ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
『年末中山で繰り広げられる夢のグランプリ、有馬記念。今年も大きな盛り上がりを見せています』
『GⅠ優勝ウマ娘が10人以上いますからね。誰が来るのかまったく予想が付きません』
『会見ではビワハヤヒデ、ナリタブライアンの姉妹対決が注目されましたが、他もいずれも劣らぬ精鋭揃いです』
『好レースが期待できそうですね。今から楽しみです』
実況と解説の声、観客席の盛り上がりは、肌寒い冬の中山を忘れるくらいの熱気に包まれている。
果たしてこのグランプリ、栄冠を勝ち取るのは誰なのか。
本バ場に入場してくる各ウマ娘達。その表情には少し緊張の色が見える。
「……ブライアン」
「どうした、姉貴?」
「……いいレースにしよう」
「ふん、勿論だ」
ビアワハヤヒデとナリタブライアンはゲートに入る前、一言交わした。もしかしたら、実現しなかったかもしれないカードだ。お互い楽しみにしていたのだろう。
ファンファーレが響き渡る。一段と歓声が上がる。果たしてあなたの夢、わたしの夢は叶うのか……。
各ウマ娘が緊張の中、一人、また一人とゲートの中に入っていく。
周りは気付いていないだろう。ツインターボの気合の入り具合を。
ガコン!
『スタートです。さあ、この序盤、どのような位置取りになるのか』
『先行争いは、やはりこの2頭。ツインターボとメジロパーマーです』
スタートと同時にターボとパーマーは一気に走り出した。スタートダッシュの差で1着こそターボに譲ったが、差はまだ殆どない。
後ろを引き離し、2人はどんどん加速していく。しかしメジロパーマーには思うところがあった。
(さあて、どうしようか。ターボのペースに付いて行ったら共倒れは確実。でも逃げないわたしなんかわたしじゃないよね……)
「パーマー! ひあうぃごー!」
観客席のヘリオスも応援している。
(よし……)
『おっとメジロパーマー、ツインターボを追いかけません。2番手の位置で控えたようだ』
(ターボが落ちてきた時に抜いて、そのままゴールまで逃げ切る。名付けて『後の先作戦』!)
パーマーはこのまま2着の位置を堅守しつつ、終盤一気にゴールまで突っ切る作戦を選んだ。
一方、ツインターボはどんどん加速していく。掛かっているのかは分からない。唯一分かるのは、いつものターボだということだ。
「ああっ、ターボ無理し過ぎ!」
「2度も通用しなかった大逃げ、とても通用するとは思えません」
「いやー、でも三度目の正直ってこともあるし」
「そんな甘い相手じゃないでしょ」
「とにかく応援しましょう。わたし達にできることはそれだけです」
「そうだね。ターボ! 頑張れー!」
カノープスの面子が不安になりながらも必死に声を出す。
そしてシンザンは、冷静にターボの走りを分析していた。
(……悪くはない。むしろ良い。フォームの乱れもなく、脚の使い方もいい。ここまでは満点だ。この大舞台でこれ程の走りが出せるとは、成長したねえ……)
『さあ、一週目のホームストレッチです。中山はここに坂がある』
『各ウマ娘も位置取りはほぼ決まったようですね』
ビワハヤヒデ、ナリタブライアン、テイエムオペラオーは先団、それより少し後ろにウイニングチケット、
スペシャルウィーク、グラスワンダー、キングヘイローはバ群の中団、
タマモクロス、オグリキャップはやや後方に陣取った。最後尾はナリタタイシンだ。
(問題ない。この程度の距離、直線前に仕掛けて差す)
(姉貴は多分直線前に仕掛けるだろう。勝負はそこだな)
(ふっ、二人が抑えているのがありありと分かるよ。ならボクはそれよりも後に仕掛けていこうか)
(やっぱりダービーとは雰囲気が違うなあ。燃えてきたー!)
(逃げは許しません……! でも勝負はまだ先です!)
(まあいい位置ですね。終盤に差しかかるところで順位を上げていければ……)
(できればもう少し前を取りたかったけど、まあ悪くはないわね)
(オグリは絶対この位置からでも差しに来る。その時が仕掛け時やな)
(……お腹、空いたな)
(中山の直線は短いけど、関係ない。最後に全員ブチ抜いて決めてやる……!)
皆が思考を張り巡らせながらの一流の心理戦である。果たして、仕掛けるのは誰なのか……?
『各ウマ娘、位置取りが決まった後はそのまま、といった感じです。重い空気のまま場が進行していきます』
『先に仕掛けるのは誰なのか注目していきましょう』
ピッ
南坂トレーナーがストップウォッチを止める。
「1000mのタイムが58.8秒……これは……」
「抑えてるね。ターボは」
「ええっ!?」
ネイチャはタイムを見て驚く。一見かなり飛ばしているように見えるが、まだ脚を残しているというのか。
シンザンは機械に頼ることなく、1000mのタイムを瞬時に判断したが、周りは驚いているようだ。
「残り1500m。とはいえ、ここまでフォームの乱れもないし、上半身の使い方もいい。ターボとすれば、理想の展開かもね」
「じゃ、じゃあ、ターボはこのまま逃げ切れるの?」
「いや、残念だが……今日の面子はそこまで甘くない。中山は直線が短くコーナーが長い。それでもコーナーから仕掛けられても追いつける範囲だ。
そしてターボには、追い抜かれた後もう一度追いつき追い越す二の脚はない。掴まったら終わりだ」
「うぅ~、頑張れターボ!」
「わたし達に構わず逃げてターボ!」
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
ターボはひたすら逃げる。後ろを振り返らなくても、大体の他のウマ娘の距離感が分かる。
パーマーは控えた。先団とは大体10バ身程度か。もっと突き放したいけど、今は我慢する。
(へへっ、ターボががまんを覚えるなんてな。以前じゃ考えられないや……)
何も考えずに走り出して1着のまま逃げ切りたかった。でも何度も追いつかれて負けた。何度も、何度も。
大逃げのスタイルを捨てるつもりはない。でも格上の相手と戦うには、脚の使い方を覚える必要があった。
例えば最後の直線。誰もがここで後ろから突っ込んできたウマ娘の猛追で泣きを見てきた。
それに対抗するには、ガソリン一滴分でいいから脚を残して戦う必要があった。
何度も流した汗。誰よりも鍛えたこの小さな体。他のウマ娘よりもやってきた練習。
それだけは、この大舞台でも決して嘘はつかない筈だ。
だけど、これだけじゃ、足りない。
もう一つ。諦めない心。
しかしそれは未完成だった。テイオーと走ったから分かった。
(テイオー、見てるよね。ターボは、遂に分かったぞ!)
『さあ、レースも後半。ここで後方に控えていたタマモクロス、オグリキャップ、ナリタタイシンがじわりじわりと……』
『いや、前団です! ここでビワハヤヒデとナリタブライアンが早くも仕掛けた!』
まだ第3コーナーを回っている最中という悪条件。それでも二人はこの位置から仕掛けた。ほぼ同時に。
(ブライアン……!)
(やっぱり姉妹だな。考えることは同じか。姉貴……!)
『さあ仕掛けた2頭がまずは2着の位置につけていたメジロパーマーに襲い掛かります!』
「うそっ!? ターボが落ちてくる前に仕掛けるの!?」
「残念だったな。私の理論では先頭を捕らえるのは第4コーナーを回って100m地点だ」
「あんたもツインターボも、ここでブッちぎる!」
「くそっ! スピードアップ!」
メジロパーマーは慌てて速度を上げる。しかし二人の差し脚の方が明らかに速い。
傍から見ればロングスパートの位置からの仕掛けだが、これは正解なのか?
『差した! 差した! ビワハヤヒデ、ナリタブライアン、まずはメジロパーマーを抜いて更に加速!』
「くっそー!」
パーマーが遅いのではない。作戦だって間違ってない筈だ。しかしそれ以上に、二人の脚が凄すぎたのだ。
『さあ、ツインターボが、ツインターボだけが、第4コーナーを回り切る! 後は中山の直線だけだ!』
『しかしビワハヤヒデだ! ナリタブライアンだ! この2頭の脚の方が勢いがある! その差をぐんぐん詰める!』
「ああっ、追い付かれる!」
ネイチャは顔面蒼白の状態で後ろから来る二人に恐怖した。
「ここまで速いとは……」
イクノも驚愕する。あれが、かつて脚をやったウマ娘の走りなのか、と。
「まるで全盛期じゃん! やばいよこれー!」
タンホイザもスタンドの手すりをバンバン叩きながら、もし自分だったら……と思いながら恐怖する。
『ツインターボは一杯か!? 粘ってはいるが苦しそうだ! そして後ろの2頭がやってくる!』
その差が、5、4、3バ身とあれほどあった差が瞬く間に縮まっていく。
この時、病院のテレビでレースを見ていたライスシャワーは、「ターボさん、もういい! もういいよ!」と泣きそうになりながら叫んでいた。
そして、遂に二人が、ターボの背中を捕らえた。
「よし、差し切っ……」
この時、ビワハヤヒデは追い抜けることを確信していた。
『ツインターボの先頭はここで終……』
実況も、ターボが追い抜かれることを確信していた。
スタンドの観客も、やはり最後はこの二人の対決か、と確信していた。
ただ一人を除いて……。
テイオー『諦めないことが大事だからね!』
「諦めない……」
イクノ『諦めないことが大事なんです。諦めなければ必ず報われます』
「諦めたくない……」
シンザン『おまえの走りは人に勇気を与える希望の走りなんだ。だからどれだけ苦しくても諦めちゃいけないんだよ』
「諦めるのは……嫌だ!」
「諦めて……たまるもんかぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!!」
その時、ツインターボの走りに、魂が乗った。
『おおーっと! ツインターボ、抜かれていない! 2頭を突き放し、猛然と引き離す!』
「何だって!?」
「そんなバカな!?」
ハヤヒデも、ブライアンも、驚愕した。どこにこんな力が眠っていたのかと。
「くそっ、ならばもう一度差し直す!」
「一度は追いつけたんだ! 二度目だってある!」
二人は更に脚を使い、ツインターボを追いかける。しかし、その差が縮まらない。何故だ?
「おやおや、随分手こずっているようだねえ。悪いが、こちらも追いつかせてもらったよ」
「……オペラオー!?」
二人が攻めあぐねている間に、テイエムオペラオーが猛然と追いついて来ていた。
オペラオーだけではない。スペシャルウィーク、グラスワンダー、ウイニングチケット、タマモクロス、オグリキャップなども一気に差を詰めてくる。
前はツインターボを除いてダンゴ状態だ。
『さあ各ウマ娘が最後の直線でスパートを掛ける! 果たしてツインターボを捕らえるのは誰なのか!?』
実況もツインターボが捕らえられるのは時間の問題だと思っていた。
しかし……、
「くっ……!」
何故だ!? その差が縮まらない。こちらはもうラストスパートだ。使える脚は全部使っている筈だ。なのに、何故……!?
『ツインターボだ! 他も頑張っているがその差が縮まらない! 残り200を切った! ツインターボ、果たしてこのまま逃げ切れるのか!?』
実況も慌ててツインターボの方に話題をすり替える。それだけ凄い粘り脚だった。
「そんな馬鹿な……!」
「どうして……!?」
「あと一息、あと一息で追いつけるはずなのに……」
((((どうしてこんなに、勝ちが遠いんだ……!?))))
走っていたウマ娘は戦慄した。ツインターボの背中が、あんなにも小さな背中が、巨大な絶壁のように見えていた。
「行けーターボ!」
「もう一息ですターボ!」
「いけるよターボ!」
カノープスのメンバーも必死にツインターボを、小さな逃亡者を応援する。
ツインターボは無我夢中で走っていた。さっき背中に触れられた気がしたが、その後はそんな気配はない。
もう前は誰にも走らせない。
もう何人たりとも、この背中は追いつかせない……!
(テイオー、見てるか?)
(みんな、ばーちゃん、見てるか?)
(ライスシャワーも、見てるか?)
「これが、これが、これが……諦めないってことだあぁああぁぁあああっっ!!!!」
『ツインターボ、今一着でゴォーーーーーーーーール!!!!』