ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
トレセン学園からそれほど離れていない病院。死闘を繰り広げたナイスネイチャはここにいた。
ネイチャの脚は、やはり折れていた。
とりあえずくっつくまでベッドの上で暇な時間を過ごし、頃合いになったら学園に戻るつもりだ。
「ふう……」
天井を見上げ、大きく息を吐く。横をちらりと見る。そこには天皇賞秋優勝を証明する記念の盾があった。
(本当に、勝ったんだね。わたしなんかが……)
思わず顔がにやけてしまう。これは卒業するまでは部室に飾って、卒業したら家宝にしよう。とか考えてみたり。
これでカノープスからはGⅠ優勝ウマ娘2人目。もうすっかり学園でも有名チームだ。来年は大所帯になるかもしれない。
(まあわたしは卒業したら、どうせおふくろのバーに戻ってお仕事を手伝う事になるだろうけど、みんなはどうするのかな?)
「ネイチャさん……」
「あ、ライス。お帰り。リハビリに行ってたんだっけ?」
「はい。ライス、今日も頑張ってきました」
この病院にはライスシャワーも入院している。あいにく同じ病室にはなれなかったが、二人はちょくちょく会っている。
「どう、脚の調子は?」
「あんまり、良くはないですね。でも、ライスの脚、最近ちょっとだけ力が入るようになったんですよ」
ライスシャワーの膝は深刻だった。腱は切れたし、神経も繋がなければいけなかったし、骨は割れていた。
正直、障碍者手帳を貰ってもおかしくないほどの重症である。
だが、ライスは心底諦めなかった。ブルボンとの約束、そして新たに加わったネイチャとの約束、それを果たすために毎日過酷なリハビリを行っている。
「……待ってるから。ずっと、待ってるから」
「はい……」
人々からは
奇跡が起きなければ復帰は難しい。それでも、ライスは前を向き続ける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ジャパンカップ。
かつて、日本競バ会の発展の為設立された、大規模な国際招待競走で日本初の国際GⅠである。
設立当初は海外ウマ娘の実力に圧倒され、日本勢は苦戦していたが、近年は逆に日本勢が活躍を見せている。
まあ招待されるウマ娘の頭数が減ったのだから、日本勢が有利なのは仕方のないことだが。
しかし、今年の招待ウマ娘はいずれも劣らぬ強豪揃いだった。一体幾ら積んだんだと言われるくらいに。
イタリア代表・リボーの再来だとも言われる10戦無敗、今年の凱旋門賞王者カデンツァ。
フランス代表・前年凱旋門賞優勝ウマ娘トレヴミックス。
イギリス代表・40戦走って怪我なしの鉄人リングスパーク。
アメリカ代表・レースとなれば北も南も関係なしレッドアリゲーター。
ドイツ代表・たった一人で生まれた牧場を救った孝行ウマ娘ランドドリーム。
それに挑むは日本の精鋭ウマ娘達である。この国際試合、負けるわけにはいかないと他のGⅠ出場をキャンセルして出てくるウマ娘もいる。
そしてその中にいるのはシンボリルドルフの肝いり、10戦10勝無敗、
春のクラシックを無敗、それもレコード連発で乗り越えてのシニア戦である。
とはいえ、不安材料もあった。他のウマ娘が怯えて逃げていくのでまともに練習場で走っていないのである。
仕方なくオープン戦を調整代わりに使うことになったが、やはりシニア戦とはいえ、まともに勝っていないウマ娘では勝負にならなかった。
そんな彼女が初めて格上に挑む。しかし悲しいかな、嫌われ者であるエムブレムを応援する声は殆どなかった。
まあその甲斐あって彼女の漆黒のモチベーションはグラグラとマグマのように煮立つことになるわけだが……。
そしてレース当日。
日本勢からはスペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、テイエムオペラオーなどが揃い立った。
その中にはシンボリエムブレムの姿もある。相変わらず地獄を見てきたような闇が深い視線で全てを睨み付けている。
「はーい、エムブレムちゃん」
そこへエムブレムに話しかけてきたウマ娘がいた。古ウマ娘、マルゼンスキーだ。
「だから古ウマ娘って何よ!?」
「何処と喋ってるんだ……?」
エムブレムは視線を逸らし、海外招待ウマ娘を吟味する。今日の生贄になりそうな奴はどれか、想像するだけでもにやけがとまらない。
「こーら、お姉さんを見なさいよぉ。無視されると怒っちゃうんだから」
首を掴んで強引に回し、正面に自分を入れようとする。
「今日はルドルフちゃんに変わって、お目付け役として参加することになりました。よろしくねー」
「……ちっ、相変わらず過保護な人だ」
「まあそう言わないでよ。今日はお痛は、だ・め♪。みんな真剣に走るんだから、エムブレムちゃんも真剣にね」
「……別に勝ってしまっても構わないんだろう?」
「まあ無敗記録更新は観客の皆さんも期待してるからね。まあ競争バである以上、期待には応えないと」
「ふん……わたしに期待してる奴なんかいねえよ」
エムブレムはスタスタとゲートに向かって去っていった。
「あ、ちょっと!」
(あいにく……走るのが楽しいなんて、教育は受けてないんでね)
『世界の精鋭が、ここ東京競バ場に集う祭典、ジャパンカップ。今年は類稀なる強豪が来日してきました』
『いずれも劣らぬ名バ揃い。そのウマ娘に、日本のウマ娘がどう立ち向かうのか、注目ですね』
『一番人気はイタリア代表カデンツァ。もはや無敗神話は既定路線と言われています。
二番人気は凱旋門賞制覇ウマ娘トレヴミックス。こちらは今年で引退を囁かれていましたが翌年も現役を続行するとの事でファンを喜ばせました。
三番人気はキャリアでは他のウマ娘では文字通りお話にならない鉄人リンドスパーク。来年の目標は50試合を走ることだそうです』
そう。今年のジャパンカップ、一~三番人気に日本のウマ娘の名はなかった。それだけ招待ウマ娘のレベルが高かったのだ。
シンボリエムブレムは五番人気。四番人気は日本総大将ことスペシャルウィークに譲った。
しかし日本代表は寝首をかいてやる気満々である。ここは日本。今までのレースの様にはいかないと思わせなければと気合も入っている。
その結果がどう出るか……?
「…………」
「…………」
海外勢は一言も喋らない。だが視線で追いかけているのは同じ海外からやってきたウマ娘ばかりだ。
日本勢など歯牙にも掛けないということか。
『各ウマ娘、ゲートイン完了。出走の準備が整いました』
『どんなレースになるのでしょう。まずはスタートに注目ですね!』
ガコン!
『スタートです。まずは綺麗なスタート』
『先行争いはやはりマルゼンスキー……いや、違う。イタリア代表カデンツァだ!』
「くっ、なんて迫力なの!? 逃げの質が違う!」
「フン、コンナモノカ」
カデンツァは先行争いをすることもなくマルゼンスキーを抜いて先頭に立ち、加速していく。
なにせカデンツァのオリジナルとも言われるリボーは、生涯成績16戦16勝、2着以下との差は合計99バ身+アタマと言われる化物である。
中団から差そうとか、後方から追い込もうとか、そう考えていたら手遅れになる。
それでも他の海外勢と日本勢は頑なに自己のペースを守った。
スペシャルウィークはバ群の中団、グラスワンダーはやや後方。テイエムオペラオーは先団5着。
トレヴミックスは現在4着、リンドスパーク、ランドドリームは中団、レッドアリゲーターは後方で脚を溜めている。
その中、ただ一人、逃げは許さない許すわけがないと突っかかっていくウマ娘がいた。
『おーっと、気持ちよく逃げようとしていたカデンツァに並ぼうとしているウマ娘がいる! エムブレムだ! シンボリエムブレムだ!』
『今日は逃げを選択したんですかね?』
「おい、そこのお前、オナニー走法してんじゃねえぞ」
「ホウ、私ノ走リニ対抗スル奴ガイルトハ」
エムブレムは加速一気に間合いを詰め、カデンツァに並ぶ。二人はコーナー前で早くも肉薄する。
そして二人がコーナーに差しかかろうとする、その時だった。
「悪イナ、ワタシハ前ヲ走ラレルノハ、大嫌イナンダヨ!」
ドンッ!!
「くっ……!」
カデンツァが進路妨害ギリギリのタックルでエムブレムを大外に弾き飛ばした。
その様を見ていた後方のウマ娘達は驚愕する。カデンツァは明らかに故意にぶつかった筈だ。
『おっと、シンボリエムブレムが外に弾かれましたね』
『少し密着し過ぎましたかね。進路妨害ではありませんよ』
実況も解説もカデンツァのラフプレイに気付いていない。
エムブレムは結局失速し、前団5着程度まで沈んでしまう。
「大丈夫かい、エムブレムくん」
見かねたテイエムオペラオーが話しかけてきた。
「いやはや海外のウマ娘はやんちゃだね。ボクならあんな真似はしないよ。追い抜く時も、もっと優雅に、華麗に……って、エムブレム、くん……?」
横をチラリと見たオペラオーは一瞬青ざめた。
そこには、今にも人を殺しそうなほど血の気が引いた鉄仮面にドス黒い眼を張り付け、殺気を全身から放つエムブレムがいた。
「ちょ、ちょっとちょっとー、エムブレムちゃーん、これはレースなのよー。喧嘩は駄目よー」
背後でマルゼンスキーが忠告する。しかしもうその言葉は届いていない。
「…………殺す」
『さあカデンツァ、快調に飛ばしています。2着以下との差は縮まるどころか逆に離されるばかりです』
『1000mのタイムは、57秒8! 何と58秒切っています。桁違いのハイペースですよ!』
『これはレコードが見えてきたか、イタリア代表カデンツァ!?』
「フフン、コノコースハ随分ト走リニクイノダナ。マアイイ。先頭ハ誰ニモ譲ラナイ。マア誰モ追イツケナイダロウガナ」
本来ならこのペースでは最後に息切れしてもおかしくはない。だがカデンツァはレースで一度もバテたことがなかった。
レコードは出して当たり前。勝つのは自分一人。それも一度も2着以下になったことすらない。
他のウマ娘がどれだけ強かろうと関係ない。自分はリボーを超える最高傑作だ。素質が違う。
「アア、気持チイイ……誰ニモ邪魔サレズニ先頭ヲ走ルコノ快感……タマラナイ」
カデンツァは快感の余り股間を濡らした。
『さあカデンツァ、独走状態で第四コーナーを抜けようとしています』
『他のウマ娘には厳しいリードですかね』
「サア、仕上ゲダ」
カデンツァが直線で更にスピードを上げる。こんな辺境の島国の国際試合など、目を瞑ってても勝てる、そう確信していた。
しかし、後方のウマ娘は心底諦めてはいなかった。
「まだ終わりじゃないよ! 東京の直線は長い上に坂があるんだ! 簡単にはいかないよ!」
「ふふ、この距離を詰めての大逆転、実にボクらしい華麗な舞台とは思わないかい?」
そして他の海外ウマ娘も黙ってはいない。
「満足シタカ、カデンツァ。サアイクゾ!」
「レディゴー!」
ウマ娘たちがカデンツァに迫る。しかし厳しいリードだ。本来なら逃げ切られていただろう。
このウマ娘がいなければ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
リボーの走りが『ミサイル』なら、彼女の末脚は『雷光』。物理と光速。比べようがない。
『だが後方のウマ娘の中から別次元の追い込みを見せるウマ娘がいる! エムブレムだ! シンボリエムブレムだ!』
『こ、これはとんでもない速度ですよ! F1かなにかでしょうか』
そしてあっという間にカデンツァのセイフティリードは終わる。もはや相手との距離は目と鼻の先だ。
「ナ、何ダッテ、ソンナ馬鹿ナ! ソン……ナ……」
横に並んだエムブレムの顔を見た瞬間、カデンツァは、失禁した。
その黒き眼光は、紛れもなく
そして、シンボリエムブレムは、横に並んだ瞬間、わざと、ほんの僅かに速度を落とし、こう言った。
「…………死ね」
ばきっ! ぶちぶちボキボキッ! ブシュ―……。
エムブレムは蹄鉄が付いたシューズでカデンツァの脚を思い切り踏んづけた。
脚は粉々に砕け、肉と腱ははじけ飛び、折れた骨は皮膚を突き破って露わになり、血は勢いよく流れ出た。
「ギャアアアアアア! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
カデンツァの絶叫に、歓声を上げていた観客は声を失った。
実況も、解説も、他のウマ娘も、言葉を失った。
時が、止まったかのようだった。
「ふふふ……はははは……あーっはっはっはっ!!!!」
ただ一人、高らかに笑い声を上げながら、エムブレムはゴール板を駆け抜けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、レースの結果が出た。
シンボリエムブレム、進路妨害により最下位に降着。
1着はトレヴミックス。2着はスペシャルウィーク。3着はランドドリーム。
カデンツァ、競争中止。
レース後、エムブレムは沢山のメディアに囲まれた。そして、あれは故意だと平然と言い放った。
「いやあ初めての敗北か、無敗記録が途切れた事は残念だよ。まあ仕方ないな」とケロっとしていた。
それと、
「ふん、命あるだけでもありがたいと思え。精々使い物にならなくなった脚を引きずって、国に帰るんだな」と付けて。
ジャパンカップ後、日本競バ会はイタリア本国だけでなく、世界中の競バ会から大バッシングを受けた。
これを受けて日本は当面の間、ジャパンカップの中止を決定。
華やかな国際招待試合は、一人のウマ娘の手によって深い闇へと沈んでいった……。
その火矢の矛先は、当然日本トレセン学園にも飛び火。シンボリエムブレムを選んだシンボリルドルフ会長はマスコミの前で深く謝罪した。
これまでの功績から、会長職を退く事にはならなかったものの、おそらく来年の新入生は大幅に減ることになり、その権威にも深い傷跡が残るだろう。
そして当人は……、
「君の処分内容が決定した」
エムブレムは生徒会室に呼ばれていた。横には今にも殴りかかりそうなエアグルーヴとナリタブライアンがいる。
「なんです?」
「……一年間の国内でのレース出場停止処分だ」
「案外軽いですね」
「軽いだと!? 何が軽いもんか!」
横のエアグルーヴが怒鳴る。
「会長が骨を折ってくれなかったら永久追放までありえたんだぞ! なのにその態度はなんだ!」
「選んだのは会長です。責任が生じるのは当たり前でしょう」
「……貴様!」
「だがこれで、君はシニアのあらゆるレースに出られなくなった。ピークで走る機会を失ったことになるが、それでいいのか?」
シンボリルドルフが問う。
「ふん。ならば日本のレースに出なければいいだけのことでしょう」
エムブレムは会長室を回れ右して出ていこうとする。
「貴様! まだ話は終わってないぞ!」
シンボリエムブレムは校門まで来ていた。外には大勢のマスコミがいた。
「しつこいな。あんた達も。毎日毎日……」
「シンボリエムブレムさん、出場停止処分を受けて一言お願いします!」
「ふん、わたしからいう事は一つだ」
「え……」
「わたしはこれから、海外に旅立つ。わたしに日本は狭すぎる」
「えっ……」
「イギリスのキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS、中国の香港ヴァーズ、ドバイのドバイシーマクラシック、アメリカのブリーダーズカップターフなど、
あらゆる海外GⅠに参加し、優勝して回る」
「なんと……」
「そして、最終的には凱旋門賞を取る……!」
「おおっ……」
「シンボリエムブレムの名を悪評ではなく、伝説として残すため。世界を蹂躙してやる……!」
「そ、そんな事を、競バの神は許すでしょうか……?」
「ならば神をこの手で捻じ伏せるのみだ!」
エムブレムの黒きモチベーションは、『世界』が標的になる程増幅していた。
観客席からは絶えずブーイングが湧くだろう。頼れる味方は一人もいないだろう。
しかし、エムブレムにとっては、それこそが自分の望んだ極致だった。
(待ってろよ『世界』。おまえら一人残らず殺してやる……!)
ちなみに、カデンツァは帰国後、死んだ。自殺だった。イタリアのトレセン学園寮で首を吊っているのが発見された。
リボーの再来と言われたウマ娘の、あまりに無惨な最期だった。
これを受けてエムブレムは、
「ふん、イタリアからすればいい迷惑だろう。金と時間を掛けて育てたウマ娘に死なれたのだからな。まあ、男との心中でないだけマシだな」
「まったく最近の若い奴らは生きることをすぐ諦めるから始末に負えないな。脚が動かないなら、娼婦にでもなればいいものを」
と、他人事のようだった。