ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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それは所詮、婆の戯言

海外旅行を終え、モチベーションも高まったカノープスの面々とキングヘイロー、ハルウララ。

「トレーナー! 次はGⅠレース予定にいれてね!」

「はは……、頑張りますよ」

秋以降のレースに向けて、チーム・カノープスも再始動を開始した。

 

 

「……ジャパンカップ?」

一方、シンボリエムブレムは生徒会室に呼ばれ、シンボリルドルフからGⅠレースの推薦を受けていた。

「ああ。世界中から多くの強豪ウマ娘達が集う権威あるレースだ」

「……名前だけは、知ってます」

「そこで今回、日本代表として君が出てくれないかな?」

「自分が出なければならないくらい、今の日本は不作なんですか?」

「そうは言ってないさ。なにせクラシック三冠全てレコードという驚異的な記録保持者なんだ。君の脚なら充分通用する。私はそう信じている」

「ハッ、わたしみたいな不良ウマ娘が日本代表? 流石に笑えないっスね」

「で、どうだろう?」

「まあ考えておきます。生贄は強いに越したことはありませんから」

それだけを言い残して、エムブレムは生徒会室を回れ右して出ていった。

 

 

そしてある日。いよいよ待ちに待ったシンザンの臨時トレーナー初日がやってきた。

シンザンが直前で逃げ出さないようにと、ルドルフ会長は、あえて学園内にマスコミとカメラを入れた。

「やれやれ……用意周到だねえ」

缶コーヒーを飲みながら、シンザンはターフに出てきた。カメラがパシャパシャと鳴り、マイクが音を拾う。

果たして、どんな指導をするのか、多くの者が見ていた。

(昔を思い出すねえ……大観衆とカメラとマイク……それを独り占めしていたあの日を……)

 

シンザンは観客席からウマ娘をじっと見ていた。そして動かない。意識を張り巡らせ、一挙一動に集中する。

「あの、シンザンさん……?」

「黙ってなおまえさん方は。ここは遊び場じゃないんだよ」

 

「ふむ……」

顎に手をやるポーズをしたかと思うと、シンザンは観客席からジャンプし、ターフの中に入っていった。

「そこのアーマーガール、テンノイブキ、ヤブサメイッキ」

「えっ?」

呼ばれた三人のウマ娘は、シンザンの元へ駆け寄ってくる。

三人ともトレーナーこそ付いているものの、扱いは精々3軍といったところだ。

「何故私たちの名前を?」

「トレセン学園所属のウマ娘の名前と顔ぐらい、全部頭に入ってるよ」

そう言いながら、自分の側頭部を指でとんとんする。

「え……」

「それって凄くなーい!?」

「会長みたい……」

 

「ちょっとフォーム、いじらせてもらうよ」

シンザンに目を掛けられ、三人は緊張する。シンザンはニヤニヤ笑っていた。

「まずアーマーガール、あんたはもう少し歩幅を大きく取った方がいいね」

「歩幅……ストライドってことですか?」

「ああ。歩幅を拡げ、脚を一歩ぶん大きく前に出すんだ。あんたの体格なら、ストライドの方が合ってるよ」

「わ、分かりました!」

「それと、踏み出す時の親指は4cm内側に。腕を振る時は手を5cm体の内側にくっつけるように走りな」

「は、はい!」

 

「次にテンノイブキ、おまえさんは前に意識が強すぎて体がつんのめる癖があるね。それじゃあコーナーは曲がれない」

「そうなんです。分かってて意識はしてるんだけど走ってると忘れちゃって……」

「走る時、膝を4cm下げてみな。重心は腹ではなく、背中を意識する。爪先の使い方も悪いね。踏み出す時は、踵からではなく、爪先から。力を込めるのも爪先だ」

「こ、こんな感じですか?」

「そうそう。あと膝で曲がろうとしすぎないこと。それだとすぐに膝がいかれちまうよ」

「分かりました! やってみます!」

 

「あ、あのー、わ、私は……?」

「ヤブサメイッキかい。あんたは、そうだねえ……荷物畳んで実家に帰った方がいいね」

「がーん……」

「まあそれは冗談だけど、脚の作りがあまりよくないね。怪我をしやすい脚だ。特に骨がね」

「そ、そうですか……」

「とりあえず、プール、ウッドチップ、筋トレで地道に下半身を作ることから始めな。さもなくば簡単に骨折してしまうよ」

「は、はい……」

 

「シンザンさーん、私はー?」

「シンザンさん、私も見てください」

「シンザンさーん」

「やれやれ、どいつもこいつも人の手を借りなきゃ何もできない困った子供達だねえ……。トレーナーは何を教えているんだい?」

 

 

「す、凄いな……」

取材をしようとしていた記者はシンザンの指導を見ながらメモを取り続ける。

カメラは常にシンザンと隣のウマ娘を撮り続けていたが、素人目にはシンザンの慧眼がどれほど凄いのか全く理解できない。

大体ジャージ越しでどうしてそこまでウマ娘の動きの問題点が分かるのか?

「そういえば、シンザン殿は引退後武道を習っていたと言われていたな。その経験が生かされているのかもな」

「これは指導後のコメントも要注目だぞ」

 

「こらこら、脚だけで走ろうとするんじゃない。上半身と下半身は一致させて律動させる。さもなくばすぐに怪我をしてしまうよ」

「はい!」

「走り込みが終わったら全員プールに行って泳いできな。その後はジムで筋トレだ。脚の強さだけじゃない。全身を使って走るんだ」

「はい!」

 

「あ、あのシンザンさん……」

「なんだい、あんたは久保トレーナーだね。若いもんに何て教え方をしてるんだい。若い芽潰す気かい!?」

「いえ、こ、これでも自分はトレーナーとしてウマ娘達にしっかり関わってきたつもりですが……」

「なっちゃいないんだよ。弱いウマ娘なら見捨て、強ければ自分の手柄。そんな打算でやってるからレベルが低くなる。ペット育てるのとは違うんだよ!」

「うぅ……」

 

「凄い、ベテラントレーナーがタジタジだ」

「トレセン学園のレベルが低いのか、シンザンさんの求める領域が高すぎるのか、どうなんだこれは……?」

 

 

指導を一通り終え、シンザンはメディアの取材を受けた。

「いかがでしたか。トレセン学園のウマ娘の指導は」

「そうだねえ……はっきり言って、機嫌が悪くなるくらい酷いね。これならトレセン学園とは別にウマ娘の養成機関を設立して対抗してやりたい気分だよ」

「なんと……!」

「まともな指導を受けられないウマ娘、指導もろくにできないトレーナー。せっかくの施設が泣いてるよ……」

シンザンから出た言葉は、紛れもなく現在のトレセン学園に対する批判だった。

「それは、現会長のシンボリルドルフさんの批判とも取れますが」

「そいつは気が早いね。会長さんはよくやってるよ。ただね、あの人は立派過ぎた。下々が見えなくなるくらいね。

名選手名監督に非ずという言葉があるように、あの人は会長という立場でこそ力を発揮するタイプなんだ。トレーナーじゃない」

クラシック三冠、GⅠ7勝。その栄光は、権威ある地位でこそ輝く。故に、指導で力を発揮するタイプではないとシンザンは言いたかったのだ。

「トレセン学園に入りたがるウマ娘は多い。今後、もっと増えるだろう。なればこそ、慢性的なトレーナー不足という問題は、何が何でも解決しなきゃならない。

しかし人というのは育てなきゃいけないんだ。時間をかけてね。その箱と人が必要なのさ。今のトレセン学園にはね」

「では、その教育現場の設立を……」

「まあ出資して作れと言うのなら、私が作ろう。既存の大学にトレーナー課を作るという手もあるがね」

「おおっ!」

「とはいえウマ娘のトレーナーをしたがる物好きが、果たして何人いるか……未知数ではあるが……」

カメラのフラッシュは途切れることはなかった。記者は急いでデスクに取材内容を報告している。

この内容が、正式にニュースとして報道されるまで、それほど時間は掛からないだろう。

 

 

「ふう、よっこらしょ」

取材と指導を終え、シンザンはカフェテリアに来て遅めの昼食を取っていた。ルドルフの許可は取ってある。

「……うん。美味い。食堂のおばちゃんだけは合格点だねえ」

にんじんハンバーグをナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。いい肉を使っているのか、肉汁がじゅわっと滲み出る。

 

「シンザン殿」

そこへエアグルーヴが訪ねてきた。

「ご指導、有難うございます。これで若いウマ娘も目標をもって練習に励むことができるでしょう」

「……どこまでも他人事なんだねえあんた達は。ま、しょうがないかね」

「中々手厳しいコメントもいただきました。今後の課題にすると会長も言っておられました」

「ま、そこらへんのことは、あんたらでやるんだね。いい年した連中がウマ娘の未来を踏みにじるようじゃ、痰の一つでも吐きたくなるからね」

「……善処します」

 

「ま、私は今後も臨時トレーナーは続けるけど、頼り過ぎないようにね」

「分かっています。我々も、問題点の解決を目指し具体案を出していかなければ……」

 

 

「さて、そろそろ帰ろうか……いや、その前にカノープスの連中を見ておこうか」

シンザンはカノープスが使ってる部室に向かった。

「ん……人の気配がないね。みんなもうターフに行ってしまったかな……」

しかし鍵が掛かってなかったため、勝手に入らせてもらう。

横断幕やポスターが所狭しと貼られた部室内部。今まで実力バの引き立て役に過ぎなかった皆が、必死にGⅠ勝利という夢に向かって頑張っている。

指導してきた年寄りの身としては、できれば報われてほしいというのが本音だ。

「ん……」

テーブルに書きたてのポスターがあった。そこには『目指せ秋天制覇!』『頑張れ秋華賞一着!』という文字が殴り書きしてあった。

「そうか、秋天と秋華賞に出るんだね。頑張りなよ……」

 

シンザンは部室を出た。

さて、今度こそ帰ろうかという時、見知った顔を見かけた。

「おい、不良ウマ娘」

そう、練習をサボっていたシンボリエムブレムが通り過ぎようとしていた。

「なんだババ……て、あんたか」

「ちょっと、ツラ貸しな」

「……ちっ」

 

「練習場には行かないのかい?」

「ふんっ、私が行くと周りの奴らが練習に集中できなくなるからって、半分出禁状態なんだよ」

「……なんなら私が経営しているスポーツセンターを貸してあげてもいいが」

「いらねえよ。私にとっちゃ勝つも負けるも、生きるも死ぬも一緒だ」

「……随分刹那的な生き方をしてるんだねえ。まだ若いのに、勿体ないねえ」

「周りからはそう見えるかもな。でもこれでいいんだよ。会長は俺を手元に置いてるつもりだが、いずれ手に負えなくなって手放すさ」

「お前さんが何もしなきゃそんな事はしないさ。それとも、何かしでかすつもりかい?」

「ふんっ……」

エムブレムはニヤリと笑った。眼は相変わらず地獄か海の底を見ていた。

「今、私はジャパンカップに推薦されている」

「へえ、あんたが、ねえ……」

「そこで、ひょっとしたら面白いものがみられるかもよ。ククク……」

それだけ言うと、エムブレムは去っていった。

 

 

「あんたに、日本は狭すぎるかもしれないねえ……」

ポツリとそう言うと、シンザンは帰りの車を呼び、学園を後にした。

 

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