ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
ワアアアアアアアアアッ!!
『さあ、本バ場入場が開始されました。今日のジャパングランドクロスを盛り上げてくれるのはどのウマ娘なのか?』
『やはりキタサンブラック、サトノダイヤモンド、ドゥラメンテ、ジェンティルドンナといった新鋭ウマ娘でしょうね。いずれも本命級ですよ』
『そしてそこに紛れるは古豪ウマ娘、ミホノブルボン、ナイスネイチャ、そして……ライスシャワーです』
『まさか、彼女が復活するとは思えませんでした。あの悲劇の事故で終わるものと誰もが思っていましたからね』
「うーん、ライスシャワーかー」
「頑張ってほしいけど、あの脚じゃなあ」
ライスシャワーの脚は、周りから見てはっきり分かるくらい厚いサポーターが巻かれていた。
「……結局、ライスシャワーはヒールのまま競争バ人生を終えるわけだな」
「気の毒だけど、そうなるよな」
酷い言いぐさである。ライスをヒール扱いし続けたのは、他でもない、観客達だと言うのに……。
シンザンが聞いたら杖を振り回してマジキレしていたかもしれない案件である。
「……」
その声は、果たしてライスの耳に届いていただろうか……。
一方、観客席にいたのは、シンボリエムブレムとホワイトビーチだ。二人とも、今回のレースにはエントリーされていない。
「会長もほんっと酷いですよねー。どうしてエムブレムさんをこのレースに出さないのか、理解に苦しみますよ。ぷんぷん」
「……別にいいさ。このレース、わたしの出る幕はない」
「どうしてですか?」
「このレースは、誰が勝つか負けるかじゃないんだ。誰がどんなレースをするか、観客に感動を与えられるか、そういうレースだから」
「はあ……」
ウマ娘が姿を現すたびに、大きな声援が上がる。
中でも桜花賞、オークスを制覇したジェンティルドンナ。
菊花賞を同着で優勝したキタサンブラックとサトノダイヤモンド。
皐月賞、ダービーを勝利したドゥラメンテは特に注目度が高い。
それに挑むのは古豪、かつて無敗記録を作り上げたミホノブルボン。
苦労の末に遂にGⅠに手が届いた天皇賞秋優勝ウマ娘ナイスネイチャ。
そして菊花賞、春天を優勝したが未だヒール役のライスシャワー。
「頑張ろう。必ず結果は付いて来る」
「お爺ちゃんも応援してくれてるんだもん。負けられないよ」
「家のみんなが来てくれてるんだ。頑張らなきゃ」
「さーて、ちょいちょーいと参りますかー」
「この感じ……やはりターフこそわたしの居場所なのだと実感します」
「久しぶりだね。ここに来るのも。引退試合ってことにはなってるけど、ま、いっちょやったりますか」
「…………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ゲートイン、各ウマ娘、態勢完了したようです』
『果たしてどういった展開になるのでしょう。目が離せません』
事情と思惑、期待と希望、目標と夢、各自が何を想い、何を目指すのか。このレースにはそういったものが要求される。
果たして……。
ガコン!
『スタートしました。第1回ジャパングランドクロス。各ウマ娘揃って綺麗なスタートを切りました!』
『誰が抜け出すのか注目ですね!』
『おおっと、真っ先に我先にと飛び出したのは、ミホノブルボンだ! そうでした、逃げといえばこのウマ娘でした!』
『それを追いかけるは菊花賞ウマ娘キタサンブラックです。まずはこの2頭が先手を取ります』
「よろしくお願いします、先輩」
「負けませんよ」
ウオオオオオオオオッ!!
『そして場内のこのどよめき、間違いなくこのどよめきが向けられたのは、ライスシャワーでしょう。現在先団5番手!』
『走っています! あの悲劇の事故を経て、再起不能と言われたライスシャワーが、まさかまさかのこの位置です!』
「おいおいおい、正気か、ライスシャワー」
「とても走れる状態じゃないって聞いたのに」
「いやでもすぐに後方に落ちていくだろ」
観客にライスを応援する声はない。未だ悪役のイメージのままである。
「……くそっ!」
その声をしかと聞いていたのは、ライスのトレーナーと、シンザンであった。
「どうして! どうしてなのよ!? ライスはあんなにも一生懸命走ってるのに! 観客には心を揺さぶられるものはないというの!?」
「落ち着きな。今は静かに見守ろうじゃないか。ライスを」
『さあ、徐々に塊が縦長になってきました』
『もう位置が決まったといったところですね』
『注目のキタサンブラックはミホノブルボンと先頭争い、サトノダイヤモンド、ジェンティルドンナ、ナイスネイチャはバ群の中団です。ドゥラメンテは後方で脚を溜めるようです』
『他のウマ娘も虎視眈々と上位を狙っています。早めに仕掛けるウマ娘がいるかもしれませんね』
「せーの……ネイチャーーーーーーー!」
カノープスの面々が必死に応援する。
「おやおや、チームメイトの応援? 辛いのは分かってるけど、こりゃ頑張らないと無作法ってやつかね」
「せーの……ジェンドー!
ジェンナー!
ジェンティー!
ジェドナー!」
「……だーから掛け声は統一してっての。調子狂うなあー」
「はっ……はっ……はっ……キタちゃんは前に行っちゃったか。でも追いかけるのはまだだよ!」
サトノダイヤモンドはまだ控えるつもりだ。
「まだだね。まーだ。残り800m。ここからするするっと前に出るよー」
ドゥラメンテは仕掛け所を探っている様子である。
『さあ1000mのタイムは、59.1。58秒台ではありません。逃げウマが2頭いるとはいえ、若干スローペースでしょうか』
『第一回ですから誰が一番でもレコードになるんですがね。皆強引にタイムを競うわけではないようです。落ち着いているのでしょうか』
勝負は中盤を過ぎて後半戦へ。先頭が第3コーナーを周り始めた。
(くっ……脚が……まだ最後の直線でもないのに、情けない……!)
(ブルボンさん苦しそう。このまま追い抜いて逃げ切ろうかな。よし……!)
『さあここでミホノブルボンを抜いてキタサンブラックが先頭を進みます。やや早いスパート』
『ここで後続もじわ~っと距離を詰めてきました。サトノダイヤモンド、ジェンティルドンナ、ナイスネイチャもだ』
(う~んまずいな。差せる脚が残ってるか微妙だわ)
ネイチャは考えていた。このままだと最後の直線で距離を詰められない。負けを認めるか、それとも……、
(どうせ最後なんだ。全部振り絞らなきゃ格好悪いよね!)
『さあ第四コーナーをキタサンブラックが回った! ここから勝負所最後の直線です!』
『東京の直線は坂があります。ここから体力と気力の勝負ですよ!』
『サトノダイヤモンド! サトノダイヤモンドやってきた! しかしそれ以上の末脚を見せるウマ娘がいる! ドゥラメンテだ! ドゥラメンテがきたぁっ!』
「くっ……!」
「あっちゃー、やっぱ若いもんは元気だわー」
「すいませんね先輩がた、ちゃっちゃと引退してってくださいね~」
『ドゥラメンテがキタサンブラックを捕らえようとしている! これは決まりか! あっ、いや……』
「……確かに若い事は何物にも耐えがたいものです。でもライスたちだって黙ってるわけでもありません。
レースに出る以上、挑戦し続けなきゃならないという事を、教えてあげます!」
『外から! 外から! ライスシャワーだー! ライスシャワーがぐんぐん上がってきたー!』
観客がどよめいた。そしてどよめきは、歓声に代わった。
信じられない。あの誰もが終わったといわれたウマ娘が、散々ヒールと言われ続けたウマ娘が、走っている。輝いている。誰にも負けないという強い意志で。
「ライス……!」
ライスのトレーナーは溢れる涙を抑えられなかった。そして頑張れ! 頑張れ! と声援を送り続けた。
「ライスシャワー頑張れー!」
「ライスシャワーもう一息だー!」
この時、ライスは初めて自分を応援してくれる人の声を聞いた。これを聞いて燃えない筈がない。
「遅いですよ、ライスさん」
「引退を遅らせた甲斐があったわ。これで全部出し切って戦える」
もはや一杯と思われたミホノブルボンの脚が復活する。精神が肉体を凌駕した瞬間である。
ナイスネイチャも必死に前を差そうと脚を動かす。そこには意地とプライドがあった。
「んもー! どうなってんのこれ!」
他のウマ娘がぼやいた。
「ドゥラメンテとかはいいよ! でも他のはピークをとうに過ぎたロートルじゃん!」
「なのに全然追いつけない。どんどん離されていく。どうしてー!?」
「なっさけないなーわたしたち。ほんっとにもう!」
「ドゥラメンテ、勝て! いけ! あなたが勝つのよ!」
「ネイチャ頑張れー! ジェンティも頑張れー!」
「キタちゃん粘れー! 祭りは目の前だー!」
「サトノお嬢様まだ終わってませんぞー!」
「ブルボン! まだ勝負は終わっていないぞ!」
「ライス! お願い! 勝ってー!」
「ドゥラメンテ、お前がナンバーワンだってとこを見せてくれー!」
「負けるな! キタサンブラック!」
「ライスシャワー! 奇跡を見せてくれー!」
ワアアアアアアアアアアアアッ!!
ワアアアアアアアアアアアアッ!!
(いいレースだ。私ゃ、こんなレースが見たかった……)
シンザンはご満悦だった。
だが勝負はまだ終わってはいない。最後の最後まで見届けなければ……。
……ビリッ!!
「……うっ!」
だが負担が強すぎたのか、ライスシャワーの膝に激痛が走った。
『おーっと、ライスシャワー、態勢を崩したー!』
「ライス……!」
「くっ……! まだっ!」
まだだ。まだ終わっていない。態勢を立て直し、再び走る。
しかし、この土壇場での減速は致命的だった。
大混戦の勝利の行方は……、
『ドゥラメンテだー! 勝ったのはドゥラメンテ!! 第一回ジャパングランドクロスの勝者は、ドゥラメンテです!!』
まさにハナ差。本当に僅かの差で、勝者はドゥラメンテだった。
ワアアアアアアアアアアアアッ!!
歓声が上がる。そして、拍手が響く。勝者だけを讃える者ではない。最高のレースを見せてくれたウマ娘を讃える、感謝の拍手だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……な~んだってんだ、誰がとうにピークを過ぎたロートルだって。めちゃめちゃ速いじゃん~。うっぷ……」
「はあ…………はぁ……充電池が切れました。もう活動限界です……」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……あーあ、結局最後も3着かー。さすがはわたしだわー」
「ふうっ……ふうっ……はは、ライス、松葉杖ないともう歩けないかな……」
全員、精魂尽き果てたらしく、ターフの上で大の字になって転がってしまった。それほど凄いレースだった。
勝者は一人。だが勝者のみが讃えられるレースではなかった。皆凄かった。声援と万雷の拍手は鳴り止まなかった。皆感動した。涙を流すものも多かった。
1着:ドゥラメンテ
2着:キタサンブラック
3着:ナイスネイチャ
4着:ジェンティルドンナ
5着:サトノダイヤモンド
6着:ミホノブルボン 7着:ライスシャワー
急遽行われることになった急造のGⅠレース。だが、このレースは、長く人々の記憶と、日本競バ界に歴史として残るだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『さて、インタビューしますのは、ジャパングランドクロス初代チャンピオン、ドゥラメンテ選手です!』
ワアアアアアアアアアアアアッ!!
ウオオオオオオオオオオッ!!
ドゥラ・メン・テ!
ドゥラ・メン・テ!
ドゥラ・メン・テ!
「は、はは、どもっす」
『今日のレース、何を思って臨みましたか?』
「いやー、勝つのは自分だけでじゅうぶんなんで、としか思いませんでした」
『序盤から中盤にかけて後方に待機していました。何か見えるものはありましたか?』
「あー、ずいぶんみんなはりきってるなー、と。まあまくる自信はありましたけど」
『最後の直線、見事な末脚でした!』
「いやー、そうでもないっすよ。新人も、せんぱいも、みんなすごかった。今までのレースの中でいちばん疲れましたよ。ええ」
『大混戦でしたが、勝つ自信はありましたか?』
「うーん、ただひとり、ライスシャワーせんぱいがこわかった。完全にまくられると思いました。後ろからこんなにプレッシャー感じたのはじめてっす」
『1着でしたが、最後に一言お願いします』
「きょうは怖かったけど、楽しかったです。ベテランのみなさん、ロートル言ってごめんちゃいです。これをかてに、自分、また一つ成長した気分です。ありがとです」
勝者は一人。歓喜と祝福を受けるのはただ一人だ。
しかしそこには、何にも耐え難いドラマがある。それをドゥラメンテはひしひしと感じた。もう走ることはないだろうけど、ベテランの3名には心から感謝したかった。
後でお礼を言いに行こう。ドゥラメンテはそう思った。そして有馬記念でも頑張ろう、と。
控室に戻った時、そこにはリギルのトレーナーがいた。
「おめでとう。ドゥラメンテ。色々あったけど、勝てばよかろうよ。チャンピオンらしく、この後のウイニングライブでもいい笑顔を見せなさい」
「えー、サボってもいいですかー? こう見えて自分いっぱいいっぱいなんでー。いますぐ休みたいです。ぶっちゃけ寝たいです」
「駄目に決まってるでしょ。さあ、着替えて、行ってきなさい。あなたもいい加減勝者の努めに慣れなさい」
「はいはーい」
「返事は一回でいいの!」
そして別の控室前、ベテランたちの最後の一言を受け取るべく、大勢のマイクとカメラが向けられていた。
まずはミホノブルボン。
『惜しかったですね。最後の直線』
「いえ、結局入賞ではないので。完全に力不足です。ですが不思議ですね。悔いはありません」
『ファンからは、全盛期のミホノブルボンとルーキー達が戦う姿を見たかった、という声もありますが』
「それは、流石に。でもそういった声を覆す力が残っていなかったのは無念です」
『やはり、これで引退ですか?』
「……申し訳ありません。オーバーオールしても耐用年数が切れた競争バマシーンは、粗大ごみに出されなければならない運命なんです」
ブルボンはぺこりと頭を下げた。彼女なりのジョークなのだろうが、悔いはなかった。ライスと走れた。念願が叶ったのだから自分の中ではもう充分だった。
控室に入る。黒沼トレーナーがいた。
ブルボンは頭を下げる。
「マスター、申し訳ありません。負けてしまいました」
「…………」
黒沼は無言でブルボンの両肩に手をやった。
「頑張ったな、ブルボン。おまえは私の誇りだ」
「……勿体ないお言葉を有難うございます」
寡黙なトレーナーが初めて見せた本音が、ブルボンには嬉しかった。
ナイスネイチャのところにも、多くの報道陣がいた。
『お疲れ様でした』
「ありがとうございます」
『現在考えられる最強のルーキー達と戦って、いかがでしたか?』
「いやー、やっぱみんな強かったですね。でも彼女たちがいるのなら、この世界もまだまだ明るいんじゃないですか?」
『今後は、どうなされるおつもりで?』
「カノープスのマネージャーに転属して、みんなを支えます。卒業したら、おふくろのスナックに帰って手伝いですね。あの人は今!?みたいな企画があったら是非来てください。歓迎します」
ドアを開ける。そこには見知ったみんながいた。カノープスの最初のメンバーと、新しく入ったメンバー達が。
「お疲れさまでした。ネイチャさん」
「南坂トレーナー、今までありがとね。今度は私もマネやるから、負担は減るよ」
「ネイチャー……」
「ネイチャさん……」
みんなが瞳をうるうるさせている。
「……んもー、そんな顔しないの。これからもみんなといるんだから。ま、お局さんだけどね」
「ネイチャ先輩、自分、まだまだ未熟でした。これからも頑張ります」
「うん。頑張ろう、ジェンティルドンナ」
「……フルネームだと、それはそれで恥ずいっすね」
そしてライスシャワーだ。
脚には急遽麻酔を追加しているが、まだ膝周りはじんじんしている。松葉杖を借りなかったらおそらく立っていられないだろう。
それでも毅然とした表情で、報道陣の前にいる。
『最後の直線、おしかったですね』
「はい……」
『今のお気持ち、いかがですか?』
「…………」
競争バになって、決して順風満帆とはいえない、努力をコツコツと積み重ねてきた人生だった。
かつての走りは出来なくなり、脚も悲鳴を上げている。医者なら、復活は奇跡が100回起きても無理だろうと言われていた。
最後は意地とブルボンの約束を果たすためだった。そして再びターフを駆けることができた。しかし最後まで、悪役の名を返上することは出来なかった。
そんな複雑な想いを……、
「……まだまだ走りたい!」
『……!』
「その一言だけを残して、わたしは現役を引退します!」
ざわっ。
ライスは控室に入る。そこにはトレーナーと、シンザンがいた。
「……トレーナー、おばさま、ライス、最後のお別れをしてきました」
「お疲れ様、ライス……」
シンザンが優しそうな顔で歩いてきた。そして抱き寄せた。
「もう泣いてもいいんだよ。ライス。よく、我慢したねえ」
「お、おばさま……う、うう……ひっく……うぇぇん……ぇん……ん~」
勝つことは出来なかった。歓喜と祝福を受けることは叶わなかった。
だが彼女のラストランは、長らく人々の心に残り、思い出され、語り継がれることだろう。
こうして、ジャパングランドクロスは大成功のうちに幕を下ろし、翌日以降も人々の語り草となっていった。
「えー、わたしのしゅっそうはー!?」
あ、ごめん、ウララ、忘れてた()