ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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負ける要素はなし

東京競バ場、場外。レース前で人もまばらの中、シンボリエムブレムとガラの悪い男二人組がいた。

スーツに龍柄ネクタイに顔傷にスキンヘッド、もう片方はパンチパーマにサングラス、明らかにカタギではない。

「よう、久しぶりだなあ。チカチーロ」

「…………」

 

(何を……してるんだ?)

(まあ黙って聞こうじゃないか)

施設の陰に隠れて、シンボリルドルフとシンザンはウマ耳を立てる。

 

「おまえがトレセン学園に入ったと聞いたときは大層驚いたぜ。それで今はどうなんだ? シャブが打ちたいなら金を出せば用意するぜ」

「そんな金ねえよ」

「おやおやつれないねえ。ヤ●ザのチ●ポしゃぶったりケツにバイブ突っ込まれてた以前みたいに可愛く振舞ってもいいんだぜ?」

「……!!」

シンボリエムブレムは震えていた。怖いのではない。かつてのトラウマをほじくり出されて感情の行き場がなくなっているだけだ。

「まあいいや。今日はそんな話しに来たわけじゃねえんだわ。おまえ、今日の第5レース、出るよな」

「それがどうした?」

「いや、それなんだがな、ちょっと手を抜いて負けてほしいんだわ」

「……っ!」

「勿論見返りは出すぜ。100万円だ。いい額だろ? 悪い話じゃねえと思うんだが」

「…………」

「嫌とは言わせねえよ。裏切ればおまえの過去をマスコミにバラしてもいいんだけどよぉ……」

「この……糞野郎が!」

シンボリエムブレムは骨を噛み砕くくらい歯に力を込めた。

ああそうだ。所詮わたしはチカチーロだ。どうあがこうと、過去は消せない。

「だけどよぉ。おまえんとこの母ちゃん。お前が勝つ方に賭けてるんだぜ。バカだよなあ……」

「……! あのクソババアが!?」

「負ければ破産でタコ部屋送りだけどよぉ。お前としてはいい取引だと思うんだが、どうよ。答えろや?」

「…………」

 

 

「やれやれ、随分とふざけた話だな。レースはお前たちの為に開催しているわけではないのだぞ」

ここまで聞ければ充分、と判断したシンボリルドルフが、壁際から現れた。

 

「誰だてめえは!?」

「やれやれ、私の事も知らないで、よくもまあ競バ賭博などやっているものだな」

「会長……」

シンボリルドルフは誰にも見せたことがないような剣幕で仁王立ちする。

「会長、来るな! これはわたしとこいつらとの問題だ!」

「そうはいかない。私は君の保護者兼親代わりでもある。ましてや八百長に手を出そうというなら、全力で止めなくていけない」

「おいおいおいおい、てめえには関係ないだるぉ? 下手に手を出すと痛い目を見るぜ、お嬢ちゃん」

「ほう……」

シンボリルドルフは一瞬にして間合いを詰め、相手の首根っこを持ち上げて高々と吊り上げた。

「痛い目とは、こういう事かな?」

「ぐうっ! ぐぁっ! で、でめえっ……!」

「ウマ娘の身体能力を甘く見過ぎだな。筋力、握力、走力、あらゆる面で普通の人間より遥かに上だ」

敵を甘く見る気はない。だがこいつらは悪行高き競バ賭博の常習犯だ。芋づる式に他の連中も釣れる可能性がある。

許すわけもないし、逃がすつもりもない。

 

「皇帝を、無礼(なめ)るなよ……!」

その圧倒的オーラは、チンピラを気圧し、気絶させ、泡を吹かせるほどのものであった。

 

ドサッ

 

チンピラAが糸の切れた操り人形の如く路上に崩れ落ちる。

「ふんっ……」

「て、てめえ……!」

チンピラBが懐から短刀(ドス)を持ち出す。

「おやおや、危ないものを持ち出すんだねえ。そいつは脅しの道具じゃないんだ。光り物を出してしまったら……お互い死合いだよ」

シンザンがチンピラBの前に立ち塞がる。チンピラは、どけクソババアと叫びながら短刀を構え、一直線に突っ込んでくる。

だが、シンザンは動じない。手にした杖で容易く短刀をはたき落とし、懐へ。腕を掴み、体をひねり、腰を入れて、一本背負い一閃……!

 

ドォン!

 

受け身も知らぬチンピラは、アスファルトの上に体を叩きつけられ、気絶した。

路上の柔道程怖いものはない。素人相手では簡単に懐に入られ、あとは投げられるだけだ。

投げこそ柔道の華である。しかし有段者同士の勝負であれば、腰は重く懐も浅く、安易な投げは出来ない。

もっとも、シンザンは柔道の有段者なのだが。

 

 

「これで終わりだな。場外に常駐している警備員に突き出しておこう」

「す、すいませんでした……」

シンボリエムブレムは頭を下げた。頭の火照りは多少和らいでいた。

「なあに、子供を守るのは親の努めさ」

「そうそう、過去に色々あったみたいだが、今は生まれ変わる機会なんだ。気にすることはないさ」

シンザンがよしよしと頭を優しく撫でた。子供を慰めるように。

「…………」

 

「で、エムブレムよ、君は……八百長をするつもりなのか?」

シンボリルドルフは直球に聞いてきた。当然だろう。これだけは、ちゃんと聞いておかなければならない案件だ。

「……難しいですね。金なんか欲しくないですが、勝ったらあのクソババアが生き長らえちまう。せっかくあいつと縁が切れるチャンスなのに……」

「嫌いなんだねえ。お母さんのことが」

「当ったり前っスよ! あのクソババアは重度のアル中だ。なのに酒を止めようとしねえ! おまけに酒が切れたら暴れ出して、酒代の為にわたしが何回ヤ●ザに体を売らされたか!」

「しかし、話を聞く限り、君の母親も競バ賭博の常習犯だ。場合によってはタコ部屋ではなく、拘置所送りとなるかもな」

「…………くそっ! あいつなんか……あいつなんか……ムショ送りになっちまえばいいんだ……!」

 

「で、改めて問いたい。やる気か? やらないのか?」

「……考えさせてください」

シンボリエムブレムはレース場内に走って逃げて行ってしまった。

「おい、エムブレム!」

「よさないかシンボリルドルフ。これはあの娘が一人で決断しなきゃいけない問題だよ。私たちは黙って見守るだけさ」

 

 

そして迎えた第5レース。

シンボリエムブレムは中段後方の位置で前を狙う形となった。しかしその走りには覇気がない。

シンザンも、差そう、って気がまるでないね、と呟いた。

(くそっ、どうすればいい? どうすれば……? 私にはもうレースしかないんだ。でもあのクソババアを喜ばせるのも嫌だ。くそっ、くそっくそっ!)

 

チカチーロだった時代を思い出す。虐待と嘲笑だらけの、絶望しかない日々……。

自分には未来はなかった。自分の命には保険金が掛けられていた。死はいつだって自分の隣人だった。自分はカス扱いだった。

そこに、ほんの少しだけ光が差した。だがその幸せもやはり長く続かないのか……?

 

(くそっ、おまえら、もっと早く先へ行け。わたしを追い越せ。わたしは勝ちたくなんかないんだ。勝ちたくないんだ。勝ちたく……)

 

ぶちっ

 

シンボリエムブレムの中で、何かが切れた。

「あああああああああっ! どいつもこいつもウザったてー! 弱すぎて、遅すぎて、糞すぎて、負けてやる気にもならねえ!! どいつもこいつも死んじまえ!」

その瞬間、シンボリエムブレムが烈火のごとく駆けた。芝を焼き殺すかのような勢いで、周りのウマ娘をごぼう抜きにして。

 

(これだ……! わたしが惚れた、あの走りだ!)

(なんだいこれは……。まるで雷光じゃないか。こんな走りが出来るウマ娘がいたのかい……! 心躍るじゃないか……!)

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

『ゴーーーーーーール!! 圧勝! 完勝! 大楽勝! 今、ターフに新しいスターが誕生しました! その名は、シンボリエムブレム!』

 

ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

観客席がメインレースでもないのに大きく湧いた。それだけ鮮烈な走りだった。

 

 

「いやあ、いいものを見せてもらったねえ……」

「シンザン殿」

「……ん?」

「賭けは私の勝ちだ。約束は守っていただく」

「……ふん。しょうがないか。でも少しだけ時間をくれ。私ゃ社会人だからね。会社のことで忙しいんだ。仕事にケジメつけなきゃねえ」

「どうぞ。ああ、逃げないようにこのことはメディアに伝えておくんで」

「抜け目ないねぇ」

 

 

『続いてのニュースです。かつて史上初の5冠ウマ娘となり、レジェンドとまで言われたウマ娘、『シンザン』選手が、

トレセン学園臨時トレーナーに就任することが決定しました。

シンザン選手は1960年代日本の競バ界において、史上初の5冠ウマ娘となり、昭和最強とまで言われた伝説のウマ娘であり、

引退後は実業家として成功、多くの事業を手に取り、トレセン学園にも多くの出資をしていたと言われています。

そんなレジェンドの就任に当たり、早速記者会見が行われました』

 

「現在、トレセン学園は慢性的なトレーナー不足の現状であり、改善は急務とされている。

また、入学したウマ娘の中にはトレーナーもつかないまま見捨てられ、退学する娘も多く、若いウマ娘が切磋琢磨するにはいびつな状況にあるのが現状です。

年寄りの冷や水であることは重々承知しておりますが、私はそんな現場を救いたい。

誰もが華のある道と栄光を掴めるわけではないが、願わくば指導したウマ娘の中から、立派に成長するウマ娘が出てきてほしいね」

 

『シンザン選手はこれを機に、幾つかの会社の重役から降り、後任に会社を切り盛りしてほしいということで、大規模な人事異動が行われるそうです。

細江さん、トレセン学園に新たな風が吹くことを期待したいですね』

『そうですね。私たちの世代だと、現トレセン学園会長のシンボリルドルフこそ日本最強バだという声も多いですが、

中高年の方々にはシンザンこそ日本最強バだという声の方が多いそうですよ。それだけ偉大なウマ娘だったんでしょうね』

 

 

「あー、とうとう報道されちゃったかー」

カノープスの部室で、ナイスネイチャが報道内容を見ながら呟いた。

「仕方ないですよ。シンザンさん程の指導力を持つ人は本来引く手数多でなければおかしいくらいです」

「でもこれで、私たちにかけてくれる時間が減っちゃうかもねー」

「そんなことないぞ!」

そんな中、ツインターボが立ち上がって叫んだ。

「ばーちゃんはターボたちを見捨てたりはしない。そしてこれからは、どんどん強いウマ娘がカノープスの前に立ちはだかるんだ! それをターボ達は全部倒す!」

「ふむ、ライバルが増えることは喜ばしいことということですね」

「私は強いウマ娘ばっかりになるのは嫌だなあー」

「…………」

 

三人のやりとりを聞きながら、ナイスネイチャは自分の脚を見た。

かつては走るたびに怪我に悩まされていた脚。自分が走れなくなるのは時間の問題だと思っていた。カノープスを去るのも、自分が一番最初だと思っていた。

でも、自分はまだ生きている。まだ走ることができる。

シンザンさんに脚の使い方と筋肉の付け方を教わったおかげで、脚回りはぐっと頑丈になった。

(もう少し、頑張ってみますか……それなりに)

「どうした、ネイチャ?」

「ん? ううん、なんでもないよ」

 

ガチャ

 

「皆さん、失礼しますよ」

部室のドアを開け、南坂トレーナーが入ってきた。

「さあ皆さん、明日からいよいよシンザンさん指定のレース遠征が開始されます」

「おおっ!」

「きたー!」

「シンザンさんは3着以内と言いましたが、我々は勿論、全員1着を取るつもりで行きますよ」

「当然ですね」

「そしてハワイだー!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

『さあ最終コーナーを回って各ウマ娘最後の直線です。先頭はコーナー前にするするっと上がってきたイクノディクタス!』

「いけー! イクノー!」

「ファイトー!」

 

(皆さんの声援がこんなにはっきりと聞こえるなんて……。走りに余裕があり、視野を広くもてている証拠ですね)

 

「最後まで気は緩みません。このまま先頭を維持します! はああああっ!」

『ゴーーーーール! イクノディクタス圧勝! 大差で札幌記念を勝利しました!』

 

 

阪神大賞典3000mは過酷な長距離だ。だがスタミナがついた今のマチカネタンホイザには余裕がある。

「いけー! マチタンー!」

「タンホイー!」

 

(ああもういちいち呼び名が変わるの止めてくれないかなー。気が散っちゃうじゃん!)

 

『先頭はマチカネタンホイザ。後続はもう一杯か? マチカネタンホイザの独壇場だ! マチカネタンホイザ、今一着でゴールイン!』

 

 

「うおりゃあああああああっ!!」

『ツインターボが走る! ターボエンジンは今日も全開! 後続を引き離して10バ身以上。後ろの娘たちもあわてて追い出した!』

 

「ああもう、誰よ、逆噴射するって言ってたの!」

「むしろ引き離される一方じゃん!」

 

『後続も追いかけるが、これはもう無理か。余裕のセイフティリードだ! ツインターボ、独走状態を維持しての圧勝! ツインターボが勝ちました』

 

 

そしてカノープスの最後の大一番、ナイスネイチャがアルゼンチン共和国杯2500mに挑む。

「ネイチャ頑張れよー!」

「ナイスネイチャ、3着はお腹いっぱいだぞー!」

自他共に認めるブロンズコレクターであるナイスネイチャにはファンも多い。判官贔屓というやつだ。

「……参ったなー」

ここからは聞こえないが、きっとターボやマチタンも応援してくれてるんだろう。

「みんな1着かー。でもネイチャさんはどうかなあ。……期待されると、裏切っちゃうんだよなあ」

シンザンとの特訓で力も自信もついた。しかし持って生まれたナナメな性格はそう簡単には変わりはしない。

『各ウマ娘、ゲートに入って態勢完了しました』

(ま、やるだけやってみますか……)

『スタート!』

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「それでは、カノープス、全員GⅡ一着達成を記念して……乾杯!」

「かんぱーい」

「かんぱーーーーい!」

南坂トレーナーが乾杯の音頭を取る。カノープスの部室は祝勝会場と化していた。

テーブルにはシンザンがとってくれた寿司と焼き肉が並んでいる。

「やっきっにくー。やっきっにくー♪」

「タンホイザさん。肉を焼くのはいいのですが煙が充満してはいけないので脂身が少ない物からお願いします」

「寿司うまー!」

「とくじょうだってばーちゃんが言ってたもん!」

ウマ娘もやればできるということが証明されたレース内容だった。カノープスはGⅡながら全員一着で勝利。特訓の成果を存分に見せつけた活躍ぶりであった。

皆の明るい笑顔と結果に、南坂トレーナーも思わずほころぶ。

「ははは……本当にシンザンさんには足を向けて眠れませんね」

「本当だね。いっつもキラキラウマ娘の引き立て役だった私たちがねー」

ネイチャが焼き肉のお通しでもらった生キャベツのごま油和えをパリパリかじりながら言った。

「そんなことないぞみんな! ターボたちはがんばった。すっごくすっごくがんばった! だからこの結果はとーぜんだ!」

「そうですねターボ」

イクノが上マグロを箸で取りながら賛同した。

「もぐもぐ……もっもっ……もっ」

マチカネタンホイザは肉をもぐもぐするのに夢中だった。

 

「ですがこれで終わるわけにはいきません。我々も、今度こそGⅠ勝利を目標にしなくては」

「おおっ!」

「きたねー」

「ということで、登録を済ませておきました。レースは宝塚記念。出場するのはナイスネイチャさん、マチカネタンホイザさん、お二人です」

「まっかせてー!」

「やれやれ、もう一回頑張りますか……」

「今のネイチャやマチタンならやれるぞ!」

「頑張ってください」

 

 

そして瞬く間に月日が流れ、宝塚記念前日……。

「はあ……はあ……はあ……」

寮のベッドで、ライスシャワーが汗を掻きながら眠れない夜を過ごしていた。

 

手にした体温計は、38.6℃を示していた。

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