものを感じたからだ。

「クワトロ・バジーナ大尉だ。エゥーゴだが、今はカラバに身を寄せている」

「ほお、あんたが」

「何か?」

「いいや」

 どこか失望を感じさせる声音だった。カイはハッチから出て、格納庫へ降りる。

「レコア少尉は?」

「すぐ出てくるさ」

 クワトロの問いに答え、カイはアウドムラのクルーを一人伴って格納庫を去っていった。

 栗色の髪がコクピットの中に見える。クワトロは歩み寄った。

「大尉。……お久しぶりです」

「ああ」

 小さく息を吐いて、レコアがコクピットから這い出す。その間際、彼女はバランスを崩した。

 すぐさまクワトロの腕が彼女を支える。抱き寄せるようなその格好に、レコアは思わずクワトロを押しのけた。

「いやっ!」

 転ぶことはなかったものの、立ち上がったレコアの目は虚ろだ。クワトロも驚き、彼女を見る。蚊帳の外のロベルトも、心配そうな視線を二人に向ける。

 クワトロを振り払った事実に気づき、彼女は自分の肩を抱いた。

「……少し、休ませて」

 レコアはそのままふらつく足取りで歩いていく。追いかけようとするロベルトを、クワトロが目で止めた。

「いいんですか?」

「……我々にはやることがある。百式には無茶をさせた」

 クワトロはレコアに背を向けた。百式はアナハイムの新鋭機だ。リック・ディアスと同じく、カラバではパーツの入手は難しい。片腕を失った百式の傷だらけの頭部が、クワトロのサングラスに映っていた。

 

 

 

 直感が、一つ。北米のシャイアンの豪邸で、一人の男が空を見ていた。

 

 

 


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