「じゃ、つーわけでその動画、メールで送っとくから見とけよ」
哀川さんはそう言いつつ、ごく自然な動作で席を立とうとした。僕が一体何を見ておけと言われているのかといえば、先程までの話題の中心であった例の「呪いの動画」であることは間違いない。
………。
「え?」
「え?」
おっと、これは驚きだ。哀川さんにはどうして僕が困惑しているのかが分からないらしい。
全てにおいて人間離れしすぎた人間は、人間の感情が無くなってしまうのだろうか。
だとしたら最強も悲しい存在である。戯言だけど。
「いや、どうして『見たら死ぬ動画』を僕一人に見せようとしてるんですか」
「あ?も〜しかしてビビってんのか、いーたん。可愛いとこあるじゃねぇか。大丈夫大丈夫。それ見ても死んでない人は山ほどいるから。」
「山ほどですか」
「あぁ。調査したところ約半数が」
「半数は山ほどとは言いませんよ!」
話している途中に口を突っ込んでしまった。というかツッコんでしまった。
それにしても山ほど、か。
いつもの哀川さんの軽口か、それとも———
「死者も同じように山ほどいる、ということなのか」
「何て?」
「何でも」
「そ?まーいいや。いーたんがそこまで怖がるならこの私も一緒に見てやるよ。やーん私いい人!」
「さっき全力で背中叩いたこと、忘れてないですからね」
「おいおい、人聞きが悪いなぁいーたん。あれはお前を明るい未来に押したんだよ」
「意味がわかりませんよ…まぁ、あいか…潤さんも一緒に見てくれるっていうなら安心ですけどね」
「そうだな。幽霊なんかコテンパンにしてやるぜっ!なんなら
「誰ですか、その人」
「わたしがちょっと前タイマンした女の子」
「じゃあ強いんでしょうね」
「あぁ。1京以上のスキルを持ってる。いーたんの無為式じゃ歯が立たねーぜ、ありゃ」
「…それはそれは」
僕の戯言が通用しない相手、か。是非ともお会いしたくないものだ。
と、僕はそこで会話のケリをつけ、哀川さんとその動画を見ることにした。流石に真っ昼間のカフェテリアで見るのは些か非常識なので哀川さんのオープンカー(勿論これも赤い)に乗って、僕の家に戻ることになった。
大きい音を立てながら発進。
流石オープンカー、風がとても涼しい。その日は猛暑日だったので信号待ちは地獄だったが動いている時に限っては天国のようだった。
が、その天国も十分ちょっとで終わり僕の———玖渚家に到着する。
「そーいや最近来てなかったなー。玖渚ちんは元気か?」
「友はいつも通りですよ。階段は大分上り下りできるようになりました」
「あっそ」と興味なさげに返答する。じゃあ聞かなければいいのにと思うが、これがいつもの返答の仕方なのだ。今更どうしようもない。
それにしても暑い。本当に猛暑日だった。いつも疑ってごめんなさい、と脳内でいつも朝見るお天気お姉さんを思い浮かべながら謝罪する。
全くの戯言だ。
「….よく汗かきませんね、潤さん」
「あー、私モデル体質だからよ。顔に汗かかねーんだわ」
なんだその体質、と思ったが少し前にテレビ番組で「モデルは顔に汗をかきにくい人が多い」というのを見た記憶が蘇った。
横を見ると、美しい造形の顔。
スラッとした体つき。
まさしくモデルだった。
あとは性格が良ければ申し分ないのだが…
閑話休題。
そういうわけで僕らはエレベーターで最上階へ上がり(僕が富裕層なのではない。僕が結婚した玖渚友の家が異常に金持ちなのだ)、我が家へ入る。
鍵は開いていた。そういえば自分で鍵をかけた記憶がない。それなら開いていて当然だ。
全くどれだけ警備薄なんだ、と自分を戒めた後、ここのマンションの一階には強面の警備員が2人いることを思い出し、すぐさまそれを撤回した。
「友、いる?」まぁ、居ないはずがないのだが。
買い物だって通販で済ませちゃうし。あの子。
「おー、いーちゃんおかえりー!あ、潤ちゃんおひさ!」
とててて、とまるで子供のように走ってきた友。
昔の群青色の髪は薄くなりつつあり、髪を基準に人を判断している人なら別人に見えるであろう程になっていた。
本来なら、その髪のせいで———病気のせいで、彼女は死んでいたのだ。
それを哀川さんが救済した———いやはや、感謝しかない。
「おひさ〜。なぁ玖渚ちん。ちょっとお前んとこのパソコン借りるぜ?」
「うに?まぁいいけど。僕様ちゃんもいたほうがいいかな?」そう言って僕を見つめる。上目遣いをする。まぁ身長的に仕方がないのだが、矢張り上目遣いというのは良いものだ。
勿論戯言である。
「…友は別室に居てくれると助かるかな」
「りょーかーい」そう言って奥の方へと走る。今にも転けてしまいそうで、少し心配になる。
「いやー、いい夫だねぇ。妻にこの件を関わらせないようにしたんだねぇ」
「…普通ですよ」
「そうかな?私だったら夫も道連れにするけど」
「だから独身なんですよ、貴方は」
どんなメンヘラだ。それはあまりにも怖すぎるし夫にだけ異変が起こった場合どうするんだ。
「呪いの、動画か」
いったいどう言うものなのだろうか。そして、死ぬ人と死なない人の違いは一体何なのか———請け負ったからにはしっかり検証する必要がある。
「じゃ、お邪魔しまーす」
「はいはい」
こうして僕らは、コンピュータールームへ向かった。
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当然のことながら軍事利用されているような、基本単位が1TBといっても過言ではないこの5台のハイテクパソコン(パソコンじゃないんだっけ?かなり昔に聞いた気がするが忘れてしまった)を操作することは僕のような機械音痴には不可能なので、哀川さんに全てお任せした。
「お前、本当に得意なものって無いのか?」
「まぁ…恐らくないと思いますが」
「でも確かいーたんは鴉の濡れ羽島に『戯言の天才』として行ったんじゃなかったっけ?」
「違います。ただの友の付き添いですよ。どうやったらそんな記憶違いが出来るんですか」
「鴉の濡れ羽島といえばお前、ひかりとは何か進展あったのか?」
千賀ひかり。島で赤神イリアの下で働いている三つ子メイドのうちの1人。端的に言うと物凄くタイプだ。可愛い。
三つ子メイド…改めて、なんていい響きなのだろうか。
まぁそれはどうでもいい。
「えっと…何をしているんですか…?」
「あ?見たらわかるだろ。YouTube開いてんだよ」
「どういうことですか」
「呪いの動画見るんだっつてんだろさっきから。お前の脳みそは節穴か?」
「流石に脳が節穴だったら困りますね」
正確には耳、である。いや別に耳も節穴ではないが。
「じゃ、じゃあその呪いの動画ってYouTubeに投稿されているんですか…?それは流石に危なすぎるんじゃ」
「だーかーらー。危ないんだよ。死者だって出てるのに今更すぎるだろ。…ま、まだこれが原因かは分からないけどなー。」
あくまで噂。
もしくは、悪魔の噂か。
今から僕らはそれを検証しなければならない———とてつもなく怖いが不幸中の幸いにも、僕の横にいるのは人類最強の請負人である。
噂によると、落下する宇宙人を受け止めたり火星人と火星で戦ったり本と戦ったりと、一人でかなりファンキーなことをやっているので今更幽霊なんてものは怖くないのかもしれない。普段の性格は置いておいて、そういうところは矢張り頼もしい。
まぁ、いくら人類最強でも幽霊に触れることができるのかどうかは不明だが。
あくまで人類、ということを忘れてはいけない。過信し過ぎていたら、いつか足をすくわれかねない。
「ほい、これだ」そう言って僕に見せてきた動画のタイトルは、
『心霊スポット入ってみた!』
いかにも最近のYouTuber、という感じだった。
投稿者名は『ファンタスティック☆カズマ』。微妙にダサいと感じるのは恐らく僕だけではないだろう。
僕の感性が完成されているとは思っていないが、僕だけでないと信じたい。これはダサい。
そう思っていたら、登録者数が100万人を超えていて少し凹んだ。まぁ心霊動画に惹かれた人も多いのだろうけど。
「ったく、馬鹿な奴もいるよなぁ。こいつ今行方不明らしいぜ?」
「行方不明…死体は確認されてないんですね」
「おうよ。まーでもあんまり期待しない方がいいかもな」哀川さんは玖渚の椅子をギコギコさせながらそう呟く。
それを見て、僕もとりあえずその横の椅子に腰掛ける。
「じゃあ、お願いします哀川さん」
「あ?」
「潤さん」
「よっしゃ再生するぞー!」かち、と動画をクリックする。
この一瞬で、恐怖と対象が幽霊から哀川さんへとシフトした。僕の脚は生まれたての子鹿状態だ。座っていて本当によかった。
『はいっどうもファンタスティック☆カズマですっ!今回はですねー、えっと、こちらの団地に来ております!あ、でも多分編集でモザイクかかってると思いますがね。あはは』
…おっと、既に動画が始まってしまっている。しっかり見なくては。
顔は爽やかな好青年、と言ったところか。中身がどうかは分からないが少なくともこの動画内では爽やかな性格をしていた。
『で、僕が一体どうしてこんなところに来ているのかと言いますとね〜、実はここ、心霊スポットなんですよ!』
カズマさんがカメラに向かってヒソヒソ声で視聴者に語りかける。
そしてそれを聞いた哀川さんが横で「ビンゴッ!」とでも言いたげにニヤッと笑いながら親指を立ててくる。
何がグットだ。
何も良くないだろうに。
むしろこの展開はかなり悪いだろうに。
『えー、どういう場所かと言いますとね。いつだったかな。まぁ一週間くらい前にここで火災が発生したんだすね。あっ噛んだ痛い…まぁそこで女性が一人亡くなったらしく、隣人によると「壁を殴るような音が聞こえる」「大音量でテレビが流れていて、大家さんに連絡して止めてもらわなければならなかった」「女性の声が聞こえる」など、この1週間でもかなりの心霊現象が起きているんですね!これは僕が行って検証しなければ!そんな使命に駆られた私は———』
「面倒だから部屋に入るとこまで飛ばすぞ」
「あ、はい」
…いや、こういうのは隅々までしっかり確認するものじゃないのか。流石に大雑把すぎるだろ。
結構大事な状況説明があった気がするのだが…まぁでも、僕自身もここには飽き始めていたので(失礼)鶴の一声だと思って哀川さんを信じよう。
「えーっと、ここかな…あ、行き過ぎた…と、ここだな」そしてもう一度再生ボタンをクリックする。
『……ていこうと思います!』
入っていこうと思います!みたいなことを言ったのだと思う。カズマは(下の名前で呼んでいるが、一体誰なんだ)ガチャリとドアを開けて中に入る。
『うおおお…すっげ、なんかこう、いかにもって感じですよ!』
カズマの言う通り”いかにも“という感じの光景だ。流石は火災現場。壁は真っ黒焦げ、ガラスは割れまくっている。昔から存在していた心霊スポットと言われても何の不自然もない、そんな場所だった。
「よくこんな所でテンション上げれますね」
「いーたんがテンション上がる場面なんか無いだろ」
「確かに」
続ける。
『お、これは———トイレですね。うっわガラスこえ〜』
そう言いながら割れ目ができているガラスを覗き込むカズマ。すごい勇気だな、と素直に感心する。
『んでここが……?あれ、なんだここ。人形が、沢山置いてありますねぇ』
人形が、ズラッと並んでいる部屋に入った。ここは———?
「臭いな」
「まぁ、ここでしょうね」
哀川さんと僕の意見が合致した。
この部屋、明らかに様子が他の部屋と違う。説明は難しいが———何かがおかしい。
何かが、いそうな雰囲気がある。
『うわぁ、不気味だな…人形が好きな方だったんですかね?』
そう言って自分を写しながらゆっくり、グルリとカメラを一周させる。
『え…?』
と、ここでカズマが目を大きく開いた。
「お?何だ何だ!?」と哀川さんがヒーローショーを見る子供のようにはしゃぐ。何を見ているのかを知らなければドキッとしたかもしれないが、彼女の目線の先にあるのはホラー動画だ。
サイコパス以外の何者でもない。
そして、動画に一つの違和感が現れる。
ガガガガガガ… ガガ… ガガガ……. ガガガガガガ
「ノイズ———?」
画面にノイズが走り始めたのだ。
音も、次第に聞こえにくくなる。
『な、な………なんッだよ…ごめ……俺出ます!ここは人が………いい場………….ない…!』
そうしてノイズに続いてカズマも走り始める。
焦燥感溢れる息切れの音だけが聞こえる、何にもピントが合わない動画が5秒ほど続いたのち———ぷつりと雑に動画が終わった。
「……これはこれは」
動画を見ただけなのに、謎の疲労感が凄い。
これが呪いだろうか。だとすれば僕はそろそろ死ぬということになるのでここは一度違うと信じておこう。
死ぬのは困る。
というのはほんの戯言だが問題は、僕が何一つ見つけられていないということだ。ただの、テレビ番組で良くあるホラーにしか見えなかった。
「あ、あい———潤さん、何か見つけました?」
「あぁ、見えたよ」
見えたんかい。
「え、何が…というか見えたなら潤さん危険なんじゃ」
「だーいじょうぶ大丈夫!何とかなるって。で私が見つけたのがこれなんだけどよー」
そう言いながらカチカチとカーソルを動かす。死の危険があるというのに随分と肝が据わっている。流石哀川さんだ。素直に脱帽である。僕だったら泣きじゃくってドタバタと叫び転がりまわるだろう。
これこそ戯言だけどね。
そういえば、確か友は「マウスは使いづらい」と言っていたはずだけど…哀川さんが友に頼んで引っ張り出させたのだろうか。
「あ、ここだよここ」
そう言って、静止した一コマを見せられる。
そこは、カズマが何かに気付き、目を大きく見開く場面だった。彼は一体何を見ているのだろうか。気になるところではあるが画面外の物なので見ることはできない。そこはYouTuber魂を見せつけて撮影してほしかったと言わざるを得ない。
じゃあ———哀川さんは一体何を見たんだ?
「えっと…何もありませんけ」
「探せ」
ノータイムでちゃんと探していないことがバレた。やれやれ、本気を出すこととしましょうかね。
小学校時代友達を作らずにずっとウォーリーを探していた成果をここで見せてやる。
「えーっと。どこですかね………あ」
「お、気づいた?絶対無理だと思ってたのに」と何気に失礼なことを言う哀川さん。
「これですよね?」僕は彼女に、カーソルをぐるぐるさせて
「ビンゴッ!」今度こそ声に出してそう言った。嬉しそうな、子供みたいな笑顔を見せる。
僕はもう一度それの容貌を確認する。
———それ、とは。
そのカーソルで作った輪の中には———
僕たちは、この後暫く彼女を追いかけることになる。
この、呪いの元凶を。
なぁ貞子、何があっても哀川さんだけは狙うなよ、警告しとくからな。