名脇役の貴公子   作:カツラ二エース

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第六話 菊花賞後日談――追うべき背中

 菊花賞も終わった次の月曜日。トレセン学園もどこかどよめいているような雰囲気であった。だがそれも言っているうちだ。エリザベス女王杯、マイルチャンピオンシップ……今月もまだまだGIレースが続いていく。人の噂も七十五日の通り、この空気もいつの間にか薄れていくのだろう。そんな中私はトレーナーの用事によって休息日となったため、どう過ごすか思案していた。

 

「わっ!」

「きゃっ……、ごっ、ごめんなさい」

 

 ちょうど廊下の曲がり角で誰かとあたってしまった。ぶつかった弾みで相手の帽子が落ちた。

 

「あぁ、すまない。こちらもよそ見をして――」

 

 謝りつつ落下した帽子を拾おうとした。だがそこに落ちていたのは、青いバラのついたダービーハット。

 

「本当にごめんなさい……、ライス、ドジだから……また迷惑かけちゃって……」

 私がぶつかったのは、その噂の中心だった。

 

 

 

 食堂は、放課後ということもあり人もまばらであった。だが数少ない人々もライスを遠巻きに眺めていた。ライスは居心地の悪そうな様子であったが、私はそれをわざと気にせず、彼女の前にケーキとお茶をおいた。

 

「あっ、ありがとう……。でもいいの? ぶつかったのはライスのせいなのに……」

「いやっ、考えこんでて完全によそ見していたこちらが悪い。別にライスが気に病む必要はないよ。お詫びと言ってはなんだがいっぱい食べてくれ」

 

 ぶつかった後お詫びと称して彼女をお茶に誘った。最初は躊躇した様子であったが、いざ目の前に運ばれた純白のショートケーキと香りのよいお茶の運ばれると我慢できなかったようで舌鼓を打って楽しんでいた。リラックス効果があるというハーブティーを口に運びつつ彼女の様子を窺う。だいぶ和らいだ様子のライスをみて、タイミングと考え口を開いた。

 

「いや、お気に召してもらえたようでよかった。お詫びでとはいったが、君とは話したいと思っていたから。ちょうどよかった」

「えっ、話したいこと? ライスに何か? ……もしかしてまた何か迷惑かけちゃったかな?」

「そういうわけじゃないさ。ただ……君にお祝いの言葉をと思って。菊花賞は見事な走りだった。おめでとう」

 

 私が祝いの言葉を口にした瞬間ライスの顔は曇った。彼女の耳がキュッとしぼられた。

 

「ありがとう……、でもライスなんかが勝っちゃったから……ブルボンさんの三冠を望んでた人をがっかりさせちゃった」

「そんなことはない。勝負は時の運だ。勝つときもあれば負けるときもある。君が気に病むことはないだろう」

「ううん、ライスが勝っちゃったから……皆を不幸にしちゃった。……ライスはいらない子だから」

「誰がそんなことを……」

 

 ライスはポツリポツリと話しはじめた。昔からキラキラしたものに憧れていたこと、初レースで勝利して観客を笑顔にできたこと、こんな自分でもキラキラできると思ったこと。そしてブルボンに憧れたこと。

 

「ライスもいつかキラキラしたブルボンさんみたいになりたい。……憧れの背中に届きたい。それで……やっと菊花賞で……、でも誰もライスが勝つことなんて望んでなかった」

「ライスがブルボンさんたちの夢を壊して……皆悲しんで、誰も喜ばない。皆を不幸にしちゃう」

「……誰も望んでないは言い過ぎだ。たしかにブルボンの三冠達成を期待したファンは多くいるだろう。だが君の勝利を願い、祝福する人はいる。見たまえ」

 

 そういって私は学生カバンの中から新聞を取りだした。紙面には、『ライスシャワー悲願のGI獲得』と掲載されていた。

 今年の五大クラシックは、菊花賞以外はすべて栗東寮所属のウマ娘が勝利を収めていた。関東圏では美浦寮所属のほうが人気があり、今回の勝利を歓迎する声も多くあった。

 

「これ……」

「菊花賞の紙面だ。同じ美浦所属として誇らしく思うよ。ブルボンの三冠は残念だった……、心無い言葉もあるかもしれない。だが君がそれを責任を感じることはない」

 

 その紙面は、全くライスをけなすようなことなく、ただ勝者への賛辞が載せられていた。彼女は、その記事を穴が開くほどジッと見つめていた。

 

「いちいち外野の意見を気にする必要はない。ウマ娘は勝利を求める、その通りに走っただけ。どう言われようと先頭でゴールしたものが勝者だ」

「でもライスは……」

 

 何か口にしようとしたが結局発せられることはなかった。その時遠くからチャイムが聞こえた。窓からの景色も夕日に照らされ夕焼け色に染まりつつあった。

 

「そろそろお開きにしようか。だいぶ時間を取らしてすまなかったね。あとの片づけは私がやろう」

「……ううん。私も手伝う」

 

 

 

 二人で片づけを終え、食堂から出る。いまだ練習を続けているのかグラウンドの方からはウマ娘たちの掛け声が聞こえてきた。

 

「今日はありがとう……。ライスがぶつかっちゃったのに……ケーキまで御馳走になっちゃって」

「そのことは言いっこなしだろう。気にしないでくれ。こちらも無理やり誘ってしまったから迷惑かと思っていたんだ」

「迷惑なんてことはないよ! 今日はケーキもお茶もおいしくって……本当に嬉しかったから……あっ、ありがとうございます!」

「ははっ、そんな頭を下げなくても……そういってもらえると嬉しいよ、ありがとう」

 

 大きな耳のついた頭を勢いよく下げる彼女はおかしかった。本当にあの菊花賞のときと同じウマ娘なのかとチラと思ってしまった。

 しかしこの小さなバ体からは考えられない殺気を醸して走るウマ娘は間違いなく、この目の前の子なのだ。そのことを嚙みしめたうえでもう一つ言う事が私にあった。

 

「じゃあ、ライス、トレーナーさんに用があるから……」

「ではここでお別れだ。もうだいぶ暗くなってきている、気を付けたまえ」

「あっ、ありがとう……、じゃあまたね」

 

 トレーナー室の方へと彼女が足を向ける。このまま彼女はどんどん離れていく。その背中を見て、つい声をあげた。

 

「ライスシャワー!」

「はっ、はいっ!」

 

 いきなり大きな声で再び呼びとめられた彼女は思わず尻尾も逆立て振りかえった。

 

「……君に、ひとつ、一つ忠告だ。君はずっとブルボンの背を追ってきた。ついてく、ついてくと毎日、毎日その背中を追って、ついに菊花賞でブルボンを超えてみせた。これで君は、私たちの世代でブルボンにも勝るとも劣らないウマ娘となった」

「……だから次は君が追われる番だ。今までは、ブルボンという背を追いかければよかったが今度は、挑戦者を受ける身となるのだ。……ともに菊花賞に出走したタンホイザにボーガン、それだけじゃない、いずれは追っていたブルボンだって君に挑むだろう」

「だが君を倒すのはブルボンでも、タンホイザでもない。……この私だ。それまで首を洗って待っているといい」

 

 捨て台詞を残して私は、ライスに対して背を向ける。心臓がレースを走り切ったときのようにバクバクと早鐘を打っていた。いまだ重賞勝ちもない身で何を言うかと脳内の冷静な部分があきれていた。だがこれは私の宣戦布告だ。私の追うべき背に対しての宣言だった。しかし次の瞬間さらに驚かされる。

 

「アイルトンさん! ……ライスは! ライスは周りを不幸にする……だめな子だけど、ライスも、アイルトンさんと一緒に、えとレースを走りたい! だからその日を楽しみして待ってるね……」

 

 ライスは私の渾身の宣言を受け止め、こちらに目を向けた。片方は前髪で隠れているが紫色の目がこちらを見つめていた。一瞬その眼に青い炎が灯ったかに見えた。私の大言壮語を笑うことなく真剣に受け入れてくれたのだ。その事実が嬉しく、心中から喜びが溢れてきた。口からも笑い声が漏れてくると思ったときには、私は大きな笑い声をあげていた。その様子を見てライスも思わずキョトンとしていた。

 

「あははっ、いやライスありがとう! 君にそう言ってもらえて嬉しいよ! ふふっ、待ってていてくれ。必ず君と一緒に走ろう! ライス!」

 

 夕焼け空のもと笑い声が響く。いつしかライスも私と顔を見合わせて笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 ライスと別れて部屋へ帰宅するとベットに飛びこむ。天井を見ながら、先ほどの会話を思い出す。

 少し悩みを話すだけで気晴らしになるという。ライスもその負い目を解消できれば良かったが……。

 

(だけどライスは割り切ることはできないだろう)

 

 彼女はとても優しい性格の持ち主だ。どんなに励ましたとしても負い目に感じるだろう。そこは彼女の長所であり短所でもある。長年培われた性格であり、なかなか抜けるものではない。衝撃的な出来事でもない限りは変わりようがないだろう。……それこそブルボンに何か言われでもしないかぎりは。

 

 さらに時を戻して菊花賞の風景を頭に浮かべる。粘るブルボン、内からのタンホイザ、その二頭を外からまとめて差し切ったライスシャワー。まさにライスの走りは私がステイヤーとして理想とすべき走りそのものであった。

 かつて夏合宿中にライスに抱いた恐怖。今思えば私は彼女に対して恐怖のみならず畏れを持ったのだ。ステイヤーとして極限まで身を削り鍛え上げた姿にまさに鬼が宿ったかに感じた。

 

 ライスシャワーこそ私が追うべき背であった。漆黒ドレスに身を包んだ小さい体。今はまだその背を追うスタート地点にすら立てていない。

 

 ライスと話してから体の高揚感が抑えられなかった。まるでレース前のように体が火照っている。

 

(休息日だったが……、やはり少し走りこんでくるか)

 

 制服を脱ぎすてて、ジャージへと着替える。寮長であるヒシアマゾンから許可をもらいランニングに出かける。日も沈み空気も冷えてきた。トレセン学園からほど近い土手沿いまで出て走りはじめた。

 

(ついてく……、ついてく……)

 

 心の中で唱えながら走る。ライスがブルボンの背を追うように、私も彼女を真似て走るのだった。




 一度操作ミスで間違って投稿してしまいました。申し訳ないです。また次話は早く投稿できると言っていましたが思った以上に時間がかかってしまいました。楽しみにしていた方には、すいませんでした。

 それに加え今回過去の投稿を再編集して表記を変えました。以前より余白が多くなり読みやすくなったと思います。良ければそちらも目を通していただければ幸いです。今後も読みやすい文章を目指して精進してまいります。

 次話はいよいよテイオーのジャパンカップに入ります。テイオーのベストレースとも評される走りをぜひお楽しみください。
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