「じゃ、目的の動画も見たことだし、ここでお暇するぜ」
そう言って哀川さんは、まるで友人とただ遊んだ後に帰るかのようなノリで帰宅しようとした。
ううむ。
これはいくら何でも肝が座りすぎていると思う。
いくら、我らが人類最強でも。
何故なら僕らが今した行為は———自殺行為そのものだったのだから。
死神に自ら会いに行ったようなものだ。
「死神…か」
僕はその言葉に、妹を救って死んだ一人の少年のことを思い出しそうになったが、すぐさまやめた。
それこそ、戯言中の戯言だ。
「いや…流石に泊まってもらって構いませんよ。
あの動画。
呪いの———とあるyoutuberが投稿した動画。
だがそんな僕の気遣いさえも彼女は嘲笑った。
「———はっ。おいおい、この私のことを心配してんのか?面白いねぇいーたんは」手をグーパーさせてこっちを向く。「だーいじょうぶだって。私が呪い如きで死ぬと思うか?」
「いや、思いませんが…でも、念のためですよ」
「だから大丈夫だって。そんなもんが来たらこっちからぶん殴ってやんよ」そう言いながら壁を殴った。
彼女の腕力であれば本当に壁をぶち抜いてしまいそうなので(注釈をつけておくとその壁はコンクリートだ。)、本当にやめていただきたいのだが…。
それにしても。
呪いというものは、果たして哀川さんにも通用するのだろうか。彼女だってあくまで人類においての最強であり———人外との戦いは想定外なのではないか?
そう思ってから、彼女が宇宙人やら何やらと戦ってきていたらしいことを思いだしその考えを瞬時に改めた。
哀川さんは、必ず勝てる、と。
僕は生憎、プライドなんてものは持ち合わせていない。だからこそ考えを改めるという行為は僕にとってなんの苦労を強いる事のないものだ。
苦労どころか、楽に生きることができる。
他人に流されていくだけで。
ポジティブに捉えれば柔軟。
ネガティブに捉えれば手のひら返し野郎。
「…分かりましたよ、潤さん。今日のところはここで解散ということで」
「おう、そういうことで。———玖渚ちんもじゃーな」
哀川さんは何処へでもなくそう言って———ドアの向こうへ美しく去っていった。
全く。
本当に、この人は。
「戯言だよなぁ」
僕は誰にも気づかれないように小さくため息をつく。
もっとも、そこには誰もいないのだが———いや。
一人だけいる。
「…友、もう出てきていいよ」
「うに、バレてたのかな?」
その言葉とともに玖渚友が天井から飛び落ちてきた。地面に着く寸前で、僕は友を受け止める。
「…っと…」
想像以上に重量があった。
人間なのだから当然なのだが———今までの、あの軽さに比べたら。
随分大きくなったものだ。
これが成長を遂げたということなのだろうか。
あの玖渚友が。
別に羨ましい、とは思わなかった。
「変わりたい』と思うことは『自殺』と同じ———僕の持論の一つだ。
「あぁ。ま、気づいたのはついさっきだったけどね。いつからいたんだ?」
「ついさっきだよ。潤ちゃんがパソコンを起動するところあたりからかなー」
「最初からいるじゃねぇか」
まぁ、ついさっきっていうのは嘘ではないか。
ここまでの経過時間、15分。それは『ついさっき』と言ってしまっても正しいだろう。
…と、そんな言葉の綾はどうでもいい。問題は、大問題は他にあるのだから。
「…動画は見たのか、友?」
友の———命の危険が。
僕には、それだけが怖かった。
自分の命はどうでもいい、と。そう思えていると言うのに。
「いや、画面はこっからじゃ見れなかったからねー。いやぁ残念残念。僕様ちゃんもえっちぃ動画見たかったなー」
「流石に音声は聞こえてただろ」
どうしてそういう結論になったんだ、本当に。
「あのさ、友、お願いしてもいいか?」
「そんなこと聞かなくても僕様ちゃんはいーちゃんに絶対服従だから安心しなよ」安心院さんだけにねー、と言いながら椅子に座っている僕の膝に座りなおす。
だから誰なんだ、安心院さん。
大分県のマスコットキャラクターとかだろうか?
あとで調べてみることとしよう。今は一先ず例の動画についてだ。
「友だったら、どれだけ履歴を消しても見れるよな?」
「うん、よゆーのよっちゃんだぜ」
よっちゃんも誰なんだ。
ハッキング魔の…あれはちーくんだっけか?
「だよね。だけどお願いだから今回だけはそれをしないでくれ」
「うにー、分かったんだよ」そう言ってにへっと笑う。「でも、ミスドの期間限定ドーナツ買ってくることが条件ねー」
友は近頃ミスタードーナツにハマっており、えげつない財力をフル活用して期間限定商品まで堪能している。
どこのロリ吸血鬼だ、お前は。
一応説明しておくと、玖渚機関というものは世界トップクラスの経済力を誇っており、具体的な例を出すとすれば、それは友が一万円を最小単位だと思っていることなどが分かりやすいだろう。
それ以下の買い物をしたことがないのだ。
勿論ミスドでも。
玖渚機関から追放されている現在でも。
マンション丸々一棟、そしてその周辺の土地(東京ドーム何個分だろうか?)を購入しても一生遊んで暮らせるほどの金銭をともは所持している。
とんでもない人と結婚しちゃったなぁと他人事のように考える。
さて、本日。
僕は炎天下の中、ミスタードーナツへ赴く事となったのだった。
まさか、あの男と出会うことになるなんて思いもせずに。
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僕がミスドへ到着した時にはもう既に汗だくだった。道中、僕をおいていった哀川さんを何度恨もうとしたことか…まぁあの人は何処からどう見ても悪くないのだけれど。
「さてと。友はどのドーナツが好きなんだっけな」と呟く。
自慢げに言えたことではないが、僕は異常に、一般人以上に記憶力が弱い。
比喩無しで鳥頭であり———何度聞いても覚えられないのだ。
確か茶色のやつだったはずなんだけどな。
「…て。お願いされたのは期間限定の商品だったっけ」
完全に忘れていた。もしかするとこの数行の説明は不必要だったかもしれない。
「…今は抹茶か」
そういやあいつが抹茶食べてるところなんて見たことがないけど、好きなのかな。
妻の好みも知らないなんて、我ながらどうかしている。
ましてや自分の好みも分からない、と来た。
僕は何が好きなのだろうか。
さっぱりだ———なんて頭で思考を巡らせながら、無事に購入は成功した。
しっかり僕の分もある。
ありがとうございました、という客の元気な声を背に店を出ると、そこは先程までとは比べものにならないほどの炎天下。
腕時計を確認すると、時刻はもうすでに12時を切っていた。
「待ちくたびれてそうだな」と呟いて駆け足で進む。
が、その駆け足も長くは続かず、10分ほどで通常の歩行に戻ってしまった。
何せ、この暑さだ。
何度言えば気が済むのかと言われそうだが、暑いのだから仕方がない。
比喩なしで溶けそうだ。さっきのコンビニエンスストアでアイスクリームでも買っておけばよかった。
それももう後の祭りだ。もはや戻る方がキツい。
それに、もう一つ戻れない理由がある。
全く。
僕は出かけるたびに不幸を引っ張ってくるな。
無意識に。無為式に。
「…ま、こんなのも久々にありかな」
ごめん、友。
少し時間がかかりそうだ。
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そして歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
歩き続ける。
帰り道から外れて、あの場所まで。
以前僕が同じように付き纏われていた時、その人間を撃墜(和解?)した場所へ。
別に感傷に浸りたい訳ではない。ただ単に、そこが対面するにはベストな———何が起こっても気づかれないポイントだと思ったから。
それだけの理由だ。
さて、一体誰だろうか。そう考えようとして、あのビデオのことを思い出した。
呪い。
「…まさか?」
まさか僕が呪いにかかったわけがあるまい———と思いたいのだが、そこに確証は無い。
僕はこれから死ぬのだろうか。
帰るのに少し時間がかかるどころか。
もう2度と、友と再開できないのだろうか。
それは———少しばかり困る。どうにかしなければならない。
「ったく、面倒なことになった」
そう言って少し目を細め、気付かれないようにチラリと後ろを見る。
何者かの姿を目視できた。
確信。
僕は今、かなりピンチだと言うことだ。
さて。
帰り道から随分と離れてしまったがそれもあと少しだ。
とある人気の無い橋。ここで迎え撃つ。
一度深呼吸を行い、僕は後ろを振り向いた———その時。
———ナイフ。
それを僕はギリギリでかわす。
いや、かわせていなかった。少し頬に傷ができる。
多少痛いが我慢できる痛みだ。
僕は冷静に犯人の顔を見ようとする———が。
その顔は茶色のフードでしっかりと覆い尽くされていた。
顔どころか、頭から足までしっかりと。
よくもまぁそれでストーカーできたな、と感心を覚える。
こちらも負けじとジャブを喰らわそうと試みるもひらりとかわされる。
そしてもう一度にナイフが———だがそれも避けられる。
こんな泥試合が5分ほど続いて、ようやく口を開いたのは僕だった。
僕のパンチが相手の鳩尾にヒットし一瞬バランスが悪くなったときを見計らって足の関節を蹴る。
すると相手は見事にこけた。
「…さて、誰なのかな」
なんて形式上言ってはいるが犯人の目処はついていた。
僕のようなつまらない人間を尾行する人間なんて、この世にアイツしかいない。
それに。
僕にとってその攻撃は、ひどく慣れたものだったから。
「…カッ」
そう———
「傑作だぜ」
人間失格・零崎人識だ。
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ここで一つ、彼についての説明をしておこう。
零崎人識。
殺し名序例第三位の殺人鬼集団・零崎一賊の一人で、零崎零識と零崎機織の二人の殺人鬼から生まれた子供。
言わば、生粋の殺人鬼。
零崎双識以外は家族とは思わないと言っていたが、双識以外の一賊の者も決して嫌っているわけではない。
中学生時代は『汀目俊希(みぎわめ としき)』と名乗り私立中学に通っていた。
匂宮出夢や西条玉藻とは好敵手関係に当たる。
戯言遣い———僕により、<<人間失格>>の二つ名を付けられる。
僕とは対照的に『鏡の向こう側』というポジションに当たる。
…といったところか。説明終了。
「説明お疲れさん」零崎は僕のドーナツを頬張りながら言う。
いつの間に盗んだんだ、こいつ。
「どうも…で、どうしてここにいるんだ。確かアメリカに渡ったって聞いたいたけど」僕は自分用のドーナツを一つ頬張りながら聞いた。
「いたら悪いのかよ。そろそろ向こうにも飽きたもんでな。世界一周してから戻ってきた」
「大層暇なんだな、人間失格」
「お前ほどじゃねぇよ、欠陥製品」
零崎は笑って。
僕は笑わなかった。
「いや、言うほど暇でもなくてね…何というか…」
あれ、これ人に言ったりしてもいいタイプの呪いなんだろうか。
うーむ。
まぁ、いいか。
「呪いで人が死ぬって信じるか?」
「あ?んだそりゃ。死んでるんならそこには人間の意思しかねーよ。大方、呪い名の仕業だろ」
「僕もそうだと思ったんだけどね…。哀川さんからすると自明の理だそうだ」
「ふーん」と興味なさそうに返事をした。
僕のドーナツを食べながら。
しかも二つ目だった。
この時点で話すモチベーションはゼロに近くなったが、乗りかかった船だ、と諦めて語ることにした。
同じ話なので割愛する。
「へぇ、その呪いの動画を見た人は死ぬ———そりゃ初耳だな」
「正確には半数が死ぬ、だけどね。他国にそんな噂はなかったのか?」僕は尋ねる。
だが彼は手をひらひらさせて「聞いたことないな」と否定する。
つまりこれは日本でのみの呪い…?
いや、日本人の動画を見る人がいないだけだろう、それは。
アメリカ人にだってきっとあの動画を見れば死者は現れるはずだ。
だけど。
「…死んだ人と、生きている人の差は何なんだ…?」
問題はそこだ。
それを知る事が出来たならば、対処だってできるはずだ。
だがそれは命懸けの検証になってしまう。
それは少し———困る。
玖渚友を思い浮かべながら思った。
「じゃあ俺も見てみるからよ。報告のためにLINE交換しろ」と言って僕の眼前にスマホを突き出す。
まるでスマホで僕を殺そうとしているかのような差し出しかただった。
そしてパッとそれを受け取ってから横の人間を見て———僕は特に何も思わなかった。
「君とは一生することがないことだと思っていたな…」
そんな感じで、僕らは何年越しかの再会を果たしたのだった。
そんな感じの第三話です。やっぱりいーちゃんって良いキャラしてますね。