アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task104:そのメイド、生徒会長につき

 

 

 夜更けの白皇学院。

 校舎の灯りがすべて落ちたあとも、剣道場だけは静かに息づいていた。

 

 ――シュッ。

 

 竹刀が、闇を裂く。

 

 ――シュッ、シュッ。

 

 空を切る鋭い音だけが、張り詰めた空気に残る。ヒナギクは一人、道場の中央で素振りを続けていた。

 

 額から汗が滴り、畳に落ちる。

 呼吸は荒い。それでも、腕を止めない。

 

「……っ」

 

 振り下ろすたび、脳裏に浮かぶのは――ギリシャ。

 

 飛行機で完全にダウンし、アイルに介抱され、情けない姿を見せてしまった自分。

 英霊との戦い。剣を振るいながらも、決定打にはなれなかった自分。

 アテネを救う場面で、〝力になりきれなかった〟という、どうしようもない実感。

 

(私は……)

 

 ――シュッ。

 

(まだまだ、弱い……!!)

 

 ――シュッ、シュッ!!

 

 歯を食いしばり、さらに強く竹刀を振る。

 肩が軋み、腕が重くなる。それでも止めない。

 

(もっと強くなりたい……)

 

 願いは切実だった。逃げたいわけじゃない。守りたいものが、確かに増えたから。

 

 

 最後の一振りを終え、ヒナギクは深く息を吐いた。静まり返った道場。夜気が、火照った身体を冷やしていく。

 

「変わりたい……昨日の自分を、忘れるくらいに」

 

 そう呟き、竹刀を下ろす。

 

 ――その願いが、とんでもない形で“叶えられる”とも知らずに。

 

 

 

 

 朝5時。

 朝の光が、カーテンの隙間から差し込む。

 

 ヒナギクは身体を起こすと、2、3回首を振る。それだけで目は一気に覚める。いつも通りの朝。変わり映えしない日常。けれど、ヒナギクの心の中は不思議とやる気に満ちていた。

 

 日課のランニングに出かけるため、彼女は階段を降りて洗面所へ。顔を洗って──昨日以上に、今日は頑張ろうと鏡に言い聞かせてようと──

 

「……は?」

 

 映った自分を見て、間の抜けた声が溢れた。

 

「……なに、これ」

 

 まるで自分のものとは思えないほど乾いた声。しかし、それもそのはず。

 鏡の中に映っていたのは、見慣れた自分の顔――のはずだった。

 だが、その頭には、黒いレースのカチューシャ。

 

 視線を、ゆっくり下へ。

 

 黒地に白フリル。きっちりとしたエプロン。そして膝丈のフリルスカート。

 身体の線に沿う、どう見ても〝完成された〟メイド服。

 

「……いや」

 

 理解が追いつかない。

 

「……いやいや」

 

 もう一度、鏡を見る。

 

「……いやいやいやッ!!」

 

 どこからどう見ても、可愛らしい――否、完成度の高すぎるメイド服。

 

「何なのよこれはぁぁあああッ!!!」

 

 ヒナギクの悲鳴が、朝の屋敷に響き渡った。

 

 

 慌ててエプロンに手をかける。

 だが、指先が引っかかるはずの留め具が、どこにもない。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 背中に手を回す。

 結ばれているはずのリボンは、触れているのに〝ほどける感触〟が存在しなかった。

 

 ボタンも、ジッパーもない。

 あるのは、生地と、生地と、生地。

 

 引っ張る。

 ねじる。

 押し込む。

 

 だが、服はびくともしない。

 

 伸びない。

 ずれない。

 引き裂ける気配すらない。

 

 それは「脱げない服」ではなかった。

 

「……最初から」

 

 布越しに伝わる感触が、はっきりと拒絶を示している。

 

「最初から……脱ぐという選択肢が、ない……?」

 

 力を込めれば込めるほど、確信だけが強くなる。

 複雑だから脱げないのではない。

 構造の問題でもない。

 

 ――〝脱がせない〟という意志が、最初から縫い込まれている。

 

 床を、ドンッと踏み鳴らす。

 

「おかしいでしょ!!」

 

 もう一度、エプロンを引っ張る。

 当然、無意味だ。

 

「変わりたいとは思ったけど!!」

 

 胸元のフリルを押さえ、叫ぶ。

 

「それは剣、というかそういう話であって!!」

 

 鏡の中のメイド服姿の自分が、何も言わずにこちらを見返している。

 

「なんで私が……!」

 

 ベッドに腰を落とし、額に手を当てる。

 

 息を整え、もう一度立ち上がる。今度は冷静に、順番に確認する。

 そもそもこの世に、脱げない衣類があるはずがない。きっと異常事態に焦って脱げないと思い込んでいるだけに違いない。

 

 ヒナギクは部屋に戻り、姿見の前で小さく息をついた。

 

(私の名前は桂ヒナギク……白皇学院生徒会長。こんな所で足踏みしてる訳にはいかないのっ!!だから──)

 

 

・・・・・

 

 

 ――ダメ。

 ――やっぱりダメ。

 ――どう足掻いても、ダメ。

 

 ふと、窓の外を見る。薄かった朝の光が、いつの間にかはっきりとした色に変わっている。

 

 壁の時計を見る。5時だった針は、もう7時を回っていた。

 思わず、乾いた笑いが漏れる。登校時間が、現実味を帯びて迫ってきていた。

 

「……最悪」

 

 呟きながら、もう一度鏡を見る。そこにいるのは、剣道部主将でも、生徒会副会長でもない。

 

 ──メイド服姿の桂ヒナギクだった。

 

 

 

 このまま外を歩けるわけがない。

 

 鏡の前で腕を組み、ヒナギクは唇を噛んだ。

 制服に着替えようとしても、どう足掻いてもこのメイド服が脱げない以上、意味がない。

 

「……詰んでるじゃない」

 

 視線を泳がせ、クローゼットへ。

 何かないか。ごそごそと中を漁り、引っ張り出したのは──大きな茶色いマントと、つばの広いウエスタンハット。

 

「なんでこんなものが……って、そうだ」

 

 昨年の文化祭で、忘れ物として届けられた衣装の一部だ。暫く生徒会で預かることになったのだが、ついぞ持ち主も現れずに、すっかり忘れていた。

 

 

 ばさりと羽織り、深く被る。フリルもエプロンも、すべて闇の中に押し込めた。

 

 そして鏡の前に立つ。

 そこにいたのは、どこか西部劇じみた怪しい人物だった。銀河鉄道に乗る某少年のようにも見える。

 

「……背に腹は変えられない、わね」

 

 自分に言い聞かせるように、低く呟く。

 

「西部劇のファンってことにすれば……きっとごまかせるはず……!」

 

 声はわずかに震えていたが、背筋は伸ばす。

 玄関のドアを開ける瞬間、深呼吸を一つ。覚悟を決めて外へ出たヒナギクだったが。

 

 校門へ向かう途中。

 

 

「……あれ?」

 

 聞き慣れた声に、ヒナギクの肩がぴくりと跳ねる。

 

 美希、理沙、泉。いつもの三人娘が、揃って立ち止まっていた。

 

「ヒナ、それ何?」

「マントにハットって、西部劇のガンマンじゃん。どったの?」

「おー、ヒナちゃんかっこいい!!」

 

 三方向から突き刺さる視線。

 

 ヒナギクは一瞬だけ言葉に詰まり、そして――胸を張った。

 

「決まってるじゃない!わ、私は西部劇の大ファンなのよ!」

 

 間髪入れずに続ける。

 

「これで、いつ敵が銃を抜いてきても返り討ちにできるわ!」

 

 きっぱりと断言。

 この法治国家の日本で、いつ学生に向けて敵が銃を向けてくるというのか。1万歩譲ってそんな事態があったとして、どうして生徒会長が銃撃対応しようというのか。

 

「いやんなもん持ってたらフツーに銃刀法違反だろ」

「うぐっ」

 

 三人娘は顔を見合わせ、ひそひそと声を潜める。

 

「……なぁ、これって」

「うん、ギリシャで飛行機に乗せすぎて頭がちょっと」

「おかしくなっちゃったのかなぁ……」

 

 哀れむような視線。

 ヒナギクは耐えきれなくなり、「私は用事があるから!」と踵を返して時計塔へと走っていってしまうのであった。

 

 

 

 生徒会室の扉が、勢いよく閉まった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 肩で息をしながら、ヒナギクは振り返る。

 

「……もう、無理……!」

 

 次の瞬間。

 茶色のマントが床に落ち、続いてウエスタンハットが机の端に放り投げられた。

 

「こんな格好、目立ちすぎるに決まってる……!!」

 

 残ったのは──黒地に白フリル、エプロン完備のメイド服姿。

 

 ヒナギクは数秒その場に立ち尽くし、やがて力が抜けたように、生徒会室の机に突っ伏した。

 

「……一体、どうしたら」

 

 額を机に押し付け、両手で頭を抱える。

 机に突っ伏したまま、ヒナギクが絞り出す。

 

「どう考えても詰んでるじゃない……これ……」

 

「――可愛いと思いますけど」

 

 背後から、声。

 ヒナギクの身体が、ぎぎっと音を立てそうなほど固まった。

 

「……今」

 

 ゆっくり、ゆっくりと顔を上げる。

 

「今、誰か……喋った?」

「はい。私です」

 

 いつの間にか、ヒナギクの背後。

 

 生徒会室の窓際に、影のように立っているメイドがいた。翡翠色の長い髪。黒いリボン。静かな表情。

 

 天王州家の専属メイド──ヨゾラである。

 

「ど、ど、ど」

 

 振り返りざま、正宗に手が伸びる。

 

 ――ガンッ!!

 

 咄嗟に机を蹴って距離を取り、木刀を抜き放つ。

 

「どこから湧いたのよあなた!!」

「背後です」

「そんな事は聞いてないッ!!」

 

 完全に臨戦態勢のヒナギクに対し、ヨゾラは首を傾げた。

 

「そんなに驚くことですか?」

「驚くに決まってるでしょ!!ノックは!?足音は!?存在感は!?」

「今日は控えめにしてみました」

 

 てへ⭐︎

 ヨゾラは軽く口元を緩めて、拳で頭を軽く小突いてみせた。

 

「……やめなさいそういう試み!!」

 

 息を荒げながらも、彼女の視線がヨゾラの目線と合う。

 

 ――いや、合っているのは、目線同士ではない。

 

 じーっと。

 明らかに、全身を観察されている。

 

「………ふむ」

 

 数秒の観察、そして。

 

「めっちゃ可愛いです」

「なっ!!?」

 

 ヒナギクは思わず後ずさる。

 

「な、何言ってるのよ!!」

「事実を述べただけです」

「述べなくていい!!」

 

 ヨゾラは一歩近づき、興味深そうに首を傾げた。

 

「フリルのバランスも良いですし」

「見るな!!」

「エプロンもきれいに着いてます」

「見ないでって言ってるでしょ!!」

 

 ヒナギクは胸元を押さえ、顔を真っ赤にする。しかし ヨゾラはポケットからスマホを取り出し、画面を起動する。

 

「記録しておきましょう」

「ちょっと待ちなさい」

 

 ヒナギクの声が低くなる。

 

「……何をするつもり?」

「可愛すぎるので、写真に収めようかと」

「却下」

 

 即答。考える余地などなく。

 

「将来、良い思い出になりますよ」

「却下よッ。絶対に黒歴史になるから!」

 

 ヨゾラは少しだけ残念そうに眉を下げた。

 ヒナギクは一拍遅れて顔を赤くした。声を荒げかけて、わざとらしく咳払いを一つ。

 

「……そもそも」

 

 誤魔化すようにエプロンを掴み、思い切り引っ張った。

 

「こういうのって、人に見せるつもりで着る服じゃないでしょう……」

「私は見せまくってますが」

「ヨゾラさんは仕事着じゃない。私のは──」

 

 ヨゾラは小首を傾げて、自身のスカートの両裾を摘んでみせる。確かに、ヨゾラのメイド服はきっちり足首までのロングスカートなのに対し、ヒナギクのメイド服は膝丈のミニ寄りスカートだ。

 

 どう見てもコスプレだ。

 

「というか、そもそもこれよ!!」

 

 力を込めても、やはりびくともしない。

 

 エプロンの布は、きちんと引っ張られている。フリルも、確かに指に引っかかる。縫い目がきしみ、衣擦れの音もする。

 

 それなのに、どれだけ力を入れても一向に脱げる感じがしない。

 

「固いとか、絡まってるとかじゃなくて……なんていうか、最初から脱げるようになってないっていうか」

「……ふむ」

 

 ヨゾラは「失礼します」とヒナギクの後ろに回り込む。

 

「じゃあ、後ろから」

「え、ちょ――」

 

 言い終わる前に、リボンに手がかかる。ほどくように、探るように。

 

 ――きゅっ。

 

 布が締まる音だけがして、形は変わらない。

 

「……あれ」

 

 もう一度、少し力を足す。

 

 ――ぎしっ。

 

 縫い目が軋むが、ほどけない。

 ヨゾラは今度は両手で布を掴んだ。引いたり、角度を変えたり、持ち上げたり。しかし、どのアプローチも事態を解決するどころか、進展させる事すら叶わないようだった。

 

「……ダメですね、脱がせられる気がしません」

「はぁ」

 

 ヒナギクは絶望したように再び机に突っ伏してしまう。怒りでも悲鳴でもなく、体温だけがじわじわ抜けていくような、情けないため息だった。

 

「終わった……」

「終わってないです。まだ〝起死回生〟の妙案があります」

「何がよ」

 

 顔を上げずに返すと、背後でヨゾラが平然と言う。

 

「この路線で売り出しましょう。白皇学院のアイドル、生徒会長メイド──」

「絶対にいかない」

 

 即答したつもりなのに、声が少し掠れていたのが余計に腹立たしい。ヒナギクはゆっくり体を起こし、机の端に腕を乗せて視線だけをヨゾラに向ける。

 

「……それより。今ので分かったでしょ。普通じゃないの」

 

 ヒナギクは机に頬を預けたまま、指先でエプロンの端をつまむ。引けば、確かにきしむ。だが、それ以上は動かない。

 

「脱げない、というより……」

「……脱がせる気がないって感じよね」

 

 異常事態ではある。その認識はヨゾラにも共有されたようだった。

 ヒナギクは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、まだ力強い炎が宿っているように思えた。

 

「……落ち着きなさい、桂ヒナギク」

 

 深呼吸、一つ。

 背筋を正し、拳をぎゅっと握る。

 

「何か妙案が」

「ないわ」

 

 きっぱり。

 

「けど、白皇学院の生徒会長が、こんな姿のままでいるわけにはいかないでしょ!」

 

 メイド服のスカートが、ひらりと揺れた。

 

「とにかく!まず大前提として、もうこれ以上他の人には――一切。絶対に。こんな姿を見られるわけにはいかない」

 

 決意は固い。

 そう、決意した、その瞬間だった。

 

 ――ガラッ。

 

「ヒナギクさん、生徒会の資料について相談が――」

 

「――ッ!!」

 

 反射で、床を蹴る。彼女の右手には音もなく抜かれた木刀・正宗が。

 

「ちょっ──」

 

 次の瞬間、刃は一直線に振り下ろされる。

 来訪者──綾崎ハヤテは、ほとんど無意識に両手を伸ばし、刀身を両掌で挟んでいた。

 

「ハーヤーテーくん?」

「ひっ」

 

 ヒナギクの怒気を含んだ声色が、生徒会室を震わせる。

 

「何でいつもいつもノックをしないのよッ!!ノックをッ!!」

「すみません!!すみませんすみません!!」

 

 押すヒナギク、耐えるハヤテ。

 ギリギリと鍔迫り合いを繰り広げる生徒会長と執事。

 

 この間。ヨゾラが、ヒナギクの側でこっそりスマホを構えていたが、そんな事にはヒナギクは気付かない。視線は、完全にハヤテに固定されていた。

 

「いいハヤテくん、ノックは人類最大の発明なのよッ。今度忘れたらただじゃおかないからね」

「今まさにただじゃ置かれてないような……」

 

 木刀を辛うじて止めながらも、ハヤテははたと何かに気がついたらように目を丸くする。

 

「ヒナギクさん、どうして生徒会室でメイド服なんて着てらっしゃるので」

「ふっ……」

 

 ヒナギクは木刀を押す力を一層強めた。

 そして、にこりと笑う──完全に、危険な笑顔だ。

 

「ハヤテくん?」

「は、はい」

「ちょっとだけでいいから、その頭――切り開かせてくれないかしら」

「は!?」

 

 ハヤテの顔が引き攣る。

 

「大丈夫、痛くしないから!ちょっとだけ海馬を取り出して、この間の記憶だけ消去するだけだから!」

「いやいや死んじゃいますって!!記憶と一緒に僕も消えちゃいますからっ!!」

 

 本格的に命の危機を察したハヤテは視線だけを横に、スマホで撮影に勤しむヨゾラに気がついた。

 

「よ、ヨゾラさん!助けてください!ヒナギクさんを止めて」

「すみませんハヤテ様、あと5分だけ!今いい構図なのでそのままの体制で──」

「待てるかぁぁああッ!!」

 

 

 

 

「……ははぁ、どうあっても脱げないメイド服、ですか」

 

 ハヤテは椅子に腰を下ろし、深刻そうに頷いた。

 視線はヒナギクの顔――ではなく、意識的に少し上に固定されている。

 

「……あまり見ないでくれる?」

「あ、いえ。見てません!」

 

 即答。

 ヒナギクは息を吐き、机に手をつく。

 

「朝から散々、引っ張って、ねじって……色々確認したけど」

「確認?」

「無駄だったわ」

 

 指先でエプロンの端をつまむ。引けば、確かにきしむ。だが、それ以上は動かない。

 ハヤテは小さく頷いた。

 

「それは……超常現象ですね」

「そもそも、朝起きたらいきなりメイド服って自体」

「それは確かに」 

 

 ヨゾラがスッとヒナギクの前に移動すると、スマホを掲げてピースサイン。

 

「ひとまず、ツーショットを一枚」

「へ?」

 

 ぱしゃり。

 

「わ!ちょっとヨゾラさん!?」

「いえ、可愛すぎて私がどうにかなりそうなので、写メにすることで溢れる欲望を抑えようと」

「どういう理屈!?消しなさい!」

「ではせめて、入院中の先輩に送って、元気になって貰おうかと」

「ダメ!それだけは絶対ダメだから!」

 

 あーだこーだ、とメイド服2人が戯れつつ。絶対に他人には見せないと約束させた所で、思い立ったようにハヤテが人差し指を立てる。

 

「やはり、こうなっては専門家に相談するしかないですよね」

「専門家って……」

 

 

 

 かぽーん。

 鹿おどしが岩を叩く音が、呑気に響くのは鷺ノ宮邸の客間。

 

「なるほど……それは確実に呪いの類いですね」

 

 鷺ノ宮伊澄は、そう言うと、傾けていた湯呑みをちゃぶ台に置いた。

 

「やっぱり?」

 

 ちゃぶ台を挟んで、メイド服姿のヒナギクが恥ずかしそうに足を崩している。

 

「ですが、良いのではないですか?」

「何が」

「このままでも大変可愛らしいですし。むしろこれをチャンスに、メイド属性も吸収してしまうというのは」

「全ッ然良くないわよッ!!」

 

 ダン、と身を乗り出すメイドさん──もとい生徒会長。

 

「私も同意見でしたが、生憎と強情で。これを機に、メイド服ユニットでも結成しようと思ったのですが」

「誰がやるもんですか、誰が」

 

 縁側に座ったヨゾラが振り返るが、ヒナギクは取りつく島もなく一蹴する。これ以上この醜態を他人に見せてなるものかという確固たる意思が、彼女の瞳には宿っていた。

 

 そんなやり取りに苦笑しつつ、ハヤテは伊澄の方に目を向ける。

 

「伊澄さん。呪いということは、解呪自体は可能と言うことでしょうか」

「はい。勿論です」

 

 湯呑みを置く音が、ちゃぶ台の上で小さく鳴った。

 

「……ですが、解呪となると、それなりに準備も要りますし、お金もかかりますね」

「まぁ、そうよね」

 

 ヒナギクもおもむろに頷く。世の中、無料より怖いものはない。むしろある程度費用がかかるということはそれだけしっかりしているという裏付けにもなる。

 

「因みに、その……どのくらい?」

「そうですね……こう言った呪いの類いですと、本来は中々良いお値段をちょうだいしておりますが」

 

 伊澄は少し考える素振りをしてから、「ただ」と付け加える。

 

「生徒会長さんにはいつも大変お世話になっているので。特別に定価の、九十三パーセント引きというスーパープライスでお引き受け致しましょう」

「え?本当に?」

 

 一瞬、ヒナギクの目が輝く。伊澄もにっこりと微笑んでみせた。

 

 

「はい。たったの1億5000万で、お受けします」

「……」

 

 瞳からは輝きが消え失せた。

 

「……えっと、え?」

 

 ヒナギクの口が、半拍遅れて動いた。動いたのに、言葉にならない。

 

「一億……五千……万……?」

「はい」

 

 伊澄はこくこくと頷く。

 

「えっと……定価が、ではなくて?93%オフで?」

「はい。かなりリーズナブルかと」

「どこがよッ!!」

 

 リーズナブル。

 日本では安いという意味で使われることが多いが、本来の意味は理に適っているという意味合いである。とはいえ。

 

 メイド服の袖が、ばさっと揺れた。机を叩く寸前で止まったのは、生徒会長の理性だ。

 

「私を誰だと思ってるの。一般人よ?そんなのポケットマネーで払えるわけないでしょ」

「生徒会長さんなら、さくっとワンキャッシュ」

「訳ないじゃないっ!」

 

 仮に定価が1億5000万だとしても、1000万かかるのだが。

 さて、想像を絶する額を前に困惑するヒナギクだったが。ふと、隣でハヤテが手を打った。

 

「でしたら、伊澄さんのお仕事をお手伝いするというのはどうでしょう」

「え?」

 

 小首を傾げるヒナギクたち。

 

「そういったお仕事に、それだけのお金がかかるのでしたら。いっそ、そのお仕事をすれば、対価にはなるのかなって」

「な、なるほど……」

「ハヤテ様にしては実に妙案ですね」

「あれ?ディスられてます僕?」

 

 ヒナギクとヨゾラは顔を見合わせて軽く頷く。確かに、途方もない額を

支払うよりはまだ彼女向けな対価の提示の仕方に思える。

 ヒナギクは正座をすると、真剣な表情で伊澄に向き直った。

 

「伊澄さん……素人がこんな事を言うのもおこがましいのだけれど。この方法で何とか考えてくれないかしら」

「……ふむ」

「流石にまともな方法で1億5000万なんて、揃えられる気がしなくて」

 

 とはいえ、天下の白皇学院生徒会長このままメイド服(コスプレ)のまま過ごすなど許される訳がない。と、本人は思っているが、きっと周りの生徒は歓喜乱舞するだろう。

 

「分かりました……理由はともかく、熱意は伝わりましたので」

「じゃ、じゃあ!」

「お仕事をご紹介しましょう」

 

 伊澄も許諾し、取引は成立だ。

 

 彼女は客間にあったホワイトボードをいそいそとヒナギクたちの前にずらす。

 そして、伊澄がホワイトボードに向かい、さらさらとペンを走らせる。

 白い板の中央に、大きく一語。

 

 〝デス度〟

 

 その文字の下に、三つの区分が書き足されていく。

 

 90%

 50%

 10%

 

 ヒナギクは、思わず眉をひそめるが、伊澄は淡々と続ける。

 

「報酬額は、この〝デス度〟によって分かれております」

 

 デス度90%:死に直結する仕事

 デス度50%:上級者向け

 デス度10%:超かんたん

 

 そして、それぞれの下に金額が書き添えられる。

 

 5千万円

 1千万円

 3万円

 

「ちなみにデス度というのは」

「あ、うん。それは言わなくてもなんとなく分かるわ……」

 

 読んで字の如く。

 しかし、高いデス度の仕事はその報酬額こそ高いものの、危険度の高さは聞くまでも無いだろう。

 

「ヒナギクさん……仕方ありません、ここは安くてもデス度の低いものをこなして稼ぐしか」 

「そうですね、ハヤテ様の言う通りです。命あっての物種です」

 

 ハヤテの言葉に、ヨゾラも冷静に同意する。

 しかし、生徒会長はじっとホワイトボードを見つめながら、思案するように口元に拳を当てる。

 

「伊澄さん。このデス度というのは……低いからといって全く危険がないって訳じゃないのよね?」

「えぇ。侮ってはいけまけん」

 

 神妙に頷く伊澄。

 

「だったら、デス度10%のものを10回こなすより、デス度50%のものを1回こなす方がある意味危険は少ないと言えるんじゃないかしら」

「えぇ……そういう言い方も出来ると思います」

 

 だったら──と、ヒナギクはホワイトボードに指を突きつける。

 

「ここは思い切って、デス度90%にチャレンジするのが得策!」

 

 目を見開くハヤテたち。

 

「ひ、ヒナギクさん!それはあまりにも危険じゃ」

「いくらなんでも最初から高難易度なんて──」

 

 しかし、ヒナギクは力強く振り返り、ヨゾラたちに力強い視線を返した。メイド服のミニスカートがひらりと翻るが、一切気にせず、高らかに宣言する。

 

「いいえっ!!私は白皇学院生徒会長の桂ヒナギク!いつまでもこのままでなんていられないのよッ!!」

 

 なんと言う決意──

 なんと言う覚悟──

 

 思わず息を呑むハヤテたち。伊澄はふっと口元を緩める。

 

「では、お願い致しましょう……!!デス度90%のお仕事とは」

 

 グッと拳を握りしめるヒナギク。だが、逃げない。逃げる訳がない。どんな強敵にも、例えば世界を闇に葬ろうとする悪魔が相手であろうとも!

 彼女は逃げる事だけは──

 

「まず飛行機に乗ってオーストラリアに」

「と思ったけど、まずはデス度の低い仕事で経験を積むべきね」

 

 

(((弱ッ……!!)))

 

 

 こうして、事態の解決には牛歩の如き歩みを有したという……

 

 

 因みに。

 

「あ、先輩からLINEです。ヒナギクさんのメイド服姿、とても可愛いと」

「はッッ!?」

 

 スマホを音速で奪い取るヒナギク(メイド)。

 スマホの画面には確かにアイルとのトーク画面。そして、アイルからは「とても可愛いですね」との返信。

 

 しかし、ヨゾラが送った画像は公園で撮影したトイプードルの写真だった。

 

「ヨーゾーラーさんッッ!!」

 

 正宗を構えて追いかけるヒナギクと軽やかに逃げるヨゾラ。

 相変わらず仲睦まじいメイド2人であった。

 

 

 因みに因みに。

 

「ハヤテ様。生徒会長さんは何故あんなに支払いを渋っていたのでしょう?今月苦しいのでしょうか」

「いやそりゃ……1億5000万円なんて一般の方が用意できる額じゃないですし……ていうか僕の借金額と同じですし」

「いえ?1億5000万ジンバブエドル、ですよ?」

「はい?」

 

 ジンバブエドル。2015年までジンバブエの通貨だった単位。最終的に100兆ジンバブエドルが0.3円の価値しかないとされた伝説の通貨である。

 

 

「……何故、ジンバブエドル?」

「私、国際派なので。つい癖で」

「どんな癖!?」

 

 

 国境どころか時代も越える。スーパーオールマイティな伊澄さんであった。

 

 

 





原作のロバの耳はメイド服に変更になりました。ミコノス何もカンケーないですが笑
ヒナギクさんにメイド服を着せたかっただけです()
次回から新章突入です!よろしくお願いします!

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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