ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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悲劇の後に

「はあ……はあ……はあ……」

ミホノブルボンの状態は戻らない。体はあちこち悲鳴を上げており、汗も流れ、目の前が歪んでいた。

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

「立てる? って、立てそうもないか……」

肩を貸すナイスネイチャとマチカネタンホイザもブルボンの状態の悪さを心配していた。

 

「おめでとうございます、ミホノブルボンさん。復帰戦で見事な勝利でしたね」

空気を読めないメディアが、ブルボン達に寄ってくる。

「すいません! どいてください!」

「あーもう、今はコメントどころじゃないから、ほら、どいてどいて」

「え、ブルボンさん……?」

マスコミの波を押しのけ、三人が場外へと出ようとする。

「これじゃウイニングライブもできそうにないねー」

「そう、ですね。後で怒られてきます」

 

「ブルボン!」

場外へ出たところ、三人は大きな声で呼び止められた。ブルボンのトレーナー、黒沼トレーナーだ。

「マスター……」

「乗れ!」

「……はい!」

黒沼は車を出してくれていたのだ。普段厳しいマスターとは思えない配慮に、ブルボンは少しだけ涙を流した。

 

「飛ばすぞ!」

黒沼は三人が乗ったところで、車を発進させた。

「すいません、マスター……」

「謝らなくていい。おまえはやるべきことをやった」

「はい……」

ネイチャは車の中に置いてあった水とタオルでブルボンを介抱する。

本当なら自分も汗びっしょりでシャワーでも浴びたいところだが、今はそんなこと言ってはいられない。

「マスター、ライスさんが運び込まれた病院は分かりますか?」

「ああ。国立鳴尾総合病院だ」

その名には聞き覚えがある。確か、トレセン学園とつながりがある病院で、関西では最も規模の大きいところだ。

ウマ娘を診れる総合病院としては有名で、お世話になっている者も多い。

(ライスさん……)

 

 

病院に付いたブルボン達は、受付に事情を話し、関係者が集まっている場所を教えてもらった。

そこは手術中のランプがともった手術室の前だった。

「ライスさん!」

「こらこらブルボン。院内では静かにしろ」

「申し訳ありません、マスター」

ライスのトレーナー、シンザン、カノープスのメンバーがいる。

「ネイチャさん、タンホイザさんまで」

「はは、ま、成り行きでね」

「ごめんねー、負けちゃって」

「いえ、そんなことはありません」

ブルボンが下を向きながら言う。

「あの時、私は負けていました。二人の言葉があったからこそ勝つことができたのです。宝塚記念、勝者は間違いなくお二人のどちらかでした」

「はは、そりゃどうも……」

「それで、ライスシャワーはどうなったの?」

 

「どうやら、状態はかなり深刻らしい……」

シンザンが医師から手渡されたレントゲン写真を長椅子に広げた。

その内容は、素人でも分かるほど凄惨極まりない状態だった。

「……膝蓋骨、複雑骨折。ヒビどころかパックリ割れていたよ。大腿骨、脛骨も折れて、脱臼もしていた。大腿四頭筋、膝蓋腱は断裂して縫合も必要らしいね」

「そんな……!」

「内ラチに思いっきり膝をぶつけたんだ。このくらいにはなるさ。全身も打撲が酷く、向こう一か月はベッドから起き上がれないという診断結果だったね」

「私が悪いのよ……。レース前にライスの様子を見ておけば、競争を中止させていれば、こんなことにはならなかった……!」

ライスのトレーナーが泣きながら言葉を紡ぐ。

まあ事情を知っていれば、どれだけ状態が最悪だろうとも、ライスは這ってでもレースに出ただろう。事実、ライスは高熱を出しながらもレースには出たのだ。

 

競バの神様は、ヒールと呼ばれたウマ娘にこうまで残酷なのか……。

 

「ああ、ブルボン。ライスから言付けを頼まれているよ」

「ライスさんから?」

「……一緒に走る約束を滅茶苦茶にしちゃってごめんなさい、とさ」

「……!!!!」

ブルボンはがっくりとその場に崩れ落ちた。

あの時交わした約束が、まさかこんな運命を招くだなんて、思いもしなかった。

自分はライスともう一度走りたかった。それだけを目標に頑張ってきた。その結果は最悪の結末だった。

(私が、ライスさんを追い詰めてしまったようなものだ……!)

ブルボンは自己嫌悪で胸が張り裂けそうだった。

 

「……それで、ライスはまた走れるの?」

ネイチャが聞いてきた。分かってはいるのだが、こういう時は空気の読めないふりをする者がいなければならないと思ったからだ。

「……医者の話では、再起不能。それどころかまともに歩くことすら困難。……リハビリ次第でしょうけどね」

ライスのトレーナーが医者に言われた通りの事を話した。

確かにこの重傷で、また走れるようになるというのは現実的ではない。

 

「そんなことはないぞ!」

「……!」

だが暗く淀んだ空気を、読めないのではなく読まないウマ娘がいた。そう、ツインターボだ。

「ライスシャワーは絶対絶対復活する! テイオーだって三回も骨折しても諦めなかったんだ! ライスだって、諦めなければ絶対復活できる!」

「ターボ……」

「ターボさん……」

「そしてライスもターボが倒す!」

最後にお約束の決まり文句である。

 

「…………ぷっ」

この時、鉄仮面と言われたミホノブルボンが、笑った。

「ツインターボさん、あなたは本当に面白い方ですね」

「ん、そうか? ターボは絶対に諦めないって決めているだけだぞ! 諦めなければ何だってできるって、テイオーもターボも証明してみせたからな!」

 

「……マスター」

「どうした、ブルボン」

「まだ本人の意思を聞いていないので何とも言えないのですが……」

ブルボンは強い意志のある鋭い眼で、黒沼トレーナーを見つめる。

「もし、ライスさんが、走ることを諦めなかった場合、私も引退を撤回します。よろしいですか?」

「何……? 本気かブルボン!?」

「ライスさんが何年もかかるというなら何年でも待ちます。結果が最下位でも構いません。それでも私は、もう一度ライスさんとの約束を果たしたいのです」

「お前の脚は限界だ。もはやそこらの新人ウマ娘の方が速く走れるだろう。それでも現役を続行するのか?」

「はい。これは私の我が儘です。もし駄目だというのなら私のトレーナーを辞めてもらっても構いません」

「…………」

 

黒沼トレーナーは内心驚いた。ブルボンがこんなにも自分の意思を見せるのか、と。

徹底したスパルタでブルボンを鍛え上げ、あと一息で無敗三冠に手が届くというところまでいった。しかしその記録は、ライスシャワーに阻まれた。

その後、ブルボンは長いリハビリが続く。それが今までの特訓の反動であることは分かっていた。

ウマ娘と言えど、所詮は人間と同じ生き物。酷使すれば選手寿命は短くなるのは必然。

ブルボンへの指導を疑問視するメディアもいた。しかし自分は指導方針を改めるつもりはなかった。

レースの世界は、それだけ厳しく、過酷な世界なのだ。練習なくして栄光は掴めない。

『精神は肉体を凌駕する』

心を鍛えれば肉体は必ずそれに答えてくれるというのが黒沼のモットーであった。

 

正直、ブルボンの願いに答えてやれる資格は自分にはないかもしれない。

だがブルボンは「やる」と決めた。ならば自分はトレーナーとして、その想いを尊重してやるべきではないか?

 

「……分かった。お前の好きにしろ」

「有難うございます。マスター」

「ただし条件がある。やるからには一着を取るつもりでやれ。ましてや最下位など許さん。本気で走るんだ」

「はい」

 

「良かったね、ブルボン」

「陰ながら応援するからね」

「皆さん、有難うございます。……後はライスさんのお気持ち次第ですが」

 

その時、手術室のランプが消えた。手術は終わったのだ。

「……終わったみたいだね」

シンザンがぽつりと呟く。

扉が開き、手術を担当した者達が一斉に出てくる。そしてベッドに横たわったライスの姿も。麻酔が効いているのか、意識はまだない。

「ライスさん……」

「主治医さん、ライスはどうなりましたか!? 手術は成功したんですか!?」

「こら、トレーナーさん、いっぺんに聞くもんじゃないよ」

 

「手術は、……成功しました」

「そうですか……!」

ライスのトレーナーも安堵する。

「ですが、状態が深刻です。全身打撲もありますし、とりあえず集中治療室に運びますが」

「お願いします」

「他の人が病室に入ることは可能なのかい?」

「それは、さすがに……」

「そうかい……」

ただこればかりは仕方ない。ライスは絶対安静の状態なのだ。麻酔が切れれば全身が破裂するような痛みが訪れる筈。

 

「……とりあえず、ライスは私たちが診る。カノープスのメンバーとブルボンは帰りな。詳細は追って報告するよ」

「……。分かりました」

「よろしくお願いします、シンザンさん」

「行くぞ、ブルボン」

「はい、マスター」

 

「……廊下も静かになったもんだね」

「……そうですね」

シンザンとライスのトレーナーは長椅子に座る。とりあえず、ライスが目を覚ますまで待つつもりだ。

「……あんたから見て、ライスシャワーというウマ娘はどう見えたんだい?」

「え? そ、そうですね……いつも悲観的で、自己主張に乏しく、チームの中でもあまり目立たないウマ娘でした。

いつも周りの明るさに助けられてて、でも本当は強くなりたいという想いを人一倍持っている娘でした」

「それはただの感想だろう。トレーナーが見極めなければいけないのは、そのウマ娘がどういう想いで走るのか、その実感だよ」

「私では、不足だと?」

「そこまでは言わないけどね。ただ菊花賞や春天を勝ったことを自分の手柄にしていたことは否定させないよ」

「…………」

シンザンは手厳しかった。ライスのトレーナーは何も言い返せなかった。

 

「私はね、あの娘に思い出してほしかったんだ。レースに出て走る事。ただそれだけのかけがえのなさを。だからあの娘が不調に陥った時、声をかけた……」

「見事な手腕です。私ではこうはいかなかった」

「ウマ娘の現役の寿命は短い。レースに出られなくなってから、それ以降の人生の方が圧倒的に長いのにさ。だからみんな必死に『今』を走るんだ。

それを悪いとは言わない。だが、あの時ああしていたら、という後悔を持ったまま消えていく娘の方がやはり多いんだけどね。

そんなウマ娘に寄り添い、導いてやるのがトレーナーの努めなんだよ」

シンザンは老婆である。そして現役の頃から賢いウマ娘であった。

かつて最強とまで謳われたウマ娘は、相応に長生きする中、怪我や病気で無念のままターフを去った娘も多く見てきた。

 

ウマ娘。その生態系に関しては未だに謎が多い。

突然変異と見る学者もいれば、神からつかわされた天使と評する者もいた。

そんな娘たちが命を張った徒競走に身を投じるというのは、人間からすればおかしな冗談かもしれない。

 

(願わくば、全てのウマ娘に幸せになってほしい。そんなありえもしない事を望むのは、やはり私が歳を取ったからかねえ……)

 

ピンポーン

 

「ナースコール?」

「集中治療室からだ」

二人が集中治療室に向かう。そこには、意識を取り戻したライスシャワーがいた。

「……おばさま、トレーナーさん、き、聞こえる……かな……」

「ライス!」

「ライス、あまり喋るんじゃない。あんたの状態は深刻なんだ」

ガラス越しではあるが、ライスの声は確かに二人に届いていた。

「うん、分かる。ライスの体、熱くて、痛くて、意識も朦朧としてる……」

「そうさ。今はゆっくりお休み。眠って目が覚めたら、幾らでも話をしてあげるから」

「うん。でもね、おばさま、ライス……おばさまに伝えたいことがあるの……」

「なんだい。今日は特別だ。どんな無理でも叶えてあげるよ」

 

「ライス……もう一度、走りたい……」

「なっ……!」

意外だった。まさかブルボンが願っていたことを、ライスも考えていたなんて。

「意識がない時にね。ライス……夢を見たの。ブルボンさんと、楽しく、走っていた夢……」

確かに全身麻酔で眠らされていた状態だ。夢の一つも見るかもしれない。それは夢ではなく、願望なだけかもしれないが。

「ライス、まだブルボンさんとの約束、果たせてないの。だから、もう一度……」

「ライス、無理よ! あなたはもう走れないわ! 医者のお墨付きなのよ!」

「……何年かかってもいい……最下位だって構わない……でもライス、この約束だけは果たしたいの」

「…………」

「お願い、おばさま。お願い……」

 

ライスの脚の状態は深刻だ。日常生活を送ることもつらい程だ。この先、状態がよくならなければ最悪切断もありえる。

だが、それでも、ライスは前を向くことを選んだ。どれだけの苦難な道のりであろうとも。

 

「……分かった。医者に掛け合ってみよう。傷が癒えたらリハビリを開始する。気の遠くなるような道のりになるだろうが、頑張るんだよ」

「シンザンさん!」

「確かに私も理性は無茶だと言っているさ。だが本人がやると決めたんだ。なら応援せざるには得られないねえ」

「有難う……おばさま……ありが、と……う……」

ライスは、再び意識を失った。

医者が駆けつけ、ライスを診る。シンザンは事の経緯を言った。医師たちの間にざわめきが拡がった。

「……主治医は、まだいるかい?」

 

シンザンの提言に、主治医は無謀だと答えた。歩けるようになるならともかく、走るなど無茶が過ぎると。

「……確かに医者のあんたが言うのならそうだろう。けどね……ウマ娘という生き物はね、不可能を超えていくものなんだよ」

説得は続いた。長い、長い説得だった。そして主治医も、渋々シンザンの提言を飲んだ。

シンザンは深々と頭を下げた。

そして、朝日が昇るまで、シンザンは一睡もせずにライスの側に居続けた。

 

 

翌日、学園から超特急で駆け付けたハルウララと付き添いのキングヘイローがやってきた。

ウララはわんわん泣いた。そしてライスがまだ走る意思があることを伝えると、もう一度泣いた。

 

「ライスちゃん。わたし、がんばるから! ライスちゃんががんばるんだったらわたしもがんばらないと!」

「その意気よ、ウララさん。私がサポートするから」

「二人も頑張るんだよ」

 

 

その後、ライスは流石ウマ娘だと言わんばかりの驚異的な回復力でベッドから起き上がれるまでに回復し、リハビリをスタートさせたという。

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