ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
今年もクラシック三冠を目指すウマ娘が一同に会する『皐月賞』の季節がやってきた。
古くから「もっとも速いウマ娘が勝つ」と言われる皐月賞。さて、結果はどのようになるのか。
『さあ、今年の皐月賞はかつてない程の盛り上がりを見せています。それもその筈、優勝候補はいずれも劣らぬ強豪ばかりです!』
5戦5勝、シンボリルドルフの寵愛を一心に受け弥生賞を制した無敗ウマ娘、シンボリエムブレム。
5戦5勝、同じく無敗街道を突き進むスプリングステークス1着ウマ娘、キャノンボール。
5戦4勝、若葉ステークスを制した関西からの刺客、ロストワード。
6戦4勝、弥生賞2着、地方からやってきた実力者、バッドアップル。
他にもオープン戦を複数勝利し、虎視眈々とGⅠの称号を狙うウマ娘が出場している。
「誰が勝つんだー?」
「俺はキャノンボールを応援してるんだ。あいつはもうGⅠを取るべくして取るようなウマ娘だぜ」
「順当にいけばシンボリエムブレムかなあ。でも俺、あいつ嫌いなんだよなあ……」
「一度もインタビューもウイニングライブもしないってウマ娘だろ? ふざけてるよな」
観客は実力、人気、様々な視点からウマ娘に思いを馳せる。
レースはGⅠしか身に来ない、という人も多い。これが初見だというウマ娘は多いはずだ。
どんなウマ娘なんだろう? どんな走りをするんだろう? 人々の興味は尽きない。
『さあ、各ウマ娘がターフに姿を現しました』
まずはバッドアップル。美しい栗色の髪を靡かせながら観客に手を振る。
次にロストワード。この観客の声援全てを物にしてやろうと口元に不敵な笑みを浮かべている。
そして、各ウマ娘が続々とターフに顔を出していく中、最後に、あいつは現れた。
ざわっ
「…………」
観客の声援が一瞬止まった。その緊張感、いや、殺気を纏い、地獄を見てきたような眼を鉄仮面に張り付かせた一人のウマ娘。
『さあ出てきました。シンボリエムブレムだ!』
シンボリルドルフの勝負服を模った、漆黒のブレザー、肩当は鮮血で染まったかのように紅く輝いている。
(肩は紅く塗ったんですかい? 貴様、塗ったのか!? へへ、冗談だよ)
今日はGⅠだ。この日の為に拵えた勝負服目当てで来る客も多い。
しかし、彼女のそれは、まるで軍服のようでいて、これから戦争でもするかのようだった。
『場内の空気が一瞬凍りました。この、大観衆よ、静かにしてろ、と言わんばかりの佇まい。これが皇帝に見初められたウマ娘、シンボリエムブレムです』
「…………」
ゲートまでの距離を、我が物顔で歩くエムブレム。その佇まいに、緊張の二文字はない。
当然である。エムブレムは幼少時から虐待と空腹、反社との付き合い、非合法と絶望の中生きてきたウマ娘だ。
故に、大観衆が見ていようとも、掛かることはない。というより、あらゆる感情が欠落、麻痺しているのだ。
「おい、シンボリエムブレム」
そんなエムブレムに度胸あるウマ娘が声を掛けてきた。同じく無敗ウマ娘の、キャノンボールだ。
「…………」
「おいおい、無視か? この大観衆を凍り付かせておいて、今度は一緒に走るウマ娘も冷やす戦略かな?」
キャノンボールの瞳には、おまえの寝首をかいてやる、という想いが詰まっているようだった。
「……まあいい。1番人気こそ譲ったが、今日勝つのはわたしだ。君の無敗記録も今日でジ・エンドってやつかな」
「……おい」
「……へえ、始めて口を開いたな」
「死にたくなければ、私の前に立つな」
「なんだとっ!?」
エムブレムはそれだけ言って、ゲートの方に向っていった。
「……ちっ!」
『さあ、各ウマ娘、続々とゲートインしていきます。3番人気ロストワード、2番人気はキャノンボール。そして1番人気はシンボリエムブレム』
『この初めてのGⅠ、ウマ娘達がどんなレースを見せるのか、見ものですね』
(勝利をこの手に掴むため、走りましょう……)
(この無敗記録、継続するのはわたしだ!)
(…………)
ガコン!
『スタートしました! おっと出遅れたウマ娘がいます。やはりこの緊張感、普段通りにはいかないか』
『誰が行くのか注目で……おおっと、スタートから全力で飛ばすウマ娘がいる! シンボリエムブレムだ!』
観客がどよめいた。この皐月賞2000mで大逃げを打つつもりなのか、それとも我を忘れて冷静さを失っているのか?
『さあシンボリエムブレムが飛ばす飛ばす。早くも後続とは7、8バ身』
「ふん、愚かな娘ですこと」
「噂に聞いてたのと違うな。案外臆病なウマ娘なのか……」
「ふんっ、せいぜい飛ばしてろ、最後に捲ってやる」
後続は抑えた。確かにこのGⅠで大逃げ、面白い戦略ではある。だがそれが通用するほど、GⅠという世界は甘くない。筈だ。
『シンボリエムブレム逃げる逃げる! 飛ばす飛ばす! もはや独走状態。これは果たしてセイフティリードなのか?』
「なにがセイフティリードだ。持つはずがない。最後の直線で捕まえてやる!」
『さあシンボリエムブレムが飛ばし過ぎたせいでレースはあっさり終盤に。シンボリエムブレムが第4コーナーを回ります』
「…………」
『後ろの娘たちは間に合うのか? これはかなりのリードだぞ』
「……
わたしはあくまで……直線で勝負するウマ娘なんだよ!!」
『あーっと! 直線でシンボリエムブレムがさらに加速! まだ脚が残っていたのか! いや、それともこれが平常運転なのか!?』
「なんだって!?」
「そ、そんな馬鹿な……!」
「わたしを止めるなんて、百年早い! おまえら精々ノロノロとゴール板まで歩いてやってくるんだな!!」
『ゴーーーーーーーール!! シンボリエムブレム圧勝! まさに雷光! 他のウマ娘を20バ身以上離して、歴代レコードを5秒以上更新しての圧勝劇です!』
『……とんでもないウマ娘が現れましたね。何というか、本当に同じウマ娘なのか疑うような……競い合うのが馬鹿らしくなるような……』
その一部始終を見ていたシンボリルドルフとエアグルーヴは、
「なんだこれは、こんなのレースではない。人と車がレースするようなものじゃないか……」
「
レース後、殆ど息を切らしていない。つまり本気で2000m走っていないシンボリエムブレムの元へインタビュアーたちが群がってきた。
「今日のレースを圧勝で飾りました、シンボリエムブレム選手です」
「…………」
「周りと次元が違うような圧巻の走りでしたね」
「ふん」
エムブレムはマイクをひったくった。
「見てろ! これからもっと勝ってビッグになって、こんな日本なんか滅ぼしてやる!!!!」
「!!??」
言いたい事を言い終わると、エムブレムはマイクをポイ捨てし、控室の方へと去っていった。
「ええ、ちょ、ちょっと、シンボリエムブレムさん!?」
「いいんですか、今の撮って……」
「生放送なんだから撮れてるに決まってるだろ!」
「なんだあの態度は! レースどころかこの世の全てを恨んでいるとでもいうのか!?」
「それは私から説明しよう」
その場に現れたのは、シンボリルドルフだった。
「シンボリルドルフさん。あなたは彼女の後見人だと聞いていましたが」
「ああ。全く、授業には出ない。ウイニングライブの練習もしない、酷いじゃじゃウマだよ。流石に一言釘を刺しておくかな」
「しかし、あの態度、一体何なんですか!? ファンあってのトゥインクル・シリーズでしょう!」
「それは語弊があるな。何といえばいいか、彼女は観客の声援すら集中力を乱す邪魔者と捉えている。考えを改めさせるのは難しいだろう」
「しかし……!」
「それに、彼女は人が持つべき究極のモチベーションをその身に携えているんだ」
「それは、一体……?」
「復讐と、憎悪だ。例えば愛するものが殺され、己が地獄に居ようとも再起を目指し、復讐を誓う。
己が地獄に存在し、この世の全てを恨みつくしてもなお満たされぬほどの憎しみに満ちた道を行く。
その時、人は尋常ならざる力を発揮する。それは一般の人間にはないものだ」
「彼女は、そうである、と……?」
「ああ。エムブレムは幼少期からの虐待と生きるために反社と関わらなければいけない程追い込まれた人生を送ってきた。
その半生は悲しみと苦しみと憎しみに満ちている。彼女にとって、走りは唯一のストレス解消手段だ。ようやく手に入れた自分の居場所なのさ」
「……言質は取りましたが」
「ああ好きにしてくれて構わない。それに、もう私は彼女を反社などには渡さない。絶対に」
シンボリエムブレムの裏と闇はマスコミとゴシップ記事によって瞬く間に拡がった。
中にはシンボリルドルフだけでなく、トレセン学園そのものを批判する評論家もいた。
しかし勝つことだけが全て、栄光の座はただ一つという揺るぎない道義を作り出したのは、ウマ娘を取り巻く全ての人間たちだ。
責任がないとは言わせない。
そして、エムブレムは嫌われる度に、より一層憎悪に満ちたモチベーションを滾らせていく。
その後、シンボリエムブレムは日本優駿2400mに1番人気で出場。
わざとゲートが開いた瞬間、数歩歩き、前にウマ娘を全員行かせた後、「さて、蹴散らすか」と17頭全員ブチ抜いて優勝した。
『最も運のあるウマ娘が勝つ』とされる優駿において、彼女は競バの神すらその手でねじ伏せて見せた。
菊花賞3000mの日も1番人気だった。
『最も強い馬が勝つ』とされる菊花賞。彼女の勝利は揺るぎないのではないかと言われていた。
しかし彼女にとって未知の長距離。苦戦はありえると見ていた予想師もいたし、番狂わせが起こるのではと期待していた観客もいた。
いや、むしろ負けろと囁かれた。
シンボリエムブレムは日本一の嫌われ者のウマ娘になっていた。
しかしそんなブーイングが起きれば起きる程彼女の黒いモチベーションは増幅されていく。
結局日本優駿に続いてこのレースもレコードを出して優勝した。
クラシック三冠はシンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアンに続いて4人目。
それも全部レコードというのは紛れもない大記録であり、今後二人目が現れないであろう不滅の大記録でもあった。
しかし当の本人はそんな記録も何処吹く風。
今のお気持ちをどうぞ、とインタビュアーに問われた時も、
「フン、くだらないな」の一言で済ませた。
そんなある日、エアグルーヴは珍しくシンボリエムブレムを呼び出し、ダンスの練習をさせた。ウイニングライブの練習である。
今まで全てボイコットしてきたウイニングライブの練習なんか何故? 彼女は問うた。
「これから先、おまえはシニア以上のウマ娘と戦う事になる。その中には、おまえを負かすウマ娘もいるだろう」
「わたしは負けない」
「その時、おまえは引き立て役になるんだ。勝利したウマ娘のウイニングライブでの引き立て役にな」
「……ちっ」
だが彼女自身、淡々と勝ち続け、レコードを出し続けることにも少し飽きてきたところだ。
骨のある相手と戦えるのならそれはそれで悪くない。
「……楽しみだな。先輩様方と戦うの」