ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
「はあ……はあ……はあ……」
関西の病院からトレセン学園近辺の病院に転院してきたライスシャワーの、過酷なリハビリが始まった。
まだ骨はくっついてはおらず、とりあえず上半身をダンベルで鍛えることにした。
歩行練習の許可はまだ出ていない。この先、いつ出るとは限らない。
それでもライスは、前を向いた。
「ライスちゃーん!」
トレセン学園にも近いという事で、ハルウララは足しげく通い、ライスを見舞うようになる。
ライスにとっても、気の許せる友人との面会は勇気を貰える大切なひと時であった。
「みてみてー! これ、商店街の人たちとみんなで作ったのー! キングちゃんにも手伝ってもらったんだ!」
「わあ、これ、青いバラ……」
病院にはアレルギーを持つ者もいる可能性もあるので、生の花は置けない。そういうこともあって、ウララは造花を作って持ってきたのだ。
「それからこれ! ライスちゃんがお腹空かせていると困るから差し入れだよー」
「わあ、こんなにいっぱい。有難うウララちゃん」
ライスは小柄に見えて健啖家である。食も太い。病院食は健康食ではあるがライスには少し物足りない。
「ライスちゃんがまた元気に走れるようになりますようにって神社でお参りしてきたんだよ。だから絶対よくなるよ!」
「うん。そうだね。有難う。頑張るよ」
「あ、でもでも、もうすぐししょーたちとハワイ旅行するんだよね。ライスちゃんも連れて行きたかったな……」
「そうだね。でもみんなで楽しんできてね」
「うん! おみやげいっぱい買ってくるからね!」
「それとね、もう少し頑張れば、わたしGⅠに出られるかもしれないんだ」
「え、ウララちゃんがGⅠ!? 凄いじゃない」
「うん。ししょーが言ってたんだ。ライスに勇気を届けるためにGⅠ勝利を目指せ、って。だからわたしがんばって練習してるんだよ!」
「そうなんだ……」
「目指すはチャンピオンズカップ1着! わたし、ぜーったい1着になって、ライスちゃんに頑張れって勇気を送るからね!」
「うん。当日はテレビで見てるね」
「おや、先客がいましたか」
「あ、ブルボンさん」
ライスシャワーがハルウララと談笑している時、同じく親友であるミホノブルボンも見舞いにやってきた。
「あなたがハルウララさんですね。私、ミホノブルボンと申します。どうぞよろしく」
「ハルウララでーす! ライスちゃんの友達はわたしの友達! これからよろしくねー」
「はい」
ブルボンは果物の皮を丁寧に剥きながら、ライスに一つずつ食べさせる。
「あれから、私もトレーニングを再開しているんですけどね……」
ブルボンの脚は引退していてもおかしくないほど深刻なものだった。今は走り込みを中断し、プールを使った全身運動に切り替えているという。
「私は約束を守ります。ですから、ライスさんも決して諦めずに頑張ってください」
「うん……」
「いつまでも、待ちます……」
「分かってます。ライス、頑張ります」
「ライスシャワーさん。主治医がお呼びです。診察室までお越しください」
看護師が病室までやってきて、ライスを呼んだ。
「あ、呼ばれてます。それじゃあ、今日はこの辺で」
「では私が車いすに乗せましょう」
そう言うと、ブルボンはライスの手を取り、腰を取り、お姫様だっこしながらそっとライスを車いすに乗せた。
「有難うございます。ブルボンさん」
「礼には及びません」
「ライスちゃん、早く良くなるといいねー」
「そうですね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、待ちに待ったシンザンといく念願のハワイ旅行の日がやってきた。
頑張った自分たちに対するご褒美である。何も咎めるものはない。
「あんたたち、忘れ物はないかい?」
「大丈夫でーす」
「パスポートもここに」
「ターボ、着替えと水着ぐらいしか持ってないぞ!」
「足りないものは現地で購入すればいいかな」
今回のメンバーは、チーム・カノープスの4人、ハルウララ、キングヘイローと南坂トレーナーである。
「先に言っておく。機内食は不味いよ。そしてアテンダントは不愛想だよ。現地で買い物したい場合は日本人に聞きな」
「はーい」
「いやはや、私まで同行してもいいんでしょうか」
「いいさ。あんたもたまには羽を伸ばしな。ああそれとトレーニングもちゃんとするからね。遊び惚けるんじゃないよ」
「はーい」
「ねーキングちゃん、ハワイってにんじんハンバーグあるかな?」
「ウマ娘用の食事があるとは思えませんが、まあ探してみましょう。それとウララさん、私の側を離れて迷子にならないように」
殆ど保護者なキングであった。
かくして、飛行機は飛ぶ。
ネイチャは落ちないかと緊張で落ち着けず、タンホイザはターボと一緒に爆睡。イクノは音楽を聴いていた。
ウララは早々に眠り、キングは紅茶を飲んでいた。
シンザンと南坂は書類作業。到着する前に学園で使うスケジュールなどを作らなければならない。トレーナーとは大変なのだ。
飛行機は無事、ハワイに到着した。
指定していたリゾートホテルに向かい、宿泊の手続きを済ませ、部屋へ。
「いい眺めー」
「やっぱ日本とは違うねー」
部屋はダブルでネイチャとタンホイザ、イクノとターボ、キングとウララが同室となった。
「さあみんな、楽しんでおいで。ビーチで泳ぐ以外の予定の娘は、レンタルガイドを雇ったからそれに従う様に」
「よろしくお願いします」
「来たぞー。ハワイのビーチ! 常夏なのに湿度が低くて過ごしやすい! 日本の夏とは大違い!」
「ネイチャー、ターボと泳ごう!」
「おっけー」
ネイチャとターボは早速水着に着替えビーチに。学園指定の競泳水着ではない、この日の為に買った水着である。
「ぷはー!」
砂浜は美しい程白く、水は透き通る程綺麗。泳ぎ甲斐がある。
「それー、ネイチャー、ばしゃばしゃー!」
「うぷっ! こらターボ、やったなー、お返しだー」
「きゃはははは!」
イクノはスキューバダイビングに来ていた。愛用の丸眼鏡がゴーグルに入らなかったため、度付きのゴーグルに変えた。
実はイクノ、眼鏡を取ると凄い美人さんであり、周りの人たちが一瞬振り返る程だった。
(ちなみに馬のイクノも美人だといわれ、レースに出ると他の牡馬が興奮していたと言われている。メジロマックイーンがイクノに思いを寄せていたというエピソードは有名だ)
「おお……」
青い海に輝く幾つもの小さな群れを成す小魚。まるで熱帯魚のコーナーで自分が泳いでいるようだ。
「なんと素晴らしい……」
イクノはゆっくりとヒレを動かしながら、底に潜っていく。ハワイの海の底は、岩場すら綺麗だった。
「人魚になった気分ですね」
同行していたダイバーが、水中でも使えるカメラでイクノの写真を撮る。その様は、実に美しかった。
マチカネタンホイザはトローリングに挑戦しようと沖に向かっていた。
「ふっふーん。おっきな魚釣っちゃうもんねー。泳ぐだけがハワイじゃないからねっ」
出発した船着き場がもうあんなに遠くへ。タンホイザは指示を受け、竿を出す。
「むんっ」
ルアーもいいが、まずは取れたての生魚の方がいいと言われたので、まずは餌を確保する。
「おおっ、入れ食いじゃん!」
釣れたのは生きのいいカツオ。これだけでも持って帰って食べたいところだがここはぐっと我慢。
針付きのカツオを放ち、ボートを少し走らせる。後は掛かるのを祈るだけ。
「ふおおおおおおお……ほおおおおおおっ」
何だかよく分からない念を海に向かって送ると、待つ事数分後、ガツンという音がしてロッドが反応した。
「きたああああっ!」
ウマ娘のパワーと巨大魚とのファイトである。果たして……、
「いいぞいいぞー。来い来いー。なんだ!? マグロか!? カジキか!? シイラか!?」
タンホイザがリールを巻き上げると、ザバッと水面に獲物が現れた。しかし、どう見てもこれは……、
「…………鮫?」
これはボートに上げられないなあ、と船員が糸を切る。
「なんでー?」
ここでもツキがないタンホイザだった……。
「ふふ、いい天気。アメリカの陽は黄色って聞くけど、本当の様ね」
キングヘイローはビーチに行かず、リゾートホテルのプールの方で日光浴をしていた。大胆なビキニ姿で。
(でも、予想以上にカップルが多いわね……)
ホテルのプールは新婚旅行なのか分からないが、カップルと思われる二人組が多かった。キャッキャ言いながら泳いでいる。
(え、なにあれ、年の差が20はない? もしかして、不倫旅行かしら……)
周りのピンクなムードに、キングも当てられ、少々興奮する。
「キングちゃーーーん!」
そこへハルウララがやってきた。水着を着て。
「ウ、ウララさん……なに、その水着は?」
「いいでしょー。わたしが子供のころにお母さんが買ってくれたんだあ!」
「つまりサイズが子供の頃と変わってないのね……」
ハルウララの水着は全身をすっぽり覆うタイプで、首元にはウマ耳を被せるフードが付いてある。耳に水が入らないよう製作されたもののようだが、それを被ると、
(傍から見ると、まるで全身タイツねこれは……)
「はいはい、ウララさんは小動物のような可愛さがあるわね……」
「キングちゃん、いっしょに泳ごー!」
ウララがキングの手を取り、強引にプールへと連れていく。
「わわっ、ちょ、ちょっと待って、ウララさ……」
ざぶーん。
二人はプールに落ちるように入ったのだった。
「あー楽しかった!」
「ターボも満足!」
ビーチで散々遊び倒したネイチャとターボは小休憩を挟み、ホテルに戻ろうとしていた。
「オイ、何デコンナトコロニウマ娘ガイルンダ?」
そんな二人を呼び止めた者がいた。何者かは分からないが、ウマ耳と尻尾があるということは彼女もウマ娘なのだろう。
多分アメリカ本土からやってきたアメリカンウマ娘ではないだろうか。ちなみに体格もアメリカサイズだ。
「誰あなた?」
「フン、ジャパニーズウマ娘ガ。ココハオマエラゴトキガイルトコロジャナインダ。トットト帰リナ」
雰囲気からして、なめられているのは自然と伝わる。
「やーれやれ、せっかく楽しんでたのに、雰囲気ぶち壊しだね」
「ターボ英語全然わかんない!」
(えーと、でもこういう時なんて言えばいいんだっけ? えーと、えーと……あ、そうだ)
ツインターボが一歩前に出る。
「何ダ、チビスケ」
「ふぁっくゆー」
「!!??」
「うっわ、ターボ、それ言っちゃいけないやつだ」
「貴様! ナメテイルノカ、二度ト国ニ帰ラレナイヨウニシテヤロウカ!?」
激高したアメリカウマ娘がターボに掴みかかろうとする。
ターボはそれをひょい、とかわし、更にあっかんべーまでしてやった。
「貴様ァァァァァァァアァアアアッ!!」
「ターボ!」
「ネイチャはホテルに帰ってて!」
ターボは走り出した。アメリカンウマ娘もそれを追いかける。
予期せぬ二人のレースが始まった。
逃げウマツインターボと、実力不明のアメリカンウマ娘。追うものと追われるもの、二人の対決である。
「どいてどいてー!」
ターボは街中を人を押しのけてターボエンジン全開で逃げまくる。しかしアメリカウマ娘は全力でその後ろを追いかける。
「フン、バカメ。私ノスタミナハ無尽蔵。フラフラニナッタトコロヲ捕マエテヤル。ナメタ口ヲキイタンダ。タダデハスマサンゾ!」
「…………」
これはレースではない。ただの追いかけっこだ。
しかし日米のプライドをかけた全力の追いかけっこでもある。
道行く人がのけぞり、果物屋の店主が果物をおもわず落とし、土産屋の店主が並べた品を滅茶苦茶にされ、ブーイングを飛ばす。
そんなハワイのチェイスシーン。
どれだけ走っただろうか。
アメリカのウマ娘はハアハア言いながら足取りも重く、ツインターボも走り始めのスピードではないが、明らかに疲れが見える。
だが、先に音を上げたのはアメリカ代表ウマの方だった。
「ハア、ハア、ハア、モ、モウ駄目ダ。モウ、無理ダ……」
ばたっ
アメリカのごついウマ娘はその場に崩れ落ちた。ターボは勝ったのだ。
「ふふーん、いい走りだったけど、鍛え方が違ったな。ターボの本気の走りに付いて来れるもんか!」
じゃあな、と言い残し、ターボはあっかんべーをおまけにつけて走り去っていった。
「グフッ。ナンデワタシガ、コンナメニ……ミ、水……」
「……それで、逃げてきたのかい」
「大丈夫。まいてきたから。えっへん!」
ホテルの一階で、ツインターボはフルーツにかぶりつきながらシンザンとカノープスの面々に威張っていた。
「練習の成果がちゃんと出たよ!」
「あほーっ!」
ネイチャが思わずターボの頭をぶった。
「心配したんだからね!」
「ターボさん、あれ程単独行動は控えろと念を押されていたでしょう」
「うう……ごめん」
ターボも皆の迫力に思わず反省。
「まあまあ、とりあえずみんなディナーの時間だよ。いっぱい食べて嫌な事は忘れよーよ」
マチカネタンホイザがその場を立て直そうと両手をぶんぶん振って皆の機嫌を取ろうとする。
「そういえばタンホイザさんはトローリングに行ったんですよね?」
「おっきなお魚釣れたのー?」
キングとウララも興味津々だ。
「ふっふっふ……じゃじゃーん!」
タンホイザが側にあった発泡スチロールを開ける。
「わあ、おっきいー!」
「これ何て魚ですか?」
「シイラだよ。ハワイではマヒマヒっていうんだって」
そのシイラが、大量の氷を張った箱の中に鎮座している。体長は2.5m程。まずまずの大きさだ。
「これで刺身なりムニエルなりなんでもこいだよ! ディナーは期待しててね! 私を褒め讃えよー」
こうして、みんなでディナータイムが始まった。
外が見えるテラス席。夜のビーチのさざ波の音を聞きながらディナーコースに舌鼓である。
タンホイザが釣ったシイラは刺身、ムニエル、イタリア風にフィオレンティーナ、和風に田楽味噌焼き、等々。
勿論本家ホテルのディナーも忘れてはいけない。BBQチキン、エビや野菜を載せてのトルティーヤ、カニハンバーグ、フィレ肉のステーキ、ポテトニョッキ……。
なお、払いはシンザンの奢りである。となると、全員が狂ったように食べるのはお約束ということで。
みんな私語を忘れ、美味い美味いと料理にかぶりついている。
そんな皆を、シンザンはやれやれ、という顔でワインを口にしながら見つめていた。
「そういえば飲み物が欲しいよね」
皿を平らげたところで、ネイチャが提案する。
「そうですね」
「でも英語で書かれてるから何が何やら……」
「ターボ、全然分かんない!」
「いや、そこはさ、指差しでいいじゃん。何が出てきても恨みっこなし、ってことで」
「ロシアンルーレット風ということですね。分かりました」
「わたしもやるー!」
「ウララさん、くれぐれもお酒は頼まないように」
「おおーっ!」
テーブルに運ばれてきたのは、何とも花や草木の装飾が美しいジュース(?)ばかりであった。
「綺麗だねー」
「おお、おいしー。南国って感じ! これ、マンゴーかな?」
「ターボこういうの大好き!」
「う~~ん~~~うにゅ、ん~~ねいちゃ~~」
「ど、どうしたのターボ?」
「ねいちゃって、かわいいよね~」
「はあ?」
「いくのも、かわいい~~んふふ~~」
「え、え……」
「まちたんもかわいい~~みんなかわいい~~ん~ふふ~~」
「な、なんか様子がヘンなんだけど」
ターボの異変に気付いたシンザンは、メニューを取り、先ほどターボが指差し注文していたものを確認した。
「こらっ、ターボ、あんたカクテル飲んだね!?」
「ええっ、カクテルってお酒じゃん」
「ハワイのカクテルは気持ちよくなるために度数高めなのが多いんだ。こりゃ絡み酒だね」
「んふふ~これおいしい~ターボ、おかわりたのも~~」
「「「駄目!」」」
……とまあ、色々あったが、ディナータイムは無事終わった。走り疲れて酔って眠ってしまったツインターボはイクノが背負い、ベッドまで連れて行った。
キングやウララも今日は早めに寝るという。
ネイチャは泳ぎ疲れてはいたが、なんだか寝るのが惜しく、外に出て砂浜から星や月を見上げながら物思いに耽った。
(まさかこの私がハワイなんてねえ……信じられないよ。いつ競走バ人生が終わってもいいと思ってたけど、もう少しだけ頑張ってみますか)
部屋に戻ると、タンホイザが起きてた。眠れないの?と問われ、ちょっと月を見てたとネイチャは答えた。
これが修学旅行とかだったら枕投げでもしてたかもねー、と言った。ネイチャは笑った。
翌日、6人は飛行機が出るまでの間、軽く汗を流し、帰りは土産屋でお土産を。
ウララはライスと商店街のみんな用にと大量に買い込んだ。キングは取り巻きーズ用に少量購入した。
こうして、楽しいハワイ旅行はあっという間に終わったのだった。