ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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老婆の正体

「ふう~~」

「ほえ~~」

「んん~~」

老婆の指導も終わり、ライス、ウララ、キングの3名は温泉施設を堪能していた。

街中ではあるが露天風呂もあり、薬湯、泡風呂、電気風呂、水風呂、サウナと施設は充実している。

他の客も、たっぷり汗を流して運動した後の様で、風呂の温もりを味わっているようだ。

「きもちい~ね~、ライスちゃん~」

「そうだね、ウララちゃん」

「プールの水で冷えた体に熱いお湯、たまらないわ~」

トレセンの施設も充実しているとはいえ、さすがに寮の大浴場とは勝負にならない。3人は湯に浸かり、体を動かす。

「こんな所なら、毎日通いたいな~」

「わたしも~」

「あの、お二人方、幸せそうなところ残念ですけど、学園は基本、外出は申告制なんですけど」

 

「ところで、お二人に、聞きたいのですが……」

「はい……」

「な~に~」

「結局、あの人は何者なの?」

つい先ほどもフォームの矯正で、親指が3cm内側に入り過ぎているとか、5cm腰高だとか言われていたところだ。

泳ぐときもそれは徹底しており、何度も水を掻く手や足の運びに駄目出しを食らった。

そして何よりも口酸っぱく言われたのは「走る時は脚だけではなく体全体で走れ」だ。

上半身と下半身、両方を最適解で律動させるようにと指導していた。

学園のトレーナーにもそういう動きを重視する者もいるが、極めてごく一部だ。走りに重要なのは下半身と考える者が殆どである。

 

「う~ん、わかんない。でもししょーはししょーだし」

「私もおばさまの事はよく知らないの。でも、悪い人じゃないから……」

二人に聞いたが、答えは出てこない。

だがキングは、ある推測を立てていた。

「……私は、おばあさまは、ウマ娘だと思いますわ」

プール際にも関わらず帽子を深々と被り、下はスカート。これはウマ耳と尻尾を隠すためなのではないか、そう考えていた。

(もしかしたら、余程名のあるウマ娘では……? しかし、分からないわ)

 

それからキングヘイローには「頭を使って走れ」と言ってきた。

逃げ、先行、差し、追込、どの作戦でもいい。耐えず考えろ、前のウマはどう動く? 後ろのウマはどこで仕掛ける?

八方に意識を散らし、その動きを注視し、最適なタイミングで動け、と。

 

「おまえさんは頭がいいんだろ? じゃあレースでも使わないと勿体ないじゃないか」

「…………」

「それからおまえさんはいい末脚を持っている。そうだねえ……ズバリ、ラスト200mだね。ここで仕掛けるんだ」

「そんな、逃げウマがいたら追いつかないじゃない!」

「だからその為に最後の直線でも好位置に着けるのさ。直線=ラストスパートってわけじゃないんだよ。何より、最後の最後に周りブチ抜いて逆転する。痛快とは思わないかい?」

(私の脚にそんな素質が眠っているというの……? ちょっと信じられないけど)

 

 

帰り支度を済ませ、3人は学園寮への帰路についた。

「よーし、次のレースもがんばるぞー」

「ウララちゃんは地方レース周りだっけ? 頑張ってね」

「…………。よし……」

キングヘイローは、ポケットから携帯電話を取り出した。

 

「もしもしお母様?」

『あら、驚いた。まさかあなたの方から電話を掛けてくるなんてね』

「……恥を承知でお願いしたい事があるの」

 

 

「すいません、ライスシャワーさんと、ハルウララさんですね?」

「え、は、はいっ!」

「うんそうだよー」

「私、日賛スポーツの都賀と申します。お二人の練習に付いて、ちょっとお聞きしたいことが……」

ウマ娘を追っていたスポーツ新聞社が、二人を嗅ぎ付け、迫ってきたのだ。

 

「マ、マスコミさんだー!」

「わー、変なオジサンだー」

ライスが慌て、ウララは状況が読み込めていない。

というより、二人ともあの老婆の事は良く知らないのだ。聞かれても答えられるわけがない。

「あのスポーツセンターから出てきましたよね? やはりあそこで特訓をしていたんですか?」

「し、知りません! 私何にも!」

「えーとねー、ししょーに色々おしえてもらってその後温泉に……もごもごっ」

「ウララちゃん、あんまり喋っちゃ駄目ー! おばさまに迷惑がかかるから!」

「成程、やはりウララさんの師匠という方はあそこにいたのですね。もう少し詳しい内容を……」

「お二人とも、そんな人たちを相手にすることはなくてよ」

 

キングヘイローが電話を掛け終え、マスコミの男の前に仁王立ちした。

 

「キングちゃんかっこいいー!」

「どうせなら私を取材していただけないかしら? このキングたる私を」

「い、いや、キングヘイローさん、今はあなたの事を取材してもねぇ……」

「あら、本当にそうかしら?」

キングが髪をかきあげる。

「そう思うなら、3週間後の『安田記念』、そのレースに出場する私に注目するといいわ」

「え……」

「あなた達はきっと驚くはずよ。この生まれ変わった『キング』の走りをね」

 

 

3週間後。中央競馬場。

NHKマイルカップで2着だったキングヘイローは安田記念の出場権利を得ていた。

安田記念。言うまでもないGⅠレースマイル芝1600m。マイルウマだけでなく、他のレースを回避した中距離ウマも出場する。

キングは勝負服に着替え、控室で瞑想をしていた。

他のウマ娘がレース前のインタビューを受けていた前日、注目ウマ娘がカメラの前で意気込みを語る時間、そこにキングの姿はなかった。

今日は8番人気。注目度こそ一桁だが、頂点には程遠い。メディアにもさほど期待されていない。それが今の自分の評価だった。

 

「あなた達はきっと驚くはずよ。この生まれ変わった『キング』の走りをね」

(まあ、ここまで言っておきながら負けたら恰好悪いかもね……)

 

「キングヘイローさん、お時間です」

控室のドアが開き、係員が知らせに来た。

「分かりました」

キングは立ち上がる。その胸にしかと覚悟を秘めて。

 

 

『さあ、各ウマ娘が姿を現しました』

歓声が上がる。今日の主役は古ウマ娘にして逃げウマの代表、マルゼンスキーだ。

「古ウマって何よ!?」

 

また、ヒシアマゾン、フジキセキのトレセン学園寮長対決も見逃せない。

「負けないからな、フジ」

「ふふ、お手柔らかに、ヒシアマ」

 

他にもダイワスカーレット、ウオッカ、ニシノフラワー、サクラバクシンオーとスピードに自信のあるウマ娘が揃っている。

 

(改めて凄い面子ね。こんな相手に勝ってGⅠ取ろうというのだから、大変だわ)

キングヘイローはどこか冷めた表情だった。

諦めているわけではない。むしろ高揚感は増している。

 

『各ウマ娘がゲートに入っていきます』

『好レースを期待したいですね!』

 

(大丈夫。不思議と凄く落ち着けてる。ゲートが開くのが楽しみなくらい)

今日この日まで鍛錬は欠かさなかった。母親のビデオも何度も観た。母は偉大だった。だからこそ、学べることも多かった。

 

ガコン!!

 

『スタートしました。各ウマ揃って綺麗なスタート』

『おっと、先手を取るのはやはりマルゼンスキーとサクラバクシンオーだ』

 

「バクシンバクシーン!」

「あらバクシンちゃん、私と競り合うつもり?」

「私はいずれ長距離を走るウマ娘です! マイル如きで躓いていられませんとも!」

 

先行ウマは、ダイワスカーレット、ウオッカ、フジキセキ。ニシノフラワーは馬群の中段。ヒシアマゾンは後方からのレースになった。

「ちょっと、あんたどきなさいよ!」

「おまえこそどけよ!」

「ふふ、困ったポニーちゃんたちだ」

 

一方、キングヘイローは6番手。やや馬群に埋もれた感はある。

「ああっ、位置が悪い! これじゃ前に行けない!」

「頑張れー! キングさーん!」

キングの取り巻きーズが必死に応援する。

「…………」

(……大丈夫。今日は前でレースをしたがるウマ娘が多い。後方からの追い込みは不発に終わりがちになる。そしてこの位置なら前のウマ娘が全部見える)

 

マイル戦はスピード重視の短期戦だ。先行ウマ有利とされている。

今はこの中途半端な位置取りでいい。最終コーナーを回ってバラけて皆がどの位置を取るか、後はその隙間に入り込めばいい。

 

『さあ最終コーナー回って、各ウマ娘、ラストスパート』

『勝負所! 最後の直線です!』

『ハナはマルゼンスキー、1馬身差でサクラバクシンオー』

 

「もう、しっつこいわね!」

「あなたこそ!」

 

『さあここで後方から猛烈な勢いで仕掛けてきたのはヒシアマゾンだ!』

 

「おらおら、ヒシアマ姐さんのお通りだ! 大外一気でまくってやる!」

 

そしてキングヘイローは未だ6番手。5着以内ですらない。勝負は決まったかと思われた。

しかしこの時、キングは脚を溜めていた。コーナーでバラけてくれたおかげで前はガラ空きだった。後はこの直線をものにできるか否かだ。

 

『残り200。先頭は依然マルゼンスキー。このまま逃げ切れるか!?』

 

そしてキングヘイローが残り200を通過した瞬間。キングは仕掛けた。

(ここだ。ここで練習の成果を……今まで培ってきたもの全てを……出し切る!)

「はあああああああああああっ!!」

 

『おーっとここでやってきたのは、キングヘイロー! キングヘイローだ! とてつもない末脚! しかしここから間に合うか!?』

 

「ええっ!?」

「嘘でしょ!?」

 

(間に合うかじゃない。間に合わせるのよ! 私は……キングなのだから!!)

 

『どうだ! 勝つのはどっちだ!? 今ゴーーーーーール!!!! 電光掲示板の結果は…………クビ差勝ちでキングヘイローだ! キングヘイローの大逆転だ!』

『キングヘイローが直線一気でまとめて撫で切った! 勝ったのはキングヘイロー! 安田記念を制したのは、キングヘイローです!』

 

ワアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

観客席からは万雷の拍手が沸き起こり、キングヘイローを祝福した。

 

「…………か、勝った……勝ったわ! おーっほっほっほ! これがキングの実力よ」

「何、最後の瞬発力……。脚にエンジンでも付けてるんじゃないのー?」

「はあ……はあ……はあ……バクシン不発……」

 

 

「キングさーーーーーん! 素敵でしたーーーー!」

「わたし、感動しました! 最後のところ、とっても恰好よかったですー!」

「ええ、有難う。そうね……、私、色々な人に恵まれて、色々な人に応援されて、本当に幸せ者だったのね」

(それを教えてくれたのは名も知らぬあのおばあさま……有難うおばあさま!)

 

「さあ、久々のウイニングライブ、たっぷり堪能させていただきましょうか!」

 

 

こうして、安田記念は下馬評を覆してキングヘイローの勝利で幕を閉じた。

その後、ハルウララは地方のダート戦で2着と健闘。週一ペースで走るので大変である。

ライスシャワーは現時点で最も長い長距離レース、ステイヤーズステークス3600mを完勝。完全復活が見えてきた。

 

 

それから数日後、

「やあライスシャワー」

「あ、おばさま」

以前ハルウララが物思いに耽っていた体育館裏で、ライスと老婆は再開した。

現在、老婆とライスとウララとキングはグループLineでやり取りしている。昨日もウララから、「ししょー、わたし勝ったよー」とLineが来た。

「みんな順調そうだねえ。この私も骨を折った甲斐があったというものだ」

「全部おばさまのおかげです」

「はっはっは、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。今度三人揃ったらディナーでもご馳走しようかねえ」

「本当ですか、有難うございます!」

 

 

「困りますね、トレセン学園は関係者以外立ち入り禁止ですよ」

「……」

いつのまにか背後にウマ娘が仁王立ちしていた。トレセン学園生徒副会長エアグルーヴだ。

 

「おやおや、バレてしまったかねえ」

「ライスシャワーのトレーナーから聞きました。最近ライスが自分に内緒で何処かに行ってしまうと。あなたの仕業ですね」

「ま、待ってください! おばさまはライスの大切な恩人なんです。エアグルーヴさん、おばさまに酷いことしないで!」

「あ、い、いや、ライスシャワーよ、別に私はこの方に罰を与えようというわけではないんだ。その点は理解してもらいたい」

「ふむ……」

「キングヘイローも同じような事を言っていました。恩人たる老婆がいる、と。そしてハルウララ、彼女を指導したのもあなたですね?」

「……彼女は勝ちたがっていた。誰もが彼女を見捨てた中、私だけが彼女を見捨てなかった。結果はご覧の通りさ」

「素晴らしい手腕です」

 

「……ですが、部外者なのは事実です。一度、生徒会室までご足労願いたい」

「そんな……」

ライスは抵抗したかった。大切な恩人ともう二度と会えなくなってしまうかもしれないと思うと気が気でなかった。

「大丈夫だよ、ライス。私の事は気にしないで、トレーニングに行っておいで」

「は、はい。でもおばさま、また、会えますよね?」

「勿論さ。私はあんた達を見捨てたりしないよ」

「良かった……」

こうして、老婆はエアグルーヴに連れられて行った。

 

 

「聞いた?」

「見た?」

「知りました」

「ターボ、全然わかんない!」

そんなやり取りを草むらの陰でこっそり聞いていたウマ娘がいた。

チーム・カノープス。ナイスネイチャ、イクノディクタス、マチカネタンホイザ、ツインターボだ。

それは偶然ではあったのだが。

「これはチャンスですよー皆さん」

「うんうん」

「あのハルウララを勝たせた人物……おそらく相当の腕前のトレーナーなのでしょう」

「優しそうなばーちゃんだった!」

カノープスの面々は全員、勝つことはあっても華に乏しく、GⅠに出ても善戦止まり、中々殻を破れず、キラキラウマ娘の脇役ポジを抜け出せないでいた。

「あの人を、特別トレーナーとして招聘すれば、うちらも輝けるかもしれないよ」

「よーし、後をつけますか」

「場所は生徒会室ですね」

「南坂トレーナーに登頂(盗聴)をおねがいしようー」

「よーし、善は急げだー」

「ごーごー」

 

 

「初めまして。私がトレセン学園生徒会長、シンボリルドルフです」

「……ここはお茶の一つも出ないのかい?」

「ええい、今淹れてやる!」

シンボリルドルフを目の前にしても、老婆はマイペースだった。来客用のソファーに腰を埋め、杖をヒュンヒュンと振り回している。

「まあ、お前さんの事は良く知ってるよ。七冠ウマ娘だからね。立派な成績だ。この記録はそう破れないだろうね」

「恐縮です」

シンボリルドルフはにこやかではあったが、目は笑っていなかった。老婆に何かオーラを感じたのだろう。

(何故だ……私がこうも緊張するとは……うっ、脇に汗が……)

(会長が緊張している。いや、私だってそうだ。何者なんだ、この老婆は……)

エアグルーヴも同様だったらしい。

「しかし、ここがトレセン学園の内部か……」

老婆は呟いた。そして出された粗茶を一口ふくむ。

「立派なところではあるんだろう。もっとも、選ばれたウマ娘にとって、の場所に過ぎないがね」

「……厳しいのですね」

「華やかながら厳しい競走バ世界。怪我で走れなくなったもの、一度も勝てなかったもの、色々いるだろう。実際、入ってきたウマ娘に対して残ったのはどれくらいだい?」

「……大体、半分と言ったところですね」

「やっぱりそうかい。ここも、案外いいところじゃあないみたいだねえ……」

「…………手厳しいな」

エアグルーヴが口を挟む。そして、会長はよくやっておられる、と言った。

 

「……これ以上はいいでしょう。あなたは部外者だ。即刻出て行ってもらいたい。ですが、その前に聞きたい事がある」

エアグルーヴが老婆の横に立った。

「あなたは、一体何者なんですか?」

 

「…………」

エアグルーヴの問いに、老婆は一拍置いた。その先の答えに、シンボリルドルフも注目する。

「……まだ日本が昭和と言われていた頃、ターフを走っていた者の一人さ…………」

 

老婆が帽子を取った。そこにはウマ耳があった。

「そう、人はかつて私を……」

黒サングラスを外し、老婆はシンボリルドルフを見つめた。

 

「……シンザンと呼んだ」

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