ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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パーティは終わらない

 

夜のホテルの一室。シンボリエムブレムはナイフを持って佇んでいた。

 

日本にいた時に10連勝。海を渡って世界中を周り10連勝。長いようで短い、濃密なひと時だった。

ターフに立つ事20回以上。しかしその芝の上は苦難の連続だった。

特に海外では、ラフプレー、進路妨害、ゲートに細工と酷い物だった。

それを全て力で捻じ伏せてきた。勝って勝って勝ち続けて、競バの神すら踏み潰してきた。

 

だが、勝てば勝つほど心は乾き、負けた反動は大きくなるものだということは薄々分かっていた。

 

自分は誰よりも強く、誰よりも弱かった。負けることを決して受け止められないウマ娘になっていたのだから。

 

そして、このフランスの大地で、自分は負けた。負け犬に歴史は作れない。

 

ならば、自分がすべき事は一つしかないだろう。

 

(死してこの名を伝説に残す。これがわたしができる最後の仕事だ……)

 

 

意を決して、ナイフを首元に持っていく。誰にも邪魔されず、冷たく最期を迎える。実に相応しい末路だ。

 

(シンボリエムブレム。ここにあり……!)

エムブレムはナイフを持つ手に力を込めた。

 

 

どんどんどんどん! どんどどどんどん! どんどん!

 

「開けろー! うまぴょい警察だー!」

「……!?」

ドアを勢い良く叩かれ、エムブレムは思わずナイフを足元に落とした。

(なんだってんだ! まったく! いったい!)

 

興が削がれ、エムブレムはドアを開ける。そこにはゴールドシップとツインターボがいた。

「ゴルシちゃんレーダーがおまえとルドルフ会長の百合えっちを感じ取ったぞー!」

「馬鹿か! 会長ならこんなところにはいねえよ!」

「え~、おっかしいな~。それじゃあ鬱フラグクラッシャーの方かー?」

「何しに来たこの日本の恥!」

「おいおいこの凱旋門賞優勝バのゴルシちゃんに向かって恥とはふてえ野郎だな。お仕置きしなきゃなー」

すると、ゴルシはエムブレムの体をひょいと持ち上げ、どこかに連れ去ろうとする。

「おいなんだ。この、放せ!」

「なに言ってんだ。下はゴルシちゃん祝勝会で大盛り上がりだぞ。おまえも混ざれよ混ざれよー」

「うまいものいっぱいあるぞー。えんぶれむもお腹空いてるだろうからご飯食べよー」

「いらないって! こら、放せ!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

結局、エムブレムは会場まで連れてこられてしまった。

だんだん傷が病んできた……。

「ほらほら、これなんか美味いぞ。幾ら食っても追加が出てくるんだから食わないと損だぜー。わたしタッパ―ほしいくらいだ」

「ターボもいっぱい食べたぞ! でもまだ食べたりないぞ! ターボ小食なほうなのに!」

「…………」

人でも殺しそうな表情で二人を睨み付けてやったが、二人はヘラヘラと笑っていた。気に食わない。

だが会場は自分が現れるなり空気が変わったのを感じ取った。

ああ。そりゃそうだ。所詮自分は嫌われ者。こんな華やかな場など場違いもいいところなのだ。

 

ぐう~

 

「あ、えんぶれむお腹鳴った! やっぱりお腹空いてるんじゃん!」

(ちっ……)

しかし小腹が空いたのも事実。旅先じゃろくなもの食べてなかったからな、まあ適当に食べてさっさと部屋に戻ろう。

エムブレムはそう思い、皿に乗った白身魚のムニエルを手に取り、フォークで口を付ける。

(……美味いな)

口いっぱいに広がるバターと生クリームの味。フランス料理といえばこの二つのコンビだ。

(………世界中を飛び回って、レースに勝って、そりゃ手当なんかは貰ったけど、飯に使う事は少なかったなあ)

アメリカにいた時は王道のハンバーガーとステーキ。でも肉が硬くて口には合わなかった。ていうか足りない栄養素はサプリメントってなんだよ。でもフィリーチーズステーキは美味かった。

ドイツにいた時はこっそりビールも飲んでいた。ソーセージが美味くて、ビールとよく合った。

イギリスは論外だった。フィッシュ&チップスは油っこくて食えたもんじゃなかったし、ミートパイも変な味がした。

オーストラリアは海産物が美味くて、なんだかんだでハマってしまった。でも、毎日はきつかった。

 

こうして考えるとろくなもんとは言ったが、案外まともなものも食べてたんだなあ、と思う。

まあ食レポやるために世界を飛び回っていたわけではないのだが。

 

しかしこうして油でべたべたしている物を食べると口の中をさっぱりさせたくなる。だが、ただの水では力不足だ。

「おい、そこのウェイター」

「な、何でしょう?」

「セラーに行って、良さげなワインを片っ端から持ってこい!」

 

 

ざわざわ……ざわざわ……

 

エムブレムの前に、ワインがずらりと並べられた。

そしてエムブレムは、栓を開けると、グラスに注ぐことなくラッパ飲みでワインを胃袋に入れていく。

「んぐっ……んぐっ……んぐっ……んぐっ……ぷはーっ!!」

空になったワインの瓶を放り投げる。

「……美味ぇ。やっぱ祝いの席では酒が一番だな」

自分の母親は重度のアル中だった。酒の強さは親譲りと言える。まあ、チカチーロの時代から酒はしょっちゅう口にしていたが。

「おやおや、幾ら祝いの席であっても君は中等部なんだ。お酒は感心しないぞ。エムブレム」

後ろから声をかけてきたのは、よりにもよってシンボリルドルフ会長だった。

「げっ……会長……!」

「いや、ちょっと野暮用を片付けてきてね。私もお呼ばれしているところだが、エムブレム、酒をラッパ飲みとはいけないな」

「……会長には関係ありませんよ」

「ふふ……拗ねた子供のようだな。可愛いところもあるじゃないか。……まあ、飲むなとは言わん。今日は無礼講だ。しかし、飲み方には一言口を挟ませてもらおう」

ルドルフは2つのワイングラスに赤ワインを注ぎ、片方をエムブレムに手渡した。

「やはりワインとはこういう飲み方でないとな。……乾杯」

「……乾杯」

二人はゆっくりとワインを口に含み、舌で転がし、喉を伝わせ、静かに胃に収める。

「美味しいな。やはりワインとはこういう飲み方でないとな」

「……そうですね」

 

「……エムブレム」

ルドルフはエムブレムを抱きしめた。それは慈愛の抱擁だった。

「……会長」

「済まなかった。君をずっと一人ぼっちにさせて……。こんなことになるなら、君の海外遠征、私も付いて行くべきだった……」

「そんなこと、できるわけないじゃないですか……」

「君の付き人を担当していた記者から君の話を聞いた。辛い、辛い旅路だったのだろう」

「その道を選んだのはわたしです。会長に責任はありません」

「茨の道を歩んでいたことは私の耳にも報告で入ってきた。その度に私は後悔したものだ。君を修羅のまま行かせてしまったことを……」

シンボリルドルフは、エムブレムの数々の暴虐にも目を瞑ってきた。彼女をスカウトしたのは自分だ。ならば責任問題になった時は自分も取らなかければいけないと。

それは破滅の道だったのかもしれない。だが、自分を超える才能の持ち主を、自分が惚れこんだ脚を持つ者を、思う存分ターフで活躍させたいと思ったのも事実だった。

 

エムブレムが勝ったビデオは何度も観た。ブーイング、ラフプレー、挙げたらきりがない。これでは勝っても心が荒むのも当然ではないか。

そして出来上がったのは、ただの悪鬼羅刹だった。そこに未来は、希望はない。

 

「ゴールドシップから聞いたよ。君はホテルの一室で死のうとしていたと……」

「……!(あいつ、あの暗がりからナイフを目ざとく見つけたってのか!?)」

「そうだよな……。君はもう、自分には何も残っていないと思っているものな。将来も、行く道も、生きる意味さえも……」

「……止めないでください。私は命を絶つことで自分の人生を完成させたいんです」

「駄目だ」

「何故です?」

「君が……泣いているからだ」

「えっ……」

 

エムブレムはそこで初めて気が付いた。自分の目から流れ頬を伝う、涙の姿を。

 

「……知りませんでした。自分の体に、まだ涙なんてものが残っていたなんて」

「その涙は君の未練の証だ。つまり、君はまだ死にたくないと思っている。そんな者を、見捨てることはできない」

「どうしてそこまでするんです?」

「親だからだ」

「……!」

 

「エムブレム……やり直そう。もう一度、君が走るのを楽しむことができる、その日まで」

「……会長。今日、私は競争バとして大切なものを失いました。会長が言ってた、復讐と憎悪をいっぺんに。もう元の様には走れないでしょう。それでも戻って来いと?」

「そうだ。今度こそ君を支えると誓おう。素行の悪さは仕方ないが、一匹狼の性分は直るかもしれないからな」

 

 

「そうだよ。私みたいに婆になる前に、若い奴に死なれるのは御免だね」

横から話しかけてきたのはシンザンだった。

「ババア……」

「エムブレム……確かにあんたにとって、死は自分の『呪い』から解放される唯一の手段かもしれない」

「……そうかもな」

「だがね、あんたには親がいて、これから友も作ることができる。もう悲しまなくていい。もう苦しまなくていい。これからは、いつでも私たちが側にいるんだから。ずっとね……」

「……!」

エムブレムの目から、涙が溢れた。

それは意地を張り続けてきた少女が、初めて人前で見せた弱みだった。

「さあ乾杯をしよう」

シンザンはグラスを3つとワインを持ってきた。

美しい赤が注がれる。豊かな香りが、鼻を鳴らした。

「新たな若造の門出に」

「エムブレムが幸せになれる未来の為に」

「……乾杯」

 

チン!

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「エムブレム! コレデ終ワリジャナイダロウナ!?」

三人がまったりしている所へ割って入ってきたのはイタリア代表・チャンピオンバッジだった。

「次ダ次! 私ハ来年ノジャパンカップデオマエト戦ウタメニ来日スル。ソコデモウ一度勝負ダ!」

「気合が入っている所申し訳ないが、ジャパンカップはエムブレムが悪さしたせいで向こう数年は開催できないぞ」

横からルドルフ会長が言う。

「何ッ!? ナラバ他ノ外国バ参戦可能ナレースダ! ソコデ勝負!」

「ああ、まあ、考えておくよ……」

「ハイッテ言エー!」

 

 

「なんかあいつ、ターボみたいなこと言ってるなー。もぐもぐ……」

「ははは、いいじゃないですか。ライバルと切磋琢磨することは悪い事ではありませんよ」

「結局ターボはテイオーと戦えなかったからな。それに比べればえんぶれむは幸せ者だぞ……ふにゅぇ~……」

「ターボ……さん?」

「ふにゅ~、トレーナー、いままでありがとな~にほんにかえってもたーぼがんばるからな~にゅへへへ……」

南坂トレーナーはテーブルの横を見た。グラスにオレンジ色の飲み物がおかれている。

だがジュースではなさそうだ。おそらく、カクテルだ。どさくさに紛れて飲んだらしい。

「こらターボさん、お酒はだめだとあれほど……」

「む~……むひゅひゅ~おいしいなあ~~ネイチャにも、イクノにも、マチタンにも、おみやげもっていかないとなあ~~~すぴー……」

「わ、寝ちゃった」

ターボはホテルのカーペットにごろんと転がったかと思うと、いびきをかいて寝てしまった。

どうやらターボはレースのはしりでほぼガソリンを使い果たしてしまったようだ。そういえば爆睡してるところを無理やり起こしたんだった。

「……仕方ありませんね。ターボさん。お疲れ様でした。私たちはお先においとましましょう」

「うにゅ~……むふふ~~……」

南坂はターボをおんぶして、会場を一足先においとました。

 

 

結局、祝勝会は深夜まで続いた。

ゴルシが歌い、踊り、大道芸を繰り広げると、他のウマ娘も特技を繰り出す。やんちき騒ぎであった。

カーペットの上に大の字になって寝る者もいた。

 

明日、それぞれの国に飛行機で帰らなければいけないウマ娘も、ひたすら笑い、楽しんだ。

ゴルシがいれば皆がハッピーだった。おまえらも気が向いたら日本のレースに来い、とゴルシは言った。

 

ルドルフ、シンザン、エムブレムは深夜まで飲み交わした。

会食のおみやは持って帰りたかったが腐るだろう、ということで止めた。

しかしシンザンがいい飯屋を紹介してくれるので、日本に帰ったら皆でそこに行こうと言ってくれた。

 

 

その日の夜は、長かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

朝が来た。

皆は眠そうだったが、飛行機に送れるわけにはいかない。

 

ルドルフは腐らないお土産はあらかじめ買っていた。後は空港の土産屋で追加を購入するつもりだ。

ゴルシもお土産を買った。金額はトレーナーに全額負担させた。トレーナーは日本に帰ったら毎日カフェテリア通いとカップ麺かもなあとぼやいた。

ターボもカノープスのみんなへのお土産は空港の土産屋で買った。どれにしようか迷ったが、迷っている間に飛行機が飛んでしまいますよ、とトレーナーにせかされ、慌てて買った。

シンザンも自身の教え子たち用に幾つか購入していた。全員の好みは熟知していた。

 

エムブレムは世界行脚で手に入れた優勝トロフィーの類は捨ててしまいと言っていたが、付き人の記者に止められ、日本に郵送してもらっていた。

後日トレセン学園にまとめて送るらしい。

 

「まさか私がもう一度日本の地を踏むことになるなんて思わなかった……何処かの国で、一人寂しく死ぬつもりだったのに……生かされちまった」

「ま、あんたも足りない頭使って考える時期に来たのかもしれないねえ。学園の練習場使いたくないならうちのジムを貸すよ」

「はあ、そーすか……」

 

「あー、だりー、昨日はハッスルし過ぎた……。2週間後の蝉なみにだりーわ……」

「ターボもまだ眠いー。飛行機の中でたっぷり寝てやるぞー」

「やれやれ……」

 

「さあみんな、帰ろう! 日本に凱旋だ! 凱旋門賞を取って凱旋……ふふっ」

遠い日本でエアグルーヴのやる気が下がった。

 

 

飛行機が飛ぶ。日本に向けて。長い、長い旅路だ。さすがにエコノミーではないので多少は早いだろう。

 

帰ったら日本の記者がうるさいだろう。だがゴルシにはそれは宿命みたいなものだと思って貰わないと困る。

なにせスピカの部室に凱旋門賞のトロフィーが置かれるのだ。一生ものの宝である。

 

 

それに、まだ秋の国内GⅠレースが残っているのだ。

挑戦するウマ娘もさぞ多いだろう。有馬記念も注目だ。

 

ゴルシ、ターボ、エムブレムのおかげで日本ウマ娘勢は凱旋門賞で最高の結果を残した。

しかしまだまだ日本のレースは続くのだ。

これからも。尽きる事無く。




30話程度で終わる・・・・・・!終わると言ったが・・・・・・今回まだその時とスケジュールの指定まではしていない
そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい 
つまり・・・・作者がその気になれば最終回は10年20年後ということも可能だろう・・・ということ・・・・!

・・・いや冗談ですよ。あくまでこの先はエピローグみたいなものです。
もう少しで終わります。それまでもう少しお付き合いください。
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