ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》   作:K.T.G.Y

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伝説のエピソード

「……シンザン、だと!?」

「あの伝説のウマ娘と謳われた、シンザン殿なのですか!?」

「はっはっは、なあに、今じゃただの老いぼれだよ」

シンザンは杖をくるくる回しながら笑った。

 

「……『シンザンを超えろ』、それが日本競バ会における長年のスローガンでした」

「それを超えたのはあんたじゃないかい? 『皇帝』シンボリルドルフ?」

「……確かに成績だけを見れば私はあなたよりGⅠを勝利した。しかしあなたを超えたというほど自惚れてはいません」

「謙虚なんだねえ。あんたが七冠ウマ娘になった時、わたしゃようやく過去の栄光に縛られず静かに暮らせるようになったと思ったんだけどねえ」

 

「引退後、実業家として成功したと聞きました。このトレセン学園にも莫大な出資をしたのもあなただと……」

「ん、金はあったからねえ。まあ道楽の一環さ。だが不思議な事に、やる事成すこと大抵は成功しちまったがね」

「ウマの神様に愛されているということか」

「それは、ちょっと違うね。あたしゃ頭が良かった。それだけは自慢できる。誰よりも先見性があったんだろうね」

「…………」

 

 

「そんな……まさかシンザンさんだっただなんて……!」

カノープスのトレーナー、南坂はチームメイトに言われて嫌々盗聴していたのだが、内容を聞いた瞬間戦慄した。

トレーナーなら誰もが一度は耳にしたことがある有名人。というより、伝説のウマ娘である。

「……シンザン、ですか」

「あのおばあさん、そんなに凄いウマ娘なの?」

「……皆さん、歴史の授業聞いてないんですか?」

「知らない! ターボ、いっつも寝てるもん!」

「やれやれ……」

 

 

シンザン。

日本競馬会における、史上初の5冠ウマ娘であり、日本競バ史上に燦然と輝く至高の名ウマ娘。

そんな彼女には、現役時代に残した数々の伝説がある。

曰く、皐月賞を余力たっぷりで勝利した。

曰く、27頭立ての日本ダービーを、息も切らさず、本気で走らずに勝利した。

曰く、インタビューで「レコードを出そうと思えばいくらでも出せるが、ハナ差勝ちでも勝ちは勝ちだから」と豪語した。

曰く、菊花賞を勝ち、戦後初めての3冠バになった。

曰く、ファンサービスで子供を3人も乗せて歩いた。

曰く、オープン戦が練習代わり。

曰く、スタートで出遅れた事がなく、それどころか抜群に上手いスタートダッシュでいつも好位置に着けていた。

曰く、天皇賞(秋)では場外の違法トトカルチョでは100円返しのオッズだった。

曰く、有馬記念では荒れた内馬場を嫌って外ラチとウマ娘一人分くらいしかない隙間を縫うように走って逆転した。その際TV画面からは一瞬シンザンが消えた。

曰く、もう走れるレースがないという理由で引退。

曰く、通算19戦15勝2着4つで連対率100%という日本記録を持つ。しかも大レースでは一度も負けがない。

 

 

「…………」「…………」「…………」「…………」

カノープスの面々は揃いも揃って絶句した。え、何そのチート、作り話じゃないよね? という表情で。

「人によって最高の意味は違います。ですが我々競バ関係者は、シンザンこそ、日本史上最高のウマ娘だと思っている者が多いのです」

「そ、そんな凄い人だったんだ……」

「まさに、生ける伝説ですね」

「助さん角さんが印籠出して、水戸黄門が後ろから出てきたような感じだねー」

「…………」

呆れるくらい凄い逸話を解説される中、ツインターボだけが無言のままだった。

 

 

「そんなあなたが、何故トレーナーまがいの事を?」

「ふむ……」

シンザンは粗茶を飲み干してまた一拍置いた。

「話せば長くなるんだけどね……」

引退後、シンザンは更なる境地を求めるべく、武道を始めた。

空手、柔道、総合、合気道、太極拳、等々。そうして修練に励むうちに、人の体はどう動かせばいいのか、どうすれば最高の動きができるのかが分かるようになったという。

いつしかシンザンの腕は師範代と肩を並べるぐらいまでになった。しかし、それを人に教えることはなかったという。高尚過ぎて理解できないからだったらしい。

 

「そして、武田、栗田、長尾……、現役の時代に私を支えてくれた連中が皆死んで、私は一人になった……。そして、ある日、私は交通事故にあった」

夜、ふと肉まんが食べたくなってお抱えの運転手が運転するベンツを降りてコンビニに寄って、ふと物思いに耽る。

後ろから前方不注意の車が接近していることを知らずに。

迂闊だった。普段なら気付いていた。防げる事故だった。だが、その時は遅かった。

 

「すぐさま病院に運ばれて手術を受けたよ。でも、これだけ生きたんだ。このままくたばってしまってもいいと思ったんだがね……」

 

 

夢の中で、私はターフに立っていた。観客席からは大きな拍手が巻き起こっている。普段ならさっさと引き上げるんだが、気が付けば、私は観客に手を振っていた。

ああ、これが走馬灯なんだ、そう思ったよ。

その時、ターフに一人のウマ娘が残っていて、めそめそと泣いているのに気付いたんだ。

どうしたんだい? と、私は聞いた。

その娘は、もっと速く走りたいのに走れない、と言った。

私は、踵から地面を踏むから重心がブレてスピードがつかないんだ、踏み出す時はつま先から、真っすぐ降ろすように走ってごらんと言った。

ほんの気まぐれだったんだけどね……。

そうしたら、その娘は、有難う、と残して光の先へ走って消えてしまったんだ。

 

 

「そして、気が付いたら、私は病院のベッドで目覚めた。手術は成功したんだ。見知った会社の重役達が子供みたいに泣いて、良かった良かったって言ってたよ」

シンザンはもうなくなった湯呑を両手でくるくると回していた。

 

「でも、その時思ったね。あの夢の中での出来事を考えて、こりゃウマの神様が教える側に立って、若いウマ娘を指導してあげなさい、って事だと……」

「それで、ライスシャワー達に声をかけるようになったんですか」

「年寄りの冷や水ではあるんだよ。でも、なんだか放っておけなくてね……」

シンザンは湯呑をテーブルに置いた。

 

 

「シンザン殿、どうでしょう、このトレセン学園で、臨時トレーナーを務めてもらえませんか?」

一通り話を聞き終えると、シンボリルドルフはシンザンをスカウトしようとした。

「私を、正式にスカウトする、と?」

「はい。貴方ほどの眼力をお持ちの人なら、若いウマ娘を導き、よき指導者になれると思いますが」

「……断る」

意外な返事だった。これまでの流れなら、いい返事をすると思っていたのだが。

「即答か……」

隣のエアグルーヴがしかめっ面をした。

 

「理由は二つある。一つは、単純に私が忙しくてそこまで手が回らないから。二つ目はこのトレセン学園の在り方に疑問を持つからだ」

「学園に、疑問、ですか……」

「この学園には毎年何百人というウマ娘達が入学してくる。だが、中にはトレーナーもつかぬまま、一勝も出来ぬまま辞めていく者も多い」

「む……」

エアグルーヴの表情が険しくなった。

確かに言われた通り、この学園は総数2000人近いマンモス学園だが、ウマ娘の入れ替わりも非常に多い。

トレーナー不足は慢性的な悩みの種だし、辞めていくウマ娘もまた相当の数がある。

「模擬レースはともかく、選抜レースでどこのスカウトにも引っかからないウマ娘もいるだろう。その多くの者に私は言いたいね。むいてないから辞めろ、と」

「馬鹿な! 私たちが若い者達に引導を渡せと言うのか!?」

エアグルーヴは反発した。シンボリルドルフの表情も険しい。

「モノにならないと分かってて長居させたら逆に可哀想じゃないか。人生一度きりだよ」

「だからといって……!」

「諦めないという気持ちは大事さ。何事にもおいてね。だが負けると分かってる戦いに身を費やし、ボロボロになって消えていく……。

まあ若い頃の思い出を作りたいという事なら話は別だがね」

「…………」

「そんな若いウマ娘に対して、おまえさん方は責任取れるのかい?」

 

生徒会室がしぃんと静まり返った。

エアグルーヴは歯茎を見せて怒りを露わにし、シンボリルドルフは目を閉じて何かを考えている。

「……我々に何をしろと?」

シンボリルドルフは静かに口を開き、問いかけた。

「未だトレーナーも付いていない未勝利のウマ娘を一人選び、未勝利戦とオープン戦で一着を取らせてみな。そうしたら、トレーナーでも何にでもなってあげようじゃないか」

「……分かりました。その挑戦、受けましょう」

「会長……! そんな挑発に乗るなど……」

「エアグルーヴよ、私の理念は知っているな?」

「……。ウマ娘誰もが幸福になれる時代を作る事、ですね」

「そうだ。シンザン殿は我々に戦えと言っているのだ。受けて立たねば生徒会長の座を降りるしかなくなる」

「…………」

 

しかしエアグルーヴは複雑だった。自分は時間を惜しんで、いや練習時間を削ってでも若いウマ娘に尽力してきた。

それでも悲しいかな、ふるいから落ちていく者は多い。それを手で救い上げる、これは言われるより遥かに難しい事だ。

ましてや選ばれた者は生徒会長の肝いりということになる。そのプレッシャーは計り知れない。

 

 

一方、その会話を引き続き盗聴中だったカノープスの一員。

「なんだか大変なことになってない?」

「なってるよ」

「この時期で未だにトレーナーが付いていないウマ娘は、自信を失って学園を辞める寸前です。それに手を差し伸べ、なおかつ勝たせるというのは容易じゃないですよ」

南坂トレーナーが言う。

「大丈夫だよ……」

その光景を聞いている中、一人真剣な表情をしていたウマ娘がいた。ツインターボだ。

「テイオーは最後まで諦めなかった。イクノだってそうだった。そしてターボだって、やれるんだ……」

言うなり、ツインターボは走り出した。

「えっ、ちょ、ちょっと、何処行くの? ターボ?」

「生徒会室ー!」

「ええっ!?」

あの緊迫した空気の中に突っ込むと言うのか?

確かにターボは空気を読むようなタイプではないが、それにしたってこの決断(?)は異常だ。

「ま、待ちなさい!」

結局、全員がターボの後を追いかける形となった。

 

 

「さて、そろそろ帰ろうか……」

シンザンは立ち上がった。

「ではお送りします。エアグルーヴ、頼む」

「分かりました」

「そうかい、ではお願いしようかねえ」

エアグルーヴが生徒会室のドアを開け、シンザンが廊下に出たその時だった。

 

ドタドタドタドタ……!

 

廊下を全速力で走ってきたツインターボが生徒会室の前で止まった。

「こら、ツインターボ、廊下を走るな!」

「ばーちゃん、頼みがある!」

 

ツインターボはその場で土下座した。

 

「ターボに、走りを教えてくれ!!」

 

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