ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
「「「凱旋門賞ー!!??」」」
放課後、部室にいたネイチャ、イクノ、タンホイザはターボの爆弾発言に腰を抜かした。
ネイチャは聞き間違いを祈り、イクノは眼鏡を落とし、タンホイザは鼻血を出した。
そして当人のターボはえへんと胸を張っていた。
「嘘! 嘘だよね!? ターボが凱旋門賞なんて!? もう、やめてよー、エイプリルフールはとっくに終わってるんだからー」
「ターボ嘘なんかついてないぞ。会長からのじきじきのご指名だもん。間違ってるはずないよ!」
「ひいいいいいいっ!!」
カノープスの古参の面々は慌てふためていた。そして新人のみんなからは、
「凄いじゃないですか! 遂にカノープスから海外に挑戦するウマ娘がでるなんて!」
「ターボ先輩凄いっス! 尊敬しまっス」
「今日は御赤飯ね~」
と歓迎された。そして偉大な先輩に敬礼した。
「いやいや、君たち、これは大変な事なんだけど……」
「明らかに人選ミスです。ありえません」
「だよね。でも会長が冗談を……あ、言う人だったか」
とはいえ、三人はあることを考えていた。
昨日報道されたニュースで、会長の肝いりであるシンボリエムブレムの凱旋門賞出場が決まっていたからだ。
会見でカメラに映ったあのボロボロの姿を見れば、いかに苛烈なレースを勝ち続けてきたかが分かる。
つまるところ、ターボは引き立て役、もしくは生贄役に選ばれたのだ。ある意味気の毒ではある。
しかしそんな空気は何処吹く風、ツインターボはやる気満々で挑もうとしていた。
「みんな見ててね、ターボ、絶対勝つから。絶対逃げ切って勝ってくるから!」
コンコン。
「失礼します……」
「お邪魔するよ」
ドアをノックし、現れたのは南坂トレーナーとシンザンだった。
「トレーナー、ばーちゃん!」
ターボが駆け寄る。
「ターボね、凱旋門賞出るんだ! 絶対勝つから!」
「ええ、どうやらそのようですね……。後日、会見が行われるのでターボさんは出席してほしいとルドルフ会長に言われてきました」
「あ、やっぱマジ話なんだ。あー、夢であってほしい。悪夢なら早く覚めてほしい……」
「ネイチャさん。いい加減現実を見ましょう。もはやこの流れは止められません」
「ターボや……」
シンザンが真剣な面持ちでターボと向き合う。
「どうしたばーちゃん?」
「ターボ……。私もあんたが凱旋門賞に選ばれるとは思っていなかった。だが、あの小娘の状態を考えれば、適任かもしれないねえ……」
「小娘……えんぶれむのことか?」
「ああ。ターボ。あんたは多分会見を見てないから知らないだろうけどね。あの娘はボロボロだった。勝っても負けても、何も残らない空虚な器が残るだけでね。
だからおまえがあの娘に教えてやらなければならない。走る事、それ自体のかけがえのなさを……」
「どういう意味?」
ターボはシンザンに問うた。自分は頭が悪いことは自覚しているので抽象的な話はいまいち伝わり難いのだ。
「ターボ、おまえさん、走ることは好きかい?」
「うん、ターボ、走るの大好き!」
「負け続けていた時は?」
「うーん……悔しいし、勝ちたいと思ってたけど、嫌いにはならなかったよ。走るのは楽しいし」
「そうだね。でもあの娘は走るのはまったく楽しくない筈だ。走りに心がこもってない。それはとても悲しいことだ。
だからターボ、おまえさんがあの娘に教えてやるんだ。走るのは楽しいことだってね……」
ターボは思った。誰だって勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。勝ち続ければもっと嬉しいし、負け続ければとっても悔しい。
そりゃあ、レースは楽しいだけじゃないことぐらいはターボ自身も分かっている。
しかしそれを乗り越えて勝利した時こそ、言いようのない充実感が満たされ、諦めずに走り続けてきて良かったと思えるようになるのだ。
「……分かった。ターボ頑張る! 諦めなければ、レースだって楽しくなるって、えんぶれむに教えてやるんだ!」
「そうかい。頼んだよ……」
「……諦めなければレースも楽しくなる、か……」
「今やターボさんは諦めないことの伝道師となりました。なんだかターボさんが適任に思えてきましたよ」
「いやいやそれは過大評価だってー」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こうしてこうして、あるあるないない、会見の時がやってきた。
今やツインターボは日本有数のウマ娘に成長した。それでも海外レースは力不足ではという声もあったが……、
会見は注目度の高さもあって、多数のカメラとマイクに囲まれた。ターボは人気者になったみたいだなーと壇上でふんぞり返っていた。
『ツインターボさん、初めての海外挑戦ということで緊張などはされているでしょうか?』
「えー、ターボ緊張なんかしてないよ。ターボ勝つから! 絶対逃げ切って勝つから!」
『各国のウマ娘は強豪揃いですが、ライバルとなるウマ娘はいるでしょうか?』
「…………」
(しまった。海外のウマ娘なんかターボ分からないぞ。どうしよう)
「…………えんぶれむ。えんぶれむだ! ターボの相手はえんぶれむただ一人だ!」
場内がどよめいた。あの海外GⅠ10戦無敗のシンボリエムブレムに大逃げで勝つと豪語したのだ。
『レースは過酷なものになると予想されていますが、どういった心構えで挑みますか?』
「うーん、ターボはいつも通りだよ。いつもみたいにスタートから飛び出して、走りまくって、誰にも前に行かせないまま勝つ。それだけ!」
一問一答は簡潔に終わった。ターボは、やっぱり自分のペースで喋れないのって苦手だなー、と思った。
『それでは、もう一人、凱旋門賞に挑戦するウマ娘の会見に移りたいと思います。えー……』
ルドルフ会長が選んだ最後のピース、それは……、
「ぴすぴーす! 全国1億2千万人のゴルシちゃんファンのみんな見てるかー? 日本ウマ娘界の宣伝担当ゴルシちゃんだぞー♪」
ゴールドシップだった。
場内は唖然とした空気に包まれた。
「……ねえトレーナー、本当にゴルシでよかったの?」
会見をテレビで見ながら、テイオーはスピカのトレーナーに聞いた。
「俺が知るかよ! 選んだのはルドルフ会長だ! 俺の責任じゃない!」
トレーナーは自己の責任をあさっての方向にぶん投げた。
その後、川上からどんぶらこどんぶらこと大きな責任が流れてきて、それを拾ったおばあさんが(以下略
「ま、まあまあ皆さん、落ち着いてくださいませ。確かにゴールドシップさんは普段からあんな調子ですがやる時にはやる方ですから……」
マックイーンが精一杯のフォローをする。
「いやいや、ゴルシにやる気なんてないない」
「まあ、大舞台でも物怖じしなくて、空気を読まなくて、負けてもケロっとしている、そう考えると……」
「案外適任かもしれませんね」
「スぺちゃんそこまで言わなくてもー」
『こ、今回は初めての海外挑戦ですが、それについて何か一言、お願いします……』
「よしよし、このゴルシちゃんが質問に対してズバッと参上、ズバッと解決してやろう。
あれは、今から5年前……いや3年前だったか、まあわたしに関しては昨日の出来事だった。
己の力に限界を感じ、悩みに悩んだその時、空から若くて美人で巨乳な女神が降臨してこう言ったんだ。「ゴルシ、小宇宙(コスモ)を燃やすのです」と。
天啓を受けた私は体中から愛と勇気と力を燃やし、遂に悟りの境地へ至った。そしてゴルシちゃん感謝の正拳突きが遂に1時間を切るようになったんだ。
そして突如現れた焼き鳥はタレより塩派帝国とのYou a Shockな死闘が始まり……」
『も、もういい! もういいですから!』
「えーなんだよー。これからハーメルン5千万文字級の物語が始まってノベル化、コミカライズ化、アニメ化、ハリウッド映画化と進行していくんだぞー」
芸人のネタで言えばとっくに持ち時間オーバーである。強制的に終わらせるしかなかった。
「こらゴルシー! おまえばっかり好き勝手しゃべってずるいぞー! 普通にしてたターボがばかみたいじゃないか!」
「なんだよ~。おまえだって昔はおバカキャラで売ってたじゃんか。なあちびっこ」
「こらー持ち上げるなー。キン肉バスターはイクノの持ち技なんだぞー」
『…………』
会見にいた人々は全員こう思った。
不安だ。物凄く不安だ、と。
勝ち負けは別にして、日本の恥部が海を渡って色々やらかすことを果たして許容していいのか?
ルドルフ会長もとうとう気が触れたのか、どうしよう、どうすればいいんだ。
シンボリエムブレム、ツインターボ、ゴールドシップ。日本の精鋭(?)たちは凱旋門賞でどのような走りを見せるのか。
それに注目したかったのに、会見の内容がこれでは……。
『と、とりあえず会見をこれにて終了したいと思います』
「あ、こらまだ早いぞ。わたしに一曲歌わせろ」
ゴールドシップはマイクを奪い取った。
「山には憂いもあろうけど 海では童が潮干狩り 高嶺の花より 芝桜 くれない色の輝きは 泣いて花見だホーホケキョ
それでは歌わせていただきます。『ぱかチューブっ!ですが、何か?』
ゴルシちゃんのぱかチューブ!(ハイ!)ぱぱぱぱぱーかぱかチューブ(ハイ!)ぱかちゅー!ぱかちゅー! ぱーぱかちゅー! ぱぱぱぱぱーかぱ(ザー……)」
放送は、そこで途切れた。
街頭で会見を見ていた人々は、見てはいけないものを見てしまったようでダウナーになった。しかし子供は笑った。赤子も笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてそれから半月程度が経過し、ツインターボ、ゴールドシップが海を渡る日がやってきた。
周りには見送りにチームのメンバーがやってきている。トレーナーも同行する。後はシンザン、ルドルフ会長、一部の日本メディア等だ。
「ターボ、パスポート忘れてないよね? あと着替え、勝負服、蹄鉄付きシューズも」
「だいじょうぶ! ターボ、前日のうちに全部バッグに入れておいたから!」
「でも今日は寝坊して待てど暮らせど全然来なくて慌ててみんなで起こしに行ったんだけどね」
「あ、あはは、まあ、そういうこともあるかなーって……」
「不安だ……」
「なんだよなんだよトレーナーも一緒に行くのかよー?」
「俺も建前上行く必要があるんだよ! でなきゃおまえと一緒にフランスなんかに行かねーよ!」
「そんな事言って、フランスで美人の綺麗なお姉さん捕まえて(うまぴょい)しようとか考えてるんだろー?」
「するか馬鹿!」
「やーでも、男やもめに蛆がわくって言うじゃん」
「うるさいよ!」
じとー。スピカのメンバーが湿気の強い目でトレーナーを見つめる。
「トレーナー……(うまぴょい)するんだ。ボクという者がいながら……」
「不潔ですわ……」
「何しにフランスに行くつもりなんだか……」
「フランスに日本の恥を輸出することにならないといいけどなー……」
「えっちなのはいけないと思います」
「あーーーーうるせえ!! なんでこんなことにならなきゃいけないんだよー!?」
期待と不安全盛りの中、飛行機だけは無事にフランスに向けて飛び立っていった。
「トレーナー、フランスって遠いの?」
「そうですね。8時間ぐらいは飛ぶことになるでしょう」
「えー遠すぎー。もうターボ、寝る!」
ツインターボは寝た。ついでにゴールドシップも寝た。
「ぐわああ~うむむ~~~んごご~~~ふんにゃ~~~」
「ぐえええ~~すやすや~~おいかちゃーん……それに触れちゃだめだ……そいつはとーちゃんのおっぱいだ……うぃ~~」
「どんな寝言だよ……」
「まあ私らも寝ておかないとね。時差の問題もある。睡眠を取っておかないとあっちで苦労するよ」
シンザンが言う。
「言われなくても、寝ますよ。道中は流そうですから」
一行が睡眠に落ちている間、飛行機はヨーロッパに向けて飛ぶ。
ひとかけらの希望を載せて……。
「やっと着いたー」
ツインターボがフラフラのへろへろになりながら飛行機から出てきた。
日本からフランスまでの長旅。ひたすら寝る、寝る、寝るで飯も飲み物も口にしておらず、変な態勢で寝てたせいか体のあちこちが痛い。
「なんだ~、だらしねえなあちびっこ。あたしは土から出てきたばかりの蝉ぐらい元気だぜー」
「相変わらず体力だけは無尽蔵だなおまえ……」
空港では地元のメディアの姿もあった。目当てのエムブレムはとっくに取材してある。
後はこの二人だけだ。
しかし当然二人ともフランス語なんて分かる筈ない。
仕方なく日本語で答えた。
「ターボ勝つよ! 絶対大逃げして勝つよ!」
走る前から手の内をバラすツインターボ。
「わたしのファイティングスピリッツは誰にも止められねえ。30分一本勝負を制して、チャンピオンベルトを巻くぜ」
何言ってるのかさっぱりなゴールドシップ。
地元のメディアは、言葉の意味は分からないがとにかく凄い自信だ、とだけ伝えた。
「エムブレムが空港内にいる? 本当なのか!?」
ルドルフは地元メディアにエムブレムの場所を尋ねると、今も空港内のイタリアンピザの店にいるということが判明した。
大急ぎで店を探すルドルフ。そして、何とかピザ屋を探すことに成功した。
「エムブレム!」
店のドアを開け、店内を見回す。
いた。エムブレムが。顔も覚えているが、あの言いようのない雰囲気を醸し出せるのは彼女だけだ。傍には付き人代わりの日本人もいる。
「…………」
ルドルフは意を決してエムブレムに近づく。エムブレムはピザを食べていた。
服装はそれは酷いものだった。よれよれのTシャツに、破れたジーンズ。何処かの浮浪者のような出で立ちだった。
「…………何しに来たんですか?」
ただ一言、エムブレムはぽつりと答えた。
「君を日本に連れ戻すためだ」
ルドルフははっきりと答えた。
「……今更親の顔しないでください。私はあなたを見限り、捨てました。私にはもう何もありません」
エムブレムは素っ気ない。相変わらず鉄仮面に濁った眼球を取り付けたような表情で、黙々とピザを食べている。
「何もないというのなら、どうして君はそんな辛そうな顔をしているんだ? 海外GⅠ10勝。それは日本のウマ娘では誰も手にしたことのない唯一無二の栄光の筈だ」
「……周りのウマ娘がタコだっただけです。こんなの、やろうと思えば誰でもできた事です」
「そうでもないさ。私は現役の頃、海外に行って惨敗した。そして引退を余儀なくされた。それに比べれば、君の記録は素晴らしいものだ」
「じゃあ会長も、所詮井の中の蛙ってやつに過ぎなかったんですね」
「そうだな。どれだけ立派な成績を残そうが、引退した時点でその輝かしい成績は全て過去のものになる。私はそれを恐れていただけかもしれないな」
「ただの臆病者っスね」
エムブレムは立ち上がり、店を後にしようとする。
「エムブレム!」
「代金、払っておいてください」
それだけ言うと、シンボリエムブレムは去っていった。
「…………」
やはりエムブレムは苦しんでいる。ルドルフはそう確信した。
成績だけを見れば奇跡の領域だ。エムブレム自身も天才だ。この記録は世界に誇れるものの筈だ。
だが、勝ち続ければ勝ち続ける程、負けた時の反動も大きくなっていく。
彼女は誰よりも強いが、誰よりも弱いんだ。自分で自分の敗北を消化できないのだから。
もし、凱旋門賞でエムブレムが敗北した時、このままだとエムブレムは死を選ぶかもしれない。
それだけは、それだけは絶対に阻止しなくては……。
『帰ろう。エムブレム。一緒に日本に帰ろう。そして一からやり直そう』
そう言って彼女を抱きしめてやりたい。だが、今のままで果たして自分の言葉は届くのか……?
「シンボリルドルフ会長」
まだ席を立っていない日本人が、ルドルフに話しかけてきた。確か、日本のマスコミの一人で、エムブレムの単独取材を続けていた者の筈だ。
「君は……」
「話、聞いていきます?」
「うおー、大っきいー!」
食事を済ませた後、一行は凱旋門賞で走るパリ・ロンシャン競バ場まで来ていた。なにせ19世紀から存在するフランス屈指の老舗競バ場だ。
「やはり見ごたえがあるね」
「レースではこの観客席が満員で埋まるんだな」
「うおー燃えてきたー! ゴルシ、併走やろー!」
「おっ、ちびっこ、わたしと走るってのか? 面白え。わたしのナイアガラフルバースト走法で骨抜きにしてやるよ」
「こらこら、場内はレース当日まで立ち入り禁止だぞ」
「わってるよ。言ってみただけだ」
「歴史と伝統のある凱旋門賞。だが今のところ勝ちウマ娘はヨーロッパ出身で、日本代表の勝利ウマ娘はいない。勝てば伝説になれるぞ」
「よーし、ターボ燃えてきたー! 絶対に勝ーつ!」
燃えるツインターボとその他大勢。
果たして当日、栄冠を勝ちうるのはどのウマ娘なのか……。