アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task100:暁前の刻

 

 

 深夜の病院屋上は、昼間の喧騒をどこか遠くに押しやったように静まり返っていた。

 街の灯りがゆるく滲み、冷えた風が白い手すりを撫でていく。

 

 アイルは、屋上のベンチにひとり腰掛けていた。

 病衣の袖口から覗く手は、負傷者とは思えないほど落ち着いており、出番のない松葉杖は足元に横たえられている。

 

 手に取った小さなガラス瓶がかすかに震える。

 

 ギリシャの蒸留酒ツィプロ。山岳地帯で作られる、葡萄の搾りかすから蒸留した強い酒だ。

 鼻先をかすめるアルコールの鋭い香りが、夜気に淡く溶けていく。

 

 瓶の口をそっと傾けると、喉を焼くような刺激が胸の奥に落ちていく。

 

 苦いのか、沁みるのか──その横顔からは窺い知れない。

 

 ただ静かで、月明かりを映した瞳は深い湖面のように揺らぎすら見せない。瓶を置く音すら小さく、風に紛れていった。

 

 誰かを待っているわけでもなければ、時間を持て余しているわけでもない。ただ、夜景と酒があれば十分だと言うように、静かに呼吸をしている。

 

 その静寂の上に──

 

「病院での飲酒は禁止のはずよ。主治医に言いつけてやろうかしら?」

 

 柔らかく、しかし呆れを含んだ声が背中に落ちた。

 

 月の輪郭を背にしたアテネの影が、ゆっくり近づいてくる。夜風が彼女のドレスの裾を揺らし、金色の髪をさらりと肩へ流した。

 

 アイルは肩越しに視線だけ向けて、静かに息をついた。

 

「ヤケ酒くらい、目瞑ってくださいよ」

「ヤケ酒?」

 

 アテネは片眉を上げる。

 

「珍しいじゃない。あなたがそんなものを口にするなんて──失恋でもしたの?」

 

 からかうように言ったはずなのに、声の奥にわずかな探る気配が混じる。アイルはグラスではなく瓶をそのまま持ち上げ、小さくひと口だけ含んだ。

 

「……似たようなものかもしれません」

 

 瓶の底に落ちる街の灯りの反射だけが、少し揺れた。

 アテネは横目でじっと見つめながらも、彼の隣に腰を下ろした。

 

「なら、私も少し頂こうかしら」

 

 ごく自然に伸びる彼女の手から、アイルはひょいと瓶を遠ざけた。まだ中身が半分も残る液体が、細かく波を立てる。

 

「ギリシャでも酒は18からですよ。あと一年待ってください」

「冗談よ、ただ──」

 

 夜景を眺めたまま、目を細めるアテネ。

 

「今夜は、私もそういう気分なの」 

 

 アイルが瓶を置くと、代わりにポケットから小さな銀色の缶を取り出した。プルタブ越しに月の光が細く反射する。

 

「……酒の代わりというほどではありませんが」

 

 そう言って、彼はアテネの手元にそっと缶を置いた。

 

 ブラックコーヒー。

 病院近くの自販機で買ったのだろう、ひんやりとした重みが手のひらに伝わる。

 

「……用意が良いのね」

 

 アテネが少しだけ目を細めると、彼は僅かに肩をすくめた。

 

「ブラックしかありませんが」

「これでいいわ」

 

 迷いなくプルタブが開き、金属音が夜気を割った。

 アテネはそのまま、喉を通す勢いでグッと飲み込む。

 

「苦い……」

 

 月明かりの下で、アテネの眉間がきゅっと寄った。

 アイルは無言で視線を逸らし、風に揺れる街の灯りを見つめる。

 

「あー、もう……苦いわね」

 

 アテネは缶を握ったまま、しばし俯いた。

 長い睫毛が影を落とし、息がかすかに震える。

 

 やがて――

 

 アテネはゆっくりと顔を上げた。夜空の星を探すように、淡く光る雲の隙間を見つめる。

 

「……ハヤテを振ってきたわ」

 

 缶コーヒーの残りが、彼女の手の中で小さく揺れた。

 並んだ二つの影が、風に合わせてわずかに揺れる。

 隣に座る執事は、何も言わない。眉も動かさず、夜景の端に視線を置いたまま、耳だけを彼女へ向けている。

 

「久しぶりに会ったら……なんて言うのかしらね。もう冷めてしまったというの?あの頃みたいに、胸が温かくなることもなかったわ」

 

 缶コーヒーを指先で転がしながら、軽い調子で言う。寧ろ、どこか空を切るような明るさだった。

 

「別に、彼が悪いわけじゃないのよ。私が勝手に〝再会したら昔みたいに戻れる〟なんて期待して……でも、それで違っていたから、ちょっと拍子抜けしただけ」

 

 その笑みは強がりなのか、強さなのか。見分けるのは、彼にとっては簡単なことだった。

 

「だから終わり。そういうことって、あるでしょう?気持ちが続かないのなら仕方ないじゃない……恋なんて、とても不安定なものだもの」

 

 月に照らされる横顔は、あまりにも整っていて、だからこそ危うかった。

 

 一通り話し終えたところで、椅子がかすかに軋む。

 隣の青年が息を吸い、言葉を選ぶ気配がした――その瞬間、手がひらりと上がって遮った。

 

「あー、いいわ。何も言わなくて」

 

 吐き捨てるような勢いだが、声の端はどこか震えている。

 

「貴方が言いたいことは分かってる。でもいいのよ。私はただ……自分が勝手に期待して、勝手に冷めただけ。そういう話だから」

 

 夜風が二人の間をすり抜け、言葉の温度を奪っていく。

 

「悪かったわね、こんな性格で。これまで散々わがままに振り回したのに……こんな結果になってしまって。だけど仕方ないじゃない。もう気持ちが冷めてしまったのだから……」

 

 言えば言うほど、声が乾いていく。

 まるで、自分自身に言い聞かせるほどに。

 

 風がひとつ、屋上を横切った。

 

 アテネの言葉はそこで途切れ、缶の中で揺れる黒い液体が小さく音を立てる。その音さえ大げさに聞こえるほど、ふたりを包む時間は静まり返っていた。

 

 言葉を継ぐべきか、引くべきか。

 アテネ自身も判断がつかず、喉の奥で呼吸だけが浅く揺れた。

 

 静寂にひっそりと溶け込むような声音が、横からそっと降りてきた。

 

「……よく、頑張りましたね」

 

 どこにも力の入っていない声。

 責めてもいない。慰めようとしているわけでもない。

 

 なんて事はない。ただその十年間、彼女が何を抱えて立ってきたかを知っている人間が、たったひとつ、労いの言葉をかけただけ。

 

 その言葉が落ちる瞬間、アテネの肩が本当に、ほんの紙一枚ほど震えた。

 

「なにを……言って……ッ」

 

 目を伏せ、それを隠すように長い睫毛が影を落とす。

 

「べ、つに……私は……」

 

 最初の数音は、いつもの彼女の声だった。

 しかし、言葉が自分の口から出た瞬間、喉がきゅっと細くなる。

 

「わ、わたし……は……っ……」

 

 続こうとした言葉が、喉の奥でふるえて崩れた。缶を握る指先が震え、その震えを隠すように視線を落とす。

 

 声がつまる。

 ひとつ言うたび、過去の感情が胸の底でほどけて、絡まって、また戻っていく。

 

「わ、わたし……は……っ……ほんとうに……なに……も……」

 

 言葉の途中で、息が吸えなくなる。

 肩がふるえ、喉の奥から小さな音が漏れた。

 

「や、だ……こんなの……っ……」

 

 自分でも制御できない声に、アテネは眉を寄せて口元を押さえる。

 涙が目の縁にたまり、揺れて、落ちない。

 

 落とすまいと耐えているのに、まぶたが熱で震える。

 

 こらえようとするほど、声が震えた。

 まるで幼い子どもが我慢の限界を必死に引き延ばすような、そんな震え方で。

 

 そして──

 

 堰が切れた。涙が頬をつたうと同時に、彼女は両手で顔を覆った。

 

 声を上げて泣いた。

 幼い少女が、ずっと抱え込んできた痛みをすべて吐き出すように。

 強がりも、誇りも、気丈さも、全部どこかへ消えてしまったかのように。

 

 肩がひくひくと震え、呼吸が泣き声に混ざって途切れ途切れになる。

 涙が手のひらに落ちて、缶の金属を濡らした。

 

 アイルは動かない。

 何ひとつ遮らず、指ひとつ触れない。

 ただ隣に座って、泣き声が落ち着くまで夜風の音と一緒に受け止めていた。

 

 泣き声は幼い。

 けれど、その幼さは彼女が十年分、ようやく手放した重さそのものだった。

 

 

 どれほどの時間が経ったのか、はっきりとは分からなかった。

 泣き声が少しずつ細くなり、呼吸の乱れが落ち着き、やがて嗚咽だけが余韻のように残った。

 

 静寂が屋上に戻ったころ、アイルは白い布をそっとポケットから取り出した。

 言葉より先に、ハンカチがアテネの前へ差し出される。

 

 アテネはぴたりと泣き声を止め、指の隙間から赤くなった目だけを覗かせた。

 

「……貸して」

 

 声は少し鼻にかかっていたが、もう震えてはいない。

 アテネはそれを受け取ると、涙の跡が残る目元をそっと押さえた。頬も、鼻の頭も、泣き疲れた子どものように赤くなっている。

 

「……気が晴れました?」

 

 アイルの淡々とした問いかけに、アテネはハンカチで目を拭きながら顔だけこちらへ向けた。

 

「貴方ね……そういう時はもっと優しく言葉をかけるものじゃないの?」

 

 心底あきれたようなため息。

 けれど、言葉の端にだけ──ほんの僅かだが、感謝が滲んでいた。

 デリカシーがないのではなく、必要以上に踏み込まないための不器用な優しさだと知っているから。

 

「まっっったく晴れないわッッ!!」

 

 ある意味力強いその口ぶりは、泣き腫らした目とまったく釣り合っていない。

 

「まぁ、そりゃそうですね」

 

 アイルが肩をすくめると、アテネも涙の乾かぬ瞳のままくすりと笑った。

 

「多少泣いたくらいで全部解決するなら、世の中もっと楽だもの」

 

 自嘲めいた言葉のあと、ひと呼吸置いて。

 

「……でも、少しはマシな気分かもね」

「それは何より」

 

 風が二人の間を静かに通り抜けていく。

 さっきまでの張り詰めた痛みは、どこか遠くへ運ばれたようだった。

 

「……で?」

 

 アテネがハンカチをたたみながら、横目でじろりと見る。

 

「なにか?」

「貴方は、なんでヤケ酒なんてしてたの?」

 

 まさか本当に失恋というわけでもあるまい──そんな含みが声音に漂う。

 

 彼女の問いに答える代わりに、アイルは指先でペンダントの欠片をそっと撫でる。砕け散った碧石の破片がちくりと指を刺す。思考はつい先程──夕刻のこの場所へと沈んでいく。

 

 

 

  夕陽が落ちる直前の病院屋上は、赤と金がゆっくり混ざりあう境目のような色をしていた。

 

 手すりの影が長く伸び、風は昼の熱をほんの少しだけ引きずっている。

 その静けさの中に、二つの影が寄り添いもせず、離れ過ぎもせず並んでいた。

 

「伝えたいことは、それだけだ」

 

 ため息にも似た口調で、姫神は腰掛けていたベンチから立ち上がる。

 

「庭城の力は、セレネ嬢が手元に置く。君には悪いが──破壊させるわけにはいかない」

 

 姫神の横顔に、沈む光が淡くかかる。

 その表情は、悩みを抱えた者というより、答えを選び終えた人間のものに近かった。

 

 アイルは柵の向こうを見たまま、静かに問いを落とす。

 

「いいんだな?」

 

 言葉の行き先は曖昧だ。何が。誰が。

 それでも、姫神は迷わず頷いた。

 

「少なくとも、今力が悪用される心配はない。僕にとっては、それだけで十分だ」

 

 夕風が二人の間を通り抜ける。アイルは「そうか」とだけ、呟きそれ以上言葉を発することはしなかった。何かをゆっくり手放していくような余韻だけが残る。

 

 アイルはふと視線を足元へ落とし、手提げ袋の奥を探る。

 取り出したのは、薄暗い光をまとった瓶と、ショットグラスを二つ。

 

 その仕草を見た姫神が、呆れたように息をつく。

 

「……病院だぞ。飲酒厳禁だ」

「堅いこと言うなよ」

 

 返事は軽く、音はどこまでも静かだった。

 

 注がれた液体が、夕日の赤を映して揺れる。

 二つのグラスが触れ合った瞬間──小さな澄んだ音が、金色に染まった空気へ吸い込まれていく。

 

「決別の門出に」

 

 アイルの言葉は皮肉とも祝福ともつかず、それがまた二人に奇妙に整った距離を作った。

 

 姫神はわずかに目を細める。何かを口にしようとし、しかし諦めたように小さな息に変えた。

 

 二人は、ほとんど同時にグラスを傾けた。喉を通る熱が胸の奥まで落ちていき、空には、最後の陽光だけが静かに残っていた。

 

 

 回想の色がふっと薄れていくように、アイルの指先が再び胸元のペンダントへ戻った。

 砕けた碧の欠片は、街の灯を鈍く反射している。彼はそれをひと撫でし、手を膝の上へと戻した。

 

「……まぁ」

 

 ひと呼吸置いて、彼は曖昧な笑みを浮かべた。

 

「区切りのようなものですかね」

「区切り?」

「長く続いていたものが……一区切りついた、というか。よくあるでしょう。何かを終える時、少しだけ喉を焼くものを欲しくなる瞬間が」

 

 あまりに抽象的で、何の話をしているのか、全く要領を得ない。ただ、言葉は穏やかな彼が、視線を伏せたのをアテネは見逃さなかった。

 

「ヤケ酒というからには、悪い知らせ、なのかしら」

「どうでしょうね」

 

 淡々と答えて、瓶を傾ける。核心は布に包むように隠し続けている。その曖昧さに気づきながらも、彼女は問いを深追いすることはしなかった。

 

 ただ、もう一言だけ口を開こうとした──その瞬間。

 

「アイル! 見つけたぞ!」

 

 夜気を切り裂く元気な声が、屋上の静けさを破った。

 勢いよく開いた扉から、白衣姿の小柄な影が転がり出るように飛び込んできた。

 病院の深夜とは到底思えない声量で、マキナが両手をぶんぶん振って駆け寄ってくる。

 

「全く……どこに隠れているのかと思ったら」

 

 遅れて姿を現したヨゾラは、肩までの翡翠色の髪を風に揺らしながら、静かに歩み出る。唇にうっすらとした嘆息を乗せ、しかしその双眸は状況を一瞬で把握する冷静さを宿していた。

 

 マキナはまずアイルへまっすぐ突進し──

 

「あれ!? アテネもいたのか!」

 

 途中でアテネの存在に気づき、軌道を変えてちょこちょこと彼女の隣へ駆け寄った。

 

 間近で向き合った途端、マキナの目が丸くなる。

 

「ア、アテネ? もしかして泣かされたのか!? 誰にやられたんだ!?」

 

 アテネは驚きすぎて腰が抜けそうなマキナを見下ろし、ふっと小さく笑った。

 涙の跡を隠すように、目元を指で押さえ、わずかに首を振る。

 

「ふふ……ありがとう、マキナ。でも大丈夫。少し……ゴミが目に入ってしまっただけよ」

 

 その声音はまだ少しだけ鼻にかかっていたが、強がりの優しさに包まれていた。

 

 マキナはほっと胸を撫で下ろし、顔を明るくする。ヨゾラがため息をつきながらふたりへ歩み寄り、視線をアイルとアテネのあいだで往復させる。

 その目は、まるで何かを測るように細められていた。

 

「……もしかして 〝お取り込み中〟でしたか」

「お取り込み……?」

「痴情の絡れ的な意味で」

 

 アテネは即座に眉をひそめ、立ち上がりながらヨゾラへ向き直った。

 

「あり得ないから安心なさい。少し世間話をしていただけよ」

 

 アテネがあっさり切り返すと、従者たちへ交互に目を向ける。

 

「それよりも、2人とも身体は大丈夫なの?」

「うん!すっかり元通りだ!」

 

 マキナはいつもの執事服で力瘤をつくってみせる。アテネは心底安心したように頬を緩めた。

 

「私も、明日朝イチで退院を許可されました。これでいつでもお嬢様の入浴シーンを観察する業務に戻れます」

「良かったわ……ただその業務は大至急凍結しなさい」

 

 病院服とはいえ、ヨゾラも平常運転にまで回復したようだ。

 

「それで、アイルは?身体の具合はどうなの?」

 

 アテネの視線が、ようやく当の本人へと向く。

 アイルは手すりにもたれたまま、ほんの僅かに首を傾げた。

 

「私も、明日の朝には退院可能だそうです。すぐに屋敷の片付けなどを──」

「嘘をおっしゃい、嘘を」

 

 きっぱりとした声が、その言葉を真っ二つに断ち切った。

 

「お前は最低でも、もう数日入院よ」

 

 アテネのじとりとした視線が、月光より冷たく突き刺さる。

 アイルは一瞬だけ目を瞬かせ、それから苦笑めいた表情を浮かべた。

 

「しかし、お嬢様の屋敷をこのまま放置するわけにも──」

「屋敷くらいどうとでもなるわ。それよりまた倒れたら、それこそ大問題でしょう」

 

 言葉は冷ややかだが、その奥に滲むのは紛れもない心配だった。

 

「というか」

 

 ヨゾラがすっと前に出ると、じとっとした目つきでアイルを見据えた。

 

「看護師さんが激怒してましたよ。『勝手に抜け出して、酒まで持ち出した患者がいる』って」

 

 視線がちらりと足元の瓶に落ちる。

 

「まさか、その愚行の犯人が身近にいるとは思いませんでしたが」

 

 同僚のメイドや執事、そして主人からも冷ややかな視線が突き刺さる。3対1ではこの攻防の結果もほぼ見えているようなものだ。

 

「……わかりました。罪を認めてもう数日安静にします」

「まったく」

 

 アテネがふっと口元を緩めると、ヨゾラが淡々とまとめに入った。

 

「では、規則を破って屋上で飲酒していた不良患者は、速やかに病室へ収監ということで」

「物言いに若干の悪意を感じますが」

 

 ヨゾラがくるりと踵を返し、扉の方へ歩き出す。マキナはさっさとアイルの松葉杖を拾い上げた。

 

「アイル、肩貸そうか?」

「もう少し背が高くなったらな」

 

 アイルは優しくそう言ってマキナの頭に手を乗せると、素直に松葉杖を受け取り、ゆっくりと立ち上がる。

 まだ足取りにわずかな重さが残るのを、アテネは見逃さなかった。

 

「転んだら、また入院期間が延びるわよ」

「善処します」

「そうじゃなくて、慎重に歩きなさい」

 

 軽口を交わしながら、四人は屋上の出口へ向かう。扉に向かう途中、アテネはふと立ち止まり、振り返った。

 

 さっきまでふたりで座っていたベンチ。

 空になった瓶と、飲みかけの缶コーヒーが、冷たい月光の中に取り残されている。

 

 ほんの一瞬だけ、その景色を目に焼き付けるように見つめてから──従者たちの背中を追いかけるのだった。

 

 

 

 





100話で区切り良く終わらせたかったのですが、もう1話だけ伸びそうです。後少しだけ続きますが、何卒よろしくお願いします!

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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