名脇役の貴公子   作:カツラ二エース

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 今回からストーリーに関わる馬以外は、元の名前から連想して偽名をつけています。また不都合があれば、変更することもありますのでご了承ください。


第七話 ジャパンカップ・前編

 ジャパンカップは、東京レース場の2400mを舞台としたレースである。同距離、同コースを用いたレースとして日本ダービーがあり、まさに日本で国際レースを催すにはふさわしい舞台といって間違いなかった。

 

 これまで幾度となく開催されたジャパンカップであるが、日本代表で勝利を果たしたのは、シンボリルドルフを最後に皆無だ。タマモクロスにオグリキャップ、イナリワン、メジロマックイーン等々まさに日本が誇る名ウマ娘が挑んできたがいずれも苦杯をなめさせられることとなった。

 

 とくにオグリキャップは、壮絶なたたき合いのすえ南半球から来た怪物ウマ娘に敗れた。そのタイムは2分22秒2。当時の2400mの世界レコードであり、従来のレースレコードである2分24秒9を2秒7縮めるまさに常軌を逸したタイムはいまだこの東京レース場に刻まれている。

 

 

 

 そして今回も錚々たるメンバー、いや「レース史上最強」のメンバーがそろったと言ってよかった。

 

 イギリスにて二冠ティアラを達成し、凱旋門賞も二着のユーザビリティ。フランス重賞勝ちのヴェールアーモンド。そしてパースイートオブフェーム、デヴィアスパーソンの2人は、現役のイギリスダービー勝ちウマ娘であり、英国のダービーウマ娘の参戦は史上初であった。

 欧州以外の参戦も注目だ。オーストラリアでGI4勝をあげたエスケープオブラヴに同じく2勝のナチュラリスト。米国のアーリントンミリオン勝ちのマイヴィラブドクター。

 

 レース史上最高のメンバー。まさにそう評するにふさわしい。テイオーはそんなメンバーと対峙するのだった。

 

 

 

「テイオー、私が言うことはなにもない。ただ勇往邁進に全力を尽くせ」

「カイチョー……、うん! ボクの走りしっかり見ててよね!」

 

 笑みを浮かべるテイオーとルドルフさん。飾り気がない控室がまるで華やかに感じ、改めて二人の凄みを思い知る。いずれ私にもそんな格がつくのだろうか。そんなことが頭に浮かべているとテイオーがこちらへと向きなおる。

 

「アイルトンも! 無敵のテイオー様の走り見せてあげるから! 絶対、絶ーー対に見逃さないでよ!」

「たいした自信だな、テイオー。……だが期待してる」

 

 こちらをジッと見つめる青い瞳を私は、どこか小恥ずかしく彼女から目をそらした。その様子を見てテイオーはニシシっと笑うのだった。

 

 

 

「そろそろ時間だな。私はインタビューもあるから先に行くよ。アイルトン、今日も一緒に観戦しないか」

「ありがとうございます。ですがじつは先約があって……」

「そうか……、なら仕方ないな。では私はこれで、頑張ってくれ、テイオー」

 

 部屋から退室するルドルフさんを見送り、部屋にはテイオーと私の二人きりであった。だが少し彼女は不機嫌ようだった。

 

「今日も、ってことは前にも一緒にレースを観戦したってこと? ボクも一緒にレース観たいのに……」

 

 不満げにふくれっ面を浮かべるテイオーに苦笑しつつなだめていると、備え付けのテレビからはちょうどテイオーが映し出された。

 

『8枠14番トウカイテイオー。本日は海外ウマ娘集結のなか堂々の5番人気! 日本ウマ娘の人気最上位です!』

「5番人気か……」

「名実ともに『日本総大将』というわけだな。日本ウマ娘代表として恥じないレースをしなければな」

「うん。……それに断念したブルボンの分も頑張らなきゃ」

 

 ブルボンの故障発生は5日前、調教中であった。4本の坂路を終え、帰還したさいには、すでに足に異常が発生していた。筋肉の肉離れであったが、まともに歩くことも困難であり、ジャパンカップのみならず有馬記念も絶望的とのことであった。

 

 今レースは、テイオーとブルボンの新旧ダービー対決も目玉の一つであった。2人のダービーウマ娘が史上最強海外ウマ娘を迎え撃つ。それを楽しみにしていたファンからも断念の報はショックが大きかった。

 

 テイオーが神妙な面持ちを浮かべる。ブルボン故障の知らせを受けたときも同様であった。同じダービーウマ娘として、また故障から復帰を経験した身として思う部分があるのだろう。最近のテイオーは、故障以前よりもそんな顔を浮かべることが多くなった。

 

 

 

 どこか厳かな雰囲気はノック音によって中断された。テイオーが返事をすると「入るぞ」という声とともにドアが開いた。

 

「テイオー準備はいいか? おっ、アイルトンも来てたか」

 

 入ってきたのは、チームスピカを率いるトレーナーであった。男性ながら髪を束ね、左側のみ刈り上げるヘアースタイルに無精ひげ、つねに棒付きキャンディーを咥えている珍妙な見た目であるが、それとは裏腹に癖の強いウマ娘を勝利へと導く敏腕トレーナーとして名高かった。

 

「あっ、トレーナー。うん、準備はバッチリ! いつでも走りだせるよ!」

「よしっ! その様子なら大丈夫そうだな。そろそろ時間だ、いってこい!」

「うんっ! わかった! じゃ、アイルトンもまたあとでね!」

 

 にわかに明るくなった部屋の空気は、テイオーの退室によりまた静けさを取りもどした。だが先ほどと比べ、私自身はどこか気まずく感じていた。今日の先約相手は、他ならないスピカのトレーナーであった。テイオーの練習中に挨拶はしたことがあり、顔見知りであるものの、話した機会などなかった。成人男性とは、自身のトレーナーや父親以外と一対一で話したことなどほとんどない。ましてや相手もトレーナー、何の話かは想像もつかなかった。

 

「今日は来てもらって悪かったな。まっ、かけてくれ」

 

 私は椅子に腰かけるもリラックスした状況とは言い難かった。

 

「まあ、そんなに硬くならないでくれ。今日はお礼が言いたくてな」

「……お礼?」

「ああ……、テイオーが急に自分の実力が世界で通用するかなんて言いだしてな。何かと思えばアイルトンから世界に挑戦しないかと言われた、ってな。だからその前哨戦としてジャパンカップ、秋シニア三冠に挑戦したいってテイオーから言ってきたんだ」

「俺は嬉しくてな。ようやくあいつが走る気になってくれて……、だから本当にありがとう、アイルトン」

 

 トレーナーは深々と頭をさげた。

 

「そんなっ、私なんかのおかげでは」

「いやっ、お前はそれだけのことをしたよ。……俺はあいつに前を向いてほしかった。そのためにレースやトレーニングプランも練りに練った。だがあいつは普通にこなすだけだったんだ。……あいつの情熱はなくなっちゃいない。そう思ってはいたんだが……、俺にはできなかった」

「そんなことは……」

「……いや、俺はあいつに目標を示すことができなかった。本当は……トレーナーとして俺がやんなきゃだめなんだがな……俺は……トレーナー失格だ」

 

 トレーナーはこちらに俯きながらこちらを向いていた。双眸は前髪に隠れてその感情を窺い知ることはかなわなかったが一筋の液体がつうと頬をつたっていくのがわかった。

 

「トレーナーさん……。……一つ質問いいですか」

「ん、ああいいぞ」

「……テイオーが世界で通用するかと聞いたとき、トレーナーさんは何て言いましたか」

「……通用すると、答えた」

「それは、本心から?」

「ああ、あいつは間違いなく世界で通じる才能がある。具体的にどこのレースでとは、簡単には言えないが……、今回のジャパンカップ、このメンバーでも十分勝負になるとは思ってる」

 

 トレーナーは、顔を上げてこちらを見る。赤くした目を見るとそこには、動揺や疑念などなく、ただ純粋にテイオー信じていると言わんばかりに力強い眼力があった。

 

「それを聞いて安心しました。確かに走るのは本人次第です。ですがそれ以上にトレーナーがしっかりとトレーニングメニューやローテーションをしっかりと組む必要があります。私たちウマ娘は、トレーナーの力がなくては走ることは不可能です」

「それにあなたはテイオーの力を信じている。それが何よりも大切です。トレーナーさんが信頼しているからこそテイオーは、例えケガがあろうと、夢破れようと走ることができるようになったんです。テイオー自身もそれがわかっているはずです。……だからそんなに自分を卑下しないでください」

「アイルトン……」

 

 彼は、目元を隠すように袖で顔をぬぐった。

 

「全く情けないな……今日はお前にお礼を言うつもりだったのに、励まされちまうとはな……。だがありがとうアイルトン」

 

 彼のぬぐい終わった顔に笑顔が浮かぶ。話す前には、軽薄そうだと思っていたが今はとてもいい笑みに感じられた。

 

「おっと、そろそろ時間だ。急がないとレースが始まっちまうな。テイオーの功労者として一緒に見届けようぜ」

 

 彼が腕時計を確かめると急いでドアへと向かっていった。私も彼についていき部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 すでにスタンドは大盛況、観客でごった返していた。私たちは人ごみをかき分けて進んでいくとトレーナーはようやく目的の人を見つけたのかおーいと声を上げて手を振った。

 

「あっ、トレーナーさん! ようやく来ましたわね。今まで一体どこにいらしたので――、あらっ、そちらの方は?」

 

 その人を見た瞬間に私はまるで全身の毛が逆立つような感覚をおぼえた。いや、実際に逆立っていたのかもしれない。彼女は、ケガの影響か車椅子に乗っており、近くには年を重ねた老爺が控えていた。おそらく彼女に仕える者なのだろう。

 

「おうっマックイーン、待たせて悪かったな。こいつはアイルトンシンボリだ! テイオーの奴からもよく話を聞いてるだろ」

「アイルトン……ああ、あの! テイオーからお噂はかねがね伺っておりますわ。いつも挑んでくるウマ娘いると。お会いできて光栄ですわ」

 

 そういって葦毛のウマ娘――メジロマックイーンは手を差し伸べてきた。




 だいぶ投稿が遅くなり、お久しぶりです。投稿しない間にタンホイザが実装され、新しくルドルフ産駒のツルマルツヨシが登場しました。もしやアイルトンシンボリも可能性があるのでは?

 次回こそは、ジャパンカップを終わらせ、アイルトンシンボリのステイヤーズステークスに突入できてばいいなと思います。
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