「うに?どうしたのかな、いーちゃん?」
これは、僕が長い旅路を歩き終えてようやく家へ帰り、疲労のあまり軽くシャワーを終えてからソファにダイブした後のこと。
眠気やら疲労やらで僕はついぼーっとしていた。
だが、もそもそとドーナツを頬張る友に声をかけられてハッと意識を呼び戻す。
「…あぁ、何でもないよ」
「そう?ならいいけど」と言い食事を再開する友。
もうちょっと粘ってくれても良いのに、と思いつつも(もちろん戯言だ)再び回想する。
先ほど出会った男のことを思い出す。
零崎人識。ゼロザキヒトシキ。
殺人鬼一家『零崎一賊』の近親相姦によって生まれた生粋の殺人鬼。
果たして彼はあの動画を見て生き残れるだろうか?
殺して———バラして並べて晒すことはできるのだろうか。
…って、後から考えると僕は大分性悪なことをしている気がしている。それにこれでは犯人側の台詞である。冤罪だ。僕じゃないぞ。
普通は観るのを止めるべきだったよな、あの場面では。
まぁそれは彼への信頼の表れということで、許してもらう事としよう。うん、それがいい。
「…戯言だな」
では次に今後のことについて考えよう。
何に対するか、と聞かれればそれはあの幽霊への対応のことだ。
仮に彼女を『少女A』と呼ぶことにしよう———と自分で言っておきながらいかにもなメディア的命名に不謹慎さを覚えずにはいられなかった。
人が死んでいるというのに。
まぁ、あくまで仮の、である。そこは気にせずに行こう。
「…被害者についてまとめておこうかな」
書き並べれば何か共通点に気がつくかもしれないし。
幸い、哀川さんから被害者たちの情報は得ているため思い出して記すだけだった。
というわけで、以下がルーズリーフにまとめ上げた被害者について。
♦︎♦︎♦︎
<僕への依頼>
<哀川さ潤さんへの依頼>
ファンタスティック☆カズマ。YouTuber。
神田総司。サラリーマン。
三宅美弥。主婦。
♦︎♦︎♦︎
「………」
まとめたところで、結局『共通点は例の動画を見ている』という前提が浮き彫りにされるだけだった。
だが、これが無駄足かと言うと、そうとは限らないとしか言いようが無いのが現状だ。
請負人——まぁこの場合は分かりやすく探偵と言わせてもらうが、調査において最終的に重要な情報となるのはほんの僅かになってくる。
3割か———2割以下の場合もある。
残りの8割は事件解決には全くもって不必要な情報。
全くの徒労である。
だが、そんな情報だってまとめればもしかしたら何かとんでもない事実になるかもしれない。わずかでも可能性を秘めていれば、それを探究する。
請負人。
それは、そんな不確定要素ばかりの面倒な仕事なのだ。
というか、そもそも哀川さんの口ぶりから察するに全国の探偵にこのような依頼が殺到しているらしいので、ほんの5人について記したところで何の意味も無いことは自明の理であるが。
じゃあどうして書いたんだ、というツッコミが聞こえてきた気がしたが、それもやはり『もしかしたら』としか言いようがない。
つくづく面倒臭がりには合わない職業だ。
「ねぇいーちゃん。これっていーちゃんと潤ちゃんが最近調べてる幽霊事件の被害者かな?」
僕が物思いに沈んでいると横の友がドーナツを食べ終えたようでティッシュで口周りを拭きつつ真っ直ぐこちらを見つめながら訪ねてきた。
「ん…あれ、知ってたのか」
「うん、巷では有名な話なんだよ」
「巷ってお前の場合ネットしかあり得ないだろ…?」
「うに、そうだね。僕様ちゃんが生きる場所なんて電脳世界にしかねーぜ。友達はエネちゃんだけさ。あれだよね、動画見たら死ぬんだよね?」
死ぬのは嫌だからね。見てはいないよー、と続ける友。
「じゃあ僕が隠してた意味って…」とがっくりする。
それと同時に見ていないことに安心もする。
良かった。流石メディアリテラシーの頂点・友。
メディアリテラシーの意味は良くわかっていないけど…。
「メディアリテラシーってのはさ、まぁ要するに取捨選択能力って意味だね。いーちゃんなんか大の得意でしょ?」
「あぁ…それなら、言うまでもないね」
少なくとも僕は思い出をとっておくなんてする人間ではない。
僕は賞状なんて貰ったことはないが、貰っていたとしたら恐らく貰ったその日に捨てていたことだろう。
さて。
友がこの件のついて知っていたならばここから出来ることはかなり増える。
主に情報収集において。
「なぁ友。その少女エ…幽霊女について調べてくれないか?もちろん友が見るのは無しで」
「いいよ。ちーくん辺りに頼んでみる」
「初手から他力本願なんだな」
「楽して生きたいからね」
「ちーくんの苦労を考えてやれよ」
なーんて。
僕が言えた台詞ではないのだけれど。
というか僕が今朝言った台詞そのままである。
そもそもちーくんって誰だったっけ…確か天才ハッカーとかそんな感じだった気がする。
そうそう、あだ名が『チーター』だから『ちーくん』だ。思い出した。僕の記憶力もまだ捨てたものではないな。
「犯罪行為は許容してもらえるかな?」
「バレなければ」
「わかったんだよー」そう言いつつ既にパソコンを操作している友。
おそらく僕が何と言おうと犯罪行為は行っていたと思われれる。
だがまぁ。こちらは頼んでいる身だ。
とやかく言うまい。
…そういえば、ちーくんって今刑務所にいるんだよな?どうやってコミュニケーションをとっているのだろうか。
いつか僕が逮捕された時のために是非教えてもらいたいものだ。まず罪を犯すなというツッコミはさておくとしても。
「うん、返信来たぜ。1日あればなんとかなりそうなんだよ」
早ぇよ。
「そっか。じゃあありがとうと伝えておいてくれ」
「うん、それは先に伝えてあるから大丈夫」
「了承することが前提で成功することが大前提なのか…」
なんて恐ろしい人間なんだ。
ハイスペックすぎる。
———と、その時。
リリリリ、リリリリ。
電話の音がした。一体誰からだろうか、僕に電話をかけてくる友人なんていただろうかとスマホの画面を見てみると、そこには。
先程LINEを交換した男の名前『零崎人識』が表示されていた。どうしたんだろう、と素直に電話に出る(基本的には無視するタイプだ)。
「———やぁ、人間失格」
『おっす欠陥製品』
僕たちはいつもの(と言っても数えるほどしか会っていないが)挨拶を終えて本題に入る。
『あの動画見たんだけどよー』
やはり要件はそのことだったか。零崎なら要件がなくても電話してきそうだったので期待値はそれほど高くなかったが、それは僕らが最も欲している情報だった。
だったのだが、結局『何も起こらなかった』という事実だけが明かされただけだった。
「そうか…残念だよ。ようやく零崎の死顔を見れると思ったのに」
『傑作だよなぁ』
「戯言だよ」
『でよ、お前最後のシーンの意味わかったのか?俺は理解不能だったんだが』
「最後…?なんとかカズマ?が大慌てで家の外に出ようとするところか?」
『
え。
いや…なんだ、それ。
これは。
『なんか、
まぁ1回目にちゃんと見ずに飛ばしただけだろ、と笑った。
僕は———
笑わなかった。
「おい零崎。3回目は見るな。死ぬぞ」僕は予感を口にする。
『あ?んだよ…今もう見終わりそうだけど。これほんとにヤバい系?』
傑作だなぁ、と事の重大さを理解していないであろう言葉を発する。
これは、不味い。
「なぁ友。ハックとか、どうにかできないのか」と無恥な僕は無知丸出しの質問をする。
「できるけど時間がかかるね」
———間に合わないよ。
友の声が鞭のように僕を叩きつけ、頭がくらりとした。
一瞬ふっ、と音が消えてすぐに正常になる。
椅子に掴まって冷静になり、改めてこの事象について考え始める。
…やれやれ。こんなの、僕らしくないな…。
まぁそもそも、『僕らしさ』なんてものが戯言なんだけどね。
まさか、あの零崎が死ぬとは思えないが…なんて仮定が、僕の理想論が正しいだなんてそんなおこがましいことを言うつもりはない。何故なら僕はかつて『無為式』と呼ばれていた———無意識に他人を不幸にする男なのだから。
だから。
今は、最善を尽くせ。
「なぁ、零崎。お前がしたことを一から十まで話———」
『あ……な…て?なん………回線………。あぁ、ありゃ……動……。で、…女………撮…』
女。
少女A。
悪寒が走る。
背筋が凍る。
「…零崎?だいじょう———」
ぷつり。
つーつー、と機械音だけが耳に届く。
「え……」僕は呆然としてしまう。
「いーちゃん?大丈夫?」と友の心配そうな声が聞こえた。
何か返さなきゃ、と思っても喉が渇いているのかひっついたままで、「あぁ…」としか返せなかった。
———零崎人識。
殺人鬼と殺人鬼の近親相姦で生まれた
僕の———友人。
零崎が死んだ時、僕は彼のために一体、何ができるのだろうか。
まぁどうせ、そんなことを考えたって意味はないことは分かりきっている。何故なら。
きっと僕は。
「… 戯言だよ、全く」
いつも通り、何もできないのだから。僕はいつまで経っても、正しいことなんて何一つ出来ない『戯言遣いの少年』なのだから。
人識…!どうなるの…!というわけで次回へ続きます。感想・評価などもよろしくお願いします。