アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task106:子供服店ってミ○ハウスくらいしか思い付かないと言った彼女の現在を僕たちは知らない  

 

 

 

 アリスが屋敷に来てから、5日が過ぎていた。

 

「今日の紅茶、少し濃いかしら」

「いえ、いつも通りです。お好みでしたら調整いたしますが」

「いえ、このままで結構ですわ」

 

 朝のダイニングに、小さな椅子が一つ置かれている。それを誰が用意したのか、今となってはもう分からない。

 

 アイルはポットを傾け、湯気の立つ紅茶を注ぐ。カップを手に取ったアリスは優雅に一口すする。

 

「パンは半分でよろしいですか?」

「えぇ……でも、ジャムは多めで」

「承知しました」

 

 ナイフが皿に触れる、静かな音。切り分けられたパンを見て、アリスは楽しげに目を細めた。

 

「ありがとう。アイル、食べさせてくれない?」

「……はい?」

「ほら、あーん」

 

 照れもためらいもない。それが当たり前であるかのように、楽しそうに口を開ける。

 アイルは言われた通りに、パンを差し出した。

 

「熱いですから、お気をつけください」

「ふふ、ありがとう」

 

 その様子を見届けた瞬間、アテネの指先が、カップの縁でわずかに止まる。

 

「……」

 

 ややあって、アテネは一口含み、静かにカップを置く。

 

「ねぇ」

「はい?」

 

 呼ばれたアリスが、何事もなかったように首を傾げる。

 

「いつまで屋敷にいるつもり?」

「?」

「もう5日よ?まだ身元が分からないなんて」

 

 声音は穏やかだが、間が一拍、長い。

 アリスはそれを聞き逃さず、くすっと笑った。

 

「あら。独占欲の強い女は、嫌われますわよ?」

「何の話よっ」

 

 つかつかと歩いてきたアテネが、ぐい、とアリスの頬が引っ張る。

 

「い、いたいですわ!」

「お嬢様、落ち着いてください」

 

 アイルが二人の間に手を差し入れ、穏やかに制止する。しかしアテネはそのまま彼を睨みつけた。

 

「お前もよ、アイル。何を当たり前のように、この子の言うことを全部聞いているの」

「いや、しかし……まだ幼いですし」

「そうやって甘やかすから、つけ上がるのよ」

 

 アリスはどこか他人事のように楽しそうに肩をすくめる。

 

「貴方も大変ですわね」

「は?」

「こんな、ワガママなご主人様で」

 

 ぴしっ、と空気が張るがアリス様はどこ吹く風。

 にこりと笑い、さらりと続ける。

 

「ねぇ、アイル。貴方、私の執事になりません?こんなワガママお嬢様の下で働くより、よっぽど有意義だと思うわ」

「話を聞きなさいッ!!」

 

 食卓が一気に騒がしくなる。

 その少し離れたところで、マキナがフォークを止め、ぽつりと呟いた。

 

「……なぁ、ヨゾラ」

「はい?」

「もうさ。この子がいるの、当たり前になってきてないか?」

「……えぇ」

 

 ヨゾラは苦笑し、静かに頷く。

 

「怖いくらいに、自然に溶け込んでますね」

 

 二人はそれ以上何も言わず、朝食を再開した。

 

 その向こうで続く言い争いを背景に、屋敷は今日も騒がしい。

 そんな──天王州家の朝。

 

 

 

 食後のダイニングには、まだ紅茶の香りが残っていた。

 アリスは椅子に座ったまま、足を揃えてぶらぶらさせている。視線は窓の外に向いたままで、会話に加わる気配はない。

 

 その様子を一度だけ確かめてから、ヨゾラが思い出したように口を開いた。

 

「……そういえば、お嬢様」

「なに?」

「アリスさん、着替えはどうされているんですか?」

 

 問いかけに、アテネの手が一瞬止まる。

 

「……必要最低限はある、はずだけど」

「そろそろ1週間ですからね。下着や私服も……このままでは足りません」

 

 淡々と続けるヨゾラに、アテネは視線を逸らし、渋々といった様子で小さく頷いた。

 

 アリスはそのやり取りを聞いているのかいないのか、しばらくしてからようやく顔を向ける。

 

「服、ですか」

「えぇ、アリス様。買いに行く必要があります」

「……そうなのですね」

 

 ヨゾラの言葉に頷くはものの。特別な感情は読み取れない。

 考えてみれば、寝巻きも、今の私服もアテネの幼少期のお古だ。それも最低限しか残っていない。

 

「では、買い物にいきましょうか」

 

 アテネはそう口にしてから、少しだけ肩の力を抜く。

 

「市街まで出ましょう。私も付き添います」

 

 とヨゾラ。

 

「アイルはどうするの?」

「申し訳ありません。本日は外せない用件がありまして」

 

 申し訳なさそうに告げる執事。アテネは一瞬だけアイルを見る。そこに含みがないことを確かめてから、視線を戻した。

 

「……仕方ないわね」

「では、私とお嬢様、それにアリスさんで」

 

 話がまとまっていく間も、アリスは特に口を挟まない。椅子の上で姿勢を変え、また窓の外を眺めている。

 

「別に、急ぎませんけれど」

「え?」

「必要なら、で構いませんわ」

 

 抑揚のない声だった。拒んでいるわけでも、期待しているわけでもない。アテネはその横顔を見て、ほんの一瞬だけ眉を寄せる。

 

「……買い物よ?」

「ええ、承知しています」

 

 女の子であれば、洋服の買い物と聞けばテンションの一つでも上がりそうなものだが。

 アテネは小さく息を吐き、椅子にもたれた。

 

 

 ――市街の某高級子供服店。

 

 扉をくぐった途端、柔らかな色合いが視界を満たした。壁一面に並ぶ淡い布地、小さなハンガーに掛けられた服、光を受けて揺れる装飾。どれも控えめで、しかし丁寧に整えられている。

 

 アリスの歩みが、わずかに緩む。

 

 足を止めたわけではない。ただ、視線だけが忙しく店内を巡り始めていた。棚を追い、色を追い、布の質感を確かめるように目が行き来する。その変化は小さいが、確かだった。

 

「……さっきまで、あんなに興味なさそうでしたのに」

 

 ぽつりと漏らしたヨゾラの声は、呆れというより面白がる響きだった。

 

 アテネは一瞬だけ立ち止まり、隣の彼女と視線を交わす。言葉はない。だが、二人とも同じものを見ていた。

 

 アリスは棚の前に立ち、並んだ服の一枚にそっと指先を伸ばした。縫い目をなぞり、飾りを確かめる。その仕草は慎重で、しかしどこか楽しげでもある。

 

 アテネは小さく息を吐き、前に出た。

 

「……別に、遠慮しなくていいわ」

 

 返事はない。だが、アリスの足取りはわずかに軽くなった。

 店内の様々な棚に目を向けては、服を手に取り、軽く広げたり、生地を確かめ、首を傾げるアテネとアリス。

 

「……これは、少し硬いわね」

「こっちは動きやすそうです」

「丈が長いと、引っかかるわ」

 

 アリスは差し出された服を受け取り、鏡の前に立つ。裾を摘み、軽く身じろぎして、布の揺れを確かめる。その様子をまた真剣に見つめながら、意見を述べるアテネ。

 

 そっくりな表情で、並んであーだこーだと議論を交わす2人はまるで──

 

「くすっ」

「……何よ?」

 

 思わず笑いが零れたヨゾラに、ジト目を向けるアテネ。

 

「いえ、まるで仲良し姉妹みたいだなーって」

「……」

 

 途端に眉を顰めるお嬢様。しかしアリスは聞こえていないのか、手に取ったピンクが基調のフリルの洋服を夢中で見つめていた。

 

「……これ、可愛いですわね」

 

 ぽつりと落ちたその一言に、アテネとヨゾラは視線を合わせる。

 

「ではアリス様、これはお買い上げ致しましょう」

「い、いえ!別に可愛いと思っただけで、欲しいとは」

「いーえ。可愛いものは買うのが世の常です。それにこの服は、きっとアリス様にピッタリだと思います……ね、お嬢様」

「……まぁ、そうね」

 

 アリスが何か言う前に、その服を買い物カゴに入れるアテネ。

 そのまま、次の服を差し出した。

 

「じゃあ、これはどう?」

「ええ……それも、嫌いではありません」

 

 その後も、アテネたちは真剣な顔で服を手に取り、都度試着もしながら、品定めを続けた。

 店内を出る頃には日も大分傾き、アテネとアリスの両手にはいくつもの紙袋が。

 

 2人並んで店を出る、その背中を眺め、ヨゾラはわずかに口元を緩めた。

 

「……なんだかんだ言って、ちゃんと選んであげるんですね」

 

 からかうような声音に、アテネは振り返る。

 

「別に……サイズが合わなかったり、寒そうだったりしたら、あとが面倒でしょう」

 

 紙袋の重みを確かめるように、アテネは一度だけ紙袋を持ち替えた。

 

「……そろそろ戻りましょう。日も傾いてきたわ」

「そうですわね」

 

 アリスは素直に頷き、最後にもう一度ショーウィンドウを振り返る。ガラス越しに映る自分の姿を、少し不思議そうに見つめてから、何も言わずに歩き出した。

 

 帰り道は、行きよりも静かだった。

 通りを行き交う人々の声や、遠くで鳴る鐘の音に紛れて、三人の足音だけが揃って響く。

 

 アリスは紙袋を一つ抱えたまま、時折中を覗き込んでは、また口を閉ざす。その様子を横目で見ながら、アテネは暫し逡巡したのち、おもむろに口を開いた。

 

「……サイズ、きつくなかった?」

「え?」

「さっきの。肩とか、動かしにくくなかったかしら」

 

 一瞬、アリスはきょとんとした顔をしたが、すぐに首を横に振る。

 

「大丈夫ですわ。どれも、動きやすかったです」

「そう」

 

 それだけ答えると、アテネは前を向いた。だが歩調は、ほんの少しだけアリスに合わせられている。

 屋敷の門が見えてきた頃、アリスがぽつりと口を開いた。

 

「……服」

「なに?」

「選ぶの、面倒でしたでしょう」

 

 唐突な言葉だった。

 アテネは一瞬だけ足を止め、それから肩をすくめる。

 

「別に。必要だっただけよ」

「でも」

「でも、なに?」

 

 アリスは少し考えるように視線を落とし、それから紙袋を胸に抱き直した。

 

「……ありがとうございました」

 

 その声は小さく、飾り気がなかった。

 アテネは何も言わず、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。

 

「……お礼を言われるようなことじゃないわ」

 

 くすり。ヨゾラが失笑した気がしたが、敢えて無視して門をくぐり、屋敷の敷地に入る。

 いつもの風景に戻ったはずなのに、紙袋の擦れる音だけが、やけに新鮮に響いていた。

 

 玄関へ向かう途中、アテネは一度だけ振り返る。

 

「今日は、もう疲れたでしょう。部屋に戻ったら休みなさい」

「ええ」

「あと……」

 

 一瞬の間。

 

「もし、サイズが合わないところがあったら言って。直すなり、買い直すなりするから」

 

 こくり。アリスは小さく頷くと、部屋へと歩いていった。心なしか軽い足取りに、紙袋を少しだけ大事そうに抱えて。

 

 

 

 夜更けの屋敷は、昼間とは別の顔をしていた。

 廊下の灯りは落とされ、壁際のランプだけが淡く影を落としている。静まり返った一角で、アテネは一つの扉の前に立っていた。

 

 そっと、音を立てないように扉を開く。

 

「……」

 

 ベッドの上では、アリスが丸くなって眠っている。

 昼に選んだばかりのパジャマは、淡い色合いで、肩口も裾も余裕がある。寝返りを打っても突っ張る様子はなく、胸元は規則正しく上下していた。

 

 すやすやと、何の夢も見ていないような寝顔だった。

 

 アテネは足音を殺し、ベッドの脇まで近づく。掛け布団が少しずれているのに気づき、ためらいなく指先で引き上げた。

 

「……」

 

 無意識に、口元が緩む。

 昼間のすました顔も、皮肉めいた言葉も、今は影もない。年齢相応の可愛らしい寝顔だ。

 

「……やっぱり、選んであげて正解だったわね」

 

 独り言は、ほとんど息と同じ音量だった。

 

「ずいぶん優しい顔してますね」

 

 背後から声がして、アテネはびくりと肩を揺らす。

 振り返ると、廊下の壁にもたれるようにしてヨゾラが立っていた。腕を組み、楽しそうにこちらを見ている。

 

「いつからいたの」

「今しがたです。お嬢様が布団を直したところから」

「……見てたのね」

 

 じとりと睨まれ、ヨゾラは肩をすくめる。

 

「ええ。大変微笑ましかったので、いっそ録画すれば良かったです」

「余計なことはしないでちょうだい」

 

 アテネは慌てて視線を逸らし、咳払いを一つ。

 

「寒そうだったから、直しただけよ。それ以上でも以下でもないわ」

「はいはい」

 

 ヨゾラは声を潜めたまま、一歩近づき、眠るアリスを覗き込む。

 

「よく眠ってますね。新しいパジャマ、気に入ったみたいです」

「……そうね」

 

 二人して寝入る幼女を見守る。

 ヨゾラは暫くアテネの横顔を見つめていたが、やがてポツリと。

 

「お嬢様は、良いお母さんになりますね」

「は?」

 

 予想だにしなかった言葉に思わず目を丸くするお嬢様。

 

「いきなり何を言い出すわけ?」

「いえ、かなり客観的かつ冷静な意見かと」  

 

 ヨゾラはひょいと人差し指を立てて見せる。

 

「ちゃんと叱ってあげたり、洋服も丁寧に選んであげたり。布団を直して、寝顔まで確認して。これはもう完璧な母親ムーブかと」

「バカ言わないで、誰が──」

 

 声が少しだけ大きくなり、アテネは慌てて口を押さえる。

 もう一度ベッドの方を見てから、アリスの目が覚めていないことを再確認して、小さくため息をついた。

 

「もう行くわ。貴女ももう休みなさい」

「はい。おやすみなさいませ。お嬢様」

 

 廊下に出るアテネ。やや大きい歩幅のまま、頬に残る熱を誤魔化すように、ふと進路を変えた。

 

 夜のバルコニーは静かだった。

 

 扉を押し開けると、冷えた空気が一気に流れ込む。アテネは欄干のそばまで歩き、夜風に身を晒す。

 

 風が、頬を撫でた。そのまま、深く息を吐く。

 欄干にもたれる人影に気が付いた。

 

 アイルだった。月明かりの下、何かを手にして目を落としていた。

 

 アテネは何も言わず、彼の隣に並ぶ。自然と距離が近くなり、肩が触れそうになった。

 

「……何を見てるの?」

 

 覗き込むように視線を落とす。

 

「帝様から、たった今届いた手紙なのですが」

「手紙?……それ、羊皮紙よね」

 

 二人の視線が、同じ面を追った。

 そこには、びっしりと文字が詰め込まれていた。

 

 

*****

 

――どうやら俺は死んだらしい。

 

 最後に記憶があるのは、確か……そうだ。車道に飛び出した子供に迫るトラック。俺は咄嗟に子供を庇って。

 

「あらあら、可哀想に」

 

 そう声をかけてきたのは、宙に浮いた天女のような女だった。

 

 白く眩しい空間。やたら露出の多い衣装。必要以上に強調された胸部。

 俺は直感した――この女、絶対に信用できない。しかし、女は不意にこんなことを口にした。「私は女神だ」と。

 

 聞くに、どうやらこの自称・女神の手違いで俺は死んでしまったらしい。

 

「せめてものお詫びに、好きな異世界に転生させてあげます。更に特典も付けましょう」

 

 女神はそう言って、指を三本立てた

 

・異能力を三つまでプレゼント

・世界は剣と魔法

・ハーレム可

 

 なるほど。私は悩んだ末、こう答えた。

 

「一つ目は“死神の力”をくれ」

 

○解が使えれば大抵の敵は何とかなると考えたからだ。

 

「二つ目は

 

 

 羊皮紙が大きく揺れたかと思うと、両端をきつく摘んだアテネがおもむろに力を入れ、紙を真っ二つに──

 

「ステイ!落ち着いてくださいお嬢様」

 

 すんでの所でアイルが止まる。ギリギリと紙が軋む。

 

「気持ちは分かりますが、ここは冷静に」

「止めないで。これ以上、存在が無駄な物体を私は見たことがないわ。」

 

 夜風が吹き抜け、文字の列が揺れた。 

 

 アテネは一度、強く息を吐いた。羊皮紙から手を離し、乱れた前髪を指で押さえる。

 

 沈黙を縫うように、アイルの懐で電子音が鳴った。取り出した端末の画面に、名前が表示されている。

 

 《着信:三千院帝》

 

「はい」

 

 通話を繋いだ瞬間、間の抜けた声が夜気を裂く。

 

『おーす。アイルよ』

 

 アテネの眉が、即座に動く。

 

『この電話にお主が出たということは……例の機密文書、ちゃんと届いたということじゃな』

「あれ、機密文書だったんですか」

 

 間髪入れず、通信の向こうから声が跳ね返る。

 

『とーぜんよ。で?どうじゃ、お主からの忖度のない感想を――』

 

 その途中で、携帯はアテネにひったくられた。

 

「生ゴミ以下です」

 

 バッサリである。

 

『……なんじゃ、アテネも隣におったのか』

 

 間を置いて、やや調子を取り戻した声。

 

『どうじゃった? ワシの新作小説の完成度は』

「どうだ、ではありませんわ」

 

 即答。

 

「意味不明なものを、わざわざ羊皮紙にしたためて送りつけないでください。危うく燃やし尽くすところでした」

『ひど!』

 

 悲鳴じみた声が返る。

 

『渾身の力作じゃぞ! 三日間、仕事も放り出して書き綴ったのに!』

「仕事をなさい」

 

 是非もなし。

 続けてアテネは、咳払いを一つ。

 

「ですが、ちょうど良かったです」

『……なんじゃ』

「お爺様に、ご相談がありましたので」

 

 声の調子が変わった。

 

「明日、お屋敷に伺います。詳細はその時に」

『……なーんか嫌な予感がするのぅ』

 

 軽口を装いつつ、間が伸びる。

 

『逃げていい?』

「その場合は、あらゆる手段とツテを使って公開捜査をかけますので、悪しからず」

『……はい』

 

 即白旗。

 用件が済んだのか、アテネはそのまま携帯をアイルはと返す。

 

「部屋に戻るわ。貴方も、お爺様の戯言に付き合うのはほどほどにしておきなさい」

「承知しました。おやすみなさいませ、お嬢様」

 

 夜風も肌寒さを越えてき始めた。アテネはストールを握りしめると、背を向けてバルコニーを後にする。

 アイルが端末に目を落とすと、通話はまだ繋がったままだった。

 

『のぅアイル』

「はい」

『最近のお主のご主人様、どんどん武闘派になっておらんか?』

 

 夜風に混じって、どこか本気とも冗談ともつかない声。アイルは一瞬だけ視線を伏せ、それから小さく息を吐いた。

 

「そもそも……こんなまどろっこしい符丁はいりませんよ、帝様」

 

 羊皮紙を畳み、指先で軽く叩く。

 

「屋敷に呼びつけるなら、素直にそう電報をくれれは良いでしょう」

『分かってないのぉ、お前は。こういうカモフラージュがあるから良いんだろうに。現にアテネも誤魔化せたわけじゃろ』

「誤魔化すまでもない内容でしょう」

 

 電話越しの帝は暫し沈黙を選んだ後、小さく息を呑む音をさせた。

 

『……姫神から、聞いておる。ギリシャで何があったのか』

 

 帝の声は、探る調子を捨てている。

 

『お主が今、ワシに聞きたいこと──いや、問いただしたいことがあるのも分かっとる』

 

 アイルは否定も肯定もせず、夜空を仰ぐ。通話口の向こうで、息を吸う音。

 

『事ここに及んでまで、言い訳も弁解もするつもりはない。可能な限り誠実に答えるつもりじゃよ……お前さんの求めるモノかどうかは分からんがの』

 

 

 しばしの沈黙が、通話の向こうとこちらを繋いだまま流れた。

 アイルは羊皮紙を脇に置き、バルコニーの奥――屋敷の一角へと視線を向ける。夜の帳に沈んだ客間の窓は静まり返り、灯りも落ちている。

 

「それは、また後にしましょう」

 

 穏やかな、何一つ責めるつもりはない声色で。

 

「今は先に、対応しなければならない問題がありますから」

 

 帝はすぐには返さなかった。ほんのわずかな間を置いて、通信越しに鼻で息を吐く気配。

 

『……余程の厄介事じゃな。そいつは』

 

 隠す気もない面倒さが、声に滲んでいる。

 

 アイルは苦笑とも取れる息を一つだけ落とし、欄干に軽く体重を預けた。

 

「まぁ、見てもらった方が早いでしょうね」

 

 そう付け加えてから、視線を夜空へと上げる。

 雲ひとつない空に、星が散りばめられていた。静かな光が、屋敷の屋根越しに瞬いている。

 

 

『それはそうと、小説の点数とかは』

「3点ですかね、内容以前の問題かと」

『……うん。主人ともども辛辣ね』

 

 

 夜は、何も知らぬ顔で更けていく。

 





全国的な大雪ですね!年甲斐もなく雪だるまを作って遊んでおりました。とはいえ皆様、くれぐれも風邪等にはお気を付けて。

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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