ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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王と春、そして鬼

トレセン学園・放課後。今日も快晴。絶好の練習日和だ。

 

ダッダッ……ダッダッ……ダッダッ……ダッダッ……!

 

「うん、ライス、いいタイムね。完全復活と言っていいんじゃないかしら」

「はい、ありがとうございます!」

 

シンザンの弟子その1・ライスシャワー。

フォーム矯正と調整が上手く決まって順調そのものである。先日は重賞も完勝した。

苦手である水泳も、シンザン所有のプールで地道に泳ぎ続けた甲斐あってすっかり上手くなった。

今は体を動かすのが気持ちいいくらいだ。

実力だけでなく自信も付いて、次走は久々のGⅠ挑戦と言われている。

 

「ライスさん」

「あ、ブルボンさん!」

インターバル中にライスは声を掛けられた。親友であり、ライバルでもあるミホノブルボンだ。

彼女との付き合いと因縁は深い。

 

かつて、無敗のクラシック三冠を目指し、菊花賞に挑んだブルボンから1着を取ったのがライスシャワーだった。

そして世間はライスを空気を読まない悪役(ヒール)として扱う中、ただ一人ライスを「ヒーロー」と呼んで奮起させたのがブルボンだった。

今でも二人の仲は良好であり、親しい友人として付き合っている。

 

しかし、ミホノブルボンは菊花賞後、怪我に悩まされる。

あれがピークだった、と言われるほどブルボンの怪我は周りが思うより深刻だった。

トレーニングにも出られず、地道にリハビリを繰り返す日々……。

だが、ブルボンは決して諦めはしなかった。

全ては自分を負かしたライバル、ライスシャワーともう一度戦うために……。

 

「トレーニング、順調そうですね」

「ブルボンさんも練習し始めているんですよね」

「はい。時間は掛かりましたが、ようやく復帰の目途が立ちました。ライスさん、もう一度私と勝負してください」

「はい! 望むところです」

「…………」

 

 

「ブルボン、おまえはここまで本当によく頑張ってきた。怪我が癒え、練習に復帰してもまた怪我……。それでもお前は折れなかった」

「精神は肉体を凌駕する。……マスターのお言葉です」

「そうだ。だが、それでも限界はやってくる」

「…………」

「次の復帰戦、それがお前の最後のレースだと思え」

 

黒沼トレーナーの言葉は真実だった。そのくらい、ブルボンの脚の状態は悪かった。

「ライスさん……」

「どうしたんですか?」

「あなたには伝えておかなければいけないと思い、伝えます。私の脚はあと一戦持てばいいほうだそうです」

「えっ……?」

「復帰戦が、あなたと戦える最後の機会(チャンス)です。そのつもりで私にぶつかってきてください」

「…………。分かりました。ライス、ブルボンさんと手加減なしでぶつかります」

「私のレースは『宝塚記念』に決まりました。ライスさんも合わせてくれませんか?」

「勿論です。トレーナーさんにお願いします」

「お互い、いいレースにしましょう」

「はい!」

二人は固い握手を交わした。

 

(がんばるぞ。おー)

 

 

シンザン所有のスポーツセンター。

「……というわけで、今日から臨時でシンザンさんにコーチをしてもらうことになりました」

「はっはっは、お手柔らかに頼むよ」

シンザンはまだトレセン学園内で活動する許可を貰っていない部外者である。結局、自前の施設で皆のトレーニングを見ることになった。

現在は一応カノープスの特別臨時コーチという役割だが、他の者も見る。

実際、プールにはキングヘイローとハルウララの姿もあった。

 

キングヘイローは高松宮記念を控えて最後の調整。

ハルウララも水泳でトレーニングだ。地方巡業は1着3回、2着2回、3着1回と上々の結果で終わった。次は重賞挑戦を目指す。

 

カノープスの面々は引き続き南坂トレーナーが見ることになる。

「おー、ばーちゃん。今日はなにやるんだ?」

「そうだねえ、みな下半身をもう少し強化したいから、泳ぐほかに水中ダッシュと水中スクワットをやってもらおうかな?」

「成程、水の抵抗を生かして下半身を重点的に強化するわけですね、おばあさま」

「ししょー、わたしもがんばるね」

「こらこら、今日はそれだけじゃないよ。たっぷり泳いだら次はジムで筋トレさ」

「うぇー、ほんっとスパルタだねー」

「ですがターボさんの結果があれです。我々も必死についていかなくては」

「えい、えい、むん!」

 

「よーしいくぞー」

「ターボさん、準備運動は重点的にやるべきです。いきなりプールに飛び込もうとするのはいい加減止めてください」

ターボがディクタスに捕まるのを見たりしながら、南坂トレーナーは苦笑する。

 

トレーニングの間、シンザンは会社の実務をこなしていた。ここ最近トレセン学園の面々と関わってから時間がないと言っていた。

そんなシンザンの横に、南坂トレーナーが座る。

「色々骨を折って有難うございます。シンザンさん」

「ん、なあに礼には及ばないよ。若いウマ娘が頑張るってのはいい事さ。方向を間違えなければね」

「しかし……ウマ娘の世界のレジェンドに、ここまでしてもらっていいものなのでしょうか?」

「ん、いいんじゃないか? 少なくとも私は、カノープスというチーム、好きだよ」

「えっ……」

「思えば選抜レースでパッとしないネイチャを作りたてのチームにスカウトしたのは、あんただった」

「はい」

「ターボが大逃げしたいと言った時、それを咎めず、尊重したのもあんただったそうじゃないか」

「え、ええ……」

「イクノが怪我で練習もままならぬ時、復帰後のトレーニングを見せて励ましたのもあんただった」

「よ、よくご存じで……」

「確かにね、カノープスには特別才能に恵まれたウマ娘はいないだろう。でも居心地の良さを作り、個性を尊重し、適切な環境作りに勤しんできた」

「…………」

「私ゃ、あんたのそういうところ、好きだよ、是非トレーナーとして立派に育ってほしいねえ」

「はは、煽てても何も出ませんよ」

 

「はっはっは……ってこらー! マチタン! スクワットが甘い! ちゃんと水に深く膝を入れな!」

「ふぁ~い!」

 

過程なくして結果は出ない。

実践に勝る練習はない。

 

これがシンザンの心得だった。

だからある程度体が出来上がったら学園のターフに戻り、併走トレーニングをばんばんやる予定だという。

その為には、もっともっとウマ娘を鍛え上げなければ。

 

「もっとも、私ゃトレーニングが嫌いでねえ、レースを練習代わりにしてたもんさ。今それをやったらバッシングじゃすまなかっただろうねえ……」

「それができるのはあなただけですよ、シンザンさん」

 

 

そして、あっという間に月日は流れる。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

まずは高松宮記念。中京レース場芝1200m。GⅠでもっとも短いとされる短距離レースだ。

 

「聞いたよ、何でも秘密特訓をしていたそうじゃない」

「セイウンスカイさん……」

同期のライバル、セイウンスカイがレース前に声をかけてきた。

「でも高松宮は短いからねえ……みんな一生懸命前に出て誰が一番ゴール板を走り抜けるか、そんなレースになると思うよ」

「それならそれで結構。私はペースを崩さないわ」

「ふうん、じゃあ馬郡に前を潰されてもらおうかな」

(レース前にプレッシャーをかける、か……。まあいい作戦なんだろうけど、このレースでは……どうかしらね?)

 

 

レースは好調なスタートを切ったセイウンスカイが早くも逃げのペースに打って出る。

それに負けじと他のウマ娘が、我が先にと、私が、私が、とペースを上げる。スタミナなど必要ない。超ハイペースのレースだ。

キングヘイローは外に構えた。現在中段。しかし前にはウマ娘はいない。

 

(確かにこの距離では、作戦もくそもないかもしれない。逃げウマがひたすら逃げて逃げて終わり……。

それでも、私はペースを崩さない。レースは先に自分を見失った方が負け。そうでしょう、おばあさま)

 

そしてあっという間に最後の直線。先頭は変わらずセイウンスカイ。リードは……、

「あれ、おかしいぞ。思ったより引き離せてない……」

自分は全力で飛ばしていた筈。だが他のウマ娘が予想以上に速かったのか、リードは4~5バ身程度。これはセイフティリードか?

 

(いや、大丈夫。私はただのハイペース、他の娘は初っ端からのラストスパート。もうバテてる。この差を詰められるウマはいない。私の勝ちだ!)

しかし、そうは問屋が卸さない。ただ一人、ハイペースの中、脚を溜めていたウマ娘がいた。

「さあ行くわよ! これが、キングの走りよ!」

 

『キングヘイロー! キングヘイローがまた来た! 前のウマ娘をごぼう抜き! 残り100mを切った。セイウンスカイに届くのか!?』

 

「わわっ、来た!」

「はあああああっ!」

 

『両者の一騎打ちだ! どうだ!? セイウンスカイ! キングヘイロー! セイウンスカイ! キングヘイローーーーーー!!』

 

決着は付いた。キングヘイローの1着。今回もハナ差でのギリギリの勝ち。しかしあの距離を追い込めたのは彼女しかいなかっただろう。

 

『キングヘイロー1着! 安田記念に続いて、高松宮記念を制しました! 見事な末脚、この1200mで最後の最後まで我慢したキングヘイローが捲って優勝です』

 

「えーと、わたし、何人抜いたかしら。6、7、8……数えきれないわね」

「私を含めて9人だよ。全く、そんな脚があったなら以前から出しなよね」

「ふふふ、まあこれが特訓の成果ってやつかしら。おーっほっほっほ」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

続いて根岸ステークスダート1400mGⅢ。ハルウララ初めての重賞挑戦の日がやってきた。

 

東京競バ場開催ということもあり、観客席には商店街の人々がわざわざ駆けつけてくれた。

「ウララちゃん頑張れー!」

「ウララちゃん一等賞見せてくれよー!」

 

「うん、有難うー。わたし、頑張るねー!」

観客席に手を振り応援に答えるハルウララ。もう彼女はブービーとビリを連発していた頃のウマ娘ではない。立派な重賞を狙うウマ娘だ。

(今日のためにししょーの所でいっぱいいっぱいれんしゅうしたもん! がんばるぞー!)

 

『ゲートイン完了。各ウマ娘態勢完了しました。……スタートしました。各ウマ娘綺麗なスタートです。早くも土ぼこりをあげての熾烈なトップ争い』

『注目のハルウララ、8番手といったところ』

 

シンザンが見守る中、ハルウララは駆け出していた。スタートも悪くないし、掛かった様子もない。落ち着いている。

「こういうレースができるウマ娘は、いいウマ娘だよ。ウララ……」

 

「よーし、そろそろ動いちゃうぞー」

『おっとハルウララここで仕掛けた。じわじわと上がっていく。現在4番手の位置まで来ました』

『ちょっとペースが速いですかね。まだコーナーを回りきるまでには距離がありますが』

 

しかしここまでは作戦通り。他のウマ娘はハルウララには負けまいと強気に前に出ようとする。それを見越しての早めの仕掛けだ。

後ろのウマ娘達もここで前に出ようとスピードを上げる。だがウララに前を行かれたため、思う様に抜け出せない。最後の直線まで我慢となった。

 

『さあ最後の直線、この短期戦、後ろの娘たちは間に合うか?』

ダートの土を踏む衝撃音が観客席まで木霊する。

観客席ではハルウララを応援する声が大きくなる。

 

ここでハルウララは一息、深呼吸を入れた。最後の直線。その直前に肺に空気を入れ、それを全身に行き渡らせる感覚を思い出す。

そしてそれをふぅー、っと吐き出すと、よしっ、と準備OKとばかりに懸命に走り出した。

『先頭は変わらずバイトアルヒクマ、後方からはヴァッサゴ、エキサイトスタッフも伸びてきている。そして、来た来たハルウララだー!』

 

ハルウララが先頭目掛けて一気にピッチを上げる。

なにせウララは小さいウマ娘だ。馬郡に紛れ込んだらあっちこっちに吹き飛ばされてあっという間に後方である。

その為最後の直線だろうと何処だろうと基本、他のウマ娘と極力競い合わず、皆に追いつかれるより先に、前に出なければならない。

そしてそこまで理想的な展開で来れば、週一ペースで走って鍛えた場数とシンザンとの特訓の成果がモノを言う。

 

『ここでハルウララが先頭だ! どうだ!? 後続も追い込んでくる!前は3頭態勢! しかしハルウララ! ハルウララだーーー!』

ゴール板を駆け抜け、観客の声援に答える。電光掲示板にはハルウララの一着の結果が表示されていた。

 

『お見事ハルウララ、根岸ステークスを制し、初の重賞制覇です!』

 

「うわっ、わわわわわ、やった! やったーーーー!」

「やったぞー! ウララちゃーーーーん!」

「輝いていたぞウララちゃーん!」

スタンドの声援に、ぴょんぴょん跳ねながら、答えるハルウララ。

そしてししょーであるシンザンの元へと歩み寄る。

「ししょー、やったよ! わたし、じゅーしょー勝ったよー!」

「うんうん。見ていたよ。ウララ。もう立派なウマ娘だねえ……」

「うん! ししょーのおかげ! わたし、こんなに強くなれたよ。ありがとう、ししょー!」

ラチを飛び越えてきたウララを優しくハグし、さあウイニングライブに行ってきな、と諭すと、ウララは場内奥へと走っていった。

 

そしてそんな光景をしかと見ていたスポーツ記者がいた。

「すいません、あなたがハルウララのお師匠さんですか?」

「ん……」

「私、日賛スポーツの都賀と申します。あなたについて、少し聞きたい事が……」

「ふん、マスコミかい。悪いがこれから商店街の皆さんと祝勝会なんだ。悪いが後にしてくれないかい」

「ま、待ってください、お話を……」

「…………シンザンだ」

「えっ……」

「この名を知らない奴はモグリだね。ま、後はあんたたちで調べるんだね」

 

 

「……シンザンって、……まさかあのシンザン……!?」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

一方、今日はトレセン学園では選抜レースを迎えていた。

しかし集まったトレーナーや実況担当、学園関係者はあっけに取られていた。

 

「…………」

シンボリルドルフの肝いり、チカチーロ改めシンボリエムブレムの初レース。その内容は……、

 

「うぅ……」

「ひ、酷い……」

ターフは死屍累々の地獄絵図だった。

 

スタート直後、シンボリエムブレムは出遅れた。スタートの方法を知らなかったからだ。おかげで最後尾。

だがここからが、悪鬼羅刹・シンボリエムブレムの走りだった。

前を進むウマ娘にすぐさま追いつき、

 

「どけっ!」

「ぎゃあっ!」

 

「邪魔だ!」

「ひいぃっ!」

 

「失せろ!」

「うあっ!」

 

ショルダータックルで次から次へと右へ左へ吹っ飛ばす。

一着でゴールしたものの、当然進路妨害となり、着走は最下位へ転落した。

 

「こいつは、流石に……」

「とんでもないね……」

心配で見に来たヒシアマゾン・フジキセキ寮長もこれには唖然呆然。

 

 

レースを走っていたウマ娘全員が担架で運ばれ、保健室へ急行される中、シンボリエムブレムは地面にぺっと唾を吐いて、

「ふん、入院程度で済んでよかったじゃないか」

と呟いた。

 

それを見ていたエアグルーヴは歯を食いしばり、

「ふざけるな……。こんなものレースではない。ただの喧嘩だ……!」

そしてシンボリルドルフは、

「これは、とんでもない大物が釣れたものだな……」と満足気だった。

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