テンプレなお嬢様の元に、執事を1人放り込んだ話
Task01:ブラックジャックでよろしく
「さぁッ、張った張った!」
張りの良い女性の声が木霊すると、底から吹き上がるように歓声が沸き起こる。パリッとした黒いスーツを着こなした金髪の男性、鮮やかな赤いドレスを身にまとったブロンドの女性、彼らに取り囲まれているのはたった1人、黒髪を垂らした和服の女性だ。その綺麗な長髪をハーフアップに、切れ目の鋭い視線はまるで名刀のごとく。
大胆に肩を露出させた独特な格好のその女性に、客は熱を帯びた視線を送っている。否、視線が注がれているのは彼女が右手に持った赤いカップだ。
丁半博打。
日本では有名な賭博、古くは鎌倉時代の賭博が起源とも言われている。壺ザルい入れた2つのサイコロの目の合計が偶数か奇数かを当てる実にシンプルなルールだ。故に、外国人受けも良く、今やこのカジノの目玉博打になっている。
当たる確立は50%、というのは表向きだ。サイコロを振る壺振りの腕次第で結果は純粋な偶然ではなくなる。しかし多くの人間はそんな事には気が付かず、確率の高いと思う夢に金を賭けるのである。
しかし業界の人間は見ているものだ。搾り取れる人間か否かを。勝負師のように目ざとく。
カモられているとも知らないで、呑気なものだ。
丁半の喧噪を横目に、ディーラーの男は内心ため息をつきながら、テーブルに配ったカードの浮く末をジッと見つめる。黒髪に青白い肌。タキシードの赤い蝶ネクタイをラメでキラキラと輝かせ、ミラーボールの下で彼は今、一つの
島には5人の男が座り、お互いに手元、そしてディーラーの手元に配られた表と裏のカードを真剣に見つめている。
「ダブルだ」
「私はスタンドで」
男達はそれぞれに判断を口にして、こちらに視線を送ってくる。ある者はチップのコインを倍増し、あるものは手札をキープすることを選ぶ。
ふと、テーブルに座っていた小太りの男がさりげなくこちらに視線を送ってきた。ディーラーの男は素早く2回瞬きをすると、小太りの男はテーブルを指で強めに叩いた。
「私もダブルだ」
男の前にはカードがもう一枚。さらにチップが上乗せされた。
「皆様、よろしいですか」
ディーラーの言葉に男達は頷く。そうしてカードが捲られると……
「ええい、クソッ」
「はは、悪いね」
ディーラーの手元の数字が18。小太りの男の手元は19。他はそれ以下かバースト。
小太りの男は満足げに頷くと、増加したチップを回収した。
「ふむ、今日はツイているようだな。どうかな、ディーラーくん」
「先日は負け越していらしてましたから、その反動では」
「いやはや、これは手厳しい。前回の負けを帳消しにしなくてはね」
ディーラーの腕次第。それは何も、カジノ側に利益をもたらす腕ばかりではない。客に利益もたらす腕だって十分にある訳で。現に彼は、テーブルに着いた1人の顧客と結託していた。いうまでもなく違反行為である、バレればの話ではあるが。
「おっと、また勝ったぞ。今日は本当にノっているようだ」
「ええい、もう一度だ!次は負けんぞ」
「私ももう一回だ」
勝ち馬に乗ろうとするもの、引き下がれないもの。様々な誘惑と欲望をそこかしこにひしめかせ、カジノの夜は更けていく。
「いや、今日はよくやってくれた。ほれ、君の報酬だ」
「ありがとうございます」
そうして明け方になった頃。
駐車場に停めてあるリムジンの車内で、ディーラーの男は緊張した面持ちで小太りの男と向き合い座っていた。手渡された札束を、恐る恐るとスーツの懐にしまう。
「しかしアンドレ様。こういっては難ですが、あの局面でヒットをしなければ更に連勝しましたよ」
「バカだな君は。あからさまに勝っては怪しまれるだろう。ほどよくチャンスを不意にして、他に気分よく賭けさせた方が良いのだよ」
小太りの男は、そういって含み笑いをすると、白髪の交じった銀髪を丁寧になでつけた。
「それで、私の店に来てくれることは考えてくれたかね」
「しかし、その店というのは、いわゆる裏カジノですよね」
「心配ない、私の店は絶対に安全だよ」
男は葉巻を口にくわえると、ディーラーの顔めがけて紫煙を吹き付けた。思わず咳き込む彼に、男はゆっくりと語りかける。
「給与は今の基本の10倍は保証する。金回りは国内でも最大だからな」
「10倍、ですか」
「ここ一ヶ月、私は君を見てきた。君はかなり腕が立つ。それも中途半端なイカサマ連中とは雲泥の差だ。それくらいは当然出そう」
10倍と聞いて目の色を変えるディーラーの男。
「それに、指示には忠実かつミスもない。トラブルに対応する判断力も実に優れている」
「いえ、そんな」
「謙遜する事はない、どうして正規のカジノで真面目に働いているのか疑問ですらある」
葉巻の軽く叩いて、銀製の灰皿に吸い殻を落とすと、男は彼の肩に手を置いた。
「君には力がある、それは相応の場所で活かすべきだ。分かるかね」
「はい」
「うむ、良い子だ」
そのまま、彼の耳元に口を寄せると
「市内の『エレノア』というブティックに行け。選ばれし者にしか入ることのできない聖域だ。着いたらそこの店主に『今日のおすすめのスイーツがほしい』と言え。『良いフォンダンショコラがありますよ』と言われたら『1カートンもらおう』と返せ、これが合図だ。地下にいける」
ディーラーは何回かうなずき、頭の中で今のやり取りを必死で暗記する。その様子を面白そうに眺める男。
「君も私の元に来るのであればもっと世の中を勉強することだ。知識は金にも勝る武器となる」
「……」
「この世の中は富める者が更に富むように出来ているんだ。覚えておきたまへ」
ふと、ディーラーは息を吐いた。先ほどまでの緊張しきった表情は一気に解けて、目はすっかり落ち着きを取り戻している。
「ですって。場所はお聞きになりましたか」
「は?」
「ええ、はい。では俺の仕事はこれで」
スーツの内側から出てきたのは盗聴器とレコーダーだった。男は目を丸くして、〝誰か〟と話すディーラーの男をまじまじと見つめる。何が起こっているのか理解が追いついていない。
「申し訳ございません、アンドレ様。どうやら私はそちらのお店に行けなくなったようです。代わりに、警察が入られると思います」
「一体何を」
「ご高説だけは肝に銘じておきます故」
淡々とそう言って、ディーラーはリムジンのドアを無造作に開け放った。
すると車の周りを、多数の黒服が取り囲んでいる光景が男の瞳に飛び込んできた。更にカジノの支配人までいるではないか。
「貴様、騙したのかッ」
「手は出さない方がいいですよ。彼ら店のSPなので」
事ここに及んでようやく状況らしきものを認識したらしい。目をひんむいて摑みかかろうとする男の腕から、彼はひらりと身をかわして車の外に出る。代わりに、支配人の男性が険しい顔つきで男ににじり寄っていった。
「お客様、少々お話がございます」
黒服たちに腕を掴まれ、無理矢理車を降ろされる小太りの男。
「貴様ら、この俺を誰だか分かってるのかッ」
「連れて行きさない」
男達は彼の左右をがっちりと囲み連行していく。だが男は往生際が悪く、首だけをねじりキッと睨み付けてきた。
「貴様ら覚えておけよ、サツなんぞ金で買収してすぐに出てきてやる。ただで済むと思うなよ、必ず復讐してやるからそのつもりで――」
「それは困りますわね」
唐突な女性の声に、二の句を失う男。コツコツとヒールの音を響かせて、男の側に歩み寄ってきたのは1人の少女だった。
「何だお前は」
「お目にかかるのは初めてでしょうか、私天王州アテネと申します」
美しい金髪の髪に、漆黒のドレスをたなびかせて、しれっとそう名乗る少女。反面男はぎょっと目を見開き身震いした。
「天王州だと⁉︎あの世界最大財閥の⁉︎」
「それは、貴方のご想像にお任せしましょう」
男の前まで回り込むと、そのガーネットのように美しく紅い瞳をキッと細めてみせた。
「利権確保のために、随分とあくどい方法で他人を泣かせてきたようですわね」
「い、いえ……これは、その」
先ほどまでの威勢はどこへやら。一気に縮こまるようにして背中を丸める男。額に大粒の汗を掻き、視線は不自然に泳ぎ始めている。
「多くの犯罪グループにも手を広げ始めているようね、資金拠点の温床になりつつある」
「くッ……」
苦虫をかみ潰したような顔つきで唇をかみしめて。
「で、先ほどの話ですが、復讐すると仰いましたね」
「いや、ですからそれは」
「
グッと言葉に詰まる男。
「私は賭け事には大して興味がないのですが、この違法な権益が他の多くの犯罪の温床になっている点を見過ごすことはできません」
「……」
「少々悪戯が過ぎたようですわね」
口調は穏やかそのもの。しかしその瞳には冷淡な色が一切拭えていなかった。慈悲は微塵も感じられない。
「時に知識は金よりも勝る、そっくりそのままお返ししますわ」
がっくりと頭を垂れた男は、黒服たちになすがままに引きずられていく。
そんな様子を見送りつつ、アテネと名乗ったその少女はタキシード姿のディーラーの元に歩み寄っていった。
「ご苦労様でした」
そう声をかけると、彼はシャツの胸元を窮屈そうに掴んでみせた。
「これはこれはアテネ様。私のような下々の者にも慈悲深いお言葉をかけて下さるなんて感激の極み」
「その口色、気味が悪いのでやめてくださる?」
キッと睨まれ、眉を釣り上げるディーラー。やがてわざとらしく咳払いをして喉元を右手でグッと押さえ込んだ。
「大物富豪もひと睨みで陥落とは。流石ですね、お嬢様」
すると、先程とは全く違う声色が彼から発せられる。
そのまま、頬の辺りを右手をかけるとグッと引っ張っぱると、首から上の皮がべらりと剝がれて、全く別の〝顔〟が現れた。赤みがかった髪に褐色気味の肌の青年、まるで別人である。
両手の白い手袋を鬱陶しそうに外してポケットにねじ込んでみせた。
「それは嫌みかしら」
「純粋に褒めているつもりですよ」
少女とタキシード姿の青年、2人に黒いスーツの支配人が駆け寄ってきた。
「天王州様、本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げてよろしいか」
「いえ、兼ねてよりこの件については聞き及んでました、知人の事業者も被害にあったと聞きます、うちの事業にも悪影響になりかねないですし」
少女は穏やかに口元を緩めると、差し出された支配人の手を握り返す。その次に男の方に手を差し出す。
「執事の方にも本当にお世話になりました。いやはや、彼が来てくれてから我が店始まっての売り上げで」
おっと、と口元に人差し指を当てて大げさに一歩下がる支配人。これはオフレコらしい。
「奴の事はお任せください。他にも被害にあった事業者から言質を取っております、皆さんのおかげで提供できる物的証拠も十分だ」
青年は頭を掻きながらはにかんでみせる。支配人は懇切丁寧に頭を下げると、店の方に駆け足で戻っていった。残された2人は顔を見合わせる。
「早かったわね。もう一ヶ月くらいかかりそうって話だったけれど」
「ディーラーの腕が良かったからでしょう」
「あらそう?」
「それと、想定より対象の警戒が薄かったみたいで」
彼は首を回したあと、ぐっと両手を挙げてのびをしてみせた。
「お店にも買われていたみたいだし、このままディーラーの道に進んでも構わないわよ」
「心身削って1ヶ月も潜入した従者にかける言葉がそれですか、思いやりがないなぁ」
彼がわざとらしくそう言うと、少女は軽く肩を竦めてみせた。
「では、帰りましょうアイル。貴方の気が変わらないうちに」
アイルと呼ばれた彼はタキシードを雑に脱ぐと肩にかける。
タイミングを見計らったかのように、黒いリムジンが2人の側に停車した。青年がドアを開けると、少女はさっと車内に乗り込む。
「ところで確認だけど、対象以外には変な事はしていないでしょうね?」
「まさかそんな」
鼻で笑い飛ばす青年。しかし少女にジーっと半目で見つめら、いや睨まれると少ししてバツが悪そうに頬をかいた。
「イカサマを仕掛けてきた悪徳客にはちょっとだけ」
「ちょっと?」
「それなりに。ほどほどに」
令嬢のため息などつゆ知らずといったように、窓の外の景色は穏やかに流れていくのだった。
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