ウマ娘プリティダービー《Unusual world line》 作:K.T.G.Y
生徒会室での会話を一部始終聞いていたカノープスの面々。
その中の一人、ツインターボはシンザンが出ていこうとした時、いきなり土下座した。そして、走りを教えてくれ、と。
ツインターボ。
彼女の走りに魅せされるファンは多い。
スタートした瞬間、エンジン全開でぶっ飛ばすように走り、スタミナが切れたら逆噴射。そしてヘロヘロになりながらゴールに倒れ込む。
そんな個性的な走りは競馬場に足を運んでいる人々なら一度は目にした光景だ。ファン投票で有馬記念にだって出たことがある。
しかしそんな一度見たら忘れられない個性的な走りは、強いウマ娘ならゴロゴロいるけどどこか没個性と囁かれる現代の競バ会において一線を画していた。
あらゆる競合ウマ娘を置いてきぼりにして逃げ切ったレースもある。
そんな彼女を支えていたのは、同期であり一方的にライバル視していたトウカイテイオーの存在だった。
かつて、負け続け悩んでいる中、テイオーの「諦めないことが大事」という言葉に奮起し久々にレースで勝ったこともある。
そして、誰もが忘れられない『オールカマ―』……。
走りたいという気持ちを失い、引退しようとしていたテイオーに「諦めないことが大事」というお返しを自身の走りによって体現したエピソードは、競バファンには今も語り草になっている。
しかし、その後も、ツインターボは負け続けた。
そして結局テイオーとの対決は一度も実現しないまま、テイオーは引退してしまったのである。
「ターボ、ずっとテイオーと戦いたかった! でもテイオーは引退しちゃった! ターボがもっと強いウマ娘なら、テイオーと戦えたのに!」
誰もが認めるGⅠウマ娘と、GⅢをそこそこ勝っただけのウマ娘では、同じ土俵で戦える機会がなかった。
片思いのライバルとの対決は、ついぞ実現しなかった。
「ターボがもっと速くて、もっと強ければテイオーと戦えたんだ! ターボが弱いから、勝てないから、テイオーは勝ち逃げしちゃったんだ!」
「…………」
「ターボ、もっと強くなりたい! テイオーが走ったターフの景色をターボも見てみたい! お願いだばーちゃん! ターボに走りを教えてくれ!」
願いはいつしか涙声に変わっていた。
「ターボ……」
追ってきたカノープスの一面も、ターボの必死な願いに何も言えなかった。
あのターボが土下座してまで相手にお願いをするなんて、初めてだったし、考えてもいなかった。
南坂はツインターボがここまで胸の奥で悩んでいたことを知ることが出来なかった自分を恥じた。
「おいツインターボ、シンザン殿は忙しい身なんだ。おまえに構っている暇など……」
「少し黙ってな、エアグルーヴ」
「……! シンザン殿……」
「ふむ……」
シンザンは顎に手をやった。何かを考えているようだ。
ドアの奥から、会長シンボリルドルフも出てきた。空気が固まった。静けさが訪れた。
「わたしからもお願いします、シンザンさん」
「わたしからも。お願い、おばあさん」
「ターボの願い、叶えてあげて!」
カノープスの面々も頭を下げる。
「私からもお願いします、シンザンさん。トレーナーとしてこんなことをお願いするのは辛いのですが……」
南坂トレーナーも頭を下げる。
「…………。そこまで頼みこまれちゃあ、無碍にするわけにもいかないねえ」
「そ、それじゃあ……」
「いいだろうツインターボ、私があんたの逃げ、本物にしてやるよ」
「~~~!! や、やったー!!」
ツインターボは飛び上がって喜んだ。
「言っておくが、練習は厳しいよ」
「いいよ、ターボ、何でもやる!」
「ん? 今なんでもやるって言ったね? 言質はとったからね」
こうしてまた一人、シンザンの弟子が増えたのだった。
「それじゃあ、少しの間、ターボを借りていくよ」
「はい、ですが、3週間後にはレースなのですが……」
「3週間あれば充分さ。それじゃ、ターボ、行こうか……」
「うん! それじゃ、トレーナー、ネイチャ、マチタン、イクノ、行ってくる!」
「頑張ってね、ターボ」
「応援してるよ」
「あなたならできます、ターボさん」
「あ、そうそう、シンボリルドルフ」
「……はい」
「約束、忘れるんじゃないよ」
「勿論です」
「エアグルーヴ、大至急栗藤・美浦寮長のフジキセキとヒシアマゾンに連絡を取ってくれ」
「はい!」
「条件に該当するウマ娘を早急にリストアップする。必ず原石を見つけてみせる……!」
「行っちゃったねー、ターボ」
カノープスが部室として使っている小さなプレハブに帰ってきたナイスネイチャ、マチカネタンホイザ、イクノディクタス、南坂トレーナーはとりあえず椅子に座った。
「まあ本音を言えば、ターボだけじゃなくて私たちも見てほしかったんだけどねー」
「機会はまたあります。今はターボさんを見守りましょう」
「そうですね。私たちは私たちでトレーニングに励みましょう」
「でも、こう言っちゃなんだけど、強くなったターボって想像つかないけどなあ……」
ナイスネイチャはターボの事を思い出す。
チーム・カノープスの二人目のメンバー。しかしターボはデビュー後も準風満帆とは行かなかった。
確かにオープン戦は勝利した。しかしその時のチームではターボは浮いていたらしい。
周りとあまり馴れ合わず、一人を好んだ。トレーナーはターボの尋常ではない逃げの拘りを矯正しようとした。
結局上手くいかなくなってターボはチームを辞めた。しかしトレセン学園にはトレーナーが作ったチームに所属していないとレースには出られないという決まりがある。
その際たまたま見かけたカノープスの募集中の張り紙を見てターボはやってきた。
トレーナーである南坂はターボの逃げの拘りを尊重した。その甲斐あってか、ターボの生来の明るさは戻り、一匹狼の性分も直った。
今やカノープスも4名。決して10年に一人の逸材こそいないが、個性的な面々が揃ったように思える。
「まあターボさんにはテイオー直伝の『諦めない事の大切さ』があります。きっと結果を残してくれるでしょう」
南坂トレーナーが言った。
「えー、でもテイオーはもう引退したんでしょ? ターボがそれを受け継ぐ……ないわ」
「そうとも限りませんよ」
「……イクノ」
先ほどから愛用の眼鏡を拭いていたイクノディクタスが声を発した。
「……実は私、トレセン学園の入学前、見学に来ていたターボさんに会った事があるんですよね」
「え、本当!?」
「はい」
その頃からターボさんは一回り小さくて、派手な服を好む娘(こ)で、あまり人付き合いがいいとは言い難いウマ娘でしたね。
なんでも学園内を一人で駆け回っていたら、担当の先生とはぐれてしまったとか。それで半泣きでしたね。
「私が学園を案内しましょう」
「ほんと!? やった!」
……ほんの気まぐれでした。
手を繋いだら、やはりターボさんの手は小さくて、しっかり握っておかないとまた何処かに走り出しそうな危うさがありましたね。
そして一通り学園を案内した時の事です……。
「イクノ、ターボと競争しよう! 勝負しよう!」
「残念ですがそれはできません」
「えー、どうしてー?」
「私は、怪我で走れません」
「え……」
そう、その時私は既に屈腱炎を発症しており、まともに走る事すらままならない状態だったのです。
「完治は難しいらしいです。トレセン学園には、怪我に泣かされ辞めていくウマ娘も多いのです」
「そんな、やだ……。やーーだーー。ターボはイクノと勝負するんだーー!」
「我が儘言わないでください」
「うう……ごめん……」
私のために泣いてくれたのはターボさんが初めてでしたね。
「でも、私は走ることを諦めてはいません」
「イクノ……」
「諦めないことが大事なんです。諦めなければ必ず報われます」
「……。じゃ、じゃあ、もしターボがトレセン学園に入学したら、イクノはターボと走ってくれる?」
「ええ。約束です」
「うん、約束!」
「そして指切りげんまんをしたところで、先生がやってきて、ターボさんは連れられていきました」
「そんな事があったんだ」
「だから、私がカノープスを選んだのも、ターボさんがいたからなんです」
「そうだったんですか。そうなら言ってくれればよかったのに」
南坂トレーナーは苦笑した。
「ですから、ターボさんの心には、今も「諦めない事の大切さ」が脈々と流れている筈なんです。テイオーに言われる以前から」
ナイスネイチャは、イクノの話を聞いて、思ったより重い話だったな、と思った。
一方、マチカネタンホイザは、
「はいはーい、質問ー。じゃあどうしてイクノは走れるようになったの?」
「そのエピソードも必要ですね」
ターボさんとの約束以来、私は走りたいという想いを強く持つようになりました。ターボさんとの約束を私が破るわけにはいかない、と。
しかし依然私の脚は痛いまま。どうすればいいのだろう。悩みました。
そんなある日、ある噂を聞いたのです。
「神様の異名を持つ男、装蹄師、福永守……」
その人は、骨折と腱断裂以外の脚の故障は装蹄で全て治せる、と豪語する人物であり、これまでも多くのウマ娘を救ってきたとか。
藁にも縋る思いで、私はその人物を訪ねてみました。
「おや、あなたは……?」
「私、イクノディクタスと申します」
福永氏は医者ではありませんが、気さくな性格で、私の悩みにも懇切丁寧に聞いてくれました。
そして、私の脚の型を取ると、一週間だけ待ってほしい、と言われました。
それから一週間後、私は再び、彼の元を訪ねると、両脚の装蹄が出来ていました。
「それを付けてあまり脚に負担をかけないように走り込んでみな。そうだな、一日500mくらいかな」
言われるまま、私は装蹄を持ち帰り、シューズに嵌めてみました。そして少しの間走ってみたのです。
そして半月ほど経過したある日の朝……、
「……! 脚の、痛みが、ない……!」
不思議な事が起こりました。あれほど長い間脚にあった痛みと違和感が、綺麗さっぱりなくなっていたのです。
私はジャージに着替え、外を走りました。最初はならすように、その後は全力で。しかし痛みはなかった。本当に治っていたのです。
「そして、私はターフに戻ってきました。模擬レース、選抜レースをこなし、出入り自由のチームに所属し、デビューを果たし、オープン戦も勝利したのです」
「その時不思議な事が起こった!」
「まさにワンダー!」
ネイチャもマチタンも仰天した。
「今はカノープスに所属していますが、ここはとても居心地がいいですね」
「それはいいですけど。イクノさん、もう少し出走レースを控えた方が……」
「大丈夫です南坂トレーナー。一にも二にも自己管理です。自己管理が完璧なら、週一ペースの連闘も問題ありません」
イクノディクタス。生涯で51戦し、牝馬限定戦に殆ど出ず、挙げた9勝は全て牡馬混合戦を制したもの。
そこらの牡馬よりはるかに逞しく走り続けた彼女は後にこう呼ばれる。
『鉄の女』と……。
そんなウマ娘である彼女にも、誰にも負けない熱いハートが秘められているのは想像に難くない。