久しぶりに幼馴染の女の子とともに帰ることとなった、主人公の少女。
幼馴染はなんだか最近、不思議な伝承を研究しているようで、そのお話をしてくれます。


書き方的には完全に黒歴史な作品ですが、もし掌編に興味がおありでしたら。

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見送り

 夜風が髪を撫でた。

 

 暑がりの自分を、こういう時だけは恨めしく思う。もちろん私は、ショートボブという髪型を気に入っているけれど。初夏を過ぎると惰性で続けてしまって、かえって季節から取り残された気がしていた。

 

 冷たい夏風には、絹みたいな長髪が似合う。

 

 だから、隣にロングの子が居る時はいつも、なんとなく気後れしていた。

 

 それが小上真心おがみまことなれば、なおさらだ。

 

「……冷えるね。夏にしては」

 

 真心は艶のある黒髪をかき上げながら、呟いた。

 

 夜闇に溶けてしまいそうな毛先を、真上の街灯が照らす。

 

「冷夏……ってわけでもないのにね」

 

 私は真心に向けて、笑って見せた。ぎこちない笑みだったはずだ。昔と違って、彼女に自然な笑顔を向けるのは難しい。

 

 無言の時間が続く。私たちは、また歩き始めた。

 

 真心と私は、いわゆる幼馴染。小さい頃はよく一緒に遊んでいた。ちょうど夏には花火とか、お祭りとか。海や山に行ったこともあった。

 

 仲は良かった。

 

 高校に入って知ったことだけど、喧嘩をして仲直りをできるのは、それなりに幸運なことらしい。仲直りが出来ずに終わってしまう絆も、たくさんあるそうだ。

 

 かつての私たちは、仲直りが平然とできたぐらいには、良好な関係だった。

 

 今では、そもそも口論さえしないけれど。

 

「久しぶり……だよね。二人だけで、夜、こんな風に歩くの」

 

 いつのことを指しているのか、口にした私にも分からなかった。

 

 小学校の頃は二人きりでは夜道は歩いていないし、中学生の頃には、夜まで遊んだことはなかったはず。もしかすると、今日が初めてなのか。

 

「そうかも。高校までずっと一緒なのに。……不思議」

 

 真心はこちらを見ないまま、ふっと微笑んだ。綺麗なはずの顔が何だか不気味に見えて、私は背筋が寒くなる。

 

 どうして彼女は、今日、私を帰り道に誘ったりしたのだろう。

 

 友人関係が終わったわけではない。ずっと「友達」では居続けた。

 

 けれど、記憶に間違いがなければ、中学の終わりぐらいからだ。私と真心の距離は、次第に開いていった。

 

「真心、あんまり外に出なくなったし……」

 

 私は隣に居る幼馴染の顔色をうかがいながら、会話が絶えないようにする。

 

 たった半年と少しで、私たちは別人のようになってしまった。

 

 どちらかといえば外交的だった真心は、図書館に籠るようになった。私は普段、真心以外の友人と遊んでいる。

 

 両親がいない私にとって、施設の人々を除けば、真心だけが過去を共有している相手だ。それは、同じ施設で育った真心にとっても、同じはずなのに。

 

「調べ物があったの。長い間、ずっと」

 

 真心が口にすると、また、風が吹いた。

 

 さっきのよりも強く、身体に打ち付けてくる。髪は乱れ、制服もパタパタと震えた。

 

 強風が収まると、幼馴染は独り言のように続ける。

 

「中学の終わりに、課題学習で、この町の伝承を調べたの。それが、きっかけ」

 

「伝承?」

 

 私が問い返すと、真心は相変わらず私を視ないまま、乱れた髪を直した。

 

「送りオオカミって、知ってる?」

 

「それって、ええと。夜道で守ってあげるフリをして、女に手を出す、悪い男のこと?」

 

 私は持っている知識から絞り出すように答えたけれど、相手は溜息をしただけだった。

 

「それは、派生した意味。もともとは、妖怪……ううん、山の神様みたいなものだったの」

 

「神様……」

 

 確かに、伝承らしい話だと思う。少し仰々しくて、私は半笑いを浮かべてしまうけれど。

 

「地方ごとに色んなバリエーションがあるけれど。……ざっくばらんに言い切ると、夜道で狼が後をつけてくるって話」

 

「つけて、どうするの?」

 

「良いものとしている地方では、鳥目から守るとか、お産を助けてくれるとか。でも、悪いものとしている地方の方が分かりやすいかな。……要は、食べるの。人間を」

 

 私はつばを飲んだ。

 

「……なんか、嫌な話だね」

 

 率直な感想が、私の口からそのまま出た。

 

 真心は怒ることもなく、かと言って私の感想を受け入れた様子もなく、先を話していく。

 

「この地方にも、同じような話が伝わっているの。……それが、普通のやつとは一味違っていてね」

 

 不意に真心が立ち止まって、私も歩みを止めた。

 

 それからようやく、幼馴染は私に顔を向けてくる。

 

 私は後ずさりをしたくなるほど、驚かされた。

 

 陰鬱な、サディスティックな笑い。こちらの心を覗き込むような目と、舌なめずりでもしそうな歪み方をした口。

 

 幼馴染との思い出をたどっても、どこにもそんな表情は無かった。

 

「この地方の、送り狼はね」

 

 私の反応には興味がないのか、もしくは自分の様子に自覚がないのか、真心は話を止めようとはしない。

 

「小さい頃は、人間として育つの。親の狼が人に紛れて子供を産んで、人間に育てさせる。親はそれっきり、山に帰ってしまう。年頃になるまで、子供は自分が狼だとは知らないまま過ごすの。……大きくなって、自分でなんとなく、悟っていくんだって」

 

 私は首を振って、真心に切り返した。

 

「でも、狼はもう、日本にはいないんだよ……?」

 

 また流されてしまうかと思いきや、今度はきちんと私の言葉に反応してくれる。

 

「ふふ、伝承よ。あくまで、伝承、昔話……」

 

 それから真心は、ゆっくりと私に近づいてきた。

 

 後ずさりをした私だったが、すぐに電柱に背中が当たってしまう。

 

 真心は私の目の前まで来てから、立ち止まった。

 

「でも、昔話が全部、作り話とは限らない……かも」

 

 幼馴染の囁くような言葉に、私の手足が震える。声まで震えながら、私は尋ねた。可能な限り、強がった笑いで対抗してみる。

 

「そ、それじゃあ、育児放棄だね。ひどい親も、いるんだね。そ、育った子供の狼はどうするの?」

 

「子供には二つの選択肢があるの。一つは、親を追って、そのまま山に戻るか」

 

「戻る、か?」

 

 心臓が繰り返し、大きく跳ねる。

 

「人間の社会にそのまま溶け込むか。ただし、それには条件があって……」

 

 私の呼吸が荒くなっていた。真心が再び、私に接近してきたからだ。背中の電柱から離れようとしたが、恐怖と威圧感で動き出せない。

 

 ついには、鼻先が触れ合うほどに接近される。

 

 近い。小さい頃に一緒にお風呂に入った時も、隣で寝ていた時も、これほど近づいては来なかった。

 

 互いの吐息が混ざり合いそうな距離、それさえ越えて、耳元に真心の口が寄ってくる。

 

 私の目の前には、白く透き通った真心の首筋が。

 

「ふ……く……」

 

 彼女のぬるい息が、私の耳たぶを包んだ。

 

 噛みつかれるのではないか。そのまま食いちぎられるのではないか。といった、嫌な予感までする。

 

 そんな展開の代わりに、おぞましい台詞が私の鼓膜を襲った。

 

「……夜道で、人間を食べるの。それも可能な限り、自分の過去を知る相手をね。そうすることで、相手に成り代わって、人間として生き続けられる」

 

 ひ、と口から悲鳴が漏れていたかもしれない。

 

 そんなはずがない、そんなはずがない、と心の中で私は願い続ける。

 

「だ、ダメだよ。……なんとかして、普通に、普通に、人間に紛れて……」

 

「無理よ。心から、身体から。衝動が抑えきれない」

 

 真心の呼吸は、完全に乱れていた。長い間お預けを喰らった犬、そのものだ。

 

「ずっと、ずっと我慢してた。怖くて、怖くて、言い出せなかったことがあるの」

 

 ついに、真心の腕が私の背中に回った。

 

 逃がさないつもりなのだ。獲物を。私は首を振って、なんとか逃げ出そうとする。

 

「縫ぬい」

 

 彼女が、幼馴染が、私の名前を呼んだ。

 

「縫、私を……」

 

 真心の囁き声で、私は張り詰めた心を激しく揺さぶられる。

 

 ついに、彼女は、それを口にした。

 

 

 

「縫、私を食べなさい」

 

 

 

 不思議だった。

 

 それまで昂っていた私の食欲が、いきなり吹き飛んでしまったようだ。

 

 真心は耳元から離れると、私の正面まで顔を戻した。

 

 強がりの笑みを浮かべたまま、ゆっくりと深呼吸をしている。さっきとは違って、余裕がなくなってしまったらしい。

 

 言葉にしたことで、逆に引っ込みがつかなくなったに違いない。

 

「私、本気だからね」

 

 真剣な口調だったものの、目尻に涙、おまけに声は震えている。

 

 私はなんだかおかしくなって、吹き出した。

 

「真心、いつから気付いてたの?」

 

 真面目な話を茶化されたと思ったのか、幼馴染は顔を赤くする。

 

「いつって、そんなの、ずっと前からに決まってるでしょ……。寝てる時に尻尾は出すわ、たまに耳も隠し忘れるわ。私がフォローしてたの、ずっと知らないままで!」

 

 私の喉から「え」という声が出た。

 

「嘘、ごめん……。完璧に隠せてるものだと……」

 

「今だって、ほら!」

 

 ぐい、と真心が引っ張ると、髪の間に隠していた私の獣耳が、ぴょこんと上に出てしまった。

 

「……本当だ」

 

 私は居たたまれなくなって、耳を再び髪の間に隠す。軽く念じると、簡単に人間のものに変わってくれる。興奮するとどうしても、元に戻ってしまう。

 

 誰にも指摘されたことがなかったから、上手くやってこれたと確信していたのに。スカートの後ろを触ってみても、幸い、尻尾の方は出ていなかった。

 

「さあ、縫。……私を」

 

 真心が迫ってくる。差し出された白い首筋が、私の唾液腺を刺激した。

 

「ダメだよ。真心。それはしない」

 

 理性を保って、私は幼馴染を軽く押しのける。

 

「自分でももう、ここいらが潮時だと思ってたんだ。仕方ないよね、もう、帰るしか」

 

 幼馴染の悲しそうな表情に、私も胸が締め付けられる思いがした。

 

 真心は涙を拭いて、鼻をすすってから、私を説得しようとする。

 

「せめて……。せめて、人間に溶け込める道を探そう? 私、全力で調べるから……寝る間も惜しんで、いくらでも……」

 

「真心が言ったんじゃない。衝動は抑えられないって。最近、真心を見るとそんなことばかり考えちゃうから、会わないようにもしてて……。さっきだって私。真心のこと、美味しそう、って思っちゃったし」

 

 事実を言ってみたけれど、傷付けてしまったかもしれない。真心の全身が、震えている。

 

 私自身、友人に食欲を抱くことが、恐ろしくて仕方がなかった。ずっと禁忌を心に溜め込んでいるようで、苦しかった。

 

 真心には悪いけれど、ここで胸の内をさらすことができて、私にはちょうど良かったのかもしれない。

 

「ケダモノは、ケダモノらしく、住処に帰るよ。ろくでなしの親もいるかもしれないし」

 

「ふざけないで!」

 

 突然怒鳴られ、私は目を白黒させた。真心に大声を出されたのは、いつ以来だったか。

 

 幼馴染は語気を弱め、話し出す。

 

「山に、親なんかいない。そんなこと、縫も分かってるでしょ? 多分だけど、縫は……先祖返りみたいなものなの。昔の狼の血筋で……。縫の両親が事故で死んだ記録はあるし、きっと、もう山には一匹も狼なんかいない。家族も、友達も……」

 

 ああ、そうか。

 

 私はどうやら、とても幸せ者だったらしい。

 

 真心はただの自己犠牲だとか、博愛精神だとかではなく、そこまで私のことを考えてくれていたなんて。

 

「仮にそうだとしても」

 

 だからこそ私は、きちんと彼女に説明しておきたいと思った。

 

「……私が山に帰っても、真心がどこかで生きてくれてる。ううん、もしも真心が先に死んでしまっても、私は真心と生きた時間をきちんと思い出せる。……けど、真心を食べたら本当の独りぼっちだよ。もう、どんなことも思い出せない。心を大事にする資格が、無くなっちゃうよ」

 

 傷付けた相手のことを自分に都合よく思い出すことも、一つの絆かもしれないけれど。私にそこまでの度胸や割り切りはなかった。

 

 むしろ離れてでも、過去に浸るしかなくなっても、この関係を守りたい。

 

「嫌だ。嫌だ、縫、消えないでよ……。いなくならないでよ……!」

 

 溢れた涙で、真心の頬に何条も跡がつく。

 

 私のうぬぼれでなければ。

 

 真心の中では今、後悔が渦巻いているのだと思う。口にしなければ終わらないまま、平行線でい続けられたかもしれない。

 

 だけど、それは違う。違うと分かっているから、真心は決断したんだ。

 

 調べ物に調べ物を重ねて、何をどうしても駄目で。最後に自分を差し出そうとして、それを拒まれた。

 

 それはきっと、賢明である以上に正しい判断だった。先延ばしにしても、状況は改善などしないから。

 

「たまに、山から降りてくるよ。今みたいにあんまり近くだと、その……うっかり食べちゃいそうだけど」

 

 我ながら、あまり面白いことは言えなかった。最後は笑ってもらいたかったのに、高望みだったのかもしれない。

 

 でも、これでいい。言いたいことは言い切った。未練はあるけど、これ以上は理性がもたない。

 

 私はそっと、真心から距離を取った。

 

「待って……!」

 

 幼馴染はすぐに手を伸ばして、私の腕を掴んでくる。力自体は弱いが、離すまいとする意思を、指先から感じた。

 

 振り返り、私は彼女へと微笑む。これ以上、言葉を交える必要は無かった。

 

 無言のまま、真心は手を離してくれる。

 

 そして私は、夜道を駆けだした。振り返りもせず、前へ、前へ。

 

「縫、縫……!」

 

 幼馴染の叫び声が、夜道に響いた。

 

 それはすぐに、風にかき消されてしまう。

 

 

 

 真心には言わなかったけれど。私は自分の習性には、比較的早くに気が付いていた。

 

 もちろん、夜道にヒトを食べる衝動も。

 

 幼馴染が夜道に誘った時に、断らなかった私自身が、何重にも恨めしい。

 

 真心が自らを差し出す覚悟を見せていなければ、きっと……。

 

 

 

 

 

<了>


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