ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
『ここ、東京競馬場の本日の日程は全て終了しました』
実況担当の赤坂美聡(あかさかみさと)は実況席より周囲を見渡した。
『しかし集まった大勢の観客席の皆様は帰らない! 帰ろうともしない! それは何故か!?』
レース用の大型モニターに、二人のウマ娘が映し出される。
『そう! 本日はお待ちかね、トウカイテイオーとメジロマックイーンの引退セレモニーが行われるからです!』
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
観客席から大きな声援が起きた。
この一か月。ファンにとっては長いようで短い一か月だった。
ニュースで報道された二人の引退。街頭では号外も配られた。引退セレモニーの企画を聞くと、ファンは残念に思いながらも今日この日を待っていた。
スタンド最前列にはチーム『スピカ』、『リギル』、『カノープス』他トレセン学園関係者の姿もある。勿論シンボリルドルフ会長も来ていた。
スピカの面々は複雑だった。テイオーとは毎日顔を合わせていたし、マックイーンもチームの一員だ。その二人が今日を持って完全にターフから去る。
ゴールドシップも今日ばかりは焼きそばを売り歩く気分にはならなかった。
「寂しくなるよな」
「そうね」
「そうですね」
「…………」
自衛隊の吹奏楽のファンファーレが鳴り響く。二人は既に、ゲートに入っていた。
観客の視線がゲートに集中する。ガチャ、という音がして、ゲートが開いた。
「行こう、マックイーン」
「ええ……」
『今トウカイテイオーとメジロマックイーンが姿を現しました! 二人とも明るい表情のまま、手を振って観客の声援に答えています!』
ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!
「テイオー、今まで感動をありがとう!!」
「マックイーン! 君の勇姿は忘れないよー!」
「……見てる? マックイーン。ぼくたち、こんなに大きな声援を受けてる」
「そうですわね」
「レースに出たわけでもないし、一着を取ったわけでもない。そんなぼく達がこんなに大きな声援を受けてるんだ」
「分かっています。これが、わたくしたちがやり残したことなのですね……」
『二人がゆっくりとした足取りのまま、スタンドの前を横切ろうとしております。観客の声援も、更に激しいものになりました』
テイオーはお家芸のテイオーステップをしながら観客に手を振る。
「テイオーさぁぁぁぁぁぁん!!」
「マックイーンさぁぁぁぁぁぁん!!」
最前列にいたキタちゃんとサトちゃんが大きな声で二人を祝福する。
一方、それを見ながら複雑な表情をしていたウマ娘がいた。ツインターボだ。
「……ターボ?」
横にいたナイスネイチャがターボの普段とは違ってやけに大人しいことに気付いた。
ターボの事だから、わんわん泣くか、ぎゃーぎゃー喚いてるかと思ったのに……。
「どうしたのターボ?」
「……悔しいなあ」
「悔しい?」
「うん。あのね、テイオーが引退を決めた時、テイオーは真っ先にターボに謝りに来たんだ。一緒にレースで戦えなくてごめん、って……」
「そうなの?」
「その時ターボね、ずるいぞテイオー、勝ち逃げするなんて許さないぞ、って言ったんだけどね、でもそれ以上は言えなかった。ターボこの間もその間のレースもボロ負けしたから」
玉砕型。それがツインターボのレーススタイルである。快勝か惨敗か、ターボにはその2つしかない。故に成績は安定せず、オールカマ―以降一度も勝っていない。
「テイオーはGⅠもいっぱい勝ったのに、ターボは負け続けて、悔しくて……でもテイオーの言った諦めない大切さも分かってたから……」
「複雑な感情なわけだね」
「ただ頑張るだけじゃ、テイオーには追い付けないのかな……」
「…………」
ネイチャは、こんなしおらしいターボは初めて見たな、と思った。
ターボにとって、テイオーは今でもライバルなのだ。しかしテイオーはターフから去る。なら、ターボは何を目標にしていけばいいのだろう……?
(ま、キラキラさんのテイオーが辞めて寂しいのは、ターボだけじゃないんだけどね……)
そして、二人がゴール板を超える。この後は小休止を挟んで、壇上で最後のコメントを残す。
更衣室に戻った二人は、汗を拭き、水を飲み、鏡で髪を整え、服に問題がないか再確認する。
「ふう……走ったわけでもないのに、汗かいちゃった」
「11月で肌寒い季節ですのに、会場の熱気にやられてしまいましたわね」
「マックイーンはコメント何ていうか決めてるの?」
「ええ。でも……多分テイオーと似たものになると思いますわ」
そして再び二人が姿を現す。観客席からは大きな歓声と拍手が送られた。
(泣いても笑っても、これが最後か……)
(今日の割れんばかりの歓声を聞いて確信しましたわ。やはりわたくしは……)
テイオーステップで壇上に上がり、マイクを手渡されるテイオー。その後続いてマックイーン。
大量のテレビカメラが二人を映す。まずはテイオーからだ。
『……ぼくの競走バ人生を見た人が、色々と思う事はあると思います。でも、ぼくは後悔していません』
それは怪我で苦しみ続けた半生を歩んだウマ娘とは思えない、意外な言葉だった。
『確かに怪我続きで活躍できたのは前半生だけでした。でもその活躍のおかげでぼくはファンに名前を覚えてもらいました。
それで人々の記憶に残ったのならこんなにありがたい事はありません』
(テイオー……)
『引退したウマ娘にとって一番嬉しいことは、競走バじゃなくなってもサインや握手を求められることです。
そんな幸せを何度も味わえました。この一か月、色んな人から声をかけてもらえた時は本当に嬉しかったです』
この時、観客席でキタサンブラックは終始泣いていた。
「う”う”う”う”……て”い”お”~~さ”~~ん”……」
『胸を張って言えます。幸せな競走バ人生でした』
ワアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!! テイ、オー! テイ、オー! テイ、オー! テイ、オー!
割れんばかりのテイオーコールを受け、テイオーは深くお辞儀をした。そして、マックイーンにマイクを渡した。
『わたくしは競走バとしてデビューする以前より、メジロの誇りと栄誉を掲げて走ることを義務付けられていました。しかし、それは誤りでした』
誰よりも高いプライドを持って走り続けてきたマックイーンにしては、意外な言葉だった。
『視野狭窄と言っていいでしょう。もしわたくしがそのまま周りを見ずに走り続けていたら、悲願達成はなかったと思います』
(マックイーン……)
『わたくしはとても多くのものに支えられてきました。トレーナー、チームメイト、友人、知人、そして応援し続けてくれたファンの皆様に。だからこそ今があります』
この時、観客席でサトノダイヤモンドは大泣きしていた。
「う”わ”あ”あ”~~ん”。ま”っく”い”~ん”さぁ~ん”……」
『今日お集まりいただいた皆様こそ、私がターフで得た最高の宝物です。本当に、有難うございました』
ウオオオオオオオオオオオオオオッッッゥ!!!!! マックイーン! マックイーン! マックイーン! マックイーン!
そう、二人がやり残したもの。それは今まで応援し続けてくれたファンに対する心からの感謝。
今まで声援を送り続けてくれた人々への有難うの言葉だった。
華やかなりし競走バの世界。そこで走るウマ娘には多くの声援が寄せられる。
レースに出なければならない。活躍しなければならない。
故に、一個人として、時には人格すら要求される。勿論例外は過去にごまんといたが。
トウカイテイオー、メジロマックイーン、二人とも日本競バ会に名を連ねるに相応しい、酸いも甘いも経験したウマ娘である。
その別れの言葉に、スタンドからは涙混じりの大きな拍手と声援が寄せられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………。立派だねえ。トウカイテイオー、メジロマックイーン」
そんな二人をスタンドの片隅から見ていた一人の老婆がいた。
「そう、この声援こそ、あんたたち二人がターフで得た一番の宝なのさ……」
そう言うと、老婆は体を反転させ、誰よりも早く競馬場から去っていった。
「さあて、この婆も、忙しくなるかもねえ……」