ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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淀の悲劇

控室。ブルボンは長椅子に座り、瞑想をしていた。側には黒沼トレーナーがいる。

(長かった……。この時が来るのを……。無様なレースをするつもりはない。勝って引退する……)

側にいる黒沼トレーナーは何も言わなかった。

黒沼は寡黙である。不要な事は何一つ言わない。それでも心情的には声をかけてやりたいのである。

(……俺はブルボンを信じる。ブルボンの走りを、最後まで信じる……)

 

ガチャ

 

「ミホノブルボンさん、お時間です。レース場へ」

係員が声を掛けに来た。ブルボンは立ち上がる。

 

「行ってきます。マスター」

「行ってこい、ブルボン。勝って戻ってこい!」

 

 

「ミホノブルボン、出撃します!」

 

 

別の控室ではカノープスの面々が出場するナイスネイチャとマチカネタンホイザと談笑していた。

出場する二人は終始リラックスしている。

「さあて、久しぶりのGⅠかー。どういう戦略でいこうかな?」

「ブルボンが逃げるのは間違いないでしょうね。後は他のウマ娘がどの位置で仕掛けるのかがポイントになるでしょう」

「大丈夫! みんな強くなった! ネイチャもマチタンも負けない! ターボが信じてる!」

「勝っても恨みっこなし、でことだね?」

 

「あれ、そういえばシンザンさんは?」

「今日は皆のレースという事で中立に徹するとの事です。きっとスタンドで観戦するのでしょう」

南坂トレーナーが言う。

「そっか。そうだよね。ライスシャワーも出るんだから」

「まあ最後に勝つのはこの私ですけどー」

 

コンコン。ガチャ

 

「ナイスネイチャさん、マチカネタンホイザさん、時間です。レース場の方へ」

「よっし、それじゃあ参りますか」

「絶対勝つんだから」

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

控室。ライスシャワーは椅子に座りながら荒く息を吐いていた。

発熱が発覚してから、ライスは風邪薬と熱冷ましを飲んだ。しかし熱は下がらない。

本来ならこんな体調でレースをするなど、トレーナーが止めただろう。だが、ライスはトレーナーの前では極力冷静に、笑顔を見せてごまかしていた。

おそらくトレーナーは観客席の方にいる。ここに来ることはない。それが幸いした。

(ブルボンさん……)

そう、今日はライバルであるミホノブルボンの引退を掛けたレースである。

それなのに、自分が欠場するわけにはいかない。絶対に。

(ライスだって、ブルボンさんとの勝負を楽しみにしてたんだ。汗はにじむし、鏡で見たら顔色も悪い。頭も痛い……。それでも走らなきゃ……)

どうして熱が出たんだろう? 体のどこかに異常でもあるのか、何か変なモノでも食べたのか、原因は何度考えても分からなかった。

「大丈夫、1レースだけでいいんだ……。持ちこたえて、ライスの体……」

 

ガチャ

 

「ライスシャワーさん、お時間です」

「……! は、は、はい!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

ワアアアアアアアアアアアアッ!!

 

『晴天に恵まれたここ阪神レース場。宝塚記念芝2200m。16頭のウマ娘で競われます。

注目はなんといっても、かつて無敗の3冠ウマ娘に挑戦し、長きに渡る故障を乗り越えてきた不屈のサイボーグ、ミホノブルボン。

そしてその3冠の夢を阻んだ因縁の相手、漆黒のステイヤー、ライスシャワーとの激突。

これにこのところ絶好調のナイスネイチャ、マチカネタンホイザなども注目です』

 

「勝てよー、ブルボン!」

「これで終わりなんて寂しいこと言うなー。またおまえの走りを見せてくれー」

「…………」

 

「ライスシャワー、空気読めよー」

「もうヒールはこりごりだろー? 楽になれー」

「…………」

 

ブルボンには声援が飛び、ライスにはブーイングが飛ぶ。この落差。二人にとってもあまりいい印象ではない。

二人は、言葉を交わさなかった。顔も合わせなかった。観客は、二人は互いのことを嫌っているのだと思っていた。

 

そんなことはない。むしろ逆だ。ブルボンはライスを心から慕っているし、ライスもブルボンを一番の親友だと思っている。

だがレースに出れば言葉は無用。お互いこのレースに賭ける想いがどれだけ大きいか、もはや分かっている。

 

最高のレースにする、してみせる、そんな思いで二人はゲートに入ろうとしていた。

 

(……ライスの様子がおかしい)

そんな中、ただ一人観客席にいたシンザンだけが、ライスシャワーの異変を感じ取っていた。

 

 

『各ウマ娘、態勢完了。さあ、果たしてファンの投票に答えるウマ娘は誰なのか……。スタートしました』

全員まずは綺麗なスタート。まずはミホノブルボンがいつも通りハナを取り、先頭に躍り出る。

『さあ故障明けのミホノブルボン、果たしてこの2200m、かつてのような一度もハナを譲らない脚は戻っているのか?』

 

しかし、ブルボンは他の事を考えていた。

(……ライスさんの気配が、まるでない?)

かつてのように自分を徹底マークして付いて来る感じが全くない。後ろを振り返る余裕はないが、それにしたって計算外だ。

(どうしたんですかライスさん? 私など、もはや眼中にないと!? くっ、駄目だ! 今はレースに集中しなければ!)

 

一方、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザは共に馬郡の中央の位置を取った。6、7番手。

(ブルボンの脚は警戒したいところだけど、私は自分のペースを守らせてもらう!)

(最後に差す! その自信はあるよ~)

 

そんな中、ライスシャワーのトレーナーが声を張り上げた。

「どうしたというのライス!? いつもの走りには程遠いわ!」

ここにきてトレーナーもようやくライスの不調が分かった。現在ライスは11、12番手。しかもズルズルと後方に落ちて行ってしまっている。

しかも様子がおかしい。まだ1000mも通過していないのに、レース終盤であるかのように肩で息をしている。

(迂闊だった……。普段の好調なライスを見過ぎて、直前に声を掛けて様子を見るのを忘れるなんて、トレーナー失格だわ!)

しかし後悔しても既に遅い。もうレースは始まっているのだ。競争中止にはできないし、F1のようにピットインすることもできない。

 

 

「ライスちゃんがんばれーーー!!」

学園のカフェテリアに設置されている大型テレビでハルウララは必死にライスを応援する。

しかしそこにいた誰もが、さすがにライスの異変に気付き始めていた。

 

 

「はあっ……はあっ……はあっ……!」

ライスは苦しんでいた。上半身と下半身の動きがバラバラなのが自分でも分かる。あれだけシンザンに教えられたのに、なんて醜態だ。

(駄目だ……このままじゃ負ける。ライスは、ブルボンさんとこんな形で終わるわけにはいかないんだ……)

そう、こんな走りがしたくてレースに出たわけじゃない。こんなレースでブルボンと決着を付けたいわけじゃない。こんな……。

(思い出すんだ、春天でマックイーンさんと戦った時を……! あの時みたいに走れば……!)

『おっと後方、ライスシャワーがここで仕掛けた。第3コーナーからの、かなり早いロングスパートだ』

 

それが、ライスシャワーの悲劇だった。

 

 

ぐにゃあ。

 

「……!?」

ライスの視界が歪む。目の前がぐねり、音も聞こえず、何処を走ってるかも分からない程の状態になる。

 

(ここ、どこ……? あ、そうだ……! ライスは第3コーナーを走ってるんだ。曲がらなきゃ……曲がら……)

しかし、意識を取り戻し、目の前がクリアになった瞬間、そこに見えていたのは内ラチだった。

 

「……! しまっ……!」

 

ドガアァッ!!

 

ライスは、内ラチに、強烈に体を打ち付けた。だが、その衝撃がもっとも集中したのは、前に突き出していた左脚膝の部分だった。

ウマ娘は人間とは比べ物にならないくらいの速度で走ることができる。だが、もし速度のまま障害物にぶつかったらその衝撃度はどうなるか……?

答えは言うまでもなかった。

 

ライスシャワーはターフへ崩れ落ちた。

 

『おーっと、ライスシャワー転倒! ライスシャワーが転倒した! 第3コーナーの内ラチが衝撃でひしゃげています! どうしたんだライスシャワー!?』

バ内に響き渡る実況が異変を知らせる。観客席からは大きな悲鳴が上がった。

 

「……!?」

その実況に、最も過敏に反応したのは先頭を行くミホノブルボンだった。

(ライスさんが……ライスさんが……一体何故!? どうして!?)

 

 

「ライス!」

「ライス!」

トレーナーとシンザンが観客席を飛び越え、ターフ内に入り込む。後で怒られるかもしれないが、そんな事はどうでもいい。

「ライス、しっかり!」

「う、うぅ……」

ライスにはかろうじて意識があった。だが、重症なのは誰の目でも明らかだ。

「……!」

シンザンがライスの額に手を乗せる。これは……。

「酷い熱じゃないか! ライス、あんたこんな状態でレースを……」

「ご、ごめんなさい、おばさま……。ライス、このレースだけは絶対出なくちゃいけなかったから……」

「もういい、喋るんじゃないよ!」

「それなのに、こんなことになっちゃって……ブルボンさんとの約束まで破っちゃって……はは……ライス、やっぱり駄目な子だ……」

「ライス……」

横にいたトレーナーも顔面蒼白だった。ブルボンとの因縁、それがこの状況を生み出してしまったというのなら、あまりに悲劇である。

「……おばさま、ブルボンさんに伝えて……」

「何をだい……」

「……一緒に走る約束……こんな……滅茶苦茶に……しちゃって……ごめんな……さい……って…………」

そこで、ライスの意識は途切れた。

「ライス、しっかり!」

「馬鹿! 動かすんじゃないよ! 担架だ! 担架を! 早く持ってきな!」

バ内は騒然となっていた。これが、ブーイングを送り続けたウマ娘の末路なのか、と。

 

 

「そんな……やだ……」

学園でその光景を見ていたハルウララは涙目になっていた。

「ライスちゃぁぁぁぁぁん!!」

「こら、ウララさん、何処へ行こうというの!?」

走り出そうとしたウララを、キングヘイローが止める。

「ライスちゃんのとこにいくのおおおおおっ!」

「今から行っても遅いわ! ライスさんは病院に運ばれるでしょうから、まずは病院を調べましょう」

「う、うん……」

ウララは涙で顔をふやけさせながら、必死に走り出したい衝動を抑えた。

 

 

『さ、さあ、思わぬ悲劇が起きましたが、レースの実況を続けさせていただきます。レースは第4コーナーを回っての終盤。先頭は未だミホノブルボン!』

(どうして……二人でいいレースにしようと誓ったのに、最後になるかもしれない勝負だと言った筈なのに……それが何故こんなことに……)

ブルボンは心ここに在らず、という心境だった。あれ程体を包んでいた研ぎ澄まされた針金のような緊張の糸が、ぷっつりと切れてしまった。

 

その異変に、黒沼トレーナーも気付いていた。

(どうしたブルボン、おまえはこんなことに動揺するほど柔なウマ娘なのか? 私は認めないぞ)

 

『さあ、後方から直線一気でやってきた! ナイスネイチャとマチカネタンホイザだ! 二人が機を同じくしてブルボンに襲い掛かる!』

 

「さあ行くよ、ブルボン!」

「勝負だよ、ブルボン!」

「くっ……!」

 

『ブルボン懸命に粘る。しかしもはや一杯か。かつての脚のキレがない。そこに2頭が突っ込んでくる!』

 

(駄目だ、このままじゃ抜かれる。私の最後のレースなのに、ここまでなのか、私は……)

「ブルボン!」

抜こうとしていたネイチャが左から話しかける。

「あんた、このまま終わっていいって思ってるわけ!?」

「え……?」

「あんたがライスと正しい意味で決着を付けたかったってのは知ってるよ。それができなくなって、そりゃ無念だろうね。でもね……」

「何を……」

「レースってのはね、いつでも上手くいくわけじゃないんだ! みんなそれを知ってる。だからみんな真剣に走ってるんだ!」

「……!!」

 

「そうそう!」

今度は右からマチカネタンホイザが話しかける。

「レースって、残酷だよね。どれだけ練習したって、頑張ったって、最後の勝者はただ一人なんだしさ」

「……」

「でもみんな、負けるつもりで走ってるウマ娘なんて一人もいないよ。私たちの後ろにだって、まだ諦めてない娘達が迫ってきてるんだ」

「……」

「だから、アクシデントなんかにも負けないで! 走ってるのは、あなただけじゃないんだから!」

「……!」

 

「「だからさぁ……」」

「…………」

 

「「しっかり走れ! ミホノブルボン!」」

「……!!」

 

「そうだ! しっかり走るんだ! ブルボン!」

スタンドの黒沼トレーナーも吠える。

 

 

「……! はああああああああっ!!」

 

「精神は肉体を超越する。ならば、肉体で足りない部分は、精神(こころ)で補う!!」

『おーっと、ミホノブルボンが駆ける! 両者に挟まれ、ここまでと思ったブルボンが、再び駆ける!

これだ! これがミホノブルボンだ! かつて無敗街道を突き進んでいたミホノブルボンだ!』

 

「……やーれやれ、敵に塩を送るなんて、つくづく甘いよね私らって」

「ま、見てられなかったからねー。このブルボンを倒さないと意味がないっていうか」

「じゃ、もう一度差し直しますか」

「もち! 負けないよー!」

『しかしナイスネイチャとマチカネタンホイザも再度来る。前は完全に3頭態勢だ! どうだ!? ブルボンか!? ネイチャか!? タンホイザか!?』

 

「「「勝つのは、私だあああああああああっっ!!」」」

 

『3頭ほぼ並んでゴーーーーーーール!! どうだ!? これはどうなんだ!? 勝ったのはどのウマ娘だ!?』

3人が電光掲示板を見つめる。観衆も、実況も。

『まだ結果は出ない。現在、カメラ判定を行っているようです。さあ、果たして勝者は!? 誰だ!?』

 

短いようで、どこまでも長い時間だった。このまま結果が出ないのかと観客が思い始める中、掲示板にゼッケンナンバーが点灯した。

 

「……!」

『ミホノブルボン! ミホノブルボンだー! この宝塚記念。勝ったのはミホノブルボン!

この復帰レースで、かつてはもはや再起不能とまで囁かれたウマ娘が、大仕事をやってのけました!』

「あーあ、2着かあ」

「わたし3着。……やっぱそう簡単にブロンズコレクターの呪いからは抜け出せないかあ」

 

ワアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

スタンドからは万雷の拍手が鳴り響く。そう、かつてはこの声援を総ナメにし、栄光を掴んでいた自分がいた。

あの時の自分はもう戻っては来ないし、もはや懐かしさを感じる心境ではあったが、悪い気はしなかった。

 

「うっ……」

ミホノブルボンは体を支えきれずに倒れ込んだ。全身が震え、特に脚は感覚がないほど疲労している。

「だ、大丈夫ブルボン?」

「なんか疲労困憊って感じだね。立てる?」

「す、すいません。二人とも、肩を貸してもらえますか? そして……」

 

「私を、ライスさんのところまで連れて行ってください……!」

 

 

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